HOTD ガンサバイバー   作:ゼミル

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構え、ダットサイトの中心部に浮かぶ光点で捉え、引き金を絞る。

 

フルオートにセットしてあるがずっと引き金を引いたままにはしない。元特殊部隊員のPMCオペレーターから叩きこまれた、細かいリズムで連射を区切る指きりバースト射撃。

 

俺の場合、1ヶ月間の講習の間に指きりバーストなら30m以内の人間大の動標的に対し70%ぐらいの割合でヘッドショットを叩きこめる程度の腕前まで成長した。。日本の学生――元高校生にしちゃ結構良い線いってるという自負はある。

 

でも何となく予想はしてたけど・・・・・・多い。数が多い。

 

 

 

 

何の事かって?

 

 

 

 

決まってる。元この学校の学生or教師or用務員で、今やあ~う~と意味の分からない呻き声を漏らしながらのたのたと僕の方に次々詰めかけてくる生ける死者、リビングデッド、ゾンビどもの事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

かれこれ4回目か5回目か。空になったマガジンをバッグに放り込み、新しいマガジンをベストのマガジンポーチから引っ張り出して装填。ストック根元近くのT字型の棹桿に指を引っかけて引けば5.56mm弾をボルトが薬室に送り込む。

 

その一連の動作を淀み無く行いながら、俺はベッタリと廊下に広がる血糊や今度こそ動き回る事も襲いかかる事も無くなった(多分)同級生のゾンビの死体―何かちぐはぐな気もするけれど―に足元を取られないように気をつけて進む。

 

特別何の感慨も浮かぶ事無く教師ゾンビ1体を初めて射殺した俺。

 

その時は周囲に他にゾンビが見当たらなかったので、俺は大荷物を背負いながら次の得物を探すべく校内をうろつく事にした。

 

よくよく考えてみると無謀かつ自ら面倒を呼び寄せる羽目にしかならなかった行動だけど、その時の俺は実は頭の中がグチャグチャになっていて冷静じゃなくなってたんだと思う。ま、軍用小銃ぶら下げて学校へのお礼参りを実行した時点で俺の頭の中はまともじゃないんだろうけどさ。

 

校舎内を巡りながらゾンビを見かけ次第射殺して回ってると、おもむろに曲がり角から3体まとめて現れた。纏めて撃ち殺すと今度は5体、次は10体。更に30体。多過ぎるよ流石に。

 

もう2クラス分ぐらい、ゾンビの頭部を撃ち抜いたのは確実だと思う。

 

あれなのかな、やっぱりセオリー通り生存者の存在でも感じ取って襲ってくるのかな?それともまた別の何かを感じ取って襲ってくるんだろうか。目で見てるのか、臭いなのか、音なのか、どれだろう。

 

と更にマガジンを幾つか消費して廊下に犇めいていた目につく限りのゾンビの殲滅に成功する。何回か背後に忍び寄られて危ない時もあったけど、動きそのものは遅かったんで何とか対応できた。

 

でも力は強そうだ。突然、教室の扉を突き破って出てきた時もあったから。

 

 

 

 

そろそろベストのマガジンポーチに入れてある分のマガジンを使い切りそうな頃合いだ。バッグの中にまだまだ使ってない予備のマガジンがあるけど、出来たら何処か落ち着ける場所でポーチに新しいのを詰め直したりしたい。

 

でもそれは許さない、とばかりに階段からも独特の呻き声と引き摺るような移動音が、イヤープロテクターや耳栓もしないで撃ってたせいでちょっと麻痺気味の耳にもしっかりと聞こえた。ちょっと休ませて欲しいんだけどなあ。

 

とりあえず、階段を上がり切る前に手榴弾を下の階段へ転がしておいた。柱の陰に隠れて耳に指を突っ込み、口を開けといて脳内でカウント。3、2、1、ドカン。

 

模擬弾は扱った事あるけど、本物の手榴弾を使うのは勿論これが初めてだ。ズドム、と意外にこもった感じの爆発音と共に、爆風が斜め下に噴き上げて僕のすぐ横を通り過ぎる。爆風の中には手榴弾そのものの金属片に壁や廊下の破片だけじゃなく、腕とか足とか頭とかも混じって壁にぶつかったりした。

 

爆発地点は、なんて表現したらいいんだろう。超特大のスイカの中身をバケツ一杯の臓物と混ぜた上火薬も詰め込んで転嫁すれば、こんな感じで階段中が生もののデコレーション付きで真っ赤に染まるかもしれない。

 

火薬と鉄錆が入り混じった何とも複雑な臭いに俺は堪らずしかめっ面を浮かべた。これはちょっと派手過ぎたかもしれない。

 

・・・まあ、どうでもいいか。

 

 

「――!―――!?」

 

「・・・?」

 

 

1歩も踏み入れたくない有り様の階段を覗きこんでいると、今度は上の方から足音が聞こえてきた。

 

ゾンビか、と俺は即座に銃口を向ける。その足音はどちらかといえば慌てて駆け下りてくるみたいな感じで、ゾンビの足音とは違う感じがした。

 

まさか今度は大御所のリメイク版から広まり出した走るゾンビのお出ましなんだろうか、と身構える。

 

そして現れたのは―――――――

 

 

「あ、やっぱり!さっきから5.56mmの指きりバーストの射撃音が聞こえてると思ったら!」

 

「平野!」

 

 

俺の、親友だった。

 

平野コータ。眼鏡で小太りで、余り知られてないけど実は良いとこのお坊ちゃんで家族の金とコネを使ってPMCにも渡りを着けちゃう俺以上にヘビーなガンマニア。

 

手には即席のストックをガムテープで巻き付けた電動釘打ち機。猛烈な勢いで俺の手からM4を掴みとると鼻息荒く血走った眼で入念に弄り出し始めた。

 

正直、見慣れてる筈の俺もちょっと引いた。ちょっと落ち着いてくれ。

 

 

「それM4だよね!?それも接近戦用に銃身を短くした特殊部隊モデルでしょ!?フォアグリップにダットサイトまで付けて―――おおっ!?こっちは名作拳銃シグのP226しかもこっちもレイルシステム標準装備の特殊部隊モデル!!ねえねえどうしたのこれ!?何処で手に入れたの!?」

 

「やっかましいわよこの腐れデブオタ!また<奴ら>が集まってきたらどうするのよ!」

 

「はうん!?」

 

 

甲高い声と共に平野の背に蹴りが入れられる。奇声を上げて転がる親友、その手からM4を取り戻す。倒れた衝撃で暴発は勘弁したい

 

ツインテールに如何にも気が強そうな女の子。見覚えはあるけど名前が出て来ない。

 

 

「えっと――――誰?」

 

「アンタこそ誰よ」

 

 

お互い顔を見合わせてから少女は僕の周りの惨状に気がついたのか、一気に顔を青くしながらもまた俺の方をまっすぐ見つめてきた。

 

強いのは気だけじゃなくて、中身の芯の方も意外と頑丈な性質らしい。

 

・・・・・・ああ思い出した。確か、平野が言っていた。

 

 

「君は確か、高城沙耶―――だっけ?」

 

「勝手に人の名前呼ばないで!こっちだってアンタの事質問してるんだけど!?」

 

 

僕、いや、俺は、とお望み通り答えようとして。

 

 

「マーくん!!?」

 

 

俺自身が名乗る前に、高城の背後から上がった声が合ってはいるんだけど本名じゃない俺の名を呼んだ。

 

高城の背中から現れたのは、小柄な方の高城よりも更に一回り背が低い、ポニーテールにハムスターを連想させるくりくりとした大きめの瞳と、身長に不釣り合いなぐらいパンパンに詰まって突出してる胸元が特徴的な女の子。

 

彼女の名前は知っている。だって『僕』の世界が壊れる1か月前までは生まれて此の方、ずっと傍に居た存在だから。

 

 

「里香・・・・・・」

 

 

古馬里香―――――僕の幼馴染だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局どうして退学させられた筈のアンタがそんな物騒な物を山ほど持ってこの学校に居たワケ?」

 

 

廊下の角に身を顰めながら、高城は手洗い場のバケツの水に雑巾を浸しながら、小声でまたもしつこく僕にそんな事を聞いてきた。

 

平野は平野で平野らしく、あの階段から移動した(高城があの階段を使いたがらなかったので)今も俺の銃に熱い視線を浴びせている。平野の性格や嗜好は大体分かってるからしょうがないとは思うけど、落ち着かない。

 

幼馴染は幼馴染で、俺の背中に縋りついたまま離れてくれない。ハッキリ言って、動きづらくて鬱陶しかった。背中に当たる膨らみの感触だってベストのせいでまともに感じやしないから鼻の下も伸びたりしない。

 

 

「とりあえず平野、これ貸すから落ち着いてくれないか」

 

「おおっ!MP5A5!しかもR.A.S仕様!」

 

 

M4の空マガジンを入れてない方のバッグからMP5A5を引っ張り出して渡した。これも特殊部隊向けにR.A.S(Rail Adaptor System)が組み込まれてるモデルで、フォアグリップにドットサイト、フラッシュライトも装備。ちなみに各種アクセサリーは最初から取り付けてあった。30発用マガジンを収めた3連マガジンポーチも2つ渡しておく。

 

――――でもこんな銃、お隣さんは一体どこから手に入れたんだろ?

 

 

「サイトの調整はしてないから気をつけて」

 

「まっかせて!どうせ屋内だったらほぼ近距離だからあまり差は出ないだろうし少なくともこれ(釘打ち機)よりは断然上等だしね!」

 

「うっさいそこの銃オタ2人!」

 

 

高城も声も十分うるさくないか?と思ったけど、高城が投げた濡れ雑巾が音を立ててぶつかると、そっちに気を取られたのか雑巾のぶつかったロッカーにゾンビがぶつかっていた。

 

どうも視力で物を認識してるんじゃなさそうだ。さっき高城の投げた雑巾が当たった時は、全く反応していなかったし。

 

 

「音にだけ反応してる・・・視覚とかも無いわ。でなきゃロッカーにぶつかる筈が無い」

 

「どおりでさっきは僕の所に一杯押し寄せてきた訳だ」

 

「いい、平野もアンタも今後出来る限り持ってる銃を使ったりしないでちょうだい。使うのは強行突破する時だけ!好きなようにドンパチしようものならあっという間に学校中の<奴ら>が集まってくるわ分かったわね!」

 

「え~、そんな、せっかく銃も弾もあるのに・・・」

 

「デモもヘチマも無いわよ!デブオタが私に逆らうっていうの!?」

 

「・・・高城の意見は理解出来たし納得もできたけど」

 

 

溜息を吐きながら、途中まで弾丸を消費したマガジンを新しく取り変えてフル装填。

 

 

 

 

ロッカーにぶつかり続けていた男子生徒のゾンビも、それ以外に廊下の奥の方を彷徨っていたゾンビも、今や一斉に僕らを向いていた。

 

 

 

 

「高城の声も呼び寄せるには十分だったみたいだぞ」

 

「うっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

移動再開。というかその場囲まれそうだから逃げ出したと言った方が正しい。

 

平野という頼りになる仲間+αと合流した俺らは、自然とフォーメーションを組んで廊下を進む形になった。平野が先頭。俺が殿。俺達が向かっている先の廊下はもう間をすり抜けられないぐらいゾンビが集まっていたから、銃を使う以外の手段は無い。

 

平野が口火を切る。M4と比べるとかなり軽く感じる銃声が鳴り、上級生らしき女子ゾンビの頭部に9mm弾が命中。距離は10mも無いんだ、平野の腕なら当たり前だと感じた。

 

セミオートで2発ずつ、ダブルタップで次々と行く手を塞ぐゾンビが倒れていく。撃つ間も足は止めない。彼の背中を里香と高城が追いかけ、更に2人から等間隔を保ちながら俺が後続に付く。

 

後ろから襲おうとしてくる生き残りのゾンビに牽制射撃を加えて足止めしたり、平野の死角をカバーするのが俺の役回り。

 

 

「リロード!」

 

 

マガジン内の弾が切れた事を宣言した平野が下がる。入れ替わりに僕が前に出て代役を務める。タタン、タタタンと指きりバースト。

 

平野に渡したMP5の9mm弾よりもM4の5.56mm弾の方が威力も貫通力も遥かに高いから、その分同じ場所に当たっても生み出す効果はM4の方が派手だ。後頭部から飛び出す脳漿の量も飛び散る規模も、霧吹きと水道に繋いだホースぐらいに差がある。

 

と、今度はこっちが弾切れだ。

 

 

「リロード!」

 

 

平野が先頭に復帰。僕も最後尾まで戻りながらマガジン交換を行う。完了と同時に振り向き天、少しだけ引き金を引いたままにする事でしつこく食い下がってくる追手を数体まとめて薙ぎ払った。

 

高城は何度も「ひっ」とか小さく悲鳴を漏らしちゃいるが、足取りはしっかりしたものだ。里香は怯えてるのかガタガタ震えて声も出ない様子だけど、ちゃんと足は動いている。

 

 

 

 

・・・・・・あ。そういえば肝心な事を聞いてなかった。

 

 

 

 

「で、一体何処に向かってるんだ?」

 

「何処ってそりゃ―――――何処です高城さん!?」

 

「いちいち私に聞くなっ!!」

 

「あ、あの、こ、ここここの先は職員室ですっ!」

 

 

1ヶ月ぶりに聞く幼馴染の最初の肉声は、身体に負けず劣らず震えて裏返った声だった。

 

成程、里香の言った通り、今居る廊下の最果てに見えるのは『職員室』と札のかかった扉だ。俺らと職員室までの間に屯している学生ゾンビは10体も居ない。

 

 

「このまま突破します!高城さん、古馬さん、しっかり付いてきて!援護射撃は頼んだよ!」

 

「私に指図しないで!」

 

 

高城の文句を余所に、平野の言葉に応えてみせるべく何度目かも忘れたリロードを行おうとした、その時だった。

 

俺達ならこのままいけると油断してたらこんな事になった。

 

 

「た、高城さん危ない!」

 

 

階段前から突然現れた男性教師のゾンビが、丁度前を通りかかる高城に掴みかからんと手を伸ばす。

 

リロード中の俺のせいで前後のゾンビに気を取られていた平野は反応が遅れ、高城は突然の事に驚いたのか恐怖に顔を歪めたまま動かない。いや、動けないのか。

 

ああこれは間に合わないな、なんて諦観が何故か真っ先に出てきただけで高城が喰われそうになっているにも関わらず、手元を動かし続けてるだけの俺の目前で。

 

 

「せいやぁっ!!」

 

 

―――高城の鼻先を掠める何か。パワーヒッターの野球選手のスイングよりも凄まじい迫力の風切り音と、俺まで届く風圧。

 

何が詰まってるのか知らないけど、里香が背負っていた袋を教師ゾンビの頭部に横合いから叩きつけたのだ。壁と挟まれた頭部が、爆散したかのように飛び散って壁と廊下、そして近くの高城にも降り注ぐ。

 

 

 

 

古馬里香、僕の幼馴染で実家は米屋。小さい頃から親の仕事を手伝っていた上に10年近く柔道を続けていて、高校入学後は1年ながらにして女子柔道の全国大会にて上位に入賞。

 

小さな見た目からは全然感じられない馬鹿力と体力の持ち主で、付いたあだ名は女金太郎―――

 

 

 

 

「た、高城さん大丈夫ですか!」

 

「あ・・・ひっ・・・・・・」

 

 

目の前で人間(だったモノ)の頭が粉砕されるという光景は刺激が強過ぎたのか、言葉にならない声を漏らしてへたり込む高城。

 

 

「高城さんしっかり!」

 

「平野、里香。そのままソイツを職員室まで引っ張ってってくれ。コイツらは俺が抑えておくから」

 

 

平野が里香と一緒に腰を抜かした高城に手を貸すのを横目に、バッグから新しいマガジンを取り出した。

 

それまで使っていた30連用のバナナ型マガジンとは違う。縦の長さは短いけど横幅が普通のマガジン5~6個分ぐらいはある、短めの長方形のマガジンに円形を2つ両横にくっつけたデザインの100連発ドラムマガジン。

 

扉付近に居るゾンビはさっきから同じように短いリズムの連射で倒す。最短距離上にいるのを最低限倒し切ってから、一気に未だ足に力が戻って無い高城と共にまっすぐ廊下を突っ切った。

 

職員室の入口に辿り着く。その途端に扉に背を向け、僕達を狙うゾンビの群れがどれまで集まっていたのか一望する事が出来た。

 

・・・銃声をずっと鳴らしてた割には少ないのかな?1クラス分より若干少ないぐらいだ。まあここに来るまでに結構撃ち殺したし、他に生存者がいてそっちにも集まってるかもしれないからこんなものかもしれない。

 

 

 

 

―――――ここからは派手に行かせてもらおう。まだまだ弾も『的』も残ってるんだから。

 

 

 

 

掃射。さっきよりまではかなり長い間隔で連射を続ける。普通のマガジンの3倍以上の弾が装填されているから、そんな撃ち方をしてもすぐに弾が切れないで済む。

 

極力反動を押さえつけながら横薙ぎに撃つ。撃って撃って撃ちまくる。1度の連射が長いせいで手の中で銃が暴れまくる。そのせいで精度はがた落ちだろうけど構わない。ゾンビの隊列が大きく広がってるお陰でどれかには当たってるみたいだし。

 

狙いは勿論弱点の頭部。額辺りに3発位集中して当たると、頭の上半分がまとめて砕ける。何となくだけど、当たった時の様子と手ごたえから普通より骨が脆くなってる感じがした・・・・・・『生きてる人間』は流石に撃った事無いけど。生きた死者だって今日撃つのが初めてだ。誰だってそうだろう。

 

比較的近距離でも反動を制御しきれないせいで、頭に当たらず変わらずうーうー漏らしながら歩き続ける奴も出ていた。ま、すぐに次の切り返しの連射で今度こそ5.56mm弾による2度目の死をお見舞いしてやったけど。

 

あっという間に半分ぐらい減った。マガジン内の弾も3分の2ぐらい撃ち尽くしたと思う。映画みたく銃身が焼けつくとまではいかないけど、ハンドガードに取り付けたフォアグリップにまで熱が届くぐらい銃身が過熱していた。これ以上無理に長時間連射すると暴発や銃の故障が起きかねないし、もうゾンビの数も少ないから最初みたいな短連射に切り替える。

 

タイミング良くドラムマガジンの弾が切れるのと最後の1体が倒れるのは同時だった。エジェクションポートから吐き出されたラストの薬莢が、足元まで広がる死者の血の中に落ちると、小さく熱が冷めるジュッという音が微かにした。景気良く撃ち過ぎたもんだから若干手が痺れ気味だ。

 

もはや廊下には、俺達以外動く物は存在しない。変な表現かもしれないけど、ついさっきまで鳴り響かせていた銃声よりも今廊下を包む静寂の方が耳に付いた。

 

 

「うわっ、何があったんだよこれ!」

 

 

唐突に聞き慣れない声が聞こえた。

 

弾切れのドラムマガジンを外して新しいマガジンを装填するよりも拳銃を抜く方が早い、と思った俺はM4を手放すと右太腿のホルスターに手を伸ばす。アサルトライフルにはスリングを取り付けてあって肩に引っかけていたから地面には落ちない。

 

両手でSIG・P226Rを構えた時になって、ゾンビならこうもハッキリ言葉を発したりしない筈なのを思い出した。

 

案の定、階段の所から現れたのは生存者だった。学生服や持ってる金属バットには血が付いてるけど、血走った白目を剥いてないし何処にも傷を追ってる様子は無い。見覚えの無い男子と女子のペアだった。

 

 

「高城さんに古馬さん、それに平野君!?」

 

「宮本さん!小室くん!無事だったんですね!」

 

 

どうも平野に里香、高城とは顔見知りらしい――――彼女達のクラスメイトか?

 

更に近づいてくる足音。僕達が来た方からだ。学生靴とは違う硬質の足音。視線をずらしてみると、廊下の奥に長い黒髪が眩しい凛とした女生徒と白衣を着た、里香よりも更に巨大な膨らみを揺らしてやってくる女性。

 

2人の顔は知っている。去年全国大会で優勝して校内の集会で校長から表彰されていた毒島先輩と、学校医の鞠川先生だ。

 

鞠川先生は、血の海にバタバタ転がっている死体を目の当たりにして固まった。微妙に腰が引けている。毒島先輩の方は、相変わらず背筋がピンと通ったスタイルを崩さない。が、目を細めて少しうろんげに倒れ伏す死体の山と銃を構える俺と平野の間を行ったり来たりさせている。

 

 

「え、え~っと、これは一体何があったのかしらぁ~?」

 

 

こんな時でも呑気そうな口調は変わってない。

 

俺達3組の生存者組は少しの間、無言でお互いに視線を巡らせ合う事になった。恐らくこの廊下に広がる俺と平野が作り出した惨状に思考が追い付かないのかどう反応すべきなのか出て来ないんだと思う。

 

 

「・・・鞠川校医は知っているな?私は毒島冴子、3年A組だ」

 

「えっ?・・・・・・っと、俺は小室孝。2年B組です」

 

 

2人の視線が同時に俺に集まる。仕方ないので、僕も名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・真田聖人(まさと)。『元』2年A組」

 

 

 

 

 

 


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