FF15✕FF(1+13)   作:ウィリアム・スミス

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 光と闇の調停者は、ある「星の声」を聞いた……。


第一話

 その男は牢獄の中にいた。

 うす汚れたボロボロのローブを目深に被り、静かにそこに座っていた。

 

 ニフルハイム帝国領スカープ地方──砂と荒野が延々と続く僻地にある『第4魔導研究所』の牢獄は、男が知るどんな牢獄よりもはるかに快適な環境だった。

 石と鉄で出来ているのはどこの牢獄とも変わりは無いが、近代的かつ衛生的な室内は、これまで男が繰り広げてきた大冒険を思えば、高級ホテルの一室と言っても相違ない。

 

 牢獄の中にいるのは男だけだった。

 

 しかし、それは当たり前と言えば当たり前のことであった。

 そうなるよう見越して捕まったのだから、当然である。ことを成す時に、無力な足手纏いはできるだけ少ないに越したことはないのだ。

 

 とはいえ、一々タイミングを見計らう必要は無いに等しかったのも、また事実であった。

 なにせ“この世界”には男のように強い力を持つ者は極めて少なく、こうして帝国に捕まる者となると、さらに少なくなるからだ。

 

 この牢獄の中身に男一人しかいないのは喜ぶべきことなのか、はたまた悲しむべきことなのか……。

 どう思ったところで、どちらであるのか決める気は男になかった。それを決めるのはこの世界の住人たちの責務だ。そんなところまで面倒を見る訳にはいかない。

 

 見回りの魔導兵が牢獄の前を通り過ぎて行く。それに合わせ、男が顔を上げた。

 男の視線の先には、いかにも頑丈そうな鉄格子が男の脱獄を阻むためにそびえ立っている。見張りも鉄柵もほとんど意味を成さないと言うのに、ご苦労なことだ。

 

 フードの奥に隠れた青い瞳でその鉄格子を見つめると、男はニヤリと笑みを浮かべた。

 ここから出て行くのは実に簡単だ。だが、まだ“その時”ではない。

 

 

 来たるべき“その時”まで、あと少し──。

 

 

 

 *

 

 

 

 今回の任務も「いつも通りの簡単な任務」になるはずだった。

 

 炎と煙が充満するウォバニ基地を必死に駆けながら、僕はある先輩の口癖を罵るように何度も繰り返していた。

 

「いつも通りの簡単な任務だ! 今回も簡単な任務()()()はずだッ!」

 

 帝国軍基地内に侵入し、敵司令官の撃破。あるいは基地重要施設の破壊──今回僕に課せられた任務は、そういった単独潜入任務であった。

 随分と難易度の高い命令のように思えるが、この程度の任務など「王の剣」にとってみれば、何度もこなしたことのある簡単な任務に過ぎないものだ。

 

 転移(シフト)透明(バニシュ)属性(エレメント)といった魔法を使いこなす「王の剣」にとって、単身敵勢力圏内に侵入する今回のような潜入任務は、最も得意とする任務の一つである。

 むしろ、そういった単独潜入任務こそが、ルシス王国最強の攻撃部隊である「王の剣」の真骨頂なのだ。

 

「王の剣」に必要なのは剣や槍といった単純な武器と、あとは自身の肉体のみ。

 たったそれだけで「王の剣」の隊員は、一人で帝国製魔導アーマー10台分の戦力を持つと言われていた。

 

 圧倒的物量を誇るニフルハイム帝国軍に対し、紛いなりにもルシス王国がこれまで対抗できていたのは、質に勝る「王の剣」が存在していたからに他ならない。

 

 だがそれは「王の剣」の持つ実力と言うよりも、ルシス王家が持つ魔法の力に因るところが大きい。

 代々王家に伝わる魔法の力無くしては、「王の剣」でさえも所詮ただの人に過ぎないということだ。

 

 そのどうしようもない現実を、僕は燃え盛る基地の中で痛感していた。

 

 炎の熱気と煙の息苦しさ、足りない酸素、そして疲弊しきった身体に鞭を打ち、手に持つ双剣をダメ元で前方に投擲する。

 そしてイメージする。空間を超越し、双剣の元へ高速で移動する自分を……。

 

「クソッ! ダメか」

 

 本来であれば投擲された武器の元に転移(シフト)で移動することが出来るはずであったが、期待していた効果は発現せず、投げ飛ばした双剣は空しく通路に落下した。

 けたたましく鳴る警報と爆発音に混じり、落下した金属音が悲しく鳴り響く。

 

 どんな理由かはさっぱり不明だが、魔法の力が使えなくなってしまっている。

 

「一体、なにがどうなってるんだ!?」

 

 通路に落ちた双剣を疾走しつつ拾い上げると、僕はこの訳の分からない現状に対し悪態をついた。

 

 敵司令官を撃破し、基地の通信施設及び魔導エンジンを破壊したまでは良かった。

 それに合わせて行き場を失ったエネルギーが暴走し、基地が自爆しようとしているのも、いつもの事なので大した問題じゃない。

 

 ここまでなら、今回の任務も「いつも通りの簡単な任務」と言って間違いなかった。

 

 そのまま転移(シフト)透明(バニシュ)を駆使し基地から離脱して、そうしたら王都に帰投して仲間たちと一杯ヤり、日々の不平や不満を思いっきり愚痴る。

 そんな当たり前で当然の日常が待っているはずだった。

 

 だが今回の任務は、そんな「いつも通りの簡単な任務」とは違っていた。

 

 何の前触れもなく突如として使用できなくなる魔法の力。

 命令を下す司令官と通信施設を喪失し、大本の動力源である魔導エンジンを破壊されたはずなのに、機能停止も暴走もせず襲いかかってくる魔導兵たち。

 

 そして極めつけは──。

 

「無駄だというのが、まだ分からないのか?」

 

 ──あの化物であった。

 

 機械的な電子音の混じった鈍い声が背後から聞こえた。それと同時に首筋がぞわりとし、間髪入れず灰色の大剣が襲いかかってくる。

 無理やり体を反転させ双剣でそれを迎え撃つが、あまりにも人間離れした膂力に安々と弾き飛ばされ、その勢いのまま壁に激突した。

 

「がぁはッッッ!」

 

 堪らずうめき声を上げる。

 更に最悪なことに、これまで蓄積されてきたダメージで限界を迎えたのか、意識が朦朧とし視界がぼやけてきた。

 

 どうやら、気合いや根性でどうにかなる領域はこれまでのようだ。

 

『忘れるな、魔法の力無くしては、我々はただの人間に過ぎない』

 

 耳にタコができるほど聞いたドラッドー隊長の言葉が、ぐらぐらと揺れる頭の中で駆け巡る。

 隊長の言葉は決して忘れる事は無かったが、実際に体感するのはこれが初めてのことだった。

 

 この経験は必ず次に活かそうと心に刻む。もっとも、それは次があればの話だった。

 

 霞んでいく視界の隅で、液体のようにギラギラと波打つ鎧の化物がゆっくりと近づいてくるのが見えた。どうにも、この新たな教訓は無意味なものになりそうだ。

 

 化物が僕の喉元を掴み、力任せに宙に持ち上げる。

 

「グ、グラウ、カ……将軍……」

 

 万力のように締め付けてくる腕に精一杯の抵抗を試みながら、僕はその化物の名を口にした。

 ニフルハイム帝国軍のトップに君臨する灰白将軍。悪魔と化物を合わせた様な謎の男。ルシス国と「王の剣」の最大にして最強の宿敵。そして、故郷の……友と家族を奪った憎き仇のその名を。

 

「哀れだな、若き「王の剣」よ……」

「あ、あんたなんかに、同情されたくは、無い、ね」

 

 苦し紛れにそんな捨て台詞を吐いた。口の中に広がる血の味がやけに清々しく感じられる。

 もはや勝敗は明らかだ。ここからの逆転は万が一にもあり得ない。もう幾ばくもしないうちに僕はコイツに殺されるだろう。

 

 結局、故郷奪還なんて夢のまた夢だったのか。惨めな気持ちで一杯だが、それでもみっともなく命乞いをする気なんかさらさらなかった。

 それこそが僕たちの、「王の剣」の、故郷を奪われた者たちの誇りであった。

 

「こ、故郷の、誇りに……」

 

 そう口にした瞬間──なぜだか分からないが、一瞬、グラウカ将軍の手が緩んだ気がした。

 でもどうせそれは錯覚だろう。

 血も涙もない冷酷無情なこの男に、故郷を思う心などあるはずないのだから。

 

「……そうか」

 

 電子音の混じったその言葉を最後に、僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 *

 

 

 

「故郷の誇りに……か」

 

 倒れ伏した青年を見ながらグラウカ将軍はそう呟いた。

 

 哀れな青年だ。

 嘘偽りなくグラウカ将軍はそう思った。

 

 故郷奪還の思いを王国に利用され、こんな若さで死地に送り込まれた挙げ句、それが罠であったことも気付かず今度は帝国に利用される……本当に哀れな青年だ。

 

 だが、別にこの青年だけが特別というわけじゃなかった。

 この戦乱に巻き込まれた無実の者たちは、故郷を奪われた者たちは、みんなみんなその「哀れな者」なのだから。

 

 国を奪われ、故郷を奪われ、逃げ出した先では尊厳を奪われ、虐げられ蔑まれ、まるで消耗品のようにこき使われる──それが、故郷を奪われた者たちの末路だった。

 

 この青年はまるで自分を映し出す鏡のようだ。

 故郷奪還に燃え、裏切りと鮮血に染まった己にそっくりだった。

 

「息は……あるか」

 

 さすがは鍛え抜かれた「王の剣」だ。あれだけ痛めつけてやったのに、半死半生であるがまだ息がある。

 とはいえそれは当然のことだった。そうなるように仕向けたのは他でもない自分なのだから。

 

『なんとも残酷なことだねぇ……信頼していた人に裏切られて利用されるなんて、一体どんな気持ちだろう……こんなだから『王の奴隷(キングススレイブ)』なんて言われちゃうんだよねぇ』

 

 帝国の秘匿回線から声が聞こえた。実に耳障りで嫌らしい男の声だ。

 ただでされ今は虫の居所が悪いというのに、この男の声を聞くとますます不機嫌になってくる。

 

「黙れ、イズニア宰相。実験は無事終了だ。クリスタルジャマーは問題なく起動した」

『それはそれは結構なことで。良かったねぇ、これでまた長年の悲願に近づいたよグラウカ将軍……それで話は変わるけど、そこの彼ぇ……どうするの?』

「従来通りだ」

 

 短くきっぱりとグラウカ将軍は答えた。

 グラウカ将軍はこの男と必要以上に会話をするのが大嫌いだった。まるで全てを見透かされているようで、酷く不愉快なのだ。この帝国宰相アーデン・イズニアという男は。

 

『それじゃあ、今回は何時もの場所じゃなくて、別の場所にお願いね。あの研究所は……もう、使えなくなっちゃったからさ』

「例の、テロリストの仕業か……」

『その通り。どうやら、相手は思っていたよりもヤるみたいだ……そうそう、彼を送るついでに、ちょっと寄って貰いたい所があるんだけどさ、いいかな? 良い素材が手に入ったんだよねぇ……なんと、あの』

「了解した」

 

 一方的にそう言って、グラウカ将軍は回線を切った。

 まだ会話の途中であったが悪いとは微塵も思わない。どうせ碌でもない内容であるのは明らかなのだ。

 アーデン・イズニアの悪趣味な会話にわざわざ付き合う道理など、グラウカ将軍には無かった。

 

「……連れて行け」

 

 先ほどから待機している魔導兵にそう命令して、グラウカ将軍は燃え盛る基地を後にした。

 

 

 

 *

 

 

 

 頭の片隅で歌が聞こえる。

 

 昔、母が歌ってくれた思い出の曲だ。

 

 遠い遠い故郷を想った歌。

 美しい山々。流れゆく川のせせらぎ。生い茂る木々。そしてそこで暮らす人々に想いを馳せた望郷の歌。

 

 もう決して戻らない故郷を謳った歌。

 

 共に野山を駆け巡り冒険をした友人も、あの恐ろしかった年上の青年たちも、近所の偏屈な頑固爺も、勇敢で優秀だった兄も、炭鉱夫だった父も、その妻だった母も……もう何処にもいない。

 

 あの美しかった山も、川も、森も、街も、もう何処にも無い。

 

 何もかも全て、帝国が奪い去ってしまった。

 

 それでもこの歌だけは、今も心の中に残っている。

 

 

 

 *

 

 

 

 暖かい温もりを感じる。

 まるで、母親に抱きしめられているような、そんな温もりだ……。

 

 一体、だ、れ……? 

 

 

 

 独特な魔導エンジンの駆動音と振動で、僕は目を覚ました。

 

 さっきまでいたウォバニ基地とは明らかに違う場所だ。

 直ぐさま寝ている状態から起き上がろうとするが、後ろ手に腕が拘束されているせいか上手くいかない。

 

 それでもなんとか地面を這いずるようにして無理矢理起き上がった。

 

 体を起こして最初に思ったのは「生きている」ということだった。そして次に思ったのは「ここはどこだ?」というものだった。

 

 訳の分からない事態に混乱しそうになるが、そんな状態でも直ぐにパニックにならなかったのは日頃の訓練のお陰か、或いはそうする気力すら無かったからなのか、どちらにせよ、諸手を挙げて歓迎できる状態とは言いづらい。

 

 自暴自棄になりそうになる衝動を必死に抑え、これまでの訓練に従い、先ずは現状確認を最優先に行う。

 

 驚いたことに、散々痛め付けられたはずなのに身体の方には大した支障は無かった。

 実に嬉しい誤算だが、それ以外は最悪も良いところだった。

 

 手足は鉄鎖によって拘束されていて、その先は床にがっちりと固定されている。

 捕虜にでもなったみたいだなと思ったが、みたいではなく、捕虜となったのだ。嫌になってくる。

 

 この独特な駆動音と振動、そして内装からいって、ここは帝国の飛空艇の中で間違いないだろう。

 

 元々が輸送用の機体であったのか座席はなく、当然、窓もなかった。

 出入り口らしき場所はあるにはあるが、大きさからいっておそらく元々は物資を運び込むための搬入口か何かだったのだろう。あそこから飛び出してみても、きっと大空に投げ出されて死ぬのがオチだ。

 

 魔法が使えるか使えないか分からない今、パラシュートも無しでスカイダイビングを敢行するなんて、まっぴらごめんである。

 

(正に八方塞がり、だな)

 

 実に絶望的な状況にあるが、それでも死んでいるよりマシだと言い聞かせ思考を更に巡らせる。

 

 ふと、基地に潜入していた敵兵をなぜ生かしておいたのかという疑問が頭を過ぎったが、考えるだけ無駄だと思考を放棄した。

 何が目的は知らないが、末端の兵士でしかない者にどうせ大した価値は無いだろう。

 帝国の目的は情報か、もしくは身代金か──どちらにせよ、わざわざ捕虜を取ってまで欲するものとは思えなかった。

 

 何にせよ、これから先待ち受けているのは碌でもない未来であろうことは間違いない。

 捕まった敵兵の末路なんてたかが知れている。そんな事は何時の時代になっても変わらないのだ。もしかしたら、あのまま殺されていた方がマシ、なんて目に遭わされるかも知れない。

 

「絶体絶命、か……」

 

 噂では帝国の捕虜になった兵士は魔導兵の訓練用に殺されるだとか、人体実験の材料にされて殺されるだとか、シガイ退治の囮に使われて殺されるだとか、実に物騒な話が流れていたが、生憎、帝国に捕まって無事に帰還した兵士は一人もいないので、真偽の程は定かではない。

 

 お願いだから噂は噂であって欲しいと切に思う。

 

 絶望に悲観しそうになるのを回避するために、藁をも掴む思いで何か打開策が無いか模索する。

 周囲を見渡すと銃を持った魔導兵が二体いた。おそらく、見張りの魔導兵だろう。

 

 普段であればどうって事のない相手であるが、今の状態じゃどうだろうか? 武器を奪えばなんとかなるとは思う。体調は回復しているので勝てる可能性は高い。魔法の力が無くても、それぐらいはできる。。

 だが、よしんば勝てたとして、その次はどうする? ここは空の上だ。残念ながら飛空艇の操縦訓練はまだ受けていない。車両の運転であればできるのだが……。

 

 さらに視線を巡らせると、僕と同じ様に拘束されている者が一人いた。

 僕の目が確かなら、それは女性だった。

 

 彼女は透き通るような金髪を後ろでまとめた髪型をしており、首や腕など僅かに露出した白い肌は少し日に焼けていた。身につけている服は……これは戦闘服だろうか? 動きやすそうでしっかりとした造りの衣服を着ている。

 

 まさに女戦士といった出で立ちであるが、それでも隠しきれないほどの美しさを放つ女性で、それが余計に違和感を感じさせた。

 なんともちぐはぐな印象の女性だ。まるで、亡国のお姫様がテロリストにでもなったかのようである。この物騒な場にはかなり不釣り合いな存在であるのは間違いない。

 

 彼女の印象的なアメジスト色の瞳がこちらを見つめてくる。意志の強そうな鋭い瞳だ。

 どうやら、先ほどから見られていたらしい。

 

「その様子だと、もう大丈夫そうね……ねえ、あなた「王の剣」よね?」

 

 アメジスト色の瞳の女性が、そう問いかけてきた。

 女性特有の高い声は、魔導エンジンの音に紛れて見張りの魔導兵までは届いていないようだ。

 もしかしたら、その程度は見逃されているだけなのかもしれないが。

 

「あぁ……」

 

 言葉少なく僕は答えた。

 彼女が僕を「王の剣」であると見抜いた事に大きな驚きは無い。

「王の剣」は、というかルシス国の兵士は、全身黒ずくめの独特な戦闘服を着るので有名だ。そういった部隊は他にあまり多くない。

 

 暗闇に紛れるという点では黒は合理的であるのだろうが、夜間以外での野外戦闘において、こういった服装というのはあまりいい選択であるとは思えなかった。

 

 確かに最近では帝国側がシガイを兵器として運用し始めたため夜間戦闘の機会が増えたが、それにしてもルシス国の制服が黒一色なのは昔からだ。なぜ王国はそんなにも黒に拘るのだろうか?

 国色だからという理由が第一に浮かんだが、もう少し実戦の事も考えて欲しいものだ。夜間は良いのだろうが、日中の野外戦では黒は見つかり安いのだ。シガイばかりと戦う訳でも無しに。

 

 なんにせよ、状況証拠的に僕を「王の剣」であると断定するのに、十分な判断材料があったのは確かであった。

 

「そうだったら、どうしたっていうんだ?」

「「王の剣」ならこの状況、なんとかならない?」

 

「王の剣」の戦闘力は折り紙付きだ。万全の状態であればこの程度の状況など問題にもならない。

 囚われの身である彼女が僕にそう期待するのは、当たり前の事に思えた。

 

「……試してみようか」

 

 彼女の期待に応えるべく、まずは力任せに拘束を破ろうと試みるが、当たり前だがうんともすんともいわなない。

 あまり大きな音を立てて見張りに感づかれる訳にはいかないので大っぴらにできた訳じゃないが、物理的にこの拘束を解くのは不可能なようだ。

 

「無理ね……帝国御用達の強化金属で出来た拘束具よ、あなたがお爺ちゃんになるまで頑張ったって、力ずくじゃ一生破れないわ」

「そう、みたいだな──」

 

 聞いておいてその言い草はあんまりじゃないかと思ったが、彼女の指摘にはグゥの音も出なかったので何も言い返せなかった。

 それに、彼女が「王の剣」に期待していたのは別の方法だろう。「王の剣」にしかできない、「王の剣」独自の方法だ。例えばそう……魔法を使って脱出する、とかだ。

 

「──それじゃあ、次だ」

 

 そう言うと、僕は拘束されている掌に意識を集中させた。

 

 イメージするのは暴れ狂う雷の属性(エレメント)──サンダーの魔法。

 帝国軍の主要兵器である魔導兵に絶大な効果を持つ魔法だ。

 

 そこから自身の精神と魔力を媒介にし、ルシス王家に宿るクリスタルの力を集めていく。

 集めた力を奇跡の力に変換し、現実に顕現する。

 

 集中し、想像し、顕現する。何度も訓練で行った一連のプロセスだ。

「王の剣」に配属されて以来、ありとあらゆる状況下で魔法の発動するために、幾度となく厳しい訓練を積んできた。

 今ではまるで息をするが如く、どんな状況下においても魔法を使用できる。

 

 失敗しない自信はあった。

 

「クソッ、ダメだ……」

 

 だが、まるで発動する気配は無い。

 

 任務中に起きた異変がまだ続いているのだろうか? だが、これはあの時とは少し違う手応えを感じた。

 あの時は集めた力が次々と四散しバラバラになっていくような感覚があったが、今回はそもそも魔法の力が集まってこないような感覚だ。

 

 王に、クリスタルに何かあったのだろうか? 嫌な予感がし、額から汗が流れてくる。

 

「多分……クリスタルから、レギス国王から離れすぎたせいよ。大丈夫、きっと王都は無事なはずよ」

 

 僕の考えを読み取ったのか、彼女がそう言ってきた。

 確かに、魔法の使用はルシス領内に限定されている。国外に出てしまうと、基本的に魔法の使用は不可能だ。

 

 彼女の言う通り、ここがルシス領外であるならば辻褄は合う。

 

「だと、良いんだけどな……」

 

 今は気休めにしかならないが、彼女が言ったように考えるのが正解だろう。

 王都に何かあったと考えるよりも、こちら側が王都から離れてしまったと考えた方が道理に合っている。

 

「王都から離れすぎたってことは、ここは帝国領か?」

「おそらく、ね。あなたが何処で捕まったかは知らないけど、私が捕まったのは帝国領内だったから……」

「僕はルシス領内の軍事施設で任務中に捕まった。君も、軍人か?」

 

 任務内容や場所は機密事項だが、この程度ならば問題ないだろうと判断し、そう質問する。

 ここにいるということは、少なくとも敵というわけでは無いだろう。

 

「もう、この世界に軍人と呼べる人間がそう多くないことはあなたも知っているでしょう? テネブラエもアコルドもとっくの昔に帝国の属国になっているわ」

 

 テネブラエは400年前に、アコルドは150年前に、それぞれ帝国の属国となっている。それに伴って、両国の軍隊も解体されて久しい。

 もはや帝国以外の軍隊と言えば、ルシス国にしか残されていないのが現状であった。

 

 もっとも、そのルシス軍にしても、150年前にあった魔法障壁展開と同時に「王都警備隊」として再編成されているので、()()()()軍隊と呼べるかは微妙だが。

 

「じゃあ、君は……レジスタンスか」

 

 軍人でないのであれば、それが一番妥当だろう。

 帝国の支配に逆らう反政府組織──レジスタンス──そういった組織が存在しているのは、戦いに身を置く者ならば誰もが知るところだ。

 

 実のところ、ルシス国内にもそういった組織があるにはある。

 もっとも、それはルシス国に対してのレジスタンスで、僕たちの活動を逐一妨害する厄介な売国奴たちなのだが……さすがに、彼女がそうという訳では無いはずだ。

 

「そうよ。本当は別の名前なのだけれど、あなたにとってはそっちの方が分かりやすいでしょう?」

「一応聞いておくけど、レジスタンスってのは、ルシス国に? それとも帝国?」

「帝国に決まっているでしょう!?」

 

 馬鹿な質問をするなと憤慨しながら彼女が言った。

 

「ごめん、悪かった──」

 

 言った後で自分でも馬鹿な質問をしたと思っていたので、素直に謝罪する。

 他にも気になる点は幾つかあったが──他の仲間は一緒に捕まっていないのか、とかだ──聞くのは止めておいた。彼女の素性を知った所で、この状況が好転する訳でもないのだ。

 

 それでもつい、「じゃあ、君も……故郷を?」とそんな事を聞いてしまった。

 彼女の様な人がレジスタンスになる理由なんて、それぐらいしかないだろうに。

 自分と同じ境遇かもしれないと思って、シンパシーでも感じてしまったのかもしれない。

 

「えぇ……そんなような所よ」

 

 表情を僅かに険しくし、彼女がそう答えた。

 

「同情する訳じゃ無いけど、いつか──」

 

 慰めの言葉をかけようと思ったが、それ以上は輸送船が激しく揺れて言う事が出来なかった。

 

 地べたに直に座っていて鎖でしか固定されていない僕たちにとって、この振動は酷いものだった。なんとか踏ん張って耐える必要がある。

 ややあって内臓が持ち上がるような独特の浮遊感を感じ、ガクンと大きく上下に揺れると、やがてエンジンの音が小さくなり振動も収まっていく。

 

「着いた、みたいね……」

 

 何処に? なんて馬鹿な質問をもう一度することはなかった。

 彼女も僕も何処に着いたかなんて知るよしもないことは、言わなくても明らかだからだ。

 

 それでもただ一つ、言わずともここがどんな場所かだけは理解できた。

 

 ここは地獄。帝国に逆らう者を罰する、地上の煉獄である。

 

 

 

 

 




 王の剣って色々な意味で“ブラック”な組織ですよね……。

 紅蓮までの暇つぶしなので不定期更新です。二、三話でさくっと終わらせたいですね。
 
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