痕 -きずあと- After side story 作:三方真白
「ふふふ~♪ ルラララ~♪」
草木も眠る丑三つ時。とある家の台所から静かな刻をぶち壊す軽快な鼻歌が聞こえてくる。その出所はいわずもがな近所では少し有名なここ柏木家の台所からだ。
「りょうりの基本はさしすせそ~~♪」
作る本人の気分も上機嫌。
「『さ』は、さとう~♪」
長い黒髪を揺らしながら目の前の彼女は歌っている。
新婚さんなら男がうれしい奥さんの手料理。
「『し』は、しお~♪」
白いフリフリエプロンでリズミカルに可愛いお尻が左右に揺れる。
「『す』は、お酢~♪」
男なら、後から襲いたくなるシチュエーションなのだが。
「『せ』は、しょうゆ~♪」
もはや俺には死神が目の前で催眠術を掛けようとしている振り子にしか見えない。
『さしすせそ』のなんとかも、『刺死ス背狙』なんて考えてしまう。
背ヲ狙ッテ刺セバ死ス
・・・みたいな。漢文か? ハハッ、くだらない。
「『そ』は、その他~♪」
味噌とも突っ込みいれられん…。どんな調味料を入れてるか想像もしたくない…。
鬼の力を解放しておいしく頂こうにも、鬼の咆哮による大音量の近所迷惑を考えると出来ないのが辛い。
「最後に私の愛を~、キャッ! 『あい』だって~」
切り札を絶たれた恐怖の料理。『泣かぬなら 食わせて殺せ ホトトギス』。なんでか俺の頭にそんな句が浮かんで自分でゾッとしてしまった。今の俺は死に行くための句ばかり思いつく俳人だ。
「耕一さん、もう遅いですから先に寝てていいですよ」
「いや、そういわれてもですねぇ・・・」
クルリと振り返って極上の笑みを浮かべている千鶴さんとは対照的に俺は引きつった笑いしか浮かべることしか出来ずにいる。
そう、千鶴さんは帰ってきてからずっとこの調子で朝食を作っているのだ。只今、午前三時直前。
そんなに下ごしらえに時間をかけるほどのモノを作ろうとしているのだろうか。
「料理なら、朝ご飯に間に合わせますから」
「………」
朝ご飯。朝飯係の梓が起きるまでおよそ五時間ほど。「そんなに時間をかけて何を作る気ですか? 千鶴さん」なんて恐れ多くて聞けやしない。
「…わかりました。先に寝かせていただきます」
数時間後の可愛そうな自分の光景を浮かべながら、眩暈がする体を引きずって俺に割り振られた部屋へと戻った。ああ、出来れば朝が来ないで欲しい。切実にそう願う。
布団に入っても千鶴さんの料理のことが頭から離れず、いろんな意味で意識が遠のいていくのを感じるのだった。
◇ ◇ ◇
……起きてしまった。そして何故嫌な事って忘れられないのでしょう。
夢にまで見ることを必死に拒絶したせいかもしれない。
現実は厳しいものでどう回避するかが問題だった。
さて、ばれないように悪魔の実験場に向かってみますか…。上手くすれば逃げる手立てを見つけられるかもしれない。
「ち、千鶴姉・・・・? 何やってるのさ? こんな朝っぱらから」
梓の声だ。台所付近まで来た俺は、その声を聞いた。おそらく一番見たくない光景に出くわしてしまったと推測し確信する。
当然昨夜から彼女のである千鶴さんが台所を占拠しているのだ。占拠してるだけならまだいいだろう。しかも一番やってはいけないこと、すなわち料理をしていたのだ。あの人の料理の腕は人間としては最下級に位置するものだとこの家の住人公言する。
すなわち人間の食うものではない、と。
「あら、見て分からない? 朝ご飯作ってるのよ」
最悪の回答がキコエマシタ。
血の力が許すならそれを使って、千鶴さんの料理をおいしく食することもできるが、柏木家全員一致(千鶴除く)でそれを禁止している。そんなことできるわけが無い。
彷徨が騒音となり、窓ガラスを割り、地を震わす。後の被害は死者のいない阿鼻叫喚絵図となり、後始末やら近所からの苦情やらで大変な事になってしまう。
かといって、それを使わないと命を賭ける惨事になりかねない。いや、断言してもいい。
なる、と。
「その量を耕一に食わせる気?」
ん? 俺一人では多い?
「何言ってるの梓? あなた達の分もちゃんと作ったに決まってるじゃない」
「え? 何て言った?」
彼女の鼓動が一際大きく鳴ったはずだ。表情は凍り、現実を否定するためか、反射的に梓は聞き返しているのが手に取るように分かる。
「みんなの朝ご飯よ」
姉から最悪な言葉漏れる。
「…あ、アタシ部活の朝練があるからもう行かなきゃ……」
なんとしても逃げなければ…。梓の中で警鐘が鳴り響いたらしい。その規模は火事どころではない。大災害による被害を避けるための国家級の非難勧告だった。
「お待ちなさい……まだ、六時よ?」
氷の刃が刺さったかのように動けない。イヤ、標的は梓に向けられているはずだ。なのに、隠れて聞いている俺にも通用するほどの…。
声はいつもと同じはずなのに、絶対零度と等しく感じる。
「あ、えっとぉ、その…」
「お兄ちゃん、おはよう~」
「!」
うわああぁぁぁっと、口にしてはいないが声にならない声。おそらくこういう状態をいうのだろうなというくらいに、みっともなく反応してしまった。
「あ、あぁ、おはよう…初音ちゃん」
「あら、耕一さん。おはようございます~」
初音ちゃんの一言でもうバレバレだ。台所から満面の笑みを浮かべたエプロン姿の千鶴さんと今にも死にそうな顔の梓が出てくる。
「あ、千鶴お姉ちゃん…今日は速いね、お、おはよう」
イヤでもエプロン姿に気付いただろうが、そこはさすが出来た四女。こんなときでも無理矢理に笑顔を作って挨拶をする。何をしているのかなんて聞くだけ野暮、一瞬で察しがついている。
「今日は私らの分もあるみたいよ…」
「え……」
梓が初音の耳元でささやいた。流石に、年より幼く見えさせる陽だまりのような彼女の笑みも凍りついた。
「楓お姉ちゃんも、起こしてきたほうがいいかな…?」
この一大事をはやく皆に伝えるべきという四女の判断が、梓には絶対的な正解かは分からないが「知らぬが仏」という言葉より、「三人寄れば文殊の智恵」それを勝る四人よればという言葉(そんなものない)が勝ったらしい。
「お願い…」
「うん」
こんなときでも軽い足音がなんとも心を落ち着かせてくれる。
「おはようございます」
やがて寝起きの目をこする楓も揃い、三人人での密談が始まる。
「どうすんのさ、千鶴姉の爆弾を……」
「……爆弾ってオマエ」
「いいすぎだよ、梓お姉ちゃん」
「もうどうにも止まらない~」
奇妙な歌声に一斉に俺たち三人の視線が楓へと向かう。
「………」
どこから持ってきたのかマイクを持ってボソボソと歌っている。何かがおかしい……。
「もしかして既に入ってる?」
「イエイ……」
Vサイン…。
「楓ちゃん…」
「楓…」
俺と梓がほぼ同時に床に手を突いてうなだれた。いくら兄弟みたいに育ったからって、こんなところまで似なくてもいいのに。
「夜中に、お腹がすいたので少し頂きました…」
もはや、一人は戦力外か…。見た目は普通なのに、端々にいつもと違う行動を見せる。
「出来ましたよ~」
千鶴さんのご機嫌な声。タイムリミット、時間切れ、アウト。
あぁ、神よ。与えられた制限時間はかくも短いものでした……。
「って、いねぇ!!」
顔を上げると楓ちゃんを残して、梓と初音ちゃんが視界からいなくなっている。
「私、生理通だから少し休むわ~~」
いつの間にやら、廊下の端っこで梓がそう言うのが聞こえた。
オマエ、いつの間にぃ! しかもそんな卑怯な手を使うか、ここで!?
「わ、私も…」
初音ちゃんまで……。消え入りそうな声で……。
「そう、しょうがないわねぇ…。さ、耕一さん朝ごはんにしましょう?」
納得ですか。千鶴さん。
えっと、楓ちゃんは……
「いただきま~す、おっは~でマヨチュチュ…」
もう席についてる。あいも変わらず表情変えないで歌ってる。チョッと古い…。
マイクはいつの間にか、スタンド式のにはまっておりテーブルに置かれていた。一体どこに…。まったく泣けてくる。
「さ、召し上がれ?」
死の宣告。カウントダウンなぞない。目の前にアレが置かれているだけだ。
「い、いただきます……」
ここまで来て、悪あがきなのだろう。俺は少しでもゆっくりと身体を動かして、今を生きようとしていた。生きているってすばらしい、と。
パクッ
「うわああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
こんな現実は嫌だ、と俺は布団から力いっぱい跳ね起きた。
「…………」
あれ? もしかして……
夢落ちパート2・・・。よかった、生きてる。
「おはよう…ございまぁ~~~~す……」
とりあえず布団から出た俺は、居間の方へゆっくりと足を運んだ。やけに静かな居間にゆっくりとはいる。
そぉーっと、そぉーっと。鬼の力ですら感知できないくらいにそぉーっと。
「千鶴さーーーん?」
「・・・・・・」
「・・・・・・あれ? いない」
見回すと、台所では見慣れた人物ただ一人しか見当たらなかった。
「お、梓・・・・・・」
「おはよう、やっと起きたか、耕一」
「千鶴さんは……?」
「あぁ。千鶴姉なら仕事行ったよ。急に帰って来たから、また出掛けなきゃって」
「そうか……よかった…」
ホット胸をなでおろす。よかった。夢と現実は違う、違うんだなと、嬉しくってもう…。
「良くないよ。まったくお金の計算が…」
「それよりも聴いてくれよ。実は変な夢みてよぉ」
「夢?」
「あぁ。それがな───」
日常とは素晴らしいものだ、生きているとは素晴らしいものだ、世界とはなんて素晴らしいものなんだ、と。
オレは今、かつてないほど清々しい気分に浸っている。
人間とはすばらしいものだ。故人曰く、「九死に一生を得る」この言葉は真実であると俺は思う。恐らく、誰しも同じような体験を人生の中で一度は体験するからこそこの言葉があるのではないかと思う。
人生とは波乱万丈なものだ。
「──って、ワケなんだよ」
俺の説明が足りなかったか、梓が怪訝な顔をしていた。
「それ、一昨日の朝に起こったこと、そのまんまだよ…」
「───え?」
もう一度言おう。
生きてるってスバラシイ。
その後のお話 完
こちらのサイトに慣れる為、テスト投稿して自分の過去作品を出しましたが、いかんせん恥ずかしいですね。。
今の自分とは、まるで別人が書いたのではないか?と言いたいくらいです。
恥ずかしすぎて読み返していません。
あくまでテスト投稿です。
もしかしたらこの広いウェブ上で別名の私が昔投稿したのが残っているかもしれませんが、完全スルーでお願いします。
もはや自分ですら消す事も出来ないと思いますので。
《最後まで読んで下さった希少な読者様へ》
どのようなご縁でここに辿り着いたか、私には知るよしもありませんが、この度は本当にありがとうございます。
ちょくちょく作品を発表できたらいいなと思っていますので、別作品を見かけた際は何卒よろしくお願いいたします。