職員室側からしっかり鍵をかけた上に、手当たり次第に扉の前に物を積み上げていって即席のバリケードで扉を封鎖した。
少しの休息。運が良い事に職員室には誰も居なかった。最初から居なかったのか、中に居た教師は我先に全員逃げ出したのか、それとも――――ゾンビになって獲物を探しに行ったのか。
<奴ら>、と小室は呼んでいた。映画やゲームじゃないんだからゾンビと呼ぶのはおかしいんじゃないかとかなんとか。
ゾンビだろうが<奴ら>だろうが呼び方はどうでもいい。それでそいつらの本質が変わる訳でもなし。
「平野、これ」
俺はバックの1つから大きさの割にズシリとした紙箱を平野に放った。マガジン以外に予備に持ってきた9mm弾だ。ちなみに世界中の法的機関御用達のホローポイント弾。マガジンに最初から込めてあった分は拳銃弾でも一般的なフルメタルジャケット(被覆甲弾)の9mmパラベラム弾だった。
「マガジン、幾つか空にしたろ?今の内に補充しといた方が良い。そっちが終わったら、こっちの分も手伝って欲しい。こっちはもっと消費したから」
「分かったよ、すぐに終わらせるから待ってて」
「・・・さっきも思ったんだけど、平野も、えっと真田だっけ?どうしたんだよそれ。本物―――なんだよな?」
小室が戸惑いがちに、デスクに立てかけてある俺のM4を指さして聞いてきた。俺達と違って本物の銃を目にするのは初めて―いや、街中の警官だってぶら下げてるんだからそうでもないか?ともかく自動小銃(しかも軍用フルオート可)をお目にかかって、しかもこの学校の制服を着た俺が最前線の兵士みたいな装備をしてるんだから気になるのも当たり前か。
「想像にお任せするよ」
簡潔にそれだけ告げて、空マガジンにこっちも持ってきていた紙箱入りの5.56mmNATO弾を押し込み始める。
つれない答えを返した俺に小室は「そ、そうか」とだけ漏らして聞くのを止めてくれた。きっとその理由は銃で武装した俺以上に危ない笑みを隣で浮かべながら素早い手つきでMP5のマガジンに弾を詰め込んでいる平野のお陰によるものが大きいと思う。
丁度マガジンを1つ満杯にし終えたタイミングで里香の声が耳に入った。
「高城さんってコンタクト使ってたんだ」
その声に反応して俺は視線をマガジンから外す。横の平野なんかは音が聞こえそうな位の勢いで顔を声の方向に向けた。
俺と平野の目に飛び込んできたのは、フレーム無しの眼鏡をかけた優等生の姿。
「そうか、高城は眼鏡っ娘だったのか」
「そんな呼び方は止めなさい腐れオタ2号!コンタクトがやたらとずれるんだから仕方なくよ!」
「いえあの、似合ってますよ高城さん」
平野の褒め言葉は届いていない。どうでもいいけど。
「鞠川先生、車のキィは?」
ミネラルウォーターのロゴが入ったペットボトルを宮本から受け取りながら小室がおもむろにそんな事を先生に聞いた。どうやら、小室達はこの学校から脱出するつもりらしい。
当たり前だ。今や学校丸々が生徒と職員の数だけ存在するだろうゾンビの巣窟と化してるんだ、即刻逃げ出す算段を考えるのは当たり前だろう。『まともな人間』からしてみれば。
俺はどうなんだろう?
決まってる。銃を持って学校へ行くのを決心した時点で頭のネジが飛んだ狂人の仲間入りだ。個人としては比較的理性的、なぐらいのつもりだけど。
でなけりゃ今頃<奴ら>も隣のクラスの奴も親友も幼馴染も、生きてようが死んでからまた生き返ってようが誰彼区別無くまとめて蜂の巣にしてただろうさ。
鞠川先生の車は軽だから全員乗れない為、遠征用のマイクロバスを使う事になった。
って今更だけど俺も脱出のメンバーに入ってないか?実際の所俺は片道切符のつもりでここに来たから、学校を脱出してからもその後どうするのか全く想定しちゃいなかった。
小室達は家族の安否を確かめるためらしいが、どうする?俺も付き合うか?俺には目的が思いつかない。何をすればいいのか分からない。
「ま、マーくんはど、どうするのかな?」
「・・・・・・・・・」
返答に困る。里香は俺に話しかける時だけどういう訳かよくどもるよな、とふと思った。ぶっちゃけ現実逃避である。どうしたもんか。
里香は多分小室に同行するだろう。コイツも市内に家族が居る――――俺と違って。
無言で悩んでいると、ちょいちょいと平野が俺の肩をつついて、振り向いてみると親友は何か言いたそうにしている。その間も弾薬を詰める作業は止まらない。
「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど――――――」
平野がお願いの内容を告げたのと、「なにこれ・・・!」と宮本が愕然とした声を呟いたのは同時で、皆の注目は宮本と宮本が釘付けになっていた点けっぱなしのテレビに集まったせいで、平野の言葉の内容を聞いたのは俺1人だけだった。
――――どのチャンネルでも、テレビのニュースは無情な現実を流し続けている。
主床市内のみならず日本全国、そして世界中で混乱と暴動。各国の大都市が通信途絶、放棄宣言、大規模な混乱状態に。
まさしく世界そのものが現在進行形で崩壊していっている。審判の日なんてレベルじゃない、キリストが再臨して天国行きか地獄行きを分けるどころか全ての人間が地獄に叩き込まれたようなもんだ。地獄より酷いかもしれない。
――――だけど俺にはテレビが教えてくれる世界の崩壊なんて、『俺』にとっては心底どうでもいい事だった。
世界そのものが壊れる前から『僕』の世界は壊れてたんだ。だから今更大差なんて感じない。
そう感じている時点で俺自身が救いようのない位壊れているのを俺は自覚していた。だからと言って、行動指針が変わる訳も無い。突き詰めれば『俺は俺』の一言に集約できる。
そして俺はこう決心していた。世界も自分も壊れてるからって、易々と死んでたまるかよ。
自分で人生の幕引きをするついでに嵌めた奴らも道連れという望みを果たすつもりが、<奴ら>のせいで全ておじゃんにされた事への反骨心故に、生じた誓い。
だから俺は、平野の提案に乗る事に決めた。
緊急放送を見て一気に緊張と隠しきれない恐怖感を帯びる皆に、パンデミックだのスペイン風邪だのとはたまた疫病の歴史の話まで発展しつつ高城の講釈から毒島先輩による真剣な表情でチームの重要性に関する講義に移ったその時、おずおずと平野が手を上げた。
「あの、すいませんけど僕達は一旦別行動をしたいんですけど・・・」
「はぁ!?それは一体どういう意味よ腐れオタ1号!」
やっぱり1号は平野の事だったか。俺の事は2号って呼んだから気になってたんだけど。
それにしても本物の銃を持ってて更に何十体も<奴ら>を撃ち殺してるの見てたのに、未だにこんな見下すような口調が変わらないままってのはもはや単に強気ってレベルじゃないよ。魂にまで沁みついてんだろうかこの性格は。
「弾と武器の補充に戻りたいんだよ。この学校の中だけでも結構な量の弾を消費したからな。どうせなら俺達以外の分の銃もあった方が良いんじゃないか?」
「この先どれだけ弾があっても足りない事は無いと思いますし、僕らだけで良いんで出来ればそっちを済ませてから皆と合流できればなー、って・・・」
「・・・・・・どうせもっと他の銃とか見たいだけなんでしょ、この銃オタ」
「あはははは、否定は出来ませんけどね」
悪い、俺も高城と同じ感想を抱いてた。
だが平野の言ってる事には一理ある。持ってきた分の弾を全部使いきれるとは最初思ってなかったんだが、5.56mm弾はマガジン分だけでも既に半分以上消費している。紙箱入りのも持ってきておいて良かった。まさかここまで消費が激しい事態になるとは・・・・・・
「でも本当に皆の分の銃とかも置いてあるのか?そりゃぁ、有ったら有ったで心強いとは思うけど」
「心配無用、クーデターどころか第3次大戦も起こせるぐらいの銃と弾薬が置いてあったから」
「そこまでの足はどうするのだ?それだけの大荷物を自らの足で運ぶ訳にもいかないと思うが」
「大丈夫です。教師の車を使うつもりですし、僕も真田も車の運転は出来ますから。アメリカに行った時なんかは、向こうのPMCが所有してる敷地内でオフロード車転がしたりしましたし」
「アメリカで、って良いのか、それ?」
「・・・個人や企業の私有地なら免許持ってなくても道交法は採用されないのよ。だから運転とかやりたい放題なの」
「確かに武器は多い方が良いと思うけど・・・私達に扱えるのかしら?」
宮本さんが不安そうにそう言ったけど、俺にはその悩みは甘過ぎると感じた。
「それでも無いよりはマシだし――――使える使えないよりも、『使える様にならなきゃいけない』って考えといた方が良いと思うけど」
少なくとも損はしない。特に世界中が『こんな状況』だったら。
すると高城がアメリカ人みたいに肩をすくめるジェスチャーをしながら、呆れた様子で口を開く。
「アンタ達、強力な武器を手に入れる事ばっかり考えてて重要な事忘れてない?」
「それって・・・・・・音の事ですか?」
「そう!<奴ら>は音に敏感に反応してぞろぞろと集まってくるのよ?そんな<奴ら>相手に銃なんてとんでもなく音を響かせる物を使ってたら自分達で<奴ら>をおびき寄せるだけ!さっきだってそうだったでしょ!それじゃあ弾がどれだけあったって足りはしないわ!」
「それは、確かにそうですけど・・・」
高城の御尤もな反論を余所に、俺はタクティカルベストの左胸に当たる部分をごそごそと探った。
そこはマガジンを収納するのよりも小型ポーチが備わっていて、戦場の兵士はそこに様々な小物を収納したりする。ペンライト、医療キット、爆破装置一式、発煙筒。
そして、拳銃用のサイレンサー。、P226Rが在った場所に一緒に置いてあって、半ばノリで持ってきた代物である。
持ってきたP226Rも特殊部隊仕様なだけあって、初めから銃身が通常よりも延長されサイレンサーが取り付け可能なようにネジ山が切られていた。
僕が取りだした物を見た高城が声を詰まらせる瞬間の音が、聞こえた気がした。
「そうかサイレンサー!」
「覚えてる限りじゃ、サイレンサーを内蔵した銃も幾つかあったと思う。遠くからでも音を立てずに<奴ら>を倒せる武器があれば役立つ、だろ?」
「ああもう!なら勝手にしなさい銃オタ共!!」
やれやれ、怒らせてしまったみたいだ。ま、どうでもいいか。
「じゃあ一旦別行動を取るって事で、合流地点は――――東署でどうかな?時間は、今日の午後5時ぐらいで」
小室がそう提案する。小室とは話すどころか顔を合わすのも今日が初めてだけど、何だか自然と皆のまとめ役、つまりリーダーの役回りを果たしてるみたいだ。
俺も今の所は特に小室の振る舞いに不満は無いし、別に構わない。
そこで話がまとまりかけた、その時である。
「あ、あのっ!!」
「む、何かな古馬さん?」
「わ、私もマーくん達と一緒に行っても良いですか!?」
・・・・・・・What?
職員の車が止めてある駐車場には正面玄関を突っ切るのが最も近い。
だけど安全かどうかは別の話だ。きっと教室に居た生徒の大半が学校から逃げ出そうしてと押しかけたのも正面玄関に違いないからだ。<奴ら>が逃げるそいつらを追って離れてくれてりゃ、話が早いんだが。
まだ銃が余ってたから小室にも銃と弾を渡しておいた。ブルガー&トーメ社(B&M社)のMP9。ステアー社のTMPのライセンスを手に入れたB&M社がデザインし直し、ダットサイトなどを取り付けるマウントレールや左右に折り畳める形にタイプを変更したストックを備えたコンパクトなサブマシンガン。以上平野の解説からの引用終わり。
でも駐車場までは隠密行動が必要との高城のお達しで、今小室が握ってるのは最初から持ってた金属バットだったりする。サイレンサー付きの銃を持ってるのは俺だけなんだから仕方ない(M4やMP5用のサイレンサーまで持ってきちゃいないのだ)。
バットはとっくに使用済みで乾いた血がこびりついていた。つまり危険な職業の人達がよく使いそうな言い回しを真似るとしたら『とっくに処女は捨てた』に違いない。多分、宮本も。
小室と木刀を持った毒島先輩が先頭、俺は2人の援護役。撃ちまくれないのは残念だが、自分の分も立場も弁えてるし何より納得できる内容だからから文句は言わない。
「きゃあああああ!」
絹を裂くような、って表現がピッタリな悲鳴が僕らが下りようとしていた階段で響いた。やっぱり生存者が他にも居たのか。
一斉に小室と毒島先輩が駆け出した。役目なんだから俺も追いかける。
階段の踊り場に男女混合で数人の生徒が<奴ら>に囲まれていた。バットやさすまたで抵抗を試みているが、状況は芳しくない。
「真田くん!彼らに近い<奴ら>を狙えるか!」
毒島先輩の指示に行動で応える。首にタオルを持って女子2人を庇おうとしてるバットを持った男子に襲いかかろうとしていた<奴ら>の1体にダブルタップ。
短い間隔で放たれた2つの銃声は、水鉄砲を発射した時の音にどこか似ている。サイレンサー、漢字では消音器と書くが実際には音を何割か小さくするのが限界だが、少なくとも付ける前と比べれば風鈴と鐘楼の鐘ぐらいの差はある。別の階に移れば殆ど聞こえないと思う。
弾丸は見事命中。こめかみ近くに当たった銃弾が頭部の反対側から頭蓋の中身の一部と共に飛び出す。
そうして稼いだ数瞬の間に、階段の最上段から跳躍した小室と毒島先輩がそれぞれの得物を<奴ら>の頭めがけ全体重を乗せて振り下ろし、一撃で脳を露出させた。
後続の宮本も参戦し、ものの10秒程度で踊り場に集まっていた<奴ら>は全滅。残ったのは生きてる俺らのみ。
「噛まれた者は居るか?」
「え・・・い、いません!大丈夫です」
「僕らは学校から逃げ出す。一緒に来るか」
彼らの答えはYes――――当然の結果だ。ただ俺や平野が構える銃や何処かの民兵みたいな恰好の俺を見て思いっきり戸惑っていたけれど。
そのまま数を増やして、正面玄関の所まで無事に階段を下りれたのは良かった―――――それからが問題だった。
「やたらといやがる」
「見えてないから隠れる事なんて無いのに・・・」
「なら高城が証明してくれよ」
「う・・・」
小室の言葉通り、正面玄関に続く下駄箱周辺にはかなりの数の<奴ら>がうろつきまわっていた。しばらく階段に止まらざる負えなくなる。
「何ならこっから俺の銃で1体1体潰してくか?」
「いや、抑制されているといってもそれなりの音はするんだ。これだけ近くに集まっていれば、その拍子に押し寄せてきかねないだろう。強行突破するにも、<奴ら>も私達も数が多過ぎるよ」
「な、なら一体どうすればいいんですか?」
それを今考えてるんだよ里香。
困った。出口間際で手詰まりか
そんな時行動を起こしたのは――――やっぱり小室だった。
僕が行くよ、と彼は言った。
小室が<奴ら>が犇めく下駄箱前に踏む込んでいく間の時間は、校内に入ってから1番時間が引き延ばされた様に感じた。
高城の理論は正しかった。目前まで小室が<奴ら>に近づいても、小室に襲いかからない。音さえ立てなきゃ食われずに済む事がこれで実証された訳だ。
それを理解した瞬間、俺はP226Rを構え続けていた手がじっとりと汗ばんでいるのに気付いた。頭のネジが飛んでも緊張するのは変わらないらしい。
小室が物を別方向に投げつけて起こした音のお陰で、玄関前の<奴ら>は廊下の方に揃って離れていった。その隙に出来るだけ静かに階段を駆け下り、靴置き場を突っ走る俺達。
外に出た俺は周辺を警戒。玄関前の正門へと続く石畳の廊下や運動場にも靴置き場以上の数の<奴ら>が彷徨っているけど、俺達には気づいていない。
このまま何事も無く駐車場まで辿りつければ万々歳なんだが・・・・・・嫌な予感がする。
最後の男子生徒が扉をくぐろうとしたその時、俺の予感は的中した。
さすまたの長さと扉の幅を見誤り、さすまたの先端が金属製の扉の枠に当てやがったのである。
鳴り響く、甲高く軽い金属同士の打撃音。
――――きっと時間が凍りつくってのはあの一瞬を指すんだと思う
一斉に周囲の<奴ら>が俺達へと振り向いた瞬間、口を開こうとした小室よりも早く俺は出来る限り抑えた、だけど全員に伝わる程度に押し殺した指示を出した。咄嗟の行動だった。
「全員、身を低くして耳を押さえて、その場から動くな!何があっても音を立てるなよ!」
俺の利き手には手榴弾。ピンを抜く。安全レバーが飛ぶ。内部で信管に点火。爆発まで約5秒。
俺は運動場の方へ下手投げで手榴弾を投げると、低い弾道を描きながら数回地面とバウンドしつつ近づいてくる<奴ら>の足元をすり抜けて20mは転がっていった。すぐ傍に居る小室ともう1人、里香の胸倉を掴んで引き倒しながら、投げた手榴弾に足を向ける形で俺も伏せる。
爆発まであと1秒かそれとも2秒か。一番近くの<奴ら>の手が届くのとどっちが先だ?
爆発音。
俺達の身体とベッタリと張り付いている地面が、微かに跳ね上がるように揺れた。
校内で使った時よりも幾分高く、それでも鈍い爆発音の残響が完全に消え去った頃になって俺はゆっくりと、本当にゆっくりと頭を上げた。
手榴弾が爆発する直前までは一斉に俺達の元に攻め寄ろうとしていた<奴ら>の大半が、今や校庭の爆発地点へ向け獲物にたかるアリの群れ宜しく固まり、誘き寄せられている。
木の葉を隠すなら森の中。音を隠すにはより大きな騒音の中。
上手く誘導できるかは賭けだったけど、俺は賭けに勝ってみせたのだ。少なくとも今の<奴ら>は俺達の存在を忘れている。
だけど代わりに、間違い無く敷地全体に響き渡った爆発音のせいで今度は校内に存在する残りの<奴ら>まで誘き寄せたに違いない。
「<奴ら>がまた俺達に気付く前に早く行くぞ!立って走って、行け行け行け行け!」
俺以上におずおずと緩慢な動作で立ち上がりつつある生き残りを小声で急かしながら、押し倒した小室と里香に手を貸す。
「ありがとう、お陰で助かった」
すぐさま小室は礼を言ってきた。人間不信になりかけの俺の中でまた1ポイント小室の株が上がった。
それから最後尾のミスをやらかした張本人(<奴ら>以上に真っ青な顔になっていた)に殺気9割5分の視線を一瞬だけ向けてから、まだ立ち上がる途中だった里香の手を掴むと先に向かった平野たちの後を追いかける。わうあうあわわわ、なんてひっくり返った声が手を握った先から聞こえてるけど、どうでもいい。
高城達が乗り込むのは遠征用のマイクロバス―運転役は鞠川先生―だけど、別ルートの俺達が乗り込むのは他の教師の自家用車である。
名前は忘れたけど、アウトドアが趣味だという教師が持ち主のSUV。シボレー・タホの2代目。多分中古。
ぶっちゃけるとアメリカのPMCの敷地内で移動時に乗りまわした車がこれだったりする。向こうで乗ったのは新しいモデルだった気がするけど。
「平野!エンジン回せ!」
「オッケイ!周辺警戒頼んだよ!」
車輌周辺の安全を確認。クリア。ロックを解除して平野が運転席に潜り込むとすぐにエンジンがかかった。
この音も校庭に集まっていた<奴ら>に届くが、もう遅い。後部座席に里香の小柄な身体を半ば放り込むように押し込む。俺は助手席へ。
日本輸出版という事で、そっくりな車なのにアメリカの時とは違って右ハンドルなのがなんだか新鮮だ。
「しっかり掴まっててよぉ!!」
ギアをバックに叩き込みながら、後輪が一瞬空転する位の勢いでアクセルを踏みつけた平野の手によって大型のSUVがバックからの180度ターンを披露する。
早くも駐車場に辿り着こうとしていた<奴ら>が数体、振り回されたエンジンブロック部分に撥ね飛ばされてかっ飛んでった。助手席の俺だって社外に放り出されるかと思ったぐらいの横Gだ。後部座席の里香なんか悲鳴まで上げてやがる。
けど俺は敢えて文句を言わず、窓を下ろすとM4の銃身を突き出して視界に入る限りの<奴ら>へ向け発砲。ここまでくればもう銃声もお構い無しだ。俺達が乗ったSUVはまだ他の脱出組が乗り込んでる途中のマイクロバスの横を通り抜け、校門へ向かう。
俺らの行く手を<奴ら>が立ち塞がる。
そんなの知った事か!!!
「「Yeeeeeeehaaaaaaaaaa!!!!!」」
俺と平野は雄叫びを上げながらまっすぐ突き進む。平野が更にアクセルを踏み込み、V8エンジンが吠える。平野も吠える。俺も吠える。
<奴ら>を弾き飛ばし、時には轢断し、車体を血に染めながら俺達は止まらなかった。もしかすると、その時の俺達は笑みすら浮かべて、歓喜と興奮に狂ってたのかも知らない。
里香はその時どうだったか知らないし、どうでもいい。
だ、もんだから。
サイドミラーの中でどんどん小さくなっていくマイクロバスの姿が校門出てすぐのカーブを曲がった為に見えなくなる間際、『僕』を嵌めた中でも飛び切りにくい存在の1人がバスに乗り込むのには気づかなかったのだ。