施設にある私の部屋の小さな窓から見える外の景色は、幼い私にとってはとても大きく、想像を膨らませるには十分だった。
晴れの日、明るく目も当てられないほど眩しい太陽は、手を伸ばせば届きそうだとよく思っていた。
曇りの日、太陽が雲に隠れて見えないけれど少し涼しくて私は好きだった。
雨の日、雨が葉を叩く音は心地のよいもので、私は雨の日がとても好きだ。
その代わり、豪雨や落雷は苦手で大嫌いだ。
何故、苦手で大嫌いだったのか分からなかったが施設で働く人がコソコソと話していたのを聞いたら「あぁ、そっか」と納得してしまった。
私が豪雨や落雷が苦手な理由は、母親が雷が落ちる豪雨の日に死んだからだ。
まぁ、死んだと言っても私に母親の記憶はこれっぽっちも無いのだが、よく母親の胎内にいた時のことを覚えている子供がいることと一緒なのかも知れない。
物心はつかなくとも、覚えている。
だから、豪雨や落雷が苦手で大嫌いなのだと勝手に結論づけた。
「おい、何してる」
隣から声を掛けられ、首を動かしてみれば不健康そうな顔色をした細い男が私の隣にいた。
唇はかさついていて、私よりも身長は高いくせに身体が細いせいで私よりも身長が低く見える。
「いえ、ただ空が広いなぁ……と、思いまして」
「は?何だよお前、気持ちわりぃ」
……はは、酷いですね。
「お前が先生の紹介じゃなかったら殺してたところだ」
「先生?あぁ、あの人ですか。施設から脱走するのを手伝ってくれた」
どこから情報が漏れたのかは分かりませんが、施設内部に黒い靄のようなものが現れ、そこから今私の目の前にいる不健康そうな男……そう言えば。
「名前、言っていませんでしたね。私の名「
あの人は、この人に何を言ったんでしょうか。
「そうですか、それで貴方の名前はなんというんですか?」
「は?何で、お前なんかに俺の名前を言わなきゃなんねぇんだよ」
「いえ、一応知っておかなければ貴方を呼ぶときに面倒ではないですか」
口角を持ち上げて緩く笑うと、何故か物凄く怖い目付きで睨み付けられました。
そう言えば、施設にいたころも私が笑うと同じく施設にいた子たちに怖がられ逃げられていた気が……。
私の笑顔は気持ち悪いんでしょうかね?
「……お前、目か笑ってねぇぞ」
「笑顔なんて、口元に
私がそう言うと、不健康そうな男は片方の口角を吊り上げて笑うとニタニタと笑み浮かべ始めた。
流石は本物の
笑い方が面白いくらいに、悪者っぽい。
「死柄木弔」
「?それが、貴方の名前ですか。名前に“死”が入っているだなんて、縁起悪いですね」
殺意ある目で睨まれたため、口を閉ざすと死柄木弔……長いですね、死柄木くんにしましょうか。
死柄木くんは、私の前を通ってカウンターの席に勢いよく座る。
窓の外から見える景色は、施設にいた頃よりずっとずっと広くて、夢にまで見た“外の世界”に私は胸を踊らせ、そして消沈した。
外の世界は、あの小さな窓から見えていたからこそ輝いて見えていたのであって、いざ外に出てみると外の世界はこんなにも汚く思えて仕方がなかった。
「おい、だからなんで外ばっか見てんだよ」
「空が広くても、色がないように思えてしまって」
「は?意味分かんねぇ」
自分から聞いてきたくせに、バッサリと切り捨てた死柄木くんはそのままカウンターのテーブルに頬杖をついてブツブツと私に対する悪態をつき始めた。
私たち、今日会ったばかりなんですがね。
それにしても、何故こんなことになっているんでしょうね。
死ぬまでいると思っていた施設から、何故私は外の世界にいて、こんな“バー”なんてところにいるんでしょうか。
全く意味が分かりません。
私は別に、外の世界に対して強い憧れを持ってはいましたが、外の世界へ行ってみたいだなんて思ったことはないんですがね。
死柄木くんに先生と呼ばれる、あの人は一体私に何を期待しているんですかね……。
私は別に、母親を自殺にまで追い込んだ
(そもそも、私には母親の記憶なんてないので、どうとも思ってないんですがね)
薄暗い店内で、天井を見上げる。
施設の天井は無機質で、木材じゃなくて個性を使っても壊れないように鉄よりも硬い特注の素材で作られたものだったから“木の温もりが~”は私には分からない。
まるで、監獄のような施設から出れたことは嬉しくも思うし、有り難くも思う。
けれど、外の世界に出れたら私は一体、何をすればいいんだろう。
死ぬまでいると思っていた施設から出てしまったんだ。
私にはやりたいこともなければ、目指すべきものも、何もない。
あぁ、嫌だ。
グルグル考えると、どうも思考が鈍ってくる。
気持ち悪い。
……眠い。
考えるのは、目覚めた時でいいや……。
カウンターのテーブルに突っ伏して、身動ぎもしないまま眠ってしまっている移之を見下ろして死柄木は何を思ったのかスッと右手を伸ばし移之の頭に触れようとした。
「何をやっているんですか。死柄木弔」
何の音もたてずに現れた黒い靄のような身体を持つ男を見て、死柄木は「チッ」と軽く舌打ちを放った。
「帰ってくんのが、早ぇよ。それで、先生は何て言ってた?」
「暫く、預かっていてくれと」
「マジかよ……。コイツ、目が気持ち悪いんだよ。黒霧、コイツ殺してもいい?」
まるで子供が玩具で遊んでもいい?と訪ねるように軽く移之を殺したいと宣言した柄木に、黒霧は溜め息を吐き出すと、カウンターのテーブルに突っ伏して眠ってしまっている移之に視線を向けた。
「たった数時間、動き回っただけで体力の限界ですか」
「弱過ぎるだろ?」
そう言って、移之に手を伸ばそうとする死柄木の手の動きを静止させると、黒霧は奥の部屋から持ってきた薄手の毛布を移之にかける。
「親も使えなきゃ、子供も使えねぇんだ」
「彼自身は使えなくとも、彼の個性は使えますよ。死柄木弔」
移之の個性は自分が持っているものや他人が持っているものを、自由に交換することができる。
例えば、自分が手に怪我を負ったとして手に怪我のない他人に触れると怪我を触れた相手に移すことが出来る。
移した怪我は他人の手に。
そして、自分の手には怪我がない他人の健康状態の手がということになる。
なんとも、