"愛してる"の想いを   作:燕尾

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どうも燕尾です。
31話目です。


31.自分の気持ち

 

 

いよいよ決行の日がやってきた。

先生に事情を話して、アイドル研究部のスペアキーを借り、にこ先輩が来る前に私たち六人は部室で待機していた。

 

「大丈夫かな…」

 

小さく呟いたのはにこ先輩を説得する作戦の成功の有無ではない。

 

「穂乃果。心配なのはわかりますが、しっかりしてください。この作戦の発起人はあなたで、春人にも頼まれたんですから」

 

そんな様子に気づいた海未ちゃんが私を窘める。

 

「でも春人くん、風邪だなんて…昨日はそんな素振りまったくなかったのに」

 

そう。ことりちゃんの言う通り、今日ハルくんは風邪でお休みしていた。

 

「春人先輩、大丈夫でしょうか?」

 

「そうだよね。こういったらあれですけど、先輩ってあまり丈夫そうには見えないから心配だにゃ」

 

「丈夫そうに見えないというか、儚い人というのでしょうか…なんというか、そんな雰囲気を纏っていていつの間にか居なくなりそうな気がして、私も心配です」

 

花陽ちゃんと凛ちゃんたち一年生もハルくんのことを案じていた。だけど、

 

「……」

 

真姫ちゃんだけは何か深刻そうな表情をしていた。

 

「真姫ちゃん、どうしたの?」

 

「……いや、なんでもないわ」

 

真姫ちゃんはそういったけど、その様子を私は訝しむ。何か知っているような、そんな気がした。

 

「皆さん、春人のことが心配なのはわかりますが、とりあえず今は目の前のことに集中しましょう」

 

だけど、それを詳しく問いかける前に海未ちゃんが一拍の手を打つ。それからタイミングを見計らったかのように、部室の扉の鍵が開けられた。

 

「……っ、お疲れ様です! 部長!!」

 

私はすぐに意識を切り替えて、大きな声でそういった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、お大事に――」

 

看護師さんに見送られて俺は外に出る。

 

「今日は結構時間が掛かったな」

 

午前中から行っていたのだが、混んでいたのもあって今は午後の四時を近く。

学校の授業が終わり、下校中の学生たちがちらちらと見える時間だった。

 

「ふぅ……」

 

外の湿った空気が入り込む。外は未だに雨が降っている。

傘をさして俺は家路へとついた。

 

「……」

 

こうして、最初から最後まで一人でいるのは久しぶりだ。最近はμ'sのみんなや希先輩と一緒にいることが多かったせいか、なんだか余計に静かに感じた。

 

「ちょっといいかしら」

 

しかしその静寂を裂くような声が後ろから掛かった。

振り向くと、女性にしては高い身長でくすみ一つない綺麗な金色の髪。そして日本人の特徴とは離れているスカイブルーの瞳を持ち、そこらへんの女優やアイドルより人気が出そうな整った顔。

 

「――生徒会長」

 

こんなところにいるとは思わなかった人がそこにいた。

 

「こんにちは、まだ学校が終わったばかりなのに私服で出歩いているってことは、今日はサボりかしら?」

 

怪しく思うような瞳で俺を射抜く。だが、それに対して大きく息を吐いた。

 

「……そう思うなら好きに思えばいい」

 

淡々と返す俺にそうじゃないと悟ったのか会長はごめんなさい、と素直に謝ってくる。

 

「冗談が過ぎたわ。病院――行ってたのよね」

 

俺は目を見開いた。どうして生徒会長が知っているだろうか。

 

「私もこっちのほうに用事があったのだけど、偶然あなたが病院から出てくるのを見かけたの」

 

「それで後を付いてきていたのか。随分と暇なんだな」

 

「そう思うのならそれでも構わないわ」

 

俺の皮肉は、俺がさっき言ったことをそのまま返された。まあ、お互い冗談とはわかってはいる。

 

「それで、呼び止めたのは何の用だ」

 

「すこし、話をしないかしら」

 

「……あんたもか」

 

「私も? どういうこと?」

 

「いや、こっちの話だ。だけど、俺は別に生徒会長の話を聞く理由もない」

 

「あなたに、聞きたいことがあるの。駄目かしら」

 

「……」

 

そうもう一度頼んでくる生徒会長の表情は以前の希先輩を髣髴とさせるような真面目な顔。

希先輩といい、どうして俺と話をしようなんていう人が出てくるのだろうか。

そう思っても断ることは俺にはもう出来なかった。

 

「――わかった。ついてきてくれ」

 

「ありがとう」

 

安心したのか一瞬だけ柔和な笑顔を浮かべた生徒会長は、いつも対面しているような仏頂面より魅力的に思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

パチクリと目を開いて家を眺める生徒会長。

 

「俺の家、誰もいないから大丈夫。入って」

 

「え、ええ……」

 

希先輩と同じような反応をする生徒会長がどこかおかしく感じる。もしかしたら女の子たちは皆こんな反応をするのだろうか。

 

「お、お邪魔します」

 

生徒会長を居間に通し、俺はお茶やお茶請けの用意をする。

 

「生徒会長、甘いものは食べられるか?」

 

まさか希先輩のときに一応、と考えていたことがこんなに早く使われるとは思わなかった。

 

「そんな、気を使わなくてもいいわ」

 

「そっちこそ遠慮しなくていい。俺が招いた客人なんだから」

 

そう言って生徒会長の席にお茶と洋菓子を置く。

 

「……以外だわ」

 

お客さんとして扱う俺に対し、無意識に会長は呟いていた。

 

「以外ってなんだ。あんたも希先輩と同じでぞんざいに扱われたいのか? マゾヒストなのか」

 

「違うわよっ――ただ、あなたは私のことを嫌っているか、どうでもいいように思っていると感じていたから…… 」

 

「嫌っているかは置いておくが――」

 

「置いておくのね」

 

「話の腰を折らないでくれ――少なくとも俺は会長のことをどうでもいいとは思っていない。それは赤の他人というやつだろう?」

 

穂乃果たちがμ'sを作るときに衝突したときから関係のない他人ではなくなった。

 

「そういう"他人"はどうでもいいけど、考えるべき"他人"はいる。会長や希先輩、矢澤先輩はその中だった。だから話したいというのならちゃんと話も聞くし、対応をする――そう思い始めただけだ」

 

「そう…なのね……」

 

俺に対して、少し戸惑いを感じている生徒会長。

俺も俺で、少し気恥ずかしさを覚える。

 

「少し話が過ぎたな。それで、会長の話っていうのはなんだ?」

 

その恥ずかしさを誤魔化しているのは恐らくバレているだろうけど、ここはそのまま行かせてもらう。

それをわかっているのか、会長は姿勢を改めて直した。

 

「それは、さっきも言ったけどあなたに聞きたいことがあったの」

 

「聞きたいこと?」

 

そのまま返す俺に会長は頷く。

 

「簡単なことよ――どうしてあなたは、あの子達を手伝っているの?」

 

「……」

 

俺は無言で続きを促す。

 

「スクールアイドルをやって廃校を阻止しようとするあの子達の考えはわかってるわ。だけど貴方だけは何を考えてあの子達と関わっているのか分からないの」

 

「俺も廃校になってほしくないからな」

 

「嘘よ。あの子たちほど必死に止めようとしていないもの。それに――貴方からは別の意図を感じる」

 

「感じる、って希先輩みたいな言い方だ」

 

「誤魔化そうとしないでちゃんと答えて」

 

徐々に追い詰められていく。この様子だと俺が話すまで終わらないのだろう。

 

「あの子たちが今どれだけ無謀なことをしているのかぐらい、頭の回るあなたなら分かっているはずよ」

 

会長の言う通りではある。穂乃果たちがしていることはとてつもなくゴールが長い。

 

「私からしたらスクールアイドルなんてお遊びで廃校を止められるとは思っていない」

 

「最初から思ってはいたが、お遊びとは随分な言い方だな」

 

「本当のことよ。スクールアイドルの頂点と言われてるA-RISEでさえ、私には遊びにしか見えない――人を魅せることは出来ないわ」

 

その発言の裏には絶対の自信。やはりというか、会長はなにか踊りや歌などの習い事を長期間積み重ねてきたのだろう。

 

「もう一度聞くわ、どうしてあなたはあの子たちの活動を手伝っているの?」

 

黙りこむ俺に生徒会長の眼差しが刺さる。その瞳は真剣で、頑なだ。

俺は一瞬も長い時のような沈黙を破る。

 

「やりたい、ということに理由をつけなければいけないのか? それは本当の気持ちじゃないだろう」

 

それは単なるやるべきことだ。そんなのは作業と同じだ。

 

「俺は穂乃果たちを手伝いたいと思ったからそうしている。支えたいと、彼女たちの行く末を見てみたいと思ったから側にいる」

 

「……」

 

「それは穂乃果やことり、海未だって同じだ。取っ掛かりは廃校を止めるだけだが、やりたいと思ったから今もスクールアイドルを続けている。それはファーストライブのときも言っていた。それに花陽や凛に真姫だって、やってみたいと感じたからこそ穂乃果たちの手を取った」

 

もしかしたら穂乃果たち中にはもう廃校という言葉はないのかもしれない。それほどまでに彼女たちはスクールアイドルに熱中し、活動している。

 

「理屈じゃないだろ、自分の気持ちは」

 

「でもそれは現実を見ていないのと同じことよ」

 

「現実しか見ない目標や夢に何の意味がある」

 

お互い睨み合う。どちらも自分の考えは譲らず、話は平行線になる。だがそれは、グループを立ち上げたときからわかっていたことだ。

曲げないところは俺も生徒会長も似ているのだろう。甚だ不本意だが。

 

「まあ、理解してもらおうとは思っていない。人の努力に目を向けようとしない人には理解できるとも思っていない」

 

だからだろう、無意識のうちにこんなに俺が突っかかってしまうのは。俺の言葉に生徒会長は明らかに顔をしかめた。

 

「会長、あんたはA-RISEや穂乃果たち――スクールアイドルをしている人間の何を見て遊びだと断言する? ダンスか? 歌か?」

 

俺からの問いかけに、生徒会長は答えない――答えられない。それはそうだ。なにしろ、この人は何も見ようとしていないのだから。

 

「お遊びに、練習や広報活動に学院生活の時間の大半をつぎ込むと思うのか? 人を魅せることは出来ない――そんな彼女たちを応援してくれている人たちは滑稽か?」

 

「それは」

 

「あんたはさぞかしすごい実力や実績を持っているんだろうな。だがそれは人を貶めたり否定するための道具じゃない」

 

俺は言葉を重ね、生徒会長を追い詰めていく。

 

「自分が何を言っているのかよく考えることだ」

 

その言葉を最後に、お互いが話しをすることはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここまででいいわ。後は近いから」

 

家の近くの交差点のところで私は彼に別れを告げる。

 

「そうか」

 

「問題ないのなら明日からちゃんと学校に来るように。それじゃあ――また」

 

「ああ、気をつけて」

 

歩いていく私に対して彼は足を止めてそういった。

そして、そのまま交差点を曲がろうとしたとき、私は目を見張った。

彼は私の姿が見えなくなるまで私を見送っていたのだ。

 

「どうして……」

 

不思議な人だ。今まで言い争っていた相手を招いて、きちんと対応して、家の近くまで送っていくと言い出したり、ちゃんと見送ったり。

彼からしたら私はあの子たちを邪魔する敵みたいなものだ。もっとぞんざいに扱われてもおかしくはなかった。

終始、彼の行動はあべこべだと感じた。だが、あるひとつのことを前提にしていればその行動にも説明は尽くし、自分の中でも納得できる。

 

「そういう人なのよね、彼は――」

 

短い時間ではあったが彼の人となりを少しでも知ることが出来て、わかったこと。

桜坂春人という人物は正直者で、常に正しくあろうとしていて、表面や言動にはあまり出ないが、優しい少年なのだ。

そういう人だから、あの子たちも彼を心から信頼しているのだろう。

だからこそ彼の言葉は重かった。私の考えなんて稚拙に思ってしまうほどまったく彼には響いていなかった。

 

「……まいったわね」

 

私は自然とそんな言葉が洩れる。

こんなこと知るぐらいだったら、ずっと知らないでいたままのほうがよかった。

 

「本当に、まいったわ」

 

月明かりが照らす夜道を、私は一人葛藤しながら歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、俺も帰るか」

 

生徒会長の姿が見えなくなったところで俺は来た道を引き返す。

そのとき携帯が振動した。

対話アプリの通知――穂乃果からだった。

画面には矢澤先輩を中心に七人が映った自撮り写真と先輩が加入したという報告が送られてる。

 

「……どうやら、上手くいったみたいだ」

 

穂乃果たちならできると信じていたけど、それでも心配ではあったから。俺は少し安堵する。

するとまた携帯が振動した。どうやら今度は、電話で報告みたいだ。

 

「――もしもし?」

 

「あ、もしもしハルくんっ? 写真、見てくれた!?」

 

「ああ、ちゃんと見た。よくやったな、穂乃果」

 

「上手くいってよかったよ。これもハルくんのおかげだね」

 

「俺は何もしてない。穂乃果たちが頑張って向き合った成果だ」

 

「えへへ、ありがとう……」

 

恥ずかしそうな声色。電話口でも照れているのが良くわかる。

 

「そういえば、穂乃果に言っておくことがあった」

 

「ん? なになに?」

 

「来週から俺も練習に顔を出すよ」

 

「ほんとっ!?」

 

いきなりの大きな声で電話から耳を離す。

 

「ああ、本当だ。今まで休んでいて悪かった」

 

「ううん、結果的にハルくんが来てくれるなら――」

 

と、そこまで言いかけた所で穂乃果は言葉を切った。

 

「そうだね、ハルくんは悪い子だ。何も言ってくれないから私すっごい心配したんだよ?」

 

そしてかけてくる言葉を180度変えた穂乃果は何か悪戯を覚えたようだった。

 

「まあ、何も言わずに休んでいたのは確かに良くなかったな」

 

「そんなハルくんには少し罰を受けてもらおうと思いいます」

 

「罰か…それも仕方ないな。甘んじて受けるよ」

 

「無茶振りじゃないから大丈夫!」

 

「穂乃果の話で無茶振りじゃなかったことが少ないから、少し心配だ」

 

「もう、そんなことないもん! そんなこというハルくんには本当に無茶振りしちゃうよ?」

 

「悪かった、それは勘弁してくれ」

 

俺は誰も見ていないところで手を上げる。

 

「それで、罰ってなんだ?」

 

すると、穂乃果は何故か得意げに笑う。

 

「ふふん、それはね――今週末、穂乃果とお出かけてをしてもらいます!」

 

「穂乃果と出かける…ああ、そういえば」

 

以前、穂乃果が花陽と買い物したことを羨ましがっていたことを思い出す。

 

「そんなことでいいのか? 別に罰なんて形にしなくてもいつでも付き合うぞ?」

 

「いいの! その代わり、ちゃんと付き合ってもらうからね?」

 

「もちろん」

 

「それじゃあ、時間とかは明日とかに伝えるね」

 

「ああ」

 

それからは今日のことを聞いた。矢澤先輩がどうだったか、それからの練習は何をしていたのか、穂乃果はこと細かく教えてくれた。

 

「ほのかー、ごはんよー!」

 

「わかったー!」

 

しばらく話しているうちに電話から小さい音で穂乃果を呼ぶ声が聞こえる。

 

「あらら、ご飯の時間になっちゃった」

 

「大分話していたから仕方ない。気にするな」

 

時間も忘れて、というのはこういうことを言うのだろう。しかも俺の場合は場所をも忘れていた。

 

「ほのかー、早く来なさーい!!」

 

「わかってるってばーっ……ごめんねハルくん、そろそろ切るね」

 

「ああ、また明日。遅刻するなよ?」

 

「うん! また明日!!」

 

元気な穂乃果の挨拶を最後に通話が切れる。

 

「……さて、俺も帰ろうか」

 

それから、俺はどこにも寄らず、家に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
次も頑張ります



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