痕 -きずあと- After side story 作:三方真白
「そうですか・・・・・そんな事が」
俺達は、目がさめてすっかり元通りになった楓ちゃんと一緒に夕食を食べ終えてくつろいでいた。
とまあ、食べながらではあったものの(行儀が悪い)、事のあらましは話し終えたと言うわけだ。
「うん・・・・びっくりしたよ、楓ちゃんが飛びついてきた時は」
ハハハと頭をかいて笑うが、楓ちゃんは顔を赤らめ俯いてしまった。よっぽど恥ずかしかったのだろう。
「あ、その・・・・ごめんね」
「いえ・・・・・・・・」
本人が覚えていなくとも、こっちは覚えているので気にしていた事を謝っておく。女の子に手を挙げては男の恥だ! ・・・まあ、梓は別だが。
恐らく、あのまま三人とも商店街に行っていたら話題性がありすぎて、外も歩けなくなるかもしれない。そうならなかったのは、いち早く目覚めた初音ちゃんの功労だ。
「ま、なんにしてもだ。おかえり、耕一」
横から俺の方に肘を乗せて梓が言う。相変わらず弟みたいなヤツだ。
「お帰りなさい、耕一さん」
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「ただいま」
今は一人足りないが、確かに俺はこの家に帰ってきたのだ。やっと実感が沸いてきた気がする。
久しぶりに手料理にもありつけたしな。
「あ、そうだ」
両手をポンと叩きながら初音ちゃんが立ち上がった。
「みんなでトランプしようよ」
「おっ、いいねえ」
俺があいずちをうつ。
「お姉ちゃんたちもやるでしょ」
「もちろん」
梓が答える。楓ちゃんもコクンとうなづいた。
「じゃあ、私持ってくるね」
トタタタタとかわいい足音をさせて初音ちゃんは居間を出ていく。
梓も「んじゃ私はこの間に洗い物を済ますか」なんて言いながら台所へ引っ込んでしまった。
と、そこに電話の呼び出し音がなった。楓ちゃんがピクっと反応する。
「ああ、いいよ。俺が出るから」
少しの間にテレビでも見ようかなと思った俺はリモコンを置いて立ち上がった。
「でも・・・・」
「いいって。俺も家族なんだからこのぐらいはね」
「・・・・・・・はい」
ガチャリと受話器を取って電話に応対する。なんの事は無いただの電話のはずだった・・・・・。
「ハイ、柏木ですけど」
「えっ、耕一さん!?」
相手の第一声はそれだった。もちろん千鶴さんである。
「そうだよ、千鶴さん」
「あ、え、あらやだ、間違えちゃったのかしら。自宅にかけたつもりが、いつのまにか耕一さんの家にかけちゃうなんて・・・・・あ、別に寂しいとかそういうわけじゃなくって・・・・・」
なんか、独り言をブツブツと続けている。と、いつの間にか顔を真っ青に染めた梓が俺の横に来て何やら意味不明なジェスチャーをしている。
(いいから耕一は自宅でいる風を振舞えよ・・・・!!)
「なんだよ、梓」
(あーーーーー!!)
なんか、余計青くなったな・・・・。
「梓!!? 耕一さん!! あ、あ、梓、そこにいるんですか!??」
千鶴さんの声が裏返っている。相当慌ててるみたいだな。なんで・・??
「・・・・・あ、」
しまった。ひょっとして、俺の立場が悪くなってる? ちょっと気分が・・・・。
「・・・・・・パス」
引きつった笑いを浮かべたまま、受話器を梓に渡そうとするが、意固地に首を振って拒否。
千鶴さんの『梓、そこにいるんでしょ!? 梓!!!』って声がかすかに聞こえる。
俺と梓はまずい。となれば・・・
ギギギとブリキのおもちゃのような音をさせて残る一人を見る。
「楓ちゃん・・・・・、いい?」
「はい」
スッと受話器を受け取ってくれた。よく考えれば、この状況で珍しい事かも知れないが、何より今この出来事がうれしく思えた。
「姉さん」
「楓? 楓もいるの!?」
受話器からの声が相当大きく、少し耳を離して楓ちゃんは聞いている。ちなみに俺と梓にも聞こえている。
「はい、今耕一さんが来てます」
「え!? という事は帰ってきてるの? 耕一さんが!」
「帰ってきてます。姉さんがいない間に大変な事があったので、初音が呼んでくれました。姉さん、残り4日間社員旅行を楽しんできてください」
「大変な事って?」
「では」
ガチャ
え、ガチャって・・・・。楓ちゃんは言いたい事を言って切ってしまった。どうやら少なからず怒っていたらしい。
梓は多少ながら。この危機を脱した事に安心してはいるようだった。
「楓、良くやってくれた・・・・と、言いたいところだが、なんでこっちに帰ってきてるって言ったんだ?」
いや、安心していなかった。新たに危機を迎えているのだから。
「耕一さんの家にいることになると、姉さんが真っ先に疑われます」
ビシッと図星を射された梓。積極的で行動派な性格が「・・・・・確かに」とその顔で語っている。
千鶴さんがいない間に、俺の住んでるトコに来ても不思議はないな。
探偵みたいだぞ、楓ちゃん。
「なら、事実を教えるしかないです・・・。それに初音が呼んだなら、千鶴姉さんも何も言えないはずですし、旅行中ですから帰ってきません・・」
そうか、『鶴来屋』の社員旅行だったっけ。「納得」なんてポーズを決めてみる。
「何やってるんだ? 耕一」
「いや、別に・・・・」
さすがは梓だ。俺に対するツッコミを忘れないとは・・・。
「楓、もっともだけど・・・一箇所抜けているところがある」
楓ちゃんの肩をガシッと両手で掴んで力説する。
「?」
「千鶴姉は帰ってくる! しかも今日中に、だ」
梓は一番ありえない事を口にした。
「おい、ちょっと待てよ梓。いくら千鶴さんでも、社員旅行中にわざわざ帰ってこないだろ。俺が来てるくらいで」
ハハッと俺の中でもっとも筋が通ってる発言をした。はずだったが、梓にあっさり否定される。
「分かってないね、耕一。あたしが一番付き合いが長いから分かる! 千鶴姉は今日中に帰ってくる!」
「・・・・・・・」
それを忘れていた、といわんばかりの顔をした楓ちゃんもコクコクと頷いている。
「まさか、冗談だろ? だって、もう9時になるぞ。いくらなんでも、今からじゃあ・・・」
「来ます。姉さんは帰ってきます・・・・・・・・・エルクゥの力を使ってでも・・・・」
「まさか・・・・・・」
俺はいくらなんでもそこまでする必要はないだろう・・・・と思っているが、この二人はすでに確信している。
「きっと今ごろ、荷物をまとめて『妹が3人とも熱で倒れた!』なんて言ってるに違いない!」
グッと、拳を固めて力説する梓。
二人ともかすかに怯えが見えるが、触れないでおこう。俺もその話が本当ならヤバイからだ。
「トランプ持ってきたよー」
トテトテと何も知らない初音ちゃんが嬉しそうにトランプ片手に戻ってきた。「どこ置いたか忘れちゃって」なんて笑みを浮かべている。
「電話誰だったの?」
初音ちゃんに告白するのか・・・・今のことを。
「千鶴姉・・・・・・」
ボソッと梓が言った。
「え、ひょっとして・・・・帰って・・・・」
雰囲気で悟ったのだろう、全てを。
「来る」
梓が断言した。
* * *
とある旅館の一室。衣類を適当にたたんで旅行バッグにつめている女性が一人。
問答無用で―柏木 千鶴―その人である。
バッグに荷物をつめている理由は一つ。帰るためである。
社員旅行でここまで来たのだが、家に電話をかけてからそれどころではなくなった。
「妹が3人とも熱で倒れたので帰ります!!」