"愛してる"の想いを 作:燕尾
ども、燕尾です。
修論締め切りと、修論発表が迫っています。
私は、なにも見てなかった。
本当に大切なことをわかっていなかった。
私の自分勝手な行動が、彼女を傷つけた。
わたしは、向き合うことができなかった。
本心を打ち明けることができなかった。
わたしの臆病さが、彼女を傷つけた。
――どうしてこうなっちゃったんだろう
ずっと隣にいたのに
ずっと一緒にいたのに
ごめん……
ごめんね……
ごめんね――ことりちゃん
ごめんね――穂乃果ちゃん
「どうですか?」
発作が起こった次の日、俺は学校を休んで西木野総合病院へと来ていた。
真姫の父親で俺の主治医である西木野先生とそのサポートをしている真奈さんは揃って難しい顔をした。
「確かに春人君の言うとおり、
「しかも予想していた日より大分早いわ」
「じゃあ、お願いできますか?」
そういう俺に西木野先生は困ったように頭を掻く。
「…前にも言ったことあるが、あの薬は遅延させる効果が強力な分、効力が切れたら病の進みも早くなるし、発作が起きたとき、痛みが飲まない人より強くなる」
「はい。わかってます」
今まで飲んでいたのは発作の痛みを和らげる抑制薬だ。しかし、想定していた時期より
進行を遅らせ続けるには飲み続けなければいけない。だが、飲めば飲むだけリスクは増加していく。遅延させる薬としてはあまりにも不出来なのだが、認可されている理由は単純にその効果が他のものより突出しているからだ。
それに手を出すということはもう後戻りはできない。途中でやめることは許されず、薬の効果は病の進行と共により強力にしなければならない。
しかし、俺に迷いはない。
「頑張ると決めましたから」
楽で短い時間と辛く長い時間――
どちらを取るかによって必要なものが変わってくる。
なら俺は後者を取ることにした。
「生きる理由ができたんです。ですから、お願いします」
「……わかった」
頭を下げる俺に、先生も決断してくれたようだ。
「君の意思を尊重するよ」
「ありがとうございます」
「ただ、投薬の周期が変わることになるから、念のため一週間入院してもらうよ」
「わかりました」
そこに文句などつけることはない。
「後は真奈に任せる。春人君のことよろしく」
「わかったわ」
そして先生は入院や投薬するにあたって必要な書類や、データを作成すると言って退出する。
「正直、驚いたわ」
先生の気配が完全になくなったと同時に、残った真奈さんからそんな言葉をかけられる。
何がですか? と問いかけると真奈さんは先生が座っていた椅子へと腰かける。
「あなたの変化に、よ。春人くん、今年に入ってから――正確には2年生になってからすごく変わったから。それまでは無気力だったというか、いつ消えてもおかしくない雰囲気を纏っていたもの」
「そう、ですね……前までは最後の時まで身を任せればいいと思ってました。自分の事だけど、どうでもよかったんです。いつ来るか分からないものに怯えていたって仕方がないだけですし」
それは終わりを待つだけの時間を悲観していた訳ではない。やることを全部やり、それでもどうしようもないことを受け入れていた。あとは待っていればいいだけだと思っていた。
そのつもりだった。だけど、
「見てみたくなったんです。皆のことを」
穂乃果や海未、ことりと出会って、皆に出会って、俺は彼女たちの行く末を見たくなった」
「皆は俺のことを知ってなお受け入れてくれて、それでも居て欲しいと願ってくれたんです」
それに西木野先生や真奈さんのような、俺のために頑張ってくれている人たちがいる、
そんな人たちのために俺もまたやれることをやろう、と、いつからかそう思うようになった。
「まだ終わるわけには行かなくなったんです。だから頑張らないと」
「…本当に変わったわ。もちろん良い方向にね」
「その分、先生や真奈さんには大変な思いをさせますけど」
「そんなのあなたに比べれば何てこと無いわよ。それに――」
真奈さんは目の前に立って、俺の頭に手を置いた。
「子供は遠慮なんかしないで存分に大人を頼ればいいの」
よしよし、と頭を撫でる真奈さん。
「流石にこの扱いは…くすぐったいです」
「でも払わないってことは、そういうことでしょ?」
髪を梳く真奈さんに俺は少し恥ずかしそうにしながらもそのままでいるのだった。
――コンコン
投薬を終えて、やることもなくなって本を読んでいたところで、戸を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します」
俺の声を聞き、そう言いながら入ってきたのは海未だった。
「春人、お加減はどうですか?」
「今は悪くない。まあ、だからといって良いとは言い難いかもしれないが――とりあえず、そこに椅子があるから座るといい。お茶もあるから、いま出す」
「いえ、気遣いなんてしなくて大丈夫です! すぐ帰ります!」
「何か話があるから来たんだろう?」
「い、いえ、本当に様子を見に来ただけですから」
あくまで誤魔化そうとする海未に俺はため息を吐く。
「そんな取り繕ったような酷い顔をして言われても説得力がないぞ」
「――ッ!!」
俺が指摘すると、海未は大きく顔を歪ませた。
「前にも言ったが、海未は賭け事の才能はないな」
「そう、みたいですね……」
前は少し膨れていた様子を見せていたのに、今はそんな素振りをすることもない海未。
そうする余裕すらないのだろう。
「何があったんだ?」
「……」
「大丈夫。今日はもう誰も来ないから」
「春人…」
「だから我慢しなくていい」
「春人…私……」
途切れ途切れになる海未の声。そのあとに小さな嗚咽が聞こえる。
「穂乃果を、叩いて…しまいました……」
「……そうか」
海未の言葉に過度な反応することなくそのまま受け入れる。
「あの子が…一人で抱え込んで、自分の気持ちに嘘をついて、皆を傷つけて、自分を傷つけていたんです。だから、私……」
叩いたであろう手を見つめる海未。その震える手に小さな雫が溜まり始めた。
「私、は…どうしたら……よかっ、たの、でしょう……」
海未から出る心の底からの救いを求めるような、懺悔するような声。
海未もまた、ことりや穂乃果のことで一人悩み、苦しんでいた。
「昔から変わらず…手を引いてもらわないとなにもできない…臆病者で、ただ怯えていただけ。穂乃果を責める資格なんてありませんでした…それなのに私は…穂乃果を傷つけたんです……」
なにもできなかったのにと海未は自分を責め続ける。そんなことはないはずなのに。
だが俺がそう言っても彼女には響かない。
「本当に…最低なのは……私です……」
身体を震わせて静かに涙を流す海未。
その小さな身体で背負ってきたものを全て流してしまうように、せき止めていたものが決壊するように、海未はすすり泣く。
俺には海未がどんな気持ちでいたのかまではわからない。しかし、今まで一緒にいた二人のために海未がどれだけ考えていたか、俺は知っている。
「――それでも、海未はやらないといけなかったんだろう?」
だから俺は、震えている海未の手をそっと取った。
「春、人……」
海未は顔を歪ませながら俺を見る。
「そうするしかなかったんだろう?」
海未は穂乃果を傷つけたかもしれない。だけどそれと同じだけ海未も傷ついている。穂乃果を傷つけることになっても、海未は間違いに気付いてほしかった。
「痛かったよな」
穂乃果も痛かったと思うが、叩いた海未の手だって痛かったはずだ。
「よく頑張ったな、海未」
俺はもう一つの手を海未の上に重ねて優しく擦る。
「は、ると……う、あ……ああああああ――――!!!!」
すると、海未は我慢の限界というように、俺の手に縋った。
「ごめんなさい穂乃果……! ごめんなさいっ……!!」
海未は声を上げて泣く。自分が傷つけてしまった穂乃果に謝りながら――
「……すみません。お見苦しいところを見せてしまって」
しばらくしてから気持ちが落ち着いた海未は涙を拭った。
「気にしないでいい」
負の感情を溜め込み続けるのはよくないし、あるときに発散させるのが一番なのだから。
それに――
「あの、それで…春人……」
「ん、どうした?」
「どうして、頭を撫で続けているんですか?」
「海未を落ち着かせるため?」
上目遣いで戸惑ったように言う海未に俺も疑問で返す。
「でしたら、もう大丈夫なのですが……」
「そうなのか? まだやっていた方が良いのかと思ってた」
そう言いながら俺は海未の頭を撫で続ける。
「春人…なんかこの状況を楽しんでいませんか……?」
「いや、楽しんではいない。さすがに泣いてる女の子の姿を楽しむ心は持ち合わせていないぞ。ただ、もう少しこの珍しさを味わいたいって思ってるぐらいだ」
「楽しんでいるじゃないですか!?」
「そんなことない。海未が我慢しないでくれたのが嬉しいだけ」
滅多に見せない姿を焼き付けようなんて微塵も思っていない。
「~~~っ、もう大丈夫です!!」
顔を真っ赤にさせた海未はバッと俺から距離をとる。
「まったく、春人はいじわるです……」
「本当にもう大丈夫みたいだな」
膨れる海未に俺は笑みを返す。今くらいのほうが海未らしい。
俺は一息吐いて佇まいを直し、海未に座るように促す。その雰囲気を感じ取ったのか、海未も、素直に椅子に座った。
「それじゃあ、改めて聞かせてくれるか? 今日何があったのか」
「はい…」
そして、海未から聞かされたのは予想だにしていなかったことだった。
「結論から言うと――μ'sの活動を休止することになりました」
いかがでしたでしょうか?
この時期に、シリアスなお話を書くと自分の気持ちも落ち込んでしまうときがありますねw