あさみさんからの報告、その直後に少しずつ音量を増しながら聞こえてくるターボシャフトエンジンの発動音を認識するなり、俺と平野は弾かれたように駆け出していた。
その際俺はM4、平野はVSSと、しっかり愛用の武器を引っ掴んでいたのは主に本能的な反射行動によるものだ。
緊急時に縋れる存在があるのとないのとでは、精神の安定に大きな差が出てしまうんだから仕方ない。弾薬がしっかり装填された銃器が手元にあればまさに俺達は一騎当千のツーメンアーミーになれるのだ。
俺達が屋上へ通じる最短ルートの階段に辿り着く頃には、ヘリが奏でるエンジン音はショッピングモールの壁面に存在する窓ガラスをハッキリと震わせるぐらいの近さまで接近してきていたのが分かった。音の聞こえてくる方向から建物の直上を旋回しているのは間違いない。しかも複数機。
「救出に来てくれるのって明後日じゃなかったの!?」
「さぁね、軍事作戦の前倒しなんてザラだし、相応の理由があるんじゃないか!」
「ま、待って下さい2人とも~!」
その場から飛び出した俺達を追いかけてきているあさみさんの悲鳴が背後から聞こえてきたがこれはどうでもいい。
階段の入り口で、俺と平野とは反対方向から駆けてきた小室達と合流を果たす。小室達は揃って期待と疑問が混ぜこぜになった形容しがたい表情を浮かべていた。
「この音、ヘリコプターだよな!?」
「もしかして私達の救助に来てくれたんじゃないかしら!」
「それを確かめに行くのよ!さっさと屋上に上がるわよ!」
高城の発破を受けてゾロゾロと階段を駆けあがっていく俺達。
途中鞠川先生が段差に躓いて転びそうになっていたけどそれもどうでもいい。どうせ生来のどんくささに加えて胸にぶら下げた自前の1000ポンド爆弾×2が視界を塞いで足元が見えていないんだろう……鞠川先生が1000ポンド爆弾なら里香は750ポンド爆弾か?
強化ガラス製の扉に肩からぶち当たり、ガラスごと突き破らんばかりの勢いで皆揃って屋上へ飛び出した。モールの屋上は駐車場を兼ねていて、持ち主を失った放置車両があちらこちらに見受けられた。
屋上には先客が居た。若いサラリーマン風の青年と短髪顎髭で小太りの兄ちゃんがヘリの編隊へ向けて両手をぶんぶん振り回している。気持ちはよく分かる。
「あの森林迷彩塗装、陸上自衛隊のUH-60Jだよ!しかも随伴がOH-1の重武装型!?何て贅沢な編隊なんだ!」
俺達一般市民には総火演(富士総合火力演習)でもなければ拝めないような光景だ。しかもヘリの機種が重度の銃オタ兼ミリオタたる平野が喜色に満ちた奇声を上げるのも仕方ない、と俺が思ってしまう程度には異色の組み合わせだから尚更である。
<ニンジャ>とのあだ名を与えられたOH-1の武装は本来ならば自衛用のAAM(空対空ミサイル)のみだが、俺達の頭上で滞空中のOH-1の機首下には何と戦闘ヘリ用のチェーンガンをぶら下げている。
機銃の種類はAH-64<アパッチ>に搭載してるのとまったく同じM230。口径は30mm。<奴ら>に向けて浴びせようものなら肉片しか残るまい。
――――軍用ヘリの機外スピーカーが、ターボシャフトエンジンの動作音とメインローターが空気を連打する音の大合唱の最中でも聞こえる程の大音量を不意に吐き出した。
『こちらは陸上自衛隊です!貴方達の救出に来ました!速やかに武装を解除し、手を頭の上に挙げてその場から動かないで下さい!』
まるで人質を取った籠城犯か追い詰められた逃亡犯を相手にしているような言い草じゃないか。いやま、軍用のアサルトライフルやポーチを予備弾薬で膨らませた戦闘用ベストで完全武装した高校生の団体が真っ先に飛び出してくれば、そりゃ武装解除を命じたくもなる。
ってよく観察してみればOH-1の機銃はショッピングモールを包囲する<奴ら>に向けられている一方、UH-60J<ブラックホーク>の両側面から銃身を突き出させているドアガンの屋上に狙いを定めていた――――そう、俺達へ向けて。
助けに来てくれた人物から浴びせられた第一声の内容が少々予想外だったらしい。先客の避難民やら小室や宮本やらは、ヘリを見上げながらポカンと呆けてしまっている。
彼らの自我を無理矢理現世へ蹴り戻したのは例によって沈着冷静唯我独尊な高城の声であった。
「皆指示に従うのよ!ほらそこの腐れオタコンビもサッサと言う通りにする!でないとあのデッカイ機銃が<奴ら>じゃなくて私達に向けられる羽目になるわよ!?」
はいはい分かってますっての。暴発防止に安全装置を掛けてからM4を頭上に掲げ、一応の恭順を見せつけるようにしてゆっくりと足元に置いた。平野と小室達も俺に続く。
もちろんこれだけで完全に武装を解除した訳ではない。レッグホルスターにはP226Rがフル装填で突っ込まれたままだし、ベストのポーチには破片手榴弾も入れてある。
俺以外の学生組もサイドアームを携帯したままの筈なので、いざという時はどうにでもなるだろう――――その『いざという時』が主にどういった状況を指すのかは置いとくとして。
重武装型OH-1の編隊に守られながらUH-60J<ブラックホーク>が高度を落とすと、ヘルメットにゴーグルにフェイスマスクととことん肌を隠した自衛隊員が、開けっ放しの側面ドアから降下用ロープを蹴り落とす。
完全武装の陸自隊員が淀み無く慣れた動作で専用器具を使わないファストロープ降下でもって屋上駐車場に降り立つなり、スリングで肩から下げていたコンパクトサイズの自動小銃の照準を俺達に合わせた。
「動くなっ!」
ヘリが生み出す多様な騒音が鳴り響き続く中でもその自衛隊員の警告はハッキリと俺達の耳に届いた。
拡声器も無しにまぁ何つー肺活量。流石自衛隊員。しかも装備の質が通常部隊のそれと微妙に違う。特に注目を引くのは彼らが構える、極限まで銃身長を切り詰めレイルシステムの追加や折り畳み式ストックの形状などとことんカスタマイズを施した、もはや別物の銃にしか見えない89式小銃の次世代モデル。
「せ、先進軽量化小銃……」
後ろから聞こえた平野の呟き声は、まるでシモ・ヘイヘやカルロス・ハスコックみたいな銃1丁で伝説を作り出した戦場の英雄、もしくはミハエル・カラシニコフかユージン・ストーナーあたりみたいな近代銃器の始祖といった大御所を前にしたかのように畏れと慄きに震えていた。
俺だって自衛隊員が構えている代物の正体を判別した瞬間、驚きの声が出そうになったから平野の驚愕具合もよ~く理解できた。まさか実戦に投入されてるなんて……いや、それとも使える物はもう何でも使うしかない位日本政府も追いつめられてるって事でもあるのか?どうでもいいけど。
デジタル迷彩仕様のボディアーマーに肘・膝をプロテクターでガチガチに防護した自衛隊員の1人が先頭に立って俺達に銃口を向けたまま、ゴーグルで守られた目元だけを動かして俺達を観察しているのが分かった。
彼が放っている気配は<奴ら>ともジャンキーどもとも全くかけ離れている。肉体と精神双方に対する厳しい鍛錬に裏打ちされた強固な意志と覚悟、それらを土台となって放たれる冷徹な気配――――
ゾクゾクする。病気とも恐怖とも違う悪寒に背筋が震えて、口元が痙攣しそうになった。
そうか、これが本物の殺気ってやつなのか……無性に心地良い。初めて人を殺した時や里香を抱いた時以上に股ぐらがいきり立ちそうだ!一般隊員とは絶対に違う。身のこなしや漂わせる気配から練度の差は歴然だ。
自衛隊員の視線がやがてある人物の前で止まる。
彼はある意味自分達の同類、つまり国と国民に仕える公僕の代表格であり、ショッピングモールに存在する唯一の警察官であるあさみさんの姿を捉えると、先進軽量化小銃を下ろしながら彼女の元へ近づいていった。
「貴女がこの場を掌握しておられるので?」
「ひぇっ!?い、いえいえあさみはあさみで何の役にも立っていませんし、むしろコータさんや学生さん達に助けられっぱなしっていうかですね!?」
強化プラスティック製の防弾ゴーグル越しに自衛隊員の目尻が困ったように傾くのが俺達にも分かった。
とそこへ助け舟を出したのが我らが(一応)リーダー、小室である。
「あの、僕達は最初からここに逃げ込んでた訳じゃなくて、僕達の家族を探しに向かってる途中に寄った別の避難所がEMPのせいで滅茶苦茶になって、そこから逃げ出したんですけど<奴ら>に囲まれてしまって……それで一時的にお世話になってただけなんです。僕達はまた別の組で、僕達がここに辿り着いた時にはここにはちゃんとしたリーダーが居ないようでした」
「君達は……高校生なのか?」
「ええ、僕達は藤見学園の高等部の学生です――――今は『だった』って言った方が正しいんでしょうけど」
弾薬で一杯のサバゲー用タクティカルベストを着込んだ学生服姿の小室を上から下まで眺めてから若干の間を置き、鋭利な雰囲気に新たに若干の不振と疑問を加えた様子で自衛隊員は僅かに首を傾げる。
無言で観察してくる完全武装の兵士の視線を浴びている小室の方は顔中に冷や汗を浮かべていた……短い付き合いだけど、相変わらず勇気があるのか小心者なのかよく分からん。
やがて小室と言葉を交わした自衛隊員はヘルメット、ゴーグル、フェイスマスクを順番に外していき、四十路前後のやや厳めしい顔立ちを露わにした。
「ともかくお疲れ様でした。すぐにヘリで脱出できますよ」
「ほ、本当ですか、良かったぁ」
自衛隊員の太くも優しい声を聞いて一様に安堵の吐息を漏らす避難民達。
俺の視線は駐車場に降り立った救出部隊員の中で唯一素顔を晒している自衛隊員の胸元へと吸い寄せられた。左胸のポケットに所属と名字がそれぞれイニシャルとローマ字と書いてあった。名前はGATO、所属は――――
即座に彼らの練度の高さに納得した。
「平野、この人達WAiR(西部方面普通科連隊)の所属だ」
「あ、あの第一空挺団や特殊作戦群にも匹敵すると言われてる精鋭部隊じゃないか!どーりで装備も豪華なわけだ!」
よくもまぁ日本版フォースリーコン(アメリカ海兵隊武装偵察部隊)と例えても過言じゃない精鋭部隊を送り込んできたもんだ。
向こうからの警戒レベルが緩んだと判断するなり、平野は鼻息を荒くしながら救出部隊に対し熱い視線を注ぎ始めた。俺以上に重度のガンマニアである平野の視線を浴びせられた部隊員達が、「うわぁ」という感じで微妙にたじろいでいたのは俺の見間違いではあるまい。
「しかし一般の学生がどこでその情報を?それにそのような大量の銃器を一体どこで入手したのかな」
聞かれると思ったよ。「それはその…」と口ごもる小室。そこへ助けに入るメガネっ娘ツインテールお嬢様こと高城。
「EMPだと判断したのは成層圏で核爆発が起こる瞬間の閃光と同時に、対EMP措置が取られたハンヴィー以外の全ての電子機器がイカレたのを目撃した上での判断よ!武器に関しては私のパパが密かに集めてた物を緊急事態という事でアタシの仲間に貸し与えたの。文句ある!?」
「……失礼ながら君の御父上は何者ですかな?」
「私の名前は高城沙耶。パパの名前は高城壮一郎。国内有数の規模と権力を持つ右翼団体、憂国一心会の会長といえば分かるんじゃない?私のパパは自衛隊でも有名人の筈だもの!」
「『あの』高城宗一郎の――――成程、些か腑に落ちない点や気になる部分もまだありますが、『一応』それで納得するとしましょう」
どうやら例の高城の親父さんの名は自衛隊でも知れ渡っているらしかった。右翼系団体には元自衛隊や元警察官も多いって聞いた事があるけど、その関係か?
「あのぉ、自衛隊の人でしたらちゃんとした医療用の道具とか持ってないかしら~?下の階に怪我人が居てて、医者としては出来ればその人達を優先して搬送して欲しいんだけどぉ~」
鞠川先生の要請を受け、控えていた数名の自衛隊員が俺達の横を通り過ぎて階下へと消えていった。
「しかし救出作戦が行われるのは明後日だと聞き及んでいたのですが、我々の事を一体どうやって知ったのですか?それに貴方方は何処から来られたのかもできれば教えて頂きたいのですが」
と次に質問したのは毒島先輩。重武装の学生集団、爆乳の女医に続いて露出過多な女剣士の登場にガトー某は少々目を白黒させながらも応えてくれた。
彼は握り拳を作ってから、親指だけを真っ直ぐ立てて頭上に広がる天空を示す。
「我々は沖合の輸送艦から来ました。無人機が貴方がたを見つけたんです――――尤も、途中から銃撃戦を開始しだしたのには面食らいましたがね」
あの段階でこっちの存在に自衛隊は気づいていたのか。最初に警告と武装解除を命じてきたのも納得だ。
避難民同士で銃撃戦を繰り広げてればそりゃ誰だって警戒するし、特にアメリカみたいな銃社会とはむしろ真逆の日本でそんな光景が繰り広げられれば尚更だ。もしかすると殲滅したジャンキー共の死体を外に投げ捨てる場面も見届けられた可能性も高い。
やはりと言うべきか、俺達が銃撃戦を交わした相手や救出計画の存在をどうやって知ったのかも聞かれた。といってもジャンキー共の詳細な背景や銃の入手ルートなどは俺達も殆ど知らなかったし、救出計画についても松島某が今際の際に遺したのが全てである。一応俺も加わって素直に答えておいた。
病院行きの経緯からジャンキー相手の銃撃戦の一部始終を簡潔に説明し終えたタイミングで、おもむろに宮本が口を挟んできた。
「あの、救出計画があるって事は警察署とかと連絡が取れてたって事ですよね!?東署は、床主東署は無事なんですか!?お父さんが東署で働いてるんです!」
宮本の詰問を受けたガトー氏は首を横に振った。顔色も芳しくない。
「残念ながら、EMPの直後から床主東署を含めた本州の各政府機関ほぼ全てとの双方向的な通信は途絶しています」
「だ、だったらその、警察署に向かったあさみさんの先輩は一体どうやって救出計画の事を知ったんですか?」
「恐らくジェイ・アラートに流された情報から救出計画を入手したのでしょう。あのシステムには有事に備えEMP対策が施されていましたから、生き残っているとしたらそれぐらいでしょう。しかし東署側からの返答は現時点まで確認されていません」
「ジェイ・アラート……ってなぁに?」
「全国瞬時警報システム!地震とかミサイルとかの警報や情報を衛星経由で自動的に流すシステムですよ。」
平野が解説するが、宮本と小室には平野の言葉は聞こえていない様子だった。特に宮本の表情は沈鬱が色濃い。
EMPが発生する直前までは<奴ら>から持ち堪えて役目と機能を果たしていたのかもしれないが、今となってはどうなっている事やら。この現代社会、電子機器がまとめてオシャカになったらどれだけのパニックと被害が生じるのかが気になるのであれば、高城邸での脱出劇を思い出せばいい。
次に宮本が縋り付きながら放った言葉により、ガトー氏の両目が大きく見開かれる事になった。
「お願いです、自衛隊のヘリで東署まで連れて行ってくれませんか!」
「麗!」
「えっ、ちょっ、宮本さん!?」
一瞬驚きを露わにしたガトー氏だがすぐに表情を戻して再度首を振る。
「……申し訳ないがそれは出来ない。我々の任務はあくまでこのスーパーに集まった生存者の救助であり、君達を含めたここの生存者を安全な場所まで送り届けるのが最優先目標と定められている。もしに東署に未だ多くの生存者が留まっていたとしても、今の我々の部隊編成では限界があってね」
「で、でもっ!!」
「でも少なくとも、私達を東署まで運ぶ位は出来るんじゃない?」
高城が宮本の助っ人に割り込んだ。意外だ、どちらかといえば宮本の抗議を持ち前の知能と弁舌で抑え込む側に廻りそうな性格だった気がするんだが。
「そこの銃オタ兼ミリオタ1号「誰ってかどっちの事だよ」デブチンの方よ。今私達の頭の上で飛び回ってる輸送ヘリの航続距離は大体どれくらいなのよ?」
「陸自仕様のUH-60Jの航続距離は約1295km!両翼下に増槽を追加した場合の航続距離に至っては最大で約2200kmにも達します!<ブラックホーク>は空中給油も可能ですから補給さえ受れれば半永久的に飛び回る事も可能ですよ!」
「海岸から此処まではやや離れてるけど、それでも床主湾からは精々10km位しか離れてないでしょうね。東署に寄り道したってまだたっぷり燃料に余裕があるんじゃないの?」
実際にはショッピングモール上空でホバリング待機している間にどんどん燃料を消費しているから高城が言うほどの余裕は無いんだろうけど、だが高城の推理は間違っちゃいない。
「それにわざわざ沖合の輸送艦から部隊を送り込んできたんだったら、輸送艦と連絡を取り合う為の無線機をそっちは持ってるんじゃないかしら。それも頑丈で対EMP措置も施された軍用の衛星電話か、或いは海上の輸送艦にまで届くぐらい強力な無線機とか」
モール屋上駐車場に降り立った自衛隊員達は全員背中を空けているから、背負い式の広帯域多目的無線機・携帯用Ⅰ型ではなくトランシーバー型の携帯用Ⅱ型か、もしくはヘリに搭載されている通信機器を使って海上とやり取りをしているのだろう。もしかすると現在も高高度を飛行中の無人偵察機経由で回線を確保してる可能性もある。
どちらにしろ彼らほどの編成の部隊が、臨時指揮所が存在しているであろう輸送艦との直通回線を構築しないまま行動している可能性は格段に低い。高城の言う通り、ガトー氏達の部隊は間違いなく無事な通信手段を持っている。
ガトー氏は無言の言動を見守っている――――この沈黙は肯定と見て取って良さそうだ。
「取引しましょ。私達に通信手段を提供して東署まで運んでくれれば、署内の様子を探索して生存者の有無や所在をそっちに伝えるわ。生存者と海上との間にちゃんとした通信手段を構築できれば、明後日の救出作戦もスムーズに遂行できるようになる。どうかしら」
「――――残念ながらそれは認められないな」
「だと思ったわ」
ガトー氏も高城も即答であった。固唾を呑んで高城の発言に集中していた小室や平野や鞠川先生はコントみたくズッコケるようなリアクションを取り、宮本は目つきを三角にしてガトー氏に噛みつく。怒りを露わにし出した宮本の態度に里香やあさみさんが慌てる。
「どうして!?」
「幾ら銃器で武装しここまで生き延びてみせたとはいえ君達は子供だ。救助対象である君達を輸送艦まで運ぶのが我々の任務であり、何より我々は自衛官である以上、守るべき国民をこれ以上の危険に曝すような提案を決して認める訳にはいかない。それを分かって貰えないか」
年嵩の自衛官の発言はまさに軍人としての本質であり存在意義だった。どう考えても正論も正論、我儘を言っているのは明らかに宮本の方だ。
だけどそれでも宮本は納得がいかない模様。援護射撃を求めて宮本の涙目が小室を捉える。
「孝ぃ……」
「麗……」
切ない表情を貼り付けながら小室も首を横に振った。小室も宮本と同じ境遇ではあるが、彼女と違ってガトー氏の言い分こそ正しいと認めるだけの冷静さを失っていないみたいだ。
そこへ追い打ちをかけるのはガトー氏に交渉を持ちかけた張本人である筈の高城。
どっちの味方なんだと聞いてみたくなったけど、この自他称天才殿の性格から察するに多分返答は「私は自分の味方よ!」な気がする。
「残念だけど、明らかに言い分が正しいのはこの兵隊の方よ。通信状況の確認も兼ねて物は試しに提案はしてみたけど、軍人なら命令は絶対!宮本には悪いけど、彼らが私達の提案を認めてくれるなんて考えちゃいなかったわ」
「でもっ!」
「悪いけどれっきとした救出部隊が送り込まれてきた以上、孝と宮本と古馬の親御さんの事は自衛隊に任せるしかない。私達の力だけできる事はもう無くなったのよ」
本来なら、他の自衛隊員からタバコの火を貰ったり感謝の言葉を交わしたりしている避難民達みたく、生存と救助の喜びに浸るのが正常な判断に違いない。
だけど――――俺の本心は地獄の門が地上に降臨したとしか思えない<奴ら>蠢くこの地獄から離れたくないと叫んでいる。
自衛隊のヘリに乗ってここから運び出された後の展開は容易に想像できる。ガトー氏達が母艦としている輸送艦に降ろされ、安全が確保されている地帯に到着するまでひたすら船内で缶詰生活……銃をぶっ放し、<奴ら>やトチ狂った人間をやりたいだけ殺せる暴力の愉しみを知った今ではそんなそんな暮らし、まさに生き地獄だ。
そうならない為にはどうすべきなのか。
常人には生きて食われる地獄、俺みたいな狂人には無制限の暴力が許されるこの天国から追い出されない為には、俺はどう行動しなければならないのか。
「宮本」
「何よ!?」
俺は宮本の肩を掴んで声をかけた。もはや殺気まで混じり始めた険しい目つきが俺を見据える。
彼女の右手が右太腿に巻き付けたレッグホルスターに収められたベレッタ・M92Fへと伸びる寸前に呼び止められたのは僥倖だった。自衛隊員とドンパチというのも悪くはなさそうだったけれど、彼らの練度は趣味の延長で1ヶ月程度しか訓練を積んでいない俺や平野以上なのは間違いなく、今の状態で銃口を向ければ即脳天にダブルタップをお見舞いされるに決まっている。
「自分の家族の安否をそんなに自分で確認したいんだったら、俺の言う通りにしてくれ」
ガトー氏に聞こえないよう、念の為に読唇術にも警戒して口元の動きもガトー氏に見られないようにしながら宮本に耳打ちする。
宮本はハッと目を見開いて俺の顔をまじまじと見つめてきた。瞳の揺れ具合から俺に対する疑問と微かな不信の念を抱いているのが感じられたので更に囁く。
「……俺も里香の両親の安否を直接この目で確かめたいんだ」
勿論嘘だ。今更里香の両親の事なんてどうでも良かったんだが、この場凌ぎの理由づけにはうってつけだった。
信憑性を深める為にチラリと一瞬だけ里香の方に視線を向ける――――他意なんて無い。
「……どうすればいいの?」
「今は自衛隊の言う通りに従え。それから自衛隊員が下に居る怪我人の治療や輸送の準備をしている間に何でもいい、適当な理由を付けて下に降りて、必要になりそうなものと俺と平野が分配してた予備の弾薬を1つのバックパックに出来るだけ詰め込んで持ってきてくれ。特に予備のMP5とそれ用の弾薬を中心に。今後一番必要なのは静かな武器だからな。可能なら俺も手伝う」
「分かったわ。その後は?」
「東署に向かう為の行動を起こすのはヘリに乗ってからだ。OK?」
「……他に選択肢なんてないじゃない」
宮本から離れると、彼女を除いた仲間達が揃って一様に驚き呆けた表情を浮かべているのが視界に飛び込んできた。俺が(他人から見て)宮本を静止させてみせたのがそんなに意外だったのか?
「アンタ、宮本に何言ったのよ」
「それは企業秘密だ」
胡乱気な視線と口調の高城の詰問を受け流した俺は、ガトー氏や小室達にも怪しまれずに宮本と下に降りる為にどうやって彼らを誤魔化すか考えを巡らせる。
結局、シンプルに『下に大事なものを忘れて来てしまったので取りに行きたい』と告げる事にした。
嘘は言っていない。銃という武器は弾薬が無ければ鋼鉄の重しでしかなく、俺は狙った所にきっちり当てる技能は身に付けちゃいるが、宮本の様に槍代わりに扱えはしない。より長く戦い、<奴ら>相手に硝煙と血飛沫舞う鉄火場を楽しむ為には、出来る限り多くの弾薬を確保しておきたかった。
意外な事に、すぐに戻ってくるようにと言われはしたもののガトー氏は俺の頼みをあっさり聞いてくれた。
向こうも屋上駐車場に<ブラックホーク>の着陸地点を確保しなきゃならずやや時間がかかりそうだったし、建物周辺はヘリの爆音を聞きつけて更に規模を増した<奴ら>によって完全に埋め尽くされてしまってはいるが、建物内部は安全が確保されていたのも俺の単独行動を許した理由の1つだろう。
先に降りていた宮本と合流し、他の避難民や自衛隊員の目を盗みながら荷物を作っていく。ちなみに宮本が屋上から抜け出す際の騙し文句は『トイレを済ませておきたい』であったが、それは置いとくとして。
野宿用の寝袋や大量の登山品を纏めて収納可能な頑丈なバックパックにマガジンを外した状態のMP5SD6を数丁、MP5用のマガジンもありったけ他のバックパックから詰め替えていく。伸縮式ストックモデルのSD6は細長いマガジンさえ外しておけば楽にバックパックに収める事が出来た。
M4、正確にはジャンキー共の死体からも掻き集めたM16系列のマガジンと5.56mm弾の紙箱も忘れない。宮本用のバックパックには田丸さんから返してもらったモスバーグ・M590用の12ゲージ弾も放り込んでおく。他の人間から隠れながら宮本が掻き集めてきた缶詰やミネラルウォーターのペットボトルといった食料品、替えの下着、ドラッグストアから調達してきたと思しき消毒用アルコールなどの医薬品も詰め込む。
これで最低限の準備は完了。
周囲の様子を確認すると、ジャンキー集団との戦闘で負傷した田丸さんや島田という名のニット帽の男性が、自衛隊員に支えられながら移動するのが見えた。そろそろ頃合いだ。
「俺達も行こう」
「え、ええ」
銃器弾薬その他諸々をたっぷり詰め込んだバックパックの重量感に耐えながら俺と宮本も再び屋上へ。
階段の途中で上から降りてこようとしていた里香と出くわした。俺と宮本が遅いと感じて確認しに来たのか?1段1段駆け下りる度、腹回りを覆う様に配置された弾薬用ポーチに下から支えられてより強調されている里香の豊満な乳房が盛大に弾む。
「ま、マーくん何やってたの?」
里香の言葉が聞こえなかったフリをしてすぐ横を通り過ぎ、屋上に出た。<ブラックホーク>が2機、かなりギリギリの間隔でメインローターの回転を維持したまま屋上駐車場に着陸しているのが見えた。
ある意味運が良かったのは、<ブラックホーク>に乗るメンバーが上手くばらけた事だ。つまり俺とあさみさんを含めた学園陣と、最初からモールに籠城していたあさみさんを除くそれ以外の面々という配分。
「それでは床主湾に待機している輸送艦へと貴方がたを輸送します!」
頭上で吠えたてるエンジン音に掻き消されまいとガトー氏が声を張り上げる中、俺と小室に挟まれるようにしてガチガチの座席に腰を下ろし、背負ってきた大型デイバックを今は膝の上で抱えて窮屈そうにしている宮本が俺を横目に見てきた。
俺の分の荷物はヘリに乗り込む際に宮本と反対側に座る里香に押し付けてある。
「それで、ここから一体どうするつもりなのよ!?」
事情を知らない周囲が訝しげに俺と宮本を見つめる中、俺は行動を起こした。
すなわち――――
「――――――こうするのさ」
反対側に座るガトー氏達自衛隊員にハッキリ見えるようにして。
俺は予め手の中に隠し持っていたM67・破片手榴弾の点火レバーを押さえ込みながら、安全ピンを強く引き抜いた。
配備されている地方を考えると違和感を覚えるかもしれませんが、登場した救出部隊の所属元は実は原作準拠です。
気になる方は原作を買って隅々まで調べてみよう!(ステマ)
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