死んだように沈黙する施設内を、男の先導に従い移動すると、エレベーターへと辿り着いた。業務用の巨大なエレベーターだ。
待ち構えていたかのように停止していたエレベーターに素早く乗り込むと。男が手早くスイッチを押した。押したのは一番下のスイッチだ。
扉が閉まり、エレベーターが動き出す。
ゴウゴウと音を立てて下へと進む間、僕は男に質問をした
「どこに向かっているんだ?」
当たり前の疑問で、当たり前の質問だ。あれだけ脅された上で行くところだ。どんな場所であるのか知っておきたかった。
隠すことでもないのか、男はすんなり答える。
「兵器の製造所だ」
「兵器? じゃあ、魔導兵の製造工場なのかここは?」
「いや、魔導兵のじゃない」
エレベーターが止まり、扉が開く。
薄暗い一本の通路が先にあり、怪しい機械やチューブがそこらかしこに置かれている。照明は赤暗い電灯が僅かに灯っているだけで、まるで怪しい実験室に迷い込んだかのようだ。兵器の製造所だとはとても思えない。
「ここは、表向きは『第四魔導研究所』と呼ばれていて、古代文明が残した「魔導」という技術を研究しているってことになっている」
男が率先して先に進んでいく。暗闇の中だというのにその歩調は淀みなく、躊躇がなかった。通路を歩くカンカンという音と男の声以外には機械の起動音しか聞こえない。
不気味な雰囲気が辺りに蔓延していた。敵の気配は無いと言うのに、自然と警戒態勢をとってしまう。武器を構え、辺りを伺い、慎重に前へと進む。彼女の方も緊張した面持ちで歩を進めていた。
唯一平然としているのは男だけだ。
「だが、実態はまるで別物だ」
相変わらず異様な雰囲気の通路が続き、幾つかの扉を抜けると大きな広間に出た。どうやらここが目的地のようだ。
男は広間の入り口手前で一度立ち止まると、僕たちの方を振り返り言ってきた。
「もし、引き返すなら今のうちだ。ここから先はもう後戻りはできないぞ」
真剣な眼差しで男が問いかけてくる。
彼女は緊張のせいか強ばった表情をしていた。僕の方もきっと同じような顔をしていることだろう。これでも幾つのかの修羅場はくぐり抜けてきた。男に比べればまだまだだろうが、そんじょそこらの兵士とは一線を画す実力と経験を持っているつもりだ。
そういった兵士だけが持つ特有の直感が静かに告げていた。ここは危険だ今すぐ逃げ出せ、と。
だが、ついさっき男に宣言した通り、僕はそれなりの覚悟をもってここに来たのだ。今更おめおめと逃げ出す訳にはいかない。
彼女と一緒に無言で顔を縦に振る。
それを了承の意と受け取ったのか、男は再び背を向け、前へと進んでいった。
正直言って、この時はまだ、迷っていたというのが本音だった。状況に流されていなかったのかと言えば嘘になる。僕たちは男が言っていたことを本当の意味で理解していなかったのだ。この研究所の地下で、一体何が行われているのかを。そして、この男が“なに”と戦おうとしているのかを。
「なに……これ」
そう溢したのは、最後尾にいた彼女だった。口には出さなかったが、僕も同じことを思っていた。
広間の中は常軌を逸した空間だった。
広間には大きな試験管が幾つも並べられていて、小さいものでも人間の子供くらい、大きいものではベヒーモスでも入りそうなくらい巨大なものがあった。
身体が震える。酷い吐き気がしてきて、世界がグルグルと回っていく。
確かにここは兵器の製造所だ。銃や大砲といった武器でもなく。魔導兵や魔導アーマーといった兵器でもなく。狂気と凶気の詰まった異形の兵器の製造所だった。
「『第四魔導研究所』なんて呼ばれているが、実態は研究所なんかじゃない。製造所だ。帝国の新兵器の、な」
試験管の中身は発光していたが、目をこらせば中身は簡単に見ることができた。
その中身は。その中身は……。
シガイだった。
シガイと……人間だった。
シガイのような人間と、人間のようなシガイが試験管の中に収められていた。
そこはまるで地獄だった。いや、地獄すら生ぬるい光景がそこにはあった。
「ここは、帝国の新兵器……妖異の、シガイの製造所だ」
男のやけに冷静な言葉が、遠くの彼方から聞こえた気がした。
*
目の前にある現実が受け入れられない。信じられない、信じたくない。
理解不能な光景を目にすると、人間の脳は拒絶反応を起こすと言うが、これはそれに近い感覚だった。
想像を絶する光景に僕は息をすることすらも忘れていた。
なんだこれは。どうして、人間がシガイになっているんだ。
「何なの、これ……」
茫然自失といった表情で彼女が口を零した。
「見ての通りだ……シガイを作っているんだ」
「違う! 私が言いたいのは……」
彼女がその先を言うことはなかった。きっと“それ”を口にしてしまえば、現実のものとして受け入れなくてはならないと無意識に感じ取ったのだろう。
「どうして人間がシガイになっているのか、か?」
彼女に代わり、男が坦々と言葉を紡ぐ。そのおぞましい言葉を口にするもの、まるで気にしてはいないといった口振りだ。
「ッッ!! あなたはどうしてッ!?」
地獄絵図とも言える光景を目の当たりにして、平然としている男に対し、つい彼女が憤る。
それはまるで筋違いな反応だったが、無理もなかったのかもしれない。あまりのことで彼女も混乱しているのだろうし、何より、男の冷静さまるで人でなしのそれだ。
男の言葉からは生命への尊厳もへったくれもないように思えた。
「もっと最低で最悪な光景を何度も見てきたんでね。もう、この程度じゃ驚きもしないさ」
これ以上の光景なんて冗談じゃない。どんな外道を行えばこんな悪夢の様な所業ができるのだろうか。
狂っているとかイカれているか、そんな生易しい言葉では形容することができない最低の仕業がここに存在していた。
「シガイは元々、人間だったのか?」
吐き出した声が震えていたのは自覚していた。僕にとってその質問は重要な意味を持っていたからだ。僕は「王の剣」だ。帝国が仕掛けてきたシガイを何匹も倒したことがある。もしかしたら、その中に……。
冷徹な表情のまま男が答える。
「必ずしも元が人間であるとは限らない。モンスターが変化したものや、何かの物や死体に憑依したもの、自然発生的に出現したもの、シガイのタイプは様々だ。だが、どれも共通して言えることは、ヤツらは闇の存在であり、一度なったらもう二度と元には戻すことはできないということだ」
気休めにしかならない回答が帰ってきた。別に今更、殺人に対して何か思うことがあるわけじゃない。シガイのみならず、帝国の将兵を何人も手に掛けてきた身だ。身の潔白を気にする立場ではない。でも……。
「私たちがここに連れてこられたのは」
「こいつらの材料にするためだ。帝国はあんたたちみたいな、魔力の強い人間を集めてはこうやってシガイに変えているんだ」
流石に思うところがあったのか、冷静だった顔を崩し険しい表情を浮かべ男が言う。
そう、こうして人間をシガイに変えていたのであれば、これまで未帰還として殉職扱いされてきた仲間たちを手に掛けていたかもしれないということだ。知らなかったとはいえ敵を手に掛けるのと、味方を手に掛けるのとではその意味は大きく違ってくる。
「一体何が目的で、こんな惨いことを」
帝国の国力は圧倒的だ。
別にシガイなんか使わなくても、世界の覇権は握れただろう。
僕はずっと帝国は自然発生したシガイを手懐け、使役していたのだと思っていた。
でもそうじゃなかった。帝国は人為的にシガイを製造し、兵器として運用していたのだ。
魔導兵だけでも十分であっただろうに、帝国はシガイ製造に手を出した。こんな凄惨な研究に手を出してまで成し遂げたいことなど、一体何なのだろうか……。
「どうだかな、世界を闇で覆うためじゃないか?」
男がそう呟いた。馬鹿みたいな台詞だが、この光景を見た後ではあながち冗談とも思えなかった。
戦争や侵略のためにここまでする必要があるのだろうか? 王国との戦いのためにここまでのことをする、何か切羽詰まった理由が帝国にはあるのだろうか? とてもじゃないが僕にはそんな理由があるとは思えなかった。
もっとなにか根源的な理由が……混乱や混沌といった、そういった無秩序で滅茶苦茶な世界を作り出すためにやっていることのように思えた。
それこそ「世界を闇で覆う」なんていう荒唐無稽で馬鹿みたいな話を信じてしまうくらいに。
「じゃあ、あなたはここに……何をしに来たの?」
僕たちが知らない多くのことを知るこの男は、一体ここに何をしに来たのだろうか。
男は「仕事だ」と言っていた。こんな狂気の
「言っただろう? 『仕事』だ。何が目的か知らないが、世界にシガイが溢れるのは都合が悪いんでね」
そう言うと男はさらに奥へと進んでいく。まるで迷いのない手慣れた動きだ。置いて行かれないように慌てて男について行く。
流石に、こんな異質な場所ではぐれるのはご免だった。
「……ここだ」
男が歩みを止めた先には、紫に輝く水晶が置かれた巨大な台座があった。
ここは、丁度広間の中央に位置する場所らしく、周囲には何も設置されていない。代わりに大量の管と線が台座から試験管へと続いていた。
水晶が発光する度に、管や線、試験管も発光していることから、どうやらこの台座は、水晶から“何か”を試験管へと送る装置のようだ。
「これって……まさか、クリスタル!?」
驚いた表情で彼女が言う。かくいう僕も驚きで顔が強ばっていた。
目の前にある水晶は、ルシス王国のそれと比べ大きさはかなり劣るが、紛うことなきクリスタルだった。
帝国がクリスタルを持っているなんて聞いたことがない。そもそもクリスタルはルシス王国にしか存在しないはずだ。そうでなきゃ、帝国が王国に仕掛けた戦争の大義名分が立たなくなる。
「正確には、その欠片、だな」
欠片だろうが何だろうがどうでも良い。何故こんな物が、こんな所にあるのかが問題だった。
だって、これは……クリスタルは……この戦争の切っ掛けなのだ。
クリスタル欲しさに帝国は戦争を始めた。この石ころのせいで、戦いが始まり、故郷は焼かれ、家族は引き裂かれ、僕はひとりぼっちになったのだ。
全ての始まりクリスタルだったはずだ。それが最初から偽りだったとすれば、僕は一体何のために戦ってきたのか。
「シガイを生み出すのに必要なのは闇の力だ。あんたたちはそれを『プラスモディウム変異体』なんて呼んでいるらしいが、シガイを生むには“それ”が必要だ。変異させるにしても、憑依させるにしても、自然発生させるにしても、な」
男が台座に近づき、設置されているクリスタルに手を触れる。
クリスタルはまるで拒絶するかのように激しく点滅するが、そんなもの物ともせずに男はクリスタルを台座から強引に引き剥がす。
ブチブチと音を立てて剥ぎ取られる音は不快極まりなかった。だが、不思議とせいせいとした。
「それでコイツがシガイの大元、『闇のクリスタル』だ」
「闇の、クリスタル……」
男がクリスタルを握り締め集中する素振りを見せると、さっきまで紫色に発光していたクリスタルがみるみる内に色を変え、瞬く間に燃えるような真っ赤な緋色に変わった。
「
溜息をつくように男が呟いく。
「それをどうするの?」
おそるおそるといった様子で彼女が尋ねた。
「こうする」
端的にそう嘯くと、男はクリスタルを頭上高く放り投げた。
そして背負っていた斧を構えると、放物線を描き落下してきたクリスタル目掛けて振り下ろす。
さしたる抵抗もなく斧はクリスタルを両断した。瞬間──クリスタルは断末魔の如く激しく発光すると、粉々に砕け散り、そのまま光の粒となって消滅していく。
「これで──」
男がそう言うか早いか、けたたましいばかりの警報が鳴り響き、広間中から呻き声と叫び声が聞こえ始めた。
ハッとして振り返ると試験管の中にいるヤツらが蠢き始めている。シガイたちが目覚め始めたのだ。
ドンドンという音のあとに、至る所からガラスの割れる音が聞こえる。次いで、化物たちが這う音が聞こえ始めた。
焦った様子で彼女が男に聞く。
「これも予定通りなの!?」
「いや……悪いが予定外の事態だ」
戦いが始まろうとしていた。
*
「セキュリティーは解除したんじゃ無かったのか?」
襲いかかってくるシガイを適度にあしらいながら、男は通信相手を追求していた。
特に責め立てる様子ではなく、やれやれといった感じの口調だ。男の視界の片隅では金色の双剣と黄色のレイピアが軌跡を描き、その度にシガイの死骸が積み重なっていく。
好戦しているが、しかし、明らかに劣勢だ。幾ら倒してもキリが無いといった様子である。
仕方なしに男が斧を振るう。
上段から大きく振り下げられたその一撃は、前方に衝撃波を生み、たった一振りで十数体のシガイを打ち倒した。
さっぱり綺麗になった戦場を見つめると、男は相通信手の弁明を待った。
『どうやら、そこだけ独立してシステムが稼働していたみたいですね。流石に三度目となると相手も対策してきているみたいです……ダメだ、こちらからは手出し出来そうにも……あっ!』
「どうした、大丈夫か!?」
そう安々とやられる手合いではないことは重々承知しているが、取り敢えず心配の声を上げる。
『……えぇ、今のところ僕は大丈夫です』
そう返答が帰ってきてから、少しの間沈黙し、再び通信が入る。
『……ところで良いニュースと悪いニュースがあるのですが、どちらから聞きたいですか?』
「……悪い方からだ」
嫌な予感がひしひしとしたが僅かに思案し、男は答えた。もっとも、こういった質問はどっちから聞いても碌な事態にはならないだろうが。
『どうやらシガイの覚醒に伴って、魔導兵も再起動したみたいです。指揮官クラスはもう倒してあるので、可能性としては遠隔操作でしょうね。つまり罠だったみたいです』
淡々と事務的に報告する通信相手。
キーになったのはクリスタルの破壊か……そう男は当たりを付ける。
とはいえこの程度のことでは、例え罠でも大した事態とは言えない。
これが悪いニュースであるなら、何の問題もないはずだ。残るニュースが本当に良いニュースであるならば、だが。
「あぁそうかい。それで良い方のニュースは?」
『そんな魔導兵もシガイも、全部吹き飛んじゃいます。やりましたね、お掃除する必要は無いですよ。なんせ研究所ごと無くなっちゃいますから』
案の定、良いニュースはまるで良いニュースとは言えない内容であった。
「俺の気のせいか? それは良いニュースと言えない気がするが?」
目頭を押さえて男が問いただす。
『でも、今すぐ自爆しないだけ良いニュースでしょう? 何とか基地崩壊フェーズは遅らせたので、今すぐさっさと脱出して下さい』
なるほど、確かにそれはある意味では良いニュースであると言えた。問答無用でタイムリミットと比べると、少しばかりは良いニュースだ。
「残り時間は?」
必要な事項を、短く男は聞いた。こういったシチュエーションはもう何度も経験している。何となくだが、帰って来る返答は予想できた。
『あと五分です。燃えるでしょう?』
通信相手の返事に男は顔を綻ばせる。
「あぁ、そういうのは大得意だ!」
水を得た魚のような活き活きとした声が、リンクシェルの先から聞こえた。
シガイ=妖異って思ったのは私だけじゃないと思いたい……。