"愛してる"の想いを 作:燕尾
ども、燕尾です。
59話目です。
「ふぁ……」
「眠そうね、春人くん。枕が替わると寝られない人だったのかしら?」
欠伸を噛み殺しているところに穂波さんがニヤニヤとしながら朝食を運んでくる。
眠れなかった原因をこの人がわからないはずない。俺は穂波さんに批難の意味を込めた視線を送る。
「ノリノリで布団を用意した上に、雪穂ちゃんまでけしかけたあなたが言いますか?」
「人聞きが悪いわ、私はただ娘の望みを叶えなてあげただけよ?」
「……たとえそうだとしても自分の娘を男と一緒に寝させるんですか?」
「娘たちが信頼している人だもの」
「……」
そう言われて悪い気はしない。だが、おかげでこっちは寝不足だ。
「意外だわ。春人くん、そういうのにまったく動じないと思ってたんだけど」
まずその考えが心外だ。
「穂乃果や雪穂のこと意識してたのね」
「年頃の可愛い女の子達に抱き付かれたら、そりゃ意識はしますよ」
だからこそいつも最初に断ったり、確認したりしているのだ。まあ、抱きつかれて意識したところで変なマネは絶対にしないが。
「うちの娘たちを可愛いって思ってくれてるのね」
「ええ」
他と比較することはできないしするつもりもないが、穂乃果も雪穂ちゃんも可憐な女の子だと思っている。
「そう――だって二人とも。良かったわね?」
「……は?」
意地の悪い笑みを浮かべながら俺の後ろに言う穂波さんに俺は固まった。
「「……」」
振り向けばそこには、顔を真っ赤にした穂乃果と雪穂ちゃんがプルプルと身体を震わせていた。
「嵌めましたね、穂波さん」
「あら、何のことかしら? 私とあなたが話をしていたところにこの子達がやってきただけよ」
恨みがましく睨む俺に穂波さんはどこ吹く風だ。
まあ確かにリビングで話をしていれば誰にだって聞こえる機会ができる。こんな場所で穂波さんの話に答えた俺も悪い。
「……忘れてくれ、二人とも」
恥ずかしさが急にこみ上げてきた俺はそういうが、
『絶対忘れないっ!!』
穂乃果と雪穂ちゃんは力強く断言するのだった。
「それじゃあ、いってきまーす!」
「お母さん、行ってきます」
「お邪魔しました。行ってきます」
「いってらっしゃい。春人くん、ご飯食べるときだけじゃなくていつでもいらっしゃいね?」
見送ってくれた穂波さんと奥で仕込みをしている信幸さんに頭を下げて俺たちは登校する。
「それじゃあ私はこっちなので、春人さん、また」
「ああ。いってらっしゃい、雪穂ちゃん」
その途中で中学校との分かれ道で雪穂ちゃんと別れ、穂乃果と二人で肩を並べて歩く。
「……」
「……」
道中、いつもだったら他愛ない会話があるのだが、さっきのこともあって二人して口が回らなかった。
「穂乃果」
「ふぇ! 何!?」
「…いや、なんでもない」
「そ、そっか……」
再び訪れる静寂。
こういうときなんていえばいいのか、俺には考え付かなかった。
そうしてお互い無言のまま、学校の目の前にまでやってくる。
「……あ」
目の前の階段を上がっているところで、穂乃果は歩みを止めた。
穂乃果の視線はあるポスターに釘付けだった。
「A-RISEのポスターか?」
「うん……」
穂乃果が見ていたのは張り替えられたA-RISEのポスター。その下には大きくラブライブ決勝出場と書かれていた。
どうやら注目していたのはA-RISEだけじゃなかったようだ。
「穂乃果…」
「全然大丈夫――とまではいえないけど、切り替えないといけないのはわかってるよ」
「そうか」
すぐに気持ちを切り替えることができないのはわかっている。
ただそういうこと考えられているだけ、進歩している。それがわかれば俺はこれ以上穂乃果にいうことはない。
「いこっか、ハルくん」
「ああ」
歩みを進める穂乃果の後についていく俺。そんな俺たちに声がかかった。
「穂乃果、春人くん。おはよう」
「おはよう。穂乃果ちゃん、春人くん」
「相変わらず仲睦まじいことで」
「絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃん、おはよう」
「おはよう、三人とも」
「穂乃果ちゃん、風邪はすっかり治った見たいやね」
「うん! でもまあ、ぶり返したらいけないってことでお母さんには今日と明日部活出るのはやめなさいっていわれちゃったけど」
「それは穂乃果のお母様の言う通りよ。大事をとって損はないわ」
「それに、穂乃果は休んでた数日の授業の内容を取り戻さないといけないしな」
「う…それは言わないでよぅハルくん」
笑顔から一転げんなりとする穂乃果に、絵里たちは笑う。
「げんなりしてるところ悪いが、穂乃果。学校着いたら始めるからな?」
「え゛っ!?」
「朝と昼休みと放課後使わないと今の単元に追いつかないから」
「え…さ、さすがに嘘だよね……?」
「こんなことで嘘を言ってどうするんだ」
「あ…あ……」
俺の話が本当であると悟った穂乃果は後退りする。そして、
「せ、せめて放課後だけにして~!」
脱兎のごとく逃げ去っていった。
「……いいの? 追いかけなくて」
そう問いかけてくる絵里に俺は頷いた。
どうせ向かう先は一緒なのだ。それに朝や昼休みを逃げたところでその時間は放課後にまわる。
放課後にはやるという言質も取ったのだし、今追いかける必要もない。
「あんた、容赦ないわね」
三年生の中で勉強があまり得意ではないにこが戦慄していた。逆に絵里や希は普通のことと捉えているようで何とも言えない笑顔を浮かべている。
「必要なことだから。それに――」
俺は逃げる穂乃果の背中を見る。
「少しは気を紛らせることをさせないといけないからな」
『……』
俺の意図がわかった三人は少し心配そうに穂乃果に視線を向ける。
「春人くん、穂乃果は…」
「昨日ほどじゃない。でもそう簡単には割り切れないのは分かるだろう?」
「それはそうだけど…」
「ま、絵里の心配もわかるけど、今はまだ様子見でいいんじゃない? 何時までも気にしているようだったら、その時は希の出番ね」
「ふふふ、穂乃果ちゃんは期末テスト以来やね」
「手柔らかにしてやってくれ」
手をわきわきさせている希に、俺は呆れつつも苦笑いした。
「ハルくん! お昼一緒に食べよ!」
昼休み、穂乃果が昼ごはんを誘ってくる。
「今日は久々にパンなんだ!」
じゃーんと買ったパンを見せる穂乃果。だが、
「悪い穂乃果、人に呼ばれてるから今日は一緒に食べられないんだ」
「えっ、そうなんだ……」
「そんな顔しないでくれ。明日は一緒に食べよう」
「うん…」
「そんな顔したら春人に悪いですよ、穂乃果。今日は私たちだけで食べましょう」
穂乃果を宥める海未。彼女は穂乃果を連れて中庭に移動しようとする。
そして教室から出る際に海未は頼みます、といわんばかりの顔を俺に向けてきた。
どうやら俺が誰に呼ばれているかわかっているようだ。
「さて、俺も行くか」
自分の弁当を持って俺は指定された場所へと向かう。
呼ばれたのは校舎三階の一番角の空き教室。昔は使われていたであろう教室だ。
三階は三年生の教室と特別教室が並んでいるがその反対である此処周辺はクラスのための教室だけで今はなにもない。
俺を呼んだ人は誰にも聞かれたくない話をしようとしているのだろう。
教室の引き戸を引き、既に中に待っていた彼女と顔を合わせる。
「悪い、待たせたみたいだな。食べてても良かったんだけどな――ことり」
「ううん。呼び出したのはこっちだし、一緒に食べようって思ってたから気にしないで」
ことりは弁当と飲み物を机に置いたまま、キレイな姿勢で座っていた。
向かい合うように対面の椅子に座り、俺たちは弁当を広げる。
「「いただきます」」
両手を合わせ挨拶を済ませてから俺たちは弁当に手をつける。
俺とことりの間に和気藹々とした会話はなく、黙々と食べ続けている。
しかし、そんな沈黙を破ったのはことりだった。
「なにも聞かないんだね。どうして呼んだんだろう、とか、どうして穂乃果ちゃんたちは呼んでないんだろう、とか」
「ここに呼んでいる時点であまり人に聞かれたくない話なのは想像できる。それに――大体ことりが話そうとしている内容もわかってる」
「そっか、海未ちゃんが……」
「海未を責めないでやってくれ。ライブ前の状況に海未が一番困ってたんだ」
「……うん。海未ちゃんには凄い心配させちゃってたのはわかってたから」
「俺はことりの口からちゃんと話を聞きたかった。だからことりが話しても良いと思えるまで待っていた。今日呼んだってことはそういうことなんだろう?」
小さく頷くことり。だがその瞳は不安に揺れていた。
「あのね春人くん。わたし、留学するんだ」
俺はなにも言わずに、続きを促す。
「服飾の学校でね、ライブとかの衣装を見てオファーしてくれたの。それで二年間、海外で過ごすことになる」
それは海未から聞いた内容と同じだ。
「わたし、お洋服とか作ったりするのが好きで将来はそういう関係のお仕事がしたいって思ってたの」
職業の話は知らなかったが、ライブ衣装を楽しそうに作ってることりを見ればそういうことが好きなのはわかる。
「わたしの夢に近づくためには、留学はまたとないチャンスだって思った」
だけど、とことりは顔に影を落とす。そこからことりは黙ってしまった。
仕方ない、と俺は小さく息を吐いて言葉の続きを言った。
「穂乃果に相談できなくて、何一つ言ってないのを気にしているのか?」
「っ!」
そこで初めてことりは驚きの様子を見せる。
「学園祭が終わるまで、穂乃果からそういう話は一切聞かなかったからな。後はここ最近のことりの様子を見たらわかる」
「そっか……うん、春人くんの言う通りだよ」
「どうして穂乃果には言わなかったんだ?」
「言わなかったんじゃないよ、言えなかった……」
ことりはうな垂れる。
「ラブライブに向かって頑張る穂乃果ちゃんの邪魔なんてできなかった。だから終わるまで待とうって思ってのに、今度はあんなことになって、ますます言えなくなった」
本当はことりだっていち早く穂乃果に相談したかったのだろう。だが、ことりは穂乃果のことを慮りすぎてタイミングを失っていたのだ。
「だけど、それでも言わないといけなかった」
――厳しいことを言えば、言う勇気を持たなかったことり自身のせいでもある。
周りが見えていなかった穂乃果も悪い。だけど、それでも、とことりは言うべきだった。
「大事に思う気持ちや人の意思を汲むのを否定はしない。だけど、本当に大切なことまで言えなくなるのはその人を信頼してないのと同じになる」
「……それは」
「まあ、俺が言うのもおかしな話だけどな」
信頼していなかったのは俺だってそうだ。客観的に他人を見るからこそ自分のことも分かった。
「春人くんとわたしは違うよ。幼馴染なのに、誰よりも長く一緒に穂乃果ちゃんといたのに、わたしは言えなかった――ううん、わたしはずっと状況のせいにして言うのを避けてた」
そうだと俺も思う。だがそれはことりが自覚したならあえて口にすることもないだろう。
「これからどうするつもりなんだ?」
「穂乃果ちゃんに、ううん、穂乃果ちゃんだけじゃなくて皆に話しないと」
「そうか」
「うん。ありがとう、春人くん」
そう言いながら笑顔を向けることり。
だが――本当にそれだけだったのだろうか。幼馴染の穂乃果にいえなかったことがことりの一番の悩みだったのだろうか。
「あなたに相談してよかった」
俺は、皆と接するうちに大分彼女たちの色々なことがわかるようになった。
それこそ、
「ことり」
「ん? なにかな?」
「ことりは大丈夫なのか?」
「ッ!!」
その問いかけにことりの笑顔は一瞬で崩れ去った。そしてそれで俺は確信する。
「ことり」
「なに、かな…」
「ことりは、留学したいって思っているのか?」
「思ってる、よ……行きますって返事したんだもん」
「本当はそうは――」
「春人くん」
ことりはその先を言わせないとばかりに俺の言葉を遮る。
「これでよかったんだよ」
「……」
そこまで言われてしまうと俺もなにも言えない。
そして話は終わりというように、昼休みの終わりのチャイムが鳴る。
「わたし、戻るね」
ことりは急ぎ気味に弁当箱を片付け、教室から出て行く。
俺も弁当箱をまとめ、空き教室から戻るのだった。
いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に…