"愛してる"の想いを 作:燕尾
ども。今月から来年3月まで週一日しか休みがない燕尾です
上司に「これから土日も出勤でめちゃくちゃ忙しいけど、週に一回は休みほしいよね……?」
――って、いやいやいやっ、めちゃくちゃ忙しくても週2日は欲しいわ!
日本人の悪いところだよね、複数の案件を持って日程とか空いてるところに詰め込んで、負担が大きいのは気にしないところ。
てかこれ、労働時間考えたらやばくない……? 残業とか合わせたら多分やばくなるわ。
金は入るけど(笑)
就活の時は完全週休二日制を謳ってたんですよ……?
さて…愚痴らせていただいたところで、番外編も残り穂乃果・絵里・花陽の三人…
今回は誰でしょうかね?
ある休日、俺は自宅最寄りの駅に呼ばれた。
集合の時間は午前9時30分。時間の10分前に到着し、彼女を待っていた。
しかし、呼んだ本人は待ち合わせ時間を過ぎても現れなかった。連絡の一つもない。
大丈夫だろうか、と俺は心配してしまう。
彼女の性格からして時間前には着いていると思っていた。遅れるなら連絡は入れるはずだ、と。それがないということは何かしらのトラブルに鉢合わせてしまった可能性が高い。
俺は電話をかけながら辺りを見渡し、あの子のことを探す。
するとその姿はすぐに見つかった。ただし――見知らぬ男たちと一緒に。
「ねぇ、いいじゃん。俺たちと遊ぼうよ」
「ですから…待ち合わせしている人がいるので……」
「じゃあ、その子も一緒にどう? 皆で遊べばきっと楽しくなるって!」
「今日は…二人だけの約束なので……」
「まあまあ、そう言わずにさ~」
「うぅ…ダレカタスケテェ……」
しつこい男たちに迫られている彼女の顔を見ると困り果てて、もはや泣きそうな顔をしている。だというのにそれが見えていないのか、それとも自分の都合のいいように考えているのか男たちは笑顔を浮かべながら絡んでいる。
俺はため息を吐いて、彼女たちのところに向かう。
「花陽」
「あ、はるとくん!」
俺に気づいた花陽は、すぐさま俺の後ろへと隠れる。
割って入られたと思ったのか、それが面白くなかったのか、男たちは不機嫌そうな目で俺を睨んだ。
「なにお前?」
「急に入ってきて、邪魔しないでくれる? いまその花陽ちゃんと遊びに行くところなんだから」
最初に見たときからわかっていたが、いかにもな台詞に俺はもう一度ため息を吐いた。
「花陽が困っていたのがわからないのか? それに邪魔していたのはあんたらの方」
ごめん、と俺は花陽に小さく言って彼女の肩を自分の体に寄せる。
「ぴゃ!?!?」
「俺たちは待ち合わせしていた。花陽もそう言ってただろう? わかるか? あんたらがしつこく絡んだ時間分、俺たちの時間が減ったんだ」
どうしてくれる、というように眼光をギラつかせると男たちは気まずいように怯んだ。
「わかったら、早くどこかに行け。二度と花陽に声をかけるな」
「……ちっ、いくぞ」
「わーったよ」
俺は男たちに忠告も含めて退散するように促すと、男たちは忌々しげに俺を一別して去っていった。
その二人の姿が見えなくなると、俺は三度目のため息を吐いた。
「大丈夫か、花陽? 悪い、早く助けられなくて」
「……」
「花陽?」
「………きゅう」
反応がない花陽を見ると、彼女は顔を真っ赤にして目を回していた。加えて頭の天辺からは蒸気が立ち上っていた。
「花陽…っ!? 大丈夫か……っ!?」
崩れ落ちそうになる花陽を支える。
夏も終わり間近で涼しくなってきているだというのに、彼女の身体は熱中症にでもなったかのように熱かった。
目を回してしまった花陽を休ませるため、俺は彼女を抱え、休憩できる場所を探す。
しばらく歩いたところで、ちょうど木陰になっているベンチを見つけた俺はそこまで花陽を運んだ。
日が当たらないところで寝かせようとするが、ベンチにそのまま頭を置くのも不味いだろうと思った俺は彼女の頭を自分の太もも当たりに置く。
「ちょっと失礼……やっばり、まだ熱がこもってるな」
額に手を当てるとまだ熱かった。
俺はバッグから新品の水とハンカチを取り出す。
花陽に水が掛からないようにハンカチを濡らして絞り、彼女の額に乗せる。
「ん――」
乗せた直後、花陽の目はゆっくりと開いていく。どうやら濡れた布の感触で目を覚ましてしまったようだ。
「あ、れ――わたし――」
「気づいたようだな。大丈夫か、花陽?」
「はるとくん…? あれ、ここは……?」
意識がまだ覚醒していないのか、花陽はボーッとした声で言う。
「急に目を回して倒れそうになったんだ。覚えてるか?」
「わたし、ナンパに会っちゃって…それで…それから――それ、から……?」
自分の記憶を辿っていくうちにようやく認識できたようで、花陽の目が大きく開かれた。
「ははははははははるとくん――――――!?!?!?」
「ストップ」
「わぷっ!」
ものすごい勢いで起き上がろうとした花陽。俺はそれを彼女の額を押さえて阻止した。
「少し落ち着いてくれ。ほら深呼吸」
「すぅ…はぁ……」
何度か深呼吸をする花陽。
「あ、あの…はるとくん…これは……?」
気が落ち着いたのか、先程までの慌てぶりはないが、それでも困ったように聞いてくる花陽。
「流石にベンチにそのままってわけにもいかなかった。悪い」
「う、ううんっ、はるとくんが謝ることないよ! わたしの方こそ迷惑かけちゃってごめんね」
「気にしないでくれ。大事にならなくてよかった」
「う、うん…本当にごめんなさい」
「だから謝らなくていい」
「あう、ごめんね……あっ、ごめん…あれ、あれれ……?」
「――ふっ」
謝ることに謝ってしまい、さらに混乱する花陽に俺は思わず息が出てしまった。
「うぅ。穴があったら入りたい……」
「いや、いい。花陽の思ってることは伝わったから」
俺は彼女の頭を優しく撫でる。
身動きのとれない花陽は恥ずかしそうにも気持ち良さそうにしていた。
しばらく休憩して調子が戻った花陽と一緒に今度こそ目的の場所へと向かう。
そして歩くこと20分くらい。トラブルはあったものの俺たちはようやく目的の場所に辿り着いた。
やってきたのは、都内にある自然公園だ。
見晴らしのいい大きな敷地の中では子供たちが絵顔を浮かべながら走り回り、元気のいい声が聞こえる。
子供たちだけではなく、家族で来ていたり、老人たちの姿が見えるから、ここは様々な憩いの場なのだろう。
「花陽。今日はここで何をするんだ?」
俺は花陽に問いかける。
俺は集合する場所と時間だけしか聞いておらず、今日どこで何をするか――というか、俺へのお願い事がなんなのか全く聞いていなかったからだ。
すると花陽は持ってきたバッグから二つのスケッチブックを見せてくる。
「えっと今日はね、ここではるとくんと一緒に絵を描きたいなって思ってたの」
「絵?」
「うん。わたし休みの日に出掛けて絵を描いたりしてるの。今日はせっかくだからはるとくんにも付き合ってほしいなぁって思って」
「そうか」
絵は学校の美術の時間にしか描いたことない。それもありきたりなものしか描くことしかしなかった。大丈夫だろうか?
少し考えてしまった俺を見て反応が薄いと思ったのか、花陽は少し申し訳なさそうな表情をした。
「ご、ごめんね? あまり面白くないよね?」
「いや、違う。花陽と絵を描くのがつまらないとか思ってない。ただ美術の授業でしか描くことがなかったから、上手くは出来なさそうって思ってな」
「大丈夫だよ、私もあまり上手じゃないから。それに――今日ははるとくんに、わたしのことを知って貰いたいなぁって…思って……」
最後の言葉に少し面を食らってしまう。
「わ、わたしなに言ってるんだろう!? 気にしないでっ!」
また慌てふためく花陽に、俺は小さく笑う。
「花陽」
「は、はいっ!!」
「今日は花陽のお願いを聞く日だ。遠慮することはない」
「あ……」
「だから、教えてくれないか? 絵のことも、花陽のことも」
「――う、うんっ!!」
今回俺たちは風景を描くことにした。
せっかく一緒に来ているから別れることなくお互い隣にいる状態で、同じ風景を描くことになった。
ひとえに同じ風景といっても、人によって仕上がり方が違う。どこに注目するのか、どういう工夫を凝らすのかは千差万別。だからこそ同じ絵を描こうと花陽は言った。
「そういえば花陽はどうして絵を描き始めたんだ?」
筆の奔る音が聞こえるなか、俺は純粋な疑問を花陽に投げ掛ける。
「んー、特にこれと言った理由はないかな。ほら、小さい頃ってお絵かきしたりするよね? その延長みたいな感じで今も続いてるのかな」
「ああ、なるほど」
絵を描く楽しさというものを今でも有り続けている、そんなところなのだろう。
「はるとくんはなにか趣味とかあるのかな?」
そう言われて俺は考える。
しかし考えてみてもこれといった趣味は思い付かない。
「強いてあげれば、読書、かもな。前までの休日はほとんど本を読んでたな」
だがそれはなにかと言うと習慣みたいなものだ。やることがないなら本を読んで時間を潰すような。
「はるとくんはどんな本を読むの?」
「ジャンルは問わないな。文学に歴史、ホラーやミステリーに恋愛小説も読んだことある。雑学なんてものもあったな」
「色々なのを読んでるんだね」
「ああ、英和辞書や広辞苑も見てたときがあったな」
「じ、辞書…?」
「時間潰しでね。流石に広辞苑は全部読み切れなかったけど」
「それでも英和辞典は読み終わったんだね……」
驚愕に身を引く花陽に俺は苦笑いする。今言っている自分ですら、我ながら何をしていたのだろうと思ってしまっているのだから無理もない。
「でも最近はあまり読書はしてないな」
「えっ、どうして?」
「皆と居ることが多いから」
「あ、それは…その……ごめんね?」
「いや、謝らないでいい。それにさっきも言った通り、読書は時間潰しだったんだ。むしろ、今の方が有意義に思ってる」
時間の浪費でしかなかったものから、意味のあるものに変わった。皆が変えてくれた。
「俺も嬉しいよ。皆のことが知ることができて」
「……っ、もぅ、はるとくんはずるいよ……」
「最近皆にそう言われるんだけど、何がずるいんだ……?」
「はるとくんが自分で気づくまで教えないよ」
そっぽを向く花陽。それでは風景が見えないだろうに。
そんな様子で俺たちは時折会話を交えながら絵を描いていく。ちなみに、お互いの絵は完成してから見せる予定だ。
途中で見てしまうのはもったいないという俺たちの意見が一致したからだ。
「――うん、これで大丈夫かな」
「――こんな感じか」
それからも雑談をしながら描いていた俺たちは、まさかの同じタイミングで絵が完成した。
お互いキョトンとした顔で見合わせて、それから小さく笑う。
「それじゃあ、せーの、で見せ合いっこしよっか」
「ああ」
「いくよ――せーのっ」
花陽の合図で俺たちはお互いに描きあげたものを相手に見せる。
「わぁ……」
「ほう――」
俺たちはまたしても同時に、感嘆の声をあげた。
花陽の絵は広大な広場で駆け回っている子供たちや談笑している家族の様子、それから移って所々に咲いている花に焦点を当てていた。
人と自然を描いておきながらも、どちらがどちらかに負けて掠れているのではなく、両方に魅力が見えるバランスの良さ。
そして何より彼女の絵は人と自然の暖かさを感じる、花陽の人となりというものがしっかりと分かるような一枚だった。
「流石だな花陽。なんだか花陽らしい、優しい一枚だと思う」
「そ、そうかな? あはは…そこまで言われちゃうと何か照れちゃう、かな」
本当に照れているのか、嬉しそうにしながらも顔を赤らめている花陽。
「でも、はるとくんの絵も凄いよ!」
「ん、そうか…ただ、見えるものそのまま描いただけなんだけど」
俺からしてみれば忠実性というものはそれなりにあるかもしれないがその他はなにも感じない絵だ。
「そんなことないよ! この絵、私は凄く綺麗だと思うし、はるとくんらしさがあると思う」
「そんなこと――」
あるっ、と花陽は俺の言葉を遮って力強く言った。
「見えてる風景をここまで綺麗に描くのは、はるとくんが表面だけじゃなく中までしっかりと見ているからだと思う」
花陽の言っている意味があまり理解できない俺は首を傾げる。
「はるとくんは本当の姿を見てるの。この風景でも――人でも」
「そう、なのか?」
意識したこともないから、あまり自分では実感も湧かない。
だが、花陽はそうだよ、と頷いた。
「いつも本当のわたしたちを見てくれてるはるとくんだからできるんだよ」
「ん…ありがとう……」
そこまで言われてしまうと、なんだか俺も照れてしまう。
「それで、この絵はどうする? 花陽が持って帰るか?」
半ば強引に反らすように、絵の処遇の話をする。
すると花陽はさっにまでの勢いがなくなり、ちょっと気まずそうにする。
「えっとね、その…わがまま言ってもいい、かな?」
「ああ」
拒むことはしない。そういう日だし、なにより花陽がそう言うのだから。
「この絵、部室に置きたいなぁって……だめ、かな……?」
「……花陽がそうしたいなら。ただ、少し恥ずかしいな」
「大丈夫だよ。みんなもきっと綺麗だって思ってくれると思う」
そう言ってくれる花陽を信じ、俺は絵を花陽に渡す。
そしてあらかた道具を片付けた頃には昼の時間となっていた。
昼は花陽が作ってきてくれた弁当を一緒に食べた。
卵焼きにウインナー、唐揚げ、プチトマト、ブロッコリーなどなど、弁当のお手本というべきラインナップだった。しかし、
「これは…」
俺が驚いてしまうほど圧巻だったのがおにぎりだった。
二人では食べきれないと思ってしまうほどのおにぎりが弁当箱に詰められていた。
余ったら少し持ち帰らせて貰おうか、何て考えていたのだが、
「ふぅ、ごちそうさまでした♪」
2、3個食べた俺に対して、残り全てのおにぎりをお腹に納めた花陽に、俺は何も言わなかった。ただ、今度海未のお叱りが飛びそうだとは思った。
午後からどうするか、という話になったとき、花陽からあるお願いをされた。それは、
「描きたい絵があるから、ゆっくりしててほしいな」
というものだった。なら集中したいだろうから、席をはずすとという俺だったが、それは駄目と言われてしまった。
こういうこという花陽も珍しいが、俺は彼女のお願い通りその場で本を読むことにした。
しかし、気になる事がひとつ。
「花陽? 俺が邪魔になってないか?」
花陽は俺の方を向いて、筆を走らせているのだ。
しかし花陽は、
「大丈夫だから、気にしないでほしいな」
と言い張る彼女に俺は戸惑いながらもそれに従う。
移動の暇潰し用に持ってきた本を読みながら時間を過ごす。
そうしていると、くいっ、と小さな力で服を引っ張られた。
「ん?」
引っ張られた方を見ると、俺の袖を掴んでいるのは小さな女の子。
俺と花陽は突然現れた女の子にお互い顔を見合わせる。
「どうしたんだい?」
「……」
俺が問いかけると、女の子は暗い表情で俯いた。
それはどこか寂しそうで、何か訳ありのようだった。
周りを見渡すと、この子と同い年あたりの子供たちと目が合った。だが、その子供たちはこの女の子を嫌悪の目で一瞥しただけですぐに遊びに戻った。
それは花陽も気づいたようで、彼女はまるで自分がそうされたような悲しい顔をする。
「はるとくん…どうしたらいいかな……?」
「……ふむ。まあとりあえず花陽は、絵を描いてていい」
「え…でも……」
戸惑う花陽に俺は気にするなと言う。
「花陽も今描いている絵は完成させたいだろう? その間のこの子の相手は俺がするから。完成したら、三人で遊べばいい」
「…大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
そういって、俺は女の子に向き合った。
「ごめんな、お姉ちゃんは少しやらないといけないことあるから、その間お兄ちゃんと遊ぼうか。何がしたい?」
できるだけ優しい声色で言うと、女の子はおずおずと一冊の本を俺に差し出してきた。
「絵本、読んでほしいの……」
「ああ、いいよ。こっちにおいで」
ポンポン、と隣においでとようやく女の子は表情を明るくさせた。しかし、
「……ん?」
胡坐をかいている間にすっぽりと収まる女の子。どうやら正面から見ることをご所望のようだ。
「まあ、いいか」
俺は絵本を開いて、俺は読み聞かせを始めるのだった。
「……」
「そこで王様は言いました――」
わたしははるとくんと突然来た小さな女の子を眺めながら筆を振るう。
――うん、いい絵になりそう
今日わたしははるとくんと一緒に絵を描きたいと言った。でも、わたしはスケッチブックの中に描かれた微笑むはるとくんとにっこりと笑顔を浮かべている女の子をなぞる。
わたしの、今日の本当の目的は
テストのご褒美として頼めたかもしれないけど、それだとはるとくんもモデルにされていることを考えて、自然ではなくなってしまうかもしれなかった。
…まあ、私がはるとくんの方を見ながら絵を描いていたから、結局はあまり意味がなかったけど。
しかしそれも、突如やってきた女の子によっていい方向に転がった。
本来ならこんなに年の離れている女の子が、見知らぬ高校生の男の子に近づくのは今の時代よくないことだ。
そしてわたしたちも女の子と遊ぼうかなんて言ってはいけなかった。
でもはるとくんは女の子の様子から何かに気づいて、あえてそう言ったのだろう。
相変わらず聡く、優しい人だなぁ。
そんなはるとくんの優しさに、女の子もすぐに彼に懐いた。
いや、もしかしたら初めから分かっていたのかもしれない。彼が大丈夫な人なのか、本能で気づいてたのかもしれない。そうじゃなければ、最初からはるとくんの袖を引かないだろう。
「ふふ、流石はるとくんだね」
はるとくんは女の子に頼まれて絵本の朗読をしている。
女の子は物語の世界に色々な表情を見せ、そんな女の子の反応を見てはるとくんは優しい笑みを浮かべる。二人の意識は完全に絵を描いているわたしから離れていた。
そしてその姿は私が描きたいものそのものだった。
このチャンスを逃がす手はない。
わたしは二人を眺めながら、絵を描いていくのだった。
「わぁ、たかーい!」
花陽の絵が完成したあとは三人で色々な遊びをした。鬼ごっこやかくれんぼに花冠や花の腕輪を作ったりなど――
やり尽くしたように思えた頃にはもう日がオレンジ色に染まる頃だった。
今俺は女の子――かよちゃんを肩車してあげている。最初の寂しそうな表情からは想像も出来なかったぐらい、かよちゃんははしゃいでいる。
「あまり暴れないでくれ、危ないから」
「はーい!」
「ふふ、そうしてるとまるでお父さんみたいだね、はるとくん」
こんな若い父親がいてたまるものか。
「せめて兄妹っていってくれ。それならいま隣にいる花陽はお母さんになるぞ」
「お、おかあさん!? で、でもはるとくんのお嫁さんなら嫌じゃないしそう言う生活に憧れがないわけでもないからあうあうあう…」
顔を真っ赤にさせ、慌て出す花陽。途中から小さな声で早口なものだから何を言っているのか分からなかった。
「お母さん…お父さん……」
しかし、俺たちの話を聞いたかよちゃんはお父さんという言葉に反応し、表情を暗くさせた。
「……かよちゃん? どうしたのかな?」
花陽が問いかけるけど、かよちゃんは俯いたままだった。
「ふむ……かよちゃん、一回降りようか」
俺は背を屈めてかよちゃんを降ろす。
不思議そうにするかよちゃんを見ておれは俺は花陽にアイコンタクトを送った。
俺の意図を察してくれた花陽は俺の隣からかよちゃんのとなりに移る。そして、
俺たちはかよちゃんの両手をそれぞれ握った。
「あ……」
「かよちゃんが話したくないならそれでいいけど、我慢はしなくてもいいんだ」
「……」
「かよちゃんが良かったら、かよちゃんが思ってることをお兄ちゃんたちに教えてくれないかい?」
しばらく黙っていたかよちゃんだったけどその口はやがて開かれ、
「あのね――」
俺たちはかよちゃんの話に耳を傾けた。
最近寝てる所に聞こえる喧嘩の声。
話の内容は分からないけど両親は怖い顔でお互い言い合っている。
彼女の前では笑顔でいるが、二人とも何処か疲れた顔をした作り笑い。
たまに外に遊びに連れてくれるけど、お母さん同士でお父さんの悪口を言い合い、かよちゃんに構うことがない。
だからといって一人で遊びにきても、同い年の子達から輪に入れて貰えないようだ。原因は、親の不仲が噂となってるということ。
かよちゃんの話を聞いた俺は顔をしかめた。だが、それをかよちゃんには見せない。
「どうしてわたしたちに声をかけたのかな?」
「お兄ちゃんたちは優しそうだったから」
「そうだったんだな…」
俺は佳代ちゃんの頭を優しくなでる。
「わたし…わたしは…ずっと寂しかった……これからも寂しいのかな……?」
今にも泣きそうなかよちゃん。しかし、
「それは俺にはわからないよ」
俺は迷わずそう言った。
「は、はるとくん!?」
驚愕する花陽を無視して俺はかよちゃんと目線を合わせた。
「かよちゃん―—かよちゃんは今のままでいたくないんだよな?」
「うん…」
頷くかよちゃん。その気持ちがあれば大丈夫だろう。
あとは勇気を出すだけだ。
「ならそれを伝えないと―—お父さんやお母さんたちにかよちゃんが見たことや思っていること、かよちゃんの気持ちを全部二人にぶつければいい」
「でも…」
「大丈夫だ。かよちゃんのお父さんやお母さんはかよちゃんのことは大切に想ってるはずだ」
「ほんとう……?」
不安げな様子を見せるかよちゃんに俺は自信をもって頷いた。
「ああ、かよちゃんはいい子だから。こんな子を大切に想わない親はいない」
彼女の前では気丈に振るっているのはそういう負の部分を彼女に見せないようにしているのだろう。なら、彼女のために変わるのだってできるはずだ。
「…お兄ちゃん、お姉ちゃん、お願いがあるの」
「なんだ?」
「なにかな?」
「一人だと怖いから…一緒に来て…ほしいの……」
ぎゅう、と俺と花陽の手を握るかよちゃん。俺たちはお互いの顔を見て、頷いた。
「ああ」
「いいよ。一緒に行こっか」
俺たちはかよちゃんの家までついていった。
俺はインターフォンを押し、家の人を呼び出す。
「―—はい」
扉を開き、現れたのは三十もいっていない若い女の人だった。
「あなたたち、どちら様でしょうか…どうしてうちのかよを……?」
不審そうにするのは母親だからだろう。だが、俺たちが何か言う前にかよちゃんが言った。
「今日はお兄ちゃんたちに遊んでもらったの」
「夕日も落ちてきたことですし、一人で帰らせるのは不安だったので送りに来ました」
「それは…うちの子がとんだ迷惑を…すみません……」
謝る母親。その顔は明らかに疲れているようだった。しかし、
「迷惑ではありませんし、あなたが謝るべきなのは俺たちじゃありません」
俺はそう言って、かよちゃんと母親のもとに行く。
「あなたが謝るべきなのは、かよちゃん、ですよ」
「それはどういう―—」
「寂しい―—かよちゃんは俺たちにそう言いました」
「!!」
母親言葉をさえぎっていった俺の話に彼女の顔が驚愕なものに変わった。
「いきなり現れた俺なんかに言われたくはないと思いますが、小さな子供でも俺たちが思っているより、よく周りが見えているものです。そしてため込んでしまいがちです」
その日に初めて会った、彼女からしたら大人のような人間にそれを吐露したというが何よりの証拠だ。
「それを理解したうえでかよちゃんの話を聞いてください」
かよちゃん、と彼女を促す。
不安そうにわが子を見つめる母親。
「おかあさん…」
かよちゃんの俺の手を握る強さが強くなった気がした。
「おかあさん…わたし…寂しかった」
「――ッ!!」
「ずっと寂しかった……お母さんやお父さんがわたしの前で本当の笑顔を見せてくれてないのが、二人がずっと怖い顔でお話してて、お母さんのお友達ともお父さんの悪口を言ってて、お父さんも帰ってこなくなってきてて…わたしも見てくれなくなって……」
声がだんだん震えてきているかよちゃん。
「お友達も、一緒に遊んでくれなくて…理由を聞いたら私とは遊ぶなって、親が言ってたからって……わたし、ずっと一人だった」
「……っ」
「どうして…わたしは一人なのかな…? わたしが悪いことしたから……? わたしが悪い子だったから、なのかな……?」
ポロポロと涙をこぼし始めるかよちゃん。
「お母さん……」
こぼれる感情をかよちゃんはもう止めることができなかった。
「お母さん…うぅ…わたし……ひぐっ…寂しいよ……っ!」
それが決定的な一言になった。
「かよ……っ!」
母親は我慢ならずに、涙を流しながらかよちゃんを抱きしめる。
「ごめん…ごめんねかよ……ずっと寂しい思いさせて…ごめんね……っ!!」
「お母さん…うぁ…うわあああああん――――――!!!!」
久しぶりの親の温もりに、かよちゃんは声をあげて泣いた。今までため込んでいた分をすべて流すように、かよちゃんは泣いた。
感情を吐露するかよちゃんに母親も大粒の涙を零しながらぎゅっと抱きしめてつづけた。
「――本当に、ありがとうございました」
かよちゃんの母親は俺たちに頭を下げた。
「あなたたちがいなかったら、この子の気持ちに気づかないまま…家族として終わってました……」
「失礼ながら、これからはどうするつもりですか?」
「夫としっかり話し合います。この子のためにも。きちんと話し合って、もう一度やり直すつもりです」
「大丈夫ですか? そうは言っても簡単にやり直せるとは思いませんけど」
「ちょっ、はるとくん!? それはさすがに―—!?」
問いかける俺をとがめる花陽。しかし、いいんです、と母親は遮った。
「あなたが言うことももっともですし口だけなら簡単ですから。ですが今思い返せば夫と言い合っていたのも、仕事や家事、人間関係の疲れとかからのすれ違いでしたから。言い訳になってしまいますがお互いのことを思いやる余裕がなかったんです」
「あ…なるほど……」
花陽は納得したようにつぶやいたが、俺は実態を知らないので何とも言えない。
おそらくだが、結婚してからの生活ではよくあることなのだろう。
「もうこの子に寂しい思いはさせたくありませんし、それに私たちもお互いを大切にし合おうと誓った仲でしたから」
そう言ってかよちゃんを撫でる。かよちゃんは恐る恐る母親のほうを見るも目を腫らしながらも優しい笑みを自分に向けている彼女に、安心したような笑みをこぼした。
そんなかよちゃんを愛おしく見返す母親は、俺たちに向き直った。
「あの人もこの子の本音を聞けばきっと思い出してくれるはずです―—」
観測的希望のような言い方だが自信をもって言う母親に、俺たちが言うことも、聞くことももう何もなかった。
「よかったね。かよちゃんのところ、上手くいきそうで」
「ん…ああ。そうだな……」
帰り道、そういった私にはるとくんは頷く。
あれから私たちが帰ろうとしたとき、かよちゃんのお父さんが丁度帰ってきたのだ。
最初はお母さん同様に不審に思っていたのだが、お母さんとかよちゃん本人たちから話を聞いたお父さんは私たちに深く頭を下げたあと、家族二人にも頭を下げて抱擁し始めたのだ。お父さん自身、話を聞いて思い返すことがあったのだろう。
今までは佳代ちゃんとお母さんしか見てなかったけど、お父さんだって二人を大切に想っていなかったわけじゃないことがはっきりとわかった。
それだけでもう大丈夫だと、私たちも思えた。
最後にかよちゃんが別れたくないと言い始めたのは困ったけど、また会う約束をして、お父さんとお母さんに私たちの連絡先を教えて何とかなった。
「でも意外だった、かな?」
「何がだ?」
「はるとくんが、思い切りかよちゃんに肩入れしてたこと」
「……え?」
指摘するもきょとん、と何もわかってないような顔をするはるとくんに私も思わずえっ、と返してしまった。
「だって、かよちゃんをすごい優しく扱ってたし、かよちゃんのやりたいことなんでも受け入れてたし…」
「小さい子相手に断ることなんてできないだろう…!」
「それに、かよちゃんのご両親とはいえ初めて会う知らずの人にすごいズバズバ物を言ってったし」
「う……」
苦虫を噛み潰したような顔をするはるとくん。
彼の事が分かってきたから、この表情の意味も分かる。これは勢いでやってしまったという後悔と羞恥だ。
「そ、それより…!」
珍しくもはるとくんは慌てたように強引に話を変え始める。
よほど聞かれたくないのだろうと、わたしも素直に引っ込んだ。
「かよちゃんの相手をしててすっかり忘れてたけど、花陽は何を描いてたんだ?」
「えーとね、それは――」
普段見ない慌てたはるとくんの姿を見ることができて気分が高揚していたわたしは――
「内緒♪」
と誤魔化すのだった。
花陽と出掛けてから数日後の放課後。
俺はいつも通りスクールアイドル部の扉を開く。すると――
『……』
やってきた俺に対して、8つのジト目が向けられた。
「ど、どうしたんだ……?」
何かしてしまったのだろうかと戸惑う俺に、ジト目を向けながら穂乃果が一枚の用紙を見せてきた。
それを見た俺は固まった。
そこには笑みを浮かべる俺と以前出会った笑顔のかよちゃんの姿が描かれていたのだ。
唯一ジト目を向けなかった、この絵を描いた本人に目を向ける。
「うん、上手に出来たと思うんだ。どうかな?」
花陽は笑顔で問いかけてくる。
「いや、絵は上手いけど…まさか、あの時描いてたものはこれか…?」
見せられてようやく気づくのもバカな話だ。考えればかよちゃんと出会う前の花陽の様子を思い返せばそういう節があったことに気づくはずなのに。
『春人くん……』
『春人……』
「ハルくん……」
感情のない声で俺の名前を呼ぶ花陽以外の8人に、俺は悪いことはしてないはずなのに嫌な汗が垂れる。
『ロリコン』
「違う……!!」
ぴったりと声を揃えて言う皆に俺は声を荒げて否定した。
いかがでしたでしょうか?
めちゃくちゃ長くなってしまったのは気にしないでくださいw
私の熱いパトスが迸った結果なので
それと私が失踪した場合は、察してくださいね…( ´∀` )
ではまた次回に
……さようなら