"愛してる"の想いを   作:燕尾

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ども、燕尾です。
51話目です。






51.残りの時間

 

 

 

「……っ」

 

寝てから数時間経った頃、俺は自分の身体の異変に気付いて眠りから目が覚める。

 

「まさかっ…このタイミングで……っ」

 

心臓が収縮するような感覚にズキズキと痛む胸。瞬間的に分かる、これは発作だ。

今からでももう暴れそうになるだが、それは絶対にできない。

まだ皆が寝ているのだ。起こすようなことはしたくないし、何より起きてこれを見られるのは非常にまずい。

 

「あっ、ぐっ…うぅ……とにかく外に出ないと……」

 

なるべく音を立てないように、リビングを後にする。そして靴を履くことすらせずに俺は急いで外にでた。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……!」

 

それからはなるべく遠くに、声が聞こえないように、痛む胸を押さえながら走る。

 

「あぐっ!?」

 

しかしそれもすぐに限界を迎えた。俺は痛みが奔った拍子に躓いて地面に倒れこむ。

 

「ここならっ…まだ、大丈夫かっ………」

 

周りを見ればどこかの木々の中。ここなら誰も気付かないはず。

 

「もう、限界っ………! あ、ぐ…あぁ……あああああ――!!」

 

俺の声が木々の中に響いた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ…ん、ふぁ~……」

 

目が覚めた私はあくびをしたあと目を擦る。

枕投げをしたあとに床についてから、寝付くのはそう時間は掛からなかった。

時計を見れば朝の五時手前。私は周りを見渡した。

まだ皆寝ている、そう思っていたのだが、いない人が二人いた。

 

「――?」

 

どこに行ったのだろうか、ここには居ないということは手洗いや外に行っているのだろうけど。

 

「よいしょ…」

 

ぼんやりする頭で立ち上がり、私は外に出る。

そして海のほうに出ると水平線の向こう側にある朝日を眺めている希がいた。

 

「早起きは三文の徳。お日様からたーっぷりパワーをもらおっか」

 

やってきた私に気付いたのか希はそんなことを言い始めた。

 

「どういうつもり?」

 

「別に真姫ちゃんのためやないよ」

 

私が問いかけると希はそう言ってまた遠くを見つめる。

 

「海はいいよね。見てると大きい悩みだと思っていたことも小さく見える」

 

私は答えなかった。希にとって大きいか小さいかなんて分からないけど私だってそうだったように希にも悩みはあった。ただそれだけ。

 

「うちな、μ'sの皆が大好きなん。誰にも欠けてほしくない」

 

希からでた言葉に少し驚く私。まさかこのタイミングで彼女の本心が出てくるとは思っていもいなかったからだ。

 

「確かにμ'sは穂乃果ちゃんたちが作ったけど、うちもずっと見てきた。何かあるごとにアドバイスもしてきたつもり――それだけ思い入れがある」

 

それは今まで一歩下がって見てきた希の本当の気持ちの一部。それを聞けた私は少しほっとする。どうでもいいとか、嫌いだとかそんなネガティブなことを思っているとは微塵も思っていなかったけど、希が何を考えているのかはまったく分からなかったから。

 

「ちょっと喋りすぎちゃった。皆には内緒ね?」

 

すると希はまたいつもの様にふざけるような空気を作り出した。だけどそれは何かを誤魔化すように感じた。

 

「……面倒くさい人ね。希って」

 

ようやく私は気付いた。昨日の夕方に私に言ったことは希にもそのまま当てはまっていることに。本音を知ってほしいけど素直に言うこと出来ない、まさしく私に似ていた。

 

「あら、言われちゃった」

 

そう言いながらも笑う希に私も呆れたように笑う。

潮風が髪をなびかせるとき、私はどこかに行ったもう一人(春人)のことについて問う。

 

「そういえば希。話が変わるのだけれど、春人がどこに行ったか知らない分かる?」

 

話を変えて私はもう一人どこかに行った男の子のことを問う。

 

「春人くん? そういえばうちが起きたときからいなかったな。お手洗いと思ってうちは確認しないまま外にでたからようわからないかな」

 

「私も最初は手洗いかと思っていたんだけど、いなかったわ」

 

その事実に希も不思議だというような顔になる。

 

「ならうちと同じように散歩しに外に行った? でもうちより早くだと相当前になる……」

 

「――……ちなみに希は何時くらいにこっちに?」

 

「真姫ちゃんが来る二十分前くらい、かな……」

 

希が起きたのが大体四時半くらい。そのときから春人がいなかった。

目が覚めて散歩――時間的には早すぎるが、眠るためのウォーキングだといえばまだ良いわけにはなる。それだったらいいのだけど、私は別な可能性が頭に浮かんでいた。

 

 

――薬は飲んでいるが、いつ起こるかはわからない。

 

 

「まさか……っ!」

 

そう彼が言っていたを思い出すと余計にその可能性しか信じられなくなった。

 

「真姫ちゃん、春人くんがどこに行ったか分かったの?」

 

「希ッ! 今すぐ春人を探すわよ!!」

 

「えっ? ちょっと待って。きゅ、急にどうしたん!?」

 

希の手を引いて林の中に入ろうとする私を希は引き止める。だけど、いまはあの人のために一刻の猶予もない。だけど、説明はしておかないといけない。

 

「私の考えが正しければ――春人は発作を起こしているわ」

 

「発作って…心臓の疾患の、だよね?」

 

私は頷く。時間的には恐らくいまは発作はおさまっているのだろうけれど、倒れて動けない状態なのだろう。

 

「うちは春人くんの発作を起こしたところを見たことないけど、そんなにひどいものなん?」

 

酷いなんてものじゃない。自傷行為もあそこまでいったら命すら危うく見えてしまうほどだ。

 

「とにかく、早く春人を見つけないと」

 

「待って真姫ちゃん」

 

行こうとする私をまた引き止める希。

 

「焦れば焦るほど分からなくなるで。こういうときこそ慌てないで冷静に考えないと。それに――私たちだけじゃないんだから」

 

そういいながら希が指差した先には、皆の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

発作のせいで身体がだるくなった俺は起き上がることが出来ずに倒れたまま空を見上げて息を吐いた。

胸付近を中心とした身体から刻まれた数々の傷に溢れ出た血。血のせいで紅く染まった服。皆が起きる前にどうにかしないといけない。

とはいっても、今日は早朝から練習するといっていた。だとしたらもう起きて準備し始めてもおかしくはない。下手したら俺が居ないことに疑問を持って探しに来る可能性もある。さすがにこの状況を見られるのには抵抗がある。

気付かれないように別荘に戻り、傷を治療して何事もなく皆のところへ行く。

 

「無理だな…」

 

考えをまとめるのはいいものの無理な話だった。

 

「まあ、皆を起こすようなことをしなかっただけまだよかったとしておこう、かな」

 

「よくないわよ」

 

一人で完結していたら前からそんな声が聞こえる。顔を上げて確認するとそこには仁王立ちした赤毛の少女。

 

「……どうしてここにいるんだ、真姫」

 

「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ。春人」

 

あからさまに不機嫌になっているのがわかるため、俺はなにも言えなかった。

 

「もしかしなくても、皆気づいているのか?」

 

「私が話したから。いま皆は必死になってあなたを探しているところよ。見つけたことだし、皆に連絡するわ」

 

そう言って真姫は素早くグループチャットに打ち込む。そして返信が来たのか、真姫はわざとらしくあーあ、と呟いて俺の方をみた。とりあえず、俺に良くないことがあるようだ。

 

「覚悟しておいた方がいいわよ春人。特に誰かさんにはね」

 

それが穂乃果のことなのはすぐわかった。どう言えばいいのかいまから考えるのが大変そうだ。

 

「とりあえず、少しの治療道具は持ってきたから怪我の手当てするわよ」

 

そういいながら俺を木に寄りかからせさせる真姫。そして消毒液などをいくつかを取り出して、真姫はテキパキと俺の傷の手当てをしていく。

 

「ほら、上も脱ぎなさい」

 

「いや、それは……」

 

「脱・ぎ・な・さ・い」

 

迫ってくる真姫の迫力に負けた俺は素直に頷いて服を脱ぐ。男の肌に慣れていないのか真姫から少し息を飲んだ音が聞こえる。

 

「真姫、無理なら」

 

「無理じゃないわ。少し驚いただけ」

 

そういいながら真姫は手当てを進める。

 

「ねぇ、春人」

 

「なんだ?」

 

進めていくなかで真剣な声色で言葉を掛ける真姫に俺は軽く返す。

 

「あなたに、聞いておきたいことがあるの」

 

「あまりいい話じゃなさそうだな」

 

「ええ…こんな話をしないといけないほど理解したことに、少し後悔してもいるわ」

 

その言葉に俺はため息を吐いた。

予感はしていた。西木野先生の娘である真姫ならいずれ辿り着くことに。いくつかの心当たりから昨日海で見た痣が確信に変えたのだろう。

 

「初めてあなたに会ったときに見た症状で私は何の疾患かいくつかあたりをつけていた。だけど昨日この痣を見たとき、私の中で一つに絞られたわ」

 

「……」

 

「間違いであって欲しかった。こんなこと考えたくもなかった」

 

「真姫……」

 

「だけど、調べれば調べるほど間違いなくて……それは正しかった」

 

悲痛、そんな感情が真姫から感じられた。そしてそれに対して俺はなにも出来ない。

 

「春人、あなたは……っ」

 

震える真姫の声。もう今にも泣き出しそうな感じだった。

 

「春人、あなたに残された時間は……あとどれくらいなの!?」

 

「……」

 

「あなたの病名は心紫紋病(しんしもんびょう)。原因や心臓移植以外の治療法が未だにわからない、一度かかればあとは死を待つだけの不治の病――そうでしょ!」

 

真姫の声が響く。俺はしばらく黙っていた。

 

「……やっぱり気づいたんだな。やっぱり振り払ってでもこれ()を見せない方がよかったのかもしれないな」

 

ようやく口を開いた俺は静かにため息をついた。

 

「いずれは来ると思っていたことがこんなにも早く来るとは思いもしなかった」

 

「答えて、春人…答えなさいよ……」

 

もう伝う涙を隠すこともせずにすがり付くように寄りかかる真姫。

そんな彼女に嘘をつくことも誤魔化すこともなく俺は答えた。

 

「多く見積もっても、もう一年もない」

 

「嘘、でしょ……」

 

嘘なんかではない。真姫の父親である先生にも心臓移植しない限り来年の春を迎えられるかどうか、と言われている。

 

「せめて、もう一度だけ桜を見てから死にたいとは思うけど…まあ、厳しいだろうな」

 

「なんで…助かる道はまだあるじゃない……! 移植をして今を生きている人だっているわっ、あなただって……!!」

 

「いいんだよ、俺は。もういいんだ」

 

ここまで必死になってくれている真姫を見て俺は嬉しく思う。が、俺はそっと真姫を離した。

 

「俺はこの先の結末を受け止めているから。それに、俺のような人間より未来を開いていく意志がある人たちが生きていくべきだ」

 

「なによ、それ…どうして諦めているのよ……!!」

 

「諦めているんじゃない、受け入れているんだ」

 

「意味わかんない…一緒でしょう……」

 

そう、実際には変わらない。受け入れているといってもその実態は諦めていることと同義だ。

 

「まだ十数年しか生きていない人間(あなた)が、なに悟ったつもりでいるのよ!」

 

真姫は怒りをあらわにして俺にもう一度迫った。

 

「あなた私に言ったわよね…なにもしないで諦めるのは諦めとは言わないって。それは目を背けて逃げているだけだって! そう私に言ったあなたが目を逸らして、逃げてどうするのよ!!」

 

真姫から見たら、今の俺は逃げているように見えるのだろう。だが、

 

「手は尽くしたさ」

 

その言葉に真姫の怒気が一瞬で霧散した。

 

「心紫紋病を発病したのは小学校に上がる前。診断されてから俺は、十年近く足掻いてきた」

 

身体のあらゆるものをサンプルとして提供して、新薬や医療器具が研究開発されれば必ず治験を受けてきた。しかし、完全に解明されることはなかった。唯一進歩したことと言えば発作を少し抑える薬が出来たことぐらいだ。

 

「確かに進歩はしているから、いつかは治せる日が来るだろう。だけどその日を俺が迎えることはない。残念ながらそういうことだ」

 

色々と足掻いてきてこの結果なのだ。これが今の医学の限界なのだ。だから俺はこの考えを変えるつもりはない。

 

「だったら、その最期まで――……くっ!!」

 

真姫は何か言おうとしたのだが、それを言っても意味がないと思ったのか悔しそうに俯いた。

 

「ありがとう、真姫。そう言ってくれる優しさだけでも俺は嬉しい」

 

そんな真姫に俺は小さく笑って、頭を撫でる。

 

「だけどその優しさはこれからは(μ's)に向けてくれ」

 

「あなただってμ'sの一人よ」

 

いつもだったら嫌がる真姫が不承不承ながらに受け入れてくれることに、俺は安心する。

 

「も、もういいでしょ! 頭から手を放して!!」

 

ぱしん、と手を払う真姫。

 

「ほら、早く戻るわよ! 皆心配しているんだから!!」

 

真姫は俺の肩を担ぎ、別荘へと引き摺っていく。

別荘に戻れば中にも入らず、皆が心配そうに玄関前で待っていた。

 

「ハルくん!!」

 

着いた瞬間、俺の包帯姿を目にした穂乃果が飛びついてきた。

 

「――っ、穂乃果」

 

衝撃が傷に響き少し顔を歪めるが、何とか受け止める。すると穂乃果はポカポカと俺の胸を叩いてきた。力は弱いのだが、自分で抉った傷にちょうど当たって地味に痛い。

 

「穂乃果、痛い――」

 

そこで俺は穂乃果の異変に気付いた。

大粒の涙を浮かべ、睨んでくる穂乃果。その様子に俺は戸惑うばかりだ。

 

「急にいなくならないでよ…馬鹿…馬鹿ぁ……」

 

だが、泣きながら叩いてくる穂乃果に俺はすぐ気付いた。

 

「……ごめん」

 

頭を撫でながら謝る。だけど穂乃果は馬鹿というばかり。

しばらく俺はその言葉を受け入れ続けるのだった。

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか
ではまた次回に

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