"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも、燕尾です。
最近バイトの人が足りなくて困っておりまする。
にこ先輩の提案でやってきたのはカラオケだった。どうしてこんなところに来たのかというと先輩曰く――
「決められないのなら、勝負で決めるわよ!」
とのことだった。俺はあまり意味ないことだと思うが、とりあえずは見守っておく。しかし、
「カラオケ久しぶりだね」
「そうだね。高校一年生の頃に何回か行ったけど」
「かよちん、なに歌う?」
「私はやっぱりアイドルの曲かなぁ?」
「あんたら緊張感なさすぎ!!」
ふんわりとした空気をかもし出していた穂乃果たちに、にこ先輩のツッコミが入る。
「勝負、とっても、私はカラオケはあまり得意ではないのですが」
「私も特に歌うつもりはないわね」
困ったような恥ずかしがり屋の海未と、リーダーというものにとことん興味を持たない真姫。
「それならそれで結構。リーダーの権利が消失するだけだから」
だが、そんな二人ににこ先輩は発破をかける。
「そんな言い方しなくてもいいだろうに……海未、真姫。ここは一つ、みんなの仲を深める程度だと思って付き合ってあげてくれ」
「そ、そうですね。そう思うことにします…」
「まぁ春人がそういうなら、付き合ってあげてもいいわ」
「……なんで春人の時だけ素直なのよあんたたちは。まあいいわ、それじゃあ決まりね」
するとにこ先輩はなにやらメモ帳を取り出す。
「ふっふっふ、こんなときのために高得点の出やすい曲はリストアップ済み。これでリーダーの座を確実なものに――」
「
俺は呆れた目を向ける。こういうずるい事をしようとするから無視されるんだとなぜ気付かないのだろうか。
あとこの人は自分に自信があるようだが、穂乃果たちを甘く見すぎだ。それをいまから身をもって知ることになるだろう。彼女たちの今までの努力や元から持っていたポテンシャルというものを――
「……ふぅ」
海未が歌い終わり、採点結果が出る。
「海未ちゃん、93点! これで全員の点数が出たね」
「全員90点台、毎日レッスンしているものね」
順位で言うと一位が真姫の98点、二位が花陽の96点、三位がにこ先輩の94点、四位が海未の93点、五位が穂乃果の92点、六位が凛の91点、七位がことりの90点だ。
「……こいつら、化け物か!?」
今までのみんなの歌を聞いて点数を見たにこ先輩の顔はまさしく予想外、というようなものだった。
「化け物じゃない。ことりの言う通り毎日の頑張りの成果。当然の帰結だ」
「ぐぬぬ……」
「さて、まだ時間が余っているがどうする?」
悔しがっているにこ先輩はさておき、これからの方針を問う。だが、
「――ん? どうした、みんなしてこっち見て?」
全員が、俺のほうを注視していた。
「そういえばハルくん」
「まだ歌ってない人が」
「いるよねぇ?」
ジッと俺を見る穂乃果、海未、ことり。俺は逃げるように目を逸らす。しかし、
「春人さん」
「まさか歌わないってことは」
「ないわよね?」
花陽、凛、真姫が退路を塞ぐように笑みを浮かべていた。
「春人、観念してあんたも歌いなさい」
さらににこ先輩が意地の悪い顔で言う。どうやら最初から俺に逃げ場はなかったようだ。
「……みんなが知らない曲かもしれないが、それでいいなら、一つだけ」
俺は観念して、一つの曲を入れる。
メロディが流れてみんなの期待の視線を受ける中、俺は息を吸い込んだ。
「♪――……」
「……気恥ずかしい」
歌い終わり、みんなの拍手を請ける俺は顔を紅くしながら呟いた。
俺が歌ったのはベターだが、出会い、触れ合って、さまざまな問題に向き合い、そして終わりを迎えることが決まっていた男女の物語を綴ったような歌。
「とっても上手だったよ、ハルくん!」
「あ、ああ。ありがとう、穂乃果。上手く歌えたかどうかは自分じゃわからないけど」
「安心してください春人。十分上手く歌えていましたよ」
「そうだよ。点数だって、ほら――」
ことりが採点結果の画面を指す。そこには95点という結果が表示されていた。
「春人くんの声、すごくかっこよかったにゃー!」
「それになんだか安心するような歌声でした」
「まさかここまでとは…悔しいわね」
みんなからの評価に一応それなりに歌えたんだなと安堵する。
「カラオケに来たのは人生で初めてだったからちょっと不安だったが、よかった」
『えぇっ!?』
「春人、あんたカラオケに来たの初めてだったの!?」
「ああ。普段はこういうところには行かないし、歌だって家で口ずさむ程度だからな」
そんな俺の反応に、みんなは目を向ける。
「穂乃果たち以上にとんでもない怪物がここにいるわね…」
先輩とはいえ、少し失礼ではないだろうか?
だがにこ先輩の感想に同感していたのか穂乃果たちもうんうん、と頷いていた。
「穂乃果、少し自信なくしちゃいそう…ハルくん、どうしてそんなに上手いのかな?」
「春人には最初からそれだけのポテンシャルがあったということですね。こんなこと言うのはどうかと思うのですが、ずるいと言わざるをえません」
「これでレッスン受けたらどれだけ成長するんだろうね、春人くんは…ちょっと嫉妬しちゃう」
「春人くん、うらやましいにゃ…」
「なんだか才能を見せ付けられているようで嫌な感じだわ」
「あ、あはは……」
苦笑いしている花陽以外、好き勝手言う五人。
「なんなのよあんたまで…なんであんたはそんなに歌が上手いのよ! しかも私より点数が上なのが余計に腹立つんだけど!!」
「そんなこと言われても、困るんだが…!?」
俺を睨み悔しそうに唸るにこ先輩に俺はどうしたものかと困り果てる。
「くぅ……次よ! ちょうど終わりの時間だし次に行くわよ!!」
にこ先輩の号令で俺たちは次の勝負の地へと赴くことになった。
「次はダンス。今度は歌のときのように甘くはないわよ!」
カラオケ店を出てから俺たちが連れられたのは秋葉原にあるとあるゲームセンター。そしてそんな俺たちの目の前にある筐体は有名なリズムゲームだった。
「使用するのはこのアポカリプスモードエキストラ!」
テンション高く紹介するにこ先輩。だが、その場にいたのは俺と真姫、花陽に海未のみ。残りの穂乃果、ことり、凛はどこに行ったかというと――
「ことりちゃん、もう少し右!」
大きなアクリルケースの中を凝視して必死の様子で穂乃果が呼びかけ、
「ここかな、えい――」
その中に吊るされた鍵爪のクレーンをことりが操作して、
「ぬいぐるみが倒れた! そのまま落ちて――!」
凛がその様子を緊張した面持ちで眺めていた。
「「「やったあ!!!」」」
「だからあんたたちは少し緊張感を持てって言ってるでしょ!?」
クレーンゲームでぬいぐるみを取っていた三人に、にこ先輩のツッコミがまた入る。
「そういわれても、凛は運動は得意だけどダンスは苦手だからなぁ」
「これ、どうやるんだろう…」
「私も、こういうのには疎くて…」
凛の苦手意識はともかく、花陽や海未の不安げな声が聞こえる。
やったこともない人がいる中で、勝負をやるというのは公平性にかけると思う。
「くっくっく、プレイ経験ゼロの素人がやってもまともな点数がでるわけがない。カラオケのときは焦ったけどこれなら――ぎゃん!?」
俺は少し強めににこ先輩の頭にチョップを入れる。
「ちょ、なにすんのよ春人!?」
「どうしてそういうことしか思いつかないんだあんたは。そんなことばかりしていると、少ない人望が枯渇するぞ?」
「少ないって何よ!?」
「言ったほうがいいか?」
そう聞き返すとにこ先輩の表情は明らかに沈み、首を横に振った。
「まあせっかく来たのだから気分転換として、やってみるのもいいだろう」
「そうだね! せっかく来たんだからみんなで遊んでみようよ!」
そうして、全員がリズムゲームに挑戦する。その結果はというと、
「ん、見事に得意不得意が分かれたな」
俺はノートに目を落とす。
トップが運動神経抜群の凛でスコアランクがAA。次いで穂乃果、海未、にこ先輩のスコアランクA。ことりと真姫がスコアランクBと続いて、花陽がスコアランクC。
なんというか、申し訳ないが印象と、体育の成績を反映したような結果だった。
「面白かったね!」
「そうですね、私は全然出来ませんでしたけど、新鮮でした」
それでも満足そうに言うことりにみんなが頷く。
上手くできていなかった花陽も、わたわたしながらも楽しんでいたようだ。
「すごいな凛。このゲームは初めてって言っていなかったか?」
「あはは、なんか出来ちゃった!」
「ぐぬぬ……」
またもや悔しそうにするにこ先輩。
「それにしても、あまり差がついてないねぇ」
カラオケ・リズムゲームを合わせた結果を見ると凛の言う通り、みんなの成績に差はなかった。
「さて、どうするんだ先輩?」
「くぅ~…こうなったら最後の勝負に行くわよ!」
俺たちがゲームセンターから出てやってきたのは電気街。
「歌と踊りで決着がつかないのなら、最後はオーラで決めるわ!」
「オーラ?」
首を傾げる穂乃果ににこ先輩は頷く。
「そう! アイドルとして一番必要といっても過言ではないものよ」
「そこまで言うのか」
「歌も下手、ダンスもいまいち、でも何故か人を惹きつけるアイドルがいる――それがオーラ! 人を惹きつけてやまない何かを持っているのよ!!」
言いたいことは分からなくもないが、俺が全部理解できることが出来なかった。
「わかります!!」
だが、それに同意したのは花陽だった。
「何故か放っておけないんですよね!」
「でも、そんなものをどうやって競うのですか?」
海未の言う通り、歌・ダンスと違ってこれからやろうとする勝負に明確な基準はない。それなのにどうやって勝負するのだろうか。
「ふっふっふ、これよ」
疑問を呈す俺たちににこ先輩は不適に笑い、いつ用意したのかそれぞれに一束の紙を渡してくる。
「ビラ配り、ね」
「ええ、オーラがあれば人は自然と寄ってくるもの。一時間でこのチラシを一番多く配ることが出来たものがオーラがある人間よ」
「今回はちょっと強引なような気が……」
そう言うことりをはじめ、大半が苦笑いする。
「でも、面白いからやろうよ。宣伝にもなるしさ!」
なんでも前向きに考えられるのは穂乃果のいいところだ。
「今度こそ、チラシ配りは得意中の得意…このにこスマイルで――!」
そして、また悪い顔をするにこ先輩。
「……はぁ、この先輩は本当に」
なんだかもう指摘するのも馬鹿馬鹿しくなってくる。いい加減、気付くべきじゃないだろうか?
とりあえず、俺は見守ることに徹する。
男の人を中心に、スクールアイドルが好きそうな人などを見つけたり、道行く人にみんなは声をかけてビラを配っていく。
ファーストライブのときにあれだけ怯えていた海未も慣れてきたのか、順調に配っていた。
だが、そんななかひときわ異彩を放っていたのが、言うまでもなくにこ先輩だった。
というのも、歩いている男性の前に回りこんで、
「にっこにっこにー! これ、お願いするにこ!」
媚びる? といったような笑顔でチラシを配るも、男性は一瞬変なものを見るような目で先輩を見て、チラシを受けず脇を通り過ぎる。
「――ッ!」
そんな男性の腕をにこ先輩は掴んでいた。
ぎりぎりと離れようとする男性と、放さないにこ先輩。俺はため息をついて、先輩の頭をチョップした。
「いったぁ!?」
頭を抑えるにこ先輩を放って俺はすみません、と男性に一礼する。その男性も驚いていたようだが、素直に受け入れてくれて今度こそ去っていった。
「春人! あんた何すんのよ!? せっかく受け取ってもらえそうだったのに!」
「あれは受け取ってもらえそうだったんじゃなくて、受け取らせようとしていたの間違いだ。押し付けはチラシ配りとは言わないだろう。次またそんなことしようとしたら、権限でにこ先輩は失格にする」
権限ってなによ!? と叫ぶにこ先輩を無視して俺はベンチに座る。
そんなトラブルがありつつ、見守ること十数分。
にこ先輩とは違った"異才"を放った人物が俺のところに来る。
「ことり、もう終わったのか?」
「う、うん。気付いたら無くなってて…」
「まあことりは雰囲気も柔らかいし、可愛いから、声かけられた人はみんな受け取ったんだろうな」
「ぴゃ!?」
「――っ、びっくりした。どうしたことり?」
突然素っ頓狂な声を上げることりに俺も驚く。
「どどどうしたって、春人くんが突然そんなこと言うからだよ!」
顔を紅くして、両頬を押さえることりに俺は首を傾げる。
「そんなこと?」
そう返すと、ことりは冷静になれたのか、妙に納得した表情をする。
「そっか…春人くんだもん。そうだよね、うん。」
「ん? どういうことだ、ことり?」
自分の中で完結したことりを俺は不思議に思うばかりだった。
ところ変わってアイドル研究部部室――
時間制限が切れるまでに配り終わったのは順番に穂乃果、凛、花陽の三人、配りきれなかったのは海未、真姫、にこ先輩だ。
海未や真姫はあとちょっとだったのだが、にこ先輩の結果は当然というか結構あまってしまった。
「おかしいわよ、このにこスマイルが通じないなんて…時代が変わったのね!?」
「変わっているのは時代じゃなくてあんただよ、先輩」
そんな俺の呟きはにこ先輩には聞こえていなかった。
「でも、結局みんな同じだったね」
「穂乃果の言う通りですね。ダンスの点数が低い花陽は歌の点数が良く、歌の点数が低いことりはチラシ配りの成績が良くて」
「総合したら多少の優劣はあってもほとんど変わらないのか。ふむ――」
「春人くん、どうしたの?」
「ん? ああ…ちょっと考え事」
考える俺に視線が集まる。
今日一日潰しておいてこんなこというのはどうかと思うが、この場でなんでもないというのも無理がある。
俺はそのまま思ったことを口にした。
「いや、そもそもリーダーって必要なのかと思ってな」
『ええっ!?』
俺の言葉に、一人を除いて驚くみんな。
ただ一人――隣に座る穂乃果だけは納得顔で頷いた。
「なるほど。ハルくんの言う通り、確かに無くてもいいかも」
「穂乃果ちゃん!?」
「春人もそうですが穂乃果、あなたも本気で言っているのですか!?」
俺と穂乃果は顔を見合わせて、同時に頷く。もう何も言わずとも、お互いが考えていることが分かっていた。
「うん、リーダなしでも全然平気だと思うよ。みんなそれで練習してきて、歌も歌ってきたんだし」
「ですが……」
「そうよ! リーダーなしのグループなんて聞いたこと無いわよ!」
「それに、センターはどうするのよ?」
任命されたリーダーが次のPV作成のときのセンターを飾る。そういう話で最初から勝負が行われてきた。
だが、センターはリーダーじゃなくとも誰でも出来る。そう、誰でもだ。
俺たちは根本から間違っていた――というかそういうことを考えもせず、思考を停止させていた。
「こんな言い方は良くないが、センターは誰だっていいだろう? 穂乃果に海未、ことりに花陽、真姫や凛、にこ先輩――センターは誰にでもできる」
「だからその誰かを決めようと――」
「だったら、全員がやってもいいんじゃないのか? どうしてセンターは一人だけと決め付けている?」
「それは…」
にこ先輩が口篭る。
言いたいことは分かっている。それが普通だからだ。グループのPV作成において、センターを一人決め、その人を中心に作り上げていくものが大半だからだ。
「そうはいってもどうやって全員でやるのよ?」
真姫の当たり前の問いに対して、穂乃果が説明を引き継いだ。
「順番に歌うんだよ!」
「順番?」
返すことりに穂乃果は首肯する。
「うん! 一人一人にスポット当てて、順番に歌っていくの! そういう曲って、出来ないかな?」
「まぁ、できないことないですが」
「作れないことはないわね」
作詞、作曲を担当している海未と真姫が頷く。
「ダンスはどうかな?」
「出来ると思う、今の七人なら!」
「出来たらとっても素敵だと思います!」
「凛も挑戦してみたい!」
ことりも頷き、花陽と凛も前向きな姿勢を示す。
「じゃあそうしようよ! みんなが歌って、みんながセンター!!」
「センターが一人だろうと全員だろうとμ'sの魅力は個人で作るのじゃなく、みんなで作っていく――そんなグループになれたらいいんじゃないか?」
俺と穂乃果の提案に、否定的な意見を持った人は誰一人といなかった。
「でも、本当にリーダーを決めなくてもいいのかな?」
PVの方針が決まってから練習のために屋上へ向かう最中、ことりがただの疑問として問いかける。
「――いえ、もう決まっていますよ」
海未――だけではなく、もうみんなが誰がリーダーかは自分の中で決めているだろう。
「不本意だけど」
その証拠に"不本意"なんて言葉を使っている真姫も穏やかな笑顔を浮かべている。
ことりもみんなの反応に、やっぱり、といったように頷いた。
みんなの視線は先行く少女ただ一人。
「なんにも囚われず、一番やりたいことや一番面白そうなことに怯まずまっすぐ向かっていく、それは穂乃果にしかないものかもしれません。それに――」
海未はどういうわけか俺のほうを見る。
「時に私たちの道を示してくれて、ときには支えて、見守ってくれる仲間だっているんです。だから私たちも安心して前に進むことが出来ます」
「……」
「少し素直ではないみたいですけどね」
気恥ずかしさから反応せず、あえて無言を貫いているというのがバレているせいか、からかうような、だけど純粋な笑みを浮かべるみんなに俺は視線を逸らす。
だが、誰にも合わせないようとしたその視線は穂乃果の視線とぶつかった。
「ハルくん、ありがとね」
しかしやっぱり、穂乃果たちを前に俺に逃げ場などありはしなかった。
「ああ…どういたしまして」
「うん!!」
満足げに頷く穂乃果の満開の笑顔に、もともと赤らんでいた俺の顔がさらに赤くなる。
恥ずかしい気持ちはある――だがそれが嫌だと、思うことは一切なかった。
いかがでしたでしょうか?
一年生組みの春人への呼び方を変えました。先輩呼びとどちらがいいでしょうか?
とりあえずこれ以前の話も気が向いたら修正していくつもりです。