HOTD ガンサバイバー   作:ゼミル

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知らない天井だ。

 

別に使い古しの有名なネタに肖ってみた訳じゃなく、実際初めて見る天井なんだから仕方ない。

 

寝ているベッドも自分ちの安物とは比べ物にならないぐらいフカフカで身体が沈み込むし、周りに置いてある家具や調度品だって落ち着いたデザインだけど素人目でも分かるぐらい高級感漂ってるし。

 

何時の間に俺はどこの高級ホテルに泊まったんだっけ?

 

・・・いや、何を考えてるんだ俺は。寝起きでイマイチ、状況判断が出来ていない。

 

思い出せ。ここはホテルじゃない、個人の邸宅だ。昨日派手にドンパチやった後、遅い救援に駆け付けてきた高城の母親の案内で本来の目的地に辿り着いた後、皆との話や食事とかもそこそこに銃と装備を外してから一気にベットにぶっ倒れてしまったのだ。

 

<奴ら>を殺して殺して殺しまくってワイヤーバリケードを皆が乗り越えるまで支えてた間は全く自覚してなかったけど、意外と疲弊してたっぽい。そのせいか、今度は悪夢は見なかった。

 

アレだけ撃ち続ければ当然か?連射の反動にずっと耐え続けてたからか特に手とか肩とか軋んでる感じがする。

 

それはともかく、一晩過ごした部屋が高級ホテルクラスに立派な部屋なのも事実っちゃ事実。

 

 

「・・・よく寝たな」

 

 

 

 

世界が崩壊してから3日目。

 

俺達は今、高城の実家で静かな時間を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても・・・」

 

 

窓から見える光景に俺は思わず溜息を吐いていた。

 

いや別に悪い事とか心配事のせいとかじゃなくて、純粋に感嘆の感情から出たものだ。

 

高城の実家の規模―敷地だけなら下手な小・中学校とかよりも敷地があるかも―やシックな洋館のデザインもさる事ながら、ここに居る人間の様子も半端ない。

 

庭先には軍用の放出品だろう大型テントが幾つも設営されている。テントの外や敷地内、敷地の外の隣家や道路には武装した見張りが何人も立っていて、その大部分も統率の取れている辺り単なる素人自警団って様子じゃないのも感じ取れる。

 

まぁ、その分屈強で強面の人達が来てる旧日本軍の正装と一昔二昔前の不良のスタイルを足して割ったみたいな格好と刺繍された団体名が一層異彩を放ってるんだけど。

 

何故か複数ある車庫の一角には、黒塗りに日の丸を描いて幾つもスピーカーを乗っけたバスまで鎮座しているときている。

 

 

 

 

―――県内どころか国内でも最大規模の国粋右翼団体『憂国一心会』の長

 

それが高城の実家の正体だ。

 

 

 

 

武装もそこいらのヤクザとか精々鉄パイプと火炎瓶レベルな見かけだけの過激派団体ってレベルじゃない。

 

持っていた狙撃用スコープで観察してみると、細かいデザインまでは分からないけどガバメント系ベレッタ系の拳銃とウィンチェスターのM1300ショットガンに、突撃銃のAR15やAC556。

 

他にも猟銃とかボルトアクション式のライフルとか。銃を持ってない人間も主に日本刀を携えて武装している。

 

最近犯罪者の重武装化が叫ばれてたのも納得な光景。俺らが言えた立場じゃないけども。

 

聞いてみれば例のワイヤーバリケードもここの人達が設置した物だったらしい。

 

あの時はいい迷惑だと思ったけど、上手いやり方だ。現にバリケードから内側の敷地一帯に、<奴ら>の姿は無い。

 

つまりここは危険から隔離されたグリーン・ゾーン、所謂『安全地帯』って奴だ。

 

ゆっくり寝れる寝床があるし、他に護ってくれる人達が居て身の安全も保証されている。今となっては何にも変えがたい贅沢。

 

 

 

 

なのに、俺は。

 

 

 

 

「落ち着かねぇ・・・」

 

 

そう口から漏れたのと部屋の扉がノックされたのは同時だった。

 

 

「鍵は開いてる筈だけど」

 

「は、入るね」

 

 

里香がその言葉通り部屋の中に入ってくる。ホルスターとベストを身に着けていないのを除けば昨日と同じ恰好のままだった。下着も以下同文。

 

何で分かるんだって?だからYシャツの下から透けたまんまなんだってば。

 

 

「風呂にでも入ったのか?」

 

「う、うん。部屋にシャワーがあったから浴びさせてもらったの」

 

 

通りで服が湿って張り付いてる上に昨日以上に透けてる訳だよ。だから気付けっての。

 

・・・・・・いや、むしろ、わざとなのか?

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

確定。里香の奴、狙ってやってやがる。俺の目線に気付いて顔を赤くしたけど、隠す様子は無い。

 

胸の内に湧いて来たのは邪な感情よりも、むしろ戸惑いの方が大きかった。

 

里香自身俺に好意を向けているのは分かってたし犯そうとした俺が何も言える筈が無いけれど、それでも幾らなんでもあからさまというか、性急過ぎる気がして。

 

 

「他の皆ももう起きてたから。朝ごはんも、高城さんのお母さんが用意してくれてたよ」

 

 

まさかお前はその格好のまま朝飯食べに行ったのかと聞きたくなったのをグッと堪える。

 

里香に言われて俺もようやく空腹を自覚した。そういえば昨日は夕食らしき食事を取らないまま寝てしまった気がする。

 

そうだな、とベッドの足元に無造作に置いたままだった装備をとりあえず整えとこうと横を向き。

 

そして衝撃に襲われる。

 

前に触れた時よりも幾分高い体温と甘い体臭、腹の辺りで形を変えてぶつかり合う巨大な膨らみの柔らかさと下着っぽい固さが一斉に俺の五感を刺激してきた。

 

胸元には里香の顔。垂れた髪の先端が服の上からくすぐってくる。何が起きたのかは、一目瞭然。

 

 

 

 

俺は里香に押し倒されていた。

 

 

 

 

「里香?」

 

「前の続き、マーくんは、しないの?」

 

 

・・・・・・何て答えればいいんだろう。誰か助けてくれ、頼むから。

 

唐突にも程があり過ぎるだろうが。そもそも幾ら幼馴染で好意を持ってるからって、一度自分を犯そうとしてきた男を今度は逆に自分から押し倒して誘うとか、里香の真意が全く理解できない。

 

だけど、困惑している間に気付いた事がある。

 

里香の手は小さく震えていた。身長差から俺の顔を見上げる里香の目に浮かんでいるのは、欲情とかからは程遠い怯えの表情。

 

 

「ねぇ、しようよ。私は良いんだよ?」

 

 

そもそもは俺が最初が元凶だとしても、この里香の行動は違和感しか感じない。

 

もちろん少しは興奮はしているさ。胸から下に当たり続けている柔らかくも弾力のある感触とか、若い分溜まりがちな色々を奮い立たせるには十分過ぎる、だけど。

 

このまま里香の誘いに乗る気分には決してなれない。

 

 

「里香――――」

 

「真田ー、起きてるー?使った銃の整備手伝って欲しいんだけ――――」

 

 

扉の開く音。どうも鍵は開いたまんまだったらしい。

 

・・・声で大体予想できた通り、学生服から整備士が着るような作業服に着替えた平野がドアノブに手をかけたまま立ちつくしてた。口はリンゴの1個ぐらい入りそうな位あんぐり開きっぱなし、眼鏡もずり落ちそうになっている。

 

いや、まあ、なぁ。

 

誰だってラブシーン真っ最中にしか見えない場面に出くわしたら固まるよな普通。

 

 

「・・・・・・・・・(硬直)」

 

「へ、ふぇっ、ひ、あ、さ、ひ、平野君!!!?」

 

 

一体どうやったのか、勢いも着けず俺の身体を飛び越えてベッドの反対側に引っ込んでしまう里香。

 

スカートの短い裾が翻って一瞬だけだけどバッチリ見えて、思わず目で追っかけしまったのはともかく。

 

本当なら平野の登場は空気読め以外の何物でもないんだろうけど、今の俺にとっては救いの主だった。

 

 

「よし行こうさあ行こう。その前に朝飯食いに行きたいけど良いよな答えは聞いてない」

 

「うわあぁあっ!?」

 

 

跳ね起きた俺は脱兎の如く、まだ呆然としたまんまの平野の首根っこを引き摺って部屋から飛び出した。

 

関係を迫ってきた幼馴染から逃げた以外の何物でもないが、かつて昔の人はこう言った――――『逃げるが勝ち』だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放置後高城の実家の人達によって回収されたハンヴィーとSUVが運び込まれた車庫には十分な整備が出来る道具も設備もそれなりに整えられていた、

 

昨日使った銃器の整備を、そのスペースの一角と作業台を借りてさせてもらっている。

 

 

「真田、クリーニングロッド貸してくれる?」

 

「ちょっと待ってくれ。今使ってる最中だから」

 

 

一枚板の合成樹脂製パネルを外して内部機構を露出させたAA12から抜き取った銃身に細長い金属のブラシ、クリーニングロッドを突っ込んで前後させると、銃身内にへばり付いていた火薬の煤がこそげ落ちてロッドが黒く汚れていく。

 

銃の整備は重要だ。使えばどこかしらの部品が消耗するし、機関部には激発した弾薬の火薬がこびり付く。それが積み重なって作動不良が起きる。もし戦闘時に作動不良が起きようもんならその代償は死あるのみ。

 

だから銃の整備をこうして平野と一緒にしている。俺は本当の所死ぬ事自体に恐怖感は覚えてない。でもそんな間抜けな死に方はしたくないし他の皆にがそうなるのもなんか嫌だ。だから皆の銃の整備もする。

 

 

 

 

ま、正確には簡単にでも銃の整備を出来る人間が俺たちぐらいしか居ないからなんだけども。

 

 

 

 

ガレージの片隅で銃を解体しては点検を行っていく高校生2人の姿を見ては何か言いたげな視線を送ってくる周囲の『大人』達。

 

恐らく俺達の様な学生(俺は『元』が付くけど)は他に保護されていないのかもしれない。少なくとも俺は、それらしき子供を見ていない。

 

 

「それにしても、いきなり弾薬を消費しちゃったね。拳銃弾や7.62mmは殆ど手つかずだけど、12ゲージや5.56mmはかなり減ってるよ」

 

「そりゃあSAW(分隊支援火器。主に平野が使ったミニミや俺のウルティマックスみたいな軽機関銃を指す)なんかは特に弾喰い虫だからな。ミニミ用の弾帯はまだ残ってるけど、ウルティマックスのなんか一々手込めしなきゃならないだろうし」

 

 

全体で言うとまだ千発単位で残ってはいるけど、アメリカとかじゃあるまいしホイホイ銃の弾薬なんて補給は出来まい。

 

あの時みたいな規模の戦いなんて何度もやる訳にはいかないよな、と思いながらM4の整備に移る。

 

ストックの根元近くにあるテイクダウンピンを抜いて機関部を上下に開き、露出した内部機構にオイルを注したり銃身を掃除したり。

 

平野は平野で高城が使ったイサカを徹底的にバラして、弾薬が装填されるチューブ内のマガジンスプリングなんかのチェックをしてる。

 

 

「楽しそうね、アンタ達!」

 

「何だ、高城か」

 

「『何だ』って何よ!せっかく私が様子を身に来てあげたっていうのにその言いぐさは!?」

 

「お、落ち着いて下さい高城さん」

 

 

素っ気なく返す俺に噛みついてくる高城。すかさずフォローに入る平野。

 

 

「ま、今の内に楽しんでおけばいいわ。どうせこんな所何時までも居られないもの」

 

「どうしてですか高城さん?こんな要塞みたいな屋敷だったら―――」

 

 

スパルタ教師がとことん出来の悪い生徒を見下す瞬間のような目を高城は親友に向ける。

 

 

「電力や水の確保がどれだけ大変か考えた事ないの?小学校で教わる事よ?」

 

「え、えーとつまり・・・・・・」

 

「水や電力の供給が何時まで続くか保証が無いって事か」

 

「そうよ!あの巨大なネットワークを維持し続けるのには、安全な日常の元でさえ高度に組織化された多数の専門家が安心して働ける環境が必要だった!電力会社や水道力は軍隊じゃないもの、当然よ!」

 

「じゃあ今は?」

 

「何処もかしこも<奴ら>だらけ!ママの話じゃ自衛隊が守ってるらしいけど、技術者達だってこんな状況じゃいつまで働き続けられるか分からない。いつ電気や水道が止まってもおかしくないわ!」

 

 

家族の安否を確かめる為に職員が脱走して、それがきっかけでもしかしたらボイコットすら起きるかもしれない。

 

高城の言っている事は真実味を帯びていて、複雑な表情で平野と見交わす事しか出来なかった。平野もその内容に深刻そうに顔を歪めてる。

 

其処に近づいてきたのは繋ぎに作業用ベスト、手には工具箱をぶら下げた男性。

 

俺達が銃の整備をやってる傍で車のメンテナンスをしてくれていた人だ。その人の視線は俺や平野が持ったままの銃に集中している。

 

 

「兄ちゃん達、その銃本物だろ?子供がどっからそんな銃手に入れたんだい」

 

「えっと、いやまあ、たまたまと言いますか・・・」

 

 

お隣さんが銃を山ほど持ってて、家の鍵ごと進呈されました―――――そんなの誰が信じるってんだ。

 

 

「ま、ちゃんと扱い方分かってるみたいだから四の五の言うつもりはないさ。聞こえてたぜ、沙耶お嬢様と一緒にここに来るまでに派手にやったんだろ?銃声や爆発音がここまで聞こえてくるぐらいだったもんな」

 

「あははは、そりゃあまあそうでしょうねぇ」

 

 

手榴弾も使ったし最後のクレイモアも相当なものだったから、あの場所からちょっと離れた此処まで音が届いてたっておかしくない。

 

というか学校で高城が言ってた通り<奴ら>は音に反応するんだから・・・・・・何だ、俺達があそこら一帯の<奴ら>をわざわざ呼び寄せてたようなもんなのか。通りであれだけ集まった訳だよ。

 

 

「それにしても兄ちゃん達扱い慣れてるみたいだけど、一体子供がどこでそんなのの扱い方覚えたんだ?軍用小銃だろそれ」

 

「平たく言えば趣味のお陰――――って感じかなぁ」

 

「以下同文ってところです」

 

「そうかい。俺も兄ちゃん達と同じ頃からワッパの付いたもんばっかり弄ってたもんだよ」

 

 

あっはっはっはっは、と談笑する俺達。

 

1人輪から外れて不満なのか別の理由なのか唇を尖がらせた高城が間に入ってきた。

 

 

「松戸さん、用はそれだけ?」

 

「あ、沙耶様・・・・・・いやあの、乗ってこられた車の整備が終わった事をお伝えしようと」

 

「分かったわ、ありがとう」

 

 

整備をしてくれてた人(松戸さん、って名前なのか)が慌てて高城に頭を下げてそう報告してから離れていった。

 

その様子に何故か平野が目を輝かせてる。

 

 

「ホントにお嬢様なんですね!」

 

「・・・とりあえず平野、お前が言うな」

 

 

コイツはそこらへんの自覚が足りない――――生まれとかを一々鼻に掛けないのが、平野の良い所でもある訳だが。

 

言っちゃなんだけど見た目からは全く想像できないし。俺も初めて知った時は驚いたよ。

 

 

「真田には同意するわ。それよりもそれ!早く何とかした方が良いわ!」

 

 

そう言って高城が指差したのは、俺達が持つ銃。

 

 

「さっきの反応―――じゃピンとこないでしょうね。いい?此処に居るのは『大人』が殆ど!じゃあ彼らにとって、私達は『何』?」

 

「『子供』さ。銃を持ったな」

 

 

高城の問いかけを俺が締める。すると平野の表情がまたも重大事とばかりに引き締まった。

 

 

「――――小室と相談してみます」

 

「一応サイドアームだけでも常時身に付けといた方が良い。相手が無理やり持ってこうとした時に手ぶらじゃあな」

 

「分かった」

 

「いい?拳銃ぐらい隠し持っとくのは止めないけど、この家の中で絶対に下手に振り回したりして挑発するような真似しない事!特に真田!アンタは何か特にヤバそうだから絶対に銃抜かないよう肝に命じときなさい!!」

 

「保障はしないぞ。降りかかる火の粉は振り払うものなんだからな」

 

 

そう、警官から奪った拳銃で俺達の前に立ちはだかった連中みたいに。

 

弱肉強食。相手がやる気なら、こっちも殺ってやるだけのシンプルな話。

 

太腿のホルスターから抜いたP226Rの作動を確認し、しっかりと薬室にも弾が送り込まれてるのを確認してからデコッキングレバーを操作。撃鉄が戻ってすぐには暴発しなくなったが引き金を引けば即座に弾が飛び出す状態だ。

 

ふと目が合った高城の顔が蒼褪めてるように見えた。どうかしたのか。ああそうか、俺の顔がそんなに不吉なのか。

 

平野もうっすらと唇を吊り上げていた。意思表明みたいに整備したてのイサカのスライドを盛大に前後させる。快調な作動音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――むしろ、血が流れかねないゴタゴタを俺達は望んでいるのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 


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