"愛してる"の想いを   作:燕尾

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どうも、燕尾です。赤血球、血小板ちゃんかわええですなぁ~ 白血球はいい人(細胞)過ぎるぜ。

では三十八話目です。






38.勉強会

 

「いらっしゃいませ~」

 

引き戸を開け、暖簾をくぐった先で明るい声に出迎えられる。

カウンターにいるのは赤みがかった茶髪の女の子。その雰囲気はどことなく穂乃果に似ていた。

妹だろうか、と思いながらも、俺は尋ねる。

 

「えーっと、穂乃果…さんはいますか?」

 

「お姉ちゃん?」

 

やはり、妹のようだ。よく似ている。

すると妹の女の子はなにかに気づいたようにあっ、と声を出した。

 

「桜坂春人さんですかっ? μ'sのマネージャーの!」

 

「そんな仰々しいものではないが、穂乃果…さんたちの手伝いをしている」

 

「楽な話し方で大丈夫ですよ、春人さん! あ、えっーと、私は穂乃果お姉ちゃんの妹の高坂雪穂ですっ。雪穂って呼んでください!」

 

「ああ、よろしく。雪穂ちゃん」

 

少し慌ただしいくらいの話し方にこの距離の詰め方。高坂姉妹の遺伝子なのだろうか?

 

「わぁ~……まさか春人さんに会えるなんて思いもしなかったぁ~」

 

この前の子達といい雪穂ちゃんもそうだが、どうして俺にまで憧れの眼差しを向けるのだろう。普通そこはスクールアイドルをしている皆に向けるものだろうに。

そう問いかけると雪穂ちゃんは意外そうな顔をする。

 

「知らないんですか? μ'sはもちろんですが、春人さんはうちの中学ですごい話題になっているんですよ!」

 

「俺が……どうして?」

 

「えーと、何て言えばいいんですかね? 一番初めからお姉ちゃんたちを支えて来た影の功労者みたいな、感じですね。それに春人さん、頼れるお兄さんって印象でかっこいいですから!」

 

「過大評価もいいところだな……」

 

「そんなことないですよ! それに一緒に写真写った子たち皆言ってましたよ――物静かだけど優しくて包容力のある人だったって!」

 

写真を撮るあの短時間でそこまで言われたのは初めてだ。

 

「……」

 

少し嬉しい気持ちもあるが、照れ臭い気持ちの方が大きい。

 

「あの、春人さん…お願いがあるんですけど……」

 

「ん、どうした?」

 

すると雪穂ちゃんはもじもじと控えめに言った。

 

「その、もしよかったら…私と写真撮ってもらえたらなぁって……だめ、ですか?」

 

その上目遣いはやはり穂乃果に似ている。この子も無自覚で距離を詰めるような子のようだ。

 

「わかった」

 

やった、とガッツポーズする雪穂ちゃんは年相応の少女で、少し微笑ましい。

 

「それで、どうやって写真を撮るんだ?」

 

この場には俺と雪穂ちゃんしかいない。厨房には母親の穂波さんがいるみたいだが、どうやら手が放せないようだ。

 

「春人さん、こっちこっち!」

 

携帯を持った雪穂ちゃんに呼ばれて彼女の近くに寄る。すると俺の腕を取り、ぐい、と自分の顔を俺の顔へと近づけた。

 

「雪穂ちゃん……近くないか?」

 

「こうじゃないと撮れませんから――嫌でしたか?」

 

「雪穂ちゃん。一つ聞きたいけど、その言い方わざとしていないか?」

 

「あは、バレましたか」

 

さすがに何度かやられていたら気付く。

 

「まあ、本当に嫌だったらすぐに離れてるから。雪穂ちゃんが嫌じゃないなら好きにするといい」

 

「……春人さんって、いつもそうなんですか?」

 

何のことを言っているのかわからない俺は首を傾げる。

 

「と、とりあえず撮りましょう! お、お願いします!!」

 

雪穂ちゃんは慌てながらもカメラを構える。が、その手はちょっと震えていた。

 

「どうしていきなり緊張しているんだ? ほら、もっと近づかないと雪穂ちゃんが見切れている」

 

今度は俺から雪穂ちゃんに近づく。

 

「これでいいのか?」

 

「ええ……それじゃあ、撮ります……」

 

先ほどの元気はどこへやら。静かになった空間にシャッター音が響く。

 

「あと二、三枚撮りますね?」

 

「ああ、分かった。後は俺が撮るから雪穂ちゃんは自然にしていてくれ。さっきから手が震えてすごいことになっているぞ」

 

どうして今の一枚が普通に取れたのか不思議に思うほど雪穂ちゃんの手がぶれている。

 

「えっと、お願い、します……」

 

俺は雪穂ちゃんから受け取りスマホを構える。

 

「それじゃあ、行くぞ?」

 

「はい……女は度胸…女は度胸……よしっ!!」

 

雪穂ちゃんは腕を抱く力を強め、笑顔を作ってピースする。

それから、俺たちは数枚写真を撮った。

 

「こんなものか? 確認してくれ」

 

「はいっ、大丈夫です!! ありがとうございました!!」

 

「雪穂ちゃんなら大丈夫だと思うが、他人に見せるのは良いけど、ばら撒くのはやめて欲しい」

 

「ええ、そこはしっかりしますので安心してください」

 

「それじゃあ、俺は穂乃果のところに行く。部屋にいるんだよな?」

 

「はい、そのはず……で…す……」

 

「雪穂ちゃん、大丈夫か? 顔が真っ青なんだが?」

 

いきなり顔を青くした雪穂ちゃんを心配していると、後ろから声が掛かってきた。

 

 

 

 

 

「――雪穂、ハルくん」

 

 

 

 

 

「ほ、穂乃果……?」

 

満面の笑みで問いかけてきた穂乃果。だが、その笑みがすごく威圧的で恐怖を覚える。

 

「どうしたんだ穂乃果、なんか、その…怖いんだが?」

 

「ハルくん、雪穂と一体なにをしていたのかな?」

 

「なにと言われても、一緒に写真をとってただけだが…」

 

「そっか。写真撮るだけであんなに近づいたんだ?」

 

「近づいたというか仕方ないというか、そうしないと写らないから」

 

「そ、そうだよお姉ちゃん! それ以外に何があるのさ!?」

 

俺や雪穂ちゃんが反論するも穂乃果の笑みは崩れない。

 

「まあ、百億歩譲って近づいたのはいいとして――どうして雪穂がハルくんの腕に抱きついていたのかな?」

 

百歩じゃないのかそこは、何てどうでもいいことを考えていたのだが、雪穂ちゃんは石像のように固まった。

 

「まあ、なんでもいいや。とりあえずは――雪穂」

 

「な、なにかな、お姉ちゃん?」

 

「少し、お話しよっか♪」

 

そういった穂乃果は練習で鍛えられた動きで雪穂ちゃんの首根っこを掴む。

 

「ええ!? ちょっと待ってお姉ちゃん! さすがにそれはないんじゃないの!? いや、放してぇぇぇ!!!!」

 

抵抗する雪穂ちゃんをものともせず、穂乃果は奥へと引っ込んでいった。

取り残された俺はどうしたらいいのか分からずにその場に立ち尽くす。

 

「ごめんなさいね。落ち着きのない騒がしい子たちで」

 

するとタイミングを見計らったように穂乃果と雪穂ちゃんの母親――穂波さんが顔を出してきた。

 

「元気なのは良いと思います」

 

「元気がありすぎて困ることが多いんだけどねぇ」

 

少し愚痴のような感じで言う穂波さんだったが、その顔は一つも嫌という雰囲気がなかった。

 

「言わずともわかっていると思いますけどそれが彼女たちの良いところだと、俺は思います」

 

「ふふ、優しいのね?」

 

そんなつもりはなく、思ったことを言った。ただそれだけだ。

 

「なるほど。最初に会ったときも感じたけど、これはなかなか難敵ね」

 

「?」

 

「なんでもないわ。とりあえず、海未ちゃんとことりちゃんも来ているから穂乃果と雪穂のことは気にせずに先に行ってて良いわよ」

 

「わかりました」

 

俺は奥で正座させられている雪穂ちゃんを尻目に、二階に上がっていった。

 

 

 

 

 

それから穂乃果が雪穂ちゃんとの話を終えてお菓子を持って戻ってきたのは十分後のことだった。

 

「……むぅ~」

 

俺の隣を陣取るように座った穂乃果はむくれた顔を俺に向けていた。なんだか最近、穂乃果の機嫌が悪くなることが多い。

俺を睨んでいるということはおそらく――ではなく間違いなく俺が穂乃果の機嫌を損ねているのだろう。

 

「穂乃果?」

 

「なに、ハルくん?」

 

「どうしてそんなに頬を膨らませているんだ?」

 

「少しは自分で考えてみたらどうかな」

 

言葉の節々に棘、どころか触れるものすべてを切り裂く刃になっている。

どうしたものかとことりと海未に視線を向けるも、

 

「あはは……」

 

「春人、今はそっとしておくのが一番かと」

 

苦笑いしながらも微笑ましいものを見るような目をしている。

二人はそういうが、穂乃果の不機嫌なオーラは早く何とかしたいものだ。この空気で勉強をしても身につくわけがない。

だが、このまま時間を無駄にするわけにもいかない。

とりあえず俺たちは本来の目的である穂乃果の学力増強のための勉強を始める。しかし、

 

「……うーん」

 

「穂乃果。分からないことがあったら――」

 

聞いてくれ、そう言おうとしたが、穂乃果はノートを前に差し出した。

 

「海未ちゃん。ここなんだけど、この計算が終わった後はどうすればいいのかな?」

 

「えっ? あ、ええっと、そこからはですね――」

 

教えを乞われた海未は戸惑いながらも、穂乃果に教鞭を取る。

 

「穂乃果――」

 

「ことりちゃん、ここの文章なんだけど」

 

「えーっと、そこはね?」

 

「……」

 

遮るように次はことりに質問する。これは、もしかしなくても――

 

「ほ――」

 

「海未ちゃん、ことりちゃん――」

 

穂乃果は俺のほうを見向きもせず、海未やことりと勉強を進めていく。

何度も話しかけようとしたのだがやっぱり、無視されている。俺がなにか穂乃果の機嫌を損ねるようなことをしたのだから仕方が無い。それにこういうのは慣れている。

慣れている、のだが――

 

「……」

 

どうしてだろうか、胸元にチクチクとした痛みが奔る。いつもの発作じゃない、薬は飲んできたから違うというのは分かる。

だとしたらこの痛みはなんだろうか? 

 

「穂乃果――ちょっと、手洗いを借りる」

 

「うん、階段下りて右手側だよ」

 

「ありがとう」

 

違うと分かっていても念のため、この場から離れる。

今もまだ、小さな針で刺されたような痛みが続いている。

穂乃果の部屋を離れても、俺にこの痛みの原因は分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果、さすがに今の態度は春人に悪いですよ」

 

春人くんがお手洗いに行くといって穂乃果の部屋からいなくなった途端、海未ちゃんから咎められた。

 

「うん。春人くん、すごく悲しい顔してた。さすがに可哀想だよ」

 

ことりちゃんからも非難の視線を向けられる。

 

「だって……」

 

私が反論しようとするもぴしゃりと海未ちゃんに遮られた。

 

「だってもなにもありません。下でなにがあったのかは知りませんが人の善意を無視するのは良くないです。まして春人にわがまま言って家にまで来てもらったのは穂乃果じゃないですか」

 

「それはそうだけど……」

 

どんどん語尾がしぼんでいく私に対して海未ちゃんは息を吐く。

 

「ことりの言う通り春人も悲しい表情でしたよ。辛かったでしょうね、たとえ自分が悪くてもそうじゃなくても穂乃果に――友達に何度も無視されたですから」

 

「――っ!!」

 

私はハッとする。そこで春人くんと出会ったばかりのことを思い出す。

一緒に帰ろうと言った私を無視して教室から出て行ったとき、私はどう思っていた? そのとき、春人くんになんて言っていた? どんな表情をしていた?

 

「感情が豊かなのは良いことですけど、少しはコントロールしなさい。無意識に人を傷つけないように」

 

「うん、ごめんなさい……」

 

「謝るのは私じゃありませんよ」

 

「そうだね……」

 

海未ちゃんの言う通り、謝るのは海未ちゃんじゃなくてハルくんにだ。

 

「ほら、穂乃果ちゃん。春人くんが戻ってきたみたいだよ?」

 

「え? ちょ、ことりちゃん!?」

 

「大丈夫。私がちょっと背中を押してしてあげる」

 

聞こえてくる足音を察したことりちゃんが私を引っ張ってドア前に固定する。ことりちゃんが何をしようとしているのか分かった私は慌てて抵抗する。

 

「ちょっと待ってことりちゃん――って、力強い!? ことりちゃん、これあぶな――」

 

言い切る前に部屋の戸が開けられた。その瞬間、

 

「ただいま」

 

「それぇ♪」

 

「わ、わわっ!? うわああああああ!?」

 

文字通り、私はことりちゃんに思い切り背中を押される。

 

「っと!?」

 

ハルくんはいきなりのことなのに、驚きながらもしっかりと私を受け止めてくれた。

 

「穂乃果、一体どうした……?」

 

「え、えっと…その、ごめん……」

 

私はギュッと腕に力を入れる。体が密着しているのもあって、ハルくんの暖かさを感じた。

 

「? どうして穂乃果が謝っているんだ?」

 

「だって、私さっきからハルくんに嫌な態度ばかり取ってたから……」

 

「それは俺が悪かったから、だろ?」

 

ハルくんは穏やかな声で言う。

 

「どうして穂乃果が、穂乃果の言うそういう態度を取っていたのか俺はまだわかってないんだ。だから俺の方こそ、ごめん」

 

ハルくんが優しい手つきで頭を撫でてくれる。

いつもそうだ。ハルくんは私のことを何でも受け入れてくれて、本当は穂乃果が悪いのにハルくんはいつもそれを許してくれる。

 

「ハルくん……」

 

お父さんと比べると細い身体。だけどやっぱり男の人だと感じるほどハルくんの身体は堅く、引き締まっていた。私はそっとハルくんの胸に顔を当てる。

ハルくんからは心の鼓動が聞こえる。そのリズムがすごく気持ちよくて、ハルくんを近くで感じられて私は何も考えられなくなってくる。だけど、

 

「悪いのは私だよ」

 

それもすぐのこと。私はハルくんから離れた。

 

「何も言わないでハルくんに当たっちゃって、それから無視して…無視されるのは辛いって知ってたのに、私はそれをしちゃったの」

 

言えば言うほど罪悪感が募る。でもそれは事実だ。

 

「だからハルくんが謝らないで。ハルくんは何も悪くないの。私のほうこそ、ごめんね?」

 

「穂乃果…」

 

戸惑うハルくんを私は自分から抱き寄せて、頭を撫でる。

 

「えっ…ほ、穂乃果……!?」

 

「本当にごめんね、ハルくん」

 

「……気にするな」

 

恥ずかしいのか顔をそらしながら言うハルくんに私は静かに微笑むのだった。

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に~♪


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