―夜
(あ~、疲れた。主にハゲ課長、いっつも私ばっか怒ってくるし。いつかあのバーコード引きちぎってやる)
帰宅ラッシュなどとうに過ぎた時間。暗い河川敷沿いの道をOLが一人歩いていた。
こんな時間に女性が一人で歩くというのは危ない。しかし今日に限っていつも迎えに来てくれる彼氏は出張でいない。タクシーを使おうかとも思ったが、お金の無駄遣いは嫌なので徒歩を選んだ。
だが、ときにその無駄遣いは命を救うこともある。
コツコツコツ…
「っ!?」
突然後ろから聞こえた足音に驚いたOLが振り返るが、そこには誰もいない。一定間隔で置かれている街灯の光を頼りに目を凝らすも、やはり誰もいない。
(気のせいね…)
疲れとこの状況からくる幻聴だろう。
そう思ったOLがまた前を見た瞬間、
「ヒィィィィっ!」
首筋を生暖かく、ぬるりとした何かが這った。
振り向きざま、手に持っていたハンドバックを全力で振るって変態野郎にぶつける。
当たった。
明らかに何か固いものを殴りつけた感触があった。自分を襲った変態野郎に一発ぶちかましたことに爽快感を覚えたが、殴った相手を見た瞬間、背筋が凍った。
「シャア゛ア゛ア゛…」
背後にいたのは、蛇のような人型だった。
首から下は鱗で覆われており、左腕に円盾をつけ、右手に刀身の太い剣を持っている。そして何よりも、あまりにも長すぎる首と、その頂点にある蛇頭が、OLにその存在をはっきりと異形のモノだと理解させた。
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!」
OLは悲鳴をあげながら尻もちをついた。
恐怖で膝が笑い、立てない。だから必死に助けてと叫びながら這って逃げようとするが、この辺りに住宅はない。住宅があるのは、川の向こうと、その反対側にある木々の向こうだ。
「シャアアア…」
怪人の大きな左手が迫る。
自分をどこかへ連れ去るのか?それともここで殺すのか?
絶望を前に、OLはただ泣き叫ぶことしかない。
「い、いや!助けて!誰かあ!!」
ブゥゥゥゥゥウッバアアン!!
突如木々の間から現れたバイクが、怪人を突き飛ばす。
かなりの加速をつけた突撃の衝撃は凄まじく、怪人は川の方に吹き飛ばされた。
「怪我はありませんか?」
バイクから降りた人物がOLに声をかける。黒いヘルメットを着けているせいでくぐもっていて分かりにくいが、その声はまだ若い。
「は、はい…」
「早く逃げてください。でないとまたアイツが来ますよ」
「え、だってバイクと衝突したんですよ。さすがに死んでるんじゃ」
「だといいんですけどね」
ガサリと、草を踏む音が聞こえた。
「そんな!?あれで死んでないだなんて!?」
「あいつらはこの程度の攻撃で死にませんよ。さ、それよりも早く逃げてください」
「で、でも…」
OLは青年を不安げに見上げていた。
「大丈夫、あなたは死にません。あいつは俺がやっつけますから」
その声はとても優しく、力強かった。
「さあ、逃げてください。振り返らず、がむしゃらに」
青年の声を聴いてから震えが収まった足で、OLは走り出した。
それとほぼ同時に、怪人が再び道路上に姿を現す。
「シャア゛ア゛ア゛ア゛!!」
獲物を逃がされて怒っているのか、怪人は殺気を青年にぶつける。
対して青年は怪人の殺気を受け流し、両手を腰にかざした。
すると青年の腰を中心にして、金色の光の線が回転する。光の線が消えた後、そこには複雑な文字のような装飾が施され、真ん中に黄金の玉が嵌ったベルトを装着していた。
そのベルトを見た怪人が、目に見えて困惑する。
「ゼ…フォン…」
「変…身っ!」
掛け声とともに青年の身体は金色の光に包まれると同時に当たりに衝撃波が発生した。
光が収まると、そこにはもう青年はいなかった。代わりに現れたのは、全身が金、銀、黒で覆われた戦士だった。
「ふんっ!」
戦士は開いた左手に右の拳を叩きつけ、ファイティングポーズをとった。
頭を前に傾け、両手は顎の前に。体は少しだけ左半身を前にしている。まるでインファイト型のボクサーのような格好だ。
そして戦闘スタイルもまるでインファイト型のボクサーだった。ステップを刻みながら、身体を左右に揺らして接近する。しかし怪人の右手に剣を持っている。リーチは怪人の方が長い。
だから当然、怪人の攻撃の方が先に戦士に届く。
「シャ!」
縦振りだ。怪人は反撃を予想し、左の円盾を使った防御の邪魔にならないこの攻撃を選んだ。
対して金色の戦士。接近する勢いのまま体を右に振って斬撃を回避する。そして左、右のワンツーパンチを怪人の首の付け根を狙って繰り出した。
よって怪人の選択は正解だった。戦士の攻撃はすぐにかざせた盾によって阻まれて鈍い音が響く。
しかしそれで戦士の攻撃は終わりではなかった。引く右の拳に合わせて右膝を繰り出した。さらにそのパワーにたまらず後ずさった怪人に飛びかかり、少し下がった円盾の上を超えて右の拳を怪人の首の付け根に叩き込む。
「オラァっ!」
戦士の拳は見事に怪人の首の付け根を穿った。左に捻るように放たれた拳から、肉をえぐる感覚が伝わる。
怪人は激痛に身をよじり、悲鳴をあげた。気道が潰され、一瞬呼吸が止まる。
戦士はこの隙を逃さず、一気に怪人の懐に飛び込んで密着し、相手の腹、それも人間であれば肝臓がある辺りを何度も何度も殴りつける。その拳は一撃一撃が強力で、肉を叩く音があたりに響いた。
「ア、ア゛ア゛…」
怪人は明らかに弱っていた。だが戦士は容赦しない。怪人の腹部への攻撃をやめ、今度は右の拳で怪人の右肘を思い切り殴りつけた。骨が折れる音が鳴り、怪人は剣を取り落とす。武器を失った怪人に、もはや勝機はない。
戦士が右手に意識を集中する。
すると円錐型の金色のエネルギーが戦士の右手を包んだ。そのエネルギーは相当なものであり、パチパチと音をたててスパークしている。
「これで、終わりだああああ!!」
戦士の必殺の拳は防御もままならないほどのダメージを負った怪人に直撃した。怪人の身体は再び川の方に吹き飛ばされ、地面を転がる。
すると力なく地面に横たわった怪人の身体に異変が起きた。攻撃を受けた心臓部が急激に膨らんだのだ。いや、それだけではない。腹部、両腕、首、あらゆるところが膨らみ、そして爆散した。
青い血が、あたり一面にぶちまけられる。
「あーやだやだ、相変わらず酷い匂い。後始末は警察に任せてさっさと帰ろ」
変身を解いた青年は、ここまで乗って来たバイクにまたがり、その場を後にした。