“連れ出してくれ”
その言葉が何を意味しているのか、私には解らない。
どうして彼が……、飛野 鷲くんがそんな事を私に話すのか、私には解らなかった。
「飛野くん…、一つ聞きたいのですが、何故そんなことを……?」
私が
個性を発動していない飛野くんの瞳の色は髪の色と同じ、明るめの茶色だった。照明があるからなのか、光を取り込む飛野くんの瞳は一寸の濁りもない、綺麗なものだった。
私や死柄木くん、黒霧さんとは明らかに違う。
「自分の今の
「おい、加渡。なに、勝手に決めてんだよ」
横から死柄木くんの声が聞こえてくる。
けれど今は、彼の言葉に反応している場合じゃない。
今ここで一人の少年が、足を踏み外しかけているのだから。
「飛野くん…。良いですか?
「掌ヤローと、靄男は知らねぇが、お前は有名な
…こう、人の口から有名な
必死に目を逸らしても、結局、前を向けと顔を向けられてしまうのだから…。
私は内心で重い溜め息を吐きながら、飛野くんへと視線を向ける。
相変わらず、淀みのない綺麗な茶色の瞳は私を見詰めて離れない。
きっと私が視線を逸らしたところで、飛野くんのその瞳とその目は私を追い掛け続けるでしょう。私が眉を寄せ、唇を引き結んでいると、飛野くんの口がゆっくりとした動作で動き出した。
「……頼む。こんな、狭くて、束縛だらけで、自由のない世界から、連れ出してくれよ」
私は何故か、昔の自分を思い出してしまった。
物心ついた時からその施設にいた私は、小学校に上がるまで施設の外に出る事が出来なかった。
異形型の個性の子にも対応されて創られた、重厚かつ巨大な塀は、子供であった私たちから見れば難攻不落であり、私はこの塀の外にある世界に酷く憧れていた。
きっと外の世界には、寛容で心優しい人がいるのだと。
きっと外の世界には、施設ではあまり食べられない甘くて美味しいお菓子が食べれると。
きっと外の世界には、
でも、現実は違った。
小学校に上がって、晴れて小学一年生になった私は初めて、外の世界へと足を踏み出した。
けれど、外の世界に出たとしても私を絡めて離さない、鉄の鎖、枷というなの“血”は私に、外の世界への憧れと共に一緒にくっついて回る事になった。
私は、自由には成れなかった。
「おい、大丈夫か?アンタ」
私を心配する、飛野くんの声に現実に引き戻された私は平然と、笑顔を
そんな私の笑顔に、怪訝そうな顔をしたのは飛野くんだけじゃなく、私たちのやり取りを見ていた死柄木くんもだった。
死柄木くんの表情に、口角が引き吊るのを感じる。
「……アンタ……。笑顔が気持ち悪ぃ。目も笑ってねぇし、嫌悪感がすげぇ」
「……泣いていいですか?」
私が内心、傷付いているのを解っているくせに、不気味なほどに笑う死柄木くんと、相変わらず怪訝そうな顔をする飛野くん。
……どうやら、今、この状況で私に味方は居ないらしい。……知ってたけど……。
深い溜め息を吐き、私は飛野くんに視線を向ける。笑い続ける死柄木くんは、無視することにした。
私の視線に眉を寄せた飛野くんは、居心地が悪いのか小さく「なんだよ……」と、声をもらした。
それが実に子供っぽくて、私は思わず飛野くんの頭を撫でてしまった。
「ぎゃぁ?!何すんだてめぇ!!」
非難の声をあげながら抵抗する飛野くんの茶髪の頭を撫でながら、私はこんな子までを犯罪者へと誘ってしまう世を深く憎む事になる。
「すみません。子供っぽくてつい」
「“つい”じゃねぇよ!!あと、“子供っぽく”もねぇ!!」
飛野くんの言い分に、爆笑し出した死柄木くんに私も釣られるように小さく笑い声を上げた。
この時、私はごくごく自然に笑えていたのだと思う。
だって、そうじゃなきゃ飛野くんが驚くように目を見開く事もなかっただろうし。
なにより死柄木くんが、掌の下で目を細めて私を見る事もなかっただろうから。
私は、自由には成れなかった。けど、それ以上に“大切なもの”に巡り会えた気がした。
これだけが、二十年と数ヶ月生きてきた私にとって、最上のもののような気がする。