"愛してる"の想いを 作:燕尾
どうも~燕尾です
四十三話です。
ことりがアイドルショップから逃げ始めて、希先輩から捕まえたという連絡が来るまでそう時間は掛からなかった。
いまはことりが働いているというメイド喫茶で、ことりから事情聴取をしていた。すると彼女の口から驚きの事実が告げられた。
「こ、ことり先輩が、このアキバで伝説のメイドといわれている――ミナリンスキーさんだったんですか!?」
「そうです……」
ことりはがっくりとうな垂れていた。
「ひどいよことりちゃん! どうして言ってくれなかったのさ!?」
「うぅ……」
穂乃果からの批難の言葉にことりは更に縮こまる。
「穂乃果、あまりことりを責めるのは――」
俺は穂乃果を止めに入った。流石に幼馴染とはいえ、話したくないものの一つや二つはあるのだ。そこを責めてはいけない。だが――
「そうと知ってたら、遊びに行ってジュースとかご馳走になってたのに!!」
「そこぉ!?」
花陽のツッコミと同時に俺も膝から崩れた。
さすが穂乃果というか怒るポイントがズレていた。
「流石に友達だからといってご馳走にはなれないだろ、穂乃果」
「ええっ、そうなの!? そんなぁ…こんなに美味しそうなのに……」
本気で落ち込む穂乃果。そんな穂乃果に俺はある提案をした。
「このぐらいだったら今度俺が奢ってあげるから、そんなに落ち込むな」
「ほんと、ハルくん!?」
頷く俺に穂乃果はやたー、とすぐに笑顔で立ち直る。
しかし、そこで待ったをかけたのは海未だった。
「春人。穂乃果を甘やかさないでください!」
「ん……? 別に甘やかしているつもりはないが……」
「本当に自覚ないんだね、春人くん」
「それに前もそうだったけど甘やかすまでの流れに一切隙がないのだから、驚きよね」
「希、絵里。よく覚えておきなさい。これが二人の日常よ!」
呆れたように俺たちを見ながら頷く二人。少し失礼ではないだろうか。まあ、それについては今は置いておく。
「話を戻して、ことり。あの店で売られていたものやそこに飾られてる写真は一体なんだ?」
「あ、私もそれは気になったわ。ことりさんの写真が何枚かあったけれど、これは…?」
どうやら絵里先輩も目に付いていたようだ。
「それは、店のイベントで歌わされて…写真、駄目だったのに……!」
なるほど、意図的に撮って貰ったものではなかったのか。まあ、店の人が店の中に限定して写真を撮って飾るならギリギリラインを超えてはいないと判断できなくもないが、客が隠れて撮って外に流したとなると、かなり悪質だ。
「なんだ。それじゃあ、私たちとは別でアイドルしてる訳じゃないんだね」
「うん、そういうつもりは全くないよ。本当にバイトだけ」
「ですが、どうしてメイド喫茶でバイトを……?」
「三人でμ'sを始めた頃に街で声を掛けられて…最初は断ったんだけど、その……」
そこで言い淀むことり。しかしその視線は自分の着ているメイド服を見ていた。それで俺は大体の見当がついた。
「メイド服が可愛いと思って二つ返事で頷いたんだな、ことり」
「う゛っ……はい、春人くんのおっしゃる通りです……」
再び頭を落とすことり。別に隠れてバイトしていることを責めていないのだからそんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのだが。
「それに自分を変えるのに良いきっかけだなって思ったの」
「自分を変える良いきっかけ?」
自覚はないが自分の道をひたすら進んでいっているような穂乃果には実感がないのか、彼女は首を傾げていた。
「うん。わたしは穂乃果ちゃんや海未ちゃんと違って、なにもないから…」
なにもない、か。俺から見たら別にそんなことはないと思っている。だが、ことり自身が穂乃果や海未に対して何かを思っているのだろう。そこは幼馴染でずっと二人といたことりにしかわからないことだろう。
「穂乃果ちゃんみたいに皆を引っ張っていくこともできないし、海未ちゃんみたいにしっかりもしてない…」
「そんなことないよ! だってことりちゃん、歌もダンスも上手だよ!!」
「それに衣装だってことりがデザインから考えて、作ってくれているじゃないですか」
確かに。なにか個人特有のことをあげればことりだって穂乃果や海未に出来ないことをしている。
「少なくとも二年の中では一番まともよね」
真姫の悪気のない言葉に穂乃果や海未は微妙な顔をしている。だが、ことりは首を横に振る。
「ううん。わたしはただ、二人についていっているだけだから……」
穂乃果と海未と長年一緒にいたからこそ感じ始めた二人に対するコンプレックス。それはことりだけにしか知り得ないことである。
結局、俺たちは俯くことりに対して何も言えなかった。
それから小腹が空いたということで飲み物や食べ物を少し頼んで、雑談してから俺たちは店を出た。その際、ことりから学校ではバイトのことを内緒にして欲しいと頼まれた。どうやら、バイトをしていることを理事長――母親には言っていないらしい。
音乃木坂学院はバイトを禁止してはいないのだが、ことりは有名なメイドらしいからそれを知ったら男子生徒がクラスに殺到しかねないだろう。それに言いふらすことでもないので素直に俺たちは頷いて、ことりと別れた。
今は穂乃果と海未、絵里先輩と帰路をともにしている。
「でも意外だなぁ、ことりちゃんがそんなこと悩んでいたなんて」
「そうですね…私も言われてはじめて気付きました」
「近くにいるからこそわからないこともあるだろう。長く一緒にいるからこそ思うところもあるんだろうな」
「でも意外と皆そうなのかもしれないわね」
「まあ、本来はそうだな」
絵里に同意する俺に対し穂乃果や海未は理解できなかったのか、えっ、と返していた。
「自分のこと優れているなんて思っている人間はほとんどいないってこと。だから、努力するのよ」
「頑張って、成長して…それを見たほかの人も負けないようにとまた頑張って……そうやって人は前へと進んでいく。それを人は切磋琢磨というんだ」
「切磋琢磨…」
「たしかに、そうですね」
「いわゆるライバルみたいな関係なのかもしれないわね、友達って」
そういう絵里先輩に穂乃果と海未は顔を緩ませた。
「絵里先輩がμ'sに入ってくれて本当に良かったです!」
「――っ、なによ急に? 明日から練習メニュー軽くしてとか言わないでよ?」
「海未はともかく穂乃果は言いそうだな」
「ちょっとハルくん、そんなこと言わないよ!! ――でも、少し休み時間多くして欲しいなぁ」
「ふふふ、だ・め♪」
そんなー、と本気で残念がる穂乃果に俺たちは笑う。
そういうことを話しているうちに、絵里先輩との分かれ道へとたどり着いた。
「それじゃあ、また明日」
「はい、また明日です!」
「お疲れ様です!」
「また明日」
それぞれ別れの挨拶を交わし、俺たちは再び並んで歩く。
「ねえ、海未ちゃんは私のことを見てもっと頑張らなきゃって思ったことはある?」
別れてからすぐ、穂乃果がそんなことを海未に問いかけていた。すると海未は少し考える素振りをして、微笑んだ。
「ええ。数え切れないほどに」
「ええっ!? 海未ちゃん何をやっても私より上手じゃない! 私のどこでそう思うのっ?」
そんな実感がわかないのか内容を知りたいのか、すぐさま否定する穂乃果に海未は笑った。
「悔しいので内緒にしておきます。ことりと穂乃果は私の一番のライバルですから!」
負けず嫌いの海未らしいな。やはり、誰しもが思うことなのだろう。
俺はその関係でいられる三人が少し羨ましいと思った。
「ぶぅ…それじゃあハルくんはっ?」
「ん?」
「ハルくんはどう? 私や海未ちゃん、ことりちゃんの事を見てそう思う?」
「……それについては、俺には何も言えない」
「どうしてですか?」
俺は顔を見られたくなくて、二人より一歩多く前に出る。
「…俺はもう諦めた人間だから、だ」
そういって俺は空を見上げる。
「俺は変わることが怖かった。もし俺が今の状況から変れたと考えたときに、この先、どうしたらいいのかわからなくなった。だから俺は諦めた」
俺は前に進むことをやめた。だから俺が今回のことりを含め、穂乃果や海未、μ'sの皆に対して何かを言うことはできない。言う資格がないのだ。
「たぶんこの先、俺が頑張ろうと思うことはないだろうな」
「ハルくん……」
「春人……」
「そんな顔しないでくれ。変わらなかったからこそ良いこともあった」
良かったと思える物が目の前に表れている。
「? それって……」
「どういうことですか?」
「内緒だ」
俺はそのまま逃げるように歩いた。思ったことをそのまま口にするのは恥ずかしい。
「えぇー!? 教えてよ!」
「私も気になりますよ!!」
「海未だってさっき内緒だって言っていただろう? 俺も同じだ」
気になると言って迫ってくる二人から俺はするりと逃れる。
――変わらなかったからあのときに、あの場所で穂乃果たちと出会えた。
言葉にはしないがそれだけは間違いないのではないかと、そう思える。
俺は不満そうに追いかけてくる二人を見てそう微笑むのだった。
私は帰り道から戻り、ある場所へとやってきていた。
「えりち?」
巫女服姿の親友は神田明神の鳥居の階段前で箒を掃いていた。
「どうしたん、また戻ってくるなんて」
休憩に入った希と並んで私たちは秋葉原の街並みを眺める。
「ちょっと思いつたことがあって」
思いついたこと? と首を傾げる希に私はうなずいた。
「さっき街を歩いていて思ったの、次々新しいものを取り入れて毎日めまぐるしく変わっていく」
今までは周りを見渡す余裕がなかった私。だけどこうして改めてみると何気ない日常から色々なことに気付くことが出来た。
「この街はどんなものでも受け入れてくれる、一番相応しい場所なのかもしれないなって」
「相応しい場所?」
オープンキャンパスからもう随分と時間が経った。だから、ここで一つ大きなアピールをしよう。
「私たちの、ステージよ!!」
いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に会いましょう!