やりたい。
期間開けてすまない。
呼び出された。
次の日の休校日には既にファイズフォンに届いていたメール内容に従い巧はたまの日曜に早起きをした。
窓の外には海の向こうにある太陽の存在により暗くて明るいという不思議な色合いの空が調子を彩っている。
そんな空でも雲は流れておりそれもまた巧にとってはレアな光景でもある。
いつもとは違う退屈の忘却を与えてくれる趣味を前にして巧はじっと窓の向こうの時の流れに目を通して意識を溶け込ませた。
もう数十分で完全に夜明けになる直前の景色は数分数秒で変わっていく。
暗く普段連想させる蒼の色合いはまるで目立たなかった空が次第にそのカラーを一般知識へと寄せていく。
とても幻想的な光景を見ている気がした。 しかしそれは当たり前のものなんだと巧は思った。
本来ならそれが40億余年かけて安定させてきた
自分の知らない所で毎日巻き起こっていた景色。
そう思うとあれほど幻想的に映っていた光の屈折現象が瞬時に日常的なものに落ち込んだ。
しかしそれは価値が無くなった訳ではなく巧の中では矢張りこれはレアなものであるし眺めていると楽しいものだ。
なんとも処理し難い感想の移り変わりに解らない疑問を抱えながらも巧は刻ごとに変わる僅かな変化を楽しんでいた。
夜明けの明るさを知る巧にすれば僅かな変化は次の色をある程度予想できるものであったがその優しさが巧には合っていた。
そしてそれを楽しむ巧に訪れた急な変動は全く優しくなかった。
リンちゃんなう
乱暴に開け放たれた扉に巧の趣味に対しての理解など無い。
恐らく彼がこうして起きていようといまいと彼女は同じく戸を開けただろう。
そして鈴音は起きていようとは思わなかったらしく「あら」と漏らした。
「アンタって早起き出来るんだ。」
「まず謝るとかしねぇのか」
「ティナならまだしもアンタでしょ?無理無理。」
手を横に振りながらさり気なく巧の寝転がるベッドの隙間に小柄を活かして入り込んだ鈴音は巧が引き剥がす前に口を開いた。
「また雲なんてみてんの、こんな暗いのに、楽しい訳?」
巧の趣味は既に鈴音も知っている。
巧は引きはがそうと頭に伸ばした腕をピクリと止めた。
別に隠している訳では無いがなんだか気恥ずかしくなってきたのだ。
それでも引き剥がした巧は一旦趣味を終了させて鈴音を睨んだ。
「何しにきたんだよ。」
「早起きして暇だったのよ。流石にティナを起こすのは可哀想だったからアンタのとこに来たの。感謝してよね。」
「するかよバーカ。」
憎まれ口を叩き合う2人は凸凹なようでマッチしているように見えた。
暗い蒼が段々と赤くなっていく。
一同の起きる普段よりも大分早起きをした2人の語り合いは起床まで続いた。
ーー
なのはは束と繋がっているお陰でだれよりも早く束からの連絡を貰った。
指定された場所は以前にも指定された郊外の公園だ。
束が買い取ったという私有地だがなのはは脳裏に一抹の不安を入れていた。
「あそこ狭いからな。」
呟くような台詞はここにはいない束に対して。
出来るだけ人目を避けたい事態だ。 束は間違いなくあの管理人室を集合場所に使うつもりだろうがあそこはスペース的に無理がある。
今回行われる会合の参加人数は最低でも前回以上。
立ち上げ人である束と催促した千冬。 そこに異世界人である巧となのはは外せない。 それから異世界の要素を目撃したこの世界の住民達の中でも一番深く関わっているセシリアと一夏。 更には未だ束の連絡からは無いが最近になって自分たちに協力することになったテスタロッサ家族が入るとなるととてもでは無いが狭すぎる。
「鈴ちゃんや箒ちゃんも入るとしたら絶対に余るな。」
心配事は空に溶けていく。
なのはの考え通りに束はそのメールの数日後に各メンバーに向け指定場所と開始時刻を記したメールを送った。
三者三様の言葉通り其々は驚きやある程度の共通認識は解しても別々の反応を抱いていた。
ーー
いつも通りの時間にいつも通りの目覚めをしたセシリアはいつも通りパソコンを開いた。
会社や家事情、更に集めさせた父の情報を知るための日課だ。
そこに束からのメールが届いていた。
教えたつもりの無いパソコンのアドレスを何故束が知っているのかとは思ったが別段隠そうと努力していたわけでは無い。 その程度の備えならあの天災は容易く知り得るということなのだろう。
然程感慨なく開いたメールの内容は簡潔で恐らく100文字もないだろう。 セシリア個人に対してか単にそれを指すもの全てなのかは不明だが余程面倒くさがったらしい。
まあいいとセシリアは早急にその話題を消した。
こちらは情報が手に入ればそれで良いのだ。
サラリと琥珀の髪を静かにかきあげる。
いつも通りにその日を終えた。
ーー
話しかけてきたのは箒だった。
日本人らしい黒髪を後ろで束ねて凛というのが相応しい佇まいにセシリアもまた微笑みを浮かべながら応対する。
「日曜の予定は聞いたか。」
唐突に抽象的に聞かれた内容はしかし直ぐに何を指しているのか理解できた。
彼女も呼ばれていたらしい。
どうやら大会の日だけでは無く対抗戦の際に関わった者も束は招待するようだ。
頷くと箒はそうかとして次にその綺麗な黒髪を軽く弄りながら呟く。
「あの人は何時も急だ。」
文句にも聞こえる箒の独り言だが彼女にとっては今までの束の人となりを知っているためどちらかと言えば諦めに似た達観で言っている。
ただ2人の関係性を深くは知らない者には不仲の単語が浮かんできてしまう。
セシリアはその観察眼でその種類の違いを見分け敢えて口に出すことはしなかった。
「一夏も聞いているらしい、鈴はどうだ。」
大会の日に関しては何も知らない箒はあくまでもアリゲーターオルフェノク襲撃の件に関して言う。
「恐らく伝えられている筈ですわ。」
尋ねてはいないがあの場に居た者はまず招待させられるだろうとセシリアは見ていた。
「そうか……そうか。」
そんな箒に思うところがなかったわけでは無いがセシリアはそうですかと返して箒と別れた。
自分が長年追い求めていた事の一つの手がかりまで残り二日に差し迫っていた。
ーー
母親譲りのバイオレット。
世界でも珍しい紫目のシャルロットはその鮮やかさが引き立つ容姿をしていた。 金色の髪は太陽でも蛍光灯でも照らされた光に際立ちまるで本物の黄金を連想させる。 そんな彼女の美しさが際立っていたのはなんとも奇妙だが男装時だろう。
人は儚いものに愛おしさと美を感じる。
シャルル・デュノアの姿はシャルロットの持つ『中性的』というコンディションが線の細い美少年という形となり最も美しく人にうつさせていた。
ひた隠しにしていた性別という秘密が予期せぬ形でIS学園の生徒達に男女では分類出来ない絶妙な魅力を抱かせていた。
人は珍しい方を有り難がる。
シャルロットが劣っているわけではない。 そもそも本人だ。
それほどまでにシャルルの持ち味は希少度が高かったのである。
計画事態は稚拙とはいえシャルロットに仕込ませた男性としての立ち振る舞い自体のレヴェルは高かった事もありそれを含めたシャルルの魅力はさながら有名絵画の如く生徒達の目を潤し続けた。 つい昨日までは。
今シャルロットの服装は制服。 IS学園指定の改造可能の制服である。 スカート丈を上下に調節させるだけの者もいれば鈴音のように上半身にも一癖を加える領域まで許容された自由度は最早コスプレの部類だ。
その点シャルロットの制服に施されたモノは地味なものだった。
そもそもシャルロットは母の料理のような素朴な味付けの服装が好みだ。
シャルルの時に着ていた男性用の制服も女子校だという事を鑑みれば大幅な改造になるのだがそれは仕方のない事。 事実スカートをズボンにした以外の改造はおこなっていない。
この学園においての自由度から見ればシャルロットの理想通り充分目立たない素朴なものであった。 しかしやはりそれでも常識が覆る衝撃は強いもんだ。
学校再開のSHRにシャルロット・デュノアとして教卓の前に立った彼女の女としての名を空間ディスプレイが映し出した。
シャルロットが笑う。
中性的ながら性別がはっきりした事で以前までのミステリアスさが消えた女の子らしい可愛いらしい笑みだった。
「シャルロット・デュノアです。改めましてよろしくお願いします。」
「えーっと、デュノアくんはデュノアさんでした。」
学生の噂は速い。 その日中にシャルロットの事実は学園中に広がった。
ザワザワと廊下を歩くシャルロットに視線とひそひそ話が刺さる。
覚悟はしていたが放課後になっても未だ落ち着かない騒ぎに多少タジタジになっていたシャルロットは今現在隣を歩く同じく金髪で光線をしなり光らせるセシリアに目を向けた。
例年以上の注目とさまざまな評価を受けるシャルロットを見兼ねたセシリアが色々と反響の大きいシャルロットを見守る意味を込めて登下校を共にすることを申し出たのだ。
「ありがとう。オルコットさん。」
感謝を表すシャルロット。
最初は時間とともに一向に減らない人の壁に見飽きていた彼女は迷惑がかかるからと断ってセシリアもその場で引き下がった。 しかしその後の下校中ふと今までと比べて人の数が少ないと不思議に思い振り向くと自分の直ぐ後ろについて来ていたセシリアが微笑んでいたのだ。
シャルロット視点ではセシリアの温和な笑みしか見えなかったため分からなかったがセシリアは実は彼女に気づかれる前に下校時を狙って今まで身分詐称をしていた謂わば犯罪者とも言えるシャルロットに近づこうとした生徒たちをその温和を見せる笑みを威圧に変えて威嚇し追っ払っていたのである。
思っていた以下の人口密度の低さに人受けの良い笑顔の二つの要素もありシャルロットはセシリアをアッサリ隣に許した。
「オルコットさんは、なんか…ないの?」
「あの…ぼくぅ……わたしの性別について。」
「不審を抱かなかった訳ではありませんもの。」
やはりバレる人にはバレていたかと苦笑する。 しかしそれについて言及することは無い。 元より稚拙なものであったことは自分自身も分かってはいた。
問題はそれを踏まえて自分がその計画を決行したという事。
精神的に正常では無かったとはいえそれはセシリアの知るところでは無い。
それでも目の前の英国淑女は美笑を湛えて当たり前のように答えてみせた。
「人生なんて思いもよらぬ事ばかりですもの、そうしょっちゅう目くじらを立てるのはナンセンスですわ。」
驚いたシャルロットの歩みが一瞬止まりそうになる。
肩を並べて進んでいたシャルロットの姿が後ろへ消えてしまう形となったがセシリアは目線を寮に向けられていたため気づかなかったのか構わず言う。
「デュノアさんは良い方ですわ。シャルルでもシャルロットでもあなたは大事なお友達でしてよ。」
今度こそピタリとシャルロットの足が止まってしまった。
セシリアはそれに対応して静かに歩みを終え、しかし後ろは振り向かない。
小さく啜るような後にシャルロットが隣に並んだ。
「名前で呼んでいい?」
美しい紫目と整った目尻の所為で直前に指で慌てて擦った乱れた跡が見て取れる。
「私もよろしいかしら?シャルロットさん。」
シャルロットはコクリと強く頷いた。
「ありがとうセシリア。」
ーー
「やはりシャルロットさんは存じていらっしゃいませんでしたわね。」
何気なく聞いた日曜の予定日に空白で答えた彼女を思い出しセシリアは独りごちる。
やはり束が招待するのは最低でもオルフェノクかガジェットドローンを目撃している人間らしい。
シャルロットは入らない。 同上の理由でラウラにも恐らく届いてはいないだろう。
縁あって知り合いその後のトラブルにも何かと気にかけていた二人にこれ以上の面倒ごとが無いということにセシリアは取り敢えず安堵した。
ラウラはあの後無事に登校した。
心配をよそに元気を見せた彼女はなんならば前よりもクラスに馴染んでいたようでもあった。
しかし同じく登校してラウラと同じく教卓に立ったシャルロットは未だに心配が残る。
同じトラブルでもラウラの『VTシステム』と『シャルル』は種類が全く違う。
片やドイツ軍お抱えの人間の専用機に国際法違反のシステムを搭載。 搭乗者が一時意識不明の重体に陥ったラウラと、片や今や世界で最もデリケートな場所と言っても過言ではないIS学園によりにもよって身分詐称で近づいたシャルロットでは周囲の人間の評価はまるで違うのだ。
「被害者と加害者……」
一人きりの自室で呟くセシリア。
言い方は悪いがそれだけの差が2人にはあるとセシリアは断言していた。
ラウラに関しては元の人付き合いもそこまで悪くは無かった事もあり比較的波風は立たないだろうと思っていたがシャルロットは別。 シャルルの好感度自体は寧ろ寡黙だったラウラより有るだろうがそれらの好感度を帳消しにしてしまうのがシャルロットのしてきた事だ。
不信感は募るだろう、特に1組の面々からすれば数週間分騙されていた事になるのだから。
級友達の心はもっと広いと信じているセシリアでも教師の目から外れたシャルロットを見捨てるのは躊躇われた。
正義感では無い。
セシリアからすればシャルロットのした事は立派な悪い事であるし、それでシャルロットを責める事も嫌いであった。
シャルロットを助けたそれ自体も正しい事かどうかはセシリアにはどうでもよかった。
ただ両親の教えの通り自分がやりたい事を貫いただけであった。
セシリアはカレンダーを見て再度1人きりの部屋で呟く。
「一夏さんや箒さんにも聞いておかなければなりませんわね。」
別に2人が束に招待されたか自体はどうでもよかったが何となくこれからの1週間が暇であった。
ーー
パチリと開かれる瞼。 血行が戻っていき尚のこと白かった肌が活気を取り戻していく。 今は暗い空のもう少し先の色と同じ蒼い瞳は今日は何時もよりくろかった。
あの日より幾つか産まれたセシリアの
セシリアとしての顔と社長としての顔とオルコット家当主としての顔とイギリスの代表候補生の顔。 それぞれの優先順位が違う彼女達は多重人格とも違うセシリア・オルコットの感情達であった。
それらは何時も同じセシリアの顔のため特に見分けはつかないが復讐者としての顔の違いは目つきに僅かばかりに現れる。
直感の鋭い鈴音をして「なんか怖い」とだけ言わしめた微細さだがセシリアはホークオルフェノクに対して意識を向けている瞬間だけあの慈愛を抱いた蒼を濁らせる。
両親に褒められた綺麗な瞳を黒くしながらセシリアは着替えた。
規律立ったセシリアの見せるイレギュラーは少ないためよく目立つ。
今回は机の引き出しから取り出した外出許可証だ。
思えばこの学園から正式に外へ出たことと言えばこれが初めてでは無いだろうか。 予め記しておいた書類を提出前にもう一度見直す。 基本的に後のことは気にしないタイプではあるセシリアだが今回は父に関しての事なため念を入れた。
やがて異常がない事を認めたセシリアは書類を綺麗に手提げ鞄に入れた。 休日外出の為にチェルシーから酸っぱく言われて用意させた渾身の普段着はセシリアの魅力を最大限に引き出していた。
集合まではまだ時間が有り余っているが今の彼女は待っている気分では無かった。
夜更かしをしていた同居人の熟睡を妨げないように静かに優雅に発ったセシリアは学校の事務室にしては早起きなIS学園の事務室へ向かった。
ーー
雲の流れ。
巧にとっては時間も忘れる珠玉の瞬間。
この世界で初めての友人である鈴音はお気に召さなかった。
「退屈退屈〜」
「静かにしろよ。」
鈴音も声は抑えているのだがやはりこの静寂では響く。
未だ寝静まった空間を壊すのは何かと面倒ごとが起きそうな為巧はギロリと鈴音を睨む。
普段は真向から噛み付くのだが流石に鈴音も負い目に感じてはいるのかその一言で黙り込みそして。
「寝るな、狭いんだよ。」
未だに隣に密着してベッドに入り込んでいる鈴音の頭を鷲掴みどかそうとする。
小柄ながらも爪でも立てているのか微動だにしない鈴音は寧ろくっつく。
セシリアに比べれば幼児体型な鈴音だがそれでも細身でスラリとした体型はれっきとした女子のものだし巧とて健全な男子だ。
一夏のように煩悩を持ちながらも変なところで悟りを共存させた結果での朴念仁ならいざ知らず。
美少女と同じベッドに横たわるシュチュエーションは普通なら動揺して然るべきなのだがいかんせん巧と鈴音の関係は違う意味で親密になり過ぎた。
真理以上かもしれない親密な関係は密度というよりは種類を超越していた。
真理の時には少なからず感じていた異性としての感覚も鈴音を前にはまるで感じない。
まるで猫を或いは犬を相手にしているような素っ気なさをお互いが抱いていた。
そこら辺に関しては割とうぶな鈴音も異性である巧に密着しても特になにも思わない。 ただ雲見が楽しくない今退屈しのぎになにより二度寝がしたいためその場を動かない。
「だったら自分の部屋に戻れよ。」
「いや、なんかもう一歩でも歩くと目が覚める。寝させて。」
より深く毛布に入り込み丸くなる鈴音にもう諦めたのか巧はアイアンクローを取りやめた。 しかし切り上げたのは雲眺めの方でもあった。 ベッドを降りた巧は気になって見上げる鈴音にいつものようにぶっきらぼうに言った。
「退屈なんだったら今から出かけるか。」
鈴音は少し猫のように身体を伸ばした後で頷いた。
ーー本土行きモノレール乗り場
真夏真っ盛りなIS学園の環境が巧は嫌いであった。 極度の猫舌は不快指数にも影響があるらしい。
唯でさえ熱い日照りに潮風のせいでベタつく気候は朝でも嫌だったのだ。
逆にうんざりした巧の横で楽しそうに無駄にリアクションの大きい動きで跳ねる鈴音は寧ろこの気温を楽しんでいるようである。
はしゃぐ鈴音と気怠げな巧はIS学園の門に進む。
巧はなんとなしに門の管理人室を覗いた。
以前は存在していなかった外部からの警備員の男性が鈴音と巧の2人分の外出許可届けを確認して2人の外出を認めた。
軽く会釈をした後上を見る。 やはり監視カメラは動いていた。
あの日限りの奇妙な日常を思い出しながら駅へと足を進める。 ここから先はあの時と同じく日常の見慣れた光景が続いている。
変わらない平穏になんとなくの居心地の良さを感じた巧はチラリと鈴音を見る。
異界の人間である巧にとってこの世界は平常や異常に問わず実に違和感のあるものであった。 目に見える全てが絵画に出来たシミのような不調和音に見えその中にいる自分はとても歪なものに思えてくる。 もしかしたらシミなのは自分の方なのかも知れない。 ここ数ヶ月前まで巧は日曜には必ず外出して朝から夜までオートバジンで地形の探索に赴いていたが今思えばアレは少しでもかつての懐かしい感覚に触れていたかっただけなのかもしれない。
横目で自分の視線に気づかない鈴音は他の景色に比べて非常に馴染む。
最初こそ他のシミと同じく自分とは相容れない水と油のような感覚を覚えていたのにも関わらず今こうして一緒に連れ立って歩いている様は今までの生活の何よりも合っているようである。
そして横目によりいち早く彼女の到来に気づけた巧はもう1人の安らぎの存在である筈なのだがお互いのわだかまり的に素直に喜びをあらわに出来ずに結果少し不躾に話しかけた。
「よう。」
仄かな潮風が綺麗な髪を揺らす。
豊かな微笑みを向けられた。
細められた青い瞳は少し黒かった。
ーー
相変わらずスカスカなスペースに停められた銀色のバイクは主人の帰還に喜んでいるのか誰も操作していないのにヘッドライトをチカチカと光らせた。
「あ、ばか。」
驚き声を上げる鈴音に慌てて周りを見渡し人が居ない事を確認した巧はオートバジンのタンク部分を軽く蹴飛ばした。
「なによそれ。」
「なんでもねぇよ。」
「なんでもないことないでしょう。なんで1人でに動いてんのよ。」
「バイクも動きたい気分なんだよ。」
無理矢理押し通した巧はオートバジンにキーを差し込もうとして、一歩引いた位置にいるセシリアを見た。
あれから社交性のある鈴音のお陰でモノレール内では会話の循環に事欠かなかったが巧とセシリア自身はまだ駅での一言以降何一つ口をきいていない。
セシリアは相変わらず2人のやり取りを微笑ましげに見ている。
「なあ、お前も結構早く起きてきたけどこの後どっかに寄んのか?」
指定された時間まではまだ早い。
郊外の場所である事を差し引いてもかなり間がある。 事実一夏はまだ眠っている。
セシリアは恐らくまだ朝食はとっていないだろうがそれでも暇な時間は正直無駄に思えた。 完璧超人のセシリアらしからぬと思い尋ねたのたがセシリアは思いもよらぬ答えを出してきた。
「いえ、今からでしたら丁度着く計算ですの。」
頭にハテナを浮かべる巧とこちらも小首を傾げる鈴音。 はて、自分達はオートバジンを使うためかなり余裕が生まれる。 そうでなくともバス亭も途中までではあるがキチンと公共交通の便もある程度あり余裕があり過ぎるからだ。 そんな2人にセシリアは説明した。
「いえ、実は走っていこうかと思っていますの。」
「はあ?」っとなる2人は暫し思考が追いつかなかった。
「走るって…軽く20キロはあんだぞ。」
「大した距離じゃ有りませんわ、その程度でしたら1時間もあればお釣りが来ますもの。」
「アンタ本気で言ってんの?……その、」
目を落とす鈴音。 私服であるセシリアの格好は正に改造した制服をそのまま普段着にしたようなものであった。
純白のロングスカートはスラリとした脚を膝下まで隠しておりとてもこれから膝を振り上げて疾走する人物とは思えないほど上品に彼女を飾っている。
なにより鈴音の目線は下に向いていた。
「それに、ヒールじゃん。」
高級そうな下品ではない程度のオシャレな靴は高くは無いが確かにセシリアの踵を上げていた。
「アンタそれで走ったら50メートルしないうちに後悔するわよ。」
「キャリアウーマンの方は汗水流していらっしゃいますわ。」
「OLはべつに長距離走なんて走んないから。」
鈴音のツッコミもセシリアは軽く流し、
「では、朝食をとってからこなれてから出かけますわ。お二人共、スピードは出し過ぎないようになさってね。」
駐車場から出て行った。 交通量の少ない中ヒール特有の足音が響く。
無言でそれを見送る2人。
どこか唖然という感じでやがて目を合わせた。
「マジで走ってくると思うか?」
巧が口を開いた。 鈴音がまさかと笑った。
「確かに履き慣れてるみたいだけど……ホントにヒールって走るもんじゃ無いわよ。」
「走った事あんのか。」
巧の問いに鈴音は己の実体験を引き出した。
「中学ん時マセてお母さんの昔のヒール履いて遊んだ。」
十中八九、一夏に異性として見てもらおうと思ったのだろうと巧は確信した。
「どうなった。」
「二、三歩でぐねって顔面からアスファルトに転んだ。」
「馬鹿だろ。」
「バカだったわね私。」
はっきり言う巧とはっきり認める鈴音。
『ピロロロロ』
「ほらコイツも馬鹿だってよ。」
「うるさいわね、わかt…ってやっぱ喋ってんじゃねぇかソレ⁉︎」
「あ、やべっ…」
静寂な屋根付きの駐車場によく響いた。
ーーおまけーー
「レイハさんとバジンたん」
レイハさんはバジンたんが好きです。
バジンたんもレイハさんの事が好きです。
この…二体?二機?二台?取り敢えず人間らしく二人と呼びましょう。
この二人の馴れ初めは割と早いものでバジンたんのご主人様であるたっくんが彼をIS学園行きのモノレール駅にある立体式の駐車場に停めた事が始まりです。
そう、つまり転入生待遇でレイハさんのご主人様のなのはさんがたっくんにモノレール駅で話しかけていた頃にはもう二人は離れた位置で互いに知り合っていたのです。
それは異世界旅行で備わった2人の魔法みたいなものだったのかも知れません。
レイハさんは彼女単体では魔法の行使は出来ません。 そういう機能はレイハさんには無いからです。
しかしこの世界に来てから、正確にはバジンたんに会ってからレイハさんは彼にだけは離れた位置からでも彼と交信が出来るようになったのです。
それはとても短くレイハさんの内部フレームにも負担が掛かるものでしたがレイハさんは交信を続けました。
そしてバジンたんもかつては無かった魔法の受信機能を手に入れレイハさんとお話しをしました。
それがファイズフォンからのコード認識をするための機能と同じ部位が働いている事は分かりましたが何故そんな事になったのかは彼にも分かりません。
そんな分からない二人は不思議と惹かれ会ったのか彼等のお話は数日おきに一回だけ僅かな時間でしたが機械である彼等は非常に効率的に伝えたいことを伝え合いました。
そして元々高度なAIを持つ彼等はそれを繰り返しているうちに相手に人間でいうところの感情に似た認識をするようになりました。
二人の優秀な頭脳はそれを人間流に言えば「恋」に当たると結論づけました。
それから二人は互いにカップルとして付き合い始めました。
しかし所詮はメカである彼等に人間のような緻密で複雑な感情の起伏は再現されず。 結果としてそのやり取りと双方のパートナーに対しての認識を言語変換で表した内容は人間からすれば非常に単的で質素なものであります。
今日も二人はお互いに交信をしました。
話しかけるのは何時もレイハさんからです。
交信は彼女しか行えません。
「バジン君、巧様と鈴音様は貴方に乗って移動するのですか。」
バジンたんはピロロロと答えます。
「分かりました。」
レイハさんはどんな簡単なものでも一度終わった話題に執着しません。 直ぐに次の話をします。
「以前見させて頂いたバジン君の変形機構ですが、私なりに感想を用意してみました。」
ピロロロとバジンたんが聞かせてほしいと言います。
「かっこ良い。それから浪漫に溢れていると思います。」
バジンたんはお礼を言いました。 電子音に抑揚などはありません。 ただレイハさんには言語化した時の文字の羅列のような無機質なバジンたんの言葉が分かるだけです。
レイハさんも機械なので特に感慨なく進めます。
「また会いましょう。」
バジンたんも同じ返答をしました。
AI同士のお話は何時も事務的に終わります。
田中ジョージア州は昔母親のヒールで走ったことがあります。
変な筋肉使ってスっごく疲れました。
ありゃあ走るもんじゃねぇぜ……
※人気投票の開催。詳細は活動報告にて