ゆっくりと瞼を閉じて、この光景を目に焼き付けておこう。そう思った。
嫌に呼吸と思考だけが冷静で、周りの音が何一つとして入ってこない今の私の状況は、“冷静”と、呼んでいいものなのか。
隣に居る死柄木くんが何も言ってこないのを良いことに、ただ私は施設長を睨んでいた。
「……さて、では帰りましょうか。死柄木くん」
「は?あの、施設長とかいうジジイ殺さなくていいのかよ」
確かに、殺したい相手が出来たとは言いましたが、何も今じゃ有りません。
それに今ここで、施設長を殺そうと飛び出して行った所で警察に捕まってしまったり、一般人に危害を加えて仕舞います。
私が殺したい相手はたったいま、虚言を吐きやがった施設長なのです。
それ以外を殺したって何の意味もないじゃないですか。
きっと私がこう言えば、死柄木くんは心底不思議そうな顔をして「意味わかんねぇ」なんて言うんでしょうけれど。
「いいえ、死柄木くん。誰かを殺……陥れる為にはまず計画を練らなければ。今ここで、私が施設長を殺したら完全に私が悪者じゃないですか」
「計画?んなもん、必要ないね。気に入らないならぶっ殺しちゃえばいいじゃん」
う~ん、死柄木くん貴方って人は。
相変わらずの
ですが、その言葉は慎んだ方が宜しいと思いますよ?
少しだけ両方の口角を上げながら、何時もとはまた違った新しい
そんな施設長に寄り添いながら「大丈夫ですか?」なんて、声を掛ける報道陣の女性。その光景を見ているとどうにも、笑えてきて仕舞う。
……施設長って、あそこまで演技上手でしたかねぇ?
……施設長の涙に心を揺すられる報道陣。滑稽ですよ。
馬鹿ばっかりだ。
「行きましょう、死柄木くん。施設長のあの嘘泣きを見ていると、笑えてきそうで」
私がそう言って笑うと、死柄木くんはかさついた唇を開けて何かを言った気がしましたが、冷静だと思っていた頭の中に死柄木くんの言葉は入って来れなかった。
私はそこまで耳は遠くないはずなのに、本当今日は、可笑しな事が連続して起こりますね。
段々と音が聞こえなくなっていく。
なのに頭の中だけは、スッキリしていて自分の事なのにとても不気味に感じる。
沢山の人たちが口から発する、音声が一番最初に聞こえなくなり、その後に周りの騒音。そして、私が自分の足で地面を踏みしめる音が聞こえなくなった。
「……初めてですよ。……人に、ここまでの“殺意”を抱いたのは……」
口から漏れ出た私の声は、異常な程に低くて私自身よくこんなに冷たい声が出せた事にちょっと、驚いています。
報道陣が乗って来た車で埋まり掛けている道路の脇を通りながら、あの施設長をどう殺……貶めようかと考えながら歩き、少しずつ
私が育った施設は、田舎と言えば田舎のような何とも曖昧な場所にある。
昼間は確かに人がいるのですが、施設の近くには家は一軒も建っていない。
近くに
だからなのかは解りませんが、
「黒霧さん。待たせて仕舞って申し訳ありません」
私たちが帰ってくるまで待っていてくれた、黒霧さんにお礼を述べる。
黒霧さんの個性は“ワープホール”。とても便利で使い勝手の良い個性ですが、如何せん身体が黒い靄なもので目立ちやすいんですよね。
なので、私たちと一緒に来るのは無しになり人気の無い場所で私たちを待っている事に成った訳です。
黒霧さんの個性って、異形型に含まれるんでしょうか?
それとも、常時発動型の個性?……どっち何でしょう?
「随分と早かったみたいですが。どうされましたか?」
「いいえ、どうともしませんよ。ただ、施設長が虚言を吐いてくれやがっただけですから」
ニコリと笑って見せれば、黒霧さんは黒い靄に浮かぶ二つの黄色い目を細め私の後ろへと視線を向けた。
私の横には死柄木くんが居るので、後ろには誰も居ないはずなんですが可笑しいですね。ふと、私も黒霧さんと同じように後ろに視線を向けようと、振り返る。
そこには、こちらを射殺さんばかりに睨み付ける一人の
「大方、警察に依頼でもされて、警備をしていていた
「へぇ。
黒霧さんの説明に私が疑問を口すれば、黒霧さんはゆっくりと私の前へと移動した。
「確かに、
え?何だがそれって……。
良いんですかねぇ……。私の思っていた
「……何を言っているかは知らんが、貴様、
ここで、俺に捕まれ、
そう言って、地面を蹴り上げ突進してくる
私自身、戦う力なんて有りませんからね。無理にしゃしゃり出て、死柄木くんや黒霧さんの迷惑に成ってはいけませんのでね。
それに、別に私みたいな一般人ですら目で追える速さでしか動けない彼に、死柄木くんと黒霧さんが負けるはずがありませんからね。
これは別に、“そう、思っている”訳では無いんです。これは、ただの“確信”。死柄木くんと黒霧さんは、絶対に彼に負けないという確信。
チラリと視線を動かして死柄木くんを見てみれば、横顔からでも解るほどに口角を吊り上げてニタニタと笑っているじゃ、ありませんか!!
ちょっと、面白くて笑い声を漏らして仕舞えば軽く舌打ちされて死柄木くんが地面を蹴り上げ飛躍し飛んで来た
「うぐぅッ……?!」
驚愕と痛みのせいで随分と間抜けな悲鳴を上げて死柄木くんから距離を取った名も知らぬ
顔色は悪くなり、鼻息は荒くなっていき、死柄木くんを見る目が異常な程の恐怖の色を孕ませながらその二つの目で見詰める。
何気に、死柄木くんの個性をこの眼で見たのは初めてですね。
見た感じでは、崩す能力なのは間違いなさそうですが発動条件は何なんでしょうか?
「ッお前、一体何者だ?!こんな個性を持ってる
あぁ……、弱音を吐いた時点で三流か三流以下ですかね。
私がテレビの向こうで見ていた
「……どうしましたか?」
「いえ、何となく。彼、
私が黒霧さんに応えると、低い笑い声を上げながら死柄木くんが首をガリガリ掻きむしりながら口を開いた。
「
パチリと、一瞬だけ目を閉じて仕舞った。
その瞬間に地面を蹴り上げる音が聞こえ、目を開けた瞬間には私のすぐ近くにいた死柄木くんは
ボロボロと崩れていく自分の腹を見て、大きく口を開けて叫ぼうとした
カヒュカヒュと、声に成らない声を上げながら必死に助けを求め空に手を伸ばしていた
上半身、下半身、腕、脚とボロボロに崩れた
「……チッ。手間取らせやがってよ。そのくせ、クソつまんねぇし……」
ガリガリと首を強く掻きむしり始めた死柄木くんに近付き、手を取る。
私を睨んで来ますが、今は無視させて頂きますね。
「血、出て来てますよ。死柄木くん」
死柄木くんの指先に付着している血をポケットから取り出したハンカチで拭き取り、死柄木くんの首から滲む血を止めるようにハンカチを押し当てる。
「“ばー”に戻ったら、ちゃんと手当てしましょうね?」
「……いらねぇ」
……完全に、不機嫌に成ってますねこれは。