HOTD ガンサバイバー   作:ゼミル

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―――――本物の闇という物を舐めてたかもしれない。

 

 

あっという間に日は落ち、何分過ぎたか計る術は無いが闇の訪れはかなり早くやってきた風に感じた。

 

見えないってレベルじゃなかった。数十m先に地面が果たして存在しているのか不安に駆られてしまう。周囲を底無しの崖に囲まれて孤立しているような気分になってきた。

 

これが本当の闇ってヤツなのか。街灯やネオンという文明の光源のありがたみを今になってようやく実感する。

 

月明かりや星明かりなんて当てにならない。ハンヴィーの銃座がある場所も音がなるべく漏れないよう閉め切ってしまったし、窓からも大して光が入ってこないから車内は真っ暗。

 

自分の手の輪郭もおぼろげにしか分からないぐらいなのに泣きじゃくる声だけが響く物だから、幾ら俺でも気が滅入らない訳がない。

 

 

 

 

分かってる。分かってるよ。仕方が無いって事ぐらい。

 

子供で、しかも父親を亡くしたばかりだからとはいっても―――――事態が事態で場所が場所だ。いい加減、弁えて欲しかった。

 

 

「・・・・・・ありすちゃん。もう泣くのは止めて静かにしてくれないか?今この状況じゃ<奴ら>が泣き声を聞いて集まってくるかもしれないから、ね?」

 

「何言ってるのよ!ありすちゃんはお父さんを亡くしたばかりなのよ!?」

 

 

誰かが噛みつくとは思ったけど、案の定宮本か。

 

 

「宮本はもっと黙ってくれ。言われなくても分かってる。だけどそれはもう『過去』の話であって、『今』危険に晒されてるのは俺達なんだ」

 

「だからって貴方ねぇ・・・!」

 

「はいストップ。真田の言う通りよ。閉め切ってるとは言え<奴ら>の聴力は健在なんだから、小室達が囮になって引き離したとはいえ泣き声に釣られて<奴ら>がまた集まってこないとも限らないわ」

 

「でも!」

 

「だから静かにしなさいよ!1度言われてもまだ理解できないの!?」

 

「た、高城さんも宮本さんも落ち着いて!」

 

「あの、高城さんも静かにした方が・・・」

 

「うっさい!」

 

 

ぎゃいん!?と派手な殴打音とともに上がった平野の悲鳴はどこか嬉しそうな感じだった。何故里香は無視して平野にだけ手、じゃなくて足が出るのやら。

 

腹の底に沸き上がったものを少しずつガス抜きしていくみたいな溜息を長く吐いてから、前に座る高城がこっちを見た気がした。

 

ちなみに座席の配列は運転席に鞠川先生、助手席に里香。真ん中の座席に宮本・高城・ありすちゃんで、荷台に荷物と一緒に収まってるのは俺と平野。

 

 

「真田、アンタも一々逆なでするような言い方するんじゃないの!」

 

「Yes,Mam」

 

 

隣でホッとしたように平野も溜息を漏らした。その様子が見えた訳じゃないけれど。

 

 

「それにしても真っ暗。車の中も全然見えないわ~」

 

「車内灯は使えないんですか?」

 

「ダメみたい。うんともすんとも言わないの~」

 

「対EMP処置は駆動系のみに限定されてるのかもしれないわ。だから車内のインテリアはまた別、他の電子機器と同じくもう使い物にならないわ」

 

「え~このまま真っ暗なまま~!?ヘッドライトとかはちゃんと点いてたのに~!」

 

「――――ちょっと待ってくれ」

 

 

そういえば、今の今まで使う機会が無かったから半ば存在を忘れてたけど。

 

手探りで目当ての物を求める。とにかくほぼ黒一色しか見えないせいで意外と手間取った。M4の銃身に取り付けたフォアグリップに一体化したフラッシュライト(細かく言うとウェポンライト・タクティカルライトとも呼ぶ)のスイッチを弄ってみる。

 

 

「うおまぶしっ!」

 

「こっちはちゃんと使えるみたいだな」

 

「ああそうよそうだったわ!分かりきってたのに私ってば本当にバカ!懐中電灯とかなら動くに決まってるじゃない!」

 

「た、高城さん落ち着いてー!」

 

 

とりあえず当面の灯りは確保。ようやく全員がどんな顔を浮かべているのか見える様になった。

 

でも外の様子はライトが窓ガラスに反射してあまり光が届かない。

 

 

「外を照らしてみる。平野、援護を。そこのM1を使うと良い」

 

「了解!」

 

 

ゆっくりと、音を立てない様に天井の銃座を塞ぐ蓋を押し開けて、俺と平野は上半身を覗かせる。

 

途端に車内に入り込んでくる外の空気。血の臭いがした。頭上に広がるのは星空―――綺麗だとは思うがそれだけだ。それ以上何の役にも立たない。

 

M1A1のフラッシュライトを灯した平野と一緒にサーチライトのように周囲を照らし出していく。向く方向は別々。フラッシュライトは眼潰しにも使えるぐらい光量が強いから光が遠くまでよく届く。

 

 

「・・・見えた。距離100、でもこっちには気付いてないみたいです」

 

「こっちも、照らされてもやっぱり向こうには分からないみたいだ」

 

「小室達のエンジン音も聞こえない・・・これ以上此処に潜んでても意味が無いわ。出発しましょう」

 

「えっと、先生は余りここら辺の事は詳しくないんだけど」

 

「大丈夫、この辺りは小学校の頃通学路でしたし、大きな建物で国道沿いに行けば10分もかからないと思います」

 

「その『10分』が長そうだけど」

 

 

また宮本に睨まれたけど言わなきゃ気が済まなかったんだから仕方ない。

 

 

「ありすちゃん、大丈夫?」

 

 

里香の気遣う声。もうありすちゃんからすすり泣く声が聞こえてこなかった事に、今更ながら気付いた。

 

 

「・・・・・・うん・・・ありす、もう泣かない」

 

 

ありすちゃんは強い子だと思う。父親を亡くして半日どころか数時間しか経ってないのに、もう悲しみへの自制を身に付けてしまっていた。

 

『僕』の時はどうだった?『俺』にはもう思い出せない。現実味が無くてただ無為に呆然と過ごしただけだった気もする。

 

ゆっくりと死んでいくように過ごして、世界が壊れた瞬間身近を徘徊する<奴ら>という名の具体的な『死』の象徴によって『俺』は生を感じる様になった、とも言える。

 

 

 

 

その在りようがどうしようもなく狂ってる事も俺は自覚していた。

 

だからどうした?それが『俺』だ。それ以外の事なんてどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、車を出して」

 

「うん分かった」

 

 

先生がキーを回し、エンジンが唸り、車体が震え―――――

 

―――――――すぐにぷすん、と間抜けな音と共に止んだ。

 

 

「え、あ、あれ?」

 

 

もう1度唸って、またすぐに止まる。ハンヴィーのV8ディーゼルエンジンはすかしっ屁染みた音しか出そうとしない。

 

何度も何度もそれが繰り返され、鞠川先生の漏らす悲鳴は最早泣きそうだった。

 

 

「な、何でかかってくれないの~!?」

 

「ちゃんと整備しきれてなかいまま強行突破したせいでエンジンの具合がおかしくなってたのに<奴ら>をやり過ごす為に完全に止めちゃったからですよ!」

 

「とにかく先生は動くまでエンジンをかけ続けて!」

 

 

だけどこんな時に限って悪い事は続くもんだ。

 

 

「速くした方が良い――――<奴ら>がこっちに気付いた」

 

 

点火時のエンジン音か、慌てた皆の声が意外と遠くまで響いたのか。ライトで照らした先の道路の<奴ら>が、次に照らした時にはこちらを向いていた。

 

真っ直ぐとハンヴィーに向けて近づき始める。ゆっくりと牛歩の歩みで、しかし確実に。

 

 

「撃ちますか?」

 

「エンジン音より大きな銃声よ?もっと大量の<奴ら>が集まってくるに決まってるじゃない!」

 

「気をつけろ、後ろからも来てる!」

 

 

逆方向からも引き摺るような独特の足音が、不発を繰り返すエンジン音の合間から微かにだけど聞こえた。

 

平野と背中合わせになる形で後部方向に銃口もろともフラッシュライトを向けると案の定。数は、最低でも10。

 

何処から湧いて出てきやがった。撃つ?撃たない?どっちにする?

 

チラリと平野が向いた側に視線を一瞬向けると、M1A1のライトに照らされただけでもさっきより更に膨れ上がった<奴ら>の姿。

 

――――俺は引き金を絞ろうとする。

 

 

「やった、かかった!皆、しっかり掴まって!」

 

 

引き金に連動した撃鉄が落ち切る直前、盛大な咆哮と共にハンヴィーのエンジンが復活の雄叫びを上げた。

 

そのまま急発進したもんだから、上半身を乗り出したままだった俺と平野は車内へと慣性のせいで引きずり込まれ、

 

 

 

 

ガギン!!

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 

こ、言葉が出てこない。というか俺だけじゃなくて一部始終を見てた宮本や高城達でさえ目を見開いて何か言おうとしてたけど失敗してる。

 

何が起こったか簡潔に説明してみると、平野がずっこけた拍子にM1A1がすっぽ抜けて銃口が下を向いた状態で引力に引かれてその銃口の下には銃剣も取り付けてあって。

 

・・・荷台の床に軽く突き立った銃剣と俺との距離はゼロだった。頬が何だか熱いのに鋼鉄のひんやりとした感触も伝わってくるってああそういう事か、銃剣が頬を掠めたのか。

 

 

「わわわわわー!さ、真田ゴメン!大丈夫!?」

 

「・・・冗談抜きでこんな死に方なんてまっぴら御免だからな」

 

 

割と本気で殺気を込めて親友を睨んだのはこれが初めてだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜闇を突っ走るハンヴィーの行く手を照らすのはヘッドライトと蛍の光の方がよっぽどマシな星明かりだけ。

 

だから見通し距離に限界がある以上、必然的に障害物の存在に気づいても運転手の反応が遅れてしまう。こういっちゃなんだけど、ぶっちゃけ日頃からドンくさい鞠川先生なだけに尚更。

 

しょっちゅうハンヴィーの車体に何かがぶつかる衝撃が奔る。それは乗り捨てられた車だったり、<奴ら>だったり、道路に転がった何かの荷物か残骸だったり、<奴ら>だったり、やっぱり<奴ら>だったり。

 

車体に<奴ら>のどこかしらが当たる度、トマトかスイカでも激突したみたいな水っぽい音がする。車体だけじゃなくフロントガラスも<奴ら>の血がこびり付いて汚す。

 

 

「ひにゃあああああっ!?ひゃ、きゃああっ!!?」

 

「うっさいわね!いちいち悲鳴あげんじゃないわよチビ巨乳!」

 

「っていうかどんどん数が増えてってなぁいぃこれ!」

 

 

鞠川先生の言う通り、国道に出てくる<奴ら>の数は走り始めた当初より明らかに数を増している。疾走するハンヴィーに惹かれて集まってきている事は間違いない。

 

 

「合流地点まであとどれくらいなんですか!」

 

「分かんない、確認してみるわ!」

 

 

宮本が屋根から身を晒す。数秒後、車体をバンバン叩きながら宮本が叫んだ。

 

 

「あった、見つけたわ!先生あれ、右側のあのでっかい建物の影よ!間違いないわ!」

 

 

平野や高城と押し合いへしあいしながら右側の窓にへばりつくと、宮本の示す建物の影が半ばぼんやりながら確認出来た。

 

確かに大きい。建物の高さそのものはそこまでじゃなさそうだが、面積はかなりのものだろう。

 

合流地点に設定されたあのショッピングモールを俺は行った事が無い。完成したのは結構最近だった気がする。

 

食糧や物資は豊富に置いてあるだろうけど――――辿り着いたはいいけど果たして中に入る事は出来るのか、という疑問がふと頭をもたげた。先客が存在しててもおかしくない。

 

俺の考えを余所に、鼻先を合流場所に転じるべく先生がハンドルを急に切ったものだから揃って反対側の窓に叩きつけられた。そこにさっきの俺達同様バランスを崩した宮本が降ってきたもんだから堪らない。

 

 

「せ、先生!お願いだからもう少し静かに運転して下さい!」

 

「そんな事言われてもそんな余裕無いもの~!」

 

「れいお姉ちゃん重たいよ~」

 

「ご、ゴメンねありすちゃん!」

 

 

あっという間に建物の輪郭が大きさを増していく。宮本と入れ替わりに銃座に出て進行方向ではなく、後方に目を向けた。

 

闇夜にまだ目が慣れてないからかそこまでハッキリとは分からない。だけど暗がりの中蠢く一際濃い影が見えた。多分エンジン音を追ってきた<奴ら>に違いない。

 

ぐんぐん引き離してはいるものの明らかに規模が増大している。避難場所に着いたら着いたで出来るだけ早く建物の中に逃げ込んだ方が良さそうだ。

 

そう判断しながら今度は前方へと反転し、微妙に光量が減ったヘッドライトの先で浮かび上がった光景と訪れるであろう事態に、思わず俺は叫んでいた。

 

 

「鞠川先生、減速して!」

 

「えっ?」

 

 

鞠川先生は不思議そうな声を上げただけでアクセルを緩めようともしなかった。鈍いのも大概にしてくれ。何でそこにわざわざこっちに視線を向ける?

 

咄嗟に慌てて車内に戻ると「掴まれ!」と叫んでから天井を下から支える風に腕に力を込め、身体を固定する。

 

他の面子が俺の警告に間に合ったかどうかは分からない。

 

次の瞬間、ハンヴィーの車体が思いっきり跳ね上がった。建物を囲む形で広がる広大な駐車場の更に周囲に作られた植え込みの段差にタイヤが乗り上げ、下から強烈に突き上げられた。

 

腕で支えてなかったら衝撃の勢いそのままに天井に頭をぶつけていただろう。それを証明するかのように平野達の身体が一瞬宙に跳ね上げられていた。

 

再び衝撃。今度は植え込みを突き破って僅かな時間空を飛んだハンヴィーが着地した為によるもの。また上下に揺さぶられて女性陣の誰かが悲鳴を上げる。

 

 

「先生、前!危ない!」

 

「だから先生こんなキャラじゃないのに!」

 

 

助手席の里香の叫びにまたハンドルを切る先生。だがまたも間に合わない。

 

駐車スペースに放置されていたワゴン車の後部に激突。金属バットでぶっ叩かれた缶の中身宜しく車内で振り回される。

 

行く手を照らす光が唐突に片側だけ消え去った。激突の衝撃でヘッドライトが壊れたんだと悟った。

 

接触の衝撃にハンヴィーは蛇行しながら駐車場を突っ切る。生きた心地がしない。大きく傾ぎながら軍用車は走り続ける。

 

 

「何処で止まれば良いのぉ!?」

 

「非常口!それか非常階段を探して!普通の入口はきっと封鎖されてる筈!そこのガンオタコンビもそのライトで捜しなさい!」

 

 

言われなくてもそうするさ。時化の海に出た小舟みたく揺れる車内で何とか俺と平野は高城の指示通り、建物の壁面をフラッシュライトの光で舐める。

 

とにかくハンヴィーが高速で動き続けるもんだから、照らした所が勝手に移動してしまう。早く見つけなきゃ、エンジン音を追ってきた<奴ら>に囲まれかねない。

 

ええい、せめてもう少し月明かりが明るければ分かりやすいだろうに・・・・・・

 

 

「見つけました!非常階段です!」

 

「先生、Uターン!」

 

 

再度方向転換の慣性に振り回され、焼けるゴムの臭いが鼻を突く。

 

 

「そのまま階段まで車を近づけて!」

 

 

平野が照らす先めがけ先生は車を加速させた。でも先生、勢いつけ過ぎな気がするんですが。

 

その時唐突にまた何かが車体正面にぶつかった。正確にはヘッドライトが壊れた側のバンパーと衝突し、その物体は激突の衝撃でボンネットに乗り上げフロントガラスの所まで滑る。

 

正体は男性型の<奴ら>。

 

車は微妙にコースを外れ、殆ど減速しないまま、建物の壁はもう目前。

 

 

「いやぁ~!前が見えないわ~!」

 

「先生ストップ、止まってぇぇぇ!!」

 

 

平野の絶叫が今度は届いたのかハンヴィーは急減速。だがかなり速度が付いていた2tオーバーの軍用車両の運動量はすぐには打ち消されず。

 

結果。<奴ら>をボンネットに乗せたまま、壁面へと突っ込んだ。

 

掬いあげられるような感覚。前のめりに身体が押されてロクな抵抗も出来ないまま俺の身体は、

 

 

「がっ、はっ!!」

 

 

マトモな言語かすら怪しい音を無理矢理吐き出された。一瞬、意識が飛んだ。

 

意識が再起動した途端苦痛に襲われた。とにかく背中が痛くて内臓がおかしくて更に痺れが身体全体に走っている。手当もせずほったらかしだった頬の切り傷から血が口元に垂れてきて、唇に湿り気を感じる。

 

衝撃もそうだけどベストの背中側の留め具とかがくい込んでるのも結構辛い。でもお陰で意識が呼び覚まされて、何とか身体を起こす。一応身体は云う事を聞くけど、長年寝たきりだったみたいに力が入らなくてぎこちないのがもどかしい。

 

 

身体の下のボンネットの隙間から水蒸気が立ち上っている。ラジエーターでもやられたかな?エンジンも完全に止まってるし、今度こそイカレただろう。もう使えまい。

 

 

「う゛あ゛あ゛あ゛ぁ“ぁ―――・・・・・・」

 

「っ、このっ・・・!」

 

 

<奴ら>は例え大型車に撥ね飛ばされても元気なままだった。俺にのしかかってきて、反射的に両肩を掴んで抑えなきゃ首元の肉をごっそり食い千切られてただろう。

 

ガチガチと目の前で歯がぶつかり合う音がする。腐った肉にも似た臭いが口元から漂ってくる。必死になって押し返そうとするけど、この馬鹿力!

 

痺れが抜けない両腕が<奴ら>の腕力に屈していく。曲がっていく両腕。<奴ら>の前歯が鼻先に触れそうな位距離を詰める。

 

此処までか、と諦観を抱いた。まだ早い、と別の俺がそれでも筋肉に命令を送り続ける。

 

抗うこっちの内心などお構い無しに<奴ら>が大口を空け――――

 

―――――その口の中から唐突に飛び出してきた銃剣の切っ先が、軽く俺の鼻先に触れた。

 

刃が背中側から口腔をこねまわし、丁寧に蹂躙されてからUFOキャッチャーに鷲掴みにされた景品宜しく俺の前から離される。

 

 

「大丈夫?どこも噛まれてない?」

 

「まあね。身体は悲鳴上げてるけど」

 

 

平野が銃剣付きのM1A1持ってくれてて助かった。でも悠著に感謝する暇も無さそうだ。

 

エンジン部分から水蒸気が漏れ出る音の中に、不規則かつ幾つもの足音が近づきつつあった。

 

しきりに頭をさすりながら下車する宮本達とは対照的に、里香と鞠川先生は前に座ってた割には怪我も無く平気そうだった。やっぱりシートベルトは偉大だと思う。

 

 

「車から降りるのよ、急いで!いつの間にかもうそこまで来てるみたいだから、最低限の装備だけ持ってこのまま非常階段!」

 

「荷物はどうするの?」

 

「日が昇って<奴ら>がまたどっかに行ってから回収!」

 

「皆は早く階段の所まで!僕が援護します!」

 

 

よろめきながらボンネットから降りた俺に、かいがいしくも里香が肩を貸してきた。身長差があり過ぎて傾いてるけど無いよりはマシだ。少し覚束無い足取りで向かう。

 

・・・・・・というか、「大丈夫!?しっかり!」とか半ば抱きしめられながら里香に引きずられて運ばれたって言った方が正しい。

 

空いてる側の手でM4を構え、目的の非常階段を照らす。邪魔者は無し。扉が阻んでるけどそれ以外は枠だけだから、簡単に鍵を外す事が出来た。

 

それぞれM590とイサカを持った宮本と高城を先に行かせ、次に先生とありすちゃん。残るは俺と里香、そして平野。

 

おぼろげな月光と星明かりでも輪郭が分かるぐらいの距離まで既に<奴ら>が近づいてる。

 

 

「平野!」

 

 

合図を送ると、肩にVSSをスリングで引っかけM1A1のライトで足元を確認しつつ平野も階段の所までやってくる。彼が通ってすぐに非常階段の扉を閉めた。

 

あとは建物の中に入るだけ。

 

 

「ダメ、鍵がかかってる」

 

「どっちか銃を貸して下さい。頑丈でもブリーチング対策はされてないから、ショットガンなら鍵を吹き飛ばせるかも」

 

 

そう言って平野が高城からイサカを受け取って棹桿を前後させた、その直後。

 

金属が擦れ合って鍵が開く音がした。自然と沈黙が広がった。

 

 

「・・・・・・・」

 

 

平野とアイコンタクト。里香から離れると俺はM4を片手で腰だめに保持しつつもう片方で扉に手をかけ、平野は何時でもドアの向こうを狙えるようショットガンを構えた。

 

無言で頷き合ってから、一気に扉を開けて両手でしっかりとイサカを構えた平野が前に出て・・・・・・・

 

 

「きゃんっ!!?」

 

「のわあっ!!?」

 

 

転がるように飛び出してきた影にあっさりと圧し掛かられてぶっ倒れた。幸運にも暴発は起こらなかった。

 

向こうからも扉を押し開けようとした所にこっちから俺が勢い良く引いたんだろうか。ライトを当ててみると、影の正体は婦警の格好をしていた。

 

俺らより少し年上なぐらいだ、童顔の可能性もあるけど。いや、鞠川先生という年の割に子供っぽい感じの人もいるし・・・・・・どうでもいいか今はそんな事。

 

 

「うあ、あ、あの、本官は・・・・・・・」

 

 

とりあえず傷を負ってる様子もないし、顔色は普通に見えるし、何よりあーうーだの籠もった呻き声じゃなくてちゃんとした言葉も話せるみたいだし。

 

最後の扉も開け放たれている。この中に<奴ら>が居る気配も漂ってこないんだから、此処で立ち尽くしてる必要は何処にも無い。

 

 

「勝手ですけど、中に入らせてもらいますよ」

 

 

返事も聞かず俺は建物の中に踏み込んだ。

 

身体が痛い。今はとにかく横になりたかった。骨とか折れてなきゃいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

「で、何時までそうしてるワケそこの2人!!」

 

「「ひゃ、ひゃいっ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 


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