IS:ボンド   作:田中ジョージア州

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本当にお待たせしました


44話 今夜

扉を抜ける。

機械仕掛けの最新式の音を潜り抜けて、超高層の普通の世界をエレベーターで登っていく。

やがてエレベーターの駆動音が止み外の闇と似つかわしい、静かで冷たい世界感が近藤を包んだ。

エレベーターの扉を抜けて直ぐに飛び込んで来るのはまたも扉。

社会で暮らしていれば平常時に何度も目にしている向こう側へと通じる通路。

一般的なソレと何ら変わらない装飾の扉がやけに気になる。

一度視界に入れば最早向かう以外の選択肢が脳裏に浮かんで来ない。

そんな抗えない拘束力に従いながらも近藤はやけに心地の良い、元居た在りし日への想いを抱いていた。

異世界に居る彼らにとってあの先の部屋は唯一の安息の地でもあった。

扉を開けた近藤を待ち受けていたのは2人。

元居た世界は違うが矢張り異世界の住民らしく、ここに居る彼らはそれ以外の場合よりもしっくりとしていた。

 

2人は注目。

特に近藤にとっては同郷であり直属の上司でもある村上の存在感はよりズカズカと彼の心境へと踏み行ってきた。

 

「なぜベルトを篠ノ之束に渡したのですか?」

 

普段から厳かという選択肢が丁度いい村上の態度に少し棘がある。

薔薇の棘のように表皮に隠さず飛び出た棘は、しかし己を守る為ではなく全面的攻勢を表す彼の絶対的な強さを示していた。

今日近藤はここに自らの意思で来たのでは無い。

他でもないこの村上に呼び出されたのだ。

沈黙の後村上が覆いかぶせてきた。

 

「デルタはカイザやファイズと違い、そのコンセプトは完全な『装着者を強化する』という事に終始しています。王を守るために持ち主を選定するという概念が生まれたのはデルタ以降。

幸いにも前の戦いで変身を成功させた敵の中に純粋な人間は存在しては居ませんでしたが、今回もそれが当てはまるとは限りません。

 

近藤さん、貴方は敵に塩を送る行為をしたのですよ。」

 

淡々と村上が言葉を連ねていく。

その其々が新たな棘となり近藤の心に巻きついていく感覚を近藤は覚えながら静かな村上に今度こそ自身の言葉を向けた。

 

「別にーー」

 

はっきりと言い切った非真摯な対応。

長い間この男の下に付いていた近藤にとって村上の琴線に触れるだろう対応など手に取るように分かった。

村上は寛大な男だが限界を超えるキッカケとなるのは矢張り自意識に基づく物であり、そうなると一転容赦の無い男だ。

昼寝を邪魔されることと彼の期待を裏切ることはその逆鱗に触れることであるという事はスマートブレインに居た者なら誰でも知っている。

そんな村上の琴線を近藤はあえて踏んだ。

果たして村上の棘は意外にもその狂気をアッサリと仕舞った。

「そうですか…分かりました。もういいですよ。」

 

元の笑みを使った村上を見た近藤は無言で扉の外へと消えて行った。

元の2人だけの世界となった居心地の良い部屋で村上は深く椅子にもたれた。

 

「良かったのかい」

 

横のもう1人が、スカリエッティがこの安住の感情欄に口を挟んだ。

普段の村上は決して嫌な顔一つせず質問には応じる男だ。

 

「構いません。元は我々の所有物ではない…寧ろ貴方のほうこそ宜しいのですか?」

 

 

「あれは貴方の作品でしょう」

 

 

スカリエッティはくつくつと笑う。

 

「君たちが提供してくれたデータ通りに組み立てただけの模倣品さ、好きにしてくれて結構。私にとって重要なものは製作過程で既に取れた。」

 

そう言うスカリエッティは本当に満足してそうであった。

ベルトの作製は彼の科学者としての感性にズバンと来るものがあったらしい。

世界中の悪い感情を混ぜ合わせた液体の海みたいなところから生まれ落ちたような男が高揚という人間らしい感情を見せる事態に村上はこの男も人間なのかと思った。

 

「満足頂けたようで良かった。それでーー」

 

やにわに変化する村上の初動。

スカリエッティはそれを笑って待った。

 

「損傷した銀の福音の進捗を聞かせてもらいたい。」

 

「問題ないよ。」

 

にべもないスカリエッティに村上は最初から分かっていたかのように笑い返した。

 

「流石ですね。秘書も言っていましたが本当に間に合わせてくれたとは…」

 

「駆動系などはかなり傷めつけられていたがそんなものはISの全体として見ればほんの表面的なものに過ぎない。そもそも此方からの操作を簡単にする為に装着者の意識と完全に分離させているんだ。

ただの無人機同然なISくらい、訳ないさ。」

 

こともなげに言ってのけるスカリエッティに村上は感嘆する。

 

「では襲撃は明日という事で問題ないと?」

 

確認する村上にスカリエッティは自信を持って頷いた。

福音の稼働が問題ないという事を受け村上の笑みに更に深みが増す。

狂気の中に冷静さを同伴させた村上は一面のガラス張りの計算された景色の先にある日本を見た。

 

 

ーー花月荘

 

薄暗いな……

矢張りいつの季節も朝は少し涼しい。

ここ最近なぜか気怠かった俺からすればこの時間帯は嬉しいものだ。

これから海に入る事態がある事も考えたら、行きしのバス内ではああなっていたが案外この実習も悪いものではないかも知れない。

まあ、唯一の男で更にほかのみんなから大幅に遅れている身からすれば元々気を抜くべき所では無かったのだが…

 

「…まだ起きてないのか」

 

薄暗い視界の中でも俺の視線は1ミリもそいつの顔の位置から逸れることはない。

千冬姉が密かに呼んだらしいお医者さんの話だともう心配することは無い、との事だったが矢張り意識を取り戻さないとなると心配になる。

そんな状況でも寝るときは寝るんだから俺も結構ずぶといのかな?

 

「千冬姉も居ないのか…」

 

呟き。

普段なら「先生を付けろ」と出席簿が振り下ろされそうな俺の呟きは誰も答える事なく、本当なら出席簿を振るう人が寝るはずだった所に居る乾にも反応される事はなかった。

 

「なんだか暇になったなぁ。」

 

一人暮らし状態となった事で饒舌になった俺は隣に意識不明者が居るのにくつろぐ。

乾には悪いがちょっとは許してもらおう。

こいつには負けるが俺もそれなりに疲れたのだ。

 

「なんで隠すんだよ…」

 

思わず溢れた。

ここには居ないがなのはさんにも。

そして千冬姉にも俺は不満を覚えていた。

なんで隠すことがあるんだろう。

言えばいいじゃないか。

俺も鈴も自分に降りかかる火の粉を、払えるかは兎も角反撃出来るだけの力は持っているつもりだ。

花月荘のみんなに危害が及ぶということはそれだけ守るべき人数も多くなるという事。

それなら多少戦力不足になっても戦える者は使うべきだ。

ドイツで教官をやってた千冬姉と元の世界では軍隊の指導官と似た職業だったらしいなのはさんが居たなら尚の事そっちを選んで欲しかった。

そうすれば乾の怪我も無くなったかもしれない。

多くを守るなら守る側の人数も多めに見積もった方が正しい筈だ。

不満は軽い怒りとなって俺はもう一度昨日の鈴の表情を思い出す。

 

そうだ。

なんだかんだ言っても俺は自分を頼られなかった事が悔しいだけなのだ。

俺がそれまで受け身だったISの操縦に本腰を入れ始めた理由はスカリエッティが学園に襲撃した時に感じた自分の無力感を払拭するため。

そして俺が力をつけることでもしかしたら救えるかもしれない人のためである。

だから要するにーー

 

「ムカついたんだな、認められてない気がして…」

 

子供っぽい。

改めて声に出してみると本当に子供っぽい理由だと思う。

そうだ。 なんだかんだと真っ当らしい理由を取っつけてみても結局のところ、自分の積み重ねてきた努力を無視されることに拗ねていただけだ。

 

人のためではなく自分のため。

結果として俺の模索してきたヒーローへの道のりは単なる自己愛によるものだったわけである。

 

「ヒーローといえばアンタたちの事を言うんだろうな…」

 

名声を求めず、見返りを求めず、人助けに行動を移せる本当の正義感。

ある日違う世界へいきなり放り出されて困惑している筈の状況でそれでもこの人たちは俺たちの為に血を流してくれる。

自己犠牲の模範例と言える行動に俺は違和感なくそう思った。

 

 

ーー

 

 

「別にそんなんじゃねぇよ。」

 

「え?」

 

不意に聞こえる否定の声。

油断していた一夏はまずその意味を素早く理解出来ずにそれでも他にはない選択肢から選ばれた方向へと目が向いた。

薄闇に慣れた視界の先に仏頂面が浮かんでいた。

常日頃と変わらない、平穏以外を敵意100%で睨みつけるような顔は確かに乾巧のものだった。

 

「大丈夫なのか?」

 

不思議と狼狽える事はなかった。

意識を取り戻さない頃は心配していたが起きて、こうして憎まれ口を叩くサマは何一つ変わらない平穏な姿だった。

 

「別に、寝てただけだ。」

 

巧は横になったまま辺りを見回す。

旅館の内装が巧の目に入って来た。

 

「んで?」

疑問と何故か不満を入れた顔を一夏へと向ける。

無論一夏は分からずに首をかしげる。

 

「だからなんで俺がお前と添い寝してんだって事だよ。」

 

言われてみれば巧はこれまでの経緯を知らないわけだ。

混乱しているらしい。

一夏はすかさず突っ込みを入れた。

 

「添い寝って寄り添いながら寝るって意味だから布団別々にして寝るのは添い寝って言わないんじゃないか。」

 

「添い寝添い寝ウルセェな。気持ち悪いんだよ。」

 

想像させんなと巧が毒を吐く。

そっちが言ったんじゃないかとも思ったが一夏は黙った。

 

「お前が運んでくれたのか?」

 

巧からすればここは一夏の部屋らしく、なにより起きた最初に居た一夏が運んだのだと思ってもしようがないが生憎違う。

 

「鈴とセシリアの2人が海辺で倒れてたお前をここまで運んでくれたんだ。」

 

「ああ、あいつらか…」

 

聞いた割には少し浅薄すぎやしないかと思ったが巧はまだ怪我人だ。

心に浮かんだ不満を消して一夏は自然と質問を選んでいた。

 

「そんなんじゃないってどういう事なんだ?」

 

話を聞かれていたとしてただ単に謙遜しているだけなら一夏も言及はしなかった。

しかし巧の纏うそれが何とも無関心過ぎて、一夏は不思議に思ってしまった。

 

「乾君は誇っていい事をしてるんだ。俺にとっちゃあんたはヒーローだよ。」

 

少しの羨望も混ぜた視線にも巧の仏頂面は崩れない。

 

「柄じゃないんだよ…」

 

そのままのそりと起き上がってくる巧に慌てて肩や腰などに入る補助を鬱陶しそうに払いながら、巧は少し眉毛辺りの筋肉を人当たり良くして言った。

 

「よくわかんないしな。」

 

巧からすればそれは本心であり、ごく当たり前の認識であった。

果たしてその当たり前は一夏の心をガツンと叩いた。

 

「よく分からないのか?」

 

「よく分からないのにそんな事してるのか?」

 

最初は呟くような疑問は直ぐに意識外だった巧にも認識させた。

 

「なんか信念があるとかそんなんじゃないのか?人を助ける時にお前は何となく助けてるのか?」

 

まるで人間が備える良識とか相手に対する労りの機能を無視しているように一夏の質問は脈絡がなく、そして無粋であった。

 

「困ってる奴助けるのに理由とか一々考えない方がいいんじゃないのか?」

 

一夏なんて正に考えるよりも体が困っている人を助ける為に動くタイプである。

よもやそんな一夏からの言葉に巧は少し驚いた。

 

「違うよ、考えなくていいよ。立派だよ。

でもそうじゃないんだ。」

 

しかし返ってくる言葉はまたどこか悲しさのようなものが感じられた。

 

「道案内とか不良に絡まれてるとかなら何にも考えなくていいかもしれない…

でもお前がしてる人助けは考えないと可笑しいんだよ。」

 

「死んじゃうんだぞ?

常にぶれない信念があるなら一々気持ちを再確認させる必要も無いけど…よく分かんないならそういう時は悩むべきだろ⁉︎」

 

人を助けるのに理由は要らない。

そんな立派な精神が可笑しく思えるほどに巧がした人助けに掛かったコストは大きすぎた。

自身の命を簡単にかけることが出来る。 その判断材料にしては巧の

態度は深刻さを欠いていた。

そんな一夏に巧は二、三頭を掻いた。

 

「そうかもな」

「俺だって死にたくはないし別の世界を救う責任なんてものも無いのかもしれない。」

 

平常時と変わらぬ姿に嘘の類は一切見受けられない。

これは巧の本心だ。

 

「なのに戦うのか?まるで呪いみたいじゃないか…」

 

「呪いか…言えてるかもな。」

 

今思い出して納得したかのような、そんな巧の姿は一夏にはとても信じられなく見えた。

 

「……兎に角、セシリアと鈴を連れてくるよ。心配してたから。」

「おう。」

 

「……それからまだ安静にしてる方がいいと思う。欲しいものがあれば俺が買ってくるから遠慮なく言ってくれ。」

 

「おう。」

 

巧は再び寝転がり体を休めた。

 

 

ーー

 

束にとって徹夜は単なる作業である。

眠気やそれに準ずる欲求を全て能面に隠して束は、束の体が強制的に休息のため彼女の意思を停止させるまで行動する。

まるで機械のように優れた束だからこそ可能な芸当だ。

束はそんな才能をこれまで自分のために使ってきた。

スカリエッティ捜索のもっと前。

物作りの魅力に取り憑かれてからずっと自分のしたい事だけに取り組まれてきたこの趣味の時間も今となっては誰かのための時間に変わってきている。

瀕死の状態であったなのはのために束の全知識と機転が使われ無事に事無きを経た今、束は新たにその趣味の時間を使っていた。

 

デルタのベルトの解析である。

幾多もの器具で繋がれたデルタドライバーと各種デバイスはそのままそのコードから内臓メモリの奥底までも束に覗かれていた。

 

「こんなもんか…」

 

趣味の時間は急に終わりを告げた。

コンソールから手を離して代わりにベルトを無造作に掴み取る。

解析のためのコードを巻き込み取れ、或いは千切りながら目の前にベルトを持ってきた束は暫く片手で弄る。

金属音を鳴らしながらベルトを弄ぶ束の目は製作者であるスカリエッティを映しているのかも知れない。

そして漸くベルトをゴトリと机に開放した束は一層イスに深く腰掛けながら言った。

 

「回復早いね。なのはちゃんも割と常人離れしてるね〜」

 

「あはは、そうですかねぇ。」

 

朗らかに笑うなのはは包帯に包まれながらも「元気‼︎」といった感じを見せていた。

長い髪はそのまま下ろしているため普段とは印象が違うが笑顔はまさしくなのはのものだ。

ほんのついさっき。

パチリと目を開いたなのはに驚きの声を上げるクロエが束に反応を向けさせた。

質問責めと安否をしつこく確かめるクロエを腕を回しながら相手をしているなのはの姿に昨日の状態など微塵も感じさせない。

そのまま束が近くの店で買ってきた栄養ドリンクを飲み干したなのはは同じく回復したレイジングハートを撫でながら束に応えているのである。

 

「じゃあ起きた事だし早速状況の説明をしますね。」

 

束に諭される前になのはは昨日の戦いの詳細を報告していた。

ロングスカート越しに足を組みながら束は新たな敵性存在に表面上のため息をついた。

 

「強いんだ…そのオルフェノク。」

 

束の呟きになのはは躊躇いなく頷いた。

 

「巧君でも勝てるかどうか。」

 

セシリアの光学兵器と同じく魔導師の砲撃に付与される魔力ダメージに対して彼らは己の外骨格そのもので耐性を付けている。

オルフェノクとは大抵の魔導師にとっての天敵とも言える存在だ。

もっともなのはクラスならば相性をそのまま力で押し切る事も出来るがそれでも尚、オルフェノクを打倒する一番の手段はファイズである。

ローズオルフェノクはそのファイズでも勝てるか分からない存在であった。

 

「ところでそのベルト…どうしたんですか?」

 

「ん〜?」

 

当然というべきか。

前までは存在していなかった筈のファイズと似たベルトになのはは小首を傾げる。

 

「貰った。」

 

簡単に言ってのけるが嘘は一切混じっていない。

しかし無論それでは説明にならない。

現になのはの首の角度は戻ってはおらず目に不信感がうつっている。

すかさず軽食を持ってきたクロエがフォローを入れた。

 

「束様はあの時シャコと交戦をなされました。このベルトはその時に彼から渡されたものです。」

 

ベッドの横のテーブルに軽食(手作りではなく束が買ってきたもの)を置いたクロエからの説明で、漸くなのはは自分抜きの空白の時間を知った。

 

「そいつはコレをデルタって言ってた。」

 

「デルタ…ファイズと同機種のものですか?」

 

そう思うのは当然だろう。

 

「調べてみたけど少なくともこの世界の技術体系ではないね。

もっとも…ファイズの方のデータは取ってないから同じとは断定できないけど。」

 

巧が束にベルトを渡さなかったからである。

特別な理由というよりただ単にファーストコンタクトで印象最悪だった束に対して巧が嫌がったのだ。

今ならば頼めば渡してくれるかもしれないが束自身ファイズドライバーを調べる事に対しての興味は薄れたため要求自体もう無いだろう。

 

「変身してみる?」

 

そう言って、軽食に手を付けようとしたなのはへデルタのベルトが投げ渡される。

わっとなるなのはだが流石の反射神経でキャッチし、しかし驚きは隠せずに束を見た。

しかし一方の束はというとそんななのはへの配慮は一切無しで彼女の変身を本当に待っている。

変わったとはいえトラブルメーカーの気質は変わらないようである。

 

流石に怪我人に無茶が過ぎる。 という事で本人の代わりにデバイスが抗議を上げた。

 

『博士、マスターの肉体は現在療養必須です。デメリットが不明な以上そのような行動は慎むべきです。』

 

こちらもまだコードに繋がれ療養中のレイジングハートが窘める。

 

「それに変身の仕方も私解らないんで…」

 

「それもそっか。」

 

一応ベルトの隅々を調べた束にはデルタの対応コード全てがわかるが、興味と気乗りで動く束はアッサリとなのはからベルトを手渡される。

もう一度机に今度は単に置いた束は改めて軽食に手を付けたなのはに視線を戻した。

そしてなのはが机の上の物をあらかた平らげた所で再び声をかけた。

 

「それでどんな感じかな?リミッター解除は…」

 

ピタリと。

直ぐに姿勢を正してなのはは一言だけ答えた。

 

「多分…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2度目は死ぬかもしれません。」

 

しん、と空気が冷え込んだ。

 

「死ぬってそんな…」

 

クロエが狼狽し普段隠している金の瞳が皮膚の間から現れた。

冷静な束は即座に持論を組み立て口に出す。

 

「正規の方法じゃないから?」

 

コクリと頷いてなのは。

 

「本来リミッターには魔力運用が未熟な魔導師が自分の強すぎる魔力から体を防護する役割もあるんです。」

 

勿論なのははそのような下手な魔導師ではない。

単に枷を外すだけならば問題なくこなす筈だった。

 

『バリアジャケットを展開している際、私はマスターのリンカーコアとある程度の交わりを得ています。今回のリミッター解除に伴い私に不具合が生まれた事でデバイスと魔導師双方の魔力調整が滞るという事態になったのです。』

 

それは即ち本来ならばある程度締められている筈のバルブがリミッター解除と同時に全開し垂れ流しにされた事を示す。

 

『今回は幸い手遅れになる前に先に魔力放出に異常が起き、バリアジャケットを維持できなくなったため無事でしたが、2度目は恐らくーー』

 

レイジングハートはどれだけの内容だろうと淡々と事実だけを伝える。

それでも長く感じた。

 

『展開した瞬間にマスターは深刻的なダメージを負うでしょう。』

 

レイジングハートの冷たい告白に束にもまた冷たく答えた。

 

「分かった。」

 

それは了承。

現状把握と今後の対策以外の余分な感情は何一つ入り込んではいない理性のみの配慮である。

しかしだからといってなのはへのケアが不足する訳では無い。

束にとってなのはは戦力としてもそれ以外の感情からしても現時点ではいの一番に優先すべき対象の1人だ。

直ぐに頭のなかでリミッター問題に取り組む。

 

「それでレイジングハート。普通の時はなにも異常は無いの?」

 

『はい。システムを起動しない限り体への負荷は掛かりません。』

 

そうかと返して束は同じトーンで続ける。

 

「戦闘に参加出来るまで何日かかる?」

 

その発言に少しクロエが反応するが直ぐに食器片付けの作業に戻った。

物言いの棘を感じない事も無いが生憎なのはへのソレより束に対する忠誠は普遍なのだ。

 

「あ、心配しないで下さい。

束さんとクロエちゃんのお陰で大分良くなってますから。もう直ぐに動けます!」

 

腕をぐるぐると回して健康っぷりを見せるなのは。

変わらない笑顔にはなんの陰りも見えない。

本当に治っているのか?

しかし束が目を向けるのはなのはでは無い。

その目の先にいるレイジングハートはそれに答えるように、そしてなのはの意にそぐわぬ形で己の身を光らせた。

 

『数年、或いは10年以上の療養生活の末に漸く五分五分かと思われます。』

 

「……」

 

笑顔が曇る。

というよりバツが悪そうな顔で目を逸らすなのは。

勿論レイジングハートは止まらない。

 

『元々マスターには過去の怪我の後遺症に対する療養期間がまだ終えていません。その上で今回の事故により身体に負ったダメージはもう限界に達しています。』

 

「でもレイジングハート…私本当に痛みとか無いんだよ?」

 

『それも問題の一つです。』

 

『本来痛みとは体からの警告です。マスターのダメージは私が完全に確認していますし、私のセンサーに異常が無いことは博士により証明済です。

その状態自体が危険な可能性があります。』

 

レイジングハートは嘘を付かない。

考えるように胸に手を置くなのは。

 

(私も嘘は言ってないんだけどな…)

 

それでもレイジングハートの言う事の方が説得力があるのは認めるしか無い。

そしてそのレイジングハートからの説明を聞いた束は、

 

「じゃあなのはちゃん。」

 

「あ、はい…」

 

「きみはもう戦ってもらわなくていいよ。」

 

慌てたなのはがベッドから降りようとするのをクロエが止める。

 

「本当に大丈夫ですって!私ちゃんと自己管理出来てる方ですから上手くやりますって!」

 

「勘違いしないでくれるかな?」

 

寸断されたなのはの言はそのまま空中に無言で漂う。

 

「協力自体を辞めてくれとは言ってないよ。

ただ戦闘はプレシアさんとリニスちゃんに補ってもらうだけで…なのはちゃんにはベッドの上でも出来る事をしてもらうの。

それなら文句ないでしょ。」

 

「え……と…まあ…はい。」

 

思ってもみなかった方向に思わず納得の返しをしてしまう。

 

「取り敢えず治療に専念してもらって…そうだね、元の世界への帰還方法も調べとくから。」

 

えっとなのはがキョトンとする。

元はといえばなのはがこの世界へ放り出された原因は束にあるので彼女としてもそれが筋だと思う。

しかしそれでも今の束は少し脈絡がなさ過ぎるように思えた。

 

「もしかして束さん。気…つかってくれてます?」

 

その台詞にやにわに束の能面が顰めるのを見てなのははしまったとなる。

素直になれなさと気難しさではヴィータ以上な束に少し迂闊が過ぎたかもしれない。

きっと今までも親切にしてやったのに何だその言い草はぐらい思われているやもしれぬ。

皮肉か悪口が飛んでくるかもと身構えるなのはだったが彼女の迂闊さは違う意味で彼女の心臓をドキリとさせた。

 

「ごめんね…」

 

ボソリと呟かれた特に感慨なく流される事前提の束の発言は四分の一年の付き合いであるなのはを、これまで以上に動揺させた。

 

「どうかしちゃったんですか?」

 

「あ"?」

 

さっきは我慢してもらったガチの「イラッ」が降り注ぎ、なのははもう一度しまったとなった。

しかしなのはから言わせればそれ程束の『ごめん』発言は珍しいのだ。

過去なのはがその奇跡の言葉を聞いた機会は3回。

1度目はアリゲーターオルフェノク襲撃前の最終ミーティングの際に束の歳不相応な振る舞いになのはが苦言を漏らした時に束がすごい勢いで言った場面。

2度目はこの作戦の移動時に巧からトレーニングルームに缶詰めされた事への恨み節に対して言った場面だ。

しかし前者はコメディチックな意味で、後者は単に真剣味に掛けた。

それ以前に束とは非常に利己的なタイプの人間だ

本当の意味での謝罪の言葉になのはは困惑した。

 

「と…取り敢えずナニに対しての、その…ごめんなのか聞いても?」

 

「レイジングハートのリミッター解除。無理な方法だったとは思ってたけどそこまで深刻視してなかった。なのはちゃんの怪我は束さんのせいだ。」

 

だからせめて謝っておかなければならない。

そう束はキョトンととしているなのはに言った。

 

「はあ…」

 

適当に相槌を打って流す。

あまりにキャパオーバーな展開で逆に落ち着かざるを得なかった。

起きてからずっと置いてけぼりな空間だったお陰でなのははそれでもやっぱり混乱していた頭を冷却させ当然の疑問と結論を導き出した。

 

「巧くんは…」

 

自分が敵と交戦したという事は巧も同じくそういう事態に陥ったということ。

自分の代わりにガジェットドローン或いは魔導師を相手取って、もしくはローズオルフェノクに匹敵する相手にやられてしまったのだろうか。

初めて能動的に笑顔を曇らせるなのはに束は少し目を外しまた戻して答える。

 

(あの子にも謝んないとかな…)

「君に比べたら軽傷らしいよ。」

 

自分が討ちもらした福音のせいで怪我を負った可能性が高い巧に束はなのはに対してのと同様の考えを抱いていた。

 

「今丁度迎えに行くところだよ。」

 

「迎えにってこのロケットでですか?」

 

「うん、さっきいっくんから連絡があってね。目を覚ましたらしいから…何時迄も彼処には置いとけないでしょ。」

 

生徒から尊敬と畏怖の念を抱かれている千冬の部屋は確かに生徒を遠ざけるには安全だが旅館の者はそうではない。

むしろ業務だとすれば返って入られる事も考えられる。

生徒に対しても絶対ではない。

乾巧はここに居てはならない人物なのだ。

まだ寝静まった時間帯に回収する事が望ましいと束はなのはに言った。

 

「よかった…」

 

横目でなのはが巧の無事に胸をなで下ろすのが見える。

こんな時まで自分よりも他人の心配が出来る辺り筋金入りである。

 

「ああ…よかったね。」

 

それは巧に対してかそれともなのはか、果ては両方か。

うかがい知る誰かも居らずに人参型ロケットは束が指定した人目の付かない場所まで飛ぶ。

 

 

ーー山中

 

この季節でも流石にこんな早朝だと結構涼しい。

背中にじんわりと広がる人肌の温もりさえ無ければ…

 

「おい、暑いだろ。早く待ち合わせ場所に急げ。日があがってからだと余計に暑い。」

 

「はいはい。」

 

背中におぶさる憎まれ口生産機の言葉を適当に流しながら一夏は一応束に指定された待ち合わせ場所への歩を速める。

巧が暑がりだからではなく、矢張り彼が怪我人だからだ。

こうして外へ連れ出すこと自体が悪化に繋がると言われると一夏も黙るしかないのだがそれでも彼の中での幼馴染の姉は超人である。

きっとあそこでじっとしているよりも直ぐに束の科学力により良くなるだろうと思って、せめて移動の際には出来る限り体への負担は減らしたいとこうして運んでいるのだ。

 

だからその影響で生じる自分への負担や暑さは全く気にならない。 一夏の勝手だからだ。

しかしこの口を開けば飛び出す棘のある物言いはチョット何とかならないんだろうかと思わなくもない。

 

(こんなんで前の世界では生活とか出来てたんだろうか?)

 

そんな本人にはまず言えない台詞を我慢しながら一夏はズンズンと深い森へと入って行った。

 

ーー

 

肌に張り付く不快感とようやくお別れ出来たのはそれから意外と直ぐで、急に開けた緑と同時に現れた不釣り合いな未来的独創的なロケットが少し汗を滴らせた一夏を迎えた。

その後束に巧を預け晴れて我が身を軽くした一夏は怒られる前に自室へと退避して冷房で体を涼ませている。

時間が解決してくれるという使い回しが有るがあれだけ掻き乱された感情の渦が今こうして一人でまだ薄暗い部屋で探してみると何処にも見当たらない。

てっきりこの後数日くらいは尾を引くと思っていたためあれだけ求めていた涼しさを手に入れた今でもちょっと、今度はまた新しく産まれた混乱に思考を囚われている。

 

(精神統一っぽい?)

 

なんなら少々冗談気味に捉えている自分に一夏はもう一度混乱を覚えた。

巧に言った言葉は本心だ。

命とは簡単に投げ出せるモノじゃない。

仮に巧は投げ出しているつもりでは無くても手放す可能性があるのならそんなに簡単に首を突っ込めるものではない。

 

「人助けか…」

 

理由としては充分だと一夏は思う。

元々人助けという行為自体が一夏からすれば献身的であり打算を目的としない非営利的なものだ。

善意と人間の持つ優しさと温かさを証明するとても立派な行動だ。

命を賭ける意義も確かに納得できる。

元より人助け自体が命を投げ出す行為と同じくらい非合理なものなのだ。

正確には人助け以外の理由を考え付かないといった方が近い。

簡単に結論づいたこの話題もしかし実体験してみなければ納得は出来ない。

実は一夏は既に巧の抱く価値観に近しい経験をしている。

 

スカリエッティに襲撃されたあのアリーナ事件。

鈴音を庇ってアリゲーターオルフェノクを相手取ろうとした事。

ラウラが泥に呑まれて生死不明になった際に第一線で戦おうとした時。

アレこそ正に命を投げ出す行為だ。

 

(でもあの時は極度に興奮していたし…心のどこかでは千冬姉たちが助けに来てくれるって思ってたのかも知れない。)

 

鈴音や簪といった自分以上の実力者がとなりに居た事による安心感も少なからずあっただろう。

要するに一夏は『死に直面した』状況には居たが未だに彼の脳裏に死へのイメージが本当に真実味として抱かれていないのだ。

逆に死への恐怖だけは曲がりなりにも直面した者として感じているため余計に巧の境地が理解出来ないでいる。

 

横を向く。

若干明るくなって来た外に吊られるように置き時計の針は巧たちの非日常から一夏たちの認識する日常へと進んでいた。

耳を澄ませば壁越しに物音が聞こえてくる。

旅館側が設定した朝食の時間が近づいているのだ。

そろそろ起床しないと集団行動に遅れてしまう。

のそりと起き上がった一夏は布団を片付けて汗を軽く拭ってから服を着替えた。

朝食の後はIS使った野外訓練だ。

昨日はすっかりバカンス気分になってしまったがここへの目的は先生曰く立派な郊外活動らしい。

専用機持ちである自分が遅刻するわけにはいかない。

半年も経ちそれなりに立場というものが分かってきたらしい一夏はすぐ様身嗜みを整えて知り合い達と合流、朝食場へと足を進めた。

 

 

 

 




なんとか原作の方向へと脱線を修正出来ました(汗
今回はそのうち書こうと思っていたものの一つである一夏とその他主人公たちとの衝突イベントを軽く描きました。

やっぱ交わるんだったらお前…共闘ばっかじゃなくて対立関係とかも見てーだろ!
とまあ田中ジョージア州、お前何様のつもりで語っとんねんという感じなんですけれども…
長編物書いてく事を決めた最初の方にもうこんな感じで意見の食い違いで主人公同士が喧嘩をし合うってシーンを思いついたんですね。
今回の場合では正しくバトル物で問題となる『命の価値観』で一夏が巧の考えに噛み付いた感じです。

といってもいつまでも尾を引いていると物語の本筋が歪んでしまうので程々に切り上げて次回からいよいよ福音戦です!!
オリジナルな要素も欠かさず入れていくつもりですので盛り上がるかどうか今更不安なんですが…どうか温かい目で見守ってください

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて
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