"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも、燕尾です。
通勤の合間を縫って書き上げました。
日が落ち、月の光が街を照らす頃、俺は西木野病院に来ていた。
隣にいる真姫は夜だというのに荷物をもって出掛ける格好をしている。
「それじゃあ春人くん。真姫を頼むわね?」
「はい」
彼女の母である真奈さんはそう言った後、俺に耳打ちをし始めた。
「もしあれだったら真姫をお持ち帰りしても良いわよ」
「あれってなんですか…それと前から言ってますけど、どうして真奈さんは自分の娘を差し出そうとするんですか」
真姫は俺たちやり取りを不思議そうに見ている。
「それはもう言ったはずよ? あなたなら真姫を任せられると思ってるから」
「……」
本当にこの人は――いや、この人たちは。
「私は本当にそう思ってるのよ?」
「なら余計に質が悪い」
「ふふ。良い報告を期待してるわ。ちゃんと避妊するのよ?」
「――ッ! 話を――」
「春人? ママといつまでも話してないで、いい加減行くわよ」
俺が言葉を返そうしたところで、少し頬を膨らました真姫が俺の腕を取る。
「あらあら、真姫ってば」
そんな真姫を見ながら真奈さんは三日月に描く口元を抑える。
「ほら、早く」
「わかった、わかったから引っ張らないでくれ」
「良い夜をー」
にやけながら手を降る真奈さんを軽く睨みながら、俺は真姫に引っ張られていく。
こんな時間に真姫と出掛けることになったのは、時を遡って今週初めの月曜日――
「春人、ちょっといいかしら?」
真姫が俺の元にやってきたのは昼休み、弁当を食べ終わって次の授業の準備をしつつ穂乃果たちと雑談していたときだった。
「珍しいな真姫。2年の教室に来るなんて」
それこそ出会った頃以来のような気がする。
「真姫ちゃん、ハルくんに用事?」
「ええ。そろそろ私も
そう言う真姫に穂乃果、海未、ことりはああ、と納得する。が――
「そっか、もう真姫ちゃんの番なんだ」
「これで残りは私と穂乃果、絵里と花陽ですね」
『――ッ!?!?』
――する? するってまさか……!?
――まさか、全員と!?
――何てやつだ!
――まさかμ'sの皆、あいつに弱みを…!
――あり得る。だってあの桜坂だから
話の内容を知らない周りの連中は下らない想像をしてざわめきだした。
というか、まだ穂乃果たちがスクールアイドルを始めた頃のごたごたの話を信じているやつがいるのか。
呆れ返る俺に対して、穂乃果たちも気づかれないようにため息をはく。真姫に至ってはざわめきだした連中を睨んですらいる。
「……ここだと目立つわね。春人、
その言葉に周りはさらに戸惑いの空気をだした。
1年生が、それも真姫のような子が2年生の教室の俺の元にやってくると当然目立つ。しかし、今それ以上に俺たちが――いや、俺が周囲から注目されているのはそういうことじゃないのだ。
下世話な話だから言明なんかしないが。
「わかった。そういうわけで三人とも、ちょっと行ってくるな」
「うん、いってらっしゃーい!」
「いってらっしゃい、春人くん」
「昼休みが終わるまえに戻ってきてくださいね」
笑顔で見送ってくれる穂乃果たちに微笑み返し、それから俺は三人にだけ聞こえるように顔を近づけた。
「――下らない勘違いをしている奴らがいるから、気を付けてくれ」
「うん、大丈夫。ハルくんに手出しはさせないから」
「――ん? いや。そうじゃなくてな?」
「こっちのことはわたしたちに任せて、真姫ちゃんのことに集中してあげて?」
「そうでなければ真姫に失礼ですから」
一歩も退きそうにない様子。
なんだか最近言う前に封じ込められているような気しかしない。だが、
「……そうだな。悪いが、よろしく頼む」
俺は素直に三人にお願いする。
最初こそは三人とも面を食らっていたが、
「うんっ!」
「任せてっ!」
「はいっ!」
力一杯頷いてくれるのだった。
「来たわね」
先に音楽室へと来ていた真姫はいつもの場所――ピアノの椅子に座っていた。
「真姫、わざわざ2年の教室に出向かなくたって、メッセージを送ってくれたらそれで済むんだが」
「私がどんな連絡をしようと私の勝手よ? それとも、私が春人に会いに教室に行くのは迷惑なの?」
「迷惑じゃない」
「なら良いじゃない」
機嫌良さそうに笑い、その感情を乗せるようにポロン、と鍵盤に指を掛けた。
「それで次は真姫の番だが、真姫は何をするんだ?」
「春人今週土曜日の"夜"は空いているかしら?」
「ああ、空いてる――」
――って、ちょっと待て。
言ってしまった直後、俺は気付いた。
「土曜日の夜……?」
「ええ、土曜日の夜。まあ昼ぐらいから付き合って貰うつもりだけど、メインは夜ね」
「……流石に内容次第だ。それと」
「パパとママの許可は貰ってるわ。二人とも、春人が居るなら構わないって」
「…」
なんというか、準備が良いことで。
あの二人が認めているということは変なことをするわけではないのだろう。まあそもそも真姫がふざけたことをしようと言う想像がつかないが。
「それで、一体何をするんだ?」
「私の趣味に付き合ってもらうわ」
「真姫の趣味?」
俺は首をかしげる。
今さらだが、真姫の趣味を俺は聞いたことがなかった。
「希から聞いたんだけど春人、あなた星について知ってるみたいね?」
その一言で真姫の趣味がなんなのか見当がついた。
確かに夜の時間にしか出来ないことだ。
「今週の土曜日――天体観測するわよ、春人」
――という話が月曜日にして、今日がその日ということだ。
「悪いな。夕飯までご馳走になって」
「別に気にしなくて良いわよ、ママもパパも春人と食べたいって言ってたんだから」
真姫は俺の方を見ることなくそっぽ向いて、ぶっきらぼうに言う。
しかし、俺は真奈さんから聞いている。俺を呼んだのは真姫であることを。それを指摘すると怒られそうなので言わないで置くが。
「それで、どこで天体観測するんだ?」
「とある店の屋上よ」
「店の屋上?」
「ええ。その店の店長が天体観測好きで定期的に屋上で天体観測してるのだけど、折角だからって他の人も出入りできるように企画してるの」
「なるほど、上手いことするな」
同じ趣味を持った仲間になることができるし、店の宣伝にもなる。まあ、その店長とやらがどんな考えをしてるのか実際にはわからないが。
「そこは東京の中でもよく綺麗に見えるの」
街灯多い東京では星が綺麗に見える場所といえば大体キャンプ場や自然公園などの自然がある場所だ。周りに家がたたずんでいる中にある店で星が綺麗に見えるというのはなかなかに珍しい。
期待に少し胸が膨らむ。
「ふふ、期待に応えてくれるわよ。あの場所は」
俺の心を読んだように微笑む真姫に俺はちょっと恥ずかしくなった。
「お、来たな真姫ちゃん!」
店に着いた俺たちを出迎えてきたのは体格のいい40代の男性だった。
「こんばんは店長。今日はありがとう」
「なんのなんの、気にすることはない! それに――」
店長の男性は俺をちらりと見て、にやりと笑った。
「真姫ちゃんが男を連れてくるからって滅多にしないお願いをしたんだ! 応えてやらなきゃ男が廃るってもんよ!」
「なっ――店長っ!?」
「……ちなみに、真姫はどんなお願いをしたんですか」
「ちょ、春人!?」
好奇心に負けて、慌てる真姫を脇に置いて俺は店長に問いかける。
「"連れてきたい人がいるの。その日だけは私とその人の二人だけにしてほしい"ってな」
「それだけでよく男だってわかりましたね」
「わかるにきまってるだろ、なんせ二人だけにして欲しいってまで言ってんだからよ――このくらい気づかなきゃこの周辺じゃ生き残れないぜ」
「いや、店の営業には関係ないでしょう。ここ――豆腐屋じゃないですか」
「豆腐屋でもなんでも、人に興味や関心を持たなかったら客といい関係を築くことはできない。すぐに愛想つかされて終わるってことだ」
なるほど、と俺は店長の言葉に納得する。
「とにかく、今日は真姫ちゃんと二人きりだ! ゆっくり楽しんでいってくれ、あんちゃん!」
俺にサムズアップする店長。しかし、
「……店長」
俺の後ろで顔を真っ赤にした真姫が、ドスの利いた声で言葉を発した。
「約束を守れない人がやっている店も愛想尽かされると思うのだけれど、それはどうなのかしらね……?」
「……」
「それと春人、貴方も分かってて聞いたわよね?」
「……」
真姫の矛先が俺にも向いた。余程聞かれたくなかったのか、その瞳は不機嫌と怒りに染まっている。
「ま、真姫ちゃん…少し落ち着け…? ちょっとしたお茶目な話じゃないか」
店長はそう言うが、それでも真姫は知られたくなかったのだろう。
「ふふ、ふふふふふ……!」
不気味な笑いをしながら俺たちに迫る真姫。
「二人とも――正座」
「星のことか?」
「春人、次はないわ」
「……悪かった」
年上の男たち、それも一人大人の男が高校一年生の女の子から説教を受けるのだった。
「……」
「なあ真姫」
「…ふんっ」
そっぽを向きながら準備をする真姫に俺は小さくため息を吐いた。
屋上に案内されてからずっとこの調子だ。
「頼むからそろそろ機嫌直してくれないか」
「……」
「好奇心に負けて聞いたのは悪かったよ」
「好奇心は猫をも殺すのよ?」
「それを言われたら辛いが、真姫がわざわざ店長にお願いしてくれていたことが気になったんだ」
「私が言わなかったんだから考えなさいよ」
それに関しては真姫の気持ちを汲めなかった俺は謝るしかない。しかし、知った今だからこそ言えることもある。
「でも――ありがとな、真姫」
感謝の言葉を口にすると真姫は一瞬食らった顔をした。
「……別に私は私のしたいことをしただけ。今日は私のしたいことに付き合ってもらう日なんだから」
そう言う真姫だが、今日ここを貸し切ってくれたのは俺のことを気遣ってくれたのだろう。
恥ずかしそうに別な方をみてくるくると髪の毛をいじってるのがその証拠だ。
俺はちょうど良い高さにある真姫の頭を撫でた。
「ちょ、ちょっと! どうして頭撫でるのよ!」
「そう言う気分?」
「もう!!」
そんな話をしながら準備を終えた俺たちは目的の天体観測を始める。
季節ならではの天体の様子。その日に見せる遠くにある星たち。
夜空を眺めるのも良いが、こうして単体で見るのも悪くない。
「春人。これ見て」
すると真姫がなにかを見つけたようだ。
「ん――お…今日は月と土星が最接近してるのか。それに木星も見えるな」
「ええ、今日はラッキーだったわね」
「調べてなかったのか?」
「だって、分かってたら楽しくないじゃない」
「なるほど」
真姫は基本的に何が見えるかはその日の楽しみにしておきたいのだろう。
「まあ、流石に有名な物は調べてから行くけれど」
「楽しみ方は人それぞれだから良いだろう」
望遠鏡から目を離し、真姫の方を見る。すると彼女はシートの上で寝転がって空を見ていた。普段ではあまりお目にかかれない姿だ。
「春人」
名前だけを呼び、ぽんぽん、と横になることを催促する真姫。
断ることもなく、俺は真姫の隣で仰向けで寝転がる。
その直後地面に投げ出した俺の手を真姫は握ってきた。
「……真姫?」
いつもならこんなことをしない真姫に俺は彼女を見て首を傾げる。しかし、真姫はこっちを見ないで空を見続けている。
いま真姫は何を思ってこの星空を見ているのだろうか。
「ねえ、春人」
どれくらいの時間が経ったかはわからないが、静寂を真姫が破った。
「なんだ?」
聞き返す俺に真姫は少しの躊躇いをみせて見せてから意を決したように俺に向いた。そして、
「――皆には、言わないの?」
その瞬間、小さな風が俺たちの耳を切った。
どういう話かは聞かなくてもわかる。
「言わないといけないとは思っている」
「思っている、ね」
聡い真姫は俺のことを見透かすように俺の言葉を確認する。
「怖いの?」
「……」
「皆に知られてしまうのが、怖い?」
真っ直ぐな真姫の瞳は、俺に隠すことを許さなかった。
「知られるのは別に怖くはない。ただ――」
「ただ?」
「ただ、その時に皆を悲しませてしまうのが、怖い」
彼女たちはどんな顔をするのだろうか。それを想像してしまって、俺は言葉にするのを躊躇している。
「悲しんでくれるって思ってるのね」
「証明した人が俺のすぐ隣にいるからな」
珍しく茶化そうとした真姫に言葉を返すと彼女は恥ずかしそうに顔を赤く上気させた。
「……皆は俺のことを友達だって、仲間だって思ってくれてる。だからこそ怖いんだ。言って変わってしまうことが」
「そうは言っても、私たちは――」
「そうは言っても、だ。真姫だって気にしてるから今聞いてきたんだろう?」
「……」
言い返せないのか、真姫は黙ってしまう。
結局はそういうことだ。嫌が応にも意識もしてしまう、考えてしまうのだ。
当事者の俺だって考えるのだから、近くにいてくれる人が全く気にしないでいられるわけがない。
「実を言うとな? 引っ越すと言って、そのまま関係を断とうかとか、色々考えてたんだよ」
「……っ!」
密かに考えていたことに真姫は息を呑んだ。
戸惑いを見せる真姫に俺は苦笑いしながら言った。
「でもな、それはどこかで破綻してたと思うんだよ」
「どうして…?」
「単純な話、嘘や隠し事なんてほんの些細なことでバレるから」
それに、と付け加える。
「こんな厄介なものをもっている俺を受け入れてくれたのは西木野病院だけ。真姫の両親しかいなかったんだ」
俺は静かに目を閉じる。
瞼の裏に映るのは
「俺の居場所は、生きていける場所はここだけなんだよ」
小さく笑う俺に、真姫は複雑な表情を見せる。
「そう……」
だが、その顔とは裏腹に真姫の言葉はとても短かった。
その代わりにきゅっ、と手に力が込められる。
「……綺麗ね」
「ああ、そうだな」
そこからは言葉を交わすこともなく、ただ静かに星を眺めるのだった。
「ありがとな真姫、今日は楽しかった。それじゃあ、また学校で」
「ええ。気を付けて帰ってね、春人」
私はその場にいて彼を見送る。
しっかりとした足取りで帰っていく彼の後ろ姿を見ているところで、さっきの言葉が頭の中を過る。
――俺の居場所は、生きていける場所はここだけなんだよ
あの時の春人の顔、笑っていたけれどどこか辛いのを隠そうとしているように、私には見えた。
「私の考えすぎなら良いのだけれど…ね」
完全に姿が消えて、家の中に入ろうとして振り向いたら、二人の人影が見えた。
「――お帰り」
「ママ? それにパパまで、寝てなかったの?」
「ああ。春人くんから連絡をもらってね」
送られてきたメールの画面を見せるパパ。
そこには帰る主旨と帰着時間が掛かれていた。
私は嬉しく思うより呆れた気持ちが先に出た。
「全く…人の心配より自分の心配しなさいよ、本当に」
この数週間、皆のやりたいことにずっと付き合っている春人。あまり休めていない上に病気のことで疲れもあっただろうに、文句1つも言わず、それどころか私たちに気を遣い、感謝の言葉すら口にしている。
「優しい子よね」
「……春人を優しいで片付けても良いのかしら?」
「ええ。本当に、優しい子…」
頷いたママはまるで自分の子供のように慈しんだように呟く。
今ママが何を考えているのか、私には分からなかった。ママが
何を思ってこんな表情をするのかが。
だけどそれも一瞬のこと、ママはニヤリと口を曲げて私に向いた。
「頑張ってゲットしてね、真姫」
「ぶっ――!?」
その一言に私は息を吐いた。
「何言ってるのよママ!?」
「あんな好青年そうはいないぞ、真姫?」
「パパまで、変なこと言わないで! 別に春人はそういうのじゃないから!」
「今はそうでなくてもこれからは、な?」
「ええ、どうなるかはわからないものよ?」
「もう! 二人ともいい加減にしてよね!?」
さっきまで考えていたことなんて吹き飛ばすような私の声は深夜の空に響くのだった。
いかがでしたでしょうか。
ではまた次回に~