「ねえ、聞いた?2組に転入生が入ってくるんだって。」
朝からそんな話で持ちきりだ。普通そういう類は生徒は知り得ないだろうに、女子というのはどうしてこうも噂ごとには手が早いのだろうかと胸中でつぶやきながら、一夏は何度目かとなるクラスメートからの持ちかけ話を聞いていた。
(箒ですら俺より早く知ってたしなぁ。)
うんざり聞かされたためかなり情報を仕入れた一夏は背後の2組に意識を向けながら転入生の中国出身という情報に、少し黄昏ていた。
(あいつ、どうしてるかな。)
……………
「頼んだよ!織斑くん!」
「ん、ああ。」
急に現実に引き戻された一夏はなんとか話を合わせる事に成功する。つい聞き逃してしまったがどうやらクラス代表対抗戦を指して激励しているらしい。あぁそんな事もあったなと、今更ながらクラス代表という立場に後悔が溢れてくる。そんな気持ちも知らず級友たちは一夏に期待の言葉を投げかける。
「お願いね。スイーツ券のために!」
「スイーツ券の事頼んだよ!」
「スイーツ券!」
下心が丸見えだったが。取り敢えず素直に受け取っておく。
「今の所専用機持ちは1組と4組だけだもんね。」
1人の生徒の言葉にそうだったのかと薄いsurpriseに思考を回す。思いの外少ないと落胆したら今度は希少ならこんな物なのかと
「その情報古いよ。」
深い思考を打ち切る程の衝撃。クラス中からの視線を集めながらも物怖じせずに不敵に笑って見せる少女。思わず固まる。
(似合ってねえ………)
チュルチュルチュル チー、チー、
まだ肌寒いが季節の変化は確かに訪れている。鮮やかな鶯色を体に湛えた目白が実らぬ染井吉野から鳴く。時代は変われども春を告げる声は今も昔も彼が勤めている。
訪れた
昨日の国賓扱いの航空経路で日本へと足を運んだばかりの
「待ってなさい一夏。」
一年。両親の離婚も相まって精神的にも弱っていた彼女の支えの一つとなっていた今回の来日。心を寄せる少年がIS学園に入ったとのニュースを受けた中国政府の思惑で予想より早くなったが、これでまた会える。軽い足取りは少ない荷物だからでは無いだろう。政府の護衛兼監視役の黒服の男性2人の取り敢えずの労いの言葉を当たり障りなく流し学園に続くモノレールに乗る。学園は国際的に独立、不可侵を認められているため中国政府でもあからさまに手を出す事は出来ない。窮屈な空気を脱した事で少しだけ笑みを浮かべるが、一緒に出勤する一般教師と端に見える二つの制服。恐らく自分と同じ転入目的だろうと鈴音は奥の席に近づく。大人はもう疲れた。モノレールは対面式の座席で丁度2人は向き合うように座っていてどうやら会話もしているらしい。よし混ぜてもらおう。
「あれ?」
長い緊張感から解放され少し注意力が無くなってきたせいで重要性が正しく認識できなかったが、鈴音は今あり得ないものを見ている。自分から向かって右の席に座るのは栗色の髪をサイドテールにした少女。落ち着いた雰囲気を出しているが顔は可愛い。そして左側の席に座るのは手入れもした無さそうなぼさっとした髪を肩口まで伸ばした少年。目つきの鋭い、いや悪い顔をしている。
「おはよう。横良い?」
「あ、どうぞ。」
笑みを浮かべ、丁寧にしかし他人行儀に成らない程度の仕草で隣を譲る少女。少年も目だけ追う。少女のとなりに座った鈴音はにこやかに自己紹介へと移る。
「アンタ達転入生よね?私もよ!中国から来たの。凰鈴音よよろしく。」
「あぁ、初めまして高町なのはです。よろしくお願いします。」
「……乾巧です。」
おなじ学園とはいえ初対面での躊躇いなしの自己紹介に少し反応が遅れながらも答えるなのはと、それなりに間を開けながらも巧が続く。しかし鈴音からすれば不服がある。2人の名前を確認した後文句で答える。
「高町さんに乾くん? ちょっと他人行儀すぎ…同じ1年なんだからもっと砕けて良いよ。」
2人の制服の、学年を表す色を見て告げる。
「そうだね。ごめんねそうするよ。」
「ん」
2人ともそれに答える。鈴音は満足したように深く座り直す。
「2人ともビクつき過ぎよー。挨拶くらい素ですれば良いじゃん。乾くんなんかどう見ても敬語キャラじゃないし。」
あはは、と笑うなのはに少しだけむすりとしながら巧もそうかいとだけ口にする。
本来なら2人共。手合いは違うがもう少し砕けた会話を普段はするのだが今回は少々勝手が違う。
まずなのはは単純に慣れていないだけ。管理局で社会人として働くなのはにとって初対面の人間の殆どが仕事関係。対人トラブルを避けるため年下にも一応敬語で話しかける習慣が身に付き、真面目ななのはは生活面でも影響を受けた。
対する巧も啓太郎の先祖代々から続く西洋洗濯舗菊池で接客業をそれなりの時間してきたためそれなりの受け答えは出来る。しかしなのはと違い不向きなことに対しては不真面目なため本来なら年下の学生なんぞに敬語を使う事はないのだが、異世界の学校生活を前に少しだけ動揺してしまった。
「あれ、そう言えば。」
鈴音が思い出したように立ち上がり。
「なんで男がいんのよ⁉︎」
(今更かい)
響く声に構わずシャウトする鈴音に思わず車両内の全胸中が重なる。
同伴する教師達数人も座席から少しずり落ちたり、かけている眼鏡を半分ズレさせたり、肩と首をがっくし落としたりでリアクションを示している。
生徒と比べて派手さは無いが、その実高度なテクニックがある。流石に社会の荒波を生きる先輩方だ、何事もなかったのように日常に戻る教師陣を見てなのはと巧は感心する。
「俺がIS動かせっからだよ。」
「はあ?………そう。」
冷めた様子で最小限の説明だけで済ます巧に鈴音も無理やり納得させられる。心機一転でまあいいかと鈴音
「私のことは名前でいいよ。」
「じゃあ私もなのはで。」
「………ちっ」
即答するなのはのせいで巧が目立つ。
「好きに呼べ。」
ぶっきらぼうに巧が答える。鈴音は気にした様子もなくうん、と元気よく答える。
「なのはさんに巧クンで良いよね?」
別に呼び捨てでも良いのに、鈴音の性格を鑑みて不思議に思うなのは。しかしその原因は15歳から見て達観し過ぎる2人に呼び捨てが相応しく無いと鈴音が本能で判断したからであった。
「そういえばお前日本語上手いんだな。」
切り出す時は迷いなく会話を持ちかける巧に、意外に思いながらも包み隠さず鈴音が返す。
「私ね。中国の北の方の出なんだけどこんな見た目だから昔から日本人見たいってからかわれてね。」
どうやら一見可愛いらしい彼女の容姿がまるでコンプレックスになるような経験をしたと言うらしい。生憎中国の習慣に疎い2人には理由は分からないし大抵の一般人と同じく家康タイプのなのはは態々人の恥部について言及する気は無い。
「なんでだよ。」
だから巧が聞く。元から切り出したのは相手だ。このまま黙って月日が流れた時再び聞けるとは限らない。モヤモヤしたままは気分が良く無い。
「あのね。」
ベルクマンの法則というものを聞いたことがないだろうか。解りやすく言えば人は北へ行くと大きくなるというもの。山東省ともなれば欧米諸国と肩を並べる平均身長。そのせいか北方では背の低い者を日本人とみなす習慣があり(南方人が増えてきたため今ではステレオタイプだが)。オマケとして茶髪という珍しい地毛に鈴音という日本人的な名前も手伝い幼少期と中学3年の頃は周りの同学年から揶揄われたらしい。
「それで逆に興味持っちゃってね。ISも出てきたから日本語勉強してみようかって思ったの。」
鈴音の話に感心するなのは。普通ならそのまま嫌いになっても可笑しくないだろうに大したものだ。鈴音の話は雪崩式に展開が変わる。
「お父さんが料理屋なんだけど昔日本で留学経験があって日本でも開こうかって話になって家族揃って移住したの。」
北方ー山東省とも近い繁華街の一角。そこに鈴音の両親は料理店を営んでいた。扱う料理は日本でもお馴染みの中国四大料理の一つである山東料理を中心とした伝統的な料理屋だが、試験的に他国の主食文化を中国人好みに改良したものを出していた。特に力を入れていたのは膠東料理と相性の良い日本食だ。心機一転して日本に開業する事を決め家族での移住を決意。娘と同じく行動力と即決力の持ち主だった。
「三年くらいかな。繁盛はしてたわ。常連もいたし、近くに中学校があったから新規の客も心配なかった……でもね。」
目線を落とす鈴音に2人はなんとなくだが悟る。商売ごとが得意な訳ではないが根を下ろして三年後に帰国した理由は
大きな変化にはそれに伴う振れ幅も自然と大きくなるもの。人間ただ順風満帆な人生なんて送れるもんじゃない。
離婚。あれほど昂ぶっていた熱意は見る影もなく。鈴音は親権を母親に移し帰国。父親とはもう長いこと会っていないらしい。
「ゴメン、なんか話ズレまくっちゃった。そんでね!1年間猛勉強して代表候補生になったのよ。どう?割と自慢なんだけど。」
「………」
つらくないの?
一瞬浮かぶ思いをなのはは打ち消す。滅多だ。鈴音自身がその言葉を求めない以上それは優しさではなく只の図々しさだ。なのはは平常時に友人に対してするような普通の笑顔で。
「1年で⁉︎すごいね鈴ちゃん。ねえ、巧君。」
「おう、だな。」
学園にモノレールが着く短い間。着けばクラスは別になってしまうが、それが惜しくなるほど充実した時間だった。
ーーー
「2組にも専用機持ちが来たから簡単にはいかないよ。」
目の前には一夏がいる。あの頃より丸みが消えた顔付きをしているがずっと覗き込んでいた目と同じだ。
「鈴…」
久しぶりの呼び名。漸く聞けたあの優しい声だ。
「なにかっこうつけてるんだ?似合わないぞ。」
「な、なんてこと言うのよアンタは!」
一夏の無神経な発言に時は自分がカッとなり言い返す。あの頃には感じなかった懐かしさの渡来に鈴音は一夏に分からないように笑みを浮かべる。
途端にあっ、と一夏。
スパーン
「ミャウ⁉︎」
頭蓋が砕かれるかのような剛撃。まさか、驚くように上を見上げる。
「千冬さん⁉︎」
「織斑先生と呼べ。それとドア前に立つな邪魔だ。」
一年前と変わらない社交性もあったもんじゃない鋭い目つきがこれまた懐かしい。慌てて2組へ戻りながら、ずっと待ち望んだ再開を果たしたんだと自覚する。
「えへへ。」
思わずこみ上げてくる微笑を隠そうとせずに鈴音は笑った。
随分待たせたわりには今までと比べて文字数落ち込んですません。
近く。原作開始後のイベントで大きく改変を入れる予定です。
※人気投票の開催。詳細は活動報告にて