色々遅れるよー
前書きで初っぱなネガティブ発言の田中ジョージア州です
一夏が死にます。
「一夏」
「いちか」
「イチカ」
「いチ夏」
色んな一夏が耳に届く。
聞いたことのない単語だ。
何を意味するのかまるで理解出来ない。
見上げるような。 姿勢を低くしているような。 見たことのないなにかが一夏と呼びかけてくる。
それは複数であったり、または一人であった。
代わる代わる一夏を言ってきた。
それは直ぐであったり、または多少の時間が空いた。
一夏を言われない時はまた知らない単語を聞いてきた。
でも一夏ほどのインパクトはなかった。
知らない単語が知っている単語になるのは楽しいものではあったが、一度聞いてしまえばもう知らない言葉ではない。
一夏はいくら聞いてもわからないのである。
ある時「箸」を使って「夕食」の卵だけの「オムレツ」を食べていた時に「千冬」が一夏を言ってきた。
「千冬」は何人かの見たことのないなにかの内、もっともよく言葉を言ってきた人だった。
「テーブル」の向かい席に座って、「笑顔」を浮かべている「千冬」は「嬉しそう」だった。
表情には二種類の区別があることを知っていた。
本心からくる感情がそのまま形になったものと、本心とは違う感情で本心を隠すように貼り付けたもの。
「本当」と「嘘」と言うらしい。
「箸」と「橋」もややこしいものだったが、現実に物体として存在しないこれらも最初はビックリするインパクトを持っていた。
「箸」と「橋」は実際にこの目で見て、その違いを形と役割両方とも理解したから使いこなせるようになったが、「本当」と「嘘」は見て比べることは出来ない。
正確には千冬達はそれを教えるための教材を用意出来なかった。
長いことこの二つの単語は一夏並みの謎であった。
しかし二つが理解出来るようになるのにそう時間はかからなかったし、そのことは最初から感覚的に分かっていた。
一夏に感じる得体の知れなさが「本当」と「嘘」からは感じられなかったからだ。
次第に千冬達の表情を観察していくうちに、その二つは理解した。
結局は実物のある単語と大差なかったのである。
目で見れないものでない限り、単語は読み取れるもの。
となれば一夏とは目で見れないものなのだろうか。
今まで一度も一夏を見たことはない。
「千冬」は笑いながら「オムレツ」の味の感想を訪ねてくる。
「千冬」がこの「オムレツ」を作ってくれたのだ。
「フライパン」を「菜箸」でこする音を拾いながら、変わらない手際を予感して、「皿」にのせられて「テーブル」に出された崩れた「オムレツ」の姿を見て確信した。
「千冬」は料理が苦手である。
「箸」に挟まれた欠片を舌にのせ、変わらない味は意図したものではなく上達がないことだと思う。
正直美味しくはない。
不味いわけでもないため何時も「普通」だと答えていた。
「千冬」はそうか、普通かと再び笑った。
多分美味いと言っても不味いと言っても笑っているのだろう。
しかしその同じ姿に決して停滞しているという「置物」を近視させるような「デジャブ」感は抱かない。
「千冬」はどんな時でも動いていた。
「箸」とは違った。
一夏
何度目かの「千冬」の一夏が脳を弛緩。
普段なら質問しない永遠の謎を解かんと「千冬」に尋ねた。
一夏とはなんぞや。
千冬は笑うのを辞めた。
「嘘」と「本当」を見破れるこの目には、「驚いた」その後「呆気」に取られている表情だと映る。
「千冬」が腕を伸ばして肩に手を置きそのままガッと掴んだ。
大したことのない痛みとともに「千冬」の「呆れた」感情が腕越しに伝わってくる。
おそらく今まで一夏の意味をてっきり理解しているものだとばかり思っていたのだろう。
それ程目の前にある単語なのだろうか。
単語の理解度の速度は目の前にあるかないかで大きく変動する。
それなら「箸」よりも「テーブル」よりも早く覚えている筈だ。
いいかと一息間を開けた「千冬」が苦い笑いを浮かべて「本当」を言った。
一夏はお前の名前だよ
「自分」というものを初めて知った時だった。
ーー
「一夏」
「なに、千冬姉」
「折角の休みなんだ。遊びに行けばどうだ」
ソファにて新聞を読み込んでいる千冬姉が俺からコーヒーを受け取ってから口を開いた。
低いハスキーボイスが勧めてくる。
昨日は一緒にIS学園から帰ってきた。
久しぶりに千冬姉と呼んでも問題なかった帰り道だった。 寄り道なし。
出来れば暫く。 千冬姉が休みを貰えている間くらいは家から出る予定は買い物以外になかった俺はう〜んと首を捻った。
「だって千冬姉久しぶりじゃん、帰るの。俺も久しぶりだし、滅多にないし、水入らずだし.....」
命令に近い千冬姉のお勧めは昔から謎の強制力を俺に課してくるが、俺とて負けてばかりではない。
本人からすればそれ程強気に拘ることでもないため、割と食い下がれば意見が通ることは少なくないのだ。
でも今日の千冬姉は、拘りがない代わりに常識的反論を持ち合わせているようであり。
「入学してからはほぼ毎日顔を合わせているだろう」
おれはうっとなる。
正論で一瞬黙ってしまいそうになるが、それでも持ち玉がなくなったわけではない。
「久しぶりに料理を振舞ったり、ゲームをしたりしたいんだよ。数年ぶりだろ?」
千冬姉はふむ...と視線を新聞から少し外して、テレビ周りに放置したままになっている据え置き型の本体と纏められたコードに目を移す。
よし...‼︎
本当は「一緒に居たいんだ‼︎」とストレートな言葉が真っ先に思い浮かんだんだがやめた。 子どもっぽすぎるもんな。 ドン引きされるや。
千冬姉は「そうか」と納得したような口調でぼんやりとゲーム機を眺める。
そして。
「遊びたいんならあの子らを誘った方が良いんじゃないか?」
「へ?」
言葉通りへ?となる俺。
なんだか口籠ったように千冬姉は眉を寄せる。
まるでその子らとは関わりが少ないから直ぐに思い出せないでいるようだった。
「あれだ。バンドやってる…お前も入ってるらしいな。違ったか」
そこまでいわれて俺の脳裏に入学以来とんと会う機会がなかった友人と、最近会った友人の顔が思い浮かんだ。
「弾と数馬のことか?」
そうだと指を立てる千冬姉に俺は納得した。
確かにあの2人と仲良くなった時は日本代表として忙しかった時だったし、当時の俺の趣味とそれを買い揃える物欲が中学生男子の好物と不合致していたことで、3人が遊びにくるのは決まってそういう遊び道具が揃っていた弾なり数馬なりの家であったからだ。
年頃が遊ぶには広いだけで魅力のないこの家にしょっちゅう来てた友達といえば箒か鈴だけだった。
こっちが「何もないぞ」と忠告しても気にしないで、結局部屋で退屈な時間を過ごすだけだったアイツラ。
なんでだろう。
ほかに聞いても「男と女の違いだろう」と投げやりな、揶揄うような感じで大した収穫は貰えなかった。
そんな2人ももう何年もうちに訪れてはいない。
今季に一回誘ってみるかしら?
みんなも誘おう。
「そうそう。その....弾君と数馬君と遊べ。私とゲームと言ったが、私はそんなにお前とゲームをした記憶はないぞ」
今度もうっとなる俺。 しかも今度のうっ...は決定的にチェックメイトな感じだ。
下手に説得しようとして中途半端な娯楽の記憶を引っ張り出してきたのがまずった....千冬姉は俺を世話してくれたりしていたが、遊んだことはあんまり〜...といったところなんだから。
それこそ弾達のような同世代の友達がその専門家だよ。
特にゲーム担当の弾に負けたくなくて、対人戦に付き合ってもらった。 その経験しかない。
つーか遊んでねーじゃん。
巻き込んでんじゃん。
俺が。
なんで忘れてたんだか.....
「そうだな.....でも、今日は遊びに行く気分じゃないんだ」
仕方ない。
せめて姉弟水入らずは復元したいのでそう言って折角の提案を突っぱねる。
「そうか」
あっさりと興味を無くしたのか、また新聞に目が戻った。
裏面しか見えない俺は番組欄らしき、距離があって細かい字を眉に力を入れて睨みつける。
今日見る番組で面白いのがないのか取り敢えず探している。
千冬姉の好みそうなやつがないのか見渡してみるが、やはりこの位置からだとイマイチ見えない。
明朝体の羅列にある文字同士の隙間が距離により薄れて、なんだか黒いミミズみたいだ。
ミミズは珍しくうねうねしていないで真っ直ぐな線として枠の上から下まで伸びていて、規律だった直線を見せている。
もちろんミミズが見たいわけじゃないんで、もっと近づいてみるか....いや、もし千冬姉に気づかれたらまた気をつかわせてしまうな。
ミミズで諦めよう。
代わりにUFOでも見よう。
ソファに座った位置から真上を向けば、そこには我が家のUFO。
地球探査の際に誤って現地人であるここの人間に見つかってしまい鹵獲。 そしてなんの因果か巡り巡って、我が家のアンティークとしてこの一室を照らす照明になっている。
アクリル製のような謎の素材で出来た透明なドーム型のケースが、中にある光る球体を覆っている。
おそらく球体はUFOのコアのようなものだろう。 それを上が広いドームと下が小さいドームが被さって保護している。 それから漏れ出る光が今も衰えないエネルギーの強さを物語っていた。
鎖ではなくコードのような拘束具で吊るされているところもこの照明が実はUFOであることを表している。
アクリル板みたいな屋根にソケットで取り付けられたコードはUFOの色に合わせられており、正にこのUFOのために用意させた非売品の特注品であることが伺える。
コードコードとは言っているけれど、みんなが思い浮かべるだろう所謂充電器のように、家の電力をUFOに繋げる機能は持ち合わせてはいない。
見たら分かる。
見れない?
なんで?語りかけてるのに。
字面でしか分からない?
俺の説明不足?
もっと言えば田中、お前対して文章力ない癖に場面展開で急に謎空間に飛ばすのやめろや。 200のBBAとかなんの意味があるんじゃい。 長々馬鹿晒しやがって結局新築建てた時についてきた付属品の照明だろうが。 傘が広いタイプだろうが.....お前ら何言ってるのかよくわかんねー。
でも説明不足はごめん。
「暇ならやはり遊んできたらどうだ」
千冬姉がミミズから目を離して(でも千冬姉の位置からならミミズじゃなくてキチンと文字なのだろう)俺を見た。
どうやらUFO観察で天井を見つめていたのが暇だと受け止められたらしい。
UFO観察のどこが暇なんだ。
そう思うが、考えてみれば千冬姉は俺よりもUFOに触れて長い。
UFOが年月で慣れて気にならなくなるのは俺にとっては非現実的だが、人とは何事も慣れるものと言う。
千冬姉にとっては俺の行為は暇なものなのだろう。
さて、それなら少し返答を考えなければならない。
問題ないと答えようにも、気にされた以上これから俺が居座ってもなんだか変な空気になってしまいそうだ。
それはちょっと考えものだ。
姉弟水入らずは嬉しいが、それ以上に姉には日頃の疲れを癒してもらいたい。 弟に変な気遣いを抱かせてしまってはそれも叶わない。
俺はすぐにUFOでもなくミミズでもなく千冬姉に視線をセットして。
「ごめん。やっぱ遊んでくる」
千冬姉は短くああを返して新聞に視線を戻した。
俺は出かけることにした。
あては今のところない。 なにしろ今決定したところなのだから。
取り敢えず千冬姉が進めてきた提案を採用してみることにする。
懐から携帯電話を取り出す。 中学の時に買ってもらった奴だ。 そろそろ型落ち...いや、とっくに旧式だと思う。 俺がそういう変化に無頓着なだけで。
弾と数馬は最新式なんだろうか?
そんなことを考えながら登録してある連絡先の画面へとボタンを進める。
俺の携帯の連絡帳の名前は割と少ない。
付き合いが悪かったわけではない。 多分必要がなかっただけなんだと結論づけている。
IS学園だって、みんな俺によくしてくれているが、番号を交換している生徒は本当に少ない。
箒や鈴とかの幼馴染組を除けば俺と携帯の番号を交換している人間は、ゴタゴタがあってそのテンションに任せて交換したシャルロットくらいなものだ。
最初に仲良くなったと言えるセシリアや、ラウラに簪さんすら知らない。
世の中には知り合ってすぐに相手の携帯番号を知りたがる人種がいるが、俺のからしてみれば価値観から離れすぎて最早神話の存在だ。
まあ実際に会ったことないため現在進行形で架空お存在だが。
割と長めの思考が終わると同時に俺は作業を終えて携帯を耳に当てる。
数馬はもう切ろうかなと思った時に電話に出た。
「はい.........はい」
「あ、俺。一夏」
久しぶりの数馬。
すっかり会話のテンポというやつを忘れちまったようで、返事を返すのが遅れてしまう。
数馬の強めの挨拶に慌てて自分が何者なのか証明する。
「うん知ってる、なに?どったん」
ごもっともな反応を返された。
きょどりそうになるのを何とかペースを整えて数馬に応える。
「今暇ある?久しぶりに会いたいんだけど」
数ヶ月ぶりにしては素っ気ない言葉とそれに反して数ヶ月ぶりの興奮を胸中に発した言葉。
もちっと気の利いたことが言えないのかと。 The学生って感じの自分を責めるが、当の数馬はThe学生って感じのふ〜んとかそうだな〜とかを経て返答を返す。
「いいよ」
「あ、マジ?」
「うん、いいよ。暇だから」
これまた数ヶ月ぶりにしてはな反応をしてしまったが、これでもちゃんと喜んでいる。
やっぱり数年来の友達と邂逅というのはルンルン気分。
ちょっと少女漫画チックな擬音で気持ち悪くなったが、俺はこれでも高いテンションで電話の先で電話を握っている数馬と打ち合わせをすることにした。
打ち合わせといっても簡単なもので「どこで遊ぶ?」といったものだ。 当然行き当たりばったりな会話だったり2人の意見が食い違ったりするが、俺はそんな無駄で非効率な時間も好きだった。
ふと数馬が言ってきた。
「一夏さ。IS持っとるの?見してくんない?」
声の調子は興味津々といったところだろうか。 気持ちは分かる。 なんせ興味津々という名の無神経さで女子校に入るはめになった張本人だからだ。
ISの...しかも専用機なんて早々お目にかかれるものじゃない。
それを見たい。
無理もない。
むしろ今まで数馬が自分から電話かメールでかけてこないでいたことが不思議なくらいだ。
「いいぜ。でも規則で展開は出来ないから待機状態だけな」
「うん。それでもいいよ。展開とか言うんだ。ISって」
「なんだと思ってたの」
「いやそんな大したもんじゃないよ。そのさ、『装着‼︎』とかそんなん。想像してたん」
やけに力を入れたイケメンボイスで、なんとなく数馬がアニメのヒーローなんかが強化スーツを掛け声とともに一瞬で身につけるシーンを想像していたのだろうと思った。
確かにISって兵器は兵器でも、現実の兵器っていうより映画のスクリーンの中に出てきそうな感じだもんね。
実物に触れている俺でもそんな評価をISには持っているが、やはり一般人と比べると少しファンタジーに差が出るみたいだ。
「でも『変身』はあるかな」
「あるん?」
反射的に出してしまったことに「しまった」となるが、誤魔化さずに堂々として処理する。
「あるんだよ」
「なんか虫みたいね」
「ちょっと蛍っぽいんだ」
「虫じゃねーか」
光る乾を思い出す。
「『セットアップ』とかもあるよ」
勢い的に出してしまったことに「しまった」となるが、誤魔化さずに堂々として処理する。
「おお、ぽいじゃん」
「装着系っぽいか?」
「あんまり聞かないけど兵器っぽい」
「魔女っ子みたいなんだ」
「ちゃうやんけ」
魔法をぶっ放すなのはさんが浮かんだ。
この会話も楽しいがやっぱり話の腰を折ったことに他ならない。
遊ぶ場所を決定させよう。
「弾
「いいよ」
俺の提案に数馬が電話越しに頷く。
どうやら遊び先は五反田宅で異論ないらしい。
そうと決まればこれ以上電話での会話は無用だ。
俺たちは短く会話を交わしてそのまま通話を切った。
後は現地集合である。
IS学園の時は地理的に時間的に弾の家くらいにしか遊びに行けなかったが、数馬の家は決して郊外の山奥にある訳ではない。 俺は主にあいつの家には歩きで行くが、到着はほぼ同時だと思う。
中学までの記憶を頼りに俺は歩き出した。
道すがらの光景はあの頃と変わっていない。
アスファルトから生えている雑草は幼少の頃からそこにある中々根性のある雑草だ。
ひび割れたアスファルトはあの頃から変わってはいない。
生活道路から出るT字路に描かれたちょっと掠れた止まれの白い文字は数年前に場所をズラして塗り直された。 また掠れている。
お隣さんの敷地を囲う塀同士が並んで壁となって、ここらを初めて通る車に圧迫感を与える。 それほど狭くない道路で乗用車同士がすれ違う際、実際の車幅からみて全く問題のない場所で、ガラス越しにドライバーの顔が緊張しているのが分かる。 それを尻目に相手のワンボックスカーが町内制限速度30キロを怖がるほどではない無視して走り抜けていった。
山田さんだなありゃ。
俺は車に注意しながら突き当たりまで早足でたどり着き壁伝いならぬ塀伝いに歩いて行く。
右側だ。
歩行者は右側通行だ。
壁のようとさっきは表現したが、塀は家ごとに肌触りが微妙に違う。
たった数センチから数メートルの差なのに地理関係以上の原因が感じられた。
俺はその謎が生活感だと思っている。
塀の向こうに住む人たちの生活感が傷となって塀に現れているんだ。
傷らしき箇所を指で撫でると家の中の住民を感じるような気がする。
小さい頃は傷やシミを懸命に撫でて、次に家から出てくる人が男か女か当てようとしていたものだ。
確率50パーセントだろと簡単なように思えるが、なんか外れるのだ。
どんな原理かはわからないが意外と当たらない。
そもそも塀から読み取るなんてこと自体がよくわからない。 あの頃の俺は可笑しかった。 多分人間じゃなかったんだと思うね。
50の片方側が絶妙に俺が塀から読み取った情報と着弾する様子に1人で歯を食いしばって悔しがっていた。
そしてムキになって他の塀を巡って、やっと当たった頃には先生からお叱りを受けていた。
時間を忘れるほど熱中していた。
ああ、そうだそうだ。 今思いだしたが、一度ツイていた時に調子に乗って隣町まで遠出したことがあった。
予測が外れるよりも先に家から人が居なくなってしまった。
外れようがなくなったその時がもしかしたら俺の人生で一番の運だったのかもしれない。
夢中になりすぎて気付いた時には見知らぬ風景だった。
もちろん帰り道なんて分かるわけもなくうろうろしていたら突然肩口を掴まれて強引に後ろを向かされた。
束さんだった。
「ちーちゃんしんぱいしてたよ」
教師から連絡を受けて俺が学校に行っていないことを知った千冬姉が、束さんに泣きついたらしい。
俺は千冬姉に迷惑をかけたということを知って凄く後悔した。
束さんに手を引かれて知らない道を歩いて行く俺。
やがて自宅の前にたどり着いた俺は、そこで待っていた。 制服のままの千冬姉に出会った。
俺を見つけるなり千冬姉は駆け出して束さんを無視して俺を抱きしめた。
俺は堪らなく恥ずかしくて縮こまっていた。
その日から俺はその遊びをやめた。
いやーあの頃はへんなこだわりを持っていた子供だったなとしみじみ思う。
そして千冬姉は大分と振り回されていたんだろうなと思うと申し訳ない。
久し振りに触れてみたがやっぱりもう卒業すべきかな。
そして塀から手を離そうとした俺の耳にドアを開ける音が聞こえて来た。
家の住民が用事で外に出かけるのだろう。
「久しぶりにやってみるか」
塀に手を当て直して目を瞑る。
汚れと傷から読み取る...ことなど出来ずに。 やはりあの頃迷子になったのは単に当てずっぽうが当たる日だっただけのようだ。
成長した今になって超感覚が生まれたわけでもないため、俺はとりあえず足音が大きくなって見た目として現れる前に思いつきで口を出す。
「弾」
「おお、よっ」
当たった。
俺を発見して驚いた弾はそれでも直ぐに指先をピッと指して持ち直す。
「俺もいるぞ弾〜」
おお、こっちも当たった。 やっぱり同時だったみたいだ。
ちょうど弾の背後から現れる形となった数馬が声をかけて存在を知らせる。
弾がさっきより驚いた声を上げる。
「どしたー。びっくりしたぜ」
ここに来てようやく俺は2人して弾への連絡を忘れていたことに気づいて、都合も聞かずに訪ねてしまった弾に申し訳なく思った。
いつものことで忘れていたが。
今更遅いがきちんと詫びておこう。
「ごめん弾。急に来て。今日空いてる?」
言いながら空を眩しそうに見上げる数馬の姿にちょっと不安になる。
うっすらとは心の片隅に残っていたが、時間帯は昼ちょっと前だ。
案の定弾は言い聞かせるような、または少し意地悪な感じで言葉を繋いだ。
「昼時だぜ〜?定食屋だぜ〜?夏休みだぜ〜?」
俗に言う書き入れ時ってやつだ。 そりゃあ大変な時間帯だろう。
俺はそうだよなぁと意見を返して詫びようとする。
「ちぇ、使えねーなー弾」
数馬が軽口で弾を攻め始めた。 いつもの流れだ。 歯に着せぬ言い方に逆上した弾が数馬に優しく摑みかかる。
「このエセ関西弁〜」
「このエセビジュアル系〜」
そうして2人して路上にてプロレスごっこに移行する。
暑いってのによくやる。
2人曰く。 冬は滑って危ないからやらないらしいが、夏のアスファルトの上でするのも中々疲れるだろう。
春や秋にすればいいのに。
とにかく汗と車とか人が運んで来た砂にまみれながらゴロゴロとグラウンドの攻防になっていた2人はある時同時に跳ね起きた。
見逃していた俺は突然のキレの良さに「お?」となって注目する。
そのまま動きがない2人は互いににらみ合った状態で静止している。
やっぱり暑かったのだろう。 額や頰から大粒の汗が流れており。 「バカやってんな」としか思えなかった。
..........
いつまで止まってんだ?
..........
パチパチパチパチ。
「蘭......」
忘れていた存在がまた1人。
今度は絶対忘れてはいけない。
背筋が冷たい。
少し前の休みの日に蘭が俺に告白。
そして俺が振った形となった。
そして泣かせた。
「こんにちは一夏さん」
挨拶を出来るだけ早急に返す他なかった。
気まずいが出来るだけフレンドリーに。
決して嫌っているわけではないということを示さなければならない。
他の人間になら、「何を自惚れているのだ」と思って態度に出すこともないのだけれど。 蘭にとって俺に嫌われているということは俺が想像しているよりもずっと傷つくものだろう。
好意にずっと気づけずに、そして碌に話も聞かずに振った俺が、これ以上自分勝手に振舞って蘭を傷つけるわけにはいかない。
「ほら一夏さん。拍手」
「ああ」
なぜ拍手を要求されるのかはわからないが、言われるがままに両手を打つ。
蘭がクスクス笑う。
「おい、こっち向いてしろよバカ客」
「いいもん見せたんやからこっちみんかいダボ」
「ほら、あっちに拍手を」
俺がまた察しが悪いスカタンだったのか。 いつのまにか三対一の構図が出来上がっていた。
またもやわけがわからずにとりあえず言われた通り拍手だけはしてやった。
ただ蘭にならともかくこいつらに文句を言われるのは癪に触るな...特に弾がムカつく。
「いいもんって見てねーよ」
2人の呆れた顔と仕草に腹がたつ。
「ヘッドシザースから脱出して互いに距離を取って睨み合う。ルーティーンだろ」
「知らねーよ」
額の汗を両手で長い髪を巻き込むように搔き上げる仕草がなんとも爽やかで、すっごく腹がたつ。
「数馬くんも久しぶり」
「おっす。蘭ちゃん、またべっぴんになったんでねーの〜」
「でも最近振られちゃったの」
背筋に走る謎の冷たさが更に強くなった。
まだ15の人生でこの数ヶ月。 なかなかの「唐突の出来事」といううのを体験してきたつもりだったが、まだまだ序の口だったことがわかった。
暑くなったり寒くなったり、今日はやはり家にいればよかったかな?
「マジで。じゃあ、俺がもらっていい⁉︎ねえ、弾」
「お前にお兄さんとか言われるのとかマジ死ぬわ」
「やーだよ。私来年からIS学園に行くんだもん。彼氏なんかつくってらんないし」
「え、なに、蘭ちゃん鈴とかと一緒の学校行くん?」
「そーよ。だから今は受験勉強真っ最中なんです。あっち行って下さい」
「つーことで数馬。うちでは遊べん。早速一夏隊員の家へ直行するぞ」
「うっしゃ、競争や」
滝のような汗など最早構わない。 といった具合に再びハードワークに出かける2人……てゆーか俺んちかい。
てゆーか…気まずい‼︎
離れて小さくなって行く友人達のお陰で俺は蘭と2人きりで店先にあるわけだが、前述の事があるのでとーっても気まずいんです。
つか腹立つなあいつら。
数馬は未だしも焚きつけた本人が、既に遠い過去の出来事みたいな扱いしてはしゃいでんじゃねーぞ。
「すみません。折角来ていただいたのに帰してしまって」
可愛らしいちよっと申し訳なさそうな肩を竦めた仕草がナチュラルで、違和感を覚える。
無理していないか?
「蘭……あのさ」
俺のいいよどむ様子は事情を知る者からすればどれ程情けなくうつっているのだろうか。
俺の気持ちがどれだけ複雑に渦巻いていようと。 俺は加害者で、蘭は被害者だ。
何時迄もこっちの都合で向こうに時間を使わせられない。
「この前の…ごめんな。あの、ごめんな...」
しかし気持ちの整理は付けても語彙力までは整理整頓出来ない俺。
最悪な歯切れの悪さはおそらく相手を圧迫させるか気まずくさせる以上にはならない筈だ。
手探り状態で言葉を探す間に、俺を見る蘭の瞳が俺の瞳と交差する。
待ってくれているのだ。
俺が拙いながらの謝罪を終えるのを受験を控えてる身で待ってくれているのだ。
「本当にごめん」
頭を下げて背中を曲げて地面を見る。
もうこれから言葉を重ねる必要はない。 これ以上はただの言い訳であり自己保身のための言葉が出てきかねないだろうと思ったからだ。
頭しか見えない俺を蘭はどのように見ているのだろう。
自分を振った男の謝罪は、ともすれば自分勝手な行いに見えるだろう。
許されたい。 罪悪感から解放されたいという身勝手な思いから頭を下げていると相手から映っていてもそれは仕方のないことだ。
俺がすべきことはこれで精一杯だ。
俺は蘭が俺に頭をあげるように言ってきて、その通りにした。
再び瞳があった蘭は暫くはそのままジッと俺を見つめていたが、やがて可愛らしい笑顔を浮かべると俺の背後を指して。
「行っちゃいましたよ2人とも」
俺は背後を振り返る。
汗だくの弾と数馬はもう道の何処にも居なかった。
「そうだな。それじゃ。今日は急に訪ねてきて悪かったな」
「いいえ、定食屋ですからウチ。好きな時に来てくださいね」
俺は手を振って蘭と別れた。
蘭に聞くこともない。
「2人を追った方がいい」と言ったのならそれに従うべきだ。
ーー
「お帰り」
家に帰った俺を千冬姉が玄関で偶然出迎えた。
部屋着ということで非常にラフな格好をしている。
思春期真っ只中の男子2人に見られているという自覚は果たしてあるのか。 堂々と我が家を歩き回っている。
「弾君と数馬君の着替えを用意してやれ。同じ年頃の男子が用意してやったほうが私よりも相応しいだろう」
宣言通り織斑家の風呂場を利用している友人2人らしきはしゃぎ声が聞こえてくる。
なんだか恥ずかしくなってきた俺は千冬姉に謝っておく。
「物を壊さなければいい。好きに遊べ」
二階の自室に上がっていく千冬姉。
遊んでいる間の邪魔にならないようにしてくれたのだろう。
ひとまず感謝。
そして着替えも用意してやらねばなるまい。
俺は自分の部屋に戻って俺の私服を着せてやるためにタンスを漁った。
部屋着だということで半袖半パンの速乾性のスポーツウェアを持ってきた。
ゆったりとしているからあの2人にも着こなせるだろう。
洗濯機に放り込まれた2人の着替えのズボンを調べて貴重品が入っていないかを確認した後で、磨りガラス越しに2人に服を洗濯することを伝えた。
2人の返事とともにスイッチを入れた。
一旦リビングにてUFO観察に戻り時間を潰す。
やがて用意したウェアに着替えてリビングに来た2人を交えて俺はしばらく談笑に花を咲かせた。
少しして洗濯機の様子を見に行きリビングは2人に任せる。
俺がUFOが逃げないように見張っておいてくれと言うと2人は任せておけと言った。
安心した俺は脱水が完了した2人の服をベランダの物干し竿に引っ掛けてしわをキチンと伸ばす。
この快晴なら数時間で乾くだろう。
そして再びリビングに戻り、UFOが逃げていないことを確認すると、ようやく三人久しぶりの遊びの時間がやってきた。
遊び道具が少ない俺の家だが、幸い今回の会合内容は会議形式だけで十分楽しめそうだった。
約束通り俺の白式を見たがる数馬に腕輪型の待機状態を見せびらかす。
案の定触られたり引っ張られたりしたが、ISがその程度で痛んだりするはずもなく。
危うい展開は一つもなく数馬は満足したようなホクホク顔になった。
それからも話はもっぱらIS関連のことだった。
どうやら夏休み明けのクラスメイトとの話のタネにしたいらしい。 ワクワクした顔で2人を相手しているとなんだかこっちも力が入る。
IS学園の時間割とか、どんな授業を行なっているのか、ISを身につけた時はどんな感じなのかとか、一通りの質問を返していくとある時を境に冷房を閉じ込めておくために閉めていたリビングの扉が開いた。
現れた千冬姉は鷹の目で俺たちを射竦める。
「腹が空いた...飯」
「了解。すぐ作るね」
「部屋にいるから持ってきてくれ」
そう言って扉を閉め、二階に上がっていく千冬姉を耳で追っていき、ガチャリと扉を閉められる。
「一夏の家は亭主関白だな」
弾のコメントに数馬が大きく頷く。
失礼なやつらだ。
話を切り上げて昼食を作ることになった。
そんな時に弾と数馬がキッチンの方を指差す。 どうやら持ち込み物があるらしい。 言われた通り流しを見下ろすと水の張ったうちで一番大きなボウルに溢れそうな量の草が浸っていた。
すぐに分かった。
ヨモギにユキノシタだ。
どちらも若芽だったが、綺麗に土を払ってあって肉厚な葉っぱが覗いている。
家に尋ねる前に2人が道で探してきてくれたらしい。
「天ぷらにでもするか?」
俺がそう言うと2人は見るからに喜んだ。
かくいう自分も楽しみである。
野草なんて食ったことがない。
過度な期待はしていないがやはり楽しみはある。
蒸気船まな板号(空も飛べる)に水揚げしたそれらの素材を適当に根っこだけ切り取って、片栗粉と小麦粉で作って水と卵を加えて混ぜ合わせた天ぷら粉に浸す。
作り方などあまり詳しくないので、適当にそれっぽく作ってみた。
プロみたいに音で最適な上がり具合を見極めるなんて凄技出来ないので、取り敢えずそんなに長く上げる必要はないだろうと思ったので、サッと油の中を潜らせると直ぐにあげて次のヨモギかユキノシタに移る。
10分もしないうちに全ての草を上げ終わった俺は、昼食用に炊いておいたご飯を茶碗によそって、朝の残りの味噌汁を添えた昼食をお盆に乗せて千冬姉に届けた。
付け合わせを塩にしたのには何の意味もない。
ただ単に天ぷら用のつゆを用意していなかったからだ。
見慣れない野草の天ぷらは千冬姉の眉を一つ上げさせた。
弾と数馬が拾ってきた事を伝えると、一瞬だけこちらに注目したかと思えば、素手でヨモギを摘み上げて口に投入。
小さく薄く張り付いた衣のパッサリとした装甲が食い破られ、中の柔らかいヨモギの肉葉っぱは容易く切断されて、千冬姉の口内と手に二分割される。
そして飛び出る味を外装と共に噛み砕いて飲み込んだ。
届けたら速攻出て行って弾たちの分も用意しようと思っていたけれど、もう少し待っといたほうがよさそうだ。
食べかけのヨモギを皿に戻して机のティッシュで指先を拭う。
「あとであの子たちに拾い場所を聞いておいてくれ」
了承した意を伝えて今度こそ俺は自分たちの分の昼食を用意することになった。
律儀にリビングの椅子に座って待っていた弾と数馬の手にはこれまた律儀に受け皿と箸だけが握られていた。
因みに俺の席らしき、空いたスペースには何も置かれてはいない。 せっかくならお前らの持っている荷物くらい置いておけという話だが、2人で先に食べ始めていないだけでもよく我慢したとして褒めておくところだろうか。
まあいい。
空きっ腹を押さえて1日を終えるわけにはいかない。
さっさと味噌汁と炊飯器に残った米を掻き出して俺の茶碗に入れる。
2人用にセットしておいたため米粒一つ残らない。 味噌汁はそこまでストイックに分量調整とかしない。 少なくとも底が見えるような鍋なんて美味しそうに見えないたちなんで朝から昼の俺と千冬姉を挟んでもまだ余裕がある。
足りないのは米だ。
さらに言えば俺は自分の分を減らしてあいつらの茶碗に入れてやる気はない。
日本人として米は一日一合以上は摂取したい。
ということで今日の奴らの昼飯は味噌汁あり、おかずあり、おまんまなしだ。
チン
というのは可哀想なので手を打っておいた。
聞き覚えのある音を立てた電化製品の扉を開き湯気をタップリ上げる、ケースに入った白い米飯。
ズボラな時用にスーパーで仕入れといたレンジで調理するタイプのご飯だ。
二階に料理を持って上がる前に仕掛けておいたんだ。
布巾を二つ駆使しながらとても熱い容器を摘んで、2人の分の茶碗によそう。
俺と千冬姉のために大きめなサイズにしておいたお陰でなんとか2人の腹を満足出来そうだ。
「おーい、味噌汁とご飯取りに来いよ」
いつまでも座ったままの2人にもこれだけは手伝ってもらう。
2人もそっちの方が効率的だと思ったらしく、特に何も言わずに自分の分を取りに来た。
そして3人一緒にテーブルを囲む。
思い起こせばこんなシチュエーションはなかったかもしれない。
飯を食べる時は大体五反田食堂で他の一般客に紛れて食べていた。
混んでた時は回転が滞るってんで厳さんに急かされて、急いで飯をかっこんでまだ一服したいのにサッサと会計だけさせられて外に叩き出されていた。
そうでなくとも誰かの自宅で友達を招いて食事を振る舞うなんてなかった。
弾がいの一番に「いただきます」を言って、ヨモギに箸を伸ばす。
接客の時と同じく短く省略された「いただきます」は一瞬何を言ったのか疑問を覚える。
大口でヨモギにかぶりつく。
口よりも大きいヨモギを箸で押し込んで食べる。 当たった口の端が分かりやすくテカる。
思っていたよりも柔らかい。 時たま硬い咀嚼音が微かに聞こえてくる。
これ以上耳をたてるのは相手に失礼だろう。
俺も食べる。
既に数馬は味噌汁に手をつけている。
こいつは余ったご飯と味噌汁でねこまんまを作るのが締めのお約束だ。 豆腐や大根などの具材を取り除いてスープだけにして、そこにご飯を投入するのだ。
このねこまんま或いはぶっかけご飯が見られるのは学校の給食か、五反田食堂などといった知り合いが多い場所だけで、以前行った都内のファミレスで御前セットを頼んだ際には普通に食べていた。
人の目を気にしているというよりエチケット的配慮ができるということだろう。
そういった辺りは見習いたい。
そんなこんなで数馬も天ぷらに手をつけだした頃。
遂に俺も山盛りの天ぷらに手を付けることが出来た。
口に入れるのはヨモギの天ぷら。
衣の間から見える葉っぱの色合いが実に見慣れない。
味はもっと慣れないものだった。
草というもの。
実は何度か口にしたことがある。
そこら辺に生えている雑草を小さく千切って恐る恐る口に入れたことがままある。 そして吐き出す。
全て小学2年までのことだ。
ある程度理性も付いて来て、しかし未だ幼さゆえの無計画さを止められず。 ワクワクビクビクしながら無謀な事ばかりやって千冬姉を困らせていた。
その時に食った草に比べればこれは革新的だ。
まず苦味が意外なほどにない。
ヨモギは春が旬だが案外夏でもイケるらしい。 まあ俺は春も食べたことはないで知らぬが。
スナック感覚な厚量に加えてスイスイ喉を通る。
ヨモギよりはマイナーで野草としての味の情報も少なかったユキノシタも、ジューシーな厚さを感じる歯ごたえがいいギャップを生んでいる。 これはコンボで食うとやばいかも。
急いで作ったから天ぷら以外は余り物の保存食物で手抜きかなーと思っていた白飯と味噌汁のラインナップもこのメニューには相性がグンバツで箸がすすむすすむ。
揚げたことでかさが倍増した天ぷらの山もあっという間になくなっていく。
あわよくば夕食のおかずに使おうかなと思っていたがそれは出来なさそうな勢いだ。しかし俺も箸の勢いを止めたくはない。
このままだと十分程度で昼食が終わってしまいそうだったので俺はみんなの消化も手伝うため駄弁ることにした。
「意外とイケるなこれ。新しくメニューに加えよっかな。どこで生えてるんだ?」
箸の手を止めて弾。
「篠ノ之神社んとこに大量に生えてんだぜ。知らねーの」
「篠ノ之神社?知らないぞ。あそこにそんな穴場」
意外な名称が飛び出して来て驚く。 危うくユキノシタも飛び出して来そうだった。
もちろん篠ノ之神社は幼少の頃より何度も訪れているし、箒がいなくなった後も神楽祭には毎年訪れていたのでそんな特売品が陳列していたとは....
灯台下暗しとはこのことだろうか。
「いつ知ったんだよ。なんで教えてくれなかったんだよ。うち貧乏だった時期あんの知ってんだろ」
2人だけで独占していたとは許せない。
場合によっては白式で切ってやらねばなるまい。
独占禁止法だ。
俺の睨みに答えたのはご飯を味噌汁のお椀に投入しだした数馬だった。
ネギ一つまで取り除かれた味噌色だけのスープに白い彩りが加えられあんまり美味しそうじゃない。
「俺らもつい最近知ったんだよ。とゆーか教えてもろた」
「誰に?」
「長老」
「誰だよ?」
『ホームレス』
ハモる2人の回答。
......................................
「お母さん心配」
「だれがオカンじゃ」
数馬が右手のスナップを聞かせて宙を切る。
ツッコまれた。
とふざけてみたが、やはりワンサマー心配。
親友の2人が俺の知らない間に未知の文明人との交流を企てていたと知ってしまったのだ。
どのタイミングでも驚くというものだろう。
「文明人じゃないだろ。ただの社会不適合者のおっさんだよ」
「そや。「金と見返りだけで作る人間関係に疲れた」とか「醜い化かし合いで上り詰める地位争いに嫌気が指した」とか真っ当な理由のたまっとるつもりの只のクズや」
わーお、辛辣だ。
「長老ってのは自称大企業の社長秘書で、自分の姿は俗世間の人間に見られるとパニックが起きるからって理由で常に仮面を被っている30代くらいのおじさんだ」
わーお、クズだ。
「なんぞローブみたいなもん被ってて...この前なんか空に向かって、こー手ェかざしてなんか言っとったんや、そんで何しとんか聞いてみたら「世界を二つに分けていた...」てさ」
ブフゥ
「あー、お前。俺たちの長老を笑うなんて許さないぞ‼︎」
「そうだ。長老も生きてるんだぞ‼︎草生やしとんちゃうぞホモがき‼︎」
「お前らも散々言ってたような....そんで、その長老にはいつ知り合ったんだよ」
「俺は弾から紹介されてもらった」
「行き倒れてた」
社長秘書なのに...
「家の近くだったからおむすび作って渡したらお礼言われた」
「あれ?おにぎりって言わへんの。むすぶん?」
「俺んちだとむすび」
「いや、そこの話どうでもいいから」
話が進まない。
弾も数馬もそれ以上その話題を掘り下げる気は無いらしく、その行き倒れ社長秘書の話にフォーカスを戻した。
「お礼に教えてもらったのがそのヨモギ園。俺は1人で見るのも勿体無いなって思ったから数馬を電話で呼びつけて一緒に見てもらった」
俺は呼ばれてはいない。 ちょっとショック。
まあ仕方ないか。
当時はおそらくIS学園で寮生活していた頃なんだろうから。
とりあえず弾と数馬の仲の良さを確認出来た事を喜ぶべきだろう。 友達の友達が友達ってことは凄くいい事だと思う。
弾から譲り受けるように数馬が話し手を交代する。
「その人に会いたいか一夏?」
そもそも会えるのだろうかというレベルの話なんだが、どうやら今回のケースは俺の思い描いていた常識像に当てはまらないらしい。 事実は想像よりも奇なりだ。
「その人篠ノ之神社近くでいつも道路に行き倒れてるんだ」
「........」
沈黙しているのはもちろん俺。
いや、まあ第一印象から不審者だとは思っていたが、流石にこれは引いていい奴では無いのだろうかと思うよ俺は。
箒大丈夫かな....
「会いたい」
興味以上に恐怖を惹かれる相手だがここは見過ごせない。
幼馴染として、地元民として、男としてその他諸々として一眼お会いしたい所存。
そんな考えも知らずに数馬はずずーっとねこまんまを口にかき込んだ。
「じゃあ、食べたら差し入れ持ってってやらんとな。この天ぷら何個か持ってったろうぜ」
弾が善は急げとばかりにハイペースにご飯を大口で食べる。
行き倒れするような状態の人に油もんは拷問だと思うがな。
とりあえず午後の予定は決まった。
そして一刻を争う内容だ。
「分かった...人命救助だもんな。急いで食って片付けるぞ野郎ども‼︎」
俺の号令と共に男3人は腹一杯を8分目ほどに抑えて完食を目指した。
なんせ人の命がかかっているかもしれないのだから。
誤解ないように言っとくと、俺の優先順位は「頭可哀想系行き倒れホームレス」ではない。
俺は意外と他人に厳しいのだ。
でも一応タッパーに鍋の残りの味噌汁を入れといておく。
本当に栄養失調だったらヨモギパワーじゃ弱った胃に逆効果だ。
ーー
「しかし本当に行き倒れてんのか?」
全員ルートは理解しているし、はやる気持ちは俺が一番らしく、後方を付いてくる2人に疑いの目を向ける。
箒はいない時期もあったが、やはり篠ノ之神社はこの街の名所だ。
特に夏祭りが近づいてきた今の時期は篠ノ之神社では出店を出す各店の責任者や市の職員さんが打ち合わせのために訪れ、それなりに賑わいを見せている筈だ。
そんな怪しい人物が居たら、昔懐かしの下町根性特有のコミュ力の高さとデリカシーのなさ(豪快とも言う)を持つおっちゃんたちが外食の席のネタにしないはずがない。
五反田店の一人息子で、「家の近くで倒れてた」ところを発見した弾が、来客の屋台のおっちゃんたちはそんな話は一切していないというのだ。
嘘を疑っても仕方ないというものだろう。
しかしタッパーに入れた天ぷらを持つ弾は地震満々に言ってのける。
「はっきり居るもんな数馬」
「おう」
真っ直ぐ俺の目を見る2人に嘘を付いているそぶりはない。
そもそも2人の嘘を見破れるほど、俺は2人の嘘の材料を持っていない。
「正直者」俺が2人に持つ印象だ。
そんな2人をお供にして、篠ノ之神社にやってきた俺。
辺りを見渡す。
そんなに振って痛くならないの?と言われるぐらいに首を左右に振って長老を探す。
しかし仮面はおろか人っ子1人見当たらない。
「おーい、長老。また食べてないのか?」
数馬がアスファルトに手を振る.....ついさっきまでそこはアスファルトだったと思う。
確かにうつ伏せで道路の白線を横切るように横たわる。 数馬の言う通り、ローブらしき黒い服を着た男性がそこにはいた。
驚くところなのだろうが、俺には一瞬事実を受け入れられない時間が1秒くらい発生しただけで、ボーっとした目が治り、俺は長老さんの姿を当たり前のように認識した。
長老はゆっくりと、しかし気怠げではない確かな体幹の強さを感じさせる姿勢移動で立ち上がった。
外国の民芸品か。
見たことのない仮面が彼の顔を全て覆っていた。
「食べてはいない。それは問題ではない。現にこうして健康に問題はない」
行き倒れにしてはハキハキとした喋り方だった。
でもどうやら何も口にしていないということは確からしい。
俺は持ってきていた味噌汁を差し出す。
「よかったらどうぞ」
長老の瞳。
正確には仮面の目らしき模様が俺を見つめる。
さっきは何故か見つけられなかった。 極めて人目が探せば見つけられるような目立つ位置にいたこの長老さん。
その彼は今確かに目の前にいる。
なぜ見つけられなかったのかと疑うくらい濃いキャラをしている。
「キミが作ったものかね」
イントネーションの恩恵なのかは無教養の俺には判別しきれなかったが、彼の使う日本語はすごく綺麗に感じた。
仮面特有のくぐもった声では到底考えられないクリアな発声は、しかしそのハッキリさが逆に長老さんが存在していることにもう一度疑問を抱かせた。
「はい。でも向こうのやつが持ってきた天ぷらは貴方が教えてくれたヨモギとユキノシタです」
長老さんがようやく人間らしい反応を見せた。
「食べよう」
俺たちはとりあえず通行人の邪魔になるので神社の石階段のところに腰を下ろして、木陰に身を預けて長老さんに差し入れを振る舞った。
驚いたことに長老は食事の時も仮面を外さなかった。
仮面のまま四角いタッパーの角に味噌汁を集めて飲んでいた。
若いのに長老なんて似つかわしくないあだ名だと思ったが、成る程この人はタダモノではないな。
これなら長老と弾たちが呼んでも不思議ではない。
天ぷらも仮面の上から食べてしまった長老はタッパーを俺に返して、また道路に横になった。
「何してるんですか」
聞かずにはいられなかった。
タダモノでなくてもやっぱり不審者のそれを長老はしていた。
「地脈の流れを調べている」
多分リビングでこのセリフを弾の口から聞いていたら俺はまた引いていただろう。
しかし目の前の長老さんは真剣そのもので、その姿はなんだか説得力を持たせていた。
となると別の疑問が湧いてきた。
「それで何が分かるんですか」
気づけば俺は長老さんの横にしゃがみこんでいた。
弾と数馬は木陰で涼んでいる。
何だか向こうの存在がえらく気薄に感じる。
もしかしたら俺が長老さんを見つけられなかったのはこのことが原因なのかもしれない。
お互いに存在が薄れて認識される。
弾と数馬は偶然この穴に入ったのかもしれない。
「地脈はすなわちこの世界の方向性。それを感じることで今、この世界がどういう形をしているのかが分かる」
言ってることはそんなに難しいことではないみたいだが、サッパリ理解できない。 結局長老さんの目的が不明だからだ。
この世界の形を知って、この社長秘書になんのメリットがあるんだろう。
それを尋ねると長老さんは短く一言だけ答えてくれた。
「調整のために必要なのだ」
それっきり長老さんは居なくなった。
例により存在が薄くなって消えてしまった。
何もない。 少し薄れた白線がその上に被さっていた男の姿がきえてしまったことを示していた。
俺は彼の代わりにアスファルトに耳を当てた。
熱かった。
日陰になっていたことすらも薄れていた。
多分存在を薄められる人にしか地脈を感じることは出来ないのだろう。
俺達は帰ることにした。
帰り道は長老さんに会ったこともあってか、やたらとハッキリしていた。
家に着いた俺はとりあえずタッパーを片付けて弾達との要望でIS学園の話をした。
それはISのことが最初だったが、それ以降は可愛い娘はいないのかという内容で、俺は若干辟易しながらもケータイでみんなと撮った写真を幾つか見せて対応した。
特に人気があったのは専用機持ちの子たちだ。
モデル撮影の仕事もあるほど代表候補生はアイドル的な面も多い。
IS学園に居る鈴たちもみんな可愛い容姿をしているため、弾と数馬にはとても好評だった。
「同じくちっちゃくてもこの子は鈴と違ってお人形さんみたいだよな」
鈴に聞かれたら殺されるだろうセリフを吐くのはラウラの写真を見た数馬。
因みに写っている彼女の服装はこの前シャルが選んでやった服だ。
服に無頓着なラウラを見かねた。 実はオシャレさんのシャルが無理矢理デパートに連れて行き試着。 そのままの勢いで購入したらしい黒のワンピースはフリルや肩出し、その他専門外な俺にはどのような意味合いで取り付けられているのかわからないアクセントの数々でラウラを彩っている。
貧相なボキャブラリーの中から探し当てた言葉は「凄く良い」だった。
それをシャルが見せびらかしにきたラウラに言った。
相変わらずつまらない男だとは思うが、こればかりは治りそうにない。
そんな凄く良いラウラの魅力は他の男子にも案の定伝わるようで。
ラウラは数馬の気になるあの子ポジションになっていた。
「弾は?」
「んん〜。俺は年上が良いんだよなぁ。んん〜....この人かな」
指差したクラスメートはセシリアだった。
歳上好きな弾のことだ。
大人びたセシリアの雰囲気に当てられたのだろう。
「あ、本当だ。最近の女子高生って綺麗なの多いんだな」
数馬も同調する。
それは改めて写真で確認した俺もそうだ。
正直人の好みとかそういうどうしようのない要素を外して並べてみると、セシリアの美しさって奴は本当に飛び抜けている。
例えばセシリアがダイアモンドだとして、みんながサファイアやエメラルドやルビーで其々の魅力を持っているということにする。
宝石は人の好みによってエメラルドが良かったり、サファイアが良かったりする。
しかしそれはみんなが同じ大きさのサイズの宝石であることも関係してくるだろう。
セシリアは他の宝石が1センチサイズだとするところが、一つだけ1メートルのダイアモンドなのだ。
大きさはそれだけで力となる。
ルビーがいくらダイアにはない魅力を持っていたとしてもセシリアの美しさはそんな個性を容易く霞ませる領域のものなんだ。
写真にはセシリア以外の子たちも写っている(俺が持っている彼女の写真は、代表決定戦後のパーティーで薫子さんが撮った集合写真だけだったからだ。)が、美少女揃いの一年一組に混じってもやはり飛び抜けている美しさは認める以外にない。
「レベル高いよな。会いたいな。一夏、お前だれか紹介してくんね」
弾が注文をつけてくる。 しかし俺にそんな気はない。
「やだよめんど臭いし。それに俺がそんな誘い女の子にできるような奴に見えるか?」
これでも甲斐性なしという認識でいるのだ。
毎日ドキドキしながら女体を意識しないように過ごしているというのに、そんなチャラ男みたいなことできるわけがないのだ。
しかし恋に飢えた男は醜くしつこい。
「頼むよー一夏くんー」
そんなドラえもーんみたいに言われても俺は気持ちを変えるつもりも、ポケットから超絶技術なご都合道具で弾の悩みを解決することもできない。
すり着いてくる弾を引き離しながらそれを伝える。
諦めきれない弾はもはやゾンビと化している。
こうなれば数馬に頼んで塩を持っていてもらいお祓いするしかない。
「学園祭とかあるんちゃう?それで一般客とか入れんの」
数馬が持ってきたのは塩ではなかったが、それ以上に役に立つ情報だった。
俺たちは成る程と手を打った。
学校とは多分一般的なイメージによれば、『関係者以外立入禁止』の典型例なのではないだろうか。
生徒の安全を保障するためだろう全国共通(実際全国の学校を周ったことはないため自信はないが)の考え方は、俺たちの通っていた中学校でも確認できる。
入り口である門に学校名とともに注意書きで『本学園の敷地内に許可なく立ち入ることを固く禁じます』みたいなこと(断言できないのはうろ覚えだから)を記されたその処置はこれもまた全国共通なはずだ(自信なし)。
そんな学校が一般に開け放たれる数少ない機会が学園祭だろう。
やる側でしかない。 裏事情を知らない身だが、恐らくは入学者を増加させるためのアピールポイントでそうしているのだ。
そしてIS学園の学園祭もその類であることは期せずして調査済みだ。
すべての始まりであるあの入試試験。
間違えて希望校に入れず、わけのわからない女子校に入らなければならないことが決定されてちょっと後。
ショックから立ち直ったわけではなく。 しかし何かせずにはいられなかった当時に、ネットで調べた学園のホームページに学園祭の項目があり。 そこで学外からの人間も招くことができるという記しを見たからだ。
それを聞いた弾は更に喜ぶ。
「あ、でも、学園祭って身内しかいれないとこも多いよな」
数馬のまたしても冷静なツッコミで
弾の燃えたぎる瞳はハイライトを失った。 我が友ながらなんと分かりやすく単純なやつであろうか。 心配になってきたぞ。
「ま、そこら辺は確認しようがないからな」
数馬は冷蔵庫から勝手に取ってきた俺のスポーツドリンクをコップに注いで飲んだ。
しかも俺のお気に入りのガラスコップ。
カクカクしてて渋くてカッコいいからいつかそれに酒を煽って夜景をバックにクールに決めるのが夢なのに、スポドリをこれまた勝手に取り出した氷で奏でながら口に含む泥棒の姿は無駄に決まっていた。
腹たつ。
しかし言ってることは確かなのでまずはそこを問題にすべきだ。
「なあ、学園祭のホームページにはその事書いとらんの?」
弾がようやく冷静になってこちらに尋ねてきた。
俺は懐からケータイを取り出して、ウェブのお気に入り機能で保存してあるIS学園のホームページをタップして開き、弾のご所望の記しを探した。
身を乗り出してケータイを覗いてくる弾に、気になってはいるらしく目線だけこちらに向けている数馬。 チキショー渋いなこのヤロー。
保存している割に久しぶりのため、お目当ての項目を当てるのは少し不安だったが、流石に世界に誇る国立校。
とても明快な作りなので楽にカレンダーの枠から学園祭を見つけた。
早速開く。
長々とした格調高い説明文がスライドショーで入る。
「イランイラン。そういうのイラン‼︎」
もちろん言ったのは俺じゃない。
こいつは一回怒られたほうがいい。
「........」
黙った。
しかし見た目が煩い。
俺がスワイプして現れる説明書きを速読していく様は横で体験していて殴りたくなるくらいウザい。
そして。
「載ってない」
落胆したようなコメントで俺も数馬もゆっくりと探して見た。
開始日時や出店などの生徒発案のコンテンツの概要。 かなり詳しく載ってある。 世界に誇るIS学園と言ったが、やはり学園祭はそれでもあらゆる面で力を入れる行事なのだということが示されている。 ということだろう。
写真付きに写る私服姿の、どう見てもお偉いさんとかには見えそうもないおじさん。 一番考えやすいのは生徒の親御さんだ。 となればやはりIS学園に学園祭は一般参加が許可されているパターンのやつなのではないか?
しかし弾はさらに読み込んでいた。
「一般参加を確定させるような記載は一切ない。写ってるのだって親とか兄弟みたいな写真ばっかだろ?チャラ男とかスケバンならいざ知らずそれじゃあ判断しかねるね」
チョイスは謎だが弾の言うことは筋が通っている。
この画像だけでは家族らしきものは確認できてもそれが他人とまでは分からなかった。
つまり身内だけの参加しか認められていない可能性が高い。
そして言われた通り最後までページに目を通してみたが肝心のそこら辺の記載がない。
これでは結局一般参加がオッケーなのか分からなかった。
弾がため息をつく。
「はあ、気が抜けたぜ...。肝心なところがわかってねーよなお前の学校。倍率一万倍が聞いて呆れるぜ」
もう言いたい放題である。
俺も流石にこれ以上は気の毒だからで見過ごせない。
最初は辞めたい一心だったがこれでも愛着は湧いてきてるんだ。
「お前な。女々しいぞ弾。だいたい学園のことを悪く言うのは違うだろう。生徒や教職員の方に失礼...」
説教の言葉を遮って浮上してきた言葉。
『(俺・お前の)ねーちゃん教師じゃん』
聞きゃあいいじゃん。
「バカだな俺ら....」
数馬がグラスを傾けた。
流石にカッコ悪く見えてきた。
聞きにいく役割はカッコ悪いついでに全員で行くことにした。
俺は恥ずかしさと勝手に外出をしたことへの負い目で足取りが重い気がした。
弾と数馬はあくまで他人なのでブリュンヒルデの自室が見れるかもという庶民的なワクワクを抱えてそうな顔をしている。
扉の前に着いて3回ノック。
入れと聞いたのでつい学園のように失礼しますと開けてしまいまた恥ずかしくなった。
「どうした急に出かけて行って。散歩か?」
流石は世界最強。
俺たちの足音でお見通しらしい外出事実。 しかし今はそこはどうでも良い。
俺は代表して.......
その前に話題の渦中にいた人物が一歩前に出て行った。
「今日は急な訪問にてご迷惑をおかけしました織斑さん」
見た目のチャラさの割に美人が相手だと奥手になる弾も、今回ばかりはハキハキしている。
「千冬でいいよ弾君。構わないさ。弟の事で君たちにはよく世話になっている」
数馬が照れ臭そうにぺこり。
どうもと言う。
弾もお礼をそこそこに本題に移った。
「突然なんですけれど。IS学園の学園祭が気になりまして。サイトを見ても書いていなかったのでお聴きしたいのですが........僕らも学園祭には入場できますか?」
その時、穏やかにしていた千冬姉の表情が途端に怖いものとなり俺らは背筋がピンとなった。
前に出て表情は読めない弾も背中越しにその緊張が分かる。
というかダイレクトに眼光に当てられているらしい。
逆に予想できない恐怖度だ。
「..........出来ることは出来る。生徒につき一枚配られるチケットを持っていれば一般客でも学園内に入れる」
一応答えてくれたがまだ怖い。
弾も固まっているのか言葉が続かない。
困った。
曲がりなりにも場の主導権を握ったまま固まられたせいでこちら側から切り出しにくい。
気不味いけど動くのも気不味い。
とんだジレンマだ。
「そうだ一夏。これ運んでおけ」
そう言って千冬姉はようやく普通の顔に戻ってお盆の上に重ねられた食器を渡してきた。
全部平らげてくれている。 よし。
逃げるタイミングも送ってきてくれたみたいだし退出するとしますか。
にしても怖かったー...「それから」嫌な汗がする。
「倍率一万倍が聞いて呆れるような分かりづらいサイトで済まないね。学園を代表して謝っておくよ」
今日は一つ学んだ。
美人の笑顔は恐ろしい。
弾は土下座をしていた。 謝罪されたのに変なやつだ。 ....現実逃避ではないぞ?
楽しい時間は直ぐに過ぎ、弾と数馬はちょっと青ざめた顔で帰っていった。
今は居間で朝の体勢そのままだ。
UFO観察もミミズ観察もしていない点以外は全て同じだ。
千冬姉も新聞を挟まずに俺と直接会話している。
「ほう、篠ノ之のところにいつのまにそんな穴場が」
あっ。
俺と同じ表現してる。
まあそこは置いといて。
「なんであんな怖い顔したんだよ千冬姉」
また怖い顔をされるかとドギマギしながら聞いてみた。
「スパイ対策に一応な」
「あいつらがスパイだって?」
「そうとは言ってない。ただ誰もが入るにはIS学園は重要な場所だからな」
念のために目を光らせておいたということらしかった。
言われて納得だ。
俺も正直一般参加をするのはリスクが大きすぎると一年坊主ながら思っていたからだ。
「一夏。先程言った生徒に一枚配られるチケットの話は本当だ。相手は選ぶようにしろ。お前の友達を疑うわけではないが...スパイだと発覚した場合、呼び込んだ人間も処罰の対象となる。もちろん生徒だろうと容赦はしない」
息苦しいためつばを飲み込もうとしたが中々苦労した。
千冬姉は怖くはなかったが強い決意を感じさせる瞳だった。
間違いなくその時は、この人は俺だろうと犯罪者として扱うだろう。
厳しさの中で俺を心配してくれている。
でも弾はやっぱり悪い奴じゃないことは千冬姉に理解してもらわなくてはならない。
「分かった。でも弾なら大丈夫だよ」
俺の言葉に何も答えずに千冬姉は俺との会話を切り上げて二階に上がっていった。
残された俺はとりあえず今日一日を振り返った。
久しぶりに賑やかな自宅が嬉しかった。
ーー
あの激動の〜となんだかナレーション風にカッコつけてみたが、そう言い表したくなるくらいにあの日は賑やかだった。
やはり男友達とバカをやるのはでかくなっても楽しいものだ。
たまにでいいからああいうのをやってみるのもいいかもしれないな。
そんな感じでそれでも貴重な静かなマッタリとした休日の空気を楽しんでいた俺の耳は突如鳴り響いた来客のサインにピクリと動いた。いや、実際には動いていない。 そういう人もいるらしいが俺は動かせない。
玄関のチャイムを鳴らしたその人物を確認した俺は少なからず驚いた。
突拍子のないとはまさにこのことだろう。
「どした?」
率直に尋ねると照れたような笑みを見せる。
ちなみに可愛い。
「エヘヘ......来ちゃった」
うん可愛い。
「そっか。じゃあ、上がっていけよ。あんまり盛大なもてなしはできないけどな」
そう言って俺は日向にずっと置いておくわけにもいかないため、訪ねてきてくれたシャルを自宅に入れた。
玄関先からふわぁっと甘い香りが自宅に広がる。
女の子の匂いって奴だろうか。
どちらにせよ意識して変な目で見られたくはない。
俺はこの数ヶ月で既に女性に対する接し方はマスターしていると言っていい。
しかし胸は張らない。 目の前にシャルが居るから。
なるべく助兵衛に見えないように。
そうだ。 俺たちは友人だ。 男性と女性の間にも友情関係は存在するのだ。
しかしスタイルいいなシャルは。 箒やセシリアと比べるとスマートだけど充分女性的なフォルムだ。 この胸をよく押さえられたな。 最近の技術は凄まじいものである。
「一夏どこ見てるの?」
「うげっ」
シャル、胸元を隠すようにして。
「一夏のエッチ」
やっぱり異性での友情は劣情には勝てないのかしら。
しかし幸い気にしてはくれないでいてくれるようで、シャルはいたずらっこな笑みを浮かべて「冗談」と言った。
それに救われながらも気を持ち直して織斑邸の案内をする。
「なんか食べるか?昼食は食べたのか」
時刻は既に正午を回っていて一般的な昼頃は超えているが、まだ食べてないとなると俺が用意してやらねばなるまい。
そんな心配を首を振って断ったシャルはその話し上手な口を開く。
「夏休み中どこか出かけた?」
俺はちょっとだけ考える。
出かけたといえば出かけている。
しかしそれは白式の調査のためにIS学園から帰らなかったり、篠ノ之神社だったりと近所とか身近なところなので、遊びに出かけたのとは少し違うかも。
少し考えたのちやっぱり出かけてないことにして首を振った。
するとまたしてもシャルから会話を進めてくれる。 会話を楽しむならシャルのような奴が一番だ。
「だったらさ。今度遊びに行かない?場所はこの前のプールで」
「ああ、行きそびれた所か。いいぜ。じゃあだれか誘うか」
あそこは何だかんだ気になっていた所だったからまた行く機会が産まれたのは素直に有難い。
しかし2人きりってのも味気ない。
別に楽しみ方に劣る訳ではないが俺の好みはみんなでワイワイ派なのだ。
するとここでも上手なシャルは既に代案を持っているようですぐに答えてくれる。
「鈴がいいんじゃない?まだゴタゴタで話せてもないんでしょ」
話せてないというのは事実だ。
色々あってあれから会えないまま時間だけが流れて行ってしまいそのまま忘れかけていた。
長い付き合いなので揉めたり仲直りが不十分なまま時間が解決してくれた事は何度もあるため今回も例によってそのパターンになり掛けていたがやはり会える機会があるのならそれが良い。
メンツを決め掛けていたところで再び来客を報せるチャイムが鳴る。
もしシャルと同じパターンだったらタイミング的には良かったのかもしれない。
俺はとりあえずこれだけは用意しておかなければいけないと注いだ紅茶をシャルに渡して玄関に出て行く。
扉を開ける前から華やかな香りがする気がした。
開けてびっくり玉手箱ってのはだれが言ったのだろう。 どういう意味なのかすら正しくは知らないがとにかくびっくりしたのはその通りだった。
「御機嫌よう」
上等そうなワンピースにこれまた豪勢な日傘。
日焼け用の、名前は知らないがよく見る黒いアレが長い腕を覆い肌を隠している。
極め付けに大きなサングラスが目につく。
一歩間違えたらおばさんコーデだが、彼女が着ればあら不思議。
多分この人が掴みにくいキャラをしているからだろうと俺は思う。
どんな変わった服でも劣らない壮絶な個性が丁度いい美しさを生み出しているのだ。
「3人でケーキでもいかがかしら?」
友人だからか....いや、恐らくシャルは知らせてはいないはずだ。 益々高嶺の花感が増したな。 最早高すぎて登ろうにも山自体が空気に溶けて昇りつめようがない。
でもこれで悩みは解決した。
4人もいれば十分だろう。
俺はセシリアを迎え入れた。
「あれ、セシリア?なんで君まで」
リビングにやってきたセシリアの姿に目をパチクリさせるシャル。 やはり何も知らせていないらしい。
束さんも神出鬼没だったがセシリアも大概だな。
「良いものが手に入ったので皆さんにもと思いまして。丁度一夏さんのお宅でシャルロットさんが居るのが分かったので寄らせていただきました」
出来ればなんで分かったのかの件を詳しく聞かせて欲しいのだが怖いからやめておく。
多分知らない方が幸せ。
シャルもそ、そうなんだと納得している。
流石、空気が読める。
そして俺は空気を読むよりも一時退却を選ぼう。
「アイスティーを持ってくるよ。嫌なら言ってくれ。そんなにないけど」
2人ともお礼だけなので注文問題ないと受け取る。
「ついでに皿も取ってくる。セシリア、丁度いいってことはケーキはみっつ丁度なのか?」
「ええ、イチゴのショートとレアチーズ。洋なしのタルトですわ。なるべくタイプの違うものを用意してみましたが、一夏さんはチョコなどの方が良かったかしら?」
「子供っぽいからって言いたいのか?」
「聞いてみただけです」
俺はそういえば長らく食べていなかったケーキの好みを思い出す。
そんなに種類も食べてないから簡単に。
「そうだな.....果物が入ってるのは実はそんなに好きじゃないかな。イチゴは定番だから嫌いじゃないけど」
誕生日のケーキもイチゴがほとんどだったからな。
あれ、そう言われてみればチョコのほうが好きかも。
「シャルロットさんは?」
セシリアがドデカサングラスをズラして青い瞳をシャルへと向ける。
心なしか鋭く見える。
シャルもびっくりして出だしのセリフが躓いている。
「う、ええっと...い、いちごかな?」
なんだかよく分からないがこれで取り合いの喧嘩の心配はなくなった。
2人がそんな子供じみた喧嘩をするとは思えないが。
「では私はタルトで」
はい決定‼︎という代わりにドデカサングラスを掛け直す。
室内なんだから外してもいいと思うのだが、これがお金持ちのファッションセンスなのだろうか。
まあ今は家主としておもてなしだな。
アイスティーを早く用意してやらねば。
と言っても冷蔵庫で冷やしてあるどころか買ってすらいないため沸かすところから始めなければならない。
ホットでグラスに注いだ後氷をドバドバと、飛沫が飛ばない勢いで投入して急速に冷やす。
お客様用のちょっと高価なしっかりしたやつだが温度変化で心配だったのだがどうやら問題なく冷やせている。
先に皿とフォークを持っていってそれぞれにとり分けてもらい、布のコースターを机にひいて漸くアイスティーを配る。
待っててくれたらしい2人に感謝しながらみんなでケーキにフォークをいれる。
フォークに切れ味があるのか知らぬがこれまた安物だったため不安だった俺を、チーズケーキはサクッと裏切ってくれた。
形も崩れず切った分だけフォークに吸い付いて落っこちない。
またもや偶然か待っててくれたのか。 タイムラグ少なく俺たちはケーキを頬張った。
美味い。
美味すぎる。
やばみ。
やばみってなんだっけ。 なれない言葉は使うもんではない。 最近の若いモンの言葉は分からん。
セシリアが用意してくれたのだから不味いわけがないと思っていたが予想以上にお高いものらしい。
気になったがお金の話は下世話かと思い口には出さなかった。
代わりに俺は念じる。
(セシリア〜これどこで買ったの〜)
(駅の地下街にあるリップ・トリックですわ)
通じた‼︎
そして返ってきた⁉︎
ふと見れば隣のシャルがキョロキョロと鳩が豆鉄砲食らったような顔をして辺りを見渡している。
どうやら彼女にも聞こえていたらしい。
しかしセシリアはテレパシーまで出来るようだ。
ISのオープンチャネルではない事は証明済みだ。
(今日は運良く買えましたけれども相変わらず凄い人混みで苦労しましたわ)
そしてそのまま続ける。 シャルがもう凄い勢いでキョドッている。 恐怖すら感じているかのような表情だ。
(あら、シャルロットさん。そんなご趣味がおありでしたのね。これはとんだ無礼を.....)
「え、なに?なにが分かったの⁉︎僕のなにを見たのセシリア⁉︎」
俺はアイスティーを口に含んでチーズの味を一旦リセットする。
こうして比べるとやはり味の質に大分差があるな。
飲み物とスイーツの違いこそあれど舌先に感じる原価と手間暇の違いはそれ以上だ。
これは恥ずかしい。
お嬢様で、こんなに美味いケーキの店を知っているセシリアに。 監禁状態でも結構良いもの食べてきたらしいシャル。
こんなところで庶民舌を露呈させてしまうとは。
しかし後悔してもすぎた事はどうしようもない。
今はこのケーキの味を楽しむことの方が有意義だろう。
俺の心配していたことなどどこ吹く風とばかりに安物アイスティーを文句も言わずに飲んでくれる2人。 俺はふと思いついたことをなんの考えもなしに口に出していた。
「せっかくだし食べさし合いっこしないか。3人とも違うケーキの味を楽しめるし」
みんな小さく食べていたので量は十分にあった。
ならばせっかくだしと提案してみたわけだが今度は考えてみて。
「男が口つけたやつとか嫌か?」
しかし杞憂の如く快く受け入れてくれたセシリアとシャルに俺は胸を撫で下ろす。
「ではまずはレアチーズケーキから頂きたいですわ」
「じゃあ僕も。一夏、買ってきてくれたんだしセシリアからにしてあげなよ」
シャルのその通りな提案を採用。
小ぶりな口に傷つけないようにゆっくりとチーズケーキ弾頭を載せたフォークを運んでいく。
本当に真っ暗なサングラスで見えないが彼女の目はキチンとフォークの動きを追っているらしく俺がここで大丈夫だろうという地点で動きを止めると満を辞したように着弾した。
柔らかそうな艶やかな唇がコンマ数ミリ動きケーキとフォークを分ける。
恐らく舌の動きでそれらを分離しているらしく細かな動きが頰に出ている。
そしてスポンと綺麗に分離されフォークだけが手元に残った。
そして口内のチーズの風味を外に逃さないように、体の内側で独り占めするように飲み込んで。
「ぁ、む....」
やっべ、超色っぺえ。
隣のシャルもなんだか見とれたようにセシリアを見つめているが、ふるふると首を振って頭を切り替えたらしく今度は自分への催促をする。
「よしいくぞ」
「うん」
シャルの場合はセシリアとの対比でとても元気いっぱいで健全なものだった。
メンバー内では大人しめな方のシャルだが近づいてきたフォークをパクリと捕まえるように口で捉えてケーキを回収した後顔をまあるくさせて堪能している様は本当に可愛らしかった。
となるとこの後くる俺の食べさし合いっこがなんだかプレッシャーに感じる。
冷静になってみると食事シーンを他人に見られるというのは中々にハードルのある行為ではなかろうか。
とにかく見っともない意地汚い姿は見せられない。
「ほんとうに美味しいね。セシリアいいお店知ってたね」
「リップ・トリックのシェフは国際大会で受賞経験もある菓子職人ですのよ」
さすがは世界中から優秀な人材が集まるIS学園のお膝元。
周りのお店も一流らしい。
「予約なしですから並ばないと手に入らない。ということで常に人だかりが出来ていますのよ」
それを並んで買ってきてくれたというのだから頭が下がる。
シャルも「ほー」と聞いている。
「今度僕も買いに行こうかな」
そんなことを笑い合いながらガールズトークを咲かせる2人はやはり自然に見える。
2人とは友達だし仲良くしたいのもあるがやっぱり女の子同士の方が膨らむ話もあるのだろう。 ここは黒子の徹しよう。 でもタルトとショートケーキも食べたいな.....
まあいいか。
ケーキも美味しいが2人の楽しそうな会話も友人としては嬉しい。
「あ、ごめんね一夏。僕からあげるよ」
でもやっぱりケーキが嬉しい。
シャルが少し大きめにフォークに乗せてくれて俺に差し出す。
どうやら俺がやったよう食べさせてくれるらしい。
ううむ、自分でやっといてなんだがこれは恥ずいな。
だが折角の善意。
無駄にするわけにはいくまい。
「はい、あーん」
シャルがまた赤面するような台詞を言ってくれるが構わん。
「あー.....「何してんのアンタ」....あ?」
はて。
なにやら聴き馴染んだ声が背後からこれまた聴き馴染んだ不機嫌トーンで発せられたぞ。
怖いので正面のシャルたちの表情で見極めよう。
やや。
シャルが固まっておられるぞ。
セシリアは.....ややや、マスクを着用していて伺えない。 いつの間にそんな装備を装着していたのだ。 イギリスの代表候補生は侮れん。
『一夏』
「あ、ハイ」
強制的に(声だけで)振り向かされた先に居たのは、声の通りの外見をしていたツインテールの少女と、今ダブったツインテとともに立つポニーテールの少女。
そしてポニテとツインテのちょうど真ん中に不幸にも挟まっている銀髪の少女がなんだか居心地悪そうに目線を下に向けていた。
「ねえ、ボーデヴィッヒ」
「...ああ」
ツインテがラウラに声をかける。
首はこちらに向けたままなのがやけに恐ろしい。
「あれ、あーんしてない?」
「ん、おお....あいにくシチュエーションを直に見たことがないで分からんが....」
「ボーデヴィッヒさん」
「あ、ああ...」
今度はポニテがラウラに声をかける。
例によっての姿勢で凄い怖い。
「私もあーんしているように見えるんだが.......あなたもそう見えるのではないか?」
「そ、そうだな。済まない凰候補生。やはり見えるよ。あ、あーん?だな」
即答した。
それはいいが、何故だかその一言で2人の殺気がぼっと出てきた感じがした。
「そっか、やっぱりそっか」
(あ、だめだこれ。冷静に地の文で一人称視点かましてる場合じゃないや。逃げねば‼︎)
俺は椅子から立ちあがり2人とは反対方向に逃げ出す。
ソファ側の壁の窓から外に逃げるのだ。
そんな俺の切羽詰まった胸中の割に俺の手足は全く動かないでいた。
(な、なんだ⁉︎)
俺は愚図だがこういった場合の行動は昔から速かった自信がある。
危機的状況で足がもつれたり腰が抜けて動けないなんてことはなかったし、現に立ち上がって逃げ去ろうとしていたまでは普通に、なんなら迅速だった自信だってある。
なのになぜ⁉︎
(あれ、これなんか身に覚えあるぞ)
この金縛りのような現象。
すごく既視感がある。
確かつい最近の........あ。
「すまん一夏」
「ラウラ⁉︎てめっ....」
やはりAICだ。
ラウラのシュバルツェア・レーゲンの第三世代武装、慣性停止結界だ。
「すまん。その、視線が...ちょっと、マジで.....」
視界の外なのでどんな状況なのかは視認出来ないが何となくその細い声で判る。
現役の軍人でさえ逆らえないんだな.....
「大丈夫。この程度なら条約違反にならないわ」
「そしてこの状況は私たちの見間違いでもなければ白昼夢でもないわけだが」
ちゃきりとなんだか金属音がした。
何か出したみたいだが背後が見れない。
でも見たくない。
くそ、口すら満足に動かせない。
俺はなんとか目線でシャルとセシリアに助けを呼ぶ。
(シャルは....ダメだ。完全に萎縮してしまっている。そうだセシリアはテレパシーが使える。頼んでみよう)
しかしマスクは顔だけでなく心まで閉ざす効果があるのか全く了承の念が飛んでこない。
よもやセシリアですらこの殺気には敵わないのか?
そういえば目を凝らせば彼女の肩が微妙に震えて.......ん?
(お前笑ってんだろ⁉︎)
肩が電気ショックを受けたみたいに震えた。
この女間違いなくツボに入ってやがる‼︎
にやけ顔隠すためにマスクつけてんだ。 この女郎‼︎
途端に怒りが巻き起こる。
ケーキのことなんぞもうどうでもいい。
こいつだけは今ここで雪片のサビにしてくれる‼︎
『よし、殺そう』
「あ」
千冬姉さようなら。
教育費を返すことができずにごめん。
そしてイズル先生最終回までに死んじゃってごめんなさい。
最後に読者のみんなへ。
主人公が死んでしまったのでこれにてIS:ボンドは連載終了だ。
え、お前主人公だったの?って?
うるせーばーかばーか。 もっかいばーか。
ぎゃーーーーーーー
一夏が死にました
というわけでIS:ボンドは本日を持って終了です。
一年半ほどご愛読ありがとうございました
田中ジョージア州先生の次回作にご期待下さい‼︎
※人気投票の開催。詳細は活動報告にて