"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも、燕尾です。第三十話、です。
「……」
桜の木に生えている新緑から月明かりが洩れているのをボーっと見ていた俺は希先輩の話を思い返す。
「はぁ…やっぱり話、聞くんじゃ無かったな」
希先輩には悪いが、やっぱり話は聞かずに帰ってもらうべきだった。気分が重い。小さな後悔が押し寄せてくる。
「……はぁ。これからどうしようか」
希先輩の話を聞いただけだから実際本人たちがどう思っているのかは知らないが、大体希先輩の言ったとおりであっているのだろうと俺も話を聞いて、いままでを振り返って直感的にわかっていた。
だからといって俺になにが出来るというのか。こんな俺が出来ることなどないに等しいというのに。
――カードがそう言っているの。春人くんが、皆を繋げるって。
「そんなカード、俺は信じていないんだけどな……」
それに俺は"他人"を気にするほどお人好しじゃないし、そもそも穂乃果や海未、ことりが例外だっただけで、本来、人とかかわるつもりは無かった。
「変わってきたのかな、俺も」
いつだったか山田先生も言っていたな。穂乃果たちと出会ってからの俺は変わった、と。
そんな自覚は無いのだが、他から見たら違うのだろうか。
「……」
だんだん初夏が近づいて気温が高くなっているが、日が落ちるとまだ少し肌寒い。
「少し、話してみようか」
俺は立ち上がり、縁側への引き戸を閉めるのだった。
「ハルく~ん……」
次の日の朝。しょんぼりした穂乃果が俺に寄ってくる。そして座っている俺の太ももに自分の頭を乗せてきた。
「……どうしたんだ、穂乃果は?」
穂乃果の頭を撫でてあげながら、説明してくれ、と海未とことりに視線を向けると二人とも困ったような笑顔を浮かべた。
「あはは…」
「実はその…昨日春人が帰った後、アイドル研究部を伺ったのですが……」
それだけで俺は穂乃果の様子に納得できた。
おおよそ、以前俺が言われたことを穂乃果たちも言われたのだろう。それで取り付く暇も無く帰されたか。
「ええ、アイドルを貶めているや恥とか言われまして……あ、矢澤にこ先輩というのですが、その方曰く、私たちはキャラ作りが出来ていないのがいけないと」
「……キャラ作り?」
まったくの予想外のところの話が出てきて、俺も眉が上がる。
「うん、その…アイドルはお客さんを楽しませるのが重要で、そこにはしっかりとしたキャラクターが必要だって」
「…そうなのか? まったくそんな事気にはしていながったけど。ちなみに――矢澤先輩はどんなキャラクターをしていたか聞いたりとかしたのか?」
「「「う゛っ!!」」」
三人は苦虫を噛み潰したよう表情をする。どうやら、聞いたみたいだ。
「え、ええっと、海未ちゃんよろしく」
「わ、私ですかっ!? どちらかというとああいうのはことりがやったほうが先輩に近いのではないでしょうか……?」
「元気いっぱいの穂乃果ちゃんのほうが、ことりはいいと思うなぁ」
いや、海未ちゃんが、ことりが、穂乃果ちゃんが、と延々と押し付けあっている三人。そんな三人に俺は告げた。
「それじゃあ、三人とも。やってみようか」
「「「えぇ!?」」」
「誰か一人がやるのは不公平みたいだから、皆でやって欲しい」
「春人くん、それはないんじゃないかな!?」
「春人、なんか意地の悪い笑顔をしていますよ!?」
「そんなことは、ない」
決してそんなことは無い。面白そうだから見てみたいとか、絶対、ない。
「今なら誰も見てないから、ほら」
「うわーん、ハルくんの鬼~!!」
そういいつつも、三人は並んで息を整えている。
そして――
「「「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 笑顔を届ける矢澤にこにこ! にこにー、って覚えてらぶにこっ」」」
「………………」
何もいえなかった。笑うことも出来ず、あの先輩がそんなことを言っているのを想像したら俺に何か言うことはできなかった。
ただ、一つだけいうなれば、
「うん、三人とも。可愛かった」
そういうと、笑顔だった三人はだんだん顔を俯けて、身体を震わせる。
「ハルくんの――」
「春人くんの――」
「春人の――」
少しからかいすぎたのか、顔を上げて俺を睨む三人の目尻には小さな涙が溜まっており、
「「「馬鹿――!!!」」」
怒鳴り声が教室に響く。
それから、俺は三人の機嫌を取るのになかなか苦労するのだった。
「まさかあんたから訪ねてくるとは思わなかったわ。どういうつもり?」
アイドル研究部の矢澤にこはお茶を飲みながら俺を睨んだ。どうやら歓迎はされていないようだ。
まあ、それはそうだろう。昨日穂乃果たちが来てから今日の俺だ。それに昨日はキャラ作りに対して凛が"寒い"といって矢澤先輩を怒らせてしまって追い出されたのだ。
「ちょっとした心境の変化、だな」
希先輩と話をしなければありえなかったこと。あの日の帰り道で一方的に言っていた手前、いいづらいのだが。
「まあ、なんというか――以前はすまなかった」
頭を下げる俺に、にこ先輩は目を見開いて驚いていた。
「ある程度わかったといえ、決め付けるのは良くなかった。だからそれをまず謝りに来た」
「あんた……」
「それから改めて、話をしたい。矢澤先輩がどう思っているのか。どうしたいのか」
「私には、何も話すことなんて無いわ」
「そうやって意地を張っても、必ず後悔する」
嘘で自分を守ろうとしても、今はそれでいいかもしれない。だけど、振り返ったときに無意味だったと感じてしまうだろう。
「先輩はまだまだ未来がある。軒並みな言葉かもしれないが、高校生活っていうのはその中でもほんの一瞬。そして青春っていう小説の主題みたいなものだ。それが後悔で締められるのは…悲しいと思う」
「あんたには関係ないことでしょ」
「本当にそれでいいのか? そう言って突っぱねて、受け入れないで、殻にこもって、何になるんだ?」
「……うるさい」
「自分を殺して周りに合わせろだなんて言っているわけじゃない。ただ、まったく目を向けようともしないのはもったいないだろう」
「うるさいって言っているでしょっ!!」
両手で机を叩いて、声を荒げ、立ち上がる矢澤先輩。
「わかってるのよ!! 自分が悪いことぐらい!!」
「……」
「それでも納得できなかった! 私は失敗したのにどうしてあいつらは上手くいるんだって!!」
一つの雫が、机にこぼれる。
「羨ましくて、眩しくて、でもそれが嫉ましくて、認めたくなかったのよ!!」
一言でいうと持てた者と持てなかった者の違い。厳しい言い方をすれば、失敗者の僻みや妬みといったところだ。
部員がいなくなって、独りになって、もういいんだと諦めかけたときに、穂乃果たちを目の当たりにした――してしまった。そして自分の中で鎮火しかけていた想いが再燃してまった。
だが穂乃果たちを信用することができず、自分を信用することができず、疑って、疑いつづけて、どんどん歪んでいった。
「もう、出て行って」
涙を隠そうとして、俺のほうとは反対の方向を向く矢澤先輩。
これ以上話したくないということなのだろう。
「わかった、俺も用事があるからお暇する。今日はあんたのことを知れてよかった。それじゃあ、また」
俺も先輩に背を向け、アイドル研究部から退出する。
それからしばらく歩いて、誰もいないことを確認した俺はズボンに手を突っ込む。
ポケットから携帯を取り出して、そのまま何もせず、スピーカー口に耳を当てた。
「それじゃあ、後は頼んだぞ――穂乃果」
『うん……わかった。ありがとうね、ハルくん』
「悪いな、本当は説得もしたかったんだけどな」
『十分ですよ。いつもあなたには助けられてますから。本当は私たちがやらないといけないことですのに』
「気にするな海未。俺が出来るのはこれぐらいしかないから。役に立てることはやっておくよ」
『本当にありがとうね、春人くん。これで少しは糸口が見えたと思う』
「そう言ってもらえると頑張った甲斐があったよ。それじゃあまた、いい報告が聞けることを祈ってる」
俺は電話を切る。
やれることはやったはずだ。後は穂乃果たちがどう上手くまとめるか。
「ただ、先輩には嫌われたかもな。もしそうなったら穂乃果たちには悪いが――」
「そんなことないで」
俺の独り言は最後までつむがれることは無かった。
「……希先輩」
何で最近の女の子たちは隠れていたり、後ろからつけてくるんだ? 流行っているのだろうか?
「にこっちは素直になれない子だけど、物事の良し悪しはちゃんとわかってるよ」
「そう言い切れるほど俺は矢澤先輩のことを知らないから」
「私の言葉は信用できない?」
「……はぁ、やりずらい」
「本人を目の前にその言い方は酷いなぁ…ふふっ」
俺の本音の前に希先輩は苦笑いする。だが希先輩もそれをどこか嬉しそうに受け取っていた。
そんな希先輩を俺は若干引いた目で見る。
「蔑ろにされると嬉しいのか。希先輩は俗に言うマゾヒストってやつなのか?」
「それは違うよ!?」
「まあ、人の性癖に口は出さないから――とりあえず俺は帰る」
「ちょ、ちょっと待って春人くん! 私はマゾなんかじゃないからぁー!!」
弁解しようと後を付いてくる希先輩を無視しながら、俺は帰路につく。
「そういえば春人くん。聞きたいことがあるんやけど」
どういうわけか俺の後ろを勝手についてきている希先輩は口を開く。
「なんだ? 言っておくけど昨日のあいつについては何も言わないぞ」
「……春人くんって、裏でカードとか使ってあらへんよね?」
何を言っているのだろうかこの先輩は、そんなもの持ってすらいない。
「希先輩みたいにインチキなことはしていない」
「うちだってインチキはしておらんよ!? あれだって純粋な結果や!」
「カードが告げてるって、怪しい広告業者でも言わないだろうに」
「タロットカードと怪しい業者を一緒にせんといて!?」
いや、何度か"カードが告げている"なんて聞いていればそう思うのは仕方の無いことだろう。
そして別れ際に――
「将来、希先輩はなんか変な宗教勧誘とかしてそうだな」
先輩の今後を心配しただけだったのだが、
「そんなことせえへんよ!!」
割と本気で希先輩に怒られるのだった。
翌日――
「ハルくん、ハルくん! いいこと思いついたの!!」
「いいこと?」
穂乃果は自信満々に頷いた。
「えーっとね、かくかくしかじか――」
「かゆかゆうまうま?」
「ふと思うのですが、春人もなかなかボケますよね……」
「そうだね…春人くんの意外な一面というか。でもいいことだと思う」
穂乃果からこれからどうするか、一連の話を聞いた俺も頷いた。
「うん、いいと思う。特に矢澤先輩のような人には効果的だな」
「だよねだよね!」
「でも、よく思いついたな?」
「それはね、昔同じようなことあったんだ!」
同じこと? と聞き返すと、唐突に慌て始めた人物がいた。
「ちょ、穂乃果!?」
海未のそんな姿を見て俺はなんとなくわかった。
「なるほどな、海未も真正面から輪に入れて欲しいと言えるタイプじゃないもんな」
「さすが春人くん、理解が早いね」
穂乃果やことりからあらかた話を聞く。あまり思い出したくないのか、海未は終始顔を紅くさせ俯いていた。
「うぅ~……」
「恥ずかしがることじゃない、いい思い出だろう? そのときに穂乃果やことりと出会ってなければどうなっていたと海未は考える?」
俺の問いかけに海未は少し迷っていた。
「……いまこうして穂乃果やことりと一緒にいるので、わかりません。ですがそう考えると、確かに春人の言う通り、いい思い出なのかもしれません」
もしもの、あったかもしれない、今となっては覆ることの無いどうでもいい話。だけど、それもちゃんとした一つの思い出だ。
「もちろん、海未と矢澤先輩は違う。穂乃果のやり方で絶対上手くいくとはいえないが、皆なら何とかできると思ってる。だから――頑張れ」
「うん!」
「はい、任せてください」
意気込む穂乃果や海未。それに対して、ことりは俺に疑問の視線を投げつけていた。
「――ねえ、春人くん? ちょっと聞きたいんだけど……」
「どうした、ことり?」
「春人くんはいつ練習に戻ってこれるのかな?」
「それは…まだわからない」
言葉を濁す。まさかここで言われると思わなかった俺は少し焦る。
「そう長くはならない。ただ、少なくとも今週中はいけないと思っていてくれ」
「春人くん、なにをしてるの?」
「少し用事が立て込んでいるだけだ。みんなが心配することは無い」
「そっか……」
少し突き放す言い方をしすぎただろうか、ことりは少し肩を落としながら引き下がる。
「ハルくん、穂乃果たちに出来ることは――」
「なにもない。そんなことより穂乃果たちは部活の件に集中しておくんだ」
「そんなことって……」
穂乃果が顔をしかめた。だが、こればかりは本当のことも言えないし、穂乃果たちができることはない。
「それじゃあ、俺は帰るから。いい結果を聞けるのを楽しみにしてるよ」
俺は三人の寂しげな視線から逃げるように、その場を離れるのだった。
いかがでしたでしょうか?
もう、学校に行きたくないですね~