"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも燕尾です。
29話です。
「ハァ、ハァ……」
俺は壁にもたれかかり、荒くなった息を整える。
「薬を抑えているから効力は短いのはわかっているが、以前はもっと長かったはずなんだけどな」
それほど薬も効かなくなっているということなのだろう。だが、いま強力なのを使い始めるのは自殺行為だ。
「頑張らないとな……穂乃果たちには絶対に知られないように」
俺は飛び散った自分の血を片付けて、教室に戻るのだった。
「放課後だ、ハルくーん!」
放課後、私はいつものようにハルくんのところへ行く。
もはやハルくんと一緒にいるのが当たり前のようになっていた。
以前の噂や停学騒ぎも、ほとんどが過去のこととして薄れているいま、クラスのみんなも一部を除いて気にしなくなった。
「ハルくん。これから――」
アイドル研究部のところに行こう、そう言おうとしたとき、ハルくんは私のほうを見ずに言い放った。
「悪い穂乃果、それに関しては俺は手伝えない」
「えっ……?」
「それと俺は少しの間、練習には顔を出せないから」
「どうして…?」
「学校にいる間なら相談には乗れるから。それじゃあ、また明日」
「あっ――」
挨拶をする間もなく、教室から出て行くハルくん。
普段のハルくんからはあまり想像できない淡々とした様子。でもそれは何度か合った。周りから見てみれば急ぎの用事があるようにしか見えないけど、私はそうは思えなかった。まるで遠ざけるような、拒絶するような態度が感じられた。
「春人、どうしたのでしょうか」
「なんか、急いでいるような感じだったけど…ちょっと違ったよね?」
「ええ、どこか突き放すようでしたね」
海未ちゃんやことりちゃんも違和感を感じたようだ。
「ハルくん、どうして何も言ってくれないんだろう」
「あまり詮索して欲しくないということでしょう。人には知られたくないことだってありますから」
「たぶんそうだよね。春人くんも事情はあるだろうし」
二人の言葉に胸が締め付けられたように痛む。
「もっとハルくんのこと知りたいのになぁ…」
私は少し頬を膨らませる。
もっとハルくんのことを知りたい、もう少し深く踏み込みたい。だけどそんなことしたら彼に嫌われそうで怖い。
二年生になってからハルくんと仲良くなれたけど、それでも私たちとハルくんの間には大きな差がある。何か見えない厚い壁があるような大きな隔たりが。
「こればかりは春人から言ってくれるまで待つしかないと思います」
「わたしたちは春人くんを信じて待とう? 穂乃果ちゃん」
宥めてくれる海未ちゃんとことりちゃん。だけど私の顔は晴れない。
「穂乃果、私たちにもやるべきことがあります。最近は春人に頼りきりでしたから、私たちも出来ることをしましょう」
「そうだよ穂乃果ちゃん。それにちゃんと出来たら春人くんが褒めてくれるかも?」
「!」
ことりちゃんの一言に私の身体はピクリと反応した。
ハルくんが、褒めてくれる…頭とか撫でてくれるのかな……?
――よく頑張ったな、穂乃果。
ハルくんの優しい手つきに暖かな微笑みが脳裏を過ぎる。それだけで顔がにやけてしまった。
「えへ、えへへへへ……ハルくんが、褒めてくれる。えへへ……」
「穂乃果、顔が一気にだらしなくなっていますよ」
海未ちゃんがなにやら呆れているような顔をしているけど。私はそれに気づかない。
「聞こえてないみたいだね…」
「まったく……これで気づいていないのですから、先が思いやられます」
「あはは、そうだね」
「よーし、そうと決まればさっそくみんなを集めて、アイドル研究部に突撃だ――!!」
「突撃してはいけませんよ!?」
海未ちゃんのツッコミを受けながら私はみんなに連絡を送るのだった。
「春人くん」
穂乃果たちと別れた俺は急いで帰路に着こうとする。しかし、校門を出たあたりに後ろから声をかけられた。
「何の用だ副会長。急いでいるんだが」
「呼び方が前の方に戻ってるで。希って呼んでええんやで?」
「……何も用がないならこのまま帰らせてもらうぞ、希先輩。」
「少し話しせえへんか?」
「断る。俺には話すことも先輩の話を聞く義理もない」
「相変わらず辛辣やね」
「急いでいるって言っただろう」
それだからか、少しの焦りと苛立ちが滲み出る。
「――どうしても駄目かな」
そういう希先輩は普段のおちゃらけたような態度はなく、理由は違えど、俺と同じように焦りがあった。
「今じゃないといけないのか?」
「うん、いま話したい。そうじゃないと何も変えられないから。だから――お願い、春人くん」
俺は言葉に詰まる。
いつも使っている似非の関西方言がなくなるほど、希先輩は真剣で、本音を語ろうとしているのがわかる。
「……わかった」
向こうが少しとはいえ本当の姿を見せてきた以上、俺も突っぱねるわけにはいかない。
しかし今の俺にはここはもちろん、どこかで話ができるほど猶予はない。
仕方がないな、ここは――
「希先輩、ついてきて」
「えっ? あっ、うん……」
前を行く俺の後に続く希先輩。
道中は俺が本当に急いでいたのもあって、それを察していた希先輩も余計な口を挟まずについてきてくれた。
「は、春人くん…ここは?」
そして希先輩が口を開いたのは俺が話す場所として選んだところについてからだった。
戸惑っているところからして、大体もうわかっているのだろう。
「俺の家。汚くはないから、入って」
「う、うん。お邪魔します……」
俺は鍵を開けて、希先輩を居間へと通す。
こういう家は初めてなのか、腰を落ち着かせてからも希先輩は辺りを見回している。
「特に面白いものはないぞ?」
「あっ、ご、ごめんな? 男の子の家に入るの初めてやから、つい……」
いつもの余裕はどこへやら。借りてきた猫のように縮こまる希先輩。
「そういえば春人くん、ご両親は?」
「親は別なところで暮らしている。俺は今一人暮らしだ」
「寂しくはないん?」
「別に、なんてことはない――冷たい緑茶と熱い緑茶、どっちがいい?」
「つ、冷たいので」
「わかった。少し待ってて」
俺はお茶請けの煎餅と、飲み物を用意する。
「はい、よかったら煎餅もどうぞ」
「ありがとうな。いただくわ」
今更だが、こうなる事がわからなかったからといって女の子に出すものが煎餅って、あまり宜しくはないよな――洋菓子でも置いておこうか。いや、でももう来ることはないだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら少し温めの水を用意して、引き出しから薬の入った箱を取り出す。
「……」
その箱は希先輩の視界に入る位置にある棚の引き出しに入っているので、当然、希先輩も気づいている。だが、希先輩はこちらを見ているものの何も言わない。こういうところは聡いというか、なんというか。
とりあえず俺は取り出した複数個の薬を口の中に放り込み、一気に水で流し込む。
「ふぅ…さて……」
そして希先輩の目の前に座り、住まいを正し、話を聞く姿勢をとる。
「希先輩、話しって言うのはなんだ?」
「にこっちやえりちのこと。それとうち――私がしようとしていること」
「正直、最後の以外話を聞く気になれないな」
「まああの二人と春人くん、今の状況だと相性良くなさそうやからね。でもな、決して悪い二人じゃないんよ。だから聞いて欲しいんや」
今の状況では、と、そう希先輩は言った。それに関しては俺も理解できていないわけではない。あの二人のその場の言葉をすべて鵜呑みになどしていなかった。
「とりあえず話を全部聞こう。それからだ、どうするかは」
兎にも角にも、話を聞かないとなにも始まらない。引き受けた以上余計なことは言わないで置こう。
「うん、まずはにこっちのことから話そうか――」
いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に