HOTD ガンサバイバー   作:ゼミル

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「・・・これじゃあロメオというよりは『28日後』だな」

 

 

この場合は『ハロー』と叫ぶんじゃなくて日本らしく『もしもし』ってか。

 

 

「誰も見当たらないな。<奴ら>も、生存者も」

 

「橋も結局突破されて、川向うに逃げた生存者を追いかけてってそれっきり、って感じですかね」

 

「恐らくは、な」

 

 

毒島先輩と2人、御別橋の入口でそんな会話を交わす。

 

話の内容通り、橋の上には文字通り誰の姿も無い――――生きてる人間も、生き返った死人も。

 

橋の真ん中辺り、車の残骸が積み上げて道路の殆どを塞いでいた。残ってるキャタピラ跡からして、向こう側に放置してあるブルドーザーで強引に押し込んだとみえる。無茶な手を使ったものだ。

 

それでも、押し寄せる人と<奴ら>の圧力には警察も抑え切れなかったという事実を、この光景が否応無しに教えてくれる。

 

だって昨夜は嫌ってほど居た警官の姿が、今じゃどこにも無いんだから。

 

 

 

 

今の俺達は斥候だ。<奴ら>が待ち伏せしてないかいち早く確認するのが俺と毒島先輩の役目。

 

特に注意して通過した方が良さそうな場所では、たびたび誰かが危険を冒して確認する必要がある。例えばここみたいに、捨てられた車で強引に突破できそうにない道とか。

 

現在の所は杞憂で済んでいるが、IED―――路肩爆弾の恐怖に悩まされる中東の兵士達の気分が今なら分かる。向こうもきっとそれどころじゃないんだろうけどさ。

 

あわよくばこのまま橋が通行出来れば手っ取り早いんだけどご覧の有り様だ。反対車線も以下同文。だが上流へ続く川沿いの道は十分通れそうだ。

 

親指を立てた拳を掲げて、離れた場所の本隊である小室達に合図を送る。

 

少しすると猛獣の唸り声みたいなエンジン音が聞こえてきた。周囲一帯が静寂に包まれてるせいか、意外とよく響く。なるべく早くこの場を移動したい。

 

 

「何か悩み事でもあるのか?」

 

「・・・何ですかいきなり」

 

「いやな、どうも君を見ていると憂いというか、何か心配事を抱えているように感じてね。私で良ければ、相談に乗るぞ?」

 

「――――いえ、いいです。相談する様な事でもないですし」

 

「む、そうか・・・」

 

 

実は俺って顔に出易い性質なんだろうか?思わず顔に手をやってしまった。

 

1分もしない内に小室達の乗ったハンヴィーとSUVがここに辿り着く。

 

ハンヴィーの屋根の銃座の所には平野の姿。上半身を覗かせて2脚を立てたFN・ミニミ軽機関銃を何時でも撃てる様構えている。まるでイラクかソマリアの武装コンボイだ。2台だけなのがちょっとカッコつかない。

 

俺も、シボレー・タホに乗り込むとすぐに車内からサンルーフに身体を突っ込んで屋根から上半身を出す。基本、見晴らしのいい場所に上がった俺と平野が見張り役だ。

 

2台だけの車列は、他に誰も居ない道を通って川を遡っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

今俺の傍には幼馴染が居る。親友も居る。狂った世界で周囲に裏切られた俺が、それでも信頼を置く人間が一緒に居てくれている。

 

それはきっと素晴らしい事だ。少なくともこの2人は今の所裏切る気配が無いんだから。そもそも裏切る理由も思いつかないけど、それでも世界がこうなった以上背中を預けられる相手の存在は戦場の兵士みたいにとてもとても重要だ。それとも戦場の方がマシかもしれない。

 

小室や他の人達も良い人だとは思う。会って1日だけど小室は素直でとっつきやすいし、毒島先輩は精神的にも戦力的にも頼りになる。宮本とか高城とかはまだそこまでどういう人間か分からない。

 

そして何より平野と里香だ。多分俺が持ってきた銃無しでも生き残れたんじゃないかってぐらいの頼もしさを平野は放ってる。むしろ世界がこうなってからの方が生き生きしてる感じだ。

 

里香は里香で今までと変わらない―――いや、今まで以上に俺と共に、近くに居ようとしてるのは見ての通り。

 

分かってる、分かってるさ。あれだけ迫られれば嫌でも分かる。たとえ自惚れや勘違いだったとしても仕方ないだろ、あんな誘惑紛いの振る舞いされちゃあさ。

 

多分、里香は俺に好意を持ってる。ずっと前からだったのか、それとも世界がこうなってから急に芽生えたのかは知らない。

 

好意?随分過激な行為だなオイ。里香にその自覚があるのかはともかく。自覚してる可能性の方が高い。

 

 

 

 

仮に考えてみた。

 

もし、そんな彼らが死ぬ事になったら、俺はどんな気持ちなんだろうって。

 

 

 

 

残念だ。少なくともみんな俺にとっては良い奴ばかりだったのに。

 

―――――けど、それだけ。そう、それだけなんだ。そんな感想しか思い浮かばない。

 

知り合ったばかりの人間でも、親友でも、好意を抱いてくれる幼馴染が死んだりしたとしても、悲しみに身を引き裂かれたり怒りに身を焦がされたりしないだろうと漠然と、でも確実にそう思ってしまう。

 

そもそもだ。俺は<奴ら>に喰われてやるつもりは無い。誰かの犠牲になるつもりも無い。生き残る為だからといって犠牲になるぐらいならこっちが相手を犠牲にしてやるまで。そう、決心はしている。

 

でも。

 

そういった市の脅威に抗って抗って抗った果てに、それでも死ぬ運命から逃れられなかったのなら・・・・・・それでも良い、と感じている自分もいた。

 

 

 

 

結局の所、俺は皆の命も――――自分の命すらも、どうでもいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に大きく揺れる感覚に襲われて、思わず車体から転げ落ちそうになった。

 

いつの間にか、ハンヴィーとSUVは対岸の河原に上陸していた。軍用のハンビーはともかく流石本場アメリカのSUV、元々車高が高い上にレジャー目的で不整地の走破性を重視してるだけあって車内に浸水した様子は無い。

 

次々に車から降りて、警戒に当たる。見晴らしが良いから存在や接近にはすぐ気付けるが、油断は出来ない。

 

ちなみに俺と平野の分析と偏見に満ちたチョイスによって女性陣もそれなりに武装していた。表っぽくまとめると、

 

 

 

 

宮本:モスバーグ・M590(銃剣装着済み)、ベレッタ・M92F

 

高城:イサカ・M37(ダットサイト付き)、ベレッタ・M92F

 

里香:SIG・SG552(ドットサイト・フラッシュライト・フォアグリップ付き)、イジェマッシ・MP443

 

 

 

 

こんな感じ。宮本は槍術部らしいから、槍代わりにも使えるよう銃剣が装着できるのを選んでみた。

 

なお、鞠川先生の友人宅に在ったスプリングフィールド・M1A1も銃剣が装着出来たんだけど宮本も銃撃った事無いだろうし、それだとライフル弾よりは散弾の方が当てやすいという判断から。

 

高城の方は、頭は良くても運動が苦手そうだから長物の中でも軽めの物を渡した。筋力の無い優等生でもそれなりに振り回せれる軽さがこのイサカの最大の特徴といっても良い。

 

里香の場合は、他にモスバーグやKS-Kの予備のショットガンもあったけど高城以上に力はあっても小柄な高城より更にちっちゃな体格が体格だから、逆に長過ぎると扱いづらそうに思えたんでコンパクトで扱いやすく火力もあるこのアサルトライフルにした。最初に持たせておいた銃だから、ってのもあるが。

 

毒島先輩にも銃を貸そうとしたけど丁寧に辞退された。代わりに、予め持ってた木刀に加えて腰に巻いたベルトにこれもお隣さんちから持ってきたマチェット(山刀)をぶら下げている。やっぱり飛び道具より刃物が似合うよこの人。

 

鞠川先生?ハッキリ言ってあの人に銃持たせたら確実に暴発させる、と平野と意見が一致したから持たせない。ありすちゃんはもちろん論外。

 

銃を持っている人間には全員予備弾装をポーチに収めたサバゲー用のベストを着用。

 

・・・・・・里香だけマガジンポーチの上に膨らみが乗っかってる風にしか見えなのは、気にしないでおこう。

 

小室の時みたいに簡単に扱い方は教えといたけど、暴発防止の為に薬室からは弾を抜かせておく。使う前に装填させればいいだけの話だし。

 

 

「車を上げるわよ!男子3人は上に上がって警戒!」

 

「イエッスマァム!」

 

「「りょーかい」」

 

 

一斉に土手を駆け上がり、警戒に当たる。互いの死角を出来る限り補い合う形で視線を巡らせる。誰かと同じ方向は見ない。

 

 

「クリア!」

 

「こっちも誰も居ない!」

 

「こっちもクリア。敵影無しだ。上げて良いぞ」

 

 

合図を送ると、まず最初に鞠川先生が運転するハンヴィーが動き出し・・・・・・マズイ。こっちに向かってくるってエンジン吹かし過ぎだろまさかアクセル全開か!?

 

 

「退避ー!」

 

「へっ、う、うおおおおおっ!?」

 

 

慌てて俺と小室が飛びのいた途端、傾斜を一気に走破したハンヴィーがカースタント宜しく飛び出した角度のまま地面から離れた。

 

その軌道上、1人逃げ遅れた平野。「ラットパトロール?――――」ってネタに奔ってる場合じゃないから!

 

タイヤの弾む音とブレーキ音。ハンヴィーの車体が横滑りする悲鳴の向こうで「わにゃー!!?」と間抜けな悲鳴が微かに聞こえた。

 

 

「「ひ、平野ー!?」」

 

「・・・ちゅ、チュニジアに居るのか、俺?」

 

 

・・・・・・随分と余裕がありそうだった。

 

涼さんが運転するSUVは、何事も無く極々落ち着いて土手を走破した事をここに追記しておく。

 

何だか鞠川先生にこのままハンドル持たせといていいものか、不安になってきたんだけど俺。

 

 

「川で阻止できた―――わけじゃないみたいね、やっぱり」

 

「世界中がそうだとニュースで言ってたからな」

 

 

双眼鏡で一帯を見回しながら高城がポツリとそう一言。

 

元より放棄された橋を見て分かってた事だ。遠くからでも<奴ら>の姿は見えなくても襲撃を受けたらしき荒らされた形跡が彼方此方に残っているのが分かる。

 

 

「でも、警察が残ってたらきっと!」

 

「どうだか。橋の有り様は見たんだろ?過度な期待はしない方が良い」

 

「っ!!」

 

 

睨まれた。でも事実だ。中途半端な希望はより深い絶望を与える結果を生む以上、逆に期待を抱き過ぎない方がその分絶望が小さくて済む。

 

 

「ここからは何処に向かうんだい?」

 

「1番近い家から順に廻って見ていくつもりなんですけど、高城ん家は東坂の2丁目だったよな?」

 

「ええ、そう」

 

「じゃあまずはそこからだ。だけど、あのさ・・・・・・」

 

 

こっちに関係なさそうな会話を始めそうだったから、さっさとSUVの助手席に乗り込む。

 

俺に釣られるかのように、ありすちゃんを連れた里香も続く。ふと、ある事に気付いた俺は思わず口走っていた。

 

 

「涼さん、シートベルト、しておいた方が良いですよ」

 

「うん?ああそうだね、いつも装着する様気にしていたんだが」

 

「そうして置いた方がいいと思います・・・・・・俺の家族も、交通事故で2人とも死にましたから」

 

 

実際にはトラックに激突されて死んだと警察からは聞かされたからシートベルトの意味があったのかは俺には分からない。

 

でも転ばぬ杖の何とやら、少なくともしといて損は無いと思う。多分。

 

 

「・・・・・・・」

 

 

だからその、気まずそうな顔しないで下さいってば。別にそういうつもりで言った訳じゃなくてですね。

 

後部座席で里香も固まってるし。唯一話の意味が分からない様子のありすちゃんだけがこの微妙な空気の突破口だ。

 

 

「ほら、ありすちゃんも。ちょっと動かないでくれ。苦しくないか?」

 

「うん、へーき!」

 

「―――ほら、里香もシートベルトしとけ」

 

 

何となく腹が立ったから里香のシートベルトはきつめに締めてやった。即座に後悔した。

 

シートベルトが途中から見えなくなるぐらい深く、胸の谷間に食い込んでしまった。シャツの布地も食い込んだ分爆乳が強調されて目の前で震える。言っとくけどこれは狙ったつもりは無いからな?

 

手を止めてしまい、次いでそのまま視線を上げてしまったせいで里香と目が合う。

 

何を言えば良いのか分からない。きっとそれはお互い様。

 

お見合い状態から脱する為とはいえ、苦し紛れに何故か里香の頭の上に伸ばした手を置いた俺は、きと内心パニくりかけてたに違いない。

 

 

「うえっ、うわ、あわわ、マーくん!?」

 

 

柔らかくて、微かにくすぐったい。

 

そういえば里香の髪に触れるのは何年振りだろう。小さい頃は里香にしょっちゅうひっつかれてたからどんな形であれ結構弄ったりしてやったけど、その頃は今みたいにほのかな甘い香りを漂わせたりはしてなかった。

 

動き出したハンヴィーのエンジンの唸り声が耳に届く。

 

里香の頭から手を離し、視界を前方に固定する。

 

ほんの一瞬だけバックミラーに映る里香の姿。トマトみたいに真っ赤な顔をしていた。おかしいな、ナデポなんて習得してる筈無いんだけど。

 

そもそも俺の顔も微妙に熱くなってるのに気づいて、何やってんだと頭を抱えたくなった。

 

どうでもいいんじゃなかったのか、お前は。

 

 

 

 

 

 

結局俺は、この壊れてしまった世界で何がしたいんだろう?

 

生き残る事?違う気がする。何が何でも生き延びようとするのには強固な理由が必要だ。

 

小室や里香達は家族の無事を確認する為。涼さんは自分の娘を生き延びさせる為。

 

家族が近所どころか国内に居ない平野や毒島先輩は良く分からない。きっと平野は好きな高城を護りたいんだろうし、毒島先輩はここまで一緒に行動してきた小室達の助けとなりたいからだろう、恐らくは。

 

なら、自分は?

 

ダメだ、思いつかない。そりゃ喰い殺されるのも他の誰かに殺されるのもクソっ食らえに決まってるけど、かといって何が何でも生き延びたいと思える理由が見当たらない。

 

家族は居ない。とっくに死んだ。親戚なんかも、わざわざこんな中捜す気になる程仲の良い相手は存在しないし、そもそも近くに居ない。

 

守るべき存在?親友や幼馴染が生存していても本心から歓喜も安堵もしなかった自分にそんなのが当て嵌まる相手が居るとでも?

 

生物としての生存本能?ある意味それが一番正しいかもしれない―――――でも、他人だけじゃなくて自分の事ですら『どうでもいい』と感じてしまっている自分に、本当にそんな物あるのかどうか。

 

実際の所、今俺を動かしているのは多分怒りだ。学校で<奴ら>のせいで俺を見捨てた連中にこの手で報復出来なかった事に対する、<奴ら>への八つ当たりだ。

 

だけど、それだけじゃない―――――――

 

 

 

 

 

 

 

「あ、桜・・・」

 

 

住宅街をやや緩やかに走り抜ける。学校でも桜並木が桃色に咲き誇っていたのを思い出す。

 

桜吹雪が俺達の行く手に吹いた。通り過ぎていく花びらによって、窓越しでも桜の香りを感じ取れそうな気がした。

 

前方を走るハンヴィーの屋根に座って警戒役な筈の小室が、宮本とえらくのんびりと何やら喋り合っている。ひどく穏やかな空気が流れていく。

 

次に俺達がこの桜を見る時が来るのか・・・・・・・・・そう夢想した時。

 

何がどうとか、具体的な説明は出来ない。とにかくその瞬間の俺は確かに感じ取ったのだ、空気が変わる瞬間ってヤツを。

 

 

 

 

死の臭い。地獄の臭い。闘争の臭い。

 

 

 

 

「ま、マーくん!涼さん!<奴ら>が!!」

 

 

唐突にハンヴィーが右折した。前の席からは遮られていた視界が開け、上り坂に犇めく<奴ら>の姿が目に入る。

 

一体何処から出来やがってんだ?涼さんがハンドルを切る。

 

車内の俺達も横Gに襲われ、見張りの為にサンルーフから身を乗り出してるせいでシートベルトも無い里香が屋根の上で「うわわわわわ~~~~!!」と間抜けな悲鳴を上げている。暴れるな頭蹴るな痛い痛い。

 

里香が車内に戻るまで一体何発蹴られたのやら。文句を言ってやりたいが、そんな余裕がある状況でもない。

 

 

「里香、シートベルトしっかり締めとけ!」

 

「ここまで来てどうして急に<奴らが>ここまで増えたんだ!?」

 

「どうせこの先に<奴ら>が集まる原因があるんでしょうよ!」

 

 

やがてハンヴィーの先導の元、団地を貫くかなり広い道路に飛び出した。ひたすらに突っ走る。

 

軍用車の持ち味であるガタイの頑強さと足回りのタフネスさを存分に発揮しているハンヴィーは、立ち塞がる<奴ら>の2体や3体屁でもないといった風情で撥ね飛ばしながら突っ走る。

 

俺達が乗るSUVはハンヴィーが切り開いた活路を通るだけで済んだ。それでも轢かれて踏み潰された<奴ら>が道路に撒き散らした血で滑ったり、身体に乗り上げたりするせいで機動は若干不安定だ。

 

だが。

 

次の瞬間、急減速しながらハンヴィーが真横を向いた。明らかに狙って行われた機動。一体どういうつもりなのか。

 

このままでは横っ腹にまっすぐ突っ込む。涼さんもすぐさま急ブレーキを行った。慣性の法則に従って俺達の身体も前に引っ張られる。

 

シートベルトが無かったらきっとダッシュボードはフロントガラスに顔面をぶつけていたに違いない。

 

涼さんが大きく左へハンドルを切る。ハンヴィーとの衝突は避けれたかと一瞬ホッとし・・・・・・・

 

――――目の前に、道路の横幅いっぱいに張り巡らされたワイヤー。ああ、だから小室達は止まろうと―――――

 

 

 

 

次に襲っってきた衝撃には果たしてシートベルトの効果はあったのやらかなり疑わしい。

 

 

 

 

車体ごと横合いから巨大なハンマーでぶん殴られたかと思った。すぐに戻ったとはいえ横転するかと思うぐらい車体そのものが大きく斜めに傾いだのは間違いないと思う。いや、前方にもか?

 

浴びせられたガラスの破片。堪らず目を瞑ってしまう間際見えたのは、ボンネットの上を撥ね転がっていく誰かの姿。

 

右から左へ通り過ぎていった物体の特徴で捉えれたのは服の色。白と緑。藤美学園の女子の学生服。宮本だ。

 

 

「く、い、一体何が・・・」

 

 

涼さんが頭を押さえ、被りを振って髪に引っかかったガラスの破片を振り落としながら呻き声を上げた。

 

何が起こったのか、運転席の方を見てみるとすぐに分かった。ハンヴィーに横合いから突っ込みかけたのを回避したと思ったら、ワイヤーの壁に阻まれると同時に逆にこっちが横合いからハンヴィーの突進を食らったのだった。

 

 

「ぱ、パパぁ!?」

 

「だ、大丈夫だ!私は平気だ!」

 

「里香、生きてっかぁ!」

 

「う、うん、平気だから!ま、マーくん血が出てるよ!?」

 

 

顔に触れてみるとぬるりとした感触。右の眉の端がパックリと裂けていた。さっきのガラスで切ったのか。ちょっと出血は多いみたいだけど目には入らないし無視できない程じゃないからほっとこう。

 

助手席のドアの向こうすぐに<奴ら>の姿が。

 

とっさに助手席のドアを思いっきり蹴り開けた。1番近くに居た<奴ら>がドアに弾き飛ばされ、倒れる。左手でシートベルトを外しながら、右手はM4を握る。安全装置解除。

 

車から降りると同時に、とろくさと起き上がりかけていた<奴ら>の頭部に銃弾を叩きこんだ。迫りつつある後続の<奴ら>にも短連射を加えていく。

 

やっぱりハンヴィーの屋根から叩きだされて道路に横たわってたのは宮本だった。身体を強く打って苦しげに呻いてるけど、頭を打ったりモスバーグの銃剣でどこかしら切ったりした様子はパッと見なさそうだ。

 

でも、衝撃と痛みでしばらく動けそうになさそうなのも何となく感じ取れた。

 

 

「棹桿を引いて―――」

 

 

頭上から声。すぐ隣に影が着地する。

 

 

「孝!」

 

「頭の辺りに向けて―――撃つ!」

 

 

ボディブローみたいな腹まで振るわせるショットガンの銃声。反動の余り、小室の身体が大きくのけ反って倒れるかと思った。

 

<奴ら>の内の1体の頭部が弾け飛ぶ。でもそれは密集してる<奴ら>の群れに叩き込んだにしては効果が薄過ぎた。

 

たたらを踏みながら小室が文句を言う。

 

 

「何だよ、頭狙ったのに!あんまりやっつけられないぞ!?」

 

「ヘタなんだよ!反動で銃口がはねてパターンが上にずれてる!突き出すように構えて、胸の辺りを狙って!」

 

 

平野の叱責とアドバイスが飛ぶ。小室はその言葉をぶつぶつと反芻しながら、構え直す。

 

 

「突き出すように構えて・・・胸の辺りを狙って・・・撃つ!!」

 

 

再度咆哮が轟き、数体がまとめて吹っ飛ぶ。

 

 

「そのまま照準を修正しながら引き金を引き続けろ!セミオートだからそれで十分だ!」

 

 

俺も指示を放つ。背後で連続する散弾の発射音を聞きながら後部座席の扉を開けた。

 

車内では銃声に怯えているのか、頭を抱えてか細い悲鳴を漏らしているありすちゃんを里香が抱きしめていた。まるで雛の入った卵を温める親鳥だ。

 

涼さんは運転席側のドアから外に出ようと試みてたけど、ハンヴィーの車体が塞いでいて無理だと悟ると助手席側から長物片手に苦労しつつ降車する。すぐにショットガンの銃声が1丁分加わった。

 

更に苛烈な連射音。きっと平野がミニミでも掃射しだしたんだろう。反対側は平野達に任せよう。

 

 

「ひょぉっ、最っ高!」

 

 

中々ノッてきたじゃないか、小室も。

 

だったらこれはどうかな?

 

 

「よっ・・・っと!」

 

 

M4よりもずっしりとした『それ』は、外装がほぼ1枚板で構成された見かけは段ボールで作った張りぼてにも見えなくもない。

 

一緒に収めてあったバッグから32連ドラムマガジンを装着。弾丸を送り込んで、腰溜めに構え、セレクターはフルオート。

 

 

「まだまだ、こっちの方がイカしてるぜぇ!」

 

 

AA-12の引き金を絞る。

 

12ゲージの散弾が分速350発の連射速度で数を増して押し寄せつつあった<奴ら>の群れを一斉に舐めた。5.56mmの弾丸と比べればいささか強くても12ゲージにしちゃ恐ろしい位伝わる衝撃が軽くて、反動の制御は簡単だった。

 

吐き出される散弾が肉を抉り、骨を砕き、中身をミキサーでかけたみたいにグチャグチャに掻き混ぜられながら見分けもつかない血肉の破片へと変えていく。

 

 

 

 

――――楽しい。楽しくて仕方が無い。

 

 

 

 

そうか、そういう事か。突き詰めてしまえば俺はとんでもなく危険な性質の持ち主だったってだけだったのか。

 

暴力を振るうのが楽しい。<奴ら>相手に銃を引くのが楽しい。殺すか喰われるかをかけた攻防を繰り広げるのが楽しい。

 

俺が求めていたのは暴力という名の快楽。自分の命を危険に晒してこそ感じられるヒリつく様な高揚感。薄氷の上を走り抜けるかの様な緊迫感。

 

単なる無差別な暴力じゃない、もはや人ではない<奴ら>やこちらの安全を脅かす『敵』に対して振るうべき生存の為の暴力。それを容赦なく行使する事が、楽しくて愉しくてたまらない。

 

戦場に長く居過ぎて平和な日常で生を感じられなくなった兵士や、一瞬の興奮の為に危険に身を晒し続けるアドレナリンジャンキーと似たような感じか。それよりもっと酷いかもしれない。

 

けどこれでようやく、狂った世界で生き延びなきゃならない理由を悟った気がする。

 

 

 

 

―――――死んでしまったら、ただ人を喰うだけの本能だけに動く<奴ら>の仲間入りをしてしまったら、この快感は2度と楽しめなくなってしまうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

おっと、弾切れだ。

 

32発×1発の12ゲージのダブルオーバック弾につき9発の散弾=288発の弾丸に薙ぎ払われた道路は、もはや暴徒にミニガンでも掃射したみたいな有り様と化している。

 

5体満足で転がってる<奴ら>の死体は1つもない。かなりの幅に渡って血だまりと臓物の空白が作り上げられていた。

 

その間隙はすぐに後から後から湧いてくる<奴ら>に着実に埋められてってるけど。ビシャビシャと<奴ら>の足元で血がはねとぶ音がする。

 

 

「小室、呆けてないでリロードしろよ」

 

「あっ、ああ、ゴメン。だけどとんでもないな、それ」

 

「何言ってんだ、まだまだこれからだ!」

 

 

続いて車から取り出しますはCIS・ウルティマックス100Mk.5。ボルトを引いて、安全装置解除。でもってぶっ放す。

 

リズミカルに引き金に掛けた指の力を緩めながら短連射を加えていく。ランボーばりにずっと長い連射を続けてしまったら銃身が焼きついてしまうし、反動の制御も出来なくなるからだ。

 

それでも100連発のドラムマガジンによる火力は凄まじい。口径は同じでもM4よりかは重いし連射速度も遅めだから制御が楽だ。流石米軍の次期軽機関銃トライアルで採用はされなかったものの、高い評価を受けてただけの事はある。

 

追いつめられた筈の俺達は、少しづつ押し返しつつさえあった。じりじりと射撃を続けながら、もっと広い射界が取れるまで前進する。

 

やっぱり平野も自分の仕事をきっちりこなしていた。向こうも的確なミニミの短連射で次々<奴ら>を打ち倒し、一定以上前に寄せ付けていない。屋根から落ちた空薬莢とベルトリンクがアスファルトの上で小山を形成していた。

 

ミニミの銃声が途切れる。弾切れか。

 

 

「毒島先輩!」

 

「心得ている!」

 

 

再装填中の間に一斉に侵攻の速度を上げる<奴ら>。けど、平野の声と共に飛び出した毒島先輩が単騎でそれを阻む。

 

振るわれる木刀。一撃一撃が確実に<奴ら>の頭蓋骨をかち割り、脳漿すらぶちまける。

 

膝関節に叩きつけ、移動能力を極端に制限する。倒れた<奴ら>の死体(変な表現の気がするけど)に後続の<奴ら>が躓き、倒れ、更に進行速度を鈍らせる。

 

今までも思ったけど何つー威力だよ。得物も得物だ、アレ本当にただの木刀か?

 

こっちもドラムマガジンの弾が切れたので、新しくM4の30連発用マガジン―Mk.5はM16系統のマガジンも使用可能。ミニミもそうだ―を装填して、射撃再開。

 

うん、鴨撃ち同然で撃ちまくれて楽しいけど、数が多い。必死な他の皆には不謹慎にも程があるとは分かってるんだけど、半ば単純作業同然になってきてぶっちゃけ飽きてきた。

 

 

「そろそろ退却の手筈でも整えた方が良いんじゃないか、リーダー?」

 

「でも、一体どうやって逃げろっていうんだよ!麗もこのままほっとく訳にいかないだろ!?撃っても撃っても<奴ら>がどんどん迫ってくるし!」

 

「車の屋根からワイヤー越えてくなり通れそうな隙間潜り抜けるなりあるだろ」

 

「―――――あ!そうか!」

 

 

うん、思わず頭引っ叩いた。後悔も反省もしていない。

 

もうちょい臨機応変になれよ、リーダー。

 

 

「うぐおぉぉぉ・・・す、すいません涼さん!麗を引っ張り上げるのを手伝って下さい!真田、1人で大丈夫か!?」

 

「ドンとこいだ!里香、お前もありすちゃん先車の上に上げてから2人に手ぇ貸せ!」

 

「わ、分かったよ!」

 

 

掃射、掃射、掃射。

 

俺と平野が撃って、撃って、撃ちまくる。毒島先輩が打って、舞って、踊り子のように滑らかな動きで木刀を振るう。そこへ加わる高城が放つイサカの銃声。

 

グレネードもお見舞いする。奥の方に山なりに投げ込んでから数秒後、爆発。とにかく大量に集まってるだけあって巻き込まれる数も多い。1回の爆発で10体ぐらいか。

 

もう何体倒したのだろう。きっと100は堅い。いやもっといってる。でも<奴ら>は倒した以上に数を増して、俺達の元へ押し寄せようとしている。

 

防衛戦は確実に後退しつつあった。

 

 

「みんなも早く、車の上からワイヤーの向こうに行くんだ!急げ!」

 

 

一旦行動に移れば素早いタイプらしい。振り向いてみると、とっくに小室は意識はあっても未だぐったりした様子の宮本をワイヤーの向こうの安全地帯に運び終え、ハンヴィーの上で手を振っていた。

 

既に涼さんも向こう側に居て、里香から差し出されたありすちゃんを受け取っている。鞠川先生は銃座から小室の手で引っ張りあげられている最中だ。

 

 

「ほら、先生も早く!」

 

「うえ~ん、私動くの苦手なのに~」

 

 

見りゃ分かりますって、そんな大きな荷物胸にぶら下げてたら振り回されるでしょうよ。

 

あれ?平野は何処行った。

 

 

「高城!」

 

「次からは名前で呼びなさい!」

 

 

戦力が移動し、代わりに<奴ら>の侵攻速度が上がる。

 

毒島先輩の顔にも若干、焦りと披露が見え隠れするようになった。ある意味銃を撃つだけの俺達よりアクロバティックな戦い方してるんだから、そりゃ体力の消耗も激しいだろう。

 

 

「毒島先輩もそろそろ下がって。息、上がってきてますよ」

 

「だが君達が弾切れの時にサポートしなければならない相手がまだ必要だろう。殿は私が――――」

 

「真田、これ!」

 

 

と、おもむろににょきっと銃座から顔を出した平野に何かを投げ渡されたせいで毒島先輩の声が途切れた。ちょっと重い。

 

即座に平野の意図を悟った。

 

 

「――――殿は必要なさそうですよ」

 

「真田くん!?」

 

 

俺は、<奴ら>の大群めがけて真正面から駆け出した。とはいえ、そのまま群れの中に突っ込んだ訳じゃない。手元の物体から延びるワイヤーが引っかかったりしないよう気を付けながら、陸上で鍛えた健脚を発揮する。まだまだ鈍っちゃいなくて助かった。

 

血脂と臓物で滑る足元のバランスを保ちながら立ち止まる。これにの特性上最大限の効果を発揮させるには設置にもコツが必要だ。

 

本体下部の3脚を立てて、設置場所は群れの真正面、車線の中央部分―――じゃなくて、道路から外れた歩道上に警告の文字の書かれた面を<奴ら>側に向けて斜めに配置。

 

車からの距離は大体10m前後。最低安全圏の16mには少し足りないけど、もう<奴ら>はすぐそこまで来ていた。

 

回れ右して、即座に毒島先輩の元まで駆け戻った。

 

 

「毒島先輩、ハンヴィーの中へ!小室も中に入れ!ワイヤーの向こうの連中は車の陰に隠れて伏せる!」

 

「真田!?一体何を・・・」

 

「ああもう、早く入れってば!!」

 

「うわあああ!?」

 

 

焦れた平野が屋根の上の小室を無理やり車内に引きずり込み、俺も毒島先輩と一緒に開けっぱなしのハンヴィーのドアから車内に飛び込む。

 

危うく小室の足の身体の下敷きになりかけたのもお構い無しに、扉を閉めるのと同時に俺は叫んだ。

 

 

「平野――――やれ!」

 

「Fire in the holeってね!!」

 

 

洗濯バサミみたいな起爆装置を平野が連打。

 

 

 

 

ショットガンの砲声や手榴弾の炸裂音と比べ物にならない爆音が弾けた。

 

 

 

 

音が響いたのはほんの一瞬だけ。けどその甲高い破裂音はハンヴィーの車体をビリビリと振るわせ、車内の俺達は揃って耳を押さえてしまった。耳鳴りが酷い。ちゃんと耳塞いどきゃ良かった・・・

 

窓の外では炸裂したC4の煙が薄く広がっていて、どんな様子かはハッキリしない。でもすぐに煙は吹き飛ばされていき、道路の様子が目の当たりになった。

 

<奴ら>の姿が、それと分かる程ごっそりと消失していた。いや、別にマジックやテレポート宜しくそっくりそのまま別の場所へ消えた訳じゃなくて、単にまがりなりにも留めていた人の姿形ですら無くなったってだけの話。

 

人体の残骸が道路中に散乱している。俺がAA-12の連射でばら撒いた散弾の3倍近い量・・・・・・700発の鉄球が一斉に道路全体にぶっ放されれば当たり前か。

 

 

「これは・・・凄まじいな」

 

「・・・・・・一体何をやったんだよ。平野、真田」

 

「クレイモア地雷、小室も見ただろ?あれを使っただけさ。さっすが指向性散弾地雷!アレだけ密集してれば効果も抜群!」

 

 

銃座から外へ伸びるコードに繋がった起爆装置を放り捨てながら、平野が嬉々としてはしゃいだ声を上げた。

 

今ので最低でも30mは距離を稼げた。これでヤツらがこの車のバリケードまで辿り着くまでに、悠々と向こう側まで逃れれる。

 

 

「って毒島先輩、近い近い!」

 

「―――冴子、と呼んでくれないか?友人にはそう呼んで欲しいよ」

 

「そ、それは分かりましたから、早く僕達も麗の所に行きましょう!」

 

 

小室って、実は結構初心な性格らしい。平野と顔を合わせて苦笑する。

 

どっこいしょ、と銃座から身を乗り出した。何故か4人一緒に。流石にちょっときつい。何でそんな事したんだろ俺達。

 

ワイヤーの向こう側―――高城の家があるだろう方角からこちらへ向かってくる一団の姿があった。格好からして消防士にしか見えないけれど、少なくとも<奴ら>でもなさそうに思える。

 

火炎放射器にもSF映画に出てくるバズーカもどきにも見える物体を抱えた消防士の団体は、既にワイヤーのそっち側に居る宮本達の格好や武装、そしてこっち側に広がる死屍累々の鮮血の光景に、何処か唖然とした雰囲気を漂わせながら立ち止まった。

 

多分救援に来たつもりなのかもしれないけど残念、ちょっと遅い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その消防士の1人が高城の母親ご本人だと分かるのはその直後の事。

 

 

 

 

 


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