HOTD ガンサバイバー   作:ゼミル

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チンピラ達の死体が転がるエントランスへと下りて平野達と合流する。

 

エントランスに直接繋がるエスカレーターはEMPの影響で上りも下りも完全に停止しているから、今や普通の階段とまったく大差無くなっている。金属製のステップを踏み締める度、金属質な足音がエントランス内に物悲しく響く。

 

俺達の足は全員自然と、唯一生き残っている小室に足を撃たれたチンピラの元へ向かっていた。ゴチャゴチャと無駄に派手な柄の服とアクセサリーという按配の荒んだ目つきのチンピラ。そんなチンピラは撃たれた足を抱えて呆れる位大量の涙を流しながら転げ回っている。

 

完全武装の敵対集団(つまり俺達の事)に囲まれているのにも気づいていない様子で、さっきから痛い痛いと喚きっぱなしだ。

 

その様子があまりにも耳障りで尚且つ鬱陶しかったものだから、ついイラッときた俺は確実に喚き声と動きを止めるであろう部分を思いっきり踏みつけてやった。

 

つまり股間の急所を、こう『グニュッ!』とか『グシャッ!』って感じの擬音が鳴る位の勢いで。

 

 

「……ッ!…………?!!??!?」

 

 

効果は覿面、即座にチンピラは転げ回らなくなった。代わりに解剖された上電流まで流された哀れなカエルみたくビクビク痙攣してるけど知った事か。

 

 

「え、えげつねぇー……躊躇い無く男の急所踏みつけやがったYoコイツ……」

 

 

尤も俺以外の面々は感受性豊かな様で、女性のあさみさんを除く野郎は全員何故か内股気味の姿勢を取っていた。ドン引きした様子の田丸さんの声も背後から聞こえてきたけど、そんな事どうでもいい。

 

生き残りが出たなら仕方ない、消費させられた弾薬分の情報ぐらいさっさと吐いてもらうとしよう。

 

そんな訳で、陸に打ち上げられた瀕死の鯉みたく口をパクパクさせているチンピラの額にM4の銃口を押し付けた。骨とぶつかり合う感覚が伝わってくる。

 

 

「そっちの人数と目的と武器の出所、大人しく吐いてもらおうか」

 

「な、何なん、テメーらぁ゛…っ゛!?」

 

「その返し方は間違いだ」

 

 

グリグリと踏み躙るように足を動かすと声も無く再び大きく痙攣した。更にちゃんと答えなかった罰のつもりでサイレンサーを取り付けたM4の銃口を額から放し、今度は足の傷へ強く押し付ける。

 

チンピラは苦痛が限度を超えたのか、遂に獣そっくりの雄叫びを上げた。

 

あまりの音量にふと気になった俺はチラリと平野の方を見やる。平野は素早く俺の意図を汲んで周囲の警戒を行う。もしかするとチンピラの仲間がまだ残っていて、悲鳴を聞きつけた連中が仲間意識を無駄に発揮して助けに来る可能性がある。

 

俺に踏みつけにされたチンピラは血を吐くような勢いでベラベラと白状し始めた。

 

 

「鎧田サンが……!俺らに薬を売ってた人が、街がバケモンだらけになってすぐに俺達を集めてっ、クスリと武器をくれたんだよ!けど急に携帯も電気も使えなくなってアジトが使えなくなったから、新しいアジトにしようとここを襲ったんだよぉ!!」

 

「お前らの人数は?」

 

「さ、最初は50人ぐれーいたけど、今は40人残ってなかった筈だ!」

 

 

俺達がここまでの戦闘で殺したのは10人前後。残りは20程度、多くても30は居ない筈。

 

と、小室が近寄ってきたかと思うとチンピラの胸元を掴み上げて噛み付くように詰問した。

 

 

「他の皆は!この建物に居た人達はどうしたんだ!?」

 

「し、知らねぇよ!俺らは鎧田サンに言われてバケモンや余計な連中が入りこまねぇよう見張ってただけなんだ!鎧田サン達が店の奥に行ってからすぐに撃ち合う音が聞こえてきたけど、それ以上俺は何も知らねぇんだ!な、なぁっ、俺が知ってる事は全部話したからよぉ、ゆ、ゆ、許してくれよぉ!」

 

 

無様な泣き顔でチンピラは命乞いを始めた。

 

……何というか、正直呆れた。でもって呆れてしまいたくなる人物がチンピラ以外にもこの場に居た。

 

 

「あ、あの。もう放してあげても良いんじゃないですか…?」

 

 

何を言ってるんだこの人。

 

 

「わ、悪かったから、もう悪い事しねぇよぉ」

 

「この人も反省してるみたいですから、傷の手当もしてあげるべきです。ねっ?」

 

「あさみさん……」

 

 

見ろ、平野まであさみさんの発言に何とも言えない表情を浮かべていた。気持ちはよーく分かる。

 

 

「真田」

 

 

小室まで。そんな目で見ないで欲しい。

 

……まぁ、このチンピラをどうするかは最初から決めてたわけなんだけど。

 

俺はそっと足を離し、M4の銃口も傷からどけた。ホッとした様な表情で小室もチンピラの胸元から手を放し、あさみさんも安堵の溜息を吐き出す。

 

解放されたチンピラはといえば、傷を抑えながら床に這い蹲って少しでも俺から離れようともがいている。

 

 

 

 

――――俺はP226Rをホルスターから抜くとチンピラの頭部に照準を合わせ、発砲した。

 

 

 

 

 

M4ではなくわざわざホルスターの拳銃を使ったのは、何となくこれ以上チンピラ相手にライフル弾を消費するのがもったいなく思えたから。

 

SIG・P226Rにもサイレンサーを装着していたから抜き撃ちには少々手間取ったけれど、小室達の気が緩んだ瞬間だったからか、誰も俺の行動に反応出来なかった。

 

サイレンサーによって若干威力が落ちていても、9mm弾ならば至近距離で人間の頭部を砕く程度など容易い。

 

鮮血でピンク色に染まった脳の一部が骨の破片ともども床に散らばった。クスリ漬けのチンピラの癖に頭蓋骨の中身はそれなりに詰まっているのが不思議でならなかった。

 

そしたらあさみさんが悲鳴を上げて、田丸さんは口をパクパクさせてて、でもって小室に掴みかかられた。何だよ一体?

 

 

「何で殺したんだ!」

 

「何で生かしておかなきゃいけないんだ?」

 

 

小室の叫びが心底不思議でならない。

 

チンピラをこれ以上生かしておかなきゃならない理由が俺には考えつかなかった。聞くべき事は聞き出し終えたし利用価値もない。

 

かといって見逃す意味も理由も全く思い浮かばなかったし、どうせ『武器もあるし警察も動けないから好き勝手暴れられるぜヒャッハー!』とか考えてた連中だ――――大体、最初から殺す気満々で先に撃ってきたのは向こうの方じゃないか?

 

そんな俺の内心を読み取ったらしい小室がまた口を開こうとしたけど、絶好のタイミングで先に平野の声が割って入ってきた。

 

 

「今はそれよりも高城さん達の安否を確かめに行かないと。さっきチンピラが言ってた事が本当ならまだ武装した敵が残ってるんだし、全員排除し終えたのを確認できるまで気を抜かないようにした方が良いよ」

 

「っ……分かったよ。先に進もう」

 

 

あからさまに『言いたい事はまだ山ほどある』って表情の小室だったけど、それでも大人しく平野の意見を受け入れて俺から離れた。一応平野のお陰で余計な時間を過ごさずに済んだのだし、声に出さず口パクで平野に『ありがとう』と言っておく。

 

俺達の間にはまだ微妙な空気が漂っていたけど、俺は自分の行動に後悔はしていないし間違ってもいないと考えている。

 

――――まぁ今はまだ敵も残っているんだし、そっちの対処を優先しないと。転がっている死体や武器の始末は敵の殲滅が終わってからにしよう。

 

病院での戦闘でそれなりに消費してしまったが手持ちの弾薬にはまだ余裕があるし、何より今の『敵』は<奴ら>じゃなくて人間だ。ヘッドショットに限らず、重要な臓器や血管を破壊さえできれば胴体どころか手足に1発撃ち込むだけで勝手にくたばってくれる、非常に軟(やわ)な存在。

 

とはいえ<奴ら>と違って銃という強力な武器も持っているし、チンピラ自体はともかくとして連中に武器を与えて取り纏める程度の知恵と指導力を持つリーダーが向こうにも居るみたいだから、油断は禁物だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ここからは固まって行動しよう。早く麗達とも合流しないと、皆が心配だ」

 

「ならまずは下からじゃなく上の階から探した方が良いかもしれないね」

 

「何でですかコータさん?」

 

「皆無意識に万が一下の入り口が破られた時を恐れてたのかもしれないけど、食料品を取りに行く時以外は皆大概2階に集まってましたから。襲われた時も多分殆どが2階に固まってたでしょうから、隠れてるとしてもわざわざ下に下りてる可能性は少なそうだなーって思いまして。

 あとやっぱり上を取られると不利ですから、だったら最初から僕達も上から向かった方が」

 

「確かに平野の言う通りだな……」

 

 

またも平野の意見に沿い、今度は全員で2階部分へ上がる。俺が先頭に立ち、平野が最後尾を守る。曲がりなりにも専門の訓練経験者に挟まれた残りの3人は、前後から敵が襲ってきた時の援護役だ。

 

 

「どうせだから従業員用の通路を通っていこう。そっちの方が見つかりにくい」

 

 

俺も意見を出してみると小室からOKが出たので、抜き足差し足で俺達は近くの店に入り込み――男性向けのカジュアルショップだった――奥へ進む。

 

『従業員以外立ち入り禁止』の札が提げられた扉は幸運にも鍵がかけられておらず、静かに従業員用通路へと入る事ができた。

 

一般客向けの区画と違って従業員用通路は無機質でまったく飾り気が感じられないし、窓も設けられていないのとEMPで電気が来ていないお陰で、昼間にもかかわらず意外と薄暗い。

 

どうやら敵は従業員用通路の存在を放置しているのか、先客の気配も足音も感じられなかった。もちろん俺達には好都合だし万が一もあるから気も抜かないけれど。

 

 

「僕達の武器、敵に奪われてなきゃ良いけど……」

 

「同感だね。チンピラが持つには上等すぎる銃ばっかりだし、無駄弾使われても困る」

 

「まさかこんな形で役立つとは思ってなかったけど、持ってきた武器の一部を隠しといて良かったかもしれないな」

 

「ここに残っていた皆さんは大丈夫なんでしょうか……」

 

 

身を低くし、中腰の体勢で少しづつ進みながら言葉を交わしていると、壁越しにくぐもった銃声が伝わって来たので拳を掲げて後続の小室達を止めた。

 

パンパンパン、と軽さを含んだ銃声は恐らく9mm口径の拳銃の物。そこに発射速度の速いサブマシンガンの連射音と身体の芯まで響くショットガンの重たい轟音が加わる。銃声の合間合間に、主に複数の男が発する叫び声が交錯し合っていた。

 

ともかく確認してみるべきだ。最も音の出所に近い扉に向かい、そっとドアノブを回す。やはり鍵はかかっておらず、まず数cm分だけ隙間を作ってからM4の銃口を間に差し入れ、扉周辺の安全を確認。

 

俺達が出た場所は家具売り場の片隅だった。敵影は無いが銃声はまだ響き続けており、銃声の出所は間違いなくこのフロアからだ。俺に続いて小室が店内に出てくる。

 

家具売り場はかなり広く、その割にタンスや食器棚、デスクなどの大きな家具のせいで見通しが少々悪い。死角が多いので、不意の遭遇に注意すべき場所だ。

 

そういえば、先にショッピングモールに居た生存者達も大体は家具売り場によく集まっていた気がする。恐らくはベッドやソファーなど身を休める物に事欠かないからだと思う。

 

それに俺達が病院に出向いた原因である病気のお婆さんもここで安静にしていた筈だから、襲撃された時も医者である鞠川先生がお婆さんについていた可能性が高い。もしかすると、里香達も。

 

……ところで次第に銃声が減ってきているような――――そんな疑問を抱いていると、

 

 

「ひいいいいいいいっ……!!?」

 

 

鶏の断末魔みたいな気勢を上げたチンピラが、唐突にタンスの陰から飛び出してきた。

 

現れたチンピラには、左の手首から先が存在していなかった。腕の断面からは鮮血がボタボタと大量に零れ落ちていて、無事な右手の方には銃が握られている。

 

イングラム・M10、通称MAC10。アメリカのギャングも多用してる事で有名なサブマシンガン。特大のホッチキスに取っ手を取り付けたようなシンプルな外見だけど、毎秒1000発以上の連射速度を誇る危険な代物。

 

カッと見開かれた片手のないチンピラの目と俺の目が合った。身体の一部を失ったせいか、明らかに恐慌状態と分かる血走った目をしていた。視線が合った俺を敵だと明確に判断しての行動というよりは、勝手に身体が動いたといった感じでチンピラの右手が持ち上げられ、銃口がこちらへ向けられる。

 

もちろん俺の方も動いていた。銃自体は最初から移動しながらもしっかりと肩付けに構えていたから、すぐさまチンピラに照準を合わせる事ができた。

 

後はガク引きと反動で照準が動かないよう心に留めつつ引き金を絞るだけ――――の、筈だったんだけど。

 

 

「誰、なっ、うわっ!?」

 

 

よそ見していたのか、俺が射撃姿勢をとっているのに気づくのが遅れた小室が素っ頓狂な声を上げながらぶつかってきた。

 

小室はよりにもよって俺を後ろから突き飛ばすだけじゃ飽き足らず、そのまま俺の上に倒れこんできた。もちろん撃てる訳がない。

 

チンピラが発砲した。激しいマズルフラッシュが目に焼きつき、銃声慣れした俺でも耳が痛くなるぐらい盛大な連射音がフロア中を振るわせた。

 

幸運だったのは、イングラム自体があまり精度の良くない銃である事と、チンピラがまともな射撃姿勢をとっていなかった事。

 

連射速度が速いサブマシンガン、しかもフルオート射撃の反動を片手で押さえ込む事はゴリラ並みの腕力を持ってなければ不可能に近い。

 

反動のせいでイングラムの銃口はどんどん上を向いていって、そのお陰で弾丸のほぼ大部分は壁のだいぶ上の部分や天井に吸い込まれる形になった。予め壁の中に火薬でも仕込んでいたみたいに壁や天井が次々と爆ぜ、細かな破片が倒れている俺と小室に降り注いだ。

 

耳を劈(つんざ)く連射音はすぐに止んだ。弾を吐き出さなくなったサブマシンガンを隻腕のチンピラは訳が分からないと言いたげに見つめてるけどどうって事は無い。単なる弾切れだ。

 

モデルにもよるが専用マガジンの装弾数は30発前後だから、イングラムの連射速度なら2秒足らずでマガジンが空になる。片腕のチンピラの撃ち方は、明らかに残弾数を考慮していない乱射と呼ぶべきものだった。

 

――――それでも撃たれる側からしてみれば、すぐ頭上を弾丸の雨が通過していく体験は十分恐ろしい訳で。

 

 

「うわわわわわ!?」

 

「間抜けな声出してないで邪魔だから早くどいてくれ…!」

 

「ご、ゴメン!」

 

 

転んだ状態で銃撃を受けた事に対し泡を食った様子の小室に文句を言いつつ、俺の身体の上からどいてもらう。

 

何とか仰向けの体勢のまま射撃体勢を取った俺だったけれど、俺が撃つよりも先に新たな銃声が鳴り響いた。

 

撃ったのは、小室に続いて従業員用通路から飛び出してきた田丸さん。「うおおおおおっ!」と雄叫びを上げながら銃剣付きのモスバーグ・M590ショットガンを腰だめに構え、発砲・排莢・装填を繰り返す。

 

弾切れのイングラムを手に固まっていた隻腕のチンピラに、モスバーグから放たれた散弾の一部が命中した。

 

チンピラが着ているヒップホップ系のTシャツの中心部分に穴が開き、破壊された筋肉と骨の一部を露出させ、背中から血と肉片がスプレーみたく噴き出しながら、チンピラは見えない手に突き飛ばされたかのように後ろへと倒れた。

 

 

「は、ははは、やった、やってやったZe!」

 

「田丸さん、危ないですから気を抜かないで!」

 

 

初めて銃撃戦で人を殺した事で高揚してしまい、無防備に声を張り上げる田丸さんを平野が注意する。

 

平野の警告を証明するかのように新たなチンピラが現れた。今度は手負いではない様で、彼が両手に抱えていたのはやや旧式のH&K・MP5だった。

 

イングラムとは違い、派生型も含めまだまだ世界中の特殊部隊で採用され続けている高性能・高精度のサブマシンガン。やっぱりチンピラが持つには勿体ない銃だと率直に思ってしまう。

 

 

「よ、よくも殺りやがったなぁぁ!」

 

「た、田丸さん危ないです!」

 

 

新手のチンピラもさっきの隻腕のチンピラと同じようにこちら目がけ撃ってきた。

 

さっきと違って今度のチンピラは一応銃を両手で支えていて、尚且つ銃自体の性能が良かったから、射撃の精度は(イングラムの片手乱射と比べれば)それなりに正確だった。不運な事に。

 

 

 

――――また鮮血が散った。

 

発生源は、弾丸が命中した田丸さんの肩からだ。

 

直前にあさみさんが仁王立ちしたままの田丸さんを引っ張っていなかったら、肩ではなく胸部に着弾していた可能性が高い。

 

 

 

 

一転して今度は苦痛に満ちた悲鳴を漏らし始める田丸さん。

 

 

「な、何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?てか何だよこれ痛いつーか熱い!!撃たれた!?撃たれたの俺!!?これ俺の血か、本物の血なのか!?」

 

「落ち着いて下さい!今止血しますから、暴れないでください田丸さん!」

 

「あさみさんは傷口を押さえてて下さい。俺が手当てします!」

 

 

傷そのものの痛みに対してというよりは、撃たれた事そのものと自分が流血してる事への驚愕とショックで暴れだした田丸さんを、平野とあさみさんが引きずるようにして従業員用通路へ連れ戻していく。

 

一方俺と小室も後を追おうとしたが、新手のチンピラがまた撃ってきたせいで通路に向かえず、平野達と分断されてしまった。仕方なく手近な家具の陰に逃げ込む。

 

 

「で、もたくさやってる内に取り残されたけどここからどうするリーダー?」

 

「僕が悪かったからそんな目で見ないでくれ…!」

 

 

誰のせいだ誰の。少しぐらい皮肉を言ったって許されるだろうに。

 

俺と小室が隠れているのは、腰ぐらいまでの高さしかない合成木材製のタンスだ。これが金属製の冷蔵庫とかならまだ安心なんだけど、銃撃に対する遮蔽物としては少々心許ない。実際MP5から放たれる拳銃弾(多分9mm口径)が着弾する度に表面が小さく爆ぜているのが、タンスに押し付けている背中で感じ取れた。

 

もしM16系列みたいなアサルトライフルを持ったチンピラまで駆けつけてきたら、格段に貫通力の高い5.56mmNATO弾によってタンスごと蜂の巣になりかねない。さっさとMP5を持ったチンピラも排除しないと。

 

銃声が止んで、次いで悪態が聞こえてきた。新手のチンピラも弾切れを起こしたに違いない。

 

身体を起こして覗いてみれば、丁度さっきの俺達同様チンピラが家具に隠れる所だった。チンピラが隠れたのは大きな洋服ダンスで、見るからに頑丈そうに思える上完全にチンピラの姿の大部分を隠してしまっている。

 

――――けど『大部分』ではあっても『完全に』ではない。何故ならスニーカーの爪先がせっかくの遮蔽物からはみ出してしまっている。

 

俺は身体を倒し、横向きに寝転がった体勢からM4の射撃姿勢を取った。こうした変則的な撃ち方も平野共々PMCのインストラクターから一応教わっている。

 

 

「いただき」

 

 

床の冷たさを感じながら、ここぞとばかりにあれこれ教えてもらっておいた自分と誘ってくれた平野、そして日本の高校生が相手でも快く手ほどきしてくれたインストラクターに感謝しつつ優しく引き金を絞る。

 

弾丸は見事命中。スニーカーの爪先部分が弾け飛び、絶叫しながら倒れこんだチンピラが洋服タンスの陰から上半身を曝け出した。更にもう2回引き金を引き、爪先を撃たれたチンピラも俺達に殺された仲間の後を追う。

 

すぐには置き上がらずまた新手が現れないか警戒し続け……どうやら2人だけで終わりらしかった。警戒を解かないまま立ち上がる。

 

 

「大丈夫かい真田、小室」

 

「な、何とか……僕よりも、田丸さんの怪我は大丈夫なのか?」

 

「田丸さんなら心配ないよ。骨や重要な血管も傷ついてないみたいだし、出血もそれほどじゃないから。それでも今後を考えると感染症が怖いから、出来れば早く鞠川先生と合流して処置して貰った方が良いと思うよ」

 

「そっか、良かった……」

 

 

いや、誰のせいだ誰の。また皮肉の1つか2つ言いたくなったけど、今回はグッと堪えておこう。

 

 

「で、どうするんだ?怪我人を置いていくのか、それともこのまま一緒に行くのかどっちなんだ」

 

「念の為田丸さんには安全が確認できるまで、従業員用通路か他の店に隠れておいてもらおう」

 

「あの、だったらあさみが田丸さんに付き添っておきます!他の避難民の安全と犯罪者の鎮圧もまた警官としての職務ですけど、だからといって怪我してる人をそのままほったらかしにも出来ませんから……」

 

 

こう言っちゃなんだけど、正直な所足手まといは置いていきたいのが俺の本音だ。なので小室の提案とあさみさんの申し出には、是非諸手を挙げて賛成させてもらおう。

 

 

「よし、じゃあその方針で」

 

「気を付けて下さいね、コータさん……」

 

「ええ任せて下さい。あさみさんも田丸さんの事、よろしくお願いします」

 

 

……何妙な雰囲気発生させてんのさ平野。

 

あーだこーだ言いつつ田丸さんとあさみさんと分かれた俺達3人は移動を再開。家具売り場の中心部へ向かう。

 

進み始めてすぐに硝煙と鮮血の臭いが感じ取れるようになった。やはりこれまたEMPの影響で建物中の空調もオシャカになっている影響か、異臭は同じ場所に留まり続けているらしくどんどん強さが増していく。

 

 

「何なんだよこの臭い……」

 

 

小室の愚痴を聞きながら、ズラリと並んだ売り物の家具が作り出した十字路に差し掛かる。角からそっと顔を覗かせて索敵を行う。

 

俺の視界に飛び込んできたのは敵の姿ではなく、異臭の元凶と思しき光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

――――血の海が広がっていた。

 

 




近日中に最新話更新予定。

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