HOTD ガンサバイバー   作:ゼミル

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「――――本当はさ、怖かったんだよ」

 

 

高城亭の裏庭に広がる日本庭園を平野と歩いていると、出し抜けにそう告白された。

 

 

「何がだ?」

 

「高城さんのお父さんが刀一本であっさり<奴ら>の首を落とすのを見た時さだよ」

 

「あああの時の」

 

「自分でも分かってるんだよ。僕は高城さんみたいに頭も良くないし古馬さんに宮本さん、毒島先輩みたいに生身で強くも無いし、鞠川先生みたいなちゃんとした医者としての知識も持ってなければ小室みたいなリーダーシップもある訳無いし」

 

「それじゃあ俺も似たようなもんじゃないか」

 

「真田はまだマシだよ。僕なんてチビだしデブだし体力もあんまりだし」

 

 

空重量でウンkgある自動小銃にそれなりに重量のある装備も身に着けて動き回れてたんだから十分ある方じゃないか?

 

サバゲーでフィールドの山の中を一緒に駆けずり回ったりもした。そんなすぐにバテたりはしてなかったし、親友としての贔屓目で見ても平野は平野で小室同様自己評価が低い気がする。

 

 

「少なくとも鞠川先生ほど平野はどんくさくないと思うけど」

 

「それは鞠川先生に酷いと思うよ?」

 

 

クスクスと笑いあう。だけど平野は笑みを消すと、遠くを見るような感情の浮かんでいない能面みたいな表情を顔に張り付けた。

 

 

「僕が自信を持って今自分にやれる事があるとしたら、それは銃を扱う事だけなんだ。でも、もし銃に使える弾が無くなったら僕はまた『元』に戻ってしまうって思ったんだ。何の役にも立てない、ただそこに存在しているだけの、大切な友達が学校から追い出されても結局何も出来なかった、無力な自分に」

 

「・・・・・・」

 

「それが怖かった。自分に出来る事がようやく見つかったと思ったのに、また元通りになる事が」

 

 

仮に、平野の生まれが銃の本場であるアメリカとかだったなら。

 

平野が持っているだろう中に対する熱意と才能は、時と場合と運命によるだろうけど、軍人としてなり民間としてなり銃器のスペシャリストとして花開いてきっとその世界で評価を受けたに違いないと俺は思う。

 

何故ならアメリカなどでは『銃を上手く扱える』事こそ一種のステータスとして、当たり前に認知されているから。だから拳銃の早撃ちチャンピオンや長距離狙撃を達成したスナイパーがその手の専門誌の表紙を飾り、銃器関係のスポンサーが彼らに付いてくれたりと栄光を手にする事があの国では可能だ。

 

でも、この国は違う。

 

日本は銃規制が特に厳しい。一応そういう専門雑誌とかは発行されていても、そういう銃に対しある種の憧憬を抱く人間(つまり俺や平野の事)に対して世間一般が抱く感情は、忌避感や嫌悪感が殆ど。

 

なんせ戦争やってる土地に警官や自衛隊を派遣させときながら弾無しの武器しか渡さなかったり、歩兵レベルの護身用武器を持たせるか持たせないかで議論する間抜けばかりときてる。

 

とどのつまり、そんな世界に於いての俺達は異端者でしかなかった。

 

世界がもし<奴ら>で満ち溢れてなかったら、平野はただ流されて生きてくだけだったのかもしれないし――――俺に至ってはかつてのクラスメイトを皆殺しにした狂人として名を遺した『だけ』だったに違いない。

 

少なくとも俺はそれで十分だったけどな、その時は。

 

 

 

 

それはもう過去の話だ。

 

『もしも』とかが最初にくる類の、俺にとってはどうでもいい、意味の無い話。

 

 

 

 

「あー、でも何か、スッキリしてきたよ。思ってた事とか悩み事とか全部言えてさ」

 

 

またコロッと表情を変えて、アメリカでミニガン(カトリング式の重機関銃)撃って撃って撃ちまくった後の時みたいな、えらく清々しい笑顔を浮かべながら大きく背中を伸ばす友人。

 

 

「少なくとも銃を撃つ事しか能が無くたって皆には認めて貰えてたんだ。今はそれだけで十分だよ、僕は」

 

「そうか」

 

 

平野の締めの言葉に、やっぱり俺とは違うな、と改めて自覚した。

 

平野は自分の存在価値を認めてもらう為、そして平野が惚れてる高城や存在を認めてくれる仲間達を守る為に銃を握ってるんだろう。暴力の快楽を愉しんでたのは多分その延長線上に過ぎない。

 

俺は逆だ。<奴ら>や敵対者との生存競争が与えてくれる血と暴力、死と隣り合わせの興奮を味わう為に銃を手に取ってるんだ。

 

相方と肩を並べて戦うのは悪くないけれど、里香や小室達と行動を共にするのは実際の所ついででしかない。死なすには惜しいとは思ってるけど、死んだら死んだでその時はその時ってだけの話。

 

ああ、やっぱり狂ってるよ、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壊れた世界に似合わない青空を見上げていると、視界の端にちらっと見えた数人の男達の存在に気付く。

 

男達の視線は俺とコータに向けられていて・・・・・・真っ直ぐこっちに向かってくる。腰に刀をぶら下げてるのも居る。

 

 

「平野、お客さんだ」

 

「へ?」

 

 

目線で示すとようやく平野も接近中の集団に気付いた。誰も彼も視線が鋭い。あの高城の親父さんの部下なんだろうからそりゃそうだろうなと勝手に結論を出す。

 

 

「・・・平野」

 

「――分かった」

 

 

やや半身になって身体の右側を隠しながら、密かにホルスターの銃がすっぽ抜けないようにする為のストラップを外し、指先がグリップの辺りに来るように手の位置を調節した。

 

背後でカチリ、と微かな金属音が耳に届く。平野が作業服の上から装着したヒップホルスターに突っ込んだタウルス・PT92のセーフティを解除する音。

 

やっぱり向こうのお目当ては俺達だった。先頭に立つ小さなリーゼントっぽい髪型の男性がこの中のリーダー格だろう。

 

 

「君達が沙耶お嬢様と行動を共にしていた少年達だね?」

 

「そうですけど、一体何のご用ですか?」

 

 

眼鏡の向こうで微妙に目を細める平野。右手はさりげなく後ろに廻され、すぐに銃を抜ける姿勢。

 

 

「私の名は吉岡という。沙耶お嬢様のお父上、高城壮一郎氏の部下だ。単刀直入に言おう、君達が持つ武器を我々に分け与えてもらえないだろうか?」

 

 

――――やっぱり、か。

 

何時かはこう言われると、何となく予想はしていた。あっさりそうするかは別の話だけど。

 

 

「こっちが見た限り、そっちには十分な武器は揃ってると思いますけど。少なくともこの街の警察以上の代物とか」

 

 

日本の警察はSATみたいな特殊部隊でも精々サブマシンガンと狙撃銃程度。最近はアサルトライフルも少数導入された記憶があるが、どっちにしたってそこいらの警察署に配備されてる筈も無い。

 

こっちの言い分が気に食わなかったのか他の怖い顔したオジサン達が詰め寄ろうとしてきたけど、言われた当の吉岡さんが彼らを止めた。

 

 

「確かに大きな声では言えないが、海外から密輸されてきた軍の横流しの銃火器などを我々は入手し、それらを先程補給物資を運んできた際にも密かに設けてあった武器庫から持てるだけはこの屋敷に持ち込みはした。

だがそれでも戦える者達に与えるだけの数は不足している。我々や部下達、避難してきた人々の身を守る為にはもっと多くの武器が必要なのだ」

 

 

其処で一旦言葉を区切り、彼は部下らしい周りの男達に目配せをしてから、

 

 

「君達がアレだけの武器を扱いこなせている事は私も理解しているよ。君達のバリケードでの戦いぶりも知っている。

だがこのご時世だ、それだけの武器を君達に独り占めにしちゃいけない。全部とは言わないが、我々にも武器を分けてもらえないか」

 

 

口調は丁寧。だけど、言葉の端々に威圧感が滲み出ていた。

 

吉岡さんが言い終わりかけた辺りから、俺と平野を囲むように他の男達が広がろうとしていた。

 

そう来るか。上等だ。

 

俺と平野は半ば背中合わせになりながら少しずつ後ろに下がる。刀を持った相手に対してなるべく距離を取って刀の射程範囲外の維持を心掛ける。

 

膠着状態。既に俺も平野も拳銃のグリップに手をかけ、親指で撃鉄を起こし終えている。残る安全装置はトリガーを引く指だけ。刀を持ってる人間は柄に手をかけてるし、持っていないのも何時でも飛びかかれるよう下半身に力を注いでいるのが丸分かりだ。

 

睨み合う。向こうがすぐに襲いかかろうとしないのは俺達が銃を持ってるだけじゃない、彼自身が言った通り俺達が銃に関して只の学生レベルじゃないと理解してるからだろう。その上囲まれてもビビらず逆に臨戦状態と来たもんだ。

 

俺達は俺達で膠着が崩れるタイミングを見計らっているだけ。

 

でもこんな所で高城の家の人と殺し合った後はどうするかって?

 

 

 

 

知った事か。そんなのどうでもいい。鉄火場になった以上、暴れてやるだけの話。

 

 

 

 

そっちから来ないならこっちから行ってやる―――――って銃を抜こうと「真田ストップ!」したらいきなり平野に抑えられて危うく暴発しかけた。何すんだコラ。

 

 

「考えてみても良いんじゃないかな?ほらだって、僕達高城さんの家の人達に色々とお世話になったでしょ。寝るとことか食事とか車の整備とかさ。それにさ、一応むこうからお願いされてるんだし冷静になって考えてみると流石に高城さんの家の人達をこう・・・ねぇ?」

 

「明らかに脅して掻っ攫ってく気満々だろうが!」

 

「でもお世話になってるのは事実なんだし、恩を仇で返すのもアレかなぁって」

 

「あー、まあ、確かに、それは、な」

 

 

怖い顔したオジサン達に囲まれながら親友と一緒にヒソヒソヒソヒソ。それから、ぶっはあと思わず巨大な溜息を吐き出してしまった。

 

今や抜いてしまったは良いけど向ける場所を無くした銃口で頭を掻きながら冷静に考えてみて、平野の言い分にも一理あると自分でも考え直す。

 

まあこうして衣食住世話になってるのは事実だし、寛ぐのに十分な休息の場と時間も提供してもらったのは本当だ。

 

つまり此処の人達には借りがある。そして恩を仇で返すのは流石に、その、えーっと、具体的に上手くは言えないけど、ダメだ。幾ら頭のネジが外れてたって平気で裏切るのは気分が悪い。

 

でもだからってあっさり渡すのもどうかと思う。

 

 

「ならどうするよ。また小室達と相談した方が良くないか?少なくとも外に出る面子分の武器と弾は必要だし」

 

「その方が良いだろうね。あと、鞠川先生の友達の銃も借り物だから渡さないどこうか」

 

「おい!何いつまでブツブツ言ってやがるんだ」

 

 

口を挟まないで欲しい。そっちが得な方に話の着地点相談してるんだから。

 

そう内心文句を言いながらデコッキングレバーを弄って撃鉄を戻したそんな時、いきなり堂々とした声が聞こえてきたもんだから正直ちょっと驚いた。

 

顔を上げるとそこに、ここの強面な団体さんのリーダーである高城の親父さんが、他の部下らしき人と奥さんを伴って、仁王立ちで君臨していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は高城壮一郎。憂国一心会会長だ。少年達よ、名を聞こう」

 

 

聞いただけで背筋が伸びそうな芯の通った声だ。実際不意を突かれた感じの平野が思わず直立した上敬礼までしちゃっている。

 

 

「ひ、ひ平野コータ!!藤美学園2年B組、出席番号32番ですぅ!」

 

「声に覇気があるな平野君。して、そちらの少年は」

 

「・・・真田聖人。藤美学園元2年A組。出席番号14番」

 

 

じっ・・・と真正面から視線だけで射抜かれる。突き付けられた狙撃手の銃口かはたまた刀の切っ先か、そんな想像をさせるぐらいの重々しさと鋭さが、高城の親父さんの目に宿っていた。

 

此処まで威厳のある人物を前にしたのも初めてだ。こんな人が高城の親なんて、ある意味納得だけど別の面では驚愕だ。DNAの奇跡的な意味で。

 

 

「―――君達は、人を殺めた事があるようだな」

 

「っ・・・・・・!!!」

 

 

唐突にそう告げてきた高城の親父さんと大きくビクリと震えた平野を中心に、動揺がさざ波のように広がっていった。

 

俺は高城の親父さんを睨み返すだけ。向こうも真正面から俺の視線を受け止めてくれる。

 

睨み合う。睨み合う。睨み合い続ける。何秒か。何十秒か。それとも何分か。俺も高城の親父さんも退かない。

 

また向こうから口を開く。

 

 

「私はそれを責めるつもりなどない。このような状況下になった世界は今や弱肉強食。そうしなければ自らの身を守れないという場面もあったならば、私も自らと仲間を守る為に人であろうとも斬っただろう。だが!」

 

 

眼光の鋭利さと強さがより一層増した。

 

 

「君達は少なからず暴力にえもいえぬ魅力と悦楽を感じ、それを求めているように見受けられる。違うかな?」

 

 

 

 

「――――――だったら?」

 

 

俺の手の中でもう1度P226Rの撃鉄が起きる音が微かに、だけど確実にこの場に広がった

 

 

 

 

「真田!?」

 

 

平野を無視してガンの飛ばし合いは続く。

 

漠然と分かってたけど、目の前に居るこの人は間違いなくかなりの腕前だ。巨大なストーブを相手にしてるみたいに皮膚がヒリついてくる。それだけ高城の親父さんの気配が凄まじいって事だ。

 

高城の親父さんの右手も刀の柄に添えられ、鯉口も切られている。居合の構え。射程距離はギリギリ。1歩踏み込んだだけで簡単に届く。この距離なら、こっちも咄嗟の抜き撃ちでもまず外さない。

 

まるで西部劇の決闘だ。銃と刀の異種格闘技戦。俺の弾が食らいつくのが速いか、高城の親父さんの刃が俺を切り裂くのが速いか。

 

唇の端が引き攣るぐらいつり上がってくのを自覚する。胸に湧き上がってくる高揚感。どす黒いワクワクが止まらない

 

 

 

 

確かにアンタの言う通りだよ、高城の親父さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――結局、俺が高城の親父さんに銃を向ける事も、向こうの刀が抜かれる事も無かった。

 

まず小室が、続いて高城や里香といった行動を共にしてきた面々がこの場に勢揃いしたもんだから。

 

途端に場の緊張感が霧散・・・とまではいかないまでも、多数の乱入者を受けて大分空気が引っかき回される。俺と高城の親父さんの腕から力が抜ける程度には。

 

もう少しだったのに、と胸の中だけで呟きながら、何があったのかと心配そうな様子で聞いてくる小室に一応律義に答えておく。

 

 

「此処の人達がな、俺達が持ってきた武器を分けて欲しいんだと。とりあえず皆と相談してから決めようと思ってたんだけど、リーダーの意見は?」

 

「え?えっと、そりゃあ確かに結構な量の銃を僕達は持ってるし、全部が全部使うとは限らないんだからちょっとぐらいなら僕は構わないと思うけど」

 

「確かにただ置いて腐らせておく位なら誰かに貸してより戦力を強化した方がいいと私も思うよ」

 

「わ、私はマーくんや皆が構わないならそれでいいと思う」

 

「――――ってのがウチのリーダーと他の仲間の意見です。とりあえず屋敷から出ていく面子の分の銃と弾以外に余ってる分を幾らか提供するって事で良いですか?」

 

 

意見を勝手にまとめて言っちまったけど、小室達から反対意見は無し。これで良いって事にしておく。俺からしてみればかなり破格の条件のつもりだ。

 

吉岡と名乗ったリーゼントの男性が一瞬だけ高城の親父さんの方に目を向ける。親父さんは小さく頷いてみせた。

 

 

「分かった。それで構わない。君達の協力に大いに感謝する」

 

 

囲んで脅そうとしてた癖に何をほざきやがる。

 

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・」

 

 

そしてこっちはこっちで親子で睨み合ってるし。

 

 

「・・・・・・沙耶、平野君には見所がある。彼は良い男になるだろう。だが其処の彼とこれからも行動を共にするというのならば、十分に目を光らせておくよう心がけておけ」

 

「ちょ、パパ!?どういう意味よそれ!」

 

 

本人の前で言う事じゃないだろ普通。でも否定はしない。十分自覚してる。

 

 

 

 

それから親父さん達が背中を向けてゾロゾロと離れていってから、今度こそ抜きっぱなしのP226Rをホルスターに戻した直後。

 

「一体全体何やらかしたってのよこの腐れガンオタコンビ!特にそっちのノッポ!」と高城に怒鳴りつけられた俺と平野であった。

 

半ば巻き添え食わせてスマン平野。

 

 

 

 


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