"愛してる"の想いを 作:燕尾
ども、燕尾です
54話目です。
「すまない、春人くん。どうやら今回も……」
診察室に入って腰を落ち着けた俺が西木野先生から最初に聞いたのはある程度予想された言葉だった。
「謝らないでください。仕方のないことです」
本心でそういったのだが、西木野先生は少し顔を歪ませた。
「君は、怒らないのかい?」
「どうしてですか?」
「私たちは結局、君を苦しませてしかいない。君は私たちを責める権利だってある」
「責めても意味ないことですし、西木野先生たちが裏で苦労しているのも知っているので。それにエネルギーを使うことはしたくないですから」
「最初と最後が本音よね、それ」
話が聞こえていたのか、真奈さんが呆れた声いいながら診察室に入ってきた。
「そうすることで治るのならいくらだって責めてあげますよ? 新しい治療法ですし世界中で注目されること待ったなしです」
「これは手厳しいね」
「気にするなっていう話です。治験を受けることについての同意書は書いてますし、今後のためにあなた方もデータは欲しいでしょう?」
治験は"治療の実験"だ。実験はデータ取りが主だから症状の緩和や回復はあれば儲けもの程度に考えている。
「だからいいんですよ、あなた方が罪悪感を感じる必要はないんです」
「……君はもっと自分を大切にするべきだよ」
「……」
「
「……ええ」
「それがわかっているのなら、もう少し耳を傾けてもいいんじゃないかしら?」
「……そうですね」
歯切れが悪いわね、と真奈さんに苦笑いされる。
くすぐったいのだ。こういうことを言われることなんて今までほとんどなかったのだから。
「今になってこんなことを耳にする機会が多くなりました。そう望んでくれる人がいるんだって、あいつらのような人ばかりじゃないって、思うようになりました」
たどたどしい言葉で、俺は紡いでいく。
「以前まではもう頑張らないって思っていましたけど、今はもう少しだけ頑張ろうって思ってはいます。だから――」
「「!」」
「――よろしくお願いします」
俺は頭を下げる。これから苦労をかける二人に。そんな二人は驚いたように俺を見る。真奈さんにいたっては口を押さえて目尻に涙を浮かべている。
「ああ。全力を持って、君の治療をするよ」
そして真奈さんの気持ちを含めたように西木野先生はそう約束してくれるのだった。
「春人」
退院手続きをして二人に見送られ、門の前まで歩いたところに居たのは海未だった。
「海未…? どうしてここに……?」
「春人の退院日が今日だと聞いていたので」
そう言う海未の表情は明らかに祝うものではなかった。それに気づいた俺は彼女が言い出す前に問いかける。
「何か相談したいことがありそうだな」
「はい、退院直後で申し訳ないのですが……」
「気にしなくていい。そうしないといけないほど海未も悩んでいるんだろう?」
「やはり、春人には敵いませんね…」
「ついてきてくれ」
話をするのなら家の方がしやすいので海未を連れて自宅へと向かう。
「春人、ここは……」
通算三度目ともなると説明するのも面倒臭く感じてしまうが海未は初めてだから仕方がない。
「俺の家。誰も居ないから入ってくれ」
「……」
鍵を開けて案内しているのだが海未はドアの前から動かない。
「海未?」
声をかけると海未はハッとした様子で慌て始める。
「す、すみません。男の人の家にお邪魔するのは初めてなもので…」
「別に変わった物なんてない。どこの家とも大差ない家だ」
そうは言うものの、海未にとっては"他人の男が住んでいる家"というのが頭の中にあるのだろう。ビクビクしたように家の中に入る。
「冷たいお茶でいいか?」
「は、はい。ありがとうございます」
俺は作り置きしていたお茶を注いでお菓子受けと共に海未に出す。
「好きに食べて」
「そんな、気を遣わなくてもいいですよ。それに…今は節制中ですし……」
恥ずかしそうにお腹周りを擦る海未。
「別に食べ過ぎなければなんでもないし、そもそも海未は綺麗だから気にするこないと思うけどな」
「なっ、なっ……!?」
普通に思ったことを言ったのだが、海未は沸騰するように顔を赤くした。
「何を言っているのです! 恥ずかしいことを言わないでください!!」
「恥ずかしいことなのか…?」
しっかり食べてしっかり運動しているのだから痩せ過ぎということもなく太っているというわけでもなく、健康的で綺麗だと思っていたが。
その話をすると海未は顔を赤くしたまま納得するも、
「お願いですから…春人はもう少し言動に気をつけてください……」
と、不思議なことを言われた。
それから海未は本題に入る合図のように咳払いをする。
「改めて――今日はありがとうございます」
「まあ、俺も一応μ'sのメンバーってことになっているからな」
「一応ではありませんよ、暦としたメンバーです――ですが、今はそう言えるようになっただけ良しとします」
「……それで、一体何があったんだ?」
恥ずかしさを誤魔化すように俺は本題を海未にぶつける。
「穂乃果と、ことりのことです」
海未は今おきていることについて正直に全部話した。
「学園祭のライブに向けての話は、絵里や希、真姫から聞いていると思います」
「ああ。講堂が使えないから屋上で簡易ステージを造ってライブをやるんだよな」
はい、と海未も頷いているから聞いた話に間違いはないようだ。そもそも
大変だと思うのは普段の練習に加えてそのステージを造らなければならないというぐらいの認識だ。
だが、海未は首を横に振った。
「学園祭のライブでは新曲も作ることになっています」
「……それって、かなりハードなスケジュールになってないか?」
「はい。ですがラブライブ出場をかけて、どのグループも最後の追い込みを掛けています。講堂のことは運が悪かっただけですし、多少ハードになってもやり遂げようというのが私たちの意志でした」
なら一体何が、とそこで俺は最初の海未の言葉に振り返る。
――穂乃果とことりのことです。
それが思い起こされただけで俺はなんとなく想像できた。
「――穂乃果が暴走し始めているんだな? そしてことりもそれを止めようとしていないのか」
「さすがですね」
「前科があるからな、あの二人には」
だが、今回はもっと酷いようだ。
「ええ。穂乃果は向上心を持ちすぎて歯止めが利かなくなっているんです。ここ数日も夜遅くまでランニングや練習をしたり、徹夜して振り付けを考えてきたりと」
振り付けを変えることは言葉にしたら簡単だが、実際に行うとなると大変である。
振りから振りへの移動や全体とのバランス、全員の息の合わせ方、曲との合わせ方など、色々なことを考えなければいけなく、そしてそれをモノにしなければならないのだ。
「それに、休むということを許さなくなっているんです。自分にも他の人にも」
「!」
思っていたよりも大分酷いようだ。歯止めが利かない上に周りが見えなくなっている。今の穂乃果にはラブライブしか見えていないのだ。
「海未が分かっているのならことりだって分かっているはずだ。ならどうしてことりは止めようとしない」
「ことりは、ずっと上の空なんです」
「どういうことだ?」
さすがに意味が分からなかった俺は聞き返す。
「それは…」
そこで海未は言い淀んだ。これを言ってしまってもいいのか、そんな葛藤が見て取れた。
だがこのままでは話が進まないのがわかっていたのか、海未は決心したように口を開いた。
「ことりに、留学の話が来ているんです」
「……なるほどな」
あらかた話は理解できた。そしてそれに対することりの状況にも。
「迷っているのか。いろいろと」
「ええ。そしてもしものために穂乃果が後悔しないように、穂乃果の言うこと全てを受け入れているんです」
「ことりが返事するまでの期限は?」
「学園祭当日ですから、来週ですね。ですが今のことりの様子では…」
留学するにもしないにも結論を早めに出して気持ちを切り替えてくれるのが一番良いのだが、恐らくはギリギリまで引き伸ばすだろう。それは容易に想像できる。
あくまでも留学の話が来ているのはことりなのだ。俺たちが結論を促すことはできないし、するべきしないべきなんて言えない。
はぁ、と深くため息を吐く。考える限り状況は最悪だ。
問題に問題が重なって複雑になっている。
「ことりに関してはなにも言えない。留学の話はことりが自分で決めないといけないから」
「そう、ですか…」
「穂乃果も練習中は皆で納得させて強引に休憩させたりすることしかできない。夜は穂波さんや雪穂ちゃんに協力を仰ぐほかどうしようもないな」
「……ですよね」
海未も深い、本当に深いため息を吐いた。
「大した解決策を出せなくて悪い」
そういうと、海未はガバッと立ち上がり前のめりになる。
「春人が悪いのではありません! むしろ春人には感謝しているんですから!!」
「うん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、落ち着いてくれ?」
シーンとなる居間。時計の秒針の音が響く。
「す、すみません…」
仰け反りながら言う俺に今の状況に気付いた海未は恥ずかしそうに正座する。
「とりあえず。学園祭までもう一週間もないが明日から学校には行けるから、まずは俺もことりのことは伏せつつ穂乃果と話してみる」
「春人の言うことでしたら私より聞く耳持ってくれるかもしれないですね」
「? どういうことだ?」
言葉の意味がわからない俺は問いかけるも海未は何でもありません、とはぐらかすだけだった。
穂乃果のことは海未から聞いていたが、どうやら俺の想像を上回っていた。
「ハルくん! もう大丈夫だよ!!」
休憩からまだ一分も経っていないというのに穂乃果は次の練習をしようとしていた。
「まだ駄目、休憩は十分。しっかり取ること」
「そんなに休憩したら体が鈍っちゃうよ!」
「鈍らない。どうしてもっていうなら軽く柔軟でもしてなさい」
「柔軟なんてしてる場合じゃないよ!」
加入当時の絵里が聞いたら確実に怒られるようなことを言う穂乃果。
「ライブまでもう時間がないんだよ!? 学校やラブライブ出場のために最っ高のライブにしないといけないんだよ!?」
「そうだな。その気持ちは大切だ」
「だったら――!」
「最高のライブにするためには万全の態勢で臨まないといけない。その中にはコンディションってものがあることぐらいわかるだろう?」
「そ、それは…」
「休憩も十分に取らないで誰かが怪我してしまったら? 体の調子を落としてしまったら? それでライブをやったとしてもそれは本当に"最高のライブ"だったって穂乃果は胸張って言えるのか?」
「……言えない」
「だったら、休もうな?」
「はーい……」
渋々、そして本当に不服そうだが穂乃果は座り込んで飲み物を勢いよく飲む。どうやら身体は水分を欲していたらしい。
その様子を見て俺はどうしたものかと頭を掻く。
今のように説得しつつなるべく、無理をさせないようにしていけば良い。
しかし、俺の目の届く範囲はできても他はそうはいかなかった。
家に帰れば、穂乃果は夜遅くまで走りこんだりしていた。
それについても俺は根回ししていたのだが、
『すみません春人さん。私やお母さんじゃ言うこと聞いてくれなくって、止めるのはできませんでした…春人さんの名前を出してようやく少し早く帰ってくるようになったぐらいです』
夜、雪穂ちゃんからの連絡で受けた報告は大体予想通りのものだった。
「いや、雪穂ちゃんが謝ることじゃない。むしろ迷惑掛けて悪い」
『そんな! 全然迷惑じゃないですし、春人さんの心配も分かってます! お姉ちゃんってば昔っから無理ばかりしますから』
でも、と雪穂ちゃんは続ける。
『"自分が誰よりも頑張ってライブを成功させるんだ"って、"自分がやるって言い出したんだから"って――そう言われちゃうと、私もお母さんも無理やり止めさせることはできませんでした、ごめんなさい……』
「だから雪穂ちゃんが謝らなくていいよ。雪穂ちゃんが穂乃果を応援したいって気持ちもわかるから」
雪穂ちゃんからの報告を聞いた後、それからは雪穂ちゃんの話に移った。音乃木坂の学園祭に来ること、廃校がなくなるのなら、音乃木坂学院を受けたいということなど。
『お母さんやお姉ちゃんには言ってないんですけどね。亜里沙も絵里さんには内緒で勉強を進めているようです』
「そうか。まあ、驚かせてあげるといいよ。雪穂ちゃんたちも受験勉強頑張って」
『はいっ――と言いたいんですけど、春人さんにお願いがあるんです』
「どうした?」
『その、時間があるときでいいので私と亜里沙に時々勉強を教えてくれませんか? 自分たちで勉強してはいるんですけど、やっぱり教えてもらったほうが捗るというか……』
駄目、ですか? と不安そうに問いかける雪穂ちゃん。
それに対して俺は断る理由もないので引き受けた。
「かまわない。二人の都合のいい時間を教えてくれ。それに合わせて勉強しよう」
『ありがとうございます!』
「教えるのはいいが手は一切抜かないからな?」
『お、お手柔らかにお願いします…』
冗談だと言い、時間も時間なので別れの挨拶を交わし、俺は電話を切る。
「さて、どうしたものか…」
俺がやることに雪穂ちゃんたちに勉強を教えることが増えたのは問題ではない。目下の問題は穂乃果のことだ。
「自分が言い出したから、自分が誰よりも頑張ってライブを成功させる、か……」
その気持ちを持つのは悪いことじゃない。先頭に立ってその姿を見せるのはいい。
だが、今の穂乃果は大切なことを見失っている。
「それに気付けばいいが…」
学園祭まで残りわずかとなった今、穂乃果が気付くことはないだろう。
ならば俺にできるのは学園祭を無事に向かえ、無事に終えるのを祈ることだけ。
そう都合の良いことを願いつつ俺は寝転がる。
しかし、俺は分かっていた。この世には都合のいいことなんてほとんど存在しない。都合の悪いことだらけでどうしようもないことが溢れている、そういう風にできていることを。
そしてそれがこれから、彼女たちに襲い掛かることも――俺は微かに感じ取っているのだった。
いかがでしたでしょうか?
皆さん、生活習慣と不摂生には気をつけてください。
私は今それが原因で大変な目にあっていますのでw