それはどうやら中々深いものらしく………
「正しいかどうかは判らない。だけど放って置けない!」
春の陽気が高まってきた4組教室でなのははいつも通り懐いてくる簪と簪の親友である1組の布仏本音と談笑していた。
「じゃあなのはちゃんのお家喫茶店さんなんだ〜。」
「うん、翠屋って言うんだ。」
独特のリズムで言葉を発する本音はこれまでに会わなかったタイプの人間だ。ちなみにあだ名はのほほんさん。うーんピッタリだ。男女問わず好かれる性格だろう。
(でも、なんでだろう…)
常に笑顔を絶やさない本音だが、なぜか引っかかる。無邪気に描かれた向こう側にそれとは無縁の計算性を感じる
「なのはさん?」
簪の声に引き戻される。急に黙り込んだなのはを本気で心配しているのか不安そうな顔を向けてくる。
「ううん、なんでもないよ。」
直ぐに笑顔を向け安心させる。やはり秘め事をするとどうしても顔に出てしまう。はやてならばもっと上手くやれるのだろうかと、来年には本部へ転属となる友人の顔を懐かしむ。
(そういえばこの世界とミッドじゃ時期の流れが違うんだよね。)
束達のいる世界はもう入学シーズンも過ぎているが、なのはの世界ではまだ先の話だ。しかしそれでも月日の流れの速度は凡そ同じらしく、レイジングハートのミッド基準の内部時計との誤差は無い。
(……これから3年間、大丈夫かなぁ)
一抹の不安を覚える高町なのはーもう直ぐ20歳。
「そういえばかんちゃん。もう直ぐクラス対抗戦だけど、専用機できた?」
本音のなんとなしの尋ねに表情を曇らせる簪。矢張りまだ完成してはいないらしい。俯きげの簪は何処か悔しそうに歯を食いしばる。途端に気が悪くなり普段はマイペースの本音も心地悪そうにしている。これはいけないとなのはが声をかける。
「1人で作ってるんだよね?」
「…はい。」
小さく呟く簪は未だに俯いたまま。そんな彼女をなのはは頰に両手を添えてゆっくりと上げさせる。温厚ななのはらしからぬ強引な手段に簪も驚いた顔になる。なのはは何時もより厳しい表情で
「本音ちゃん。」
「ふぇ⁉︎はい!」
不意を突かれた形となり狼狽える本音になのはは至って真剣な表情を佇ませながら。
「整備科に案内して。」
ーー整備科
空調設備の効いた校内とは違いつんっとダイレクトに鼻にくるオイルの匂い。IS学園整備科へと3人は足を運んだ。
「初めまして高町さん。本音の姉の虚と申します。」
出迎えてくれたのはピシリとした背筋にキチッとした身なりをした上級生。布仏虚だ。妹とは似ても似つかぬ虚は下級生のなのはにも丁寧な口調と仕草で挨拶をする。珍しいタイプだがなのはは動転よりも感心を抱いた。しかしそれは憧憬と言うよりは老婆心のもので。
(若いのにしっかりしてるな〜この子。)
高町なのはーもう直ぐ20歳。正直隠し通せる気がしない。
「なのはさん…どういう事ですか。」
文句を言いたげな、実際に有るのだろう簪が不機嫌そうにそう呻く。対してなのははやはり厳しい表情のまま。
「ハッキリ言うね。このままだと絶対間に合わないよ。」
曇らせるというより泣き出しそうな顔になる簪にもなのはは動じない。代わりに冷静に事となりを見る虚に視線を移す。向けられる意見の意に虚も反応し目を向ける。
「ですよね布仏さん。」
「はい。かんー更識さんの専用機のデータはこの子を通して理解してます。」
本音に目を向けながら率直な考えを述べる虚。驚きと非難が篭った目を本音に向け、直ぐになのはが「私が頼んだの」と切り出す。またも驚く簪になのはが視線を切り返す。
「簪ちゃん。ちょっと気負い過ぎじゃないかな?」
本当は簪から思いを吐露するのを待つつもりだったが時期がそうしてくれなかった。
「1人で頑張るのってすごく偉いことだけど、それと周りを頼らないことは別じゃないかな。」
元々簪は専用機の完成に着手する以前から人を避ける傾向にあったと本音を通してなのはは知っていた。その時点では世話焼きが過ぎると思い口は出さなかったが、クラス対抗戦を控えてもまだ1人の姿勢を崩さない簪にいい加減傍観に区切りを付ける事にした。
「簪ちゃんがしようとしている事は、多分このまま1人だと最後まで行かないよ。」
やや残酷とも言えるなのはの叫弾に簪も我観できずに批判する。
「そんなこと…!なのはさんには関係ないじゃないですか⁉︎」
『そんなこと無い』言おうとしたが途中で詰まる。簪自身心の奥底で何度も渡来した思い。それをなのはは敏感に感じていた。あくまでも落ち着いて返答を選ぶ。
「うん、私には関係ないよ。全部簪ちゃんの問題だもん。」
温度差の違う会話にペースを掴めないまま簪は黙ってしまう。
「これからも1人で作業を進めるとしてもし、最後まで完成しなかったらどうするの?」
最後まで、すなわち卒業。その言葉が恐いくらいリアルに感じて思わず固まってしまう。
「簪ちゃんは今は日本の代表候補生でいられるけど、もしIS学園の庇護から出てもまだ専用機の完成が出来てなければ……」
沈黙。くるりと虚に振り向く。
「すいません、どうなるんですか?」
『……』
ため息一つ。虚が代わって続ける。
「専用機の没収が適当ね。」
それに顔を引きつらせる簪。虚は当然というように続ける。
「専用機は量産機とは違う。
絶対数もそうですがそれ以上に
出来る事ならより有益なデータを提供してくれる操縦者に使って欲しいのは当然です。」
そして、少し嫌そうな表情をしながらも虚は厳しく言い放つ。
「専用機を失うという事は候補生を剥奪される事と同義。そして、恐らく二度とチャンスは巡っては来ない。」
つらつらと端的に流暢に並べられる予想。それが簪には恐ろしかった。今まで自分が積み重ねてきた、彼女にとっては更識簪という人間の存在意義全てに他ならないIS操縦者としての地位。それが簡単に、無慈悲に奪われるという現実がとても恐ろしい。
「かんちゃん……」
「……」
顔を青ざめさせる簪を見て親友である本音や、言った虚本人ですら胸を痛める。2人とも彼女の努力を幼い頃より見守ってきたからこそ感じる境地、だからこそ掛ける
熱気を含んだ整備科の空気が更に重く不快になっていく。
パン!
誰も声を上げられない中、不意に弾けるナニカが鼓膜を叩いた。
釣られてそちらを見やると両の手を合わしたなのはが何時もの優しい笑顔で見ていた。驚く3人になのはがどこか申し訳なさそうにする。
「御免なさい、なんか暗くなっちゃったね。」
軽く頭を下げながら「にゃはは」と笑う。
呆気に取られる皆になのはは慌てて取り繕う。
主にダメージの大きい簪を重点的にやっぱり1人で成し遂げようとした気概は偉いと頭を撫でる。さっきと別人の様な姿に簪は首を傾げる。
「……ご、ごめんね?本当、虐める気は無かったんだけど。」
「ただ、このままだと簪ちゃん。背負いこんだまま潰れちゃうと思ったし……」
心の底から済まなそうにするなのは。
「なにより勿体無いじゃん?」
なにが?となる簪が再度首を傾げる。前になのはは言う。
「専用機が出来ないままだと。簪ちゃん本当に凄いのに。」
「専用機の完成が遅れた分だけ誰にもその凄い所見せられないなんて。」
「がんばってきたのに勿体無いじゃん。」
なのははいかに勿体無いか多彩な表情と手振りで一生懸命伝えようとする。そんななのはを見ていると確かにそう思えてくる。
確かに勿体無い。
姉に対抗しての1人での制作だったが、それが返って自分の落ち度として捉えられてしまっている。
それが解ると途端に自分が変な所で意地を張っていると馬鹿らしくなってきた。
「そう、ですね。勿体無いですよね。」
「うんうん。」
顎に手を添えながら相打つ簪に嬉しそうに頷くなのは。
よしっと気合を入れる簪。
「虚さん!」
「⁉︎……なんです更識さん。」
突然のことで思わず簪様と呼んでしまいそうになるのを何とか抑える。
「お願いします!」
勢いよく頭を下げながら懇願する簪。
本音は目を丸くさせる。
なのははう〜んと喉を鳴らす。
虚は少し頭を抑えながら言う。
「それはつまり、専用機の制作を手伝ってほしいと?」
「はい!」
なんの捻りもなくどストレートに頷く。もう少し捻ってくれと内心でそう思いながら虚は優しく微笑む。
「良いですよ。」
というか最初から頼ってくれても全然構わなかった。姉へのコンプレックスがいつしか1人で何でもしなければならないと簪に確信させていた。
それから簪は虚を含めた整備科の先輩達と作業を進めた。元々日本が誇る一流企業主導のプロジェクトだったこともあり基礎はしっかりしていたし、簪の1人での作業も無駄では無かった。完成までそう掛からないと笑顔で近況報告をする簪になのはは一安心した。
専用機の完成もそうだが何より笑顔が見れるようになったのか良い。
「じゃあ行ってきます。今日は稼働テストなんです。」
放課後のチャイムと共に嬉しそうに教室を後にする簪を確認しながらなのはも教室を出る。行き交う級友や諸先輩方に挨拶をしながらその足は上へと向かう。階段を昇るにつれ人が居なくなっていく。いつしか1人も見えなくなった時階段の突き当たりに扉が現れた。屋上の扉だ。
ガチャリとノブを回す。基本的にIS学園の屋上は開けている。
屋上の共有スペースに足を運んだなのははポケットに隠したレイジングハートを起動させる。
魔力で育成した普通の目には見えない弾が辺り一帯を捜索し始める。そして人影がいない事を確認したなのはは反対のポケットから一つの端末を取り出す。なのはが普段使うタッチパネル式の携帯に比べ、かなり簡単な造りだ。なのはは端末に記録されている唯一の連絡先に電話をかける。
ーー
ーーー
2コール。
「もすもすひねもす〜はーい!みんなのアイドル、篠ノ之束さんだよー!」
ーー
ーーー
2しーん
「……ごめん。返事して?」
「束さん、もう24歳なんですから。」
「ごめんて!悪かったって!そこ抉らないでくれる⁉︎」
「あ、一応気にしてたんですね。」
「人に言われるとね。んで、何の用?」
そうだったとなのはは束に同じく近況報告をする。
「簪ちゃんの専用機、完成しそうです。」
嬉しさを伝えるように感情込めて話すなのはに束はあまり興味なさげにふ〜んと嘯く。実際興味ない。
「あの子?この前から言ってたシスコンの子?
あ、コンはコンプレックスのコンね。」
「はい。整備科の子達と協力して造ってるそうなんです。」
「へー、ま、元々財閥お抱えの企業が完成直前まで造ってた奴だし、元が良いからね。学生でも造れるんじゃない?」
適当に言ってみたが、実際簪の専用機の完成度は高い。性能は第2世代から毛が生えた程度だがボルト一つケーブル一本まで精巧に造られた良い仕事だ。流石に一流企業を名乗るだけはあると束もなのはから送られてきたデータを見て思った。
だからこそ束は苛立っていた。
自分は親友の弟と最愛の妹を守って欲しくて危険を冒してまで保護者としてなのはをIS学園に入学させる手続きを踏んだ。身元がないなのはに一から十まで手間とそれなりの金を掛けている。
本来なら赤の他人にしてやる義理はない。
なのに当の本人は妹を見張るどころかまたもや赤の他人に世話を焼いていた。
流石の束も転入生を箒と同じクラスにすることまでは出来なかったのだ。違うクラスで妹と自分の人生にはまるで干渉してこない、彼女の観点から見れば石ころと同義の人間になのはが時間を掛けている事がご立腹だった。
「でも本当に嬉しいのはあの子が本当の意味で笑ってくれた事なんです。」
ノイズ混じりの声越しからでもバッチリ伝わってくる幸せオーラが少し煩わしい。束も少し声に込めて返す。
「当たり前じゃん。」
えっとなるなのはに続けて話す。
「勝手な見栄張りで造って欲しくないんだよ。」
「ISは私が夢込めて造った物なんだから、凡人とはいえ最低限そこは守ってくれなきゃイラっと来るんだよ。」
特に想いを込めた訳でもなく淡々と零される吐露。最後に束はなのはに尋ねる。
「その子本当に笑ってたの?」
肯定するなのはに束はなんの感慨もなく。
「なら良し。」
ーーーー屋上
無論言いたい事は
「乾巧だっけ?」
滅多な事で他人の名前を覚えない束が記憶していた高町なのは後の第2のイレギュラー。
「調べて見たけど戸籍は無かったね。全国の監視カメラからも顔認証で割り出して見たけどこの1ヶ月辺り以前は確認出来なかったよ。」
今から数日前張り込んでいたIS学園の情報網に突然飛び込んでいた男。調べてみるとどうやら千冬が推薦している事が分かった。徹底的に洗い出した束だが、巧に関する情報はまるで出てこなかった。精々変わったバイクを所有している事くらい。
なのはは学園では届かない束の手を補うため巧の監視も兼任していた。
「巧君は今イギリスと中国の代表候補生の2人と仲が良いみたいです。」
「……巧
「結構いい子ですよ?」
「はぁ……そのまま監視続行。もちろん警護もね。」
後半に力を入れてそう告げる。なのはの力を疑う訳ではないがなんだか不安になってきた。
「ゴーレム突っ込ませようかな……。」
「もししたら、バスターしますよ?」
電話越しに釘を刺される束。口頭とは言えバスターを知っている束は途端に底冷えしてくる。兎に角!と念を押す束
「最優先はいっくんと箒ちゃんの警護だからね!ちゃんとしてよ‼︎」
「分かってます。ちゃんと守ります。」
すっかり真面目な口調で決めるなのはに調子を狂わされながら何処か不思議な居心地を感じる束。それを振り払うように切り出す。
「あと一週間でクラス対抗戦だっけ?」
「はい、これから一夏君の訓練に付き合う約束です。」
なのはの言葉に驚くと共に感心する。なんだかんだ言ってキチンとやる事はやっていたようだ。ちゃっかり一夏との関係も持っている事に感心を覚える。
「クラス対抗戦か。」
全校生徒参加のトーナメント戦と比べれば劣るが一大イベントの一つだ。スカリエッティが仕掛けてくるかも知れない。だとすればなんとか先手をとりたいが。思案する束に一つの結論が浮かんでくる。
邪魔される前に邪魔してやるというのはどうだろうか。意外と効果的かもしれない。そう思っていると。
「ゴーレム突っ込ませたら………」
ブレイカーしますからね
「……はい。」
かなり日を開けてしまいました。
簪の悩みの解決ですが、少々強引になってしまいました。
なのはさんは本音から色々と事情を聞き一通りの事は知っています。
取り敢えず少し角が取れた簪ですがまだ一夏の出番は残しています。
※人気投票の開催。詳細は活動報告にて