"愛してる"の想いを   作:燕尾

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ども、燕尾です

今回で番外編ラスト!
さあ、どの子かな?(最後って言っているのにすっとぼける人間)







いざ、遊園地デート

 

 

 

 

 

「あっ、おーい! ハルくーん!!」

 

ぶんぶん、と大きくてを振り自分の居場所を知らせてくる。

 

「穂乃果」

 

「おはようハルくんっ、今日晴れて良かったね!」

 

「そうだな」

 

穂乃果は満面の笑みで空を仰ぐ。今日は暗い雲1つない快晴だった。

 

「絶好のお出かけ日和だよ!」

 

「それはそうだが穂乃果。穂乃果は今日ここに何時に着いた?」

 

「ふぇ? 8時だよ?」

 

「流石に早すぎだ」

 

俺は苦笑いしながら言った。

今の時刻は朝8時30分前。集合は9時の予定だったから時間通りに俺がやってきたとすると、穂乃果はここでもう30分待つことになっていた。

 

「だっていてもたっても居られなかったし、今日は私がハルくんを待ちたかったの!」

 

どういう心境でその行動に出たのかわからかないが、流石に30分待たせたとなるとこちらが申し訳なくなってしまう。

 

「それにハルくん、やっぱり30分前に来た」

 

俺を見つめながら穂乃果はそう言う。

 

「ハルくんだったら集合の30分前に来るかなーって、何となく思ってたの」

 

「ああ、にこに怒られてからは大体早めに来るようにしているが――穂乃果のことを考えたら30分前ぐらいにしようって思ったんだ」

 

それでも予想は大きく外れたが。まさか集合時間の一時間前に来ているとは思わなかった。

 

「というか、予想できていたのなら8時に来なくても良かったんじゃないか?」

 

「あはは、それもそうだったね」

 

それでも自分の行動に後悔などないというように笑う穂乃果。

 

「でも30分早く集まった分、30分多く遊べるって考えたら、お得じゃないかな?」

 

「そうだな。確かにお得かもしれない」

 

でしょ、と言いながら穂乃果は俺の手を取る。

 

「それじゃあ、行こっか――遊園地!!」

 

そして元気いっぱいの笑顔の穂乃果と目的の場所――遊園地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

俺と穂乃果が遊園地に行くと決めたのは1週間前のこと。週一回の高坂家との夕飯にお邪魔したときのことだった。

 

「いただきます」

 

『いただきます』

 

 

食べる前の挨拶をした後、それぞれの前に並べられた料理に手をつける。

 

「どう、春人くん?」

 

「美味しいです。やっぱり敵いませんね、流石です」

 

「まあ長年やってるからね。でも春人くんも前より腕が上がってるわよ」

 

「ありがとうございます」

 

「うんうん、ハルくんの料理も凄く美味しいよ!」

 

「私もそう思いますよ。それにお母さんの言うとおり前より美味しくなってます。あ、前が美味しくなかったとかじゃなくてですよ?」

 

「ああ、ちゃんと分かってる。ありがとう穂乃果、雪穂ちゃん」

 

穂乃果の家で食事するとき、なにもしないのは居心地悪いということで手伝いを申し出た。最初こそは穂波さんのサポートだったのだが、ある日穂波さんからなにか一品作ってみて、と言われてから高坂家の食卓に俺の皿が乗るようになった。

 

「それに穂乃果も雪穂も春人くんがキッチンに立つようになってからは積極的に手伝うようになったから助かってるわ。普段もしてくれれば助かるのだけれど」

 

「う…」

 

「それは言っちゃダメなやつだよ。お母さん」

 

穂乃果と雪穂ちゃんは目を反らす。

穂波さんの言うとおり、俺が手伝うと言い出してからどういうわけかその日の2人は精力的に店の手伝いや料理の手伝いをするようになった。

ただ、他の日はあまりそうじゃないらしい。

 

「穂乃果たちも前より料理の技術は上がってきてるのだから続けてみてみればいいじゃない。それとも、先生(春人くん)がいないとやる気になれないのかしら?」

 

「それは……」

 

「うぅ……」

 

気まずそうにする二人。しかしそこは二人の母親というべきか、穂波さんはなにか考えているようだ。

 

「2人が頑張るって言ってくれたら、これを二人にあげるわ」

 

懐からなにかを見せる穂波さん。それを見た穂乃果と雪穂ちゃんは目を剥いた。

 

「そ、それは……っ!?」

 

「某テーマパークの優待チケット……!? なんでお母さんがそんなものを!?」

 

驚きを隠さない二人に穂波さんはただ怪しい笑みを浮かべている。

 

「お母さんの知り合いがね、使う場面がないからって譲ってくれたのよ」

 

「使わないからってよく譲ってくれたね…」

 

「滅多に手に入らないものなのに…」

 

そう言う穂乃果たちに穂波さんはこれ見よがしにその優待チケットとやらをゆらゆらと揺らす。

 

「どうする二人とも? これから頑張る? それとも――」

 

「「ぐっ……なんて卑怯な……」」

 

「まあ…卑怯かどうかは置いておいて、これからのためにも家事とかは慣れた方が良いと思う」

 

「「今は正論はいいの!!」」

 

「あ、ああ…悪い……」

 

二人に牙を向けられた俺は大人しく引き下がる。

 

「あなたたちね……春人くんの言うとおりでしょう」

 

葛藤する娘たちに頭が痛いという様子の穂波さんはため息を吐く。

 

「別に毎日やりなさいって言ってる訳じゃないわ。あなたたちも学校のこととか色々あるのだから。ただ春人くんが言ったように今後のために、少しずつ定期的にやっていくのは必要なことよ」

 

もう一度穂波さんから言われたその"正論"に穂乃果たちは沈黙する。

二人とも分かってはいるのだ。

あとは諭すように言った穂波さんの言葉を二人がきちんと受け止めるかどうかだ。

 

熟考の末、穂乃果と雪穂ちゃんはお互い顔を見合わせて小さく頷いてそして――

 

「――二人の頑張りに期待してるわ」

 

二人は穂波さんの手からチケットを取る。

 

「お友達でもなんでも、好きな人を誘って行きなさい。その分のお小遣いとかは多めにあげるから。あとそれ期限があるから期限までに使うこと。いい?」

 

「はーい。私は亜里沙を誘っていこうかなぁ。お姉ちゃんはどうするの?」

 

「私は……」

 

チラリと俺を見る穂乃果。それに気付いた雪穂ちゃんはハッとしてから席を立ち、俺の近くに寄る。

 

そして、見せつけるように俺の腕を取った。

 

「っ!!」

 

「春人さーん、遊園地私と行きませんかー?」

 

ニヤニヤと、まるで穂乃果を挑発するように猫撫で声で言い始める雪穂ちゃん。

 

「いや、亜里沙ちゃんと行くんじゃないのか?」

 

「亜里沙も考えてますけど、春人さんと行くのもいいかなって思うんですよー」

 

「……」

 

「春人さん、遊園地とか初めてとかでしょう? 初めての思い出を私と作りましょうよ」

 

更に密着させて雪穂ちゃんは囁く。

あからさまに悪い顔をしている雪穂ちゃん、これは完全に穂乃果をからかおうとしているのだろう。

 

 

 

だが、その刺激の仕方はよくなかったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――雪穂」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、お姉ちゃ――――ひっ!?」

 

穂乃果の方を見た雪穂ちゃんが小さな悲鳴を上げる。

 

「ほ、穂乃果……?」

 

ただならぬ雰囲気を放つ穂乃果に俺どころか穂波さんや信幸さんまで戸惑いの表情を見せる。

 

「雪穂。ハルくんから離れて」

 

「えっ、あ……」

 

「離れて」

 

「は、はいっ!!」

 

バッ、と俺の腕から身体を離し、俺からも離れる雪穂ちゃん。

それから彼女はピンと直立に姿勢を正す。

 

「雪穂」

 

「はいっ!」

 

「後で話があるから」

 

「分かりました、お姉さま!!」

 

逆らうことは許されないと雪穂ちゃんは本能で悟っているのか、殊勝な態度で穂乃果に返事をする。

 

「ハルくん」

 

すると、矛先がこちらにも向いた。

 

「ハルくんにも後で話があります」

 

「……ああ。わかった」

 

なんと言うのだろうか、今の穂乃果の背中には夜叉の顔が浮かんでいる気がした。確かにこれはなにも言わないでただただ頷いた方がいい。

夕飯を終えると、穂乃果は俺に待っててと言って雪穂ちゃんと共に穂乃果の部屋へと消えていった。

 

「ごめんね、春人くん。私も初めて知ったけれど、うちの子は大分嫉妬深いみたい」

 

残された俺に穂波さんから食後のお茶が差し出される。

 

「嫉妬、ですか……?」

 

「まさか、気付いていないのかい?」

 

信幸さんに問いかけられるも、俺は首を傾げる。

 

「…本気で分かってないみたいね、これは」

 

穂波さんは苦笑いする。

 

「俺と雪穂ちゃんが、なにか穂乃果を怒らせるようなことをしたんだと思ってたんですが…」

 

「その怒らせる原因がなにか、分かるかい?」

 

「雪穂ちゃんが穂乃果をからかっていたのを止めなかったから、ですか……?」

 

「……前途多難だな。これはこれでまだ安心できるのかもしれんが」

 

俺の回答に信幸さんも苦笑いした。

 

「あなた」

 

「わかっている。俺だって穂乃果を信用しているんだ。余計なことはしない」

 

二人は話がわかっているようだが、俺は首を傾げるばかりだ。

 

「あの…」

 

「いや、なんでもない。君は君の思うままに、あの子たちと居てやってくれ」

 

「は、はい…」

 

それからは話は変わり、俺のことについていくつか話を聞かれる。

勉強にμ'sのこと、また両親のことや普段は何をしているのか。そして――俺の爆弾(病気)について。

穂乃果から俺のことはある程度聞いていたらしい。

確信的なところは避けつつも答えられるところは答える。

 

「ハルくん」

 

そんな話をしばらくしていると、雪穂ちゃんとの話を終えた穂乃果が下りてきた。

穂乃果と一緒に下りてきた雪穂ちゃんは真っ青になって震えている。

どういう話をしたのか聞いたのだが、思い切り首を横に振る雪穂ちゃんに俺はそれ以上聞くのをやめた。

 

「ハルくん、穂乃果の部屋に来て」

 

そしてそれだけを言って上がっていく穂乃果。

 

「命の危機だったら迷わず逃げなさい、春人くん」

 

「無事を祈る」

 

「……生きて帰ってきてください」

 

まるで戦地へ送り出すように言う三人。

そんな三人に俺はため息を吐きながら穂乃果の後を追った。

 

 

 

 

 

「座って」

 

ぶっきらぼうに促す穂乃果。

俺は有無を言わずに指示された通り座る。

 

「……」

 

「……」

 

座ったは良いが、お互い無言のまま時間が過ぎる。

 

「穂乃果」

 

「なに?」

 

「その…何て言えばいいのか…悪い……」

 

「一体なにが悪いってハルくんは思ってるの?」

 

「いや、ほら…また穂乃果を怒らせるようなことをしたから」

 

「……ハルくんはいつもそうだよね」

 

「穂乃果?」

 

「ハルくんはなにも悪くないのに、いつも謝る」

 

「穂乃果が怒っているのは俺に原因があるからだろう?」

 

「違うよ。怒ってない」

 

それを言うのは無理があるだろう。表情や雰囲気からあからさまに怒っている。

しかしそれでも穂乃果は首を横に振る。

 

「私も自分でもよくわからないんだ。なんか胸の辺りがモヤモヤして、それが嫌な感情になって溜まっていって、ハルくんにぶつけちゃうの」

 

今の話からすると、穂乃果は恐らく感情のぶつけ所が分からないのだろう。

 

「嫌な女の子だよね、自分でもそう思うもん」

 

「穂乃果……」

 

「前にもね? 海未ちゃんに言われたことがあるの。感情をもっとコントロールしなさい、って」

 

「そう言うほどコントロールできてない訳じゃないだろう?」

 

普段からずっと誰彼構わずぶつけているところは見ていない。

頻度的には少ないはずだ。

 

「誰だって消化できない、どうしようもない感情が出ることだってあるだろ。だからそんなに気にしなくていいんじゃないか?」

 

「でも、いつもハルくんにあたってるんだよ? そんなことが続けばいつか穂乃果のこと嫌いになるかもしれない。それが私は怖いの」

 

負の感情をぶつけることはあまり良しとされない。自分も、相手もいい気分になるわけがないから。

だからといってその感情を溜め込んでいるのも良くはないから適度に発散したらいいと俺は思っているし、穂乃果にそういうのをぶつけられて困ることはあるが穂乃果を嫌いになることなんてない。

 

しかし穂乃果は安心できないのだろう。自分の嫌なところを見られ続ければいつかは離れてしまうのではないか、そう考えてている。

そんな彼女に大丈夫だと思わせるにはどうしたらいいのだろうか。少なくとも、言葉だけでは足りない。彼女を安心させるには信じられるような別のなにかが必要だ。

 

「穂乃果。ちょっとこっちに来てくれ」

 

「……? う、うん……」

 

穂乃果は指示された通り、俺の真正面に座る。

そして俺は穂乃果の頭を撫でた。それはいつも彼女にしていることだった。

 

「は、ハルくん……?」

 

戸惑う穂乃果だが俺は撫で続ける。安心させられるように、気持ちを乗せて。

 

「俺が穂乃果を嫌うことはない。でも、安心できないなら言ってくれ。俺にできるのはこれくらいしかないけれど、少しでも穂乃果のことを嫌っていないってことが伝わればいいって思う」

 

「……っ」

 

「だからあまり考えすぎなくてもいい。悪感情を無理して押さえなくたっていいんだ。穂乃果はありのままで居ていいんだ」

 

「……ハルくんは…ずるいよ……」

 

「皆して、なんでそんな言葉が出てくるんだ?」

 

何度目だろうか、それを言われるのは。

 

「だって、そんなこと言われたら――」

 

「言われたら?」

 

「――なんでもないっ!」

 

穂乃果は最後まで言わずに、勢いよく立ち上がった。

そして気合いを入れるように両頬を手で叩く。

 

 

 

「ハルくん!!」

 

 

 

「ん、どうした」

 

「ついに私の番が来ました!!」

 

「穂乃果の番――ああ、テストの」

 

 

「そうです!!」

 

勢いで言っている穂乃果は口調がおかしくなっている。

 

「何をするのか決まってるのか?」

 

「決まってました! だけど内容の変更をいま決めました!!」

 

そう言って穂乃果は自分のポケットから一枚のチケットを取り出す。それは夕食時にこれからの頑張りを約束したことで手に入れた遊園地のチケットだ。

 

「今週のお休みに、穂乃果と一緒にこの遊園地に来てくださいッ!!」

 

「ん、それは構わないが……でもそれなら雪穂ちゃんとか――」

 

「遊園地デートです! 私と、二人きりで、お願いします!!」

 

「あ、ああ…わかった……」

 

ずいっ、と迫る穂乃果に俺は仰け反りながら頷く。

 

「わかったが穂乃果、近い……」

 

「……っ、ご、ごめんっ」

 

目がグルグルしていた穂乃果は俺の言葉に自分の状況を把握したのか、顔を赤くさせる。

 

「とりあえず、今週の休みに遊園地な」

 

「う、うん…よろしくね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういうやりとりがあり、今日という日を迎えた。

電車を乗り継ぎ、俺たちは目的の場所へと歩みを進める。

 

そして――

 

「着いたー!!」

 

手続きを終えて、園内に入った穂乃果は思いきり叫んだ。

 

「ハルくんハルくんっ! なにからいこうか!?」

 

「穂乃果が行きたいところでいい」

 

「もうっ、それじゃあ聞いている意味ないじゃん!」

 

「そう言われてもな…」

 

こういうところは初めて来るから、何があって何が楽しいのかよくわからない。

 

「だから穂乃果の楽しいって思うことを教えてくれないか?」

 

「……なんかハルくん、いつもそう言うよね」

 

適当なことは言っていないのだが、穂乃果からはジト目で返され、溜息を吐かれた。

 

「……悪い」

 

「ううん、ハルくんだもん。仕方ないよ」

 

その納得の仕方になんともいえない気分になっている俺の手を穂乃果は取る。

 

「じゃあ、少し園内を見て回ろうよ。それでハルくんが興味出たものに行かない?」

 

「いや、でも今日は穂乃果の――」

 

「優待券のおかげで待つこともないし、時間いっぱいあるから大丈夫だよ。今日は二人で楽しもう――ねっ?」

 

「……ああ、そうだな。穂乃果も、俺も、楽しい一日にしよう」

 

笑顔の穂乃果に俺は頷いて、穂乃果の手を握るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ、凄いね……! 穂乃果とハルくんがたくさんいるよっ!」

 

「鏡の奥に延々と自分が映ってるな。ここまで凄いとは思わなかった」

 

園内を巡っていたときに俺の目に付いたのは鏡の大迷宮と名づけられた迷路のアトラクション。合わせ鏡で構成された迷路は現実から乖離しているように見えた。

そこを進めばただの合わせ鏡のゾーンから、灯篭や様々な色のLEDを駆使して幻想的な世界の中にいるような合わせ鏡の迷路が作り出されていた。

 

「まるで穂乃果とハルくんだけしかいない世界みたいだね」

 

「確かに、二人だけしかいないように感じる」

 

ポツンと佇む俺たちの周りを見渡して見えるのは、無数の自分たちの姿と浮いている光だけ。

穂乃果の言う通り、二人だけの世界だった。

 

「もし私たちがこういう世界に取り残されたら、ハルくんはどうする?」

 

「出られないと分っているならなにもしない、と思う」

 

むしろ綺麗とさえ思ってしまう静かで幻想的な世界に、このままいても良いって思ってしまう。

 

「それに、穂乃果がいれば退屈はしないだろう」

 

「それって、穂乃果がいつも騒がしいってこと?」

 

「それはどうだろうな?」

 

「もうっ、ハルくん!」

 

頬を膨らませる穂乃果に、俺は小さく笑いながら冗談だと言う。

 

「穂乃果は意地悪なハルくんとは居たくないなあ」

 

「そうか」

 

くつくつと笑って先を進む俺に、穂乃果は何度も小突いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外と緊張するな……」

 

鏡の大迷宮を抜けて次にやってきたのは、穂乃果がこれだけは外せないといううちの一つ、遊園地名物のジェットコースター。

だんだんと上がっていくコースターに俺は少し緊張していた。

 

「大丈夫、楽しいから!」

 

「まあ、穂乃果が言うならそうなんだろうけど」

 

恐らくは俺が感じている頂上まで上がるまでのこの緊張感もジェットコースターの楽しみの一つなのだろう。

どんどん頂上へと向かっていくうちに、見える景色が広がっていく。

そして、頂点に着いて一瞬ふわっとした感覚の直後、

 

「――――っ!」

 

垂直に落下したコースターは一トップスピードまで跳ね上がり、加速の力が一気に身体にのしかかる。

 

「うわああああああ――――い!!!!」

 

高速で移動するコースターに穂乃果は楽しそうな声を上げる。

 

「ハルくーんっ!!」

 

「なんだっ!?」

 

風を切る音で大きな声で話しかけてくる穂乃果の声が小さくにしか聞こえない。俺も大きな声で返すが、聞こえているかどうかわからない。

 

「どうーーっ? 楽しいーー!?」

 

「そんなことわかるかっ!」

 

穂乃果は楽しそうにしながら聞いてくるが、初めて乗るジェットコースターが楽しいかどうかなんて考える余裕なんてない。ただいろいろと凄い。それだけだった。

もしかするとジェットコースターは何も考えずこの凄さを楽しむものなのかもしれない、とそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てー! ハルくん!!」

 

「待てと言われて待つ奴はいない」

 

エンジン音を鳴らして背後を追いかけてくる穂乃果。

ジェットコースターの後に穂乃果が目をつけたのはゴーカートだった。

小さい子が乗るようなイメージがあるのだが、そういうわけでもないらしい。大人用の二人乗りの期待があったり、レースゲーム用の一人乗りもあった。さらにレースゲーム用は機体の性能や特徴なども一つ一つ違うものとなっており、レースゲームをより楽しめる仕様になっているようだ。

最初は二人乗りを考えていた穂乃果だったのだがレースゲームの話を聞くや否や、

 

 

――ハルくん、勝負しよう! 先にゴールした人が勝ち!!

 

――ん、いいぞ。

 

――あっ、そうだ。負けた人は勝った人の言うことを一つ聞くことにしようよ!

 

 

と、せっかくだからと勝負を申し込まれて、今その真っ只中だ。

 

「ふふ、追いついたよ! そしてじゃあねー!!」

 

並んできた穂乃果はスピードを上げて俺を抜き去っていく。だが、穂乃果は俺に並んだ理由を分っていないようだ。

 

「残念だが穂乃果、その先は――」

 

「えっ――あ、やばっ! うわあああああーー!?」

 

俺を追い抜くことに集中しすぎて目の前の急カーブに気付かず、見事にクラッシュする穂乃果。

そんな穂乃果を尻目に、俺は安全にカーブを曲がりきる。

 

「ゴール」

 

そして俺はそのままゴールした。

 

「ゴール……」

 

その直後に、穂乃果が遅れてゴールする。

 

「うぅ…負けちゃった……」

 

「あそこのカーブをちゃんと曲がっていれば分らなかったが、穂乃果が壁に向かってくれて助かった」

 

「あーハルくん笑ってるっ! 穂乃果のこと馬鹿だって思ってるんでしょ!」

 

「いや、そんなことは思ってない。ただあの時の慌てようは面白かった」

 

「もー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じでいくつかのアトラクションを楽しんだ俺たちは昼時の込む時間を避けるために早めに昼を食べることにした。

店は穂乃果が行きたいところがあるということで、俺も行きたいところがあるわけではないのでその店にすることにする。

 

「いらっしゃいませー! 二名様ですね!!」

 

店に入ると元気な店員に向かられる。

 

「あの、これをお願いします」

 

「はいっ、優待券のお客様ですね! ではこちらへどうぞ!」

 

持っている優待券を見せて案内されたのは見栄えの良い窓際の席だった。どうやら、この席は優待券を持っている人用の特別席らしい。

 

「こちらがメニューとなります。お水はただいまお持ちしますね」

 

「ありがとうございます」

 

渡されたメニューをパラパラとめくる。

基本は洋食が中心となってるが、和食や中華なども揃っていた。様々な人の好みを網羅しているのだろう。

 

「色々あるんだな……穂乃果はどうする?」

 

「……」

 

「穂乃果?」

 

「ふぇ!? な、なに……!?」

 

「いや、食い入るように見てたから。何を見てたんだ?」

 

「な、なんでもないよっ? なんでも!」

 

なんでもないようには見えない同様の仕方。何を見ていたのか覗き込もうとすると、穂乃果に手で押しとどめられる。

 

「お客様」

 

そんなやり取りをしていると、いつの間にか穂乃果の後ろに来ていた店員が声を掛けてくる。

 

「僭越ながらメニューにお困りでしたら――ただいま優待券の中でもカップル様限定特別ランチメニューがございますが、ぜひこちらのご利用をお勧めします」

 

「カップル限定特別メニュー? そんなの書いてあったのか?」

 

「そ、そうだったかなー? よく見てなかったから分らなかったよ」

 

穂乃果からチケットを受け取り、よく見てみると、指定の店でカップル限定の特別メニューが頼めるという記載があった。

 

「でも、俺たちは別にカップルじゃ――」

 

「ねね、ハルくん! せっかくだからこのカップル限定を頼んでみようよ!」

 

「え――?」

 

「カップル限定特別ランチメニューですね! かしこまりました!!」

 

俺が異論を挟む隙間もなく、店員はオーダーを確定させる。

そして、店員は驚くべきことを指示してきた。

 

「では、お客様にはカップルである証拠を見せてもらいます! お二人ともキスをお願い致します!!」

 

「は……!?」

 

「わ、わかりました!」

 

「おい、穂乃果――!?」

 

流れるように迫ってくる穂乃果にさすがの俺も戸惑いを隠せない。

 

「ハルくん…お願い……」

 

顔を紅潮させ、潤んだ瞳で俺を見つめる穂乃果。そんな彼女から俺は目を反らすことはできなかった。

 

「どきどき……」

 

脇に立つ店員はわざとらしく口にしながら興味津々で眺めてくる。どう考えても野次馬根性のようだった。

 

「ハルくん――」

 

穂乃果の顔がゆっくりと近づいてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺たちは店員の目の前でキスをした

 

 

 

 

 

ただし、俺から穂乃果の頬に、だ。

 

「――――ふぇ?」

 

すっとんきょうとした穂乃果の声が聞こえる。

 

「これでいいでしょうか?」

 

穂乃果から顔を背け、店員に問いかける。

 

「はいっ、とっても良いものを――じゃなくてカップルの証拠を見せてもらいました! とっても羨ましいあなたたちにカップル限定特別ランチメニューをご用意しますね!」

 

本音が駄々漏れしている店員は元気にオーダーを取って厨房へと引っ込んでいく。

 

「――はぁ」

 

なんだか昼御飯を頼んだだけなのに、どっと疲れてしまった。

 

「穂乃果」

 

「……」

 

穂乃果に声をかけるも彼女は自分の頬――キスされたところに軽く指を当ててボーッとしている。

 

「穂乃果」

 

「わっ、は、はい! なんでしょう!?」

 

もう一度声を掛けると穂乃果は驚いたように飛び退いた。

 

「いや、なんでしょうじゃなくて。どういうことだ、これは」

 

「え、っと…えーっと……あは、は……?」

 

誤魔化すように笑う穂乃果の頬を両手でつまみ引き伸ばす。

 

「はふくんっ、ひひゃいよー!?」

 

「穂乃果の頬は柔らかいな。ほら、もっちもっち――」

 

「ほへんなさひ! ゆるひてー!!」

 

しばらくの間俺は穂乃果の頬をこねくり回した。

 

 

 

 

 

「お待たせしましたー! カップル限定特別ランチです!!」

 

周りに聞こえるような声で運ばれてきた物は、なんというか、恥ずかしかったという一言に尽きた。

これでもかというほどカップルであるということを強調させた形の料理がコースのように出てきたのだ。

 

そのなかでも特に困ったのはデザートとドリンクだった。

デザートはパフェだったのだが、スプーンが1つしかついておらず、もう1つをお願いしても元々それが仕様だと言われてしまい、お互いに食べさせ合いながら完食させることになった。

 

そしてドリンクの方は――

 

「す、すごいね」

 

「……」

 

目の前に置かれた飲み物に俺たちは言葉がでなかった。

運ばれてきたドリンクのジュースはは1つの大きなカップに二人分の飲み物が入っていて、絡まり合いながらハートの形を作ったストローが刺さっていた。

 

これを飲むには二人とも顔を近づけなければならない。

どちらか一人が飲むにも量が多すぎるため、最終的には二人で一緒に飲むことになった。

 

「……」

 

「……」

 

お互いストローに口をつけてジュースを飲むが、顔が近くて二人して無言になっていた。

 

「ねぇママー。あそこのお兄ちゃんとお姉ちゃん一緒にジュース飲んでるー。仲良しさんなのかな?」

 

「ふふ、そうね。とっても仲良しさんね」

 

「くっ…あんな可愛い子と…見せつけやがって……!」

 

周りからの視線がグサグサと刺さり周囲を気にしてしまう。

いつもなら好き勝手言わせておけばいいも思っているのだが、今回はどういうわけかそう割りきれなかった。

 

「むぅ……」

 

そんな俺に目の前の穂乃果はどこか不満そうな表情を俺に向けてくる。

 

「どうした、穂乃果……?」

 

「ハルくん、余所見してる」

 

「いや、そう言われても」

 

「今はこっちに集中しようよ」

 

ジュースに集中したとしても目の前の穂乃果をどうしても意識してしまい、味もよくわからなくなってしまう。正直言えば今もそれほど大差はないのだが。

 

「せっかく頼んだんだから、ちゃんと味わないと勿体ないよ?」

 

「……まあ、それもそうだな」

 

俺はまた穂乃果に顔を近づけてストローを咥える。

 

「――♪」

 

不満そうな表情からいっぺん、ご機嫌なようすに変わる穂乃果を不思議に思いながらも、俺は穂乃果と一緒にジュースを飲むのだった。

 

 

 

 

 

午後からはまたアトラクションを廻ることになった。

午前に乗ってものとはまた別ジャンルのコースターや水上アトラクション、空中ブランコにシューティング、コーヒーカップにメリーゴーランドにお化け屋敷など――優待券の特権をフルに使い、俺たちは遊んだ。

そして気がつけば日は落ちて、綺麗な紅に染まっていた。

今日の締め括りに、と穂乃果の提案で俺たちはいま観覧車に乗っている。

 

「ありがとね」

 

静かに景色を眺めているところに穂乃果のそんな声が聞こえた。

 

「今日はすごい楽しかった」

 

「ああ。俺も遊園地で遊ぶなんて初めてだったが、楽しかった」

 

「そっか…それならよかった」

 

穂乃果は小さく微笑む。それはいつもの元気一杯のものではなく、どこか大人びたものだった。

 

「――――今日はね、私のお願いっていうのもあるけど、ハルくんへのお礼と謝罪でもあったんだ」

 

「お礼と…謝罪?」

 

「うん、お礼と謝罪。あのときの」

 

あのときというのは学園祭やことりの留学のときだろう。

薄々感づいてはいたし、お礼の話は希からもそう言われていたから今さら聞き返すまでもない。が、謝罪とはどういうわけなのだろうか?

 

「ほら、学園祭の前の日の夜に雨の中走りに行った私を止めようとしたハルくんを叩いたでしょ?」

 

「あ、ああ…そういえば……」

 

「忘れてたの?」

 

「いや、もう終わっていたと思ってた。それにあの時も言ったけど俺の言い方が悪かったからな」

 

「そんなことないよ。あのときの私は何もわかってなかった。一人で空回りして、ラブライブだけを見て、皆を見てなかった。自分勝手なことばかりして、本当に大切なことをわかっていたハルくんを叩いたの」

 

その結果があれだった、と穂乃果はどこか自虐的に言う。

 

「ハルくんがいなかったら、私たちは後悔したまま別れてた。本当の自分の気持ちに嘘をついてなにも言えないまま――」

 

「そんなこと――」

 

「あるよ。だってハルくんが気付かせてくれたんだもん」

 

俺の言葉を遮って、穂乃果は断言する。

 

「あのとき、どうしようもなくなっていた私に、病院を抜け出してまでハルくんは来てくれた。私から目を逸らさないでしっかりと見てくれた。だから私は自分の気持ちを出せた。仲直りすることができた」

 

「穂乃果――」

 

「私がこうしてまた皆といられるのはハルくんのおかげだよ。だから――」

 

穂乃果は真剣な眼差しで、頭を下げた。

 

「改めてありがとう――それと、ごめんなさい。ハルくんのこと叩いちゃって」

 

「……」

 

そういう穂乃果に俺は彼女に返す言葉を探す。

 

ここまでいう穂乃果に謙遜や否定で返すのは失礼だろう。俺が言うべき言葉は――

 

「えっと、その…なんだ……どう、いたしまして?」

 

「――――うん!!」

 

捻り出しても疑問系にしか言えなかった俺に、穂乃果は満面の笑みで安心したように頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー、お姉ちゃん」

 

家のなかに入り、リビングへと向かうと雪穂がいた。

 

「ねね、どうだった? 春人さんとの遊園地」

 

興味津々というように聞いてくる雪穂に私は今日1日のことを思い返す。

 

ジェットコースターや鏡の迷宮、ゴーカートにお化け屋敷に観覧車に――そして、今日のお昼

 

「――ふふ」

 

私は自分の頬を撫でる。ハルくんが恥ずかしながらもしてくれた場所だ。

本当は私からするつもりだったのに、ハルくんからしてくれた。

状況が状況だからというのもある。それでも私は嬉しかった。

 

「お姉ちゃん、顔が緩んでるよ……」

 

「えっ? そうかな?」

 

「自覚ない!? もういいや、お姉ちゃんのその顔を見て今日がどうだったかよーくわかったから」

 

今日のことを思い出していた私は雪穂から呆れたような視線を受けるのだった。

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
調子に乗りすぎて12000字ぐらいまでいっていました(^ω^;)

話のつなぎ方がちょっと雑でもう少し勉強しなければならないと感じました まる




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