「脱出するぞ、ついてこいッ!!」
男がそう叫んだのと同時に、僕たちは逃走へと身を翻した。
行く手を阻むシガイのほとんどは男がなぎ払い、僅かに討ち漏らしたヤツらは彼女と共に協力して倒していく。
即席ながらも完璧な連携が取れたのは、奇跡的と言えるだろう。
けたたましく警報が鳴り、大量のシガイに囲まれ、研究所が不自然なまでにグラグラと揺れている。どう考えてもいい兆候には思えない。だが、そんな絶体絶命の極限状態の中だからこそ、ここまでの動きができているとも言えた。
ようするに「火事場の馬鹿力」というヤツだ。文字通り辺りで火が燃え始めているし、間違いないだろう。
そんな中ひときわ目立っているのは、やはり男の活躍であった。
ほぼ全ての攻撃を一身に受けているにも関わらずまるでダメージを受けた様子はなく、逆にお返しとばかりに反撃し、まるでボロ雑巾の様にシガイを蹂躙している姿を見ていると、一体どっちが化物なのか分からなくなる。
「ちょっと!! かなり、攻撃されてるけど本当に大丈夫なの!?」
流石に心配になったのか、走りながらも彼女がそう聞いてくる。そりゃそうだ。さっきまで男の周りには、団子と見紛うほどにシガイが群がっていたのだから、そう心配するのも無理はない。もっとも、その肝心のシガイ共は、男が放った一撃で既に殲滅済みなのだが。
「あぁ、全く、全然、大したことないね」
強がりでもやせ我慢でもなく、マジで何ともないように男が言い返す。
全くもって恐ろしい男だ。現実離れしているだとか、常識外れだとかいう言葉が陳腐に思えてくる。
「どんな体してるのよ、あなた……」
この様子じゃあの時、彼女が突き立てたレイピアも、本当のところはまるで意味の無いものだったのだろう。今となって思えばあの程度の攻撃で効果があるとは思えない。むしろ、威嚇にすらなっていなかった。道理であんな余裕綽々な態度だったわけだ。
不死身とか無敵とかそんな言葉が相応しいと言えるくらいの呆れた頑強さだ。一体どんなことをすれば、これ程までの肉体を手に入れることができるのだろうか。きっと想像を絶する鍛錬だったに違いない。
通路から隔壁が下りてくる。おそらく進行を遮るためだろう。相手方は何としてでも僕たちの脱出を阻止したいらしい。
完全に隔壁が下り、これ以上の進行は不可能になる。こうなったら回り道を探さなくてはならないはずだが、この男の前でそんな常識が通用するはずもなかった。
非常識こそが常識であるかと言わんばかりの巫山戯た光景が目の前に広がる。
「邪魔だッ!!」
行く手を阻む隔壁など男の前では紙切れ同然ッ!! 例えどんなに分厚くても男の前では紙切れ同然なのだ!!
まるで、チェーンソーをぶち当てたような鈍いガリガリといった音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には完膚なきまでに破壊され、もはや「隔壁」は「隔壁じゃないもの」に変貌していた。
きっとこの光景を見たら、この研究所の設計者もびっくりすることだろう。まさか力尽くで突破されるとは夢にも思っていないに違いない。それも、たった一人の男の手によって、だ。
今回の件といい、牢獄の時の件といい、男の暴れっぷりときたら正に「脳筋」と言うに相応しい暴れっぷりだ。本来であるならば悪口と言っても過言ではない言葉のはずだが、何故だかそう形容することこそが正しいと感じてしまう。
「私たち、いる意味あるのかしら……」
「考えちゃ駄目だ! 考えたら負けだ!」
もう正直言って「もう、あいつ一人で良いんじゃないかな?」状態である。
だが、それでも僕たちがここにいる意味は確かにある、と思いたい。じゃないと正直言って空しくてやってられない。あれだけ何だかんだ覚悟とか何とか色々決めたのに、これではまるで無意味じゃないか!!
帝国がシガイを製造していたショックよりも、足手纏いにすらならないほど実力がかけ離れている事実の方が、ある意味ショックだ。
「さ、流石に自己回復とかはできないわよね……じゃないと益々私がいる意味が……」
小声で何か彼女が呟いた気がしたが、そんなこと気にしている場合ではない。
こうしている間にも男はドンドン先に進んでしまうのだ。少しでも歩みを止めようものなら瞬く間に置いて行かれてしまう。そんなに急ぐ理由に思い当たることが無いことも無いが、それにしたって急ぎ過ぎではないだろうか。
それでも何とか食らいつき更に進んでいくと、今度は大量のシガイの中に魔導兵たちも混じってきた。どうやらシガイの覚醒に合わせて、魔導兵たちも再起動したみたいだ。泣きっ面に蜂とは正にこのことだろう。もっとも、どっちが蜂でどっちが泣きっ面になるのかは知らないが。
そしてそれに加えこの激しい振動。何度も任務で帝国の基地に潜入してきた僕には分かる。これは基地が自爆しようとしている兆候だ。つまりあと幾ばくもしないうちに、ここから脱出しなくてはならないということだ。
男があそこまで急いでいたのはこういうことなのだろう。理由は不明だが僕の直感が「それは違う!」と叫んでいるが、それ以外の理由は見当たらないので、そうに決まっている。
「多分、もうあまり時間は無いぞ!」
念のためそう進言する。
「あぁ、あとせいぜい3分27秒ってとこだろう」
さらりと男が答えた。
何故、そこまで正確に分かるのかという疑問は飲み込んだ。
少ない付き合いの中でこの男の理不尽さは身に染みている。何故分かるのかというと、分かるのだから、分かるのだろう。もはやそういうものであると納得するしかない。考えるだけ無駄だ。
「3分27秒って何が!?」
それでも疑問に思う者は何処にでもいるらしい。あるいは、何にでも口を出す人間か……。
ただならぬ気配を感じ取ったのか、息を乱しつつも彼女が男に詰め寄る。
「この研究所が自爆するまでの時間だ」
これまたさらりと答える男。
「自爆!?」
対して彼女は驚愕の声を上げた。そんなに驚くべきことだろうか? 大抵の基地は、何かあれば直ぐ自爆するものだと記憶している。
「良くあることだよ」
「良くあることなの!?」
振り返って彼女がそう叫ぶ。
まあ、普通の人がこんな事態に遭遇するなんて滅多にないだろうから驚くのも無理はないだろう。
とは言え今回のようなケースは、良くあると言えば良くあることだった。
「二人とも随分と余裕そうね」
「まぁ、慣れてるから……」
「……同じく」
張り合うつもりはないが、男の方が僕よりも
「実に、頼もしい限りだけれども、それはそれでどうかと思うわ。どんな人生送ってきたのよ」
呆れた様子でそう零す彼女。
男の人生がどんなだったのかは断言できないが、僕の人生は、王都に流れ着いてからは戦いの連続だった気がする。確かに普通であるとは言えないだろう。
男に関してはもはや言わずもがなといった感じだ。僕の人生が「普通」だと思えるくらいに普通じゃなかったに違いない。
そんなこんなな会話をし、狭い通路を抜け、階段を駆け上がり、シガイと魔導兵を──主に男が──蹴散らして突き進んでいくと、開けた場所に出てきた。
そこには大量の車両と、ついでに目を覆うばかりの大量の魔導兵とシガイが闊歩している。何時ぞや男が言っていた駐車場だ。車だけが大量にあれば完璧だったのにと思ったが、男の顔を見てその考えは改めた。どうやら男にとってみれば“大漁”の魔導兵とシガイだったらしい。
僕たちが駐車場に侵入するのと同時に、ヤツらがこちらを振り向いた。眼光が鋭く光り、呻き声を一つ上げると、いっせいに僕たちに向かって猛進してくる。
「ヤツらは俺が引きつける! おまえたちは先に車を奪えッ!!」
そう檄が飛んでくる。
返答する間はない。雪崩の如く迫る大量のシガイと魔導兵は直ぐ目の前だ。言うか早いか、僕たちは弾けるように行動を起こした。
襲い来る集団の眼前を思い切って横切る。
普通だったらそのまま餌食にされるところだが、敵たちは全くの無反応で、その全てがまるで吸い込まれるかのように男の方へと向かって行った。完全に僕たちのことなんかお構いなしだ。もはや無視された悔しさすらこみ上げてこない。
「急ぎましょう!」
「ああ!」
男の心配なんか微塵もする必要はないだろう。これまでの暴れっぷりから察するに、あの程度では相手にもならない。逆に敵の方が心配に思えてくるくらいだ。僕だったら死んでも男の相手なんかしたくは無い。
想像していた通り、遠くの方からシガイの断末魔と魔導兵の爆発音が次々と聞こえてくる。
最悪、研究所の自爆に間に合わなくても、あの男なら何食わぬ顔で帰還してきてしまいそうだ。
男が敵の殆どを引きつけてくれたお陰で、駐車場内はがら空き同然の状態だ。
何の障害も無いその中を、ここぞとばかりに必死になって走り抜ける。このチャンスを逃したらもう活躍するチャンスは無いに決まっている。
目標は一番手前のサンドイエローの軍用車。ロックは開いていると男は言っていた。どうやって開けたのかは勿論知らない。
「魔導兵よ!!」
彼女の叫びに咄嗟に体を反転させ周囲を見渡す。
彼女の叫び通り、汎用型の魔導兵が一体こちらに向かって来ていた。男が引きつけ損ねたヤツだろう。
油断させるためなのか、敵は手を振っている。怪しい。こういった不審な挙動をする魔導兵は決まって自爆するか暴走しているかと決まっているのだ。見たところあの様子だと前者だろう。フレンドリーで陽気な感じがいかにもって感じだ。
先手を打つか、あるいは様子を見るか。だが考える余裕は無さそうだった。敵は迷わずこっちに向かってくる。電子音と少年の声が混じった音声で「大丈夫ですよー」なんて言いながらだ。当たり前であるが魔導兵は喋らないし、当然、大丈夫でもない。どうせ油断させるための策だろう。そんな手には乗るか。
先手必勝。魔導兵の弱点である頭部に狙いを定め、斬りかかる。
一度、二度、フェイントを入れ攪乱し、背後に回り、頭部に一撃を加える。
魔導兵は
「あっぶないぁ、もう」
斬りかかった右腕を捕まれた。そんな馬鹿な、完全にAIの虚を突いたはずなのに。
しかし、驚いている暇は無い。今度は残った左腕で──
「ッ!?」
「止めて下さい、魔導兵といえども痛いものは痛いんですよ?」
今度は斬りかかろうとする寸前で左腕を捕まれた。まるで先を読まれていたように流れる動きだ。
両腕を掴まれ隙だらけになった姿を晒してしまう。万事休すと思ったが、戦意は挫けなかった。僕は今、一人で戦っている訳じゃない!
「その人を離しなさいッ!!」
魔導兵の背後から黄色い太刀筋が煌めく。
鋭い軌跡を描いて繰り出される剣閃が魔導兵を切り刻んだ。なんでか知らないが、チョコボの「クェ~」といった間抜けな鳴き声が聞こえた気がする。
「ちょっ、痛い! もう、止めっ! だから、大丈夫だって言ってるのに! あぁ、もう!!」
魔導兵が怒りの声を上げると、周囲に稲妻が駆け巡った。魔導兵から電撃が放たれたのだ。弱点属性で攻撃するなんて、それは“アリ”なのか!?
「きゃあ!?」
「がぁああ!?」
衝撃に思わず苦悶の声を上げてしまう。だが、言うほど魔導兵の稲妻は強い電撃ではなかったようだ。ただし、妙に体が痺れる電撃だった。どうやらしばらくの間は身動きは取れなさそうだ。
戦闘において、それは致命的だった。自爆するにしても暴走するにしても、絶好のチャンスだろう。
しかし決定的な隙を晒しているというのに、魔導兵からの追撃が来ない。
何故だ? 麻痺し続ける体を無理やり動かして魔導兵を見上げる。思考を巡らす暇も無く、再び少年と電子音が混じった奇妙な声が聞こえた。さっきから何度も聞いていた、この魔導兵の“声”だ。
「もういい加減にして下さい! こんな見た目ですが僕は味方です! 攻撃しないで下さい!!」
明らかに不服といった様子で魔導兵が憤慨している。現実には考えられない光景だ。今日はそんな光景をもう何度も見た気がするが、慣れる気配は一向に無い。
「味、方?」
「本当、なのか?」
信じがたいことだが、決定的な隙を晒しても追撃してこなかったということは、そういうことなのだろう。少なくとも、こちらに対し敵意が無いのは間違いない。
「そうですよ! 一緒にいた大男から聞いてないんですか?」
「い、いえ、何も、聞いてないわ」
まだ痺れがとれない状態で彼女が否定の言葉を口にした。大男と聞いて直ぐさまあの男のことが頭に浮かんだが、魔導兵のことなんて一言も言っていなかったはずだ。聞き漏らしや聞き流したとも思えない。
「あっんの、脳筋クソ戦士がぁあああ!!」
魔導兵とは思えないほどに感情豊かに吼える魔導兵。まるで人間が魔導兵のコスプレをして怒号を上げているようだ。昨日までの常識では夢にも思わなかったことだろう。
今日は随分と常識が崩される日だな、と未だ麻痺の取れない体のまま僕はそう思った。
でもそれが男の仲間であるというのなら、なぜだか妙に納得できてしまうのだから不思議だ。もはや実は異星人だったとか言われても、笑って済ませられる自信がある。
「兎に角、もう時間がありません。さっさと車を奪って脳筋野郎を回収しましょう」
若干投げやりな感じでそう提案する魔導兵。確かに時間が無いのは事実だった。こんなことにカマ掛けている暇は無いだろう。
「あぁ、もう何がなんだか分からないけど、分かったわ!」
彼女も投げやりにそう答えた。
そして、まさかの長くなったので分割投稿(´・ω・`)
続きは明日の八時に予約投稿します。