"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも燕尾です。
学校だるい。
「皆さん大変です!!」
七人での活動が板についてきたある日のこと、花陽が勢いよく扉を開けて現れる。
走ってきたのか、花陽の肩は上下に揺れて、頬も紅く上気していた。
「どうしたの、花陽ちゃん?」
「大変なことが起こりました!」
穂乃果の問いかけるも花陽からは大変、と要領の得ない答えしか返ってこない。
「とりあえず落ち着いてくれ。ほら、水」
新しい飲み物や練習用のスポーツドリンクはまだ用意していなかったから、俺は自分のかばんから水を取り出す。
「えっ、ハルくん!?」
「あ、ありがとうございます、春人さん」
余程慌てていたのか、花陽は俺から受け取った水を勢いよく飲み干していく。
生き返りました、と深い息をはいて落ち着いた花陽とは対照的に今度は穂乃果が慌てだした。
「ハルくん! それ、ハルくんが飲んでた水だよね!?」
「ん、そうだけど?」
「どうして花陽ちゃんにあげちゃったの!?」
「どうしてといわれてもな…すぐに渡せそうだったのがその水だったからなんだが?」
「それはそうかもしれないけど! だって、それ…間接……」
慌てていた勢いはどこへやら。穂乃果の語尾がどんどん萎んでいった。
「? なにかいけないことしたのか?」
「いえ…春人がしたことは正しいのですが、その、渡したものが悪かったといいますか」
「あはは…さすが春人くんというか」
海未もことりも苦笑いしており、水を飲み干した花陽は顔を真っ赤にしていた。
「はうぅ~ご、ごめんなさい…」
「?? どうして謝るんだ花陽?」
「春人くん、すごいにゃ…何も分かってないにゃ」
「一種の才能よね、あそこまでだと」
「普通なら気づくでしょうに…」
凛、真姫、にこ先輩もどこかあきれた目を向けてくる。
「もー! ハルくんのバカバカバカー!」
「穂乃果痛い…」
「痛くしてるの! ハルくんの馬鹿!」
「一体なんなんだ…」
ポカポカと叩いてくる穂乃果を止めることもできず、俺はただただ困惑するばかりだった。
「それで花陽、大変だ――って、一体何があったんだ?」
軽い一悶着が落ち着いたころ、俺は改めて問いかける。
「むぅ……むぅー! むぅ……」
穂乃果は未だにむくれているが、一応話を聞く姿勢をとっている。
そんな穂乃果の可愛らしい姿はさておいて、花陽の話に耳を傾ける。
「そうでした! 皆さん、大変です!!」
「ああ、それは分かったから何が大変なのか教えてくれ」
これでは堂々巡りだ。一向に話が進まなくなる。
「ラブライブです! ラブライブが開催されることになりました!!」
「ラブライブ?」
「ラブライブって何、花陽ちゃん?」
大半がラブライブという言葉に首を傾けている中、一番反応を示したのはにこ先輩だった。
「なんですって! それは本当なの、花陽!?」
「はい。間違いありません! さっき公式サイトが開かれましたので」
二人で盛り上がる花陽とにこ先輩。だけど俺を含めたほかの人間は何のことかさっぱりだった。
「あー、すまない二人とも。そのラブライブっていうのはなんなんだ?」
「知らないんですか!?」
「あんた知らないの!?」
二人揃って興奮した様子で迫ってくる。
「あ、ああ…聞いたことないからな…」
だが、大体は予想できる。恐らくスクールアイドルの大会みたいなものか、各地域のスクールアイドルが集まってパフォーマンスを配信する大型ライブみたいなものだろう。
「その認識でだいたい間違いないわ。ラブライブっていうのはスクールアイドルの大会よ」
「エントリーしたグループの中からランキングサイトで上位20位までのグループが出場してナンバーワンを決める、いわばスクールアイドルの甲子園みたいなものです!」
いつの間にか部室のパソコンを起動していた花陽がラブライブの公式サイトを見せてくる。そこには出場条件やエントリーなど事細かに書かれている。
「へぇ~」
「スクールアイドルは全国的にも人気になっていますから。そういう企画があってもおかしくはないですね」
「盛り上がること間違いなしにゃ!」
みんなが一つの画面を見ている中、普段の花陽からは想像できない勢いで色々とウィンドウを開いていく。
「今のアイドルランキング上位20組の中から、1位のA-RISEは当然出場として…2位、3位は――まさに夢のイベント、チケットの発売はいつでしょうか…」
スマホで初回特典を調べるなど恍惚の表情を浮かべてどこかへトリップしそうな花陽。そんな花陽に俺は引っかかる。そして、それは俺だけではなく――
「――って、花陽ちゃん。観に行くつもり?」
俺が思っていた疑問を穂乃果が花陽にぶつける。すると花陽は一瞬眼光を鋭く光らせて立ち上がった。
「当然ですっ、これは歴史に残る一大イベントですよ!! 絶対に逃せません!!」
ずい、と迫る花陽に対して穂乃果は身体を反らす。
「花陽ってアイドルのことになると変わるわよね」
「それほど好きだっていうことだろう。いいじゃないか」
「凛はこっちのかよちんも好きだよ?」
少し驚くときはあるが、悪いことなんて一つもない。真姫も同じで花陽の豹変っぷりは受け入れているようだ。
だが、
「花陽、観に行くだけでいいのか?」
「そうだよ花陽ちゃん。てっきり出場目指してがんばろー! って言うのかと思ってたけど」
俺と穂乃果の言葉に花陽は大きく後ろに退く。
「そ、そんな!? 私たちが出場なんて、恐れ多いです!!」
恐れ多いとまで言うのか。まあ、今までアイドルに憧れていただけあって気持ちは分からなくはないのだが。
「花陽、キャラ変わりすぎ」
「凛はこっちのかよちんも好きにゃー!」
ぶれない真姫と凛もある意味大物だと思う。
「でも、スクールアイドルやってるんだもん。目指してみるのも悪くないかも!」
「ていうか、目指さなきゃ駄目でしょことりちゃん!」
穂乃果やことりの言う通りだ。一つの目標として出場を目指すのは悪くないし、やるべきだろう。
「そうはいっても、現実は厳しいわよ?」
「ですね。先週見たときはとてもそんな大会に出場できる順位ではありませんでしたし」
「それはそうだが、なら、出場はしないのか?」
そう問いかけると、真姫と海未はムッと顔を顰める。
「そうは言ってないでしょ!」
「春人、言い方が意地悪です!」
「冗談だ。二人の言いたいことは分かっている。ただエントリーしなければ出場できることは絶対にないってことだ」
逆に言ったら、どれだけ厳しくても、低い順位からスタートしても、エントリーしたら出場の可能性はあるということ。なら、エントリーするほかはないだろう。
「それに海未、ランキングサイトを見てみろ。順位が更新されているはずだ」
海未がランキングサイトのページに移り、μ'sのページへと飛ぶ。
自分たちの順位を確認した海未は目を見張っていた。
「穂乃果、ことり! 大変です!」
近くにいた穂乃果とことりもパソコン画面を覗き込む。
「わっ、すごい!!」
「順位が上がってる!!」
二人の言葉に一年生たちも立ち上がり、皆してパソコン前に群がる。
「急上昇のピックアップスクールアイドルに選ばれてるよ!」
「前にアップした七人のPVの反応がよかったみたいだ」
PVの反応は概ね良好。コメントも応援してくれるものや可愛いといったもので、否定的なものはないほどだった。
「うわぁ! もしかして凛たち人気者!?」
人気者かどうかはさておき、皆の努力が実を結んできているのは事実。その変化はランキングだけではなかった。
「それだけじゃない。最近、学院まで足を運んでくる子がいるんだ」
「ん、どういうことハルくん?」
俺の話に穂乃果たちは首を傾げるも、それを聞いて納得したのが一人。
「なるほど、そのせいね…」
「真姫、もしかして?」
「ええ。以前校門で出待ちされてて…写真を撮ってほしいって」
『ええっ!?』
皆が驚く中、真姫は撮った写真を見せてくる。真姫の隣に移っているのは、中学生の女の子。俺はその子の顔に見覚えがあった。
「その子たちか」
「ハルくん、知ってるの!?」
「ああ。たぶん真姫が出てくる前に話しかけられてな。μ'sのこと聞かれたり、今日会えるか聞かれたり…どういうわけか、一緒に写真撮ってくれってせがまれた」
「ええっ!? どうしてハルくんが!?」
「そういわれても俺もわからない」
あのときはさすがの俺も困った。μ'sのページに俺の写真や紹介文はあげてあるが、そこまで見ているとは思っていなかった。
「そ、それでハルくん、この子たちと一緒に写真とったの?」
恐る恐る聞いてくる穂乃果に俺は頷いた。
「最初は断ったんだが……その、あまりにも落ち込んだ様子を見せられてな…」
「断るに断れなかったんだね。春人くん」
「ああ。さすがに無碍には出来なかった」
最初は関係ないと思って立ち去ろうとしたのだが、無愛想な態度とればμ'sのイメージが下がりかねないと考えて、了承した。
「ハルくん、ちょっとスマホ見せて!」
「なっ…おい、穂乃果っ!?」
俺の身体を弄って、ズボンから人のスマートフォンを取り出す。そして手馴れた手つきで操作する。
「ハルくん…こ、これ……」
わなわなと震える穂乃果の周りに皆が集まる。写真を見た皆は次々と俺にジト目を向けてきた。
「春人くん、これはさすがに……」
「春人さん、この写真は…」
「春人、不潔です」
「春人くん、これは駄目だと凛は思うにゃ」
「春人はロリコンだったのね」
「あんたがどうにかしなさい、春人」
口をそろえて皆が批判してくる。
確かに距離がすごく近いが、それは相手が寄ってきただけであって、そこまで言われるのは納得できない。
「しかもこの子たちだけではないみたいですね?」
次々と明らかになる写真。それを見ていくたびに皆の視線が冷ややかなものになっていく。
その中で、穂乃果の瞳だけは怒りに燃え上がっていた。
「ハルくん!」
「ど、どうした?」
「どうしてハルくんはもぉー! なんでもぉー! こうなのもぉー!!」
涙目で怒り、言葉が見つからないのか幼児退行したように責めて、ポカポカとまた叩いてくる穂乃果。
「言っていることがよく分からないんだが…頼むから落ち着いてくれ」
「ハルくんの馬鹿! この天然記念物ぅ!」
振り上げる手を掴んで拘束するが、いやいやと穂乃果が暴れる。
「暴れるなって…皆も見てないで助けてくれないか?」
助けを求めるも、周りは自業自得といわんばかりの目で穂乃果を止めようともしない。
結局、怒っているわけも分からずに穂乃果が落ち着くまで責め続けられるのだった。
ラブライブに出場するには学校の許可が必要、ということで俺たちは全員揃って生徒会室に向かった。
「さて、生徒会室前まで来たはいいが……」
「結果は見えてると思うけど?」
ノックをためらう穂乃果に俺と真姫が言う。
「学校の許可? 認められないわ」
それにあわせて凛が生徒会長の物まねをする。少し似ていると思ってしまったのが少しだけ悔しい。
「うーん、今度こそ生徒を集められると思うんだけどなぁ…」
「そんなの、あの生徒会長には関係ないわよ。私たちのことを目の敵にしているのだから」
にこ先輩の言う通り、穂乃果たちが生徒を集めようとしていることは生徒会長には関係ないことだ。あの人は彼女たちがスクールアイドルをしているという事実だけで否定している。
「どうして私たちばかりなんでしょうか…?」
花陽のようにそこに疑問を持つのは当然のことだろう。何せ生徒会長は明確な理由も言わずに遊びだ素人だと言っているのだから。
「それは…もしかして! 校内での人気を私に取られることが怖くて――」
「それはないわ」
「ツッコミ早っ!?」
真姫がにこ先輩を別教室へと隔離する。
的外れもいいところ。まあそれはにこ先輩なりの冗談なのだろう。まったく笑えないが。
「もう、許可なんて取らずに勝手にエントリーしちゃえばいいんじゃない?」
「駄目だよ! エントリーの条件にちゃんと学校の許可をとることってあるもん」
「真姫、花陽の言う通りだ。何事も通す筋っていうものがある。それを欠けば自分たちの活動の正当性がなくなる」
「じゃあ、もう直接理事長のところに行くとか?」
「えっ? そんなことできるの?」
穂乃果の問いかけに海未は頷いた。
「ええ。原則部の要望は生徒会を通じてとありますが、理事長へ直接言いに行くのは禁止されてません」
「あくまでも生徒会はパイプ役だからな。確かにフィルターとしての一面はあるが、判断の大元は学院だ」
その生徒会――生徒会長が少しでも学院側に言わない可能性がある以上、理事長に訴えるのは有効な手段だ。
「でしょ? なんとかなるわよ、それにこっちには親族がいるんだし」
皆の視線がことりに集まる。当のことりはキョトンとしているが。
「ことりがいるからっていう理由で期待したらいけないんだが――とりあえず行ってみようか」
「うぅ…なんだか生徒会室より入りづらい緊張感が……」
「そんなこと言ってる場合?」
「分かってるよ! だけど…」
穂乃果の語尾がしぼんでいく。気持ちはわからないわけではない。
「まあ、立場が上の人のところに行くのはいつだって緊張するよな」
「そう! そうだよね! ハルくん分かってる!!」
「だからといっていつまでも目の前にい続けるわけにもいかないだろう」
「うわーん! ハルくんの鬼ー!」
「コントしてないで早くノックしなさいよ、穂乃果」
にこ先輩の催促に穂乃果は意を決して扉を叩こうとする。しかし、先に扉のほうが開いた。
「あれ? お揃いでどうしたん?」
「……」
出てきたのは希先輩と――生徒会長。
「タイミング悪」
にこ先輩がぼそっと呟く。確かに一番最悪なタイミングだ。
だが、やりようはいくらでもある。
「何の用ですか?」
高圧的な態度の生徒会長。
皆がたじろぐ中、俺は一歩前に出る。
「あんたには用はない、生徒会長。それは
脇を通り抜けようとしたが、道を塞ぐように生徒会長が一歩前に出てきた。
「各部の理事長への申請は生徒会を通す決まりよ」
「原則はな。だが禁止されているわけでもない。それに、穂乃果たちを敵視している
「――そんなことないわ」
何をいまさら。一瞬詰まった上にあんたが言ってもそんな説得力ないだろう。
「あと別に俺らは申請をしに来たわけじゃない。理事長に話をしに来ただけだ。そこを通せ」
「それは詭弁よ、通すわけにはいかないわ」
呆れてものも言えない。あんたにその権限なんて一ミリたりともないというのに。あんたは王を守る近衛兵かなにかか?
俺はため息しか出なかった。すると、影からドアの叩く音が聞こえる。そこには、
「どうしたの?」
理事長が立っていた。
「お久しぶりです理事長。ここで話をするのもなんなので、中に入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。構わないわよ。たださすがに大人数ではいるのはやめてもらえるかしら?」
「――わかりました」
一年生たちを待機させて、二年生とにこ先輩で事情を説明する。だが、どういうわけかそこには生徒会の二人もついてきた。
「へぇ…ラブライブねぇ」
神妙な面持ちで頷く理事長。
「はい。ネットで全国的に中継されることになっています」
「もし出場できれば学校の名前を皆に知ってもらえると思うの」
思いつく限りの利点を話していく穂乃果たち。しかし、
「私は反対です」
そこで割って入ったのはやはり生徒会長だった。
「あんたの意見は――」
「春人くん、ストップ」
彼女を止めようとしたところで、俺が理事長に止められた。
「……すみません。差し出がましいことをしました」
俺はすぐに引き下がる。
「ふふ、理解が早くて助かるわ」
生徒会長の意見を聞くかどうかの判断は理事長がすること。どうやら、さっきのやり取り含めて少し感情的になっていたようだ。
「それで、絢瀬さんはどうして反対なのかしら?」
「理事長は、学校のために学校生活を犠牲にするようなことをすべきではないと仰いました。であれば――」
「そうね。確かにそういったわ――でも、エントリーするぐらいならいいんじゃないかしら?」
「本当ですか!?」
頷く理事長に穂乃果たちの表情が晴れる。それとは真逆に生徒会長の顔は焦りに変わった。
「ちょっと待ってください! どうして彼女たちの肩を持つんですか!?」
「別に肩は持っていないのだけれど――高坂さん」
「ふぇ? なんですか?」
「あなたはどうしてエントリーしたいのかしら?」
穂乃果からしたら唐突な質問だろう。だけど、俺はその意図を理解した。
「それは…ラブライブに出場できれば学校のこと知ってもらえそうですし、何よりスクールアイドルをしてますから目指してみたいなって思って――あと楽しそうですし!」
穂乃果の返答を聞いた理事長はくすりと笑う。
「そう。なら私から言うことは何もないわ」
とんとん拍子で進んでいくことに我慢ならなかったのか、生徒会長は前のめりになっていた。
「でしたら、私たちの活動も認めてください!」
「それは駄目」
生徒会長に対して即答する理事長。
「…意味が分かりません」
本当にわけが分からず、納得できないといった様子の生徒会長。
「そう? とっても簡単なことなのだけれど?」
それに対して理事長は軽く受け流している。
理事長の言う通り、本当に簡単なことだ。最大のヒントがいま目の前で出されたというのに、生徒会長が気付いていないだけ。
「あ、えりち…」
希先輩の制止も虚しく、生徒会長は無言で一礼して理事長室を出て行く。
「ふん、ざまあみろってのよ」
「にこ先輩。ハウス」
「ハウスって何よ、春人!?」
空気が読めない人間に俺はため息を吐いた。
「そうそう、ラブライブ出場への条件があります」
「え?」
「学生の本分は勉学。勉強が疎かになってはいけません――今度の期末試験で一人でも赤点を取るようなことがあったら、ラブライブへのエントリーは認めませんよ?」
最初こそは何のことだか分からなかった穂乃果だが、理事長の念押しに次第が分かったようで、顔を歪ませる。
「ま、まあ…赤点はないだろうから大丈夫…かと……」
娘のことりがそういうも、
「あれ……?」
壁に手をつきうな垂れる穂乃果。床に手と膝が落ちこの世の終わりのような顔をするにこ先輩。生徒会長が立ち去った拍子に開いたドアのところで崩れる凛に、ことりは地雷を踏んだような気まずさを感じていた。
「これは…いろいろと前途多難だな」
ラブライブ出場という壁の前に、テストという壁が立ちはだかるのだった。
いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に…