"愛してる"の想いを   作:燕尾

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ども、一ヶ月あきました






56.学園祭

 

 

「穂乃果ー! そろそろ起きなさい!」

 

お母さんの声が聞こえて瞼の裏に光を感じた私は目が覚める。

 

「今日は文化祭で早起きするんじゃなかったの?」

 

呆れたお母さんの声。

そうだ、今日は文化祭だ。ラブライブや学校の存続をかけた大切なライブがある。だけど、

 

「――くしゅん!」

 

なんだかボーっとする。思考がまとまらない。身体は熱いのになんだか寒気がする。

 

とりあえず起きないと――

 

「え……わっ!?」

 

体がふらついて座り込む。ベッドから数歩歩いただけで倦怠感が強まった。

 

「あれ……――っ!」

 

小さく呟いたところでようやく私は気付いた――風邪を引いてしまったのだと。

 

どうしよう……! どうしよう……!! 今日は大切な日なのに……!!

 

――でも、今日だけは休むわけにはいかない。

 

私は気合を振り絞って立ち上がり、学校へ行く準備をする。

朝ごはんもいつもはパンを二枚食べるけど全然喉が通らない。ゆっくり食べる私に対して雪穂が怪訝な顔をする。

 

「お姉ちゃん、まだ寝ぼけてるの? 今日はライブでしょ? しっかりしなよ」

 

「う、うん! 大丈夫だよ!」

 

私はいつも通り食べ進める。

苦しいけど、こんな状態お母さんや雪穂にバレるわけにはいかない。

 

できるだけいつも通りにしないと――

 

「……」

 

「いってきまーす!」

 

制服を着て、私は家を出る。何とかお母さんや雪穂の目は誤魔化せた。後は皆に気付かれないようにライブを成功させるだけ。

そう思っていたのだが、私の考えは早くも崩れ去りそうになった。

 

 

 

 

 

「穂乃果」

 

 

 

 

 

「は、ハルくん……」

 

家から角を曲がってからすぐに、ハルくんがいた。

 

「お、おはよう…ハルくん……」

 

昨日の今日で、私は目を合わせられなかった。

言い合いをしたからといって感情任せで頬をぶってしまった相手を目の前にどんな顔をしていればいいのかわからないのもある。だけど何より、ハルくんが言っていたことが全部こういうことが起きるかもしれないとちゃんと考えてくれていたからだというのに今さらになって気付いて、結局、気まずそうな挨拶しかできなかった。

 

ただ今ばかりはそれでもよかった。私の状態を知られるわけにはいかない。風邪を引いたなんて知られたらハルくんは絶対、どんなことしてでも私を止めるだろう。それだけは絶対に嫌だ。

私とハルくんは並んで、無言のまま学校へ向かう。

 

すぐ近くの信号を待っているところで私はハルくんをチラリと見る。いつも通りの様子のハルくん。まるで昨日のことはなんとも思っていないような、そんな様子。

 

「ハルくん…」

 

「なんだ?」

 

「どうして私の家の近くにいたの?」

 

それが納得いかなくて、私はつい問いかけてしまった。そんなの、普段の私ならわかっていたはずなのに。

ハルくんが私の目の前に立ち、目線を合わせる。

 

「――ひゃん!」

 

直後、額に冷たいものが触れて私は小さい悲鳴を上げる。

しまった、と思ったときにはもう遅かった。

 

「やっぱりな」

 

ハルくんの小さいため息が耳に入る。

 

「すごい熱。そんな状態で学校に行こうとしたのか?」

 

ハルくんの言葉は今の私には責めるようにしか聞こえなかった。

 

「穂乃果――」

 

「待って、お願い!! なにもしないで!!」

 

ハルくんの次の言葉を待たずに、私は傘を捨てて彼に縋った。

 

「私が悪いのはわかってる、でも今日は絶対に休みたくない! 絶対に無事に成功させるから!! だから――ごほっ、ごほっ!!」

 

興奮して咳が出てしまう。そんな私の背中をハルくんは雨に濡れないように傘を傾けて優しく擦ってくれた。

 

「落ち着け穂乃果。余計に身体に障るから」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

もう謝ることしかできない。自分のしたことに後悔が募り、涙が出てしまう。

 

「今日のライブの意味も、それに掛ける穂乃果の気持ちだってわかってる。だけどこのままというわけにもいかない」

 

ハルくんはまるで親のように、私に聞かせるように言いながら涙を拭ってくれ、それからバッグからあるものを取り出した。

 

「だから、とりあえずはこれを飲め」

 

「ハルくん…これ……」

 

ハルくんが取り出したのは解熱剤だった。

 

「こうなった以上本当は止めるのが一番で、これ(・・)使わずに今日が終わればそれでよかったんだが、そうもいかないだろう」

 

ハルくんはわかっていたのだ、こうなることが。

いや、わかっていたわけじゃない。もしものことを考えて色々なものを用意していただけだ。

ハルくんから薬を受け取って飲んだ後、彼は一枚ジャンパーを取り出して、傘を私に持たせて屈んだ。

 

「とりあえずジャンパー羽織るんだ。誰にも気付かれないような場所まで背負っていくから」

 

私は素直に指示に従ってジャンパーを羽織り、ハルくんの背中に乗りかかる。

 

「しっかり捕まってろ。片方でしか支えられないから。それと恥ずかしいと思うが、我慢してくれ」

 

「ハルくんなら、大丈夫だよ。それに迷惑を掛けているのは…私なんだから……」

 

「そうか」

 

それだけ呟いてハルくんは傘を私から取って私が腕を回したのを確認した後、片腕で私を支えながら立ち上がる。

 

「それじゃあ、行くか」

 

「ハルくん、ごめんね……」

 

私は落ちないようにギュッと腕の力を強める。ハルくんの背中は温かかった。

背中だけじゃない。このジャンパーだってそう。それに今だって歩くときは振動がなるべく私に伝わらないようにゆっくりとしているし、私が濡れないように傘の位置も気にしながら持ってくれている。

考えれば今まで掛けてくれた言葉や、やってくれたこと、ハルくんがしてくれたこと全部が温かかった。

 

なのに私は、そのことに全然気付いてなかった。

 

「本当に、ごめんね……」

 

「とりあえず全部終わってから。短い時間だけど休んでおくんだ。幸い今日は少し遅れたって大丈夫だからな」

 

どこかぶっきら棒にも聞こえるであろうハルくんの声。まっすぐ前を向く彼の顔、感じる体温、心の音。

私はハルくんの全部に安心して、そのまま意識が落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果、学校に着いたぞ」

 

「ん…んぅ……」

 

学校が目の前のところで穂乃果を起こす。穂乃果の意識が覚醒したところで地に下ろした。だが、

 

「――っと、大丈夫か?」

 

すぐにバランスを崩した俺の片腕にしがみつく穂乃果を支える。

 

「ごめん、校舎までこのままよりかかっていい?」

 

俺は頷いて片腕を抱いて寄りかかる彼女を傘で隠しながら学校へ入る。

校舎に入ればピッタリくっつかれているところを見られるわけにはいかず、一歩離れて歩く。

それでも近い距離なのだが、幸い周りは文化祭の熱に浮かれており、俺たちに視線が移ることはなかった。

屋上へ続く階段のところで止まり、穂乃果に問いかける。

 

「ここから先は一人になるが、大丈夫か?」

 

俺はこれから造った簡易ステージの最終点検をしなければならない。ここからは穂乃果がどうにかしないといけなくなる。

 

「うん…初めより調子はよくなってるから……」

 

確かにさっきよりかは良くなっているが、依然として顔は赤いままだ。

だが俺もやるべきことをしないとならず、ついていくわけにもいかない。そのまま部室へと向かう穂乃果を見送る。

穂乃果の姿が見えなくなったところで俺はトイレでジャージに着替え、屋上へと向かった。

 

「外のコンディションも最悪だな……」

 

簡易ステージの点検をしながら俺は一人愚痴る。雨は止むことを知らず、屋上に降り注いでいる。ライブまでに止めばいいのだが空の様子からしてその可能性も薄い。

雨に打たれながらも俺はステージと機材の点検を終える。事前に雨対策をしていたおかけで機材トラブルは起こらなさそうで少しほっとした。

 

「春人くん、お疲れ!!」

 

「そっちの方任せっきりでごめん!」

 

「ていうか、凄い濡れてるよ! これタオル、早く拭いて!!」

 

全部確認し終わった直後にやってきたのはヒデコ、フミコ、ミカのヒフミトリオ。

持ってきてくれたタオルで濡れた髪を拭いて、ジャージから制服に着替える。

 

「お疲れ、三人とも」

 

「お疲れ様なのは春人くんでしょ。ステージのチェックや機材のチェックを一人でやってたんだから」

 

「しかもこんな雨の中、合羽ぐらい使えばよかったのに」

 

ほらまだ濡れてる、と俺の頭をごしごしと拭くミカ。

なんだか子供のような扱いを受けているような感じがしてくすぐったい。

 

「そ、それで、ビラ配りの具合はどうだった?」

 

「ちょっと余っちゃったけど、大体の人は受け取ってくれたよ」

 

ね? と言うヒデコにフミコやミカは頷いた。

ヒデコが抱えていたビラの枚数は残り二十枚もないくらい。印刷したのが百枚だから八割以上は捌けている。その様子なら雨も気にしないで来てくれそうだ。

 

「春人くんはこれからどうするの? 皆のところに行くの?」

 

「いや、俺は一度傘を取りに行ってから屋上に行く」

 

「じゃあ、私たちと一緒にライブ見ない?」

 

フミコから誘われたが、俺はその申し出を断った。

 

「悪い。今日はステージ袖にいないといけない」

 

「えっ? でもライブ始まったらやることはないんじゃ……」

 

ヒデコの言うことは最もだ。俺が舞台袖にいる理由などない。

 

「この悪天候だから何が起きてもいいようにしておかないといけないんだ」

 

だから俺は天気を理由にしてその場を誤魔化すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外は大雨。どんよりとした黒い雨雲が空を埋め尽くし、天の光を遮っている。

 

「あー……あー……」

 

ライブ直前。雨に濡れないように傘をさしながら私は皆に聴こえないように最後の確認を行う。

 

「……よしっ」

 

喉の調子はのど飴のお陰でなんとかなった。私の声も傘に打ち付けられる雨の音がかき消してくれて、皆には気づかれていなかった。

そしてそのままライブの時間を迎える。

 

私たちは順番に登壇して皆の前に立った。

目の前にはたくさんの人。私たちのライブを楽しみにして、雨の中でも来てくれた人たちがいる。

依然として体調は優れない。だけどハルくんが応急処置してくれたのと、ライブという高揚が私の身体を誤魔化してくれた。

 

 

大丈夫…今まで何とかしてやって来たんだもん。今回だって、きっと……いや、絶対出来る!

 

 

私はぎゅっと痛いくらいに手を握る。

そして、ラブライブ出場を、この学校の廃校をかけた大事なライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

俺は舞台の脇から皆の姿を――いや、穂乃果の姿を見守っていた。

 

曲に合わせて踊る穂乃果。その動きは今まで練習してきたことを、努力してきたことを全部出していた。

今の穂乃果が体調を崩していると誰が想像できようか。そう思ってしまうほどに彼女は笑顔を絶やさず、楽しそうに歌い、踊っている。

一曲目が問題なく終わり、話を少し入れて二曲目――新曲の『No brand girls』に移る。

ここでも穂乃果は調子の悪さなど感じさせない動きを見せる。

 

ひょっとしたらこのままなにも起きず、ライブが終わるかもしれない。

いや、終わってほしい。周りが見えなくなっていた穂乃果だが、ライブを成功させようとしたその頑張りは疑いのない本物(もの)だ。

ならば報われてほしい。そんな祈りに似たような思いがあった。

 

しかし、それはただの祈りでしかなかった。

二曲目が終わったとき、俺は気づいた。穂乃果身体がふらつき、視線が定まっていないことに。

それがわかってからは一瞬だった。俺は傘を投げ捨て、ステージ上に駆け上がる。

 

「春人くん!?」

 

ステージ上で絵里の驚き声が上がる。その直後には観客たちのどよめきも沸き上がった。いきなり現れれば当然だ。だが、俺はそれに反応することなく倒れる穂乃果を支えた。

 

「穂乃果…? 穂乃果……!?」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

穂乃果が倒れるという状況に意識がいった皆はようやく事を理解できたのだろう。慌てて周りに寄ってくる。

 

「ハ…ル、くん……私、はまだ…」

 

弱々しく声を漏らす穂乃果。額に手をやると朝より熱かった。

 

「次の曲……せっかくここまで、来たのに……」

 

続きがやりたいという気持ちは強いほど伝わってくる。だが、穂乃果の身体はそれについてこない。

恐らく気力だけで何とかしていたのだろう。もうとっくに限界だったのだ。雨に打たれながらここまで出来たのがむしろ奇跡的とも言える。

俺はすぐさま着ていたジャンパーを脱いで穂乃果に被せる。

 

「よく頑張ったな、穂乃果。今はゆっくり休むんだ」

 

そう言いながら頭を撫でてやると穂乃果はゆっくりと目を閉じた。

 

「絵里、ライブは中止だ。皆に説明してくれ」

 

「でも……」

 

「早く」

 

「わ、わかったわ……」

 

絵里はトラブルのためライブは"一度中断"し、その後は放送にて伝えるという旨を観客たちに伝えた。そこには絵里の気持ちが表れていた。そこまでに口を出すことはしなかった。

 

「海未、皆を引き上げさせてくれ。雨に打たれ続けるのはよくない」

 

傘もなければ、彼女たちの衣装はそれなりの露出がある。このままだと穂乃果の次が出てもおかしくはない。

 

「は、はい…」

 

「ちょっと待ちなさい春人! 何勝手に決めてるのよ!!」

 

指示を出す俺に異を唱えたのはにこだった。

 

「まだライブは始まったばかりなのよ…!? それなのに中止って……!!」

 

「この状況が分からないのか? これ以上は続けられないって言っているんだ」

 

「そんなの分からないじゃない!! 少し時間をずらせばまた……!!」

 

まるで理解できていないにこ。いや、出来ていないのではなくしたくないからそう言うのだろう。

そんなにこに宥めたのは希だった。

 

「にこっち…穂乃果ちゃんはもう無理や……それに、周りも……」

 

体調を崩したままライブを行った上、本番で倒れるというトラブルを起こして、観客たちは俺たちに疑心の目を向けている。

どうしようもないことをはっきりと告げられたにこは悔しそうな顔を見せる。

 

「やりきれない気持ちがあるのはわかる。ただこうなってまで続けるということの意味を考えろ」

 

「あんたのそういうところ、たまに嫌いだわ」

 

「……それならそれでいい。とにかく、穂乃果を保健室に連れて行く」

 

周りの混乱が続く中俺は穂乃果を抱え、保健室へと向かうのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた



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