IS:ボンド   作:田中ジョージア州

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かーなーり遅れました。

前半のやる気っぷりが羨ましい……
一回ケータイを開くごとに数十字ずつこつこつと打ってここまできました。



43話 前夜

混乱とは時間が解決する。

しかしやはりそれは即効性がある訳ではない。

未だにほんの数十分前の出来事である落雷事故の不安に対して、教員達は「共同体を分ける」という手段を取って対策した。

先ず最初は全員が大広間に集められており、その時の様子は正に「混乱状態」といった所であった。

それは始まりはたった1人の不安の声であったが、短い時間で伝染し、あっという間にほぼ全員に広まった。

千冬が代表して連絡事項を伝えようとした時にはもう初めの不安が視界いっぱいに広がっていた。

それでも構わずに連絡だけは済ませた千冬だったが、その後のアフターケアの段階となると少し詰まってしまう。

それだけ生徒達の自分を頼る目つきが弱々しく、どうしても庇護の手を考え付こうとしてしまった。

 

(一言二言の雑多な台詞でこの混乱は落ち着くまい。ならば混乱を細分化し、手に収まるように処理してもらうべきか。)

 

人は集団生活に安らぎを求める。

他人との共有により喜びはとても大きくなるからだ。

しかし他人は時として不安や恐怖も共有しようとしてくる。

それは別に意味があら訳ではない。

ただ人は喜びを分かち合いたいと思うように負の感情も分かち合いたいと思うのだ。

一学年全員というこの大人数ではその分増大化された不安によりむしろ時間が経つごとにストレスの要因となる。

 

(無論何時迄も大広間を占領しておくわけにもいかんから結局は部屋に戻ってもらうことになるが……早くても構わんか。)

 

結論付けた千冬はアッサリと言ってのけた。

 

「それでは解散。夕食まで自由時間とする。他の人の迷惑にならん範囲ならばゲームに興じるも良し、気の早い奴は先に温泉を堪能するも良しだ。」

 

急な展開に生徒は虚を突かれた形となり、教員も事前の話し合いとまるで違う千冬の対応に目を白黒させている。

それでも声をかけないのはその正当性を感じいっているのか。

最後に千冬はこう締めた。

 

「ただし外には出るな。」

 

そうして部屋に戻るべく別れていく人波とともに不安も四散し収まり出した

 

 

ーー

 

ああは言われたが実際に部屋から出ている者は少ないな。

そんな事を思いながら鈴音はいそいそと、それこそ他所様の敷地内に侵入する猫のように姿勢を低くしながら素早く移動していた。

彼女の目的はただ一つ。

 

外に出る事だ。

 

別に特別な理由があった訳ではない。

単に本来楽しもうと頭の中で予定していた計画が全てオジャンになってしまい少し気分が削がれたのだ。

それに外出が禁じられたとはいえそれは生徒間の話。

一般客は旅館側から注意を受けながらも普通に遊びに出かけている事もそれを後押しした。

何より窓から見ても雲ひとつ無い晴天なのになにが雷だ。

 

(そういや、さっきもそんなに雲出てなかったわね。

……風が強いのかな?)

 

プレシアには名前と異次元人である事以外まるで知らない鈴音は先の雷が人為的なものだったと考えつかない。

 

「ま、いっか。」

 

心の隅に疑問を置いて鈴音は隠密行動を再開した。

教師に見つかるのは論外、かといって表口から行ってもカウンターで従業員に捕まる。

千冬からの注意喚起は勿論旅館側も知っている。

十中八九呼び止められてしまうだろう。

だからこそ鈴音が使うのは人目のつきにくい従業員専用の通路から続く出入り口。

従業員達が毎朝ここから受付や調理場へと移動するこの通路は文字通り「関係者以外立ち入り禁止」で、正に身を隠すには丁度いい。

 

走る。

道順は案内板を頭に叩き込んでいるため今更迷う事はない。

たまに通り掛かる胆力ある生徒や一般人さえからも身を隠し躱しながら、遂に鈴音は目的の人気の無い場所へとたどり着いた。

 

「あった。」

 

よく見る客にその用途を正しく伝え、自制してもらう為の張り紙を付けられた扉は黙って佇む。

手を伸ばす。

冷たいドアノブの感覚が、放置の好機と現実味ある不安をもたらした。

 

もし、今目の前の扉が開け放たれ従業員が現れたら。

浮かび上がる悪い予感に首を振る。

しかしそれでも払えない不安は新たに浮かんできた。

いや、それよりも無事に扉に入った後が問題だ。

扉の前ならまだ誤魔化しは効くが、いざ通路内で鉢合わせになったとしたらさあ大変だ。

それこそ言い訳は通らない。

不安に囚われた鈴音はそれまでの素早さが嘘のようになりを潜め、扉の前でじっとしてしまう。

少しの後。

 

「女は度胸よ!」

 

自分に言い聞かせながら鈴音は意を決してドアノブを回した。

そこまで来れば後は一気だ。

 

(もし誰か居たとしても姿を見られる前にダッシュで逃げればいいのよ!)

 

足の速さには自信があった。

もし人の気配を感じればすぐに閉じ、そのまま全速力で逃げれば良いだけのこと。

前門の虎が出てくる前に視界から消えればモーマンタイだ。

 

(いざ!)

 

果たしてその扉の向こうとは⁉︎

 

 

ーー

 

 

「こら、何してる。」

 

後門の狼を失念していた。

全神経を前面に注いでいた鈴音はアッサリと肩を掴まれた。

 

「ミャアアア⁉︎ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!」

 

驚きと共に跳ね上がった鈴音はそのまま器用に空中で体を反転させ着地、土下座の姿勢を作った。

そのスピードときたら、かの龍人体にも匹敵していただろう。

小柄な体を尚も平服させて縮こまる鈴音にふと頭上から見知った声が聞こえてきた。

 

「Oh,見事なDO・GE・ZAですわ。鈴さんたら、日本人の心も持ち合わせておいでですのね。」

 

賞賛の言葉に緊張感をほぐされた鈴音は顔を上げ、

 

「セシリア?」

 

にこやかな英国淑女が飛び込んできた。

 

「もう、ダメですわよ鈴さん。織斑先生から外へ出てはならないと言われたでしょう。」

 

「べ、べつに外に出ようとなんてしてないし…」

 

言い淀む鈴音。

 

「つか、なんでアンタこんな所にいんのよ。」

 

分が悪いと判断した鈴音は取り敢えず話を逸らそうといつのまにか背後を取っていたセシリアに言及する。

セシリアは思い出したように答えた。

 

「私の班の方々は幸い胆力のある人達でして、皆さん足早に手薄だろう温泉を堪能しようと出て行ってしまい暇でしたの。」

 

「生憎そういう趣向は無いので大人しく読書でもしようかと思っていましたら、丁度部屋の外から猫が忍び寄るような気配を感じまして。」

 

多分、というか間違いなく足音を忍んでいた鈴音だ。

さり気無く勘付かれていた事に鈴音は血の気が抜ける。

 

「これ幸いと思い尾行しようと思って付いてきたんですの。」

 

微笑みながらごく当たり前に言ってのけるセシリアに鈴音は乾いた笑い声を上げるしかない。

 

「そのお陰で中々時間潰しになりましたが、まったく…もう一度言いますがダメですわよ鈴さん。」

 

目を細めて叱咤するセシリアに鈴音もあらためて肩を竦める。

 

「悪かったわよ…」

 

少し不貞腐れながらも謝罪を述べる鈴音。

しかしセシリアは許すつもりは無いらしく相変わらず穏やかな容姿をきつくしながら続ける。

 

「いいえ、許しません。なによりも同じ代表候補生として看過できませんわ。」

 

完全にお説教モードに入ったセシリアは鈴音の土下座のままの下半身の姿勢も合いまり、余計にそんな風に見える。

 

「情け無いと思いませんこと?努力に努力を積み重ねて漸く今の地位に上り詰めたというのに…」

 

正座で聞く鈴音の表情が急に陰る。

 

「たった一回の失敗でその信用が失墜しますのよ?」

 

「う…」

 

思わず呻く。

セシリアは一度小さく息を吐く。

 

「本当に…」

 

「ごめん…」

 

「隠密行動のお粗末さときたら……」

 

「そっちかい⁉︎」

 

本日2度目のシャウト。

 

「はい?いえ普通に…ほかになにかありました?」

 

「え、なんで疑問系なの?ガチで言ってらっしゃるの?」

 

首を傾げるセシリアに鈴音も本気で困惑する。

そんな困惑を受け流し、当の本人はごく自然に問題点を上げていく。

 

「後ろから付けさせてもらいましたけど…まあ、隙だらけ。無駄な動きが多すぎですわ。」

 

「あ、そのまま始める感じスか。」

 

「それはまあ…身軽さが成せる技として我慢しても、最も最悪なのが危機管理の無さですわ。」

 

むっと鈴音の眉が潜められる。

 

「そうかな。結構用心深かったと思うけど。」

 

早くもツッコミを入れた時の常識的な判断は失った鈴音がセシリアに噛み付いた。

実際、自分は頑張った。

ここに来るまでだって誰とも出会わなかったしそれをなし得たのは他でも無い、自身の危機管理が優れていたから人を躱せたのだ。

その趣旨を立ち上がりながら伝える。

 

「尾行されてたのに?」

 

「う…、アンタが可笑しいのよ!他の生徒や客は誤魔化せてたわよ。」

 

実際鉢合わせにはなっていない。

鈴音のちょっと強気な自信にセシリアは静かに首を振る。

 

「それは私のお陰ですわ。」

 

「はい?」

 

 

「私が先回りして通りかかるだろう通行人を調整しておいたから、鈴さんはここまで辿り着けたのですわ。」

 

話によれば千冬とも鉢合わせになりそうだったらしく、セシリアはそれを未然に防いでいたという。

やれやれ、というような手振りと表情に鈴音は又もや黙る。

 

「と、いうわけで…分かりましたか?」

 

「あ〜…うん。」

 

なにが?という思いは無くならないが、このままだともっとややこしくなりそうなので頷いた。

兎も角これで退屈な部屋へと逆戻りとなってしまった。

再度脱走を図るにはテンションも落ち込んだし、これはもう一日中ごろ寝だなと鈴音は肩を落とす。

鈴音は勢いで動くが頭が回らない訳では無い。

これ以上はリスクに見合うだけの好奇心が抱けない。

 

「分かったわよ。やめるやめる…」

 

「では外に出ましょうか。」

 

「はい?」

 

ハテナを浮かべる鈴音をハテナを浮かべるセシリアが首を傾げる。

そして不意にポンとセシリアが手を打った。

 

「ああ、従業員の方を懸念してるのですね。それでしたらNo problemですわ。」

 

そう言うとセシリアは鈴音をどかしてノブに手を伸ばす。

そして静止の声よりも前にガチャリと開け放った。

真正面を壁、そこからT字型に狭い通路が左右に広がっておりその不親切さが客向けでは無い。 出入り口以外の用途に使われていない事を示していた。

 

「この旅館の従業員達の人数と、仕事場においての其々の役割から来る行動パターンは全て把握済みです。今はセーフな時間帯ですわ。」

 

その言葉が正しいのか臆せず進むセシリアを咎める声はしない。

 

「さあ。」

 

そうセシリアは手招きで鈴音を諭す。

混乱した。 というか呆れた。

この際付いて行ってしまった方が良いかもしれない。

一応左右確認をしながら通路内に入る鈴音に不意に別の意味で「え?」が入った。

 

「靴?」

 

気づけば何処からか取り出したのかセシリアの手に白地のシューズが見受けられた。

所謂、運動靴タイプのなんの変哲の無いシューズがセシリアの手から鈴音へと渡される。

セシリアが思い出したように説教を再開した。

 

「それと外へ出るなら靴くらいは用意なさい。」

 

「靴がある玄関は受付の目に付くところよ。バレちゃうじゃない。」

 

それを避けるため鈴音は裸足で出ようとしていた。

 

「だから予め足のつかない予備を持ってくるのですわ。」

 

口角を上げるセシリアはなんとも悪戯っ子っぽく、鈴音はもうすっかり自室に戻る気を無くした。

裏口の外を念のため確認したセシリアがOKを出すと鈴音はサッと猫のように飛び出した。

 

2人は本当にアッサリと花月荘を外出したのである。

 

「なにをしますの?」

 

音もなく扉を閉めたセシリアが尋ねる。

鈴音には計画があった。

今日、自室の窓から眺めて速攻で行こうと決めていただけ、という早計さだが決めているもんはしょうがない。

鈴音は迷いなく腕を突き出した。

ビシッと刺された先は一般客が遊ぶ砂浜と海…ではなく。

 

「森?」

 

「正確にはその先にある海岸の岩場ね。」

 

その日、窓からチラリと見えたそこの一部分の岩に鈴音の興味は引き込まれた。

ここの位置からではセシリアの言う通り森しか見えないが鈴音はしっかりとルートを頭に思い描いていた。

 

「森を通って行きますの?」

 

「そうよ。」

 

人に合わないルートを取るとすればそこしか無い。

しかしそれまでノリが良かったセシリアも遂に表情を曇らせた。

 

「私は兎も角…鈴さんはその格好で森に入るつもりですの?」

 

言われて改めて我が身を見てみる。

鈴音は特に暑さを嫌わない。

気温よりも動き易さで選んだ今日の外着は半袖半パンの極めてラフなものである。

 

「この季節に、こんな鬱蒼とした森へ入るのに、そんな肌を晒した服装では少々危ないですわよ。」

 

対するセシリアはそんな鈴音に正しい姿を見せているかのように、上下ともに肌を覆っていた。

特にいつものロングスカートではなく珍しいズボンが更に自分との対比を強めていた。

 

しかし、鈴音は気にしない。

 

「そん時はそん時よ。」

 

言うが早いか。

鈴音はズカズカと舗装路と呼ぶには不親切な狭い抜け道から、森へと入っていった。

止める間もなく遠ざかる鈴音にセシリアも諦め後を追う。

 

追って入った森は案外暗かった。

 

遮るものがなかった太陽の光が頭上を覆う木々に緩和される。

向こう側から見たときは影が出来ていたためこうなるのは当然だったが、実際に体験してみて改めて理解する。

青々と、または深々とした。

太陽の眩しさすら霞める実態を持つ幻。

幻影のようにも感じる。町暮らしの感性からみてもさして真新しくも無い高木の集合体に宿る、感情に訴えかける魅力。

 

セシリアはこういった森に入るのは本当に久しぶりだ。

だけれども今の彼女が抱く、なんとも言えなさは、ただ空いた年月が長いからという事ではないらしい。

先に行く鈴音を取り敢えず追いながら見回してもその答えは出てこない。

 

そんな中急に彼女の琴線に触る声が、彼女の金髪を回転運動でなびかせた。

それ程立派な枝ぶりでもないが、彼が乗る分には問題ない。

人間よりも遥かに良く見える視力で至近距離から見られたセシリアは、漸くこの森に感じる「気になり方」の種類を思いついた。

 

「成る程、思えば最後にこういった場所に足を踏み入れたのはあの日以来でしたわね。」

 

独りごちながらセシリアは木の枝にとまる鷹を見上げる。

懐かしさがセシリアの感じていた正体だった。

父への復讐を誓い、仮想敵としてセシリアは彼らを撃ち抜いた。

思えば丁度こういう込み入った森の中だった。

鷹がセシリアを見つめる。

 

「今更あの日々を思い出すなんて…もしかして貴方のお陰かしら。」

 

お互いに見つめ合う中セシリアは、案外この鷹はあの日セシリアが殺し続けた鷹達の化身で、あの日の自分と同じく自分に復讐をしようと近づいて来たのかも知れないと思った。

少しの間を置いてセシリアがフッと笑った。

 

「もう許してくれないかしら?もう何年も前の事よ。」

 

それでも飛び立たない鷹にセシリアはしなをつける動きをした。

 

「なら殺されてあげますからもう少々お待ち下さいまし。」

 

「貴方の同胞を殺すのはこれで最期。あと一匹仕留めたら貴方の勝手にしても構いませんわ。」

 

あと一匹。

セシリアがもう一度強調して言うと、鷹は嘘のようにバサっと羽を広げて飛び立った。

密集した森を器用に飛び抜け太陽光の穴から大空へと飛んでいった。

セシリアはその光景を黙ってみたあと、駆け足で離れた鈴音を追った。

 

 

ーー

 

「どう?いいでしょ。」

 

「気をつけて。」

 

セシリアの注意が入る。

自分たちが遊んでいた優しい砂浜とは違い、足元は尖った小さな岩がデコボコとしていて歩きづらい。

そこをピョンピョンと飛び跳ねる鈴音はまるでこの辺りに生息する野生動物のようだった。

 

「いい場所でしょ。」

 

ピョンピョン跳びながら鈴音。

もう注意するのを諦めたセシリアは辺りを見渡してみる。

舗装され管理された旅館側と違い、ここは本当に野ざらしであった。

さっきのような尖った岩はそこかしこに不作為に置いてあり、何処に居ても危なそうだった。

唯一ビーチと同じとすればそれは海であり、しかしそれも特殊な地形から来る唸りが巻き込み、乱暴な勢いで一歩でも踏み入れればそのまま体を持って行ってしまいそうなくらい流れが速かった。

 

「ええ、そうですね。」

 

正直いい場所には思えない。

防波堤などの人工物に感じる無骨さをそのまま無洗練にしたようなこの景色をセシリアはそう判断した。

別段美意識的な物ではなく、ここは人間が居るには似つかわしくない。

 

(まあ鈴さんがいいのならそれでもよいでしょう。)

 

鈴音には鈴音なりの何か惹かれる所が、窓越しのこの景色にはあったのだろう。

こうして楽しそうに遠くへ探検に出かける鈴音に対して、わざわざ声を大にして落第点をやる必要はなかろう。

遠ざかる鈴音が何やらちょこちょこと動いている。

どうやら手招きをしているようだ。

クスリと笑って歩き出す。

 

塩水に濡れ滑りやすい岩場を避けながら砂利の音をなびかせて、跳ねる鈴音に近づくセシリア。

親友の要望に応えながらもゆっくりと慎重な足取り。

しかしそれに考慮してくれる程、今の鈴音の高揚は低くはない訳で、彼女の足取りは無理矢理手を引かれる事で加速される。

 

「遅い。ほら早く早く。」

 

両手でセシリアの右腕を引きながら自分の行きたい地帯へと誘導する鈴音。

抜群のバランス感覚を持つセシリアだが流石に他人のペースで一方的となるとそうも言っていられない。

それでもやはり安定しているが本人は少し眉をひそめた。

 

「ちょっと鈴さん…」

咎められても変わらぬ笑い声にセシリアは呆れて、共に笑った。

やがてもっと波打ち際に立ち入った所で鈴音が止まった。

 

「あの崖の向こう側が窓から見えた所よ。」

 

腕を離し、代わりにもう一度今度は両手で手招きをする鈴音に釣られてセシリアも歩き出す。

 

「どうしてこのような所に?」

 

遂にセシリアが尋ねた。

この時鈴音は前を向き先行していたが、セシリアの疑問に答えるため180度視線を返した。

波と一緒で気流も荒いのか。

強い潮風が茶色のかかった髪を揺らす。

 

「なんか…居る…と思うの。」

 

今までの行動力からみてやけに歯切れの悪い様子だった。

 

「なにか、とは?」

 

セシリアの質問にも矢張り歯切れを悪く応えた。

 

「分かんない、兎に角なにか居るかもしれないの。」

 

さっきまでのはしゃぎようが嘘のようにどもり始める姿にセシリアは不審に思う。

そう思うと先程の手を引っ張った事も、アレは遊ぶ気持ちよりも急かす気持ちがそうさせたのかもしれない。

兎に角セシリアはその正体の究明するためにはその焦る足を進める先を、見る必要があると思った。

 

「分かりました。あの崖の向こう側ですわね。」

 

今度はセシリアが鈴音の前に立ち先行した。

崖の向こう側に行くには更に滑りやすそうな、水に濡れた丸い岩の上を通って行かなければならなかった。

浅瀬なのでもし足を滑らせても溺れはしないだろうが、所謂半パンの鈴音では下手をすれば大怪我に繋がる。

崖側に手をつけながら慎重に自重を巧みにコントロールしながらスルスルと簡単に鈴音の視界から消えてしまった。

やがて戻ってきた時。

セシリアは更に慎重だった。

ゆっくりと、大事そうに担がれる見知った顔に鈴音が悲鳴を上げた。

 

「巧クン⁉︎」

 

全身びしょ濡れでグッタリとしている巧を背中に担いだセシリアは、危険地帯を何とか転ばずに抜け鈴音の目の前にたどり着くと、困惑する彼女に対して巧を介して濡れ滴る金髪に構わず言った。

 

「帰りは玄関からにしますわよ。」

 

 

ーー花月荘 正面玄関

 

「ちょっと。」

 

壮年の男性。

花月荘創設の頃からこの玄関口の前のカウンターはずっと彼の持ち場だ。

そんな彼の見ていなさそうで見ている糸目が2人の少女達を捉えた。

少女たちにとっては朝初めての相手。

その他大勢の生徒たちの中の2人である彼女たちの顔を、彼は覚えている訳では無い。

ただIS学園とはもう何年の付き合いだ。

彼女たちの雰囲気が何となく、生徒だろうという事を彼に確信させた。

 

「ダメじゃないの。」

 

口角を上げながら目の前の悪餓鬼2人組を咎める。

しかしそれも直ぐに消えた。

金髪の少女の背に担がれるずぶ濡れの男性とその異様な状態に、トドメとして横の小柄な少女の切羽詰まった声がそれを消した。

 

「織斑先生の部屋は何処⁉︎」

 

指差す方向を確認したセシリアは即座に全速力で駆け出した。

 

「失礼。」

 

靴を脱ぐ間も無く2人は男の前から消えていった。

男は唖然とするしかなかった。

 

 

ーー

 

沈黙の中。

居心地が悪くなった一夏は取り敢えず正座で一歩引いた位置で輪から外れようとする。

それでも矢張りこの気まずい空気を発生させているのは部屋の中央。

一夏の現在位置である部屋の隅でも否応無く伝わる雰囲気の中。

その中でも特大の気まずい空気を全身からオーラとして放っている千冬が、その眼光を自分に向けていない事を何よりも安堵する一夏は尚も善人である。

そんな一夏から運び込まれてからずっと心配な目を向けられている、彼がいの一番に用意した彼自身の布団で横たわる巧は既に旅館の浴衣に着替えされられている。

これも一夏がした。

セシリアにより担ぎ込まれた巧を一番おどろき、混乱しながらも「女の子にはさせられない」という無意識的な彼の正義感がそうさせたのだ。

 

さて話を戻して千冬の恐ろしい眼光を真正面から受け、顔を青ざめている鈴音と平然と受け止めているセシリアがこの場の主役であった。

特に鈴音は縮こまりながらもどちらかといえば巧の介抱に意識を向けているため、自然とその眼光の的となっているのはセシリアであった。

千冬がふと視線を落として口を開いた。

 

「何故外へ出た。」

「何故巧くんがここに来ているのですか。」

 

ーー勘弁してくれ

 

輪から逃げ出したい2人の胸中が交わる。

一夏は背中越しに、鈴音は目を逸らしながらも、千冬の眼光がこのセシリアの質問返しに数段険しくなった事を察した。

 

「話せば話すか?」

 

「ええ。」

 

「いいだろう。」

 

結果は何とか事なきの方向へと着地したようだが冷や冷やした。

そして何も知らない2人はその流れに便乗しつつ依然黙して水を差さない事に神経を使う事にした。

 

「乾だけではない。今この旅館にはプレシアさんも来ている。」

 

驚く。

と言うよりは、予想していなかった訳ではないがそれでも身を震わす程の内容だったためそういうリアクションをした2人。

次いで千冬が締めくくった。

 

「スカリエッティによるこの旅館への襲撃があるかもしれない、と束から連絡を受けて私達は乾と高町に協力を仰いだ。」

「その結果、2人はもしもの時に自由に動ける別働隊となってもらうためインフルエンザという形で後で束にここまで連れて来てもらう予定だった。」

 

「恐らく乾は敵との交戦の後敗退、もしくは何らかのトラブルにより戦闘不能になったのだろう。」

 

語られた内容は大体、襲撃という単語から各々が連想していた大凡の想定に合致するものであった。

理解のいくものである。

しかし納得いかない。

沈黙する千冬にキッと猫目が睨んだ。

 

「勝手…」

 

セシリアが横目を振る。

千冬は相変わらずだ。

それが堰を切る要因かは鈴音だけが知っている。

 

「勝手よ…千冬さんも篠ノ之博士も…」

 

黙したままの千冬。

 

「なによ…「戦闘不能になったようだ」って、アンタ達のせいでしょ!?何で他人事でいられんのよ!」

 

可愛らしい声を精一杯張り上げて鈴音は千冬を糾弾した。

しかしそれは直ぐに形を変えた。

弱々しい声はそのまま鈴音の胸中を表していた。

 

「大体こいつもなのはさんもそうよ…」

 

瞳を落とす。

悲痛な顔も相まって痛ましい姿に見えた。

 

「なんでなんも言わないのよ。

なんで1人で全部背負おうとすんのよ。

なんで別の世界の事なのにそんなに必死なのよ。」

 

呟くような言葉は誰かに告げるようなものでは無いだろうと感覚的に全員が悟った。

誰に言うでもない悲痛な叫びを終えた鈴音はそのまま俯いてしまう。

 

「では、次は私達からですね。」

 

セシリアが言った。

どうしようもないくらい暗い部屋でその声はやはり輝いていた。

 

「私達が外出した理由は、もちろん彼の救出のための緊急措置です。」

 

嘘だ、と一夏は思った。

聞くに巧が発見された場所は位置的に旅館からは絶対に目視出来ない場所だったらしい。

たしかに結果的には彼女たちは巧を回収したが、その過程は絶対に不埒な物だったはずだ。

しかしセシリアはぬけぬけと続ける。

 

「凰さんは自分の部屋の窓からあの崖を眺めていました。その時彼女の感覚に強く訴えかけてくるナニかが彼女をつき動かし、禁止を破らせたのです。」

 

一夏はいつかのポエムを思い出しセシリアも存外と天然な気があるらしいと思った。

 

「今思えばアレは乾くんからの思念だったのかも知れません。」

 

そしてーー

 

「以上です。」

 

ーー

ーー

ーー

 

「……それを信じろと?」

 

「嘘は言っていませんわ。」

 

よくもまあここまで平然としているものだ。

一夏はすっかり目を細めて呆れた。

 

しかし実際にセシリアは嘘は言ってはいない。

鈴音が窓から見えたあの場所になにか惹かれるものを感じたのは事実であるし、たとえその惹かれるものを感じた末が遊びたいという感情だったとしても人の感情まではさしものセシリアでも解らない。

セシリアはその理由を断言出来る術はない。

だから嘘という定義でいえばセシリアのそれは値しないのだ。

 

だが穴だらけと言えばそうであるし、勿論千冬がそれに気づかない訳が無い。

それでも自信たっぷりに背筋を伸ばすセシリア。

やがて無言の睨めっこを終えて千冬が表情を変えた。

 

「分かった。だがそういった場合、今度からは真っ先に先生に伝えろ。」

 

言った千冬は立ち上がるとそのまま襖を開けてスリッパに履き替えて出て行ってしまった。

驚くほどにあっさりと事は済んだ。

 

再び気まずさが舞い戻って来た。

今度の中心は鈴音だ。

やはり俯いたままの鈴音ともう話すべき事は無いのか、饒舌さが一変。

ずっと黙ったままのセシリアに一夏は益々居心地が悪くなる。

必死に頭を回転させて解決策を思い起こす。

千冬のように出て行くのはタイミングを失った。

ならば話しかけるという選択肢も、同上の理由で中々踏み込めずにいた一夏に助け舟を出したのは意外にも中心人物であった。

 

「ねえ、一夏…」

 

ビックリとする一夏。

俯いたままの鈴音がこっちを見た。

何年振りかの自信の無い表情だ。

 

「私が千冬さんに言ったこと間違ってるかな?」

 

口をつぐんだ一夏は少し間を置いて話した。

 

「ごめん、正直どっちが正しいのかは俺にはまだわからない。でもお前の想いは多分正しいと思う。」

 

率直な想いが述べられる。

鈴音は小さく「そっか」とだけ言って再び顔を背けた。

一同は再び意識を戻さない巧に気を向けた。

 

 

ーー

2人を繋げるのは機械化された音声。

電話先から声がする。

 

「じゃあセシリアちゃんたちが助けてくれたんだ。」

 

「ああ、この季節だが長時間海に晒されていたからな。かなり危ない状態だったから本当に良かったよ。」

 

電話先の束は同じく電話先の相手である千冬の言葉に安堵する。

電話先から声がする。

 

「高町は、」

 

千冬が聞いたのはもう1人の行事不参加の生徒の安否。

束はああと返事をして横を見ながら返答した。

 

「外傷よりも自傷の方が酷いね。リミッター解除の負荷で内臓にも軽くないダメージが入ってる。」

 

「そうか…」

 

ケータイを傾けながら千冬は脳裏によぎった鈴音の糾弾を再度意識した。

 

「凰からこんな事を言われたよ。巧くん達がこうなったのは私達のせいだってな。」

 

なのはの救助のために急行、そして医務室の役割もしている人参ロケットの内部で束はケータイを耳に当てる。

横のなのはは未だに目を覚ましていない。

彼女の服は彼女自身が吐き出した吐血を少量浴び、今は黒ずんでいる。

そしてなのはと同じく、こちらは机の上で器具に繋がれた。

輝きを失い機能を停止させたレイジングハートが主人に付き添うように鎮座していた。

そんな両者を甲斐甲斐しく介護しているのはクロエだ。

片手でなのはを、片手でレイジングハート用のコンソールを操作しながら心配そうな視線が右往左往している。

 

「へぇ」

 

返す束。

 

「正直私は凰の言う通りだと思う。私達は彼等に頼りすぎている。無責任過ぎるんだ。」

 

「そうだね。」

 

あっさりと認めた束に少し驚きながら千冬は窓の外から見えるなのはが戦った小島を見て続けた。

 

「今更なのは分かっているが…もうこれ以上この子たちを危険に巻き込みたくは無い。」

 

「束、2人が目を覚ました時その趣旨を伝えるんだ。」

 

声だけでも伝わる本気のトーン。

それに束は即答で冷めたものを送った。

 

「それでどうなると思う?」

 

電話越しに千冬が言葉を詰まらせるのがわかる。

尚も冷酷に束は瞳に傷ついたなのはを映しながら言う。

 

()()()()()()()()

 

重く心に響くのは千冬自身予感している事だから。

重い言葉が続く。

 

「にべもなく断るよ。あの子達。束さんたちが協力を一方的に打ち切っても、たとえ1人になってもこの件に関わり続ける。」

 

束には容易に浮かんでくる。

目が覚めたなのはに束はこの件に関わらないように命令をする。

 

「嫌です。」

 

ーー

「そうなったら余計に無茶をする。今のままが一番安全なんだよ。」

 

締めくくる。

キッパリと、まるで断罪を受けたような非情さを千冬は味わった。

不意に感情が高ぶる。

 

「っ、束‼︎」

 

「ちーちゃんが正しいよ。」

 

昂ぶる千冬に束はいつまでも冷静だった。

 

「そんな感じに後悔して怒るのが多分正しいことなんだと思うし、私の方が有っちゃいけない事なんだろうな。」

 

束は自嘲しているわけでは無い。

そんな声色では無い。

只々冷静に、完璧に自己分析をしているだけだ。

 

「多分私はなのはちゃんが死んだとしても変わんないと思う。そりゃぁ悲しいとは思うんだろうけど、直ぐに元に戻るよ。」

 

束は手元に近藤から受け取ったデルタドライバーを持ちながら予感した。

 

「ちーちゃん。ちーちゃんの知ってる私は10年前で終わってるんだよ。」

 

ーー

 

ケータイを握りしめる力が強まる。

反論をしたい。

否定をしたい。

束は悪い奴じゃない。

それを堪える。

 

「高町が起きたら、さっきの事…」

 

「分かってる。本当ならもっと早い時に言っておくべきことだからね。」

 

「よろしく頼む。」

 

それだけ言って会話は途切れた。

先にボタンを押したのはどちらか。

ぶつりとスピーカーから音がして、電話が途切れた。

沈黙する千冬の元にプレシアが現れた。

普段の優しい顔を少し薄めて千冬に近づいた。

 

「なのはちゃんと巧くんの事は私にも責任があるわ。そう自分を責めないで先生。」

 

プレシアは今回の一件でなのは達が負った怪我は自身の不甲斐なさから来たものだと思っている。

本来なら自分こそ最前線に立って戦うべきであった。

戦力的というよりも大人として、子供である2人を危険に晒すべきではなかったとプレシアは自分を評していた。

 

「ええ、分かっています。私は大丈夫だ。」

 

「そう、ならいいわ。スカリエッティからの襲撃については私が神経を張り巡らせてるから心配しないで。」

 

千冬の返答を聴くとプレシアはそのままの足で自身の部屋へと帰っていった。

恐らくサーチャーの操作に集中するためだろう。

やがて消えた人影を確認してから千冬はすっかり日を落とし出した空を見上げて瞼を一つ閉じた。

 

 

 




次回から原作でいう福音戦

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて
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