"愛してる"の想いを   作:燕尾

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どうも、燕尾です
年明け最初が2月半ばとは、遅くなったなぁ……

失踪はしてませんのであしからず。第47話です






47.海

電車を乗り継ぎ、移動すること約一時間半。俺たちは目的地である真姫の家の別荘までたどり着いた。

 

「うわー……」

 

「おっきい~……」

 

「広いにゃ~!」

 

「……そう? 別に普通だと思うけど?」

 

「それをいったら別荘を持っていない俺たちは普通じゃないことになるな」

 

「そ、そういう意味で言った訳じゃないわよ!?」

 

「わかってる」

 

冗談だという俺に真姫はぱしん、と軽く叩いてきた。

 

「全くもう……ほら、行くわよ」

 

『はーい』

 

前をゆく真姫の後ろをついていくμ's一行。だが、

 

「ぐぬぬぬぬ……!!」

 

ただ一人だけ、にこだけは悔しそうに唸っていた。

 

「どうして対抗心を燃やしているんだ、にこ?」

 

「別に! 何でもないわよ!!」

 

「どうして怒っているんだ……?」

 

ふんっ、と鼻をならして後を追うにこに俺は首を傾けるばかりだった。

 

 

 

 

 

集まったのはいいのだが、俺は少し迷う。

これはツッコミ待ちなのだろうか?

海未、ことり、花陽、真姫、絵里、希の6人はいつも見ている練習着に着替えていた。だが残りの三人――穂乃果、凛、にこは水着姿だった。

これは指摘するべきなのだろうかと思ったが、誰も気にしていない様子なのでここはあえてスルーしておくことにした。

 

「これがっ、この合宿での練習メニューです!」

 

ばん、と黒板に貼り付けられたメニュー表を叩くのは自信満々というような表情の海未だ。しかし、誰一人として賛同するものは居なかった。

 

「海未、一つ聞きたいんだが」

 

「なんですか、春人?」

 

「これからするのは練習やトレーニングで間違ってないよな……?」

 

「ええ、そうですよ?」

 

どうしてそんな当然のことを聞いてくるのだろうかという顔をする海未。だが、他からしたら俺の疑問はもっともだろうと視線で語っていた。

海未が組み立てた練習メニューは、いまからトライアスロンでもするのかと言いたくなるものだった。

 

「す、すごいびっしりだね……」

 

普段は上手く着地点を見つけてフォローすることができることりですら苦笑いしている。

 

「っていうか海は!?」

 

すると我慢ができなくなったのか穂乃果が叫んだ。しかしそんな穂乃果に対して海未はキョトンと首をかしげる。

 

「私ならここですが?」

 

「……ナイスぼけ」

 

それとも素で言っているのかもしれない。

 

「そうじゃなくて海だよ! 海水浴だよ!!」

 

「ああ、それならここにほら」

 

海未はメニューの一部を指す。そこには遠泳という文字が書かれていた。

 

「遠泳10㎞……」

 

「そのあとにランニング10㎞……!?」

 

穂乃果とにこが眼を剥く。確かにこの内容はいきなりはきついし、普段から積み重ねてやっている人向けだ。

それに、遠泳やランニングだけではない。ダンスの練習やボイストレーニング、精神統一など、寝る時間があるのかと心配になるほどみっちりと詰められていた。

 

……というか、精神統一はなんのためにあるのだろうか?

 

「最近、基礎体力をつける練習が減っていますからね」

 

「それは重要だけど、さすがに詰め込みすぎじゃないかしら……」

 

「大丈夫です! 熱いハートがあれば!!」

 

絵里がやんわりというが何のその。海未には通じない。

 

「熱いハートって…どっかの芸能人みたいだな」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。海未のやる気スイッチが変な方向に入っているわ。穂乃果、どうにかしなさい!」

 

「う、うんっ! 凛ちゃん!!」

 

「わかったにゃ!」

 

顔を合わせた凛は海未の手をとる。

 

「あー! 海未ちゃん、あそこ!!」

 

「えっ? 何ですか!?」

 

凛が指差す方向を眺める海未。しかし、その先には何もなくただきれいな青空が広がっている。

 

「何もないじゃないですか凛、一体何を見たんです――?」

 

問いかける海未。だがその隣にはもう凛の姿はなかった。

 

「今だあ――!」

 

「わー!!」

 

「かよちん、行くにゃー!」

 

「あ、待ってよぉ凛ちゃん!」

 

「さあ、行けー!!」

 

「ああっ! 貴女たちちょっとー!?」

 

気づいたときにはすでに遅し。海へと駆け出した穂乃果たちはあっという間に姿が遠のいた。

 

「まあ、仕方ないわね…」

 

そんなやり取りを見ていた絵里がしょうがないものを見るように苦笑いしていた。

 

「えっ……いいんですか絵里先輩――むぐっ」

 

「先輩、禁止」

 

絵里は海未の口元を人差し指で押さえる。

 

「す、すみません……」

 

「みんながフランクに接することに慣れないのは今までは部活の側面が強かったから、こうしてみんなで遊んだりする機会が少なかったからだと思うの。だからこういうのも先輩後輩の垣根を取る上では重要なことよ」

 

もちろん遊んでばかりじゃないけどね? と絵里はみんなを見ながらそう言う。

 

「さて、それじゃあ私たちも着替えていきましょうか!」

 

こうして、合宿最初の活動は"海水浴"となるのだった。

 

 

 

 

 

 

練習着が汚れてはいけないということで一度別荘に戻り、みんなは水着に着替えている。

俺は海に入るつもりは全くないのだが、海辺ということもあってそれにふさわしいものに着替える。

 

「ハルくん!!」

 

ちょうど半袖の薄手のパーカーに袖を通しているところで穂乃果が勢いよくやって来た。

 

「みんな着替え終わったよ!!」

 

ハルくんも早く行こう! という穂乃果に俺は少し焦った。

 

「ああ。だけどその前にノックぐらいはしてくれ」

 

「ふえっ?」

 

穂乃果は意味がわかっておらず、キョトンとしている。

 

「いや、何でもない。俺の都合だから」

 

俺は胸元を見られないように後ろを向いてパーカーのチャックを閉める。

 

「それじゃあ――」

 

行こうか、と言おうとしたとき、俺は言葉が出なかった。

穂乃果はさっきから水着でいたのだが、ほかの人が練習着の格好をしていたのもあって違和感しかなかった。だけどこうして改めてみると穂乃果の水着姿はよく似合っていた。

そんな彼女の水着は青と白のストライプに飾り付けの赤いリボン。穂乃果はオレンジ色というイメージがあったから意外でもあった。

 

「は、ハルくん…そんなじろじろ見られたら、照れちゃうよ……」

 

「わ、悪い…よく似合っていたから」

 

「そう…? 似合ってる、のかな……?」

 

「ああ。普段のイメージと違って可愛いと思う」

 

そういうと穂乃果は照れた表情から一変、少し不満そうな顔をする。

 

「むっ……それって普段の穂乃果が可愛くないってこと?」

 

「そうじゃない。穂乃果はオレンジ色を好んで選んでいると思ったから、水着もオレンジを基調としているのかと思っていただけ」

 

「ああ、そういう……せっかくの海だし、普段とは違う色もいいかなって。ハルくん的にはどっちのほうがよかったかな?」

 

穂乃果の問いかけに俺は少し困ってしまった。

今の水着はもちろん、穂乃果が考えているであろうオレンジ色が基調の水着も、両方似合うだろう。

 

「ん…どっちでもいいと思う」

 

「……なんか、投げやりになってない?」

 

「いや、穂乃果なら今の水着も別の水着も似合うだろうから。答えが出なかった」

 

「そ、そうなんだ。えへへ……ってそうじゃなくて! ハルくんの好みを聞いているの!」

 

「そう言われてもな……」

 

「それじゃあ、ちょっと考えてみて。今、穂乃果とハルくんは水着を買いにきています。それでこの水着と――こっちの水着を試着した私のどっちがいい?」

 

穂乃果はどこからか取り出したスマホで俺に水着を見せてくる。恐らくそれが買うかどうか迷ったものなのだろう。

俺は少し考えた後、スマホのほうを指を指した。

 

「それなら、こっちのほうがいい、のか?」

 

「そうなの? というか、なんで疑問系なのかな?」

 

「わからん。たぶん、普段一緒にいる穂乃果のカラーイメージが先行しているだけなのかもしれないからだと思う」

 

「そっか、ハルくんは普段の私のほうがいいんだ。そっかそっか」

 

「ああ。だけど今の穂乃果も十分可愛らしいと思ってる」

 

ただ、強いていうならば穂乃果らしいのが安心するのだろう。

 

「えへ、えへへ……正直に話してくれてありがと、ハルくん。それじゃあ、行こっか!」

 

「ああ、そうだな。皆のところに――ん?」

 

差し出された穂乃果の手を繋いで部屋を出ようとしたところで俺らは気付いた。

 

「絵里と海未?」

 

絵里と海未がドアの隙間から覗いていたのだ。

 

「あれっ、絵里ちゃんに海未ちゃん? どうしたの?」

 

「え、ええ。遅いと思って来たんだけど…」

 

絵里は苦笑いしながら海未に目をやる。

 

「まさかいちゃつきを見る羽目になるとは思いませんでしたね」

 

そんなことをいいながらため息を吐いた海未。

俺と穂乃果は二人の表情の意味がわからず、お互いに顔を見合わせて首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、こっちこっちー!!」

 

「早く行くにゃー!」

 

「凛ちゃん押さないで!?」

 

「わーい!」

 

「穂乃果ちゃん待ってー!」

 

「ほらほら、行くわよ!」

 

「あ、ちょっと待ってください!!」

 

「ふふふ、カメラチャンスやね」

 

にこを筆頭にμ'sの皆は海に入り水をかけあったり、ウォーターガンで撃ち合ったりと楽しそうに遊ぶ。ただ一人を除いて。

 

「真姫は行かなくていいのか?」

 

「私は興味ないもの」

 

小説に目を落としながら返答する真姫に俺はそうか、とだけ返事する。

 

「そういう春人こそ行かなくていいのかしら」

 

「俺は激しい運動がご法度――ってわけでもないが、いつ爆弾が爆発する(発作が起きる)かわからないからな。心拍数が上がることは控えている」

 

「それでよくこの合宿に来たわね? バレるかもしれないのに」

 

「俺を無理やり連れてきたうちの一人が何を言っている」

 

俺は一人でも反対意見が出たらこの合宿には参加しなかった。しかし、それは後の祭りというやつなのだろう。

皆と一つ屋根、というのは理由の一つなのだが、意地でも参加しないのというならば俺は本当()のことを言うべきだった。だが、俺はそれをしなかった。その理由も自分の中でちゃんと理解している。だから俺はこうしてここにいるのだ。

 

「まあ、心拍数が上昇するからといって発作が起こるというわけでもない。あくまで原因になりうる程度だ」

 

発作は外的要因から来るものもあるが、基本はいつ起こるかわからない。完全ランダムだ。だから俺が動くことを控えているのはただの保険みたいなものだ。

 

「ならゆっくりしていればいいんじゃない? そういうのも一つの形でしょ」

 

「それはそうなんだけどな。みんなで遊ぶのも楽しいと思うぞ。それに何より、そうは(真姫の言う通りに)させてくれないのが俺の友達――わぷっ」

 

そういった瞬間、俺の顔面に水が掛かってきた。

 

「あはは、ハルくん変な声上げてる!」

 

小さな水鉄砲を構える穂乃果が面白おかしく笑う。

 

「ハルくんも一緒に遊ぼうよ! ほらほら!!」

 

「わかったから引っ張らないでくれ――それじゃあ、俺も少し行ってくる」

 

「ええ。どうぞご自由に」

 

そうあっけからんという真姫に俺は苦笑いして穂乃果に引っ張られていく。

 

「おーい、春人くーん」

 

「春人、こっちです!」

 

「ハルトくんも一緒に遊びましょう!」

 

「春人くん! こっちこっち!!」

 

ことりに海未、花陽に凛が俺に手を振ってくる。それはいいのだが、俺は海に入るのを少しためらった。というのも、

 

「ほら、ハルくん。海に入るんだからパーカー脱いで脱いで!!」

 

そう、このパーカーを脱がなければいけないのだ。それはあまり、というより非常にまずいことだ。

 

「別に泳がないから脱がなくても大丈夫」

 

「でも、濡れたら大変だよ? そ・れ・に――」

 

穂乃果は瞳に妖しい瞳を光らせる。

 

「私たちだけハルくんに肌をさらしているのは不公平だと思うな! さあ、パーカーを脱ぐのだー!!」

 

「そういうのを理不尽って言うんだ。とにかく断る」

 

チャックに手を掛ける穂乃果の手首を掴む。普段ダンスや歌のためにトレーニングをしているとはいえ、そこは男と女。明らかな差がある。

しかし、穂乃果は不敵な笑みを崩さない。

 

「ふっふっふ、ハルくん。ハルくんは一つ忘れていることがあるよ」

 

「忘れていること?」

 

「この場にいない人たちのこと。その人たちはどこに行ったんだろうね?」

 

「……まさか」

 

俺は目だけを動かし、あたりを見渡す。視界に入るのは目の前にいる穂乃果、奥のほうにいることり、海未、花陽と凛だけ。真姫はパラソル下で本を読んでいるので、いない人間はあと三人――三年生たちだ。

そして、さっきまでいたのに今いないのなら可能性としてはただ一つ。俺は海に目を向けると海中に影ができていた。だが、気付いたときにはもう遅い。

 

「にこちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん! 今だよ!!」

 

穂乃果の号令が出た瞬間、大きな音と共に水しぶきが上がる。そして、それと同時に背中に柔らかいものが当たる。

 

「希……!?」

 

「ごめんな、春人くん。うち、好奇心には勝てんかったよ……」

 

「申し訳ないようにいってるようだが、顔がにやけているぞ希」

 

両脇から拘束してくる希に俺は少しイラッとしながら返す。

 

「さあ、春人。覚悟しなさい!!」

 

「ふふふ、春人くん。せっかく海に着たんだから、ね?」

 

にこと絵里が両手をわきわきさせて俺に迫ってくる。あんたらおっさんか。

背中に希、腰付近にも穂乃果が抱きついきたせいで俺は身動きが取れない。無理やり引き剥がすこともできなくはないが乱暴になってしまう。さすがに穂乃果たち相手にそれは出来ない。つまり、詰みだった。

俺はなすすべなくパーカーを脱がされる。

 

「えっ!?」

 

「なに、これ……!?」

 

するとパーカーを脱がしたにこと絵里が驚愕の声を上げた。

それだけではない、遠目に見ていた真姫はチェアから立ち上がり驚いた顔をしていて、海未、ことり、凛、花陽は顔を白くしている。

 

「あれ? 絵里ちゃん、にこちゃんどうしたの?」

 

「みんなもそんな驚いて、何があったん?」

 

俺の胸元が見えない穂乃果と希は状況がわからず疑問符を浮かべている。だが拘束を解いて、俺の身体を見ると皆と同じように驚きの顔になる。

皆が見ているのは俺の左の胸元。そこには赤紫の痣が心臓付近を中心に広がっている。

 

「は、ハルくん…それ、なに……?」

 

穂乃果に問いかけられた俺は顔を逸らす。

 

「その胸の痣、どうしたの……?」

 

その指摘に俺は言葉をすぐに返すことが出来なかった。

 

「……」

 

「ハルくん……!」

 

真剣に迫ってくる穂乃果に、俺は観念したように息を吐く。

 

「これは、俺の心臓が弱い証拠だ」

 

「心臓が弱い…ハルくんが……病気、なの?」

 

病気、ということに頷くのはためらったが、ここまできたら言うほかない。

 

「ああ。俺は物心ついたときから心臓が弱く出来てしまった。この痣が出来る原因もよくわかっていない。そしてふとした拍子に発作が出る」

 

「では、春人がたまに練習に出なかったり、学校を休んだりしていたのは…」

 

「海未の想像通りだ。病院で検査があったり、発作が起きたりしていたからだ」

 

「なるほど…誰かのお見舞いもあるかもと思っていたけど、あのときに病院に行っていたのは春人くん自身ためだったのね」

 

「えりち、心当たりがあるん?」

 

「ええ。一度真姫の家の病院前で会ったことがあるの」

 

そういえば絵里とは彼女がμ'sに入る前に一度病院前で会っていた。状況が状況だったからどうして病院に来ているかまでは話さなかったが。

 

「……どうして、今まで教えてくれなかったの?」

 

悲しい目をして俺の両腕を掴む穂乃果。

 

「知られたならまだしもこんなもの()、自分から進んで教えることじゃないだろう」

 

「そうかもしれないけど――!」

 

少し怒り気味に反論しようとする穂乃果。だが、俺はそれを遮る。

 

「なら穂乃果に一つ聞く。これを知ったら穂乃果はどうしていた?」

 

「そ、それは……」

 

俺からの質問に穂乃果は答えを探す。しかしその答えを聞く前に俺は口を開いた。

 

「俺は気を使われたくなかった。疾患持ちだという認識で俺を見て欲しくはなかった。自然な俺を、ありのままのみんなで、接して欲しかった。だから教えなかった」

 

病院に行くと時折感じる同情の視線。俺の事情を知っている看護師たちのあの目が俺は嫌いだ。理屈はわかるつもりだが、上辺だけにしか感じられないのだ。

それを穂乃果たちから――友達なのだと初めて心を許していた人たちにそんな視線を向けられるのが怖かった。

 

「それだけのことだ。俺が黙っていたのは」

 

『……』

 

俺の話しに皆は声が出ないようだった。これは一度距離を置いたほうがよさそうだ。

 

「空気を悪くして悪い。一旦俺は別荘に戻る」

 

気まずい空気の中俺はその場から去ろうとする。だが――

 

「ハルくん!!」

 

「っ!?」

 

穂乃果に急に片腕を引っ張られてバランスを崩した俺は穂乃果を巻き込むように海の中にダイブした。

 

「穂乃果。なにを――」

 

俺の両頬をがっしり掴み、顔を近づけてくる穂乃果に、俺は息を呑む。

 

「馬鹿にしないでよ……!」

 

剣幕で詰め寄る穂乃果。こんな怒りを露にした表情を見るのは初めてだ。

 

「馬鹿になんてしていない。ただ俺は――」

 

「ううん、してるよ。ハルくんは今、穂乃果たちを馬鹿にするようなこと言ったんだよ」

 

「……?」

 

どういう意味か分からない俺は戸惑う。

 

「だってハルくんは穂乃果たちが病気のことを知ったら必ず同情するって決め付けているんだもん」

 

そんなことないなんていえなかった。

確かに俺は決め付けていた。ほかの人間がそうだったから、穂乃果たちも同じくそうなるのだろうと心のどこかで思っていた。

 

「確かに気を使わないなんてことは出来ないと思う。だって心配しちゃうから。だけどそれは悪いことなのかな?」

 

「それは……」

 

「ハルくんが――ううん、ハルくんだけじゃない。ことりちゃんでも海未ちゃんでも、他のみんなでも、苦しい思いをしているんだったら助けたい。辛い目にあっているんだったら支えたいって、私はそう思っちゃう」

 

そこで俺はようやく気付いた。穂乃果たちと他の人の差が。

彼女たちは良くも悪くも純粋で、底抜けに優しい。誰かを心から想える気持ちがあるのだ。

 

「話したくないことはあるのは仕方がないよ。だけど勝手にこうだって決め付けて、わかったつもりになって、話さないのはやめてよ。私たちを見くびらないでよ!」

 

「穂乃果……」

 

「たとえ病気だったとしても、ハルくんはハルくんだよ。いつも私たちを支えてくれて、見守ってくれて、手を差し伸べたりしてくれる、優しいハルくんだよ」

 

穂乃果は両手で俺の手を包み込むように取った。柔らかく、暖かな温もりが俺の手に伝わってくる。

 

「私も穂乃果と同じ気持ちですよ。春人」

 

海未が穂乃果の手の上から自分の手を重ねる。

 

「あなたが私たちに対してどこか壁を作っているのは薄々気付いてました。そしてそれにはなにか事情があるということも」

 

「海未…」

 

「言いづらいのはわかりますが、それでもやっぱり話してほしかったです。どんな事情でも、あなたと一緒にいたいという気持ちは変わりませんから」

 

「わたしもだよ。これまで春人くんは前にいてくれたけど、今度からはことりはあなたの横に並びたいな」

 

「ハルトくんももっと私たちに歩み寄ってほしいです。私たちばかりなのは、寂しいですから」

 

「春人くんは難しいことばかり考えすぎにゃ! もっと気楽に考えればいいとおもうよ!!」

 

「ほんと、この私をそこらの人と同じにしないでもらいたいわね」

 

「まあにこっちは小さいからね」

 

「ちょっと、どういう意味よ希!」

 

「春人くん。私たちも、あっちにいる真姫も、あなたを同情の目で見る人なんていないわ。あなたが私たちをしっかり見てくれたように、私たちもあなたをしっかり見ているの。だから大丈夫よ」

 

重なる皆の手に、紡がれる皆の言葉に、俺は言い表せないよく分からない感情が自分の中で渦巻く。しかしそれは決して嫌な感情ではなかった。

 

「……」

 

「ハルくん……?」

 

穂乃果が少し驚いたように俺の顔を覗き込む。その様子の意味がわからなく、俺は首を傾げる。

 

「春人くん、泣いているよ?」

 

ことりの指摘に俺は顔に手を触れる。すると海水ではない、温かな雫が頬を伝っていた。

 

「……ああ」

 

俺はまだ穂乃果たちを信じていなかった。

海未の言う通り、俺は皆に壁を作っていた。ずっと一緒にいながらも、心の奥底では気を許せていなかった。

そんな俺の皆に対する壁を穂乃果たちは崩してくれようとしている。それがたまらなく嬉しいのだろう。

 

「みっともないな。男なのに」

 

「そんなことないよハルくん。誰だって泣いちゃうときはあるよ。嬉しいって思うときは、特にね?」

 

「ああ。穂乃果の言う通りかもしれないな……」

 

俺はしばらく、涙が止まらなかった。

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に~



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