英霊狩り、あるいは慈悲深き狩人の行動録   作:とけるキャラメル

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狩人の流儀

「そういえば、まだ聞いていなかったわね。ねえジャック、あなたの願いってなあに?」

 

どこか憂いを感じさせる蠱惑的な女性、六導玲霞は唐突に尋ねた。問いを投げかけられた相手―――――どこか獣を思わせる、特徴的な帽子を目深に被った青年―――――アサシン。いまは『ジャック・ザ・リッパー』()()()()()()()()()()()彼は、作業を止めて玲霞のほうへ向き直った。

 

「狩りだ」

「狩り?動物でも狩るの?」

 

青年の返答はあまりに簡潔だった。彼と出会ってからの短い時間で玲霞が学んだことは、彼は口下手らしいということだ。このように先を促さないと、興味のないことはあまり話してくれない。

 

―――――確かに、ジャックは銃を持っているし、あの大きな刃物は仕留めた動物を解体するのに使うのかしら?

 

そう考えればあまり不自然ではない。しかし、目の前の青年は自分のことを伝説の殺人鬼と名乗った。その彼の望みがどうして猟師の真似事なのだろう?そういった仕事に従事していたのだろうか。

 

「断っておくが、俺は猟師ではない。狩人だ」

「狩人?」

 

それはどうちがうの?とは尋ねない。仕事からの経験上、男の人が強いこだわりを持つことを、別の何かと一緒くたにすると酷く機嫌を損ねるからだ。それを鋭敏に感じ取った玲霞は、思わず微笑みそうになる表情を固めるのに必死だった。

 

―――――可愛いところもあるのね。

 

自分に弟がいたら、こんな感じだろうか。妙に老成した青年に不思議な親近感を覚えていると、彼のその口から先ほどの発言の補足が述べられた。

 

「穢れた獣、気色悪いナメクジ、頭のイカれた身勝手な連中、みんなうんざりじゃあないか」

 

「だからこそ殺し尽くす。それに……」

「それに?」

「狩りは楽しい。だからやるんだ。それだけだ」

 

そう言うと、彼は作業に戻った。黙々と取りかかる様は熟練の職人を思わせる。寡黙で、飾りっ気というものがないこの青年は、すでに十分に玲霞の興味を引いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◯◯◯◯◯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔術師だという男により殺されかけたあの夜、しかしそれは青年と出会った夜でもあった。

彼女はまさしく幸運で、それゆえに生きながらえることができたのだ。

 

―――――生きたい。

 

そんな当たり前の願いを叶えてくれたのは、何の因果か伝説の殺人鬼を名乗る青年だった。

死の恐怖と非現実的な出来事を目の当たりにし、珍しく多少の動転を見せているうちに、青年は手慣れた様子で魔術師の男を()()()()()()。そして奇妙な道具、焼きごてのようなそれを取り出すと、すでに死体となった男の手に押しつけた。まるで型取りのように、真っ赤になるまで熱されたそれで、令呪なる幾何学模様を引き剥がす。男の手の甲が焼け、肉の焼ける臭いを放つ焼きごてを今度は玲霞に向けると、じっと見つめるよう指示した。網膜、そして脳髄に幾何学模様が刻み込まれるのを実感すると、やがて鈍い痛みとともに自分の手の甲に同じ模様が浮かび上がった。

 

青年は一通りの説明を終えると、聖杯戦争なる儀式に参加するか否かを問うてきた。

結論から言えば、玲霞はアサシンのマスターとして参加を決めた。

そして、とんとん拍子に物事は進み、現在はルーマニアにて聖杯戦争の趨勢をうかがっているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

◯◯◯◯◯

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそッ!!」

 

がらくたの山と化した未完成の空中庭園で、シロウ・コトミネは悪態をついた。彼の普段の微笑と、穏やかな態度。そのどちらもが焦り故に消え失せていた。

 

―――――おかしい、なぜこんなことになったのだ。万事、うまくいっていたはずだ。

 

誰が予想しただろう。このときのために60年もの歳月を費やしてきたのに、たかが殺人鬼ごときにここまでやられるなどとは。

赤のアサシン・セミラミスはすでに消滅し、彼女の宝具である空中庭園も、ついに未完成のまま高価な石塊と化した。

さらには自身の左腕さえも切り落とされる始末。

まあいい。まだ計画が完全に潰えたわけではない。まだ大聖杯のある敵地に突入する手段は失われていないし、本命たる自身の右腕も健在だ。まだとりかえせる。まだやりなおせる。

そう自分に言い聞かせて心の安定を保つ。もう二度と同じ失敗はしない、そのためには分析が必要だ。思い出せ、黒のアサシンはどんな奴だった?

 

まず、状況だ。黒のアサシンのマスターから手紙が来た。成り行きで参加者になってしまったから、身の安全のために赤の陣営に加えてほしいというものだ。ユグドミレニアの一族ではないから黒の陣営に加わることもできないので、まあ妥当な判断だなと納得した。こちらを警戒してのことだろう、わざわざ場所を街外れの廃倉庫に指定し、そこで交渉することになった。

 

やってきたマスターはどう見ても一般人である若い女。魔術師が正体を偽っているということはないし、仮にそうだとしてもこちらにはセミラミスがいる。黒のアサシンの姿が見えないのが気になるが、それもやはりセミラミスに見抜けないはずがない。少なくとも攻撃の瞬間には探知の魔術に引っかかるだろう。そうなれば普通のマスター

ならいざ知らず、自分であれば対処できる。そう考えたことが失敗だった。

 

黒のアサシンのマスターを操り人形とすべく、セミラミスが実体化した次の瞬間。妖艶な女帝の体が「く」の字に折れ曲がりながらすっ飛んでいった。即死であったから、苦痛を感じなかったという意味では幸せだったかもしれない。啓示は危機を知らせていたが、それをセミラミスに告げるよりも黒のアサシンの方が早かった。アサシンのマスターの傍らに控えるようにして男の姿が浮かび上がる。

 

『ジャック・ザ・リッパー』、十九世紀の殺人鬼。自らの能力は、相手の真名をそう告げていた。

 

 

セミラミスに全く感知されず、それどころか逆に彼女を不意打ちするほどの気配遮断。いかに彼女が本職の暗殺者ではないとはいえ、魔術による探知をもかいくぐり一方的に攻撃してのけた。かつ耐久に優れたサーヴァントではないとはいえ、一息に仕留めきるほどの攻撃力。

 

警戒はあまりにも遅かった。自らのサーヴァントを失うばかりか、次の瞬間、斬りかかってきたのだ。悪意と殺意をそのまま形にしたようなノコギリが迫る。一命はとりとめたが、しかしその代償は決して安くはなかった。自身の半身たる力を秘めた両腕、そのうち左を失ったのだ。切断された左腕を、アサシンは抜け目なく拾い上げる。

 

「初めて顔色が変わったな。そんなに大事な駒だったか、あの女は?」

 

ここで反応してしまったのがまた、まずかった。何かありますと言っているようなものだ。何にせよ腕を回収されたのはまずい。相手にとっては令呪を狙って外れたか、戦果の証拠くらいのつもりかもしれないが、もし腕をユグドレミアに持っていかれたら自分の正体が判明してしまう!!なんとしても取り返さなければ。そう思い斬りかかるも、相手の敏捷はA。自分の足では追いつけず、素早くマスターを抱え上げるとためらいなく逃走を始めた。

 

そして廃倉庫を交渉場所にした最大の理由を知る。

倉庫が爆発した

何のことはない、あらかじめ大量のガソリンを隠しておき、逃走時に火を付けただけだ。

派手に炎を上げ爆音が鳴り響く。そう遠くないうちに野次馬や役人が集まってくるだろう。

これならば自分を仕留めきれずとも逃走だけは確実にできる。

 

 

これが事の顛末。軽い考えで会いに行った結果、まんまと相手の策にはまった。計画の要たるセミラミスを失い、

自身も決して軽くないダメージを負う。なんたるザマだ、いざ実行という段階になって、計画が根底からボロボロになってしまった。

 

―――――それでも俺は、人類を救うのだ。

 

もはや妄執でしかない信念を燃やし、自身を奮い立たせるシロウ。

その姿は黒のアサシンが忌み嫌う、身勝手な狂人のそれであった。

 

 

 

 

 

 




セミラミスは(デザインだけは)好きなキャラクターなので退場させるのは残念です。
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