IS:ボンド   作:田中ジョージア州

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は、速い⁉︎
貴様田中ジョージア州ではないな‼︎

ちょっと字数を30000と26000に落としてスピードアップしてみました
書けないのが字数のせいではなく作者の編集能力のせいだとようやく気付いた今日この頃
開き直ったように新展開です


49話 ワイワイガヤガヤ

 頭の中は忙しい事でいっぱいだ。

 篠ノ之箒16歳。 見た目のクールさの割に切羽詰まっていた。

 

 暑さが頂点に達している常々の日々。

 そんな中に彼女はまだ日も高いうちから直射日光の地獄をジリジリと熱気を帯びるアスファルトの上を歩いていた。

 身につけているのは中々に気合の入った私服。

 普段は邪魔臭がる抜群のプロポーションをよく熟知している造形をしている。

 もちろん似合っている。

 齢離れな印象を街行く人々に与えておりそれは彼女に集中する目線の角度が示していた。

 前から横から後ろから。

 彼女とすれ違うものの大半が彼女の姿を目で追う。

 今時珍しい。

 その珍しさが時代か地域か性別によるものかは彼らにはうまく説明できるものではなかったが、兎に角非凡で希少性のある美しさだった。

 ナンパされるよりは鑑賞されるタイプの美しさである。

 立地故に普段からレベルの高いこの狩場を常習的に狙っている。 それなりの場数を踏んだらしき貫禄を容貌から受け取れるチャラ男がまるでガラス越しの動物を見るように箒には声をかけずに見ているだけだ。

 服や歩き方から人を見る目に自信のない者でもそのペルシャ猫の如き容姿にある意味相応しい幼少期の暴れん坊のような性質を容易く見抜ける女は隣で箒に瞳を奪われるボーイフレンドという名の小間使いをヒステリックに怒鳴りつけることはせずに一緒になって目を奪われておりそのお陰で黙ってれば綺麗というよくある言葉そのままの恩恵を受けていた。

 そう、箒のそれは異性としての魅力というよりは孔雀や額縁の中にあるタイプの魅力だったのだ。

 それこそ彼女が現在進行形で悩みの種となる。 友人達が褒める彼女の自慢の美貌だった。

 幼少期よりもさらに女性的フォルムとそれを崩さぬような所作を身につけてきた箒であったが、その努力を持ってしても長らく思い人を振り向かせずにいる原因の一つがその美貌にあるというのは皮肉であろう。

 織斑一夏という心の中の知り合い名鑑にて不動の殿堂入りを果たしている男子。

 文明化を果たし星の外側にまで手を伸ばしてきた人類だが、生物としての本能として優れた異性を探知する機能は備わっている。

 たまにニュースで写る判断ミスにて痛手を被った馬鹿な同性または異性のことは考慮に入れる価値はない。

 自然界では劣る雄は取り残されると言われるが、それはただ人類が把握しきれていないだけでライオンにも馬鹿な奴はいるのではないだろうか?

 同じ人類だから目立っているだけだ。

 そこから考えてやはり目を引く雄というのはそれ独特のオーラを持っていると箒は知っていた。

 金だったり地位だったり才能だったり容姿だったりもっと原始的に力だったり。

 しかしそんな鍛え上げられた磨き上げられた雄の魅力とは無縁な人生と意識を持っている彼はやけにモテる。

 そして自分の中で殿堂入りさせているのも事実だ。

 

 普通にそこら辺にいそうな人物像な心の君に箒は戸惑いもなく納得している。

 その好意の地位に居座り続けている彼に相応しいとみなしている。

 該当する言葉はこれしかなかった。

 恋だ。

 

 そんな愛する一夏へ異性として伝わらない自信の美貌を彼女はすっかり頼ろうとしなくなり始めていた。

 それでも気合の入ったオシャレはどちらかというと身嗜み的なもの。

 やはり好きな人に会おうとしているのにみっともない格好は出来まい。

 そんな決意に満ちた彼女の行き先は一夏が居るだろう彼の勝手知ったる自宅....ではなく最近勝手知ったる所になった現在の学び舎『IS学園』だった。

 正確にいえばそこに繋がる本国日本列島離島のモノレール乗り場である。

 彼女はそこで待ち合わせをしているのだ。

 しかしその気になる待ち合わせの相手とはここまでお読みになればぽっと浮かぶ彼女の恋する彼ではなく同性。 それも彼女にとっては天敵ともいえる立場にいる人物だ。

 言葉に評すれば以下のような名称が相応しい。

『恋のライバル』

 

「待ったわよ。篠ノ之さん」

 

 箒の大人の女性に寄った格好良さとは違う。

 年齢に相応しい快活さと健康っぽい雰囲気。

 少女らしい可愛らしさは箒とは違いキチンとチャラ男もヒス女もキャラに合った反応を見せる。 人間に合った魅力である。

 しかし彼女は何故か1時間前にこの待ち合わせ場所の噴水エリアに仁王立ちのまま誰からもナンパの機会をもらってはいなかった。

 それこそこの小さき体躯に似つかわしくない獅子の如き眼光。

 虎の威を借る狐すら背後からのプレッシャーにショック死してしまいかねない高濃度の危険は空気感染するように周囲の老若男女を遠ざけていた。

 彼女の近くにいられるのはその眼光に真っ向から猛禽類を形容する眼つきで相対する箒と、鍛え上げられた精神力を持ち、不幸にも本国から戻ってきた途端に何処からか情報を嗅ぎつけた隣の獅子に脅迫されてその手綱を握る羽目になった銀髪の眼帯少女。

 

「これでも時間通りだった筈だ凰さん」

 

 真っ向からの視察戦。

 一夏に会いに行く。

 これからこの目の前の人間と一緒に会いに行く。

 勝負はもちろん一夏に会ってから。

 それまではただの移動。

 抜け駆けを禁止するためにその道中を互いに確認し、こうして見届け人まで用意した。

 二人とも抜け駆けする気はなく正々堂々とした戦いをするつもりだ。

 だがそれはそれ。

 成層圏のはるか外から見下ろす太陽ですら縮こまる居苦しさ。

 もしここにスカリエッティが居たのならレーザーに例える事さえ生温い視線に見殺され、この物語は即終了しハッピーエンドを迎えることだろう。

 

「帰りたい....ドイツに、培養液に帰りたい.....」

 

 身につける軍服に還る責任感がラウラを支えていた。

 

 

ーー織斑邸

 

 生きてたよ。ワンサマー‼︎

 

 死んでなかったよ俺。

 よかったよ主人公が生きていて。

 主人公が生きていてよかったよ。

 あの後なんとかセシリアが一声かけて俺の処刑は中止された。

 やっぱりいい奴だなセシリア。

 笑われたと知った時は本気で怒りが沸いたもののいつまでも引きずっていてもしょうがないという事で俺は途端にケーキのことを思い出した。

 そうだショートケーキ。

 

「あーん」

 

「い、一夏っ…馬鹿…ひっ」

 

 なんだよシャルそんな引きつった顔して。

 もう遅いかんな。

 このショートケーキは俺の舌に消えるのだ。フハハハハハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎゃーーーーーーー

 

 

ーー

 

 死んだ(気絶した)一夏がフローリングの床に転がっている。

 死人に口なしというが今この織斑邸にて人気が集まるは織斑宅のリビング中央。

 四角い、食事用にも使われる一般的なテーブルへの注目度は一夏へのそれを遥かに上回っている。

 在席している人数は総勢5名。

 四人がけのソファ側に3人。

 並び的には金、銀、金だ。

 金髪を後ろで束ねた少女が隣の銀髪で眼帯の少女の肩に寄りかかって震えており、頼りにされているらしい銀髪の少女のほうもどことなく瞳に力を感じられない。

 そんな二人を尻目に独特のファッションセンスに身を包みミステリアスというジャンルに昇華したもう一人の金髪の少女はテーブルの上のタルトにフォークを刺している。

 

「お三方もいかがです?私の食べさしになってしまいますが」

 

 そうして切り分けたタルトをフォークに乗せて前にさし出す。

 その方向には来客者は誰もいないのだが意地悪なわけでは勿論なく、公平性を考慮した誰に向けるでもない善意。

 しかしソファの両隣。

 四角いテーブルの構造上椅子同士向かい合う形となった二人。

 絶賛この織斑邸の注目の的として場の空気を支配している二人は姿勢と視線を崩さずに首を振った。

 

「洋菓子の気分じゃなくてなすまんなセシリア」

 

「後から来たの私らの方だしね〜」

 

 極めてフレンドリーな言葉使いに来客の少女たちとセシリアの親密さが表れている。

 笑顔を湛えた両者は実に可愛らしい。

 そんな態度に緊張していたシャルロットもほぐされたかほっと一息ついた。

 そして一夏に渡そうとしてそのままとなっていたフォークの先のショートケーキを持ち上げてセシリアと同じように誰に向けるでもない善意を使う。

 

「じゃ、じゃあ僕のやつをあげるよ。なんだか食欲がなくなっちゃったんだ」

 

 それに対して二人はまたしても笑顔のまま....背筋が凍った。

 悪寒を感じ血の気が引いた顔になっていくシャルロット(ついでにラウラ)。

 視線がこちらに向いた時、シャルロットは無言の愛嬌ある表情から強く、そして彼女の生存本能に訴えかけるそのメッセージを拾った。

 

この私が食えと言っているのが聞こえないのか?

 

「失礼いたしましたぁぁ‼︎」

 

 テーブルマナーなど感じられないほど汚く。 そして何よりも迅速にショートケーキを平らげる。

 横隔膜が反応するほどのせかせかしたかきこみ方とそれにより込みあげる生理現象をこれまた生物としての本能を持って叩き潰し息をする間も潰してショートケーキを腹のなかに納めた。

 そして今になっておとずれた息苦しさに肩を上下させる。

 

「どうだデュノアさん。味の方は」

 

「げほっごは‼︎だz....た、大変美味しゅうございました‼︎箒様ぁ」

 

「そっかぁ、ねえどんぐらいのおいしさなの?」

 

「はい‼︎呼吸が一時困難になるほどの味でございます‼︎」

 

 箒と鈴音の方向へと体を右へ左に向きを変えて敬礼をするシャルロット。

 方向転換せずにそのまま一方向に回り続ければサイクロンが起こせそうなくらいの勢いだ。

 

「確かに。息をするのも忘れていたかのような食べっぷりだった。どこで手に入れたものなんだ?」

 

「我が友人のセシリア・オルコットが駅地下街のリップ・トリックという店名の店より入手いたしました‼︎」

 

「ほう、あそこは確か世界大会に出場経験があるパティシエがいるらしい。うまいわけだな」

 

 どうやら箒の耳にもリップ・トリックの噂は入っていたようだ。

 腕組みをして感慨に耽る。

 

「よかったじゃないシャルロット」

 

「はぁ‼︎よかったでありますぅ‼︎「そんなものを...」え?」

 

一夏にあーんしたんだな?この雌猫は

 

 途端にテーブルを叩き割りそうな勢いで額を叩きつけたシャルロット。

 そのままマントルまで突き抜けそうだった。

 

「命だけはご容赦をぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

「我が友愛なるシャルロットよ。君との一夏の思い出は決して忘れない。約束してくれ我が親愛なるシャルロット。春が訪れた時は北東へと息を吹いてくれ。南西からの優しい風がこの顔を撫でた時...私は本国より君を想うだろう」

 

「ラウラさん、タルト食べます?」

 

 シャルロット・デュノア15歳。

 彼女の激動の人生は幕をおろした。

 

 

ーー

 

「まったく。来るならチャイムくらい鳴らせばいいのに」

 

「仕方ないだろう。鍵がかかってなかったのだから」

 

「それ泥棒の考え方じゃねーか...」

 

「うわー。こんな可愛い子捕まえてなんてこと言うのよアンタ。感謝しなさいよ」

 

「はいはい。でも来てくれて嬉しいよ。悪いけどケーキはみっつしかなくて(記憶の方も何故かないんだが)シャルとセシリアはもう食べちゃったのか?」

 

「.....」

 

「ごめんなさい」

 

 体を震わせながら頷くシャルロットと、食べさせあいっこが出来ないことを詫びるセシリア。

 

「(?クーラー効きすぎだったかな)いいよ。もともと一人一つづつだったんだからさ。うーん.....じゃあ、俺のチーズを分けようか?」

 

 3分の2が残っているレアチーズケーキは正にうってつけと言えた。

 

「客に己の食べさしを食わせようとは考えものだが...まあもらってやろう」

 

「じゃあ取り皿とフォークを持って来るから」

 

「めんどくさいわね...あ、あ、あ....」

 

 ブーたれる鈴音が急に顔を赤くさせて目を泳がせる。

 それに不思議がっていた一夏だったが突然鋭くなった視線に一瞬ギョッとする。

 ギロリとした鈴音の眼光がシャルロットを捉える。

 何故かは分からなかったがそれを受けたシャルロットはその瞬間突如としてソファから跳ね上がるように立ち上がり、直立不動の体勢を取った。

 その瞳は若干潤んでいた。

 

「進言します‼︎」

 

「へ、あ、うん」

 

「き、君がお二人に食べさせてあげればいいんじゃないかな?」

 

「どうした急に....」

 

 上ずった震え声に戸惑う一夏。

 ともかくシャルロットの言っていることが先ほどの食べさしあいっこを指すのだと察した彼は、少し頰を掻いて言葉を曖昧に濁し始めた。

 照れているのだ。

 シャルロットとセシリア。 箒と鈴音。

 どちらも友人で美人であるのは共通しているが、彼にとって学園で知り合いここ数ヶ月の印象しかない前者と、幼馴染としてそれなりの期間出会わずにある日成長した女性として姿を更新した後者では些か伴う羞恥心に違いが生じる。

 

「私からも頼む一夏っ...人一人の命がかかっているんだ‼︎」

 

「そんなに?」

 

 イマイチ記憶を失っていた間に生じたギャップについていけないが、もとよりそこまで拒否感はないため直ぐに了承。

 一口サイズに取り出したチーズケーキをフォークに乗せてまず鈴音にさし出す。

 

「ほら鈴。口開けろよ」

 

「なに命令してんのよ。生意気だっての」

 

 口をとんがらせて文句を言うがどうにも覇気が弱い。

 押しに弱いところは幼馴染時代のそれと一緒で、一夏は少し安心した。

 

「あーん」

 

「だからそゆこと言うんじゃないっつの......あーん」

 

 二人して照れながらぎこちなくあーんをする。

 鈴音が口を閉じると同時に一夏が素早くフォークを抜く。

 慌てた鈴音が引き抜かれた時の勢いでケーキが溢れないように追いながら唇に力を入れて上手くフォークだけを回収させる。

 手で口元を隠す鈴音。

 その動きが本当は顔全体に向けてのものだということは一夏には幸い伝わっていない。

 味なんて解らないまま赤らめた顔を隠すようにケーキを早く飲み込もうとする。

 

「どうだ?」

 

「美味しいんじゃない?」

 

 もう一度言うが味などは解らない。

 なんとか場をつないで、そして終わらせようとしている。

 自分からシャルロットに強要しておいた癖に結局いつもの鈴音のパターンになってしまい、被害を被ったシャルロットは少し頰を膨らませて抗議の意思を示す。

 

なにかようか?

 

「ヒイィ⁉︎」

 

 即撃沈されるが。

 

「じゃあ今度は...あ、そういえばラウラは食べ「私はいい」..あ、そう」

 

 言い終わる前に拒否が飛んできた。

 反射神経というものだろうか。

 

「でも美味いぜ。食わなきゃ損「いいんだっ」..あ、そう」

 

 どうやら横目で見ていて相当怖かったらしい。

 

「じゃあ箒?あ、あー」

 

「ん.....美味い」

 

「あ、ああ....だろ?」

 

 鈴音が唖然としている。

 自分はあれだけ参っていたというのに箒の落ち着きようときたらなんだか自分がアホらしくなってきそうだった。

 わざわざラウラを空港まで行って連れてきていろいろと張り切ってたのに、いざ蓋を開けてみれば抜け駆けどころか協力者のシャルロットがまたやらかしてて、そしてこの赤面損。

 気張ってるのにも疲れた。

 

「一夏。そのアイスティーなによ。それこのうちのもんでしょ?出しなさいよ」

 

「ん、おお悪い。今用意するよ」

 

 そう言い再び、鈴音たちからしてみれば初めて、台所に消えていく。

 家主が居なくなったリビングで再び数を増やしたガールズトークが開始された。

 口火を切ったのは箒だった。

 

「さて......まずは不届きものの始末だな」

 

「ひっ.....」

 

「冗談だ」

 

 まるでジョークに聞こえない箒の鷹の目に完全に怯えているシャルロット。

 横のラウラに涙目で抱きつく様子に少し怖がらせすぎたかと少々反省。

 

「リップ・トリックのケーキか。よく買えたものだな」

 

「運が良かったのです」

 

「私も前ティナと一緒に行ってきたのよ?並ぶ前に諦めたけど。ほんと、尋常じゃなかったわ.....よくやるわね」

 

「こんなことならもう3人分仕入れとくんでしたわ」

 

「それについては済まないな。まさか来ているとは思わず....」

 

「シャルロットも悪かったわね。せっかくのケーキだったのに味わえなくて」

 

「いや、もういいよ。またでしゃばっちゃったみたいだしね」

 

 バツが悪そうに頭をかくシャルロット。

 なんだかんだいって一夏に実質色仕掛け的展開を仕掛けたのは彼女なりに負い目に感じているところらしい。

 これには同上の理由で気にしていた節のある鈴音たちも一安心。

 

「ボーデヴィッヒもごめんね。きてもらってアレだけど....今日はちょっと気分にノれないわ」

 

「どうせ暇だった。構わないよ」

 

「篠ノ之さんもそれでいい?」

 

「聞き入れる義理はないが、私も告白などする気分ではなくなってしまったな」

 

 今日の仲介人ありの二人での訪問はお互いに正々堂々とするという決意であるが、それはあくまでも相手への配慮ではなく自分に対してのもの。

 一夏への想いに汚い事を介入させたくないという自己完結の共同作戦であり、箒も鈴音もこれ以上相手に譲ってやるつもりはない。

 だからこそこの決断はあくまでも自分のため。

 今の状況で告白するメリットはないという感じで。

 そして相手にも下手な行動をして予測不可能な展開を生み出してもらっては困る。

 優しさからの提案ではない事を箒は重々に理解し、そして了承したのだ。

 そんな人によっては快いやりとりには感じない空間に入り込んできた。 何も知らない一夏は早速コースターとグラスをカラカラ言わせながら早速次なる戦いの場を提出してくれた。

 

「なあ、鈴。この前はプール行けなくて悪かったな。代わりに今度シャルと一緒に行くからさ。鈴も一緒に遊びに行かないか?」

 

 一方的に且つ暴力的に説明不足だったというのにこういう言葉が言える一夏に改めて惚れ直しながらも、やはり変わらぬ難点に鈴音はため息を隠さずつく。

 若干一夏がムッとするが、これが彼女の性格。

 良いも悪いも思ったら口に出す幼馴染のことを彼はよく理解していた。

 

「当たり前に決まってるでしょ。私の誘い断っといて詫びの品用意しないなんて死刑なんだから」

 

「よーし、うんと楽しんでそんなやな気持ちさっさと消しちゃおうぜ。ラウラとセシリアも来るか?」

 

「そうだな...凰候補が良いのなら」

 

「私も鈴さんが良いんでしたら」

 

 一夏が不可解そうな顔をしながらもとりあえず主役の鈴音に委ねる。

 因みに二人とも一夏とともにシャルロットにも指名しなかったのは気遣いだ。

 そして主役もここで場の空気(特に一夏の印象)を悪くするメリットは見つけられなかったようで。

 

「来たいんなら来れば?」

 

 本当なら一夏と二人きりがベストなのだろうが、流石に今ここでそれを実現させようとするのは世間一般で言うワガママとなるものである。

 .........

 

「.....」

 アイスティーを口に含み一服する道場の娘で天災の妹はとてもクールでマイペースで、この一同の輪から漏れ出ていた。

 

「一夏...篠ノ之さんは誘わないの?」

 

 やや小声で、ただどうやっても不自然なため結局全員に聞こえるボリュームで、不審に思ったシャルロットが一夏に尋ねる。

 一夏はどこかう〜んとしていた。

 

「ああ....箒。.....来る?」

 

「なんだ。誘われていなかったのか」

 

「いや、そんなことはないぞ?んで?来るのか」

 

「そうだな。凰さんが良ければ行こうか」

 

 これに驚いたのは観客である三人の女子チームだ。

 あれほどシャルロットに怒りを燃やしていたというのにみすみすライバルにチャンスを明け渡す意味が分からなかった。

 シャルロットはラウラと目を合わせ、ラウラはセシリアと目を合わせた。

 鈴音だけは気まずそうな顔で箒から目をそらす一夏を獲物を狙う豹のような鋭い目つきで睨んだのちに口火を開いた。

 

「いいんじゃないの?大勢の方が楽しいもんね」

 

 こうしてバイトヘルパーが見過ごすナットの5ミリの大きさの違いを残して今度の遊びの予定は決まった。

 

 

ーー

 

 談笑も山あり谷ありで、ゲームを交えながらも時間を過ごしていた6人だったが、ふと開いた扉からこの家の家主が交代したことで一同は作業をやめた。

 

「なんだ、賑やかそうだと思ったらお前たちか」

 

 用事を済ませて帰宅した千冬が何時もの教師モードのような厳しい面構えで一夏たちを見る。

 箒と鈴音以外のメンツは家でもこんなに気を張っているのかと感心する。

 

「お帰り千冬姉」

 

 帰ってきた姉に対して笑顔を向けるのは一夏だけだった。

 そんな一夏に依然として厳しい顔をした千冬。

 おそらく普段からこんな顔をしているのだ。

 一夏の嬉しそうな顔で判る。

 姉の帰宅を素直に喜んでいる彼の顔に恐怖や気まずさなどはない。

 なんなら彼にしか分からない範囲で今の千冬は優しいのかもしれない。

 目が合った。

 そんな感じではない。

 ただジロジロ見るなとは言われなかった。

 

「千冬姉ご飯は食べたか?」

 

「ああ」

 

「ゼリー固まってるぞ。出そうか」

 

「いや、そうだな.....今日は気分じゃない。お前らで食え。夕食は食っても構わんが泊まっていくなよ?布団がないからな」

 

 そう言うとそのままリビングから出て行った。

 遠ざかる足音は三次元的な動きで上へと.....二階へ上がっているようだ。

 部屋に行ったんだと一夏が説明した。

 

「で、どうする?ゼリーってコーヒーゼリーなんだけど。千冬姉に合わせたからかなり苦いぞ」

 

 すっかり流れというものが止まってシーンとしてしまった空間に一夏も手探り状態だ。

 

「どうだ?の前に出しなさいよ。一口食べてから判断するから」

 

 普段ならばこういう時は空気を読めて気配り上手なシャルロットが切り出すのだが、流石に他人の自宅となると迂闊に声を出せず結局勝手知ったる鈴音の図々しさに新しい場の流れが産まれた。

 

「口つけたら食えよ。まあ良いけど。じゃあみんなの分も持ってくるからシロップとミルクをお好みでつけてくれな」

 

 ゲームの時間は終わりを告げ、今度はお菓子の品評会が開催された。

 

「ほう、卵のカップで作っているのか?」

 

 カサカサと音を立てながら潰さないように優しい手つきで運ばれてきたケースの形状に見覚えのある箒が反応した。

 急に尋ねられたためか一夏は返答に遅れる。

 

「うん」

 

 それっきり会話が続かない。

 黙ったままケースをひっくり返して皿に一つづつ移していく一夏に今度こそ気配り上手のシャルロットが口を開いた。

 

「リサイクルってやつだね。良いと思うよ。なんだか自家製って感じが出てる」

 

「そっか。ただ専用のケースとか揃えるの面倒だっただけなんだけどな。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「でも確かにこういうやつってそれ専用のものがあるんだけど大概どこに売ってあるのか分からなかったりするんだよね。そういう時に他から適当に見繕ってくるんだけど、実はISの部品とかも全てオーダーメイドってわけじゃないって知ってる?」

 

 上手いもんだなと横で聞いていた友人たちは思う。

 卵のパックからあっという間に共通の話題に話を持っていった。

 何より全員が話に入っていけるチョイスというのは中々難しいものだからシャルロットの頭の回転には感心するばかりである。

 そして案の定あまり詳しくない一夏と箒。

 ちょうど険悪ぽかった二人を引き込むことに成功してシャルロットは自分の皿を取りながら話を続けた。

 

「もちろんフレームとか装甲とかは一から作らないといけないんだけど武装の類とかは結構既存の兵器からアイデアだけ取ってきてIS用に作り変えているんだ」

 

「元は戦闘機のミサイルだったものをセンサーなどだけを詰め替えてそのまま流用していることは珍しくはない」

 

 ラウラが短く繋ぐ。

 本当はもっと複雑だったりするのだが、素人に対してなら分かりやすい方が多少厳密と違っても、その方が良いだろうと思ってのことだ。

 

「そういえば戦闘機で思い出したんだが....セシリアって各国の戦闘機乗りと模擬戦とかしてるんだよな。ポケットマネーで」

 

 ありがたい事に一夏の方から話を広げてくれた。

 好ましい傾向だ。

 しかしシャルロットは喜べなかった。

 むしろ驚いた。

 

「え、ポケッ....僕だってやったことないのに」

 

 何だかんだ言って実家に対しては最低限思入れがあるのか。

 自分ち以上の金持ち体験にそう呟く。

 

「ラウラもやってんのかそういうの」

 

 軍人のラウラならばそういった模擬戦の訓練もしているかもと一夏がそう尋ねた。

 期待していたより下な答えが返ってきた。

 

「そんな利点は特にないからな...どちらかと言えば対テロ用の訓練が多いな。実際にISが戦闘機と戦う機会なんてそうはない。機体数も少ないし、そもそもそこまで敵に侵攻されることを防ぐのが近代戦だ」

 

「そもそもセシリア専用機持ちでしょ。益々戦闘機と戦う機会なんてないよ。第三世代機はもっぱら競技用の設定だからね」

 

「そういえば第三世代機はどこも燃費が悪いって話だが。それは違うのか」

 

 箒が疑問を投げかける。

 

「うんまあ、1000キロ以上飛んで帰ってこれるように作られてる戦闘機とはそもそもコンセプトが違うからね。それでもPICとか燃料燃やすよりお金かからないんだけどね」

 

 とりあえず戦闘機との訓練があまり意味のないものだと二人は言いたいらしい。

 となると一夏と箒は顎をさする。

 ちなみに当のセシリアはコーヒーゼリーを上品に食べている。

 それもまた彼女らしいのだが、無駄なことをわざわざ高い金を使ってするタイプにも思えないのも確かだ。

 何か戦闘機との模擬戦で何やら得られるものがあったのか。

 ふと一夏はパッと閃いた。

 

(鷹のオルフェノク....親父さんとのためなのか)

 

 一夏はアリゲーターオルフェノク以外にオルフェノクについての情報は全く知らない。

 ただあの時のポエムは耳に焼き付いて忘れない。

 セシリアの父親はオルフェノクで、その姿は鷹だ。

 一度そう思いついたらもうそれ以外に考えられなかった。

 

「ま、ISだけとやってるより経験値詰めるってことかしら」

 

 鈴音が興味なさそうに呟いた。

 シャルロットもラウラも納得にはあと少しといったところだった。

 無理もない。

 ISが戦う相手とはISと相場が決まっているのだ。

 それならば専用機持ちという立場を利用してISと模擬戦をしていたほうが役に立つ。

 同じ空を飛ぶものでもISと戦闘機ではまるで動きが違い参考になるものは少ないからだ。

 しかしそれでも最終的に納得するのは二人ともセシリアの実力の高さを体で知っているからと言えるだろう。

 逆に鈴音が納得したのはホークオルフェノクのことを唯一知っていることに他ならない。

 実際にアリゲーターオルフェノクと戦ったこともある鈴音はホークオルフェノクの戦力がアリゲーターオルフェノク以上のものであることも、競技としてのISの模擬戦とはまるで仕様の違う戦い方が必要になることも見抜いていた。

 ISが劣っているわけではない。

 シャルロットの言う通り、そもそもコンセプトが違うのだ。

 戦闘機まで引っ張り出してきたのもそれだろう。

 

「まあ、セシリアはそれで結果が出てるんだものね」

 

「あなたにはあなたなりの考えがあるのだな」

 

 肌を。 もといエネルギーシールドを合わせた者同士。 その実力を認めている証だ。

 それは同じ友人として良いことだし誇らしいことだが、一夏はどうにもコーヒーゼリーを飲み込むのに些か時間を要した。

 また、一夏より確信は少なかったが、オルフェノクを見ていた。 そしてあの巨大人参の会合でセシリアの姿を見ていた箒も、またオルフェノクかあの空豆マシーンもといガジェットドローンとを想定しているためだという結論に達しており、一夏ほどではないが、日常的なお菓子品評会からは心が離れていた。

 未知の相手との戦いという形ではなく。

 殺し合いという背筋が涼しい事実が。

 それぞれの心を引いていた。

 だからこそ。

 

「セシリア苦くないか?無理しなくて良いんだぞ」

 

 出来ることをするだけだ。

 一夏はミルクを差し出して問いかける。

 ドデカグラサンを額にかけているセシリアはなんだかマンガチックだ。

 間抜けという彼女に似合わない要素に一夏は物珍しさを感じる。

 

「お構いなく。苦いものを食べる機会がとんとなかったものでして、たまには苦味をじっくり味わってみようかと思いまして」

 

 大人。 とは少し違うのだろう。

 考え方が普通とは少し違うだけだ。

 恐らくセシリアは苦いものも甘いものもどちらも同じくらい好きでも嫌いでもないのだろう。

 味で食べ物を選ばないタイプなのだ。

 多分気分によっては毒以外は食べるかもしれない。

 

「私はミルクとシロップ両方もらおう」

 

「あれ、なんだラウラ。意外と子供っぽいんだな」

 

「フン、戦場ならいざ知らず。物資の揃った状況でわざわざ贅沢しない必要はないということだ」

 

「つまりイラッときて思わず言い返したってことね」

 

「やっぱ子供っぽいな」

 

「ぬっ...」

 

 大目にシロップとミルクを加える姿は「子供っぽさ」満載であった。

 因みに鈴音はとっくにもらったシロップとミルクを両方ともどっぷりとかけている。

 それを見てそういえばコーヒー苦手だったなと一夏は思い出した。

 

「上手いなお前。今度教えてくれないか」

 

「そのうちな」

 

 それでもやはり箒と一夏のペアとなると途端に会話が素っ気なくなる。

 シャルロットは心配する。

 恋のキューピッドとしてではなく友人として純粋に二人の変化に心を痛めている。

 少し前までお互いすごく仲が良かったというのになぜなのだろう。

 そんな箒は甘みを一切加えずにストレートでスプーンを口へ運んでいる。

 寡黙な性格を表しているかのように味の好みも渋いのか。

 そのまま二人とも会話をやめた。

 

「でも本当に美味しいよ一夏。君お菓子も作れるんだ」

 

「こんなのそんな大したことじゃないよ。シャルは器用だし、直ぐに俺より上手くなるさ」

 

「ふふ、ありがと」

 

「いやいや世辞じゃなくてな」

 

「でも僕も作ってみたいよねこれ。そしたらラウラにも食べさせてあげるからね」

 

「......その時はコーヒーではなくカフェオレゼリーにしてくれ。少しこれは、その....」

 

 もちろん子供っぽいと笑われた。

 

「そういえばみんなは夜までいるのか?千冬姉が言うように布団はないけど夕食くらいは食べていくか?」

 

 それを聞いたシャルロットは鈴音と箒を見る。

 判断を伺おうとした結果だが二人は瞳で勝手に決めろと言ってきた。

 今日のところは勝負については後回しにしているらしい。

 というわけでいつも通りの役割を手に入れた彼女は他の二人にも確認を取り、一夏に了承の意を伝える。

 

「じゃあ、せっかくだからみんなで買物にでも行こうか。食べたいものとかあるか?」

 

 その一言で特に予定を決めあぐねていた一同は外出へと惹かれていった。

 

「でも勝手に家空けるのは織斑先生に悪くないかな?」

 

「いや、この前も空けたし。平気だろ。一応言っとくけどさ」

 

 弾と数馬を証拠の引き合いに思い出してそう言う一夏は、それでも今度は無言であけるのはまずいと思った。

 話を付けてくると告げた後、一夏は一人二階へ上がる。

 千冬に一つ断りをいれるためだ。

 考えてみれば当たり前のことかなと思いながら扉をノック。

 

「入れ」

 

 くすりとくる。

 まるで学園だな。

 

「失礼します」

 

 扉を開けた一夏は部屋の少ない装飾でさらに目立つ地味なビジネスライクな机に紙を広げる私服の千冬にちょっと驚いた。

 冗談ぽくしていたが割と本気で職員室気分でいたのが私服で理不尽にもすっかり霧散されてしまった。

 

「学園か。おまえ」

 

 しかも言われてしまった。

 盛り上がっていたところに急に「なに一人でテンションあげてんの?」的な野暮っぽい(無論自分の勝手な思い込みだと一夏も理解しているが)対応をされたことで若干のテンションダウン。

 

「買い物にみんなで行ってきます。何か食べたいものはない?」

 

「泊まるのはダメだと言っておかなかったか?布団がないからその場合は床に寝てもらうぞ」

 

 叱る姿は公私関係ない。

 しかしそれは職員室気分とは違うのでなんだか現実味から離れているような感覚を....

 

(て、いつまで引っ張られてんだよ俺)

 

「いや、夕食だけだよ。みんなで作ろうかと思っているんだ」

 

「フン、食えるものを作るんなら構わん。留守番はしてやろう」

 

 こうして了承を得た一夏は外にてセシリアの日傘に集結している4人を見てその可笑しさからまたもやテンションが上がった。 今度のは職員室と違って共感できるものだ。

 何せあのドデカグラサンをマスクとともに顔を覆ったおばさんコーデの金髪縦ロールの美少女が自身の体を完全に考慮に入れずに前に差し出した日傘に、銀、金、茶、黒髪の少女達が窮屈そうに収まって丸まっているのだ。

 

「どういう状況なんだこれ...」

 

「みなさん暑そうでしたので」

 

 そういう話なのかこれ?

 なぜ傘の所有者であるセシリアが日向に追いやられているのだ。

 キラキラと反射する太陽光に当てられた金の髪が実に綺麗だが、これはひょっとするといじめ....俺の知らない間に友人達の間でエゲツない女の怖い一面が繰り広げられていたのか⁉︎

 と、またテンションアゲアゲで妄想したが、まあ十中八九セシリアが提案したのだろう。

 へんなことをするなら束の次に思い当たる人物だ。

 

「逆に暑いかなこれは」

 

「篠ノ之さん。スペースがないのは分かるが、私の頭の上に体重をかけるのはやめてくれ」

 

「あんたは私にくっつくのやめなさいよボーデヴィッヒ。髪が首筋に入ってきて鬱陶しいのよ」

 

「セシリア。ありがたいのだがその、もう少し高く掲げてくれないか。これでは中腰でしか入れない...」

 

「ははーん。おもちゃにしてるってパターンか」

 

「あら人聞きの悪いこと。完全なる善意ですわ」

 

「そうでなくても暑いんなら俺が来るまでリビングで涼んでいればいいのに」

 

 どうにも暑苦しい季節外れの押し競饅頭状態は間もなく解除され、一同は一夏の案内にて普段休みの際に彼が立ち寄っているスーパーに向かった。

 見慣れない外国人編成は中々に道中人目をひくものであったがそれもまた普段一人でこの道のりを歩いている一夏にとっては新鮮なもの。

 一人の時よりも楽しみながら談笑混じりで歩みを進めていく。

 会話の流れはやはりシャルロットを中心として全員に滞りなく回される。

 個性派揃いでほっとくと無口になる一同をうまくまとめ上げる辺り。 天性の気配り上手である。

 そして話したくないだろうと思うタイミングではいっそ会話を繋げるのをやめる。

 おそらく無意識のものだろう。

 意識してやっているのならそれはそれで凄いが、どうにも息がつまらないのかと心配になってくる。

 そんなやりとりもそこそこにスーパーの自動ドアが一旦区切りつけた。

 丁度話の起承転結も揃った辺り全く非凡なものを持っている。

 

「というわけで、野菜が向こうで肉とか魚がそことあっち。調味料も買いたければ案内するから言ってくれ」

 

「分かんないからアンタについていく」

 

 という鈴音は一夏の持っているカゴにさりげなくジャガイモを放り込む。

 先に入れていた一夏の鰆が落石に遭う。

 

「ああ‼︎俺の鰆が」

 

「もうアンタサラダでも作んなさい。魚は篠ノ之さんにお願いして」

 

 ついでに人参も降ってきた。

 

「因みにそのじゃがとにんじん私のだからね。勝手に使わないでよ。もちろん余ったらアンタんちの冷蔵庫の野菜室にいれとくから」

 

 せめて使い切れよと釘を刺すが、元よりそういうことが出来る性格ではないことは長い付き合いで承知の上だ。

 ここは仕方がない。

 それに彼女の言うように自分がサラダを作ると其々の献立と被らずに味・栄養バランス共に利点が大きい。

 既に鈴音の言った通り箒は魚料理にすることは知らされている。

 シャルロットは揚げ物で鈴音は。

 

「煮物っていうのかな...。肉じゃが」

 

 だとしたら作るべきサラダの方向性は決まった。

 サラダにも色々と種類はあるがここはあえて普通のシーザーサラダにしよう。

 ここまで範囲が広がった料理達の箸休めとしての味ならば、へんに凝らない方がいいだろう。

 献立を決定した一夏達はお互い行動派な気質だったこともあり、ペースアップで食材をぽいぽいとカゴに入れて行く。

 

 もうひとチームのカゴ持ち役を担うのは一夏と同じく行きつけに使っている地元民の箒であり、ラウラとシャルロットの代わりにカゴを持つことで先導役として活躍しようとしていた。

 箒を先にその両隣を固めるラウラとシャルロットが自分の献立を伝えて、その材料を箒に案内してもらい彼女達は買い物をこなしていた。

 

「でもなんでおでんなの?」

 

 こんにゃくをカゴにいれる様子を横目で見ながらシャルロットはそれを注文したラウラに尋ねる。

 ラウラが夕食に選んだ料理は意外も意外。

 日本の冬の定番料理でありコンビニエンスストアなどの現在の一般的な流れにも遅れずに普及している時代の最先端だ。

 でも。

 

「冬のものじゃないのあれって」

 

 箒に尋ねる。

 まだ食べたことはないが鍋物だということは知っていた。

 真夏に食べるものではないのではないか。

 

「夏に食べてはいけないということはない」

 

 ラウラが自信を感じさせる声だ。

 シャルロットは苦笑する。

 

「日本人の前ですごい自信だね。それで、実際どうなの?」

 

「まあ、魚と違って旬が決まっているわけでもないし...いいんじゃないか」

 

 日本人からそういう意見が出たのならば仕方がない。

 ラウラはついでの食材を提案する。

 それらはフランス人であるシャルロットからすればまたもや外国人特有の的外れな他国情報なのかと疑惑を向けたが、当の箒は言われるがままにカゴをさげて棚の角を曲がっていく。

 完全に本人の自由に任せている。

 諦めたシャルロットは横の棚から片栗粉を取って来て箒に頼んだ。

 そして懐に意識を向けるかと思うと、軽快な電子音が彼女のズボンの後ろポケットから鳴り、二人の視線を一瞬引く。

 

「あ、電話」

 

 言葉通り。

 どうやら急を要する内容らしい。

 誰に聞こえるわけでもないというのによりによって電話先の相手を気にしているような小声で箒に場所の提案を任せる。

 箒が普段使われることがない非常階段のスペースを教えられるとお礼もそこそこに早足で向かっていった。

 

「少し見てくる。君はここに居てくれ」

 

  ラウラがそう言いシャルロットの通った道筋を歩いていく。

 言われた通りに待っていた箒は数分か數十分待たされるかと覚悟していた。

 しかしそれほど時間はかからずに二人は戻ってきた。

 

「ごめんね」

 

「いや、それで...唐揚げだったな。次はももか?」

 

「うん」

 

 改めてスーパー内を歩き始める3人。

 指向生を持った3人はとても優秀で、一夏達2人や他の主婦よりもむしろ迅速で寄り道のない買い物をしている。

 

「そういえばセシリアはどうしたの?」

 

 流れに逆らわずにシャルロットが言う。

 彼女はセシリアが一夏の元に行かなかったことを知っていた。

 

「三階のゲームコーナーだ」

 

 携帯の画面を見せながらラウラ。

 先程シャルロットが疑問を出した瞬間に素早い仕草でチャットを送っていた。 それが今返ってきたのだ。

 

「当方、ただいま対戦式の格闘ゲームにて現地の戦士と熱狂的なタンゴに身を震わせている最中故。終わったら連絡します」

 

 最後に絵文字も添えられている。

 頭が痛くなるシャルロットの横から覗き見した箒がふと呟く。

 

「これはゲームの途中で打っているのだろうか」

 

 想像したらちょっとシュールだった。

 笑うのはこれまたちょっと。

 そうなると生じてしまう情報のすり合わせへの問題に3人はすぐに思考を巡らせた。

 

「となると何を作りたいのか分からんではないか。適当に見繕うとしてもそれらは全て織斑家の冷蔵庫に放置されることとなるからあまり多く買うわけにもいくまいし」

 

「いや、いない人間への気遣いをその他の者に合わせる必要はないだろう。候補生には余り物で我慢してもらえばいい」

 

 双方同じような口調と振る舞いだが、こういうところではキッパリと主義が変わってくるようである。

 そして主張が強いところは又しても同じような感じらしい。

 

「それは流石に酷くないか?貴方は知らないだろうが、彼女はさほど料理への見識は高くない。余る材料すら確定的ではないのにそれでは時間を食うだけではないか」

 

「君が優しい人なのは分かった。私よりも候補生について詳しいのもな。だが考えは変えん。これはフェアな提案だ」

 

「私は別に感情論などしていない。余計な時間を食うと言っている」

 

「まあ、まあ。そこはおいおいでいいじゃない。こうしてる時間の方が無駄でしょ?それにセシリアは賢い人だし僕らが深刻にしなくてもなんとかしてみせるよ。もしもの時は僕の付け合わせのジャガイモなんかをあげればいい」

 

 やはりシャルロットが付いていて良かった。

 箒とラウラは悪い奴らではないということは彼女らの周りに居れば直ぐに理解できること。

 ただ堅物な箒と現場主義なラウラがたまに上手いことハマるとこういう事態が起きてしまうということだ。

 そんな時に間に入るのがシャルロットなり一夏であったり鈴音であるのだ。

 別段水と油というほどの関係でも頭に血が上って周りを気にしなくなるタイプでもない二人は直ぐに止まる。

 

「そういえばデュノアさん。先程はあんなに慌てていたがそんなに重要な電話だったのか」

 

 再びつぎの食材の棚へと歩き出していた足が二本止まる。

 箒はそこまで気にしていたことだったとは思わず、急に立ち止まってしまったシャルロットに驚く。

 シャルロットが直ぐに自分の、相手を不安にさせる行為に気づき、しまったとなるがすかさずラウラがフォローしてくれる。

 

「家庭事情といえば君にもその気持ちはわかるのではないか」

 

 はっとなる箒は直ぐ様頭を下げた。

 

「すまない....」

 

「ううん、いいよ。気にしないで。もも肉取りに行こうよ。あ、あと大根も。一夏から大根おろしの入った唐揚げを教えられてね。試してみようと思うんだ」

 

「大根なら私が作るおでんに使う予定だ。一緒に使おう」

 

「ありがとラウラ。篠ノ之さんって料理すごく上手いって一夏が言ってたよ。悪いんだけど大根おろしの唐揚げ手伝ってくれるかな?」

 

「心得た」

 

「ふふ、ホントにサムライみたい」

 

「侍と聞けば一口で満腹状態にするという魔法の如きキャンディーを所持していたと聞く。東洋の神秘だ」

 

「漫画の読みすぎじゃないのか...大体その飴玉を使うのはどちらかというと忍者だと思うぞ」

 

「お、ラウラんとこの副隊長さんの話してんのか」

 

「一夏‼︎それに鈴も。買い物終わったの?」

 

「いや。ただあらかた買いたい物は終わった。あとは会計だな」

 

「その前にアンタらの買うものみて余計なものはないか擦り合わせ。変なもん買ってないでしょうね?」

 

 毒のある鈴音の言葉。

 それは近しい者からすれば彼女の本来の話し口調であり、何も相手を言い倒そうなどというような思惑とは完全に別物だということがわかるため、もめあいにはならない。

 しかし揉める原因は鈴音ではなくこちらにあったようで。

 

『セシリアは?』

 

 ハモった2人の声が3人に上を向かせた。

 先に怒ったのは鈴音だった。

 この5人の中でセシリアと最も仲が良い鈴音はその分この事態に対して責任を感じた。

 

「私が連れ戻してくる‼︎」

 

 そう止める間もなくエスカレーターを走って昇っていった。

 客がツインテールの全力疾走にあまり心地よくなさそうな目線を向ける。

 

「そんで何買ってんだ?」

 

 とりあえず5人分の食材を確認する事にした。

 

 8割走で段差を三段跳びで余力あり。

 知り合い全員に猫のようだと言わしめた跳躍力はもしかしたら本物の猫人間とも比較できるかもしれない。

 最後は三階の床に頭がつく前に。

 ジャンプ。

 エスカレーターの入り口(昇りなので出口の方が正しいか)まで続く転落防止のための透明な手摺に向かってさながらロケットのように飛び出した。

 鈴音からすれば二メートル近い垂直の壁に他ならなかったであろう高低差を、手が届いたどころか背面跳びにて上回った彼女はそのまま空中で補整をかけて着地し、目に付いた案内板を一瞥すると案外近かったゲーム機コーナーへとズンズンと割って入った。

 夏休みということで人混みは大したものであったが、それでも所詮はデパートの小さな一角。

 数メートル四方のスペースの事。

 その程度の中でセシリアを探すことなど彼女にとっては朝飯前もいいところだ。

 人目を引きすぎる容姿というのも考えものだ。

 

『最後にポーズを決めて引き金を引け‼︎』

 

 野太い声の成人男性の怒号に近い指示で何となくそのゲームの方向性が分かったような気がする。

 アーケード型の特徴でもある。 家庭向けではデカすぎる銃型のコントローラーを上に一回、次に下へ横へと回転させ最後に天に向けて、一発。

 軽快な発射音と同時にBGMが流れ、切り替わった画面にてそのプレイヤーの打ち出したスコアがそれまでのプレイヤーのスコアの一番上にて光輝いている。

 見物者たちの拍手と感嘆の声を確認するあたり余程魅了されていたらしい。

 ゲーセンは個人プレイの場だと思っている鈴音からしてももし隣でそんなプレイングが行われていたら、見学に行ってみたいと思うかもしれなかった。

 とりあえず興奮しきったギャラリーの数人が握手を求め、それに応えるというゲームセンターにあまり無い光景を最後まで待ってやる....事もなく。

 

「ほら、帰るよ」

 

「あーん....」

 

 首根っこ引っ掴んでプレイヤー。 つまりセシリア・オルコットを連行していく鈴音。

 残されたギャラリーは暫くはポカンとしており元々いた戦場に戻っていった。

 セシリアが叩き出したスコアはあくまでそのゲームが設定している最大限界値のものであり、彼女の他にも全国で100人余りの猛者がその得点を叩き出していた。

 しかしそれを目撃していたあるゲーマーは後に友人との酒の席にてふとこう漏らした

 

「筐体の前なら彼女は100何番目だが、あの場にいた人間なら分かる。彼女こそ真の最高得点保持者だ」

 

 と。

 

 

ーー

 

「もうアンタったら...みんなに迷惑かけんじゃないわよ」

 

「だってさぁ。ママ〜」

 

「やめろ。本気で悪寒がする」

 

 エスカレーターにてそんな会話が聞こえてくる。

 迎えに行った鈴音の腕に抱きつく形でセシリアが降りてきた。

 来た時と正反対に今度は歩いてすらいない。

 

「因みにあれが正式な乗り方らしいよ」

 

「片方が手すりに捕まっていないところはマイナスだがな」

 

 西洋コンビが豆知識を披露し、親友タッグが漸く戻ってきた。

 その間もセシリアは鈴音に抱きついたままであり、その立ち振る舞いもなんだか本当に甘えん坊娘のようだ。

 声色は完全に5歳児である。

 

「ほら、みんなに謝んなさい」

 

「やー‼︎私悪くないもん。ママのバカー」

 

「本気で刺し殺したろかおどれ」

 

 ヒクヒクと顔を引きつらせている鈴音。

 どうやら先程からこんなやりとりを続けているようで、もううんざり。 と言わんばかりのオーラを出している鈴音へ一夏は思わず声をかけようとして理性が止めた。

 本当に親子みたいだな。 なんて言えば殺される。

 そんなこんなで鬼ババアと化した鈴音に恐がって、セシリアはラウラの背後に隠れた。

 

「ラウラちゃんたすけて」

 

「ちゃん...⁉︎」

 

 珍しく本気で困惑しているラウラ。

 ラウラからすれば世界有数のIS乗りであり思慮深い敬意を払うべき相手としかみていないセシリアの未成熟児そのものな振る舞い。

 衝撃としか言いようのない状態だ。

 

「ぬ...え?オルコット代表候補?」

 

「ラウラちゃん聴いて!ママったら酷いのよ⁉︎」

 

「そ、そう...なのかいセシリアちゃん」

 

「ラウラが壊れた...」

 

 すっかりセシリアちゃんのお友達ラウラちゃんになってしまったラウラに唖然としてしまうシャルロット。

 当の本人は眼帯越しに、ナノマシンの影響で変色した金色の瞳でセシリアの膨れた表情を見て、顔を赤くさせていた。

 和やかな空気みたいになっているが料理作りのために、鈴音の暴走を防ぐために、一夏達は買いよった成果を初めてセシリアに見せた。

 

「そうですわね。私はハッシュドビーフにいたしましょうか」

 

 キャラ変えをサクッとされるが今は無視。

 

「セシリアはスープか。まあまあ分かれたな」

 

 汁物、煮物、魚、鍋物、揚げ物、サラダ。

 栄養バランス的には不明だが、味の変化的には非常に優秀ではないだろうか。

 

「よし、じゃあ会計済ませようか。箒、かご」

 

 箒からかごを受け取ると一夏はそのまま空いているレジに足を進める。

 それを止めるのはシャルロットだ。

 彼女は「ちょっと」と慌てたように尋ねる。

 

「買い忘れか?」

 

「違うよ。え、一夏1人で払う気なの?」

 

「ああ、俺んちに保存する食材だしな」

 

 自分が払うのは当たり前というスタンスでいる一夏だったが、お節介焼きなシャルロットはナチュラルな一夏に意見を出さずにはいられなかった。

 

「ダメだよ。せめて二等分させて」

 

 自分の財布を取り出して説得してくるシャルロットに一夏は困る。

 

「そうだ。持ち合わせなら気にするな。公務員のようなものだからな。お前よりは持ち合わせは余裕があるつもりだぞ」

 

 ラウラを筆頭に次々と女子たちが名乗り出る。

 一緒にいるときは何だかんだ言っていた鈴音も参加している辺り、余程自分にとっての当たり前は人を気遣わせるものなのだなと心で思った一夏は、黙ってみんなの行為に甘える事にした。

 維持を張るわけではないが彼は未だに自分一人で買い物を終えることに疑問は持っていない。

 一番道理にあった選択だと思う。

 しかしこういうのも悪くない。

 相手に譲らない。 だけな態度であるとお互いにギクシャクしてしまうだけだ。 俺はそんな状況で大丈夫なほど図太くはない。

 

「悪いね。んじゃお後よろしく」

 

『自分の分は払え』

 

 冗談一発。

 割と本気な返答が返った。

 

 

ーー織斑宅

 

 ワイワイガヤガヤ

 

 楽しい声がリビングから聞こえてくる。

 自宅に帰って来る直前の和やかそうな会話が玄関の外から聞こえてきた辺りから千冬は、直前まで机の上に広げていた紙を纏めていた。

 特殊な紙質で出来た用紙をプラスチックの容器に纏めて載せ、同じく机の上に置いておいた飲みさしのペットボトルの水をそれにかけた。

 それなりの束であった書類はそれだけで貫かれ、まるで溶岩に当てられたように崩れて後は糸状の繊維とインクらしき汚れを残して溶けてしまう。

 そしてそれを部屋の観葉植物にかけると千冬は容器をそのまま窓に置き日に当てる。

 

「今時こんな古典的なものを送ってくるとはな」

 

 時刻は早朝まで遡る。

 玄関を開け自宅を出たとき、何時もは感じない複数の視線と気配に千冬は、今日のことを一夏に伝えずに正解だったと思った。

 つけられている。

 何処からか情報が漏れたのかは不明だが、千冬はある時を境に周りに秘密をする日に限ってこの視線を感じている。

 いつも朝が早く、庭の草花達に水をやるのが日課なお隣さんに挨拶をしながら千冬はあえてそれに気づかないふりをした。

 

(今日はいつもより多いな)

 

 今は早朝。

 当然千早の視界に入る位置には誰も人影はない。

 それでもブリュンヒルデとして人並み外れた獣の如き危機察知能力がそれを捉えた。

 驚くほどに身近に、しかし十分な準備と考察の果てでのギリギリの距離なのだということは未だに「監視されている」という漠然とした感覚しか得られない状況が示している。

 彼女はそれを知りながらもあえて気づかないふりをして自宅を後にする。

 やがて人通りが多くなり、それに伴い感じていた視線の正体が姿を現し始めた。

 といってもその距離はつけられていると自覚して注意していても大抵は気づけもしないほどの用心深さを払っていた。

 千冬の後方約100メートル。

 人混みに紛れて一般人の格好をした何処にでもいそうな男が千冬を尾行している。

 ハイパーセンサーでも使わない限り顔など豆粒のような距離。

 千冬が曲がり角一つ曲がってしまえばその時点で巻かれてしまうのは容易だろう距離。

 しかし千冬が懸念している通り、相手は複数だった。

 前から歩いてくる通行人。

 仮眠を取るために路肩に停車している乗用車。

 お洒落なカフェの窓際の席で優雅にティータイムを楽しむ客。

 作業着を着込み雑貨ビルに荷物を運んでいる作業員。

 ここに来るまでですれ違ってきた人物の顔を全て記憶して来た千冬には全員初対面であったが、その中の数十人は自分に対して明らかな関心を向けていた。

 敵意ではなく好意でもなく、 いっそ無関心とまでいくかもしれない不思議な注目の目。

 彼らはそれぞれ千冬とすれ違い、そして十分安全な距離まで離れてから仲間に連絡を取っていた。

 そしてまた新しい仲間が千冬からは遠い位置から日常を偽って千冬を監視している。

 素人ではない。

 明らかに常日頃から訓練と実績を積み重ねている動きだ。

 不測の備えへの能力は見てないで知らぬが、目標の監視及び追跡の能力では、それこそ単なるストーカーなど比肩にすらあげられないだろう。

 それほどまでに完璧であり臆病なほどに彼らは慎重だった

 勘というものがなければ千冬もわからないほどだ。

 

(刑事なのは確かだな)

 

 それは執拗なまでの徹底ぶりから千冬なりに感じた答えだった。

 何か気高い忠誠心のようなものがなければあそこまではできない。

 千冬はその原動力に「愛国心」を押した。

 監視を始められた時期が白騎士事件の後からというのもそれを確信させた。

 当時学生だった千冬に今ほどの思慮はないが、それでも自分が警察からマークされる事への見覚えなどありすぎた。

 千冬が気配に気づいて振り返ったり、辺りを見回したりした途端に彼らは尾行を諦める。

 深追いは決して今の今までされたことはない。

 そしてしばらく経ってから今度は小規模な監視が開始される。

 次第にそれだけでは無駄だと悟った千冬は、彼らを追い払うことは諦めて、もっと直接的に彼らの目から逃れることを選んだ。

 少しでも見失えば彼らはそれ以上の追跡をしなくなる。 これもこれまでの経験でわかったことだ。

 それを利用して千冬は何度か彼らの追跡を振り切ったことがあるが、今回は人数が違う。

  走ったりした程度ではどうにも巻けそうにない。

 かといって気づいたことをバラして退散させるという手段も後々の面倒を考えるとまずい。

 これから自分がすることあまり公にしたくはない。

 こうして大人数で監視に乗り出して来たということから、何かが原因で気取られていることは間違いないが、それでも何食わぬ顔で乗り切るべきだと考えた千冬は今日もあえて彼らの存在を興味の対象から外した。

 

ーー次の角を右に曲がって下さい

 

 ISのプライベートチャネルではない。

 彼女の専用機はある理由から破損し、保管されているし、軍や諜報機関ではチャネルを傍受する手段が独自開発されているという噂も聞く。

 この()()にとって完全に未知の力が働きかけている。

 千冬は指示通りの道を曲がる。

 その間も指示は続く。

 

ーー合図したら鞄を腰の高さで口を開けて、右側47度ほど傾けてください

 

 千冬は抜かりないように手持ちバッグのチャックの金具を掴む。

 前から同じく刑事がなに食わぬ顔で近づいてくる。

 何処にでもいそうな地味な服を着た冴えない男性は、それこそこんなことをするような人間とは誰も思わないはずだ。

 その男が千冬とすれ違った瞬間。

 

ーー今

 

 千冬は迅速かつ目立たないように指示通りに鞄を自分の影に隠れるように開いた。

 前からすれ違った人間は決っして再度振り返り千冬の行動を監視したりはしない。

 少しで不審となり得る行為の一切を彼らは犯さない。

 それを千冬は分かっていた。

 そして。

 

(渡した‼︎)

 

 ずっしりとした重さを感じてすぐ様チャックを閉めて、自然な手つきでそのまま元の姿勢に戻る。

 そして冴えない男からすれ違いざまに千冬の情報を渡された。 スーツ姿の女性が引き継ぎで千冬をまた100メートル後ろから尾行する。

 横幅の狭い路地での、一瞬の出来事だった。

 

「いよいよスパイごっこも本格化してきたか....」

 

 そう嘯く千冬だが、実際問題としてこの書類。 今はただのゴミだが、これにはそれだけの重要性が隠されていた。

 この10年。

 伊達に監視に気づいて生活していたわけではない。

 自分がこの国に置いてどのような立ち位置に居るのかくらい自覚している。

 それでも今回のアレは大仰すぎた。

 最早篠ノ之束の親友という立場以上の扱いをされている。

 

 あえて付け加えさせて頂くと、親友の方は兎も角。 千冬自身はこの10年は受動な出来事以外何一つ不穏に当たる動きなどしていない。

 今日とて呼ばれたから、大きめの手提げバッグを持って街に出ただけだ。

 

 しかしそんな事情などもうどうでも良くなったのだ。

 千冬は椅子を引いてもたれる。

 リビングから楽しげな声が聴こえてきた。

 何なら一層騒がしく。 ところどころ物騒な様子に千冬はフッと笑みをうかべる。

 

「食えるモンが出てくるんだろうな」

 

 総数63枚。

 篠ノ之束とプレシア・テスタロッサにより調べ上げられたスカリエッティ陣営の動き。 それに伴う奴らが関わっているとおぼしき組織や企業。 写真とワード打ちの文字だけで構成された味気のない文書。

 その中の一文が彼女の思考一杯を支配していた。

 

『スカリエッティの最終目標は今のところ不明だが、彼が次に狙いとするのは織斑一夏とみて間違いない』

 

 

ーー

 

 出来上がった料理を前に俺たちは一種の一体感を持っていた。

 セシリアが火力の足りないIHの代わりにレーザーを取り出したのは全員で止めたが、今はそれ以上に心地よい一体感を感じる。

 一人一品ずつにしたがやはり6人も集まると結構な量になるもんだ。 一人ではとてもじゃないが食い切れないだろうな。

 しかし何はともあれこの後もおそらく楽しい食事会だ。

 俺は小学生じみたワクワク感を胸にしまっておき、テーブルに食材を並べていく。

 因みに千冬姉はいつものやつだ。

 一人で食べるのだ。

 二階で。

 最近一緒に食事をする機会がとんとないな。

 まあ千冬姉が嫌ならしょうがないけどね。

 

「一夏。どうしたの?」

 

 声をかけてきたのはシャル。

 こいつは本当に空気と相手の機微を読むのがうまい。

 きっと隠していたつもりでも動作とかにそういう気持ちが出てしまっていたんだ。

 隠すようなことじゃない。 むしろ包み隠さず話した方が後々の引っ掛かりによるトラブルもない。 ってなのはさんも言ってたし。

 

「最近千冬姉と一緒に食べてないんだ。ちょっとそれがさびしいなって」

 

「やーい、シスコン」

 

 鈴のやろう。 茶化しやがる。

 たった二人の家族なんだからいいじゃないか。

 

「そっか。分かるよ。僕もお母さんと一緒に食べてた時は本当に幸せだったから」

 

 思い出すように笑顔をうかべるシャル。

 そしてこんな時はマザコンとか茶化さない鈴。 実に不公平。

 

「.....そういえば家のこと。あの後どうなったんだ?」

 

 聞いてきたのは箒。

 急に意外な話題を出してきたと思ったら。 なんだか様子を見るに前から聞きたかった様。

 一人だけ特にシャルとは関わりとかないもんな。

 

「.....」

 

 怖い視線を向けるラウラに少しピリっと空気がひりつく。

 後から知ったとはいえシャルとは一番の中だ。

 無神経とも取られかねない箒を、睨みつけるとまではいかないが中々の迫力だ。

 しかしシャルがそれを諌める。

 

「それがね。デュノア社潰れちゃってね」

 

 ごめんシャルロットさん...衝撃事実‼︎すぎるわ.....

 するとシャルが「ああ、そんな大したことじゃないさ」っとお言いになる。 いや、シャルロットさん。 それもなんか...ふとした時に垣間見えた友達のドライな一面って感じでなかなかにショックなんですけど。

 

「だから倒産って言ってもホント拍子抜けみたいなかんじだから!」

 

 ああ、どんどん俺の知らないシャルが出てくる。

 そんな感じにまたしても和やかな空気が別の意味でひりつく今日この頃。

 

「違いますわ一夏さん。そうでなく本当に大したことではないのです」

 

 見兼ねたセシリアが片手に取り皿。 もいっちょ片手にスマホをシュッシュしながらやってきた。

 

「デュノア社の立っていた場所に別の会社が立つのです。本社ビルとIS事業をそのまま引き継いで」

 

「計画倒産ってやつ。ただあの人は会社には関われないけど」

 

 話によればリストラされた社員を丸ごと使っているらしい。 他の難しい事はさっぱり分からないけれどセシリアによればかなり強かなやり方だという。

 

「買い物中に電話がかかってきてね。そこの新社長さんがわざわざ労ってくれたんだ」

 

「どの道デュノア社の幹部には違いない。当時異議を唱えなかった者だ。今更だな」

 

 ラウラが棘のある物言いをするが、俺も今回ばかりはラウラに頷きたい。

 顔も知らない。 事情も知らない人に理不尽で勝手な思いかもしれないが、「今更何を」という感情は抱いてしまう。

 救いなのはこれで本当にシャルは過去の呪縛から解放されたという事。

 

「因みに新会社の名前は.....ふふっ」

 

 セシリアが一瞬だけ可笑しそうに笑うと俺と鈴と箒を見てからスマホをかざしてきた。

 会社のロゴだ。

 言語をマークみたいに埋め込んでいるタイプ。

 俺こういうのパズルみたいであんまり好きじゃない。

 名前なんだから読みやすいものにしてほしいのに。

 

「つくづく、挑戦的ですわね。本当に.....」

 

 

SMART BRAIN(スマートブレイン)

 

 

 あの公園。

 数ヶ月も前のことが昨日のことのように、俺たちだけがその想いを共有していた。

 あの時感じた未知の、大きな、大きな、とてつもない相手が、大きさをそのままに俺たちの近くにイキナリドンと現れてきた。

 俺は今後ろにそいつらが居ても驚かなかったと思う。

 いつまでも続くかな。 そんな日常がすっぽりと覆い尽くされた。

 

 

ーー

 

 バサっと開かれる。 扇子。

 現れる。 拙い書き字。

『不快なり』

 不快な更識家17代目楯無を就任する刀奈はそれを黙って虚と本音に見せつけた。

 

「公安の奴ら...勝手に出張ってきて勝手に失敗するとか、ダサすぎるし何よりウザすぎ」

 

「お言葉ですがお嬢様。今回はブリュンヒルデが相手だったのです。織斑先生の第六感は正に獣。いかに草むらに隠れようとも獣の嗅覚の前には人間などコロンをつけているも同然」

 

「その上データを渡した対象は現在のこの世界では察知は困難な隠蔽技術を保有....無理ならぬ事かと....」

 

 二人の従者の言葉に楯無は湯上がった頭とは別のところで、それをその通りだと認めた。

 秘密主義な者同士。

 公安と更識はお互いに好印象を持ってはいない。

 その上で楯無は公安の能力を一定数評価している。

 国内外問わずあらゆる反社会的思。 またはそれに準ずる団体に常にアンテナを張っている彼らの、そういう相手に対する嗅覚とも言える敏感なセンサーと、監視・追跡能力の高さは世界の諜報機関と比べみても侮れないもの。

 自分とて『楯無』でなければもし同じ状況にて尾行された場合、千冬のように察知する事は不可能だろう。

 今回は単に相手が悪かった。

 野生の獣のような気配察知能力を誇るブリュンヒルデと。

 全く未知の力を扱う受け渡し人リニス。

 

「魔法....あまりに無知すぎる」

 

 それは自分にも向けた言葉であった。

 あの目ではなく心を騙すような幻術の如き隠蔽工作技術。

 実際に目の当たりにした自分が断言するのだから間違いがない。

 公安及びそれに指示を出したお偉方の完全なる勇み足。

 そう、思った。 はずだったが。

 

「虚。三日前に蒸発した警視総監の行方は?」

 

「全く。彼の席に大量の灰が残されていたという噂話レベルの情報しか」

 

「消える時までいけ好かない親父だったわね」

 

 頭ではなくどこか別のところで物を考え、まるで死と直結しているかのような冷たい笑みを浮かべる男性だった。

 

「間抜けの公安は兎も角、更識まで騙してるなんて.....舐め腐ってくれるじゃない」

 

 楯無がくつくつと笑う。

 闇と直結しているかのような深いものだった。

 

「篠ノ之も、ブリュンヒルデも、どいつもこいつもこの国で好き勝手やりくさりやがって...」

 

 日本国。

 その闇でずっと生きてきた更識。

 彼らの変わらぬ不動の意思。

 この国の秩序を守ること。

 楯無は怒っていた。

 二人は日本国の国民だが、今更彼女たちに愛護の心意気を持てと言われても不可能だった。

 

「お嬢様。事は政府の内部深くにまで及んでいる可能性が高く、踏み入った行動は慎むべきかと」

 

「分かってるわよ本音」

 

 高町なのは。 乾巧。 これら既存のイレギュラー要素さえ自分たちはまだ把握しきれていない。

 元より独立した組織ではない更識は、こういう時あまり腰は軽くない。

 何より自分が守るべきはこの国全土なのだ。

 一人一人に構って大局を見失っては本末転倒。

 楯無は待つ。

 

 

 

 

 しかしそれでも世界はうねりに満ちていた。

 翌日。

 フランスにて複合企業スマートブレインの声明発表が社長、村上狭児により発せられる。

 デュノア社のネームバリューもあり、こういった場合には異例である注目の元、スマートブレインの言葉....いや、ジェイル・スカリエッティの言葉が世界へ発信された。

 

 20××年某月某日。スマートブレイン社社長村上狭児氏より引用。

 

「我々、スマートブレインは常に上の上であることを経営理念としています。我が社は一人一人の個性、知性、技術の集合体であってこそ、その力は最大限に発揮されると思っています。想像は我々だけに与えられた技術ですから。

 〜中略〜

 お客様の視点からサービスを供給することを第一義とし、それを実現するシステム、デバイスを開発・供給する「超・製造業」として革新し、世界中の人々の豊かな社会の製造に貢献していきます」

 

 

 

 

 




戦闘機とか公安とかの話は大体聞き齧ったレベルの妄想ましまし設定です
薔薇社長の言葉はファイズの超全集から一部を取ってきました
後半のたてなっちゃんの描写は久しぶりのたてなっちゃんにダーティーな感じを持たせたかったのと、結構序盤の話でなのはさんが本音に対しての印象の伏線回収です
急な展開についていける人はいるかな?(ふっふっふっ)

※人気投票の開催。詳細は活動報告にて
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