IS:ボンド   作:田中ジョージア州

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お・ま・た・せ☆ (殴




41話 不安の塊が織りなす世界

なのはを届け終えた束は無事に本土の山奥へと着陸した。

ラボに残したクロエの指示で夜のうちに集めさせておいた対福音用のゴーレムはいつぞやなのはが見た種類とは大きく容姿が違っている。

以前の所謂ずんぐりむっくりしていた黒のボディはより無駄を省いたスタイリッシュな深いワインレッド色になりより攻撃性を感じさせるみためとなっている。

以前のモノレール駅での戦闘の後更なる戦力アップを考えて束により更に改良を重ねられたゴーレムⅢだ。

シールドエネルギーに作用して相手ISにダメージを与える対IS用ISといえるこれは高い能力を誇る福音を確実に葬るだろう。

機体の最終確認を終えた束はふと背後から感じる気配に素早く振り向いた。

 

そんな束にあら、と薄い反応を見せたのは今回監視役を頼まれたプレシアだ。

 

「怖い顔ねぇ。」

 

プレシアの茶化すような言い方に束は目尻を少しひそめる。

プレシアはわざとらしく「きゃっ」と言い両手を前に小さく降参のような仕草で上げ怯えて見せる。

 

「なにか変わった事は」

 

口を開いた束はやはりプレシアの予想通り不機嫌であったが幸いそれを今ここで発散して時間を潰す事を無駄と却下する程度には冷静なようでまたプレシアもそれ以上ちょっかいをかける気は無くしかし仕事の成果自体はお気に召すものでないのは素っ気ない左右の首の振りに記されていた。

 

「生徒の方は織斑先生から保証されているから後は一般の宿泊客ね。幸い数も多くないから把握できているわ。」

 

そう言いプレシアは顔の横で上へ指した人差し指からポンっと紫色の光球を生み出した。

なのはの使うものとは少し違うがサーチャーである事はわかった。

魔法使いであるプレシアにとって監視に場所は関係ないらしい。

 

「一応近隣の民家にも飛ばしているけど大きな動きは無いわね。」

 

プレシアは何時ものゆったりとした焦りのない調子で恐らく数十に達するサーチャーを同時進行させながら笑う。

 

「ちょっと待って…」

 

不意にその笑顔が曇った。

暫しのあいだ余裕を消して黙るプレシアに束も福音へと逸る気持ちを慣れない我慢で押しとどめる気にした。

その時間はそれほど長くはなくやがてプレシアはハキハキとした口調で束の緊張を高めた。

 

「一夏くんに近づいてる。多分魔導師かオルフェノクよ。」

 

やにわに殺気立つ束にプレシアも流石に面を食らう。

千冬やなのはのお陰で分け隔ての幅が広がったとはいえやはりまだまだ一夏達は彼女にとっては特別な存在だ。

そして矢継ぎ早に此方を向く事でその気迫に当てられたプレシアは珍しく萎縮する。

 

「どこ?」

 

見る限りで血走った以外に表現しにくい束の眼光は決してそれを向けられる対象ではないプレシアを緊張させるものであった。

しかしそこは年の功か。

おびまずに冷静にいつも通りにしかし緊急時なのでふざけずにプレシアは自身に強化の魔法をかけて束を手招きして走り出した。

束の身内の問題になると周りが見えなくなる癖はどうかとは思うが緊急事態な事はプレシアにとっても事実である。

本職は戦闘職では無かったがそれでもプレシアの魔力運用と魔法への熟練度は並の局員の水準を超える。

サーチャー一つ取ってもより低カロリーで効率的な使用法を知っている彼女お手製の監視網は其々のサーチャーの感知できる限界を実に賢く埋め合わせた。

 

相手への情報こそ乏しく後手に回らざるを得なかったとはいえ一夏の身辺に近づく者はそれこそ千冬であっても細心の注意を向けていたプレシアがましてや赤の他人が接近するのを見逃す筈がないのだ。

だというのに現在一夏の直ぐそばに現れたスーツの男はまるで最初からそこにそうして立っていたかのようにアッサリとプレシアの意識の内側へと現れたのである。

平然と一夏へと歩み寄る男は見ようによっては親しげで服装の場違い感を含めても一見何処にでもいそうな雰囲気であり同時に非凡の塊てあった。

 

走る中サーチャー操作と当時並列で思考を巡らせるプレシアはすぐに少ないながらも完璧に近い推測を立てていた。

 

(考えられる手段としては空間転移か高度な認識阻害、後は物質通過跳躍魔法で地面から現れたか…)

 

博識なプレシアが瞬時に思い付く特殊な事例。

それらは直ぐに選択肢を減らしていく。

正しく言えば全却下だ。

 

(サーチャーに付けた魔力感知に反応は無かった。それでも術が無いわけではないけれど…)

 

そうしながらもプレシアの結論は既に彼女の第数番目の瞳を買って出た光球が写す眼下の男の正体を魔法成らざるものだと言っていた。

勘と言えばそうである曖昧な理由だが正しく述べるとすればそれは彼らと同じ異世界人として無意識に感じる同調ともいうべき不思議な力であった。

 

(巧くんの話ではオルフェノクは形態を変化させる力の他にも特殊な固有能力を有している個体が居るということだったわね。)

 

Mr.ジェイの三度の命、村上の瞬間移動、北崎の灰化能力。

一部の身体能力地の向上程度ならば未だしも基本的に変身をしなければ使用できないオルフェノクの力を彼らは生身でも使用が出来る。

彼ら上級オルフェノクは変化する前の状態である脆弱な筈の形態でもオルフェノクの力が使え、並のオルフェノクならばそのままあしらってしまうという。

だとすれば眼下のスーツの男はまさにその一握りの1人だろうとプレシアは当たりを付けた。

 

あの男はオルフェノクだ。

 

だとして一夏本人による自主解決を期待することは勿論出来ない。

寧ろ下手な魔導師よりも危険な敵だという事で救出法に対してプレシアは形振り構って居られなくなった。

 

「束ちゃん!先行くわ!」

 

人目を度外視したプレシアは飛行魔法を自身に掛け猛スピードで花月荘へと向かっていった。

魔法の力は出来る限り秘匿しておきたかったが一夏に接近する謎の男の正体がオルフェノクとなれば致し方ない。

生暖かい空気を切り裂きながら飛ぶプレシアの脳裏に後悔のふた文字が過ぎる。

しかし振り向きざまに見た束の顔で安堵と変わる。

 

なんとも言えない。

正にそんな顔を束はしていた。

今やろうとしていたことを意図せずに自分によって潰されて急な手持ち無沙汰に混乱しているかのような印象を受けたプレシアは直ぐにその答えに考えつき背筋にひやりと来るものを感じ本人に聞こえないように呟いた。

 

「ゴーレムの質量兵器なんて洒落になんないわね。」

 

軟化したとはいえ未だに他者への配慮は意識しなければ道端に落ちている小石並みに無関心になってしまう束の事だ。

一夏の危機となればそれは同時に千冬と箒にも言える事。

この世で最も彼女が重要視する三人と理解しているとはいえあくまでも彼女自身に根付いている訳ではない他の大衆的な一般道徳概念における無実な少女達と観光客、どちらが配慮の対象になるかなど考える意義も無い。

社会人が1+1の答えを要求されたように脊髄反射でプレシアは束が彼らを守るために現時点で間に合う最大火力を男にぶつけようとするだろうとすぐに思い至った。

 

束は天災だが妙なところで足りない所がある。

それこそゴーレムの全火力を怒りのままに守り人である一夏の数メートル範囲の敵に対して行使しても可笑しくない。

 

(流石にそこまで子供じゃあないでしょうけど一夏くんが粉微塵になっちゃったらマズイわね。)

 

そっちに比べたら最早魔法の秘匿くらいどうとでも融通は効く。

ミッドでは規制や資格などで雁字搦めなため忙しかったプレシアは結局最後まで正式な形では取る事が出来なかった飛行魔法を華麗に使いこなしながら花月荘へと飛ぶ。

原理自体は大して難度は高くないのでプレシア程ともなれば使用すること自体は簡単だ。

そして運良く近辺に人目の無い場所を見つけると音もなく着地。

同時並列で動かすサーチャー達から得る映像で逐一男の様子を確認しながらその距離を詰める足取りの緩やかさに警戒を強める。

 

「敵意は無さそうね。」

 

そう言いながらもプレシアの手順は一向に止まらない。

冷静に辺りに細心の注意を払いながらも大胆な手法で抗議の意思を執行する。

勤めていた会社からは『条件付きSSクラス』の称号を頂いたがプレシア自体の魔力総量ではかつて娘やアースラに対してやったような大規模なものは無理だがこの距離ならば今の状態でも可能だ。

魔力を込めながらサーチャーの目で見る男は遂に一夏と接触した。

 

 

ーー

 

「村上さんですか。」

 

簪さんが無感動に呟き村上峡児さんがええ、と微笑む。

どうでも良いけど簪さんの無愛想って初対面の人でも変わんないのな。

馴れ馴れしいとの事で弾からは「フレンドリーマン」と謎の固有名詞によりからかわれて何故か当時はその言葉にムキになり「俺の勝手だろう」と喧嘩に発展して(しゃんと仲直りはした。)少し身の振りを改めようと思ったキッカケになったのだが簪さんはそんな機会は無かったのだろうか。

 

そんな風に考えていると村上さんが「では、」と手振りを交えて切り出す。

動作だけなら日常生活でも珍しくない動きなのにそれをする村上さんはまるで大観衆の前で堂々とスピーチをしているかのような印象を受ける。

 

「名乗りついでにお嬢さんのお名前もお聞きいたしましょうか。」

 

急に失礼。

ワードだけ取り出せばそんな返しをされてもまあ首を傾げないナンパの台詞みたいなフレンドリーもこの人が言うと本当に品格あるものに変わる。

村上さん自身ナイスハンサムな男性だし本物のナンパとしても威力がありそうだ。

実際それまで言い方は素っ気なかった簪さんは答える口調こそ元のままだが言い方に少し親しみを込めて村上さんから関わられることをある程度許しているように見えた。

 

「更式です。」

 

しかし俺には苗字を呼ばせないくせにいざ知らない人相手だと名前を隠すのは少しムッと来なくもない。

まあ女の子は色々と身を守るすべを持っていないとダメなのかもしれないと納得して俺は観覧席に移動するかのように2人から少し離れて会話の流れを傍観する事にした。

簪さんに見つかり「逃げんなコラ」とでも言わんばかりに無言で睨まれたが元々は簪さんからこっちの会話に入ってきたのが悪いのだ。

俺は久しぶりに悪戯っ子みたいに笑ってからかってやった。

 

やはりというか喋り出したのは村上さんだ。

 

「ところで更式さん、貴方はイカロスをご存知ですか?」

 

えっとなる簪さん。 俺も。

 

口火を切り話題を広げる役割を自ら担当した村上さんは流石に達者で普通ならありきたりなワードが浮かびそうな場面を易々と乗り越える。

恐らくそういう話題が来れば省エネ系女子の簪さんの事だ。 それこそありきたりな返答でさっさと話題を終わらせてしまうだろう。

そんな無関心の塊みたいな簪さんは意外な程アッサリ村上さんから話題に興味を抱いたようで驚くほど饒舌に返答した。

 

「ギリシア神話に登場する蝋で固めた翼で空を飛ぶ人物ですよね?最後は高く飛びすぎて太陽に身を焼かれたと記憶してます。」

 

情報自体は俺もかつての記憶から引っ張りだせる程度の事だが逆に模範的で難しいスラスラっぷりに思わずお〜っと漏らしてしまう。

俺と同じ思いなのか軽い拍手で村上さんは讃えた。

そしてそこからは俺も知らないイカロス話を展開した。

 

「その通りです。ダイダロスという大工の父を持つイカロスはある日王様の怒りを買い塔へとダイダロスとともに幽閉されてしまいます。

因みにこの王、ミノス王はもう一つの有名なギリシア神話の怪物、ミノタウロスの父親でもあります。」

 

「へ〜。」

 

いつのまにか簪さんのおどおど具合を見てやろうとしていた俺はスッカリ村上さんより次々と出てくるイカロス物語に真剣に聞き入っていた。

 

ーー

 

投獄された父と息子は冷たい石造りの牢屋の中で一年中、たった1日の例外もなく外の世界から隔絶されてしまいました。

いつも通りに2人を閉じ込める塔の壁は外どころか彼らの心の暖かささえも日に日に奪っていきました。

薄暗い牢獄の中で彼らに許された娯楽は塔の吹き抜けの窓から見える空の景色だけです。

イカロスは牢屋での生活の殆どを熱中して窓を見上げることに勤しみました。

 

どこまでも高く青い空にイカロスは憧れたのです。

 

彼は常に空を見上げました。

曇りの日は青い空を隠した雲の向こうにある青を想像して見上げました。

そんな彼だからその日が晴天の日だと跳びはねて喜びました。

時折窓から入ってくる鳥の羽を拾っては父親に見せつけそれを自分の背中にくっつけて飛ぶ真似をしました。

イカロスは空と同じくらい鳥にも憧れていたのです。

 

ある日父であるダイダロスは2人分の大きな翼を作り上げました。

優秀な大工であったダイダロスはイカロスが拾う羽を集めて人間用の大きな翼を作ったのです。

大きな鳥の羽は糸で、小さな羽は蝋を溶かして留めました。

長い年月がかかりましたがその分イカロスの喜びも大きいものでした。

ようやく自分もあの空へと飛び上がれる、と。

 

翼を背中に付けながらダイダロスは息子に言いました。

 

「イカロスよ、空の中くらいの高さを飛ぶのだよ。あまり低く飛ぶと霧が翼の邪魔をするし、あまり高く飛ぶと、太陽の熱で溶けてしまうから。」

 

霧で翼が重くなってしまえば落ちてしまい高く飛び上がると羽同士を留める蝋が溶けて落ちてしまうからです。

 

2人はずっと見上げていた大きな窓から空へと飛び上がりました。

生まれて初めて空を飛ぶ感覚は実に気持ちの良いものでした。

憧れていた青い空の中を同じくらい憧れていた鳥たちと一緒に飛びながらイカロスはまるで作り物とは思えないくらい上手に翼を操りました。

飛び方はずっと窓から鳥を観察していたので分かっていました。

かつての友人達が空を飛ぶ2人を見上げて神の姿だと騒ぎました。

 

イカロスは有頂天でした。

 

もう塔が見えなくなるまで遠く海の上まで飛んできたイカロスはふといつものように空を見上げました。

窓の向こうで大好きだった雲ひとつ無い晴天がそれまで以上の大きさでイカロスの目に飛び込んできました。

果ての見えない青い空にイカロスは文字通り舞い上がりました。

 

高い空はそれだけ広く、それも魅力的だったけれども塔からずっと同じ高さで横へ飛んできたイカロスは迷わず上へと吸い込まれるように飛んでいきました。

 

父の作った蝋の羽はとても優秀でイカロスはあっという間に青い空が黒くなるまで高く飛び上がりました。

初めて見る景色に驚いたイカロスはそのまま下を見下げました。

初めて見る下の風景はさっきまでの青でした。

 

憧れていた青い空はその向こう側に黒い空があったのです。

 

圧倒されて青い空を見下げていると急にイカロスの羽がバラけました。

黒い空に浮かぶ太陽は彼が背中を向けた隙に蝋の繋ぎを溶かしてしまったのです。

飛んできた速さと同じ速さで青い空へと落ちていったイカロスは最後に青い海へと沈んでいきました。

 

 

ーー

 

「そしてイカロスは今で言う地中海に落ち、彼が落ちた海は彼の名前から取ってイカリア海と呼ばれ後世に伝わっているのです。」

 

村上は最後にこう言って締めくくった。

 

「イカロスのこの話は勇気と傲慢という対立するメッセージが読み取られています。」

 

「勇気とは、まあ疑う余地なく塔から脱出するため未知の世界へ果敢にも飛び上がって行ったイカロスの行為を讃えるものです。」

 

「対して傲慢ですが、これはこのイカロスの物語が元はアンチテクノロジーな思想を含んでいる事に起因します。」

 

いつのまにか暑さで汗が滴るのも忘れて身を乗り出して村上の話を聞く一夏と一歩引きながらも聞き入っている簪。

村上は引き込まれるような魅力ある語り口で尚もイカロスを語る。

 

「過ぎた力は身を滅ぼす。この作品では、ダイダロスの工作技術の凄まじさで作られた翼を手にしたイカロスが言いつけを守らず、己を過信し結果的に太陽で身を焼かれることになったように、科学の発達は最終的には災厄となり人間自身の身に降りかかる。というのがこのイカロスに込められたメッセージなのです。」

 

「行き過ぎた力……」

 

呟く一夏。

 

この数ヶ月で彼の周りでは正にそんな表現が相応しい、人知を超えたモノが溢れかえっていた。

 

(なのはさんの魔法も乾のベルトもあの2人の世界でもそんな感じの行き過ぎた力なのかな。)

 

こればっかりは2人の話だけでなく実際にその世界に行って感じてみないとには分かるまい。

村上が口を閉ざしたことで自由になった時間で一夏は溢れ出たそんな気になることを頭の中で変化させていった。

 

(やっぱISかな。束さんに言ったら怒るだろうけど…)

 

イメージしやすいのは矢張り自分の腕にも待機状態で付けられているこの機械だ。

未だ世界の誰も編み出さないでいる粒子変換の技術は正に無から有を生み出す神のようなオーバーテクノロジーだ。

元は宇宙を目指すため作られたところもイカロスと似ている。

もしかしたらISがいつか作り手の意思に正しく叶うことがあったとして、その時は翼を焼かれたイカロスのように身の丈をわきまえないということで人間も天罰を受けてしまうのだろうか。

腕輪を見ながら一夏は暫く考え込む。

さざ波と無邪気に楽しむ声がやけにハッキリと聞こえてくる。

 

「しかし私はこのイカロスの作者の考えに一石を投じたいと前々から思っているのですよ。」

 

中断した流れを元に戻したのもまた村上だ。

相変わらず底のしれない読めなさを持っているが今度の彼はどこか誇らしげであった。

 

「と、仰いますと?」

 

代表する形で簪が聞く。

頷きながら村上は饒舌に語った。

 

「そもそも行き過ぎた力という表現がなぜ生まれたのか、恐らくこの言葉を考えた人物は『進化をしない人間という種族が外部から力を仕入れても、結局自分のものではないのだからコントロール出来ない』のだと考えているのではないかと思うのです。」

 

「はあ…」

 

分かったような分からないような返事をする一夏だったが、進化をしないという点については自然と溜飲が詰まらないで「そうかもしれない」と思えた。

進化をしないということは成長もしない。

適応もしない。

そんな中科学だけが伸びていき最終的には人間の手には負えなくなる。

そんな風に一夏は村上の持論を噛み砕いた。

 

「では貴方は人間が進化しないという点が疑問だと?」

 

同じく納得していた簪はより高い位置へと思考を向けていたらしい。

それに対して村上は自信ありげに頷いた。

一夏が初めて見る村上の俗っぽい所だった。

 

「人間は進化をする!」

 

熱を込める村上はまた別の意味で人を引き込んでいく。

 

「私はね、人間の進化の可能性を信じているのですよ。いつか人間はより進化した存在となりその時には世界中に存在している争いや、環境問題など、かつてのイカロスのような天罰の原因ともなり得る問題をより優れた科学の力により解決するとね。」

 

そう語る村上は本気でそのビジョンを思い描いているようである。

そんな村上を前にして一夏はある身内を思い浮かべていた。

 

(そういえば束さんも夢を語るときはこんな感じで子供みたいに純粋だったなぁ。)

 

性格面では、紳士な村上とは似ても似つかないが一夏には2人が被って見えた。

 

「そしてその進化する力を持っているのはあなた方若い人たちです。これから様々な困難が立ち塞がるでしょうが、決して挫けずに進化への道を歩んで頂きたい。」

 

気づけば村上の手が一夏の肩へと置かれていた。

なんだか義務感のようなものが湧き上がってくる。

村上の熱に感化されたか一夏は一時的に軽い興奮状態であった。

 

「はい!頑張ります!」

 

「…分かりました。」

 

少し遅れて簪も村上に頭を下げる。

それを頷きで返した村上は労いの言葉を掛けて別れの言葉を言う。

どうやら待ち合わせの時間になったようだ。

それに2人も其々別れの言葉を掛け

 

 

紫の雷が晴天の空から舞い降りた。

まるで出過ぎたイカロスに降り注いだ太陽のように雷は村上を打った。

 

瞬間、和やかだったビーチが殺気立ったようにピリピリとした雰囲気となる。

落雷の現場を目撃した人間たちが混乱と恐怖の悲鳴を上げ楽しげだった空気を戦慄とさせた。

 

「織斑ァ、更式ィ!」

 

張り詰めた声がかけられた。

思わず振り向くと水着の上に上着を羽織った千冬が駆け寄ってきた。

見ればその後ろでは各教師陣が自由行動で散らばって其々パニックや困惑を引き起こしている生徒達の収集に当たっている。

 

「大丈夫か⁉︎」

 

投げかけられた言葉にハッとしたように一夏は村上が雷に打たれたという事実に思考が動き出す。

 

「ち、千冬ねぇ!今、人が!」

 

混乱する一夏は泣きそうな表情で千冬にすがりつく。

流石の千冬もこんな時まで教師と生徒の関係を要求する事は出来ないのか一夏の肩に手を置き落ち着かせる。

 

「落ち着け織斑。お前たちは大丈夫なのか?」

 

労いの言葉はしかし一夏を興奮させるだけだった。

千冬の言葉がまるで打たれた村上をどうでもいいとでも言うようなものだったからだ。

 

「何言ってんだよ⁉︎人が打たれたんだよ!」

 

叫ぶ一夏は千冬の上着を掴み訴える。

しかし千冬は少し虚を突かれたように止まり、

 

「何を言っている、お前たち以外に落雷地点に居た人間は居ないぞ。」

 

理解ができなかった。

 

「一夏くん…」

 

簪が若干震えた声で一夏の肩を叩く。

嫌なものを感じながら振り返って一夏は改めて目の前で起きた出来事を正しく認識した。

落雷の衝撃らしい舞い上がった砂埃はしかしそれでも人一人分の体積を隠しきれるものでは無かった。

 

そこに村上の姿は微塵も無かった。

 

「どうなってんだ」

 

呆然とする2人に千冬の声が掛けた。

 

「兎に角、花月荘に一旦避難するんだ。」

 

言われるがまま連れて行かれる一夏はずっとあの気品あるスーツの男を目で探していた。

程なくビーチから人が居なくなった。

波打ちの音と時折入る風に揺られる木々のざわめきが支配する中やがてやって来た生物系の砂踏みの音が規則正しく聴こえてくる。

一連の騒動に全く動じて居ないらしい落ち着き方は彼女がその超自然現象の生みの親だからだろう。

 

「逃げたか…」

 

辺りを見渡しながらプレシアは今しがた行使した魔法をぶち当てた筈の村上の姿を探す。

どうやら見据えられていたか、直前で姿を消して回避したようだ。

 

「まったく…次から次に強そうなのが出てくるわね。」

 

ぼやくプレシアは続いて自分と同じような生物的な音を聞いてその主を確信、振り向く。

 

「ごめん。逃したわ。」

 

「いっくんは?」

 

「無事よ。」

 

「そう…」

 

心底安心したという風に束はそれまでの怖い顔から息を吐き和らげる。

矢張り余程心配していたのか脱力する束は今にも崩れ落ちそうだ。

プレシアはもう一度辺りを見渡す。

村上の姿はやはり見つからなかった。

 

「そろそろなのはちゃんと巧君の方でも戦いが始まっているころね。……行けそう?」

 

まるで実際に戦ったような気の抜けようにプレシアも心配になる。

銀の福音の処理を束が担当することはプレシアも知っていた。

しかし今の束にそれを任せるのは荷が重いのかもしれない。

しかし束はすっくと背筋伸ばすと決意の篭った目でプレシアに向き直った。

 

「勿論。」

 

一言だけ述べた束はそれまでと打って変わってしっかりとした足取りで歩みをゴーレム達の元へと戻す。

やがて彼女が視界から消えた所でプレシアは取り敢えず3度目の正直でもう一度見回し、

 

「あ、」

 

居た。

 

「貴方の魔法か。」

 

生徒を非難し終えた千冬がプレシアの前へと現れたのだ。

途端に居心地が悪くなるプレシア。

別に恥ずかしいことはして居ないつもりだが今まで見つからないようにしていたためアッサリ見つかってしまうと気が狂ってしまう。

千冬はすっかり砂埃も治った落雷の地点を見ながら近づく。

 

「あ、あの、織斑先生…今のはその、なんというか。」

 

どもるプレシアは千冬から目を逸らす。

彼女からすれば自分は危うく一夏と簪を黒焦げにするところだったのだ。

説明に詰まるプレシアに、しかし千冬は攻めることをしなかった。

 

「解っている。束から襲撃の可能性は聞き及んでいる。肝心な詳細は何も伝えてくれなかったがな。」

 

「一応生徒全員から目は離さないでいたつもりだったがどうやらそうではなかったらしいな…」

 

「…見えなかったの?敵さん、結構な時間弟さんと話し込んでたけど。」

 

「なに?」

 

千冬が信じられないと言わんばかりに反応する。

 

「いや、織斑には何時ぞやの襲撃の件も含めて特に気を払ってはいた。そんな振る舞い、見逃す筈がないんだが…」

 

顎に手を当てながら千冬は眉を顰める。

プレシアは無駄と知りつつも見渡す視線を止めることができなかった。

 

「………」

 

ぼやく言葉は、無かった。




すんません、遅れました。

スコールさん倒すのに手間取りすぎました。

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて
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