あんなん興奮するに決まっとろーが!!
もっとも高いそのビルは、ここ数年この街を、そして国を見下ろしてきた。
創業から僅か数年でこの国随一の知名度と社会貢献度を誇るその企業の名は『デュノア』。
創業者の姓から取った。 些か適当な名は驚異的な成長速度でフランス中に知れ渡った。
ISといえば白騎士という絶対的な印象に負けじとこの国では、デュノア社が世に出した傑作機ラファール・リヴァイブがそのイメージに追随している。
大容量のパススロットに物を言わせた物量と完成度の高い設計。
全局面に置いて極めて高いポテンシャルを展開できる。 まさに傑作機であるリヴァイブは最後発ながらも世界シェア第三位の普及率を誇り、またその評価も極めて高い。
機動力と火力の両立という、ISという特殊な性質を持ってしても長らく難題とされていた容量不足の問題を初めて解決した新進気鋭のIS企業の名は瞬く間に業界に激震をもたらした。
そして創業してからの時間よりも速く限界は訪れた。
アイデアが打ち止めになったのだ。
通常の産業ならば世界シェアを生み出したデュノア社の繁栄はしばらく潰えないものだろう。
しかしそこに立ち塞がったのは皮肉にもIS事業に求められる需要であった。
ISに求められるもの。 それは『新しさ』だ。
通常の軍需産業と違い、ISはいざ一度画期的なシステムを開発したとして、それに対する需要はいつまでも続かない。
そもそもアラスカ条約にある通りISとはあくまでも競技用の、そして今尚研究対象として探求されていることから、IS業界が望むのは安定よりも刺激なのだ。
兵器としては優秀この上ないリヴァイブが評価されたのも、あくまでもその性能ではなくパススロットに対して。
直ぐにその技術が業界に定着し始めるともうデュノアのIS企業としての価値は薄れた。
絶対数が少ないISにとっての世間の評価は非常に夢見がちのものであり、出来の良いものを作るだけで生き残れる業界ではなかった。 それを生業とするのに求められるのは新たな可能性を想像し続けることでありデュノア社はその競争に敗れたのだ。
誕生からまだ10年足らず。
思想に変化をもたらすほどの衝撃を与えたインフィニット・ストラトスは、まだまだそれを扱ってくれる人間たちが未熟で錯綜していたのである。
デュノア社は方向性も何もあったものじゃないIS産業という海で完全に遭難してしまった。
元からIS一本でやっていくつもりで立ち上げ、用意した人員は他の産業に出稼ぎに行くにはあまりに偏り過ぎていた。
選択の時間や余地さえなく。 混乱した頭のままデュノア社は第三世代開発というさらなる深みにハマっていく。
まだ手探り状態であるその海にダイブしていくには、デュノアという潜水艇はあまりに突貫工事であった。
新技術開発に着手してはやがて間も無く凍結され、目指すべきコンセプトすらなく「第三世代機を作る」という漠然とした決意の元、ただただ沈み続けていくその屋台骨は日に日に浸水に侵されていき最早自力で浮上する事さえ出来なくなっていった。
社長であるアルベール・デュノアの天下は文字通り三日天下に終わり。
「今、フランスの、かつて栄光を手にし、ISという美酒に酔わされその身を滅ぼしたデュノアの城はその城をそのまま受け継ぎ新たな姿として舞い戻ってきた。
社長はなんと外国人である村上狭児氏。
彼の提言する『未来想像』の元、スマートブレインの手腕は最早IS産業だけに止まらない。工業、電子、医療、食品、果ては生物・遺伝子科学の分野にまで進出し、次々と業界での地位を堅牢なものにしているその姿は、かつてのデュノア社をも超えていると言わざるを得まい。
それは世界が一番注目していたであろうIS事業でも変わらず。前任者達の苦戦が嘘のように新世代型ISをさっさと開発し、過去の汚点を拭い去った。コスモス。スマートブレインを再びあの華やかな表舞台へ舞い戻らせるに相応しい可憐な名であった。そしてその叡智は尽きず、先日スマートブレインが発表した第三世代機が世界にもう一度、新たな
一息ついて一夏は新聞に掲載されていたコラムから目を離す。
その姿はIS学園指定制服(夏ver.)に包まれていた。
楽しかった夏休みも終わり、少し肌が涼しくなってきた9月の終わりぐらいに、一夏達IS学園生徒は1日の通常授業を貸し切った特別授業を控えてウキウキとしていた。
クラスの女子グループが夏休み前と変わらないメンバー編成にて変わらないボリュームで何時もよりも二割り増しくらいキャッキャッ、キャッキャッしている。
馴染みの顔達に挨拶一つし、何をそんなに姦しくしているのか理由を聞けば、更に姦しい声で教えてくれるだろう。
あと数十分で自分たちは人類史に残る栄誉の瞬間に立ち会える。 と。
その気持ちは致し方ないと言えよう。
スマートブレインという巧達から聞いた敵(敵としての実感は薄いが)の名前さえ出なければ、いや今でさえも少しワクワクしている自分が居る事を一夏は否定しなかった。
それ程までに今から自分が目にする瞬間はすごいものなのである。
一組の専用機持ち及び代表候補生はセシリア以外、スマートブレインとは複雑な立ち位置にいるシャルロットでさえもこの日を楽しみにしていた。
皆んなから好かれる人柄の割に何時も一人でいる事が多い彼女は、今日は同じ専用機持ちであり代表候補生であるラウラとIS談義に花を咲かせていた。 主題としてよく出てくるワードはやはりスマートブレインだった。
何となく周りと馴染めずに新聞を読むことでカムフラージュしていた一夏。
フレンドリーに二人に近づく。
話しかける。
「なあ、デュアルコアってそんなに凄いものなのか?」
「当たり前でしょ⁉︎」
興奮したシャルロットの姿はとても珍しく、ISに対して考えが及びにくい一夏にも事の重大さはよく分かった。
ともすれば嬉しそうとさえ感じるシャルロットの饒舌は、予期せずして、気を紛らわせようとする程度だった一夏の興味を予想外に惹きつけた。
「これまでコアの事はブラックボックスとして開発者である篠ノ之束博士以外には感知不可能なものとして考えられていたんだ。IS開発もこれまでは既存のISを初期化して使いまわしてるだけだったからね。コアには一切の手出しは出来ないってのがIS業界での常識だったんだ」
「それを今回。二つのISコアを融合させて新たな一つのコアとして産み出すデュアルコアをスマートブレインは開発した」
「つまり初期化以外に人類が初めてISコアにアプローチできた瞬間であり、今まで篠ノ之束博士にしか不可能とされてきたコアの製造に繋がるかもしれない大発見なんだよ‼︎」
へ〜凄いなと言うのは憚られた。
流石にそれくらいには彼は空気が読める男に成長した。
シャルロットがそれ程に反応しているからには余程のことなのだろう。
わざわざここで自分の価値観を出して周囲の熱に水をぶっかける事はない。 そう思った一夏はとりあえず一生懸命女子達の熱意に負けないテンションを作ってそれを実行に移した。
「うええええ‼︎それはすごい‼︎エクスタシー‼︎」
「はあ...一夏に凄さを分かってもらおうとした僕がバカだったよ」
ダメだった。
「なに、織斑くんは織斑くんなりに勉強していけばいいさ。急ぐ必要はなかろう。地道に頑張りたまえ」
仕事モードに入ったラウラがかっこよくフォローしてくれる。
ラウラにとっては興奮=仕事モードというシステムが組まれているのだろうか。
いざという時に冷静を保つために。
何はともあれ歴史に残るレベルであるらしいすごい出来事に一夏は乗り気でなかった。
(きっと歴史の瞬間ってそんなに実感ないものなんだろうな....確かに食べ物入れるために食器作ってんのに急に土偶作られても仕事しろとしか思わないよな)
マイペースな彼だったが、その胸中はマイペースでくくれるほど穏やかではなかった。
彼は今。
不安に少しの恐怖が混じった心境である。
わけのわからない謎の敵の存在が刻々と大きくなっていき、いずれ自分のいるところまで手が届く。 その瞬間に怯えており。 周囲の人間は彼と違い、その瞬間を求めているという状況がとんでもなく可笑しく嫌なのだ。
シャルロット達に別れを告げて自分の席に戻る。
二人はまたデュアルコアに、スマートブレインに、スカリエッティに、違和感一つなく好奇の感情さえも向けて談笑をしている。
世界から自分だけ取り残された気分だった。
(あの二人もこんな感じだったのかしら)
天井を眺めながら、立地的には自分の後方に位置している一年二組と一年四組の異世界人をボンヤリと思う。
そしてのんびりとした休み時間は終わりを告げ、ガラリと浮かれた空気を切り替えるドアの開閉音が生徒達の気を引きしめる。
「着席。これよりホームルームを開始する」
定時ぴったりに千冬が仕事を始める。
生徒達も喜々とした表情を一旦隠して指示に従う。
隣にいつもの通り山田真耶福担任がそのたゆんと揺れるバストを二つ見せつける。
また育ったのかとクラス全員が察した。
「これより事前の報せ通り、ホームルーム後全校生徒は市内のアリーナにてバスで移動。スマートブレイン社の方による『デュアルコア』の説明会を受ける。これから最後の確認をおこなうので心して聞け」
噂のスマートブレインからの申し出でIS学園の生徒達と何らかの形で関係を持ちたいという話に対して、通常授業では5時間目まで予定があったのを教員会議で特別課外授業に変更。
市内の二万人収容可能なISアリーナにて日本初公開となる。 デュアルコアのお披露目会に生徒を参加させる事になったのである。
今日がその日なのだ。
もちろんマスコミを始めとして業界の有力企業の代表や政治家などが参列する今回の課外授業。 IS学園の評判にも関わってくる今回の事に千冬もいつにも増して厳しい面持ちで教え子達にプレッシャーを与える。
否応無く背筋を伸ばす一同。
賢いIS学園の生徒は元から冷めていた一夏に続く形で大人しく真剣に話を聞く。
「特に今日は社長の村上氏が直々に来日される。くれぐれも失礼のないように、騒いだりするなよ」
きっちりとホームルーム終了30秒前に終わらせた千冬は真耶に後を引き継がせた。
「それではこれから本土までモノレールに乗って移動します。一組は二組と合同でバスに乗りますので葉月先生に続いて4号車に乗ってくださーい」
そしてホームルーム終了のチャイムがなった。
ーー
いつぞや以来のチャーターバス。
今度はダル気は起きない。
別段バスに酔うタイプではなかったが、結局あの時の気分は原因が未だに分からず忘れており、バスに乗ったことでフラッシュバックした。
自分が座る席を探しながら奥につめていく。
物理の教師の葉月の話では直ぐに解る席らしいが、目を右左にやりながら探していくとその意味を理解した。
「おっす」
「んっす」
窓側で一夏の代わりダラけた巧が一夏の隣だった。
「無事、夏休みを生き残れたようだな乾」
「死にかけたけどな」
「もう少しで夏服も解除になるから安心したまえ」
「それが鬼門なんだよな。どこの学校も俺に言わせりゃ早いんだよ衣替えの時期が」
軽口を叩き合う仲になった覚えはない。
巧とはあの時以来大して話をした事はない。
ただ悪いやつではないという事はお互い知っているのでこうなった。
「そういえばな織斑。お前あの臨海学校の時に妙な胸騒ぎとか感じなかったか」
巧の話に一夏は直ぐにピンとくるものがあった。
「ああ、なんかゾワっとした。直前まで千冬姉が話してたから、多分あの人のせいだよ」
「マジか。なるほどな」
納得したように巧がそう言う。
世界が震えたと思ったが、千冬がそうさせていたらしい。
「でもそのおかげで最近この世界に認められたみたいでな。今度礼を言っといてくれ」
「なんだそれ。あんたそんなこと言うキャラだったっけ?」
しかしそんな巧の脈略のないお悩み解決に、ちょうど今日の一夏は共感を覚える。
ついさきほどまで世界から隔絶された感覚を味わっていた彼には、巧の嬉しいだろう気持ちがよく分かった。
そうか。 彼はつい最近まであんな思いをしていて、それがようやく解放してくれたのか。 それは喜ばしいことだな。
「おめでとう」
「ん」
祝福を受け取ると巧はそのまま窓にもたれて瞳を閉じた。 眠るつもりではない。 ただ起きていることが面倒になったからだ。
一夏はせっかくの休眠を妨げるわけにはいくまいと代わりに話し相手となってくれる人を探しはじめる。
「今日はダラけてませんのね。通路側だからかしら」
「一夏〜」
前からやってきたのは金髪と茶色かかった髪のツインテール。
一夏達の丁度隣の席に座る。
窓側がセシリア。
通路が鈴音だ。
「おー、綺麗に揃ったな」
この四人は秘密を共有しているメンバーだ。
偶然揃った事に一夏はテンションがあがる。
他の生徒たちと違い、デュアルコアにそんなに期待感がなかった彼からしてみれば二人とお喋りできる事の方が余程楽しみだ。
席がどんどん埋まっていく程から三人の話は進んでいく。
話題はもちろんこの三人だからこそ話せることに限る。
「やっぱりスカリエッティが関係してるのかな?なのはさんが言うには科学者だったらしいし」
「魔法の力ってやつ?なんか現実感ないわね」
「しかし企業としては信頼に足るかと」
「セシリアはなんかそんな感じよねー。一夏。この子きっと株買ってるわよ。20パーは買ってるわ」
「8パーです」
『買ってるんかい』
ということはセシリアはスマートブレインの株主ということになる。 8%なら十分筆頭株主候補だろう。
「なにやってんのよアンタ。一応敵の本拠地かもしんないのよ」
「そう言われましても、私は儲けるために株をしていましてよ」
「でも株って危ないって聞くじゃないか」
「選択を間違わなければ勝ち続けられます。数式と同じでしてよ」
庶民の感覚を事もなげに一蹴してしまうセシリアに一夏はこれ以上の質問は野暮なように思えてきた。
セシリアは気分屋な人種だが、少なくとも屋敷の使用人達までもその時々の気分に巻き込んで路頭に迷わすような人間ではない。 きっと素人には博打に見えるビジネスも彼女にとっては文字通り絶対に解ける方式があるのだろう。
一夏は久し振りにセシリアが会社の社長業の傍ら、学生と候補生の草鞋を履いていることを思い出した。
「ま、なんかあってもそいつがやられるとは思えないしな」
「あ、起きてた」
そういえば眠った様子はなかったなと思い出す。
巧の興味も引いたところで話は自然と今日の予定となってくる。
やはりと言うべきか三人とも今回の課外授業にそれぞれ不穏なものを感じているらしい。
「じゃあもしもの時は俺が時間を稼ぐからみんなは避難誘導を頼むよ」
何も知らない生徒に聞こえないように小声な一夏に鈴音が噛み付いた。
「いっちゃん弱いくせにす〜ぐでしゃばる。模擬戦最下位が何抜かしてんのよ」
反論はできない。 口をすぼめる一夏に鈴音は続ける。
「せめて相性最悪なセシリアに勝ってから言うことね」
「道のり遠すぎないか...?」
雪羅となり新たに強化された白式のワンオフ『零落白夜』は対エネルギー兵装にさらに特化された。
しかし未だに一夏はレーザー兵器が主武装のブルー・ティアーズに勝てないでいた。
そもそも発動しているだけでも燃費を食う雪羅なので、遠距離から打ち続けていれば防御だけでシールドエネルギーを使い果たして、勝手に自滅してしまう。
無論回避行動だけで捌き切れるほどセシリアの弾幕は甘くない。
四機のBTに囲まれてしまえば必然的に零落白夜の膜で全身を覆って塞ぐ以外にない。
結果的にそちらの方がダメージは少ないのは確かであるし他の仲間達もその判断についてとやかく言ってきたりはしないので少なくとも間違っているのではないのだろう。
上手い相手に本気で逃げに入られてしまえばまだまだ直線番長な一夏では、白式のパワーに任せて無理やり間合いに入って雪片弐型を振り抜くくらいにしか、対処法が満足にないのも事実だ。
その上セシリアは射撃も超一流ときたもの。
甲龍の龍砲やレーゲンのレールガンなど、厄介だが直線的な弾道と比べてBT兵器は文字通り死角なし。
何しろ射角以前に銃身そのものが操縦者の意思で自由自在に飛び回ってこちらを狙い撃ってくるのだから。
これまでの模擬戦のほとんどがそのような要因で負けを喫している。
悠々と逃げるセシリアを速力全開で追う一夏。
しかしその構図はBTによる360度の包囲網が完成した途端にひっくり返る。
そしてこうなったら以降はパターン化する。
避けきれぬレーザーを同じく無死角行動が可能であるハイパーセンサーを駆使してシールドを最低限展開させてエネルギーを節約。
そして専用機中最速のスペックでもってブルー・ティアーズを追いかける。
捕まえる前に終了。
負け。
鈴音に馬鹿にされる。
シャルロットからは慰められる。
ラウラは無言で模擬戦の相手をしてくれる。
また負け。
因みに保健室での約束以来、一夏がラウラに単独で勝利を収めたことは未だない。
そしてよしんば近づけて間合いに入れることに成功したとしても接近戦でもセシリアは超一流だったと、初戦闘の結末を何度思い出させられたことか。
流石にインターセプターにて一刀の元に切り捨てられないくらいには成長したが、それでもリーチと威力で優位に立っているはずの相手に未だ流れを任せている状態である。
「なんだ。セシリアって剣も使えるのか?」
「アンタって本当にISについて興味薄いのね...。剣どころか徒手空拳で捌く事もあんのよ。因みに私相手にもね」
鈴音がこちらを向いてファイティングポーズを取る。
どうやらボクシングスタイルらしかった。
そして視線で「見てて」と言うとそのまま会話に参加せず窓の外を眺めていたセシリアに対して...
「シッッ」
固めていた右拳を伸ばしたかと思うとそれがブレ、
ムニっと鈴音の柔らかい頰がセシリアの作った拳で押される。
セシリアは美しい笑みを浮かべる。
「ね?」
悪戯っぽく鈴音が笑う。
「いや、しらねーよ」
巧はそう言うと興味を無くしたように窓にもたれて目を瞑る。
「すっげ」
一夏はそう告げた。
正直巧と同じく始めに浮かんだ感情は「何やってんだコイツ」というものでありそれは今も変わらないのだが、彼は最近気遣いが出来るようになったので鈴音のために驚いたのだ。
無論今の攻防の意味を分かった上での発言である事は始めに言っておこう。
まず大前提に。
鈴音が行ったのはセシリアの頸動脈に向けての手刀。
声をかけず素振りを見せず。
急襲という点に置いて悟らせないという要素がどれほど大事なものか。
鈴音は十分合格だった。
横目(正確には前目?)から見ていたが十分騙せていた。
その結果がムニっ....
初速も何もない。
発射手前で振り向きもしないセシリアの
彼女が何を示したくて返り討ちにあったのかは不明のままであったが、とにかく言える事はスッゴイということである。
「とにかく。私が言いたいのはそんなアンタが真っ先に立ち向かおうとするってのが考えられないってことよ。そんなのさっさと逃げりゃいいの」
「別段戦うだけが対処法ではありませんもの。暴漢に襲われた時、一番おススメされる対処法。ご存知かしら」
「逃げるってか?」
聞いた事はなかったが、話の流れから予想はつき、証明としてセシリアも頷いて続ける。
「一夏さんが強くなってきていることは私も鈴さんも存じていますわ。たまには逃げても誰も咎めたりはいたしません」
優しく微笑むセシリアは本当に人を安心させる。 しかし一夏はちょっと納得がいかないような表情をしている。 呟くように心中を語る。
「別にー...強さを証明したくて戦うってわけじゃないんだよ...」
そう語る一夏は自分でもよくわかっていないように他人事な感覚を受けた。
まっさきに噛み付くと思われた鈴音は相槌すら交わさず背もたれに身を預ける。
「あら、そうなの?じゃあ、どうして」
母性を感じさせるセシリアの追求は嫌気などカケラも感じさせないものである。
一夏の独白をそのまま他人事のまま引き出す。
「いや、だってさ。戦うとしたら戦えるのって俺らくらいなわけだ」
「専用機持ちは駆り出されるってことは福音の時で分かったし。もし異世界の問題だったら乾となのはさんも出てくるだろ?」
「敵の正体とか...俺たちなんも知らなすぎるし、危険なわけじゃん」
「ISが相手だった時だって死にそうな目にあったのに、異世界の相手で命の危険がないなんて保証どこにもないから」
うんうんと、相槌しかしないセシリアにつられるように一夏の口から他人事みたいなテンションの思考が現れてくる。
しかしそれは間違いなく一夏が常々思っている事なのだという事は巧みにも鈴音にも理解できた。
「でもみんなして逃げちゃうと誰か.....一組のみんなとか、先生たちや街の人たちが巻き込まれちゃうからさ......でもみんなが傷つくのも嫌だし」
「だから、俺が一人でなんとかできるんならそれで...まあ滅多に無いんだろうけどなそんなの」
先頭で先生が何やら声を立てている。
どうやら一部の生徒に遅れが生じているらしい。
「だから.......弱くても突っ込むと」
「さあ、わかんない。なんか言っててカッコ悪いけど....よく考えてないんだ。そこら辺」
最後までふんわりしていてこのバスの排気ガスで吹っ飛ばされそうな決意...というには本当にふわふわしていた。
兎に角分かった事は「理由は説明できないが、嫌だから戦う」という事であった。
他人事を吐き出した一夏は、これまた自分の想いをどこか遠いところで感じていた。
以前一夏は旅館で寝込んでいた巧に対して叫んでいた。
今自分が抱いているようなものに対して正にあの頃の一夏は納得できないでいたはずだったのに、これは以下な事であろうか。
「頑張れよ」
ちょうど以前怒鳴った張本人からそんな言葉をかけられ、一夏はちょっと驚いた。
「だらしなくないか、俺」
「いや....すごいと思うぜ」
「......」
「......」
舌打ちが聞こえる。
言わなきゃよかったという感じの顔だ。
再び瞳を閉じる。 今度は不貞寝だ。
「いいんじゃ無いか。お前はそれでな」
先生からの注意もそこそこに遅れてきた生徒、箒が一夏と鈴音の間。 通路席にやってきた。
大きめな民間企業のバスに詰め込めるだけ詰め込んだ結果、偶然にも秘密を知る五人が横一列で並んでしまったのだ。
一夏の側に出っ張っている折りたたみ式の椅子を引っ掴み、椅子を倒そうとする箒は当然のように一夏と目が合うわけで。
「.....」
ぷいっ
そっぽを向いたのは意外や一夏。
箒も構わずそのまま席を完成させて座り込む。
会話の流れが止まった。 原因はどう考えても箒だが、今回は一夏も引き金だ。 再開しようにも真ん中に座られたものだから鈴音もどうにも話が切り出せない。
そもそも巧もセシリアもこれ以上会話に参加することへ乗り気ではない。
ここは黙るべきか。
というわけで鈴音は二人に習ってじっとしていることにした。
それでも気になるのかチラチラと箒と一夏に交互に視線をやってはいたが。
「......」
暇である。
後ろと前の席の友人達と談笑しようにもここだけ空気が悪く気が引けた。 結果バスが到着するまで鈴音は退屈な時間を過ごしたのであった。
そしてもう一人暇だった人間は、こちらはキチンと暇を潰す手段を持っていた。
ーーあんたどう思う?やっぱ喧嘩かもな。これから別れちまったらやっぱ鈴音に回ってくるのかな
巧は、隠れて練習していた念話にて、4号車に乗車しているなのはと並列会話をしていたのである。
視界と聴覚を通じてこちらの情報を渡していた巧は、こちらの会話が出来なくなったと悟ると、無理せずなのはに話題を提供して会話を再開しそうとしていた。
議題はもちろん一夏と箒の不仲についてだ。
巧としては色恋沙汰を予想している。
ワクワクしながら念話の向こうのなのはから盛り上がる新情報がやって来ないか待っていると。
ーー人の不幸で楽しむんじゃありません
ーー……すいません
それっきり口を聞いてくれなかった。
というかこっちから聞けなかった。
その結果バスが到着するまで巧は退屈な時間を過ごしたのであった。
ーーISアリーナ
広い。
第一印象が初めて訪れた者たちの口から飛び出て消える。 ポツリとした呟きなどこのアリーナにとってみれば文字通り蟻のようなものだろう。
ISによるレース会場として設計されているアリーナだ。 二万人収容は伊達では無い。
入り口を固める警備員はもちろん普段在住していたりはしない。 今日の日のためにスマートブレインが雇ったのだ。
制服に身を固めて固い表情で二人一組となって仁王立ちしている屈強な警備員に一夏も自然と背筋が伸びる。
よくわからないが対抗心が目覚めた。
胸を張って強そうに見せる。
こういう行動は以前の一夏には見受けられず、いつからこうなったのかといえばやはりIS学園に入ってからしばらくしてからだろう。
本人は思っていなかったが心のどこかで悪くは感じていなかった「世界初の男性操縦者」という資格。 それが数多の強者たちやトラブルの果てに単なるささやかな自慢から、彼なりの責任感へと変わっていったのはつい最近なのだ。
やめていた道場メニューのトレーニングを始めて、新しく今の体に合わせた練習。
難儀したのは後者のトレーニング法だ。
というのも後者に必要なものとは単に体を鍛える事ではなく、ISを纏った戦闘技法の訓練で、一夏には知識不足だったのだ。
しかし幸いコーチには恵まれていた。
今では四人の代表候補生が一夏を代わる代わる面倒見てくれている。
そしてコーチたちと触れ合ってみると嫌でもその代表候補生としての振る舞いを間近で体感できるわけで。
そうなるといくら一夏が特殊な家庭環境とはいえ、やはり一般的な高校生男子との差は歴然となって、当事者の一夏はそれなりに焦燥感に駆られていた。
それは若さらしいふわふわとした強度の決意のまま今日まで積み重ねられ、今現在、アリーナの前で警備員二人に対して何時ぞや以来の同性への対抗意識となってこの瞬間に現れた。
彼らは遠目で見てもよく鍛えられており、特に立ち居振る舞いから溢れるオーラのようなものが鋭く見破った一夏をその気にさせたのだ。
それはさながら野生のオスが相手のオスに対して見せるものに近かった。
一夏がそのまま警備員に歩み寄ると当然二人もそれに気づく。
いや、視線だけは外さずずっと一夏に向けていた彼らはその目の端で一夏をしっかりと捉えており、一見休めの姿勢のように見える彼らの体勢はその実、如何なる不足の事態にも即時対応することを想定した立派な臨戦態勢だ。
そしてこういった時のために二人配置されている警備員は冷静にこの事態に対応した。
一人はそれまで通り周辺の通行人を見張っていたが、もう片方は完全に一夏に視線。 ひいては攻撃手段を要した手足、それをフルに活用できる姿勢に完全にシフトした。
詰まる距離に高まる緊張感。
二人の目と目が交差したその瞬間である。
「おはようございまーす」
「はい、おはようございます」
優しい人たちだった。
一夏はまた目標がひとつ増えた。
優しい警備員さんたちに通され、挨拶もそこそこにアリーナ内にやってきた生徒たちはまたしても圧倒的なものを感じて呆ける。
あまりに巨大だった後はあまりに膨大が彼女たちを待ち受けていた。
事前に各業界の著名人たちが訪れるとは聞いていたが、まさか満員だとは。
「超満員封止めってやつ?レース以外でここが埋まるなんてねー」
噂好きの一組の一人が一夏に話題を振ってこの客数の凄さを伝えてくる。
というのもこの市内アリーナの詳細を知るきっかけとなれたのがら、何を隠そう一組が誇る「騒ぎたいメンバー」の一人である彼女なのだから。
この会場がIS以外のイベントで埋まったことは数少ないらしい。
構造上中々ISレース以外で楽しめるものではないとの事。
以前どこかのアイドルが使用して例年通り大事故を起こしたことも彼女から聞いたことだ。
一夏はドーム会場どころかクラブハウスにすら行かない人間だ。
集客に適している構造なんて知らない。
だが高さのある客席から見下ろすようにアイドルを覗いた時、彼ら乃至彼女らを特別視出来るかどうか、あいにくと想像することはできなかった。
余程カリスマ性か影響力のあるビッグタイトルでもなければわざわざ豆粒を見下ろす目的で足を運びはしまい。
招待客が多いとはいえ所詮は二万人を埋めるまでにはいかぬ。
それ以外は特別な方法で選ばれたらしい一般の人間だ。
これもまた彼女から聞き及んだ話だが、ネットサイトで応募して当たったりハガキを送って券を手に入れたりなどのレベルではなく、かなり大規模な選定で弾き出された選ばれし者達との事。
ある意味では彼らもここに集められた要人にも並ぶVIPなのかもしれない。
「何をしている。生徒のスペースは事前に頭に入れている筈だ。さっさと座れ」
千冬が周りの一般客を不快にさせない程度の強い声で立ち止まる生徒を押す。
冷静になった途端に恥ずかしくなってくるのが年頃というもの。
慌てて席に詰めていく生徒たち。
用意された椅子に席順など関係なく早い者勝ちで座っていく。 一応クラスごとに分かれて座っている。
大方座ったところでクラスの代表者が生徒の数を数えて教師に報告し、異常がないと分かったところで最後は教師も生徒たちの左右と後ろを囲むように席に着いた。
この並びはいざという時のために生徒を護るための布陣だ。
全校生徒が外部に出てくる行事は数えるほどしかない上、今回のような外部からのイレギュラーにより発生したケースでは用心しておくに越したことはないだろう。
専用機持ちももれなく即時行動が可能な位置に自主的に陣取っている辺り、浮かれているとはいえ生徒も遠足気分なだけではないということだ。
一夏もそのうちの一人。
現状、IS学園に所属している専用機持ち達の中では最速のIS白式を所有している彼が、いざという時に最も重要なポジションの一人となることはほぼ確実だ。
静かな臨戦態勢を整えていく一方でもちろん高まっていく期待感。
それに応えるように今日のメインイベントが開始された。
誰かが見つけたのか小さく、しかし熱意のある拍手につられて、天井を開けたアリーナが揺れるほどの大音量に成長していく。
その中を悠々自適に闊歩して現れた男。
「村上さん」
発した言葉は直ぐさま掻き消され、しかしもしかしたらあの男には届いているのかもと思った。
少しも衰えぬ。
あの日砂浜にて目の前で感じた異常性をこの距離でも感じさせられた。
声援で迎え入れられたスマートブレイン社社長村上狭児。
あのビーチにて、まるで不釣り合いな格好をしていた男と全く同じ。
突然の雷雲にうたれた。 あの村上に間違いなかった。
まるで亡霊のようにあの場から消え失せてみせたあの村上に間違いなかった。
(簪さん)
自分よりも記憶力が良い...と思われる簪ならとっくにあの社長の正体に気づいている筈だ。
あいにくここの位置では彼女の姿を確認することはできないが。
(きっと驚いてんだろうな)
だとしても無表情に近いに違いない。
まだまだ不思議が多い簪だが、今はそんな彼女についてそれ以上の思考を割く余裕はとても無く。
いや、それ以上に。
村上自身の存在感が、この異常事態よりも一夏の目を引きつけさせた。
ドームが振動するほどの歓声を頭上に挙げた右手で抑えながら村上は用意された登壇席に着きちょうど良い高さに合わせられたマイクの前に立った。
「お集まりの皆様、ありがとうございます。わたくしが、スマートブレイン社、社長。村上狭児です」
再び割れんばかりの拍手が彼の体に向けられる。
一夏も目立つのを嫌い、思わず手を合わせて周囲に紛れてしまうほどだ。
村上はもう一度右の手を挙げる。
滑らかな動き。
まるで指揮者だ。
「さて、皆さんの中には私に対して......私の年齢とこの見た目で、なぜ私がフランスの大手企業のトップに君臨しているのか。疑問に思われている方もいらっしゃるでしょう。いえ、お気にせず。無理なきことです」
まるでスナイパーのように会場を見渡す村上の視界に入った。 村上の言葉に該当するらしき招待客達がわずかに狼狽える。 村上はそんな客に優しく語りかける。
「お楽しみまで少し時間を取ってしまうことになりますが。ここはひとつ。その疑問に対してお答え致しましょう」
「私は以前まで、デュノア社にて勤めていた一外国人雇用者でした。社長のアルベール・デュノア氏には返しても返しきれない恩があります」
「当時のことは鮮明に覚えています。私は野心に支配されていました」
「10年程前。ヨーロッパでは、雨後の筍の如く急成長していったあのIS事業の、その正に寸前の時期でした」
「若気の至りでなんのツテもなく。心身の軽さに任せて計画性の無いチャレンジをして異国の地に訪れた私は、大学の時に専攻していたフランス語の初めての実践に立て続けに辛酸を舐めさせられていた所でした」
「私はIS事業に進出する人間なら、自分の志を認めてくれる。そんな勝手な妄想に囚われていたのです」
「そんな思惑を抱えながら本国で集めていた目ぼしい企業の社長にアポなしで突撃しては追い返される毎日。当然でしょう。ISというまだ見ぬ原石に挑戦する彼らは、確かに当時の私の想像通り野心に溢れていましたが。それと同時にいつ出し抜かれるかもしれぬ過酷な競争に神経を敏感にしていました。謎の外国人など相手にしません」
「いつしかギラついた私はすっかり意気消沈してしまい。情けなくも本国で友人の兄弟が経営している喫茶店にでも転がり込もうかとしていた頃です」
「私がアルベール氏に出会ったのは」
「その時になると渡仏してきた際の熱意は消え失せ日々の日課はもっぱら、借りていた安アパートの不衛生な駐車場でただ空を眺めているだけでした」
「鏡や写真で見たことはありませんが、きっと酷くショボくれた姿だったと思います」
「帰国を決めかけていた所でした」
「偶然視線を動かした際に彼の歩く姿が瞳に飛び込んできたのです」
「カジュアルスーツに身を包み、私とは正反対に生気に満ち溢れていた彼は、日本でマークしていた社長。その中でも赤マルと睨んでいた人物その人でした。もちろんデュノア社にはいの一番に尋ねました。その時は秘書が相手をしてくれたのです。彼女には特に手酷くやられました」
「失いかけていた野心が再び燃え上がりました」
「私は慌てて声を荒げてアルベール氏を呼び止めました。彼は汚い私を見てびっくりしていたようでした。下ろし立てのスーツをタンスに閉まって久しい私の格好はとても外出出来るものではありませんでした」
「走り寄る私の体がアルベール氏を掴む事はありませんでした。何故なら私は直ぐに地面にほっぺを押し付ける羽目になったからです。転けたわけではありませんよ?精神的に参っていた私の目には、アルベール氏の両脇を固めていた二人のSPの姿など、まるで入りませんでした....」
村上は身振り手振りの大きな動きで自分が取り押さえられたシーンを再現する。
会場は一時笑いが起きた。
「SPがすごい力で私を押さえつけます。痛い痛い。勘弁してくれ〜。もう野心なんてほっぽり出して叫びましたよ」
「その時ふと。彼と目が合いました...」
「私より歳上だが若く。清潔な好青年だった彼はなんと不審者でしかない私を解放して、一言こう言いました。
「まるで猛獣のようなすごい目だ。こんな男はウチの会社には誰もいない」続けて「きみの話は分かった。私の会社に来たまえ」...と」
「ふふ、嘘みたいでしょう?私も夢かと疑いました。しかし現実でした。その日は明日会社に来る時にはきちんとした格好をするように言われた後は彼はそのまま帰って行きました」
「私は直ぐにクローゼットからスーツを出し、アイロンを買ってきて、台の代わりにキッチンシンクを拭いてその上でスーツを整えました」
「ドッキリではないかとは微塵も頭に浮かびませんでした。彼が言葉も交わさずに私の野心を的中させたのと同じく、私も彼の言っていることが本当のことだと直ぐに理解したからです」
「翌日。私は早朝。まだ会社が開く前からデュノア社のガラス張りの自動ドアの前で寒空の下で待っていて、扉が開くと同時に受付に飛びました。やはりと言うべきか顔を覚えられていた受付嬢の、以前は羽虫肌にも情愛の感じなかった顔が柔らかく。賞賛をして最上階の社長室に行くように激励してくれました」
熱の入る村上の話に魅了される観客達の脳裏に、もう本日の目玉であるデュアルコアはなかった。
冴え渡る饒舌は人々を、彼の思い出話の世界にしかいないデュノア社時代の知古にした。 一人一人の想像力が、正しく村上の話に自己投影していたのだ。
その後も村上のデュノア社での身の上話は続いた。
流石に彼も思い出話に耽って本題を忘れるような男ではない。
そこからは本当にかいつまんで、必要最低限の語彙だけで最短で分かりやすく終わらせた。
1分かそこらだっただろう。
すっかり人々の心を掴んだ村上は今度はその実績そのままに、引き手を己から我が子へと継がせて一気に場をコントロールした。
「では長らくおまたせしましたところでいよいよお見せ致しましょう。これが我が社が独自に開発した新たなる天使の創造....それを可能とするデュアルコアシステムを搭載した第四世代型インフィニット・ストラトスです」
証明が一気に落とされた。
夢物語めいた体験から急に現実に引き戻されたみたいで一夏はビックリするが、他の生徒含め観客はこの演出を純粋に受け止めているらしく、横目に見る顔見知りの見たことのない嬉々とした眼差しがそれを示していた。
スポットライトがそれらを追っている。
一つは一夏も良く学園で見ている旧デュノア社が世に送り出した第ニ世代型IS。 ラファール・リヴァイブ。
地味目なカラーリングはシャルロット向きに改修された専用機のそれとは明らかにゴージャス感に劣る。
見慣れた量産機だ。
これを元手にデュノア社は世界に打って出た。
ラファールを直ぐ様注目から外し、もう片方の方に一夏は注目を向けて、暫くジィっと眺めていた。
新聞やニュースの写真でしか見たことがなく、IS学園の実力者達でさえ未だ直にその姿を目にした者は居ないというスマートブレイン社の虎の子。
デュノアが夢にまで見て遂に手に届かなかった第三世代型IS。 コスモスは正しくその名の通り、まるでアリーナの特殊樹脂製の大地に咲き誇る美しき野花のような風貌だった。
一夏はこの綺麗な機体に捻りもなくコスモスの名を冠したスマートブレインを思わず賞賛したくなった。
もちろんここに居る客の誰一人として実物のコスモスを見るのは初めてだ。
魅了され、歓声を送る彼らを、村上は制した。 勿論右手でだ。
「そしてこれからこの二機のISを搭載したデュアルコアシステムにて一つにします。さて、その栄えある神秘を使いこなす戦姫をご紹介しましょう...」
「ショコラデ・ショコラータです」
コスモスに麻痺したのか。
一夏はISスーツを装着してスポットライトに照らされ現れた彼女から花の香りを感じた。
日本人としての平均よりも高めな村上の背をそれでも越して、カリスマに溢れる彼を横にしてすら寧ろ彼を喰わんばかりの美力を醸し出している。
肩甲骨まで伸ばした銀色の髪。
美しい。
尋常でないほど美しい。
狙いすましたかのように美しい。
あまりの美しさは一夏にまるで創られたものかのような感想を齎す。
切れ長のまつ毛がくるんと先端を上向き。 その下から覗く真珠のような深い輝きを放つ白い瞳に一夏はギョッとする。
白内障?
と思いきや病的ではない。 その言葉はそのまま病的な美しさに再利用された。
ますます同じ人から産まれ落ちたとは思えなくなってきた。
何から何まで完璧なまでの美しさだ。
いや、この長い人類の歴史だ。 もし彼女以前に完璧という例があったとしたら、それを塗り替えてしまったのが彼女なのだろう。
思わず一夏はそれまで片時も会場から外さなかった視線を後方に向けて確認した。
それでもセシリアは美しいと思えた。
一安心して。 そしてそんな自分に若干嫌悪感を感じながら、他の者に習ってまた一夏は周りに流されてショコラデ・ショコラータに拍手を送った。
村上からマイクを受け取って彼女は笑顔を振りまいて声援に答えた。
声まで作り物のようだった。
「初めまして日本のみなさん。社長よりご紹介に預かりました。コスモスの専属パイロット...ショコラデ・ショコラータ。ショコラータとお呼びください」
観客の何人かが本当にショコラータと呼んだ。
笑いが一つ。
ショコラータがそんなお茶目なファンに手を振って会場はすっかり和やかなムードになる。
そんな流れを断ち切るように、美しい微笑みを浮かべる彼女は光に包まれた。
これは一夏の突拍子のない比喩ではなく。 ショコラータは本当に光に包まれたのだ。
驚く場内。
そして反射的に注目された第三世代コスモス。
パイロットの乗っていない待機状態だったその姿が何処にも見えない。
そして次の瞬間当然の如く注目され直したショコラータはその戦化粧をあらわにしていた。
⁉︎の反応。
驚きと疑問が入り混じった反応だ。
ここに居る選ばれし人間達はその身分だけでなく共通の専門的な知識を持っている。
ISに関して素人な人間などここには居ない。
ISとは触れて発動させる。
遠隔操作出来ないという訳ではない。
離れた位置にいる待機状態のISが、操縦者に粒子となって移動し装着されるなんてISの常識としてはあり得ないものなのだ。
「ウフフ。こんな事で驚いていてはいけませんよ?これからお見せするのは……もっとすごいですよ」
気づけばあんなに照らしていたスポットライトが消え、あたりの照明は完全に消えていることが分かった。
あまりにも自然すぎる。 コスモスから発せられた光量にスポットライトが掻き消されたのだ。
その分コスモスは更なる煌々とした姿を晒している。
これ以上の物を見せてくれるとすれば…もう疑問の余地はない。
期待値は既にMAX。
一夏は、空気を読んだのかいつのまにか消え失せた社長の村上に気づいた。
あの日のように痕跡すら残さずに居なくなっていた。
「デュアルコアシステムーー起動」
さらに浮かび上がるコスモスを追うように、誰も入っていないラファールがその周囲を回りながら共に浮かぶ。
まるでコスモスを惑星に見立ててラファールがその外周を回る衛星を演じているようだった。
そしてその流れはやがてどんどんと星の引力に引かれるように。
いや、もしかしたらショコラータの魅力に惹かれているのかもしれなかった。
やがてコスモスの手に忠誠の口づけをするように、ラファールとコスモスの装甲が触れた刹那。
ーー
その姿を会場を後にした著名人達はこぞってメディアやともすれば自主発信で世間に伝えた。
天使
大空を舞う美しき女神
戦場を駆るヴァルキリー
枯れることのない永久の美
高嶺の花
この世で最も神々しく輝いていた
神の御使
人工物が初めて偉大な自然を超えた瞬間
工夫に真っ当にストレートに個性に奇をてらって頭の底から絞り出してそれでもなんども首を横に振りまくってようやっと生み出したそれらの言葉。
しかしどれも陳腐。
この歴史的瞬間に運良く立ち会えた私はあえて例えずに、彼女。 ショコラデ・ショコラータ女史の言葉を借りて言い表すとしよう。
「超すごかった」
ーー
「これこそが……第四世代型IS。人類の叡智。その名も
村上が始めからそこに居たように壇上にて声を張り上げる。
尋常でなさすぎた。
それに応える歓声からして尋常ではない。
何十年と大観衆に身を置いてきた者でもどう分類していいのか解らない初めてな発声振動がアリーナ会場を揺らしていた。
見たことのない物には見たことのない反応が返ってくる。
その中でショコラータは遊泳する人魚のように会場内をその御光で己を照らし続けながら舞っていた。
パチパチパチ。
村上だった。
村上がリィン=カーネイションに。 ショコラータに贈っていた。
村上は最後まで人々をコントロールした。
その日一番の大熱狂の渦は数日も経たずに日本を始め、世界へと伝染していった。
その渦中に居て、一夏は漸く周りに流されずに拍手を贈った。
ーー
暑かった。
人に囲まれると、熱狂されるとあんなに暑いんだなとワイシャツの背中を摘んでパタパタと空気を入れ替える一夏は、その度にペタペタと貼り付く下着とワイシャツに辟易しながら思う。
ここはIS学園でも無ければ予定完了して解散しきった市内アリーナでもない。
ブルーシートに囲まれた建設中の建築物。
破竹の勢いで勢力を伸ばし続けるスマートブレインの日本支部に一夏達専用機持ちは御呼ばれされたのだ。
完成すれば高さ200メートル級になるらしい超高層ビルは着工から僅か数ヶ月でもう他の十階建て級の雑居ビルとは頭二つ分ほど違う。
話ではもう企業としては一部の業務を開始しており、ビル自体も年内の竣工を予定しているらしい。
なんと驚くことにこの一大プロジェクトを進めているのはスマートブレイン主導にて彼らの関連企業であるスマートブレイン・コンストラクションが一手に担っているという。
詳しくはないが半年足らずでこれほどの建造物を自社だけで建ててしまうスマートブレインの建設技術に一夏は舌を巻く。
「そういえば何をしてる会社なんだっけスマートブレインって」
混乱してきたため同じく支部に連れてこられた。 自分よりは賢そうな彼女達に尋ねてみた。
「さあ、興味ない」
鈴音。
「村上社長には最低限のことしか教えてもらってないんだ」
シャルロット。
「IS企業ではないのか?」
ラウラ。
「芸達者過ぎてどれが本業なのか副業なのか判りませんわね」
セシリア。
「超・製造業……らしい。よ」
簪。
「その割には市場には殆ど出回って無いのよねぇ」
楯無。
「……」
箒。
あれ、なんで専用機持ちでも無いのに箒がいるの。
モッピー知らないよ?
「何が言いたい一夏」
「イイエナンニモ」
明後日の方向を向いて誤魔化す一夏に箒の冷たい目線が刺さって痛い。
そんな何時ものやり取りをするメンバーは、絶賛話題の渦中にいる巨大企業スマートブレイン日本支部の正にお膝元に居た。
食堂室らしいそこに入った時。
一夏は正に洗礼を浴びたような感覚だった。
まるでカフェかレストラン。
仕事の雰囲気など微塵も感じさせない装飾といい備品といい、職場に隣接しているとは思えない。
学生の身ながら生意気にも「これが出来る会社か」とよく分からない結論を出していた。 正確には心の中で。 口で言うと絶対鈴音辺りに馬鹿にされる。
スペースも間仕切りを駆使して半個室のような空間を作ったりで徹底して食事場という安らぎの空間を建設しようとしていることが伺えた。
一夏達はその中で、大広間的な長テーブルをみんなで囲っていた。
「IS学園でさえ学園食堂って感じはあったのに…なんだろうここ」
「これがうちの社長の考えなの」
声まで綺麗すぎると振り向かずどもその先に居るだろう人間の顔まで正確に分かるようだ。
一夏は振り向く前に驚いていた。
「ショコラータさん!」
「まあ、早速その名で読んでくださるの?嬉しいわ織斑一夏君」
当然と言えるべきだろうが矢張り初対面の人間に当たり前のように名前呼びにされるとどきりとくる。
学園外に出て改めて己の有名人っぷりに気づくのだった。
そしてそんな一夏以上に今やそのうち世界中に名が知られるであろう
ショコラデ・ショコラータは恐らくそんな状況になっても自分と違って物怖じしなさそうだと一夏は思った。
「宜しくてマダム」
「貴方の事も知ってるわ更識楯無さん。なに?なんでも聞いてちょうだい。あと、マダムはよしてね。利権団体の奴らが騒いだせいで首相が馬鹿やっちゃったけど、私は柔軟な若者としてマドモアゼルの方が好きなの」
会場の時とは毛色が違う。
年頃の若者といった感じに、歳の近しい一夏達に接している姿はお茶目なお姉さんといった感じだ。
「ふふ、敵わないですねショコラータさん。では失礼して。先程言っていらしたことはどういう意味なのかしら?」
ショコラータは一転して仕事モードで低姿勢になる。
「村上は分業化の果てにこそエキスパートは生まれるという考えをお持ちですから」
「なるほど…つまりこのフロアは完全な『食事用のために造られたスペース』なのね」
楯無が扇子を開く。
『立派なり‼︎』と書かれていた。
ショコラータが恭しく頷いた。
「ええ、スマートブレインではどんなに小さな部署だろうと役割分担によって集められた精鋭チームです。我が社はそんな専門職の違うプロ達が集まって出来ているのです。勿論その思想は社員食堂に置いても変わりません」
「食事という物事が人に齎す恩恵。うちではそれを役割分担と捉えて徹底させております故、このようなリラックス出来る空間に仕上げています」
「昼休み中に食べ切れなくてグラウンド100周とかされる心配もないし、ホントにIS学園よりもイイかもね」
鈴音がやけに納得のいくジョークを飛ばす。
村上が千冬のような振る舞いをするとは思えない。
「ああ、でも昼食休憩の時間帯はどの部署も同時になるように調整してるんだよ。専門職ばかり集めるとどうしても横のつながりが希薄になりがちだからね。せめてここでは部署の垣根なんて関係なくみんな仲良くいてほしいわ」
しみじみと噛みしめるようなショコラータの様子に一同はそれぞれ好意的な反応を示す。
特にスカリエッティ含めこのスマートブレインに対して先日からあまり良くない前情報を抱いていた者たちにとってはこのショコラータの人格的に好ましい仕草はちょっと不思議な気分になる。
元より一夏達の陣営はこれまでの実績からいって受けや守りの考えを抱く者が多めだ。
異世界から来た。 一夏からすれば悪の企みを阻止するためにやってきた系のポジションだが、巧はもっぱら面倒ごとに積極的に関わることを嫌うし、束に協力するなのはですら今日のスマートブレインとの接触に関しても向こうが何もしない限りは大人しく観ているだけだった。
なので一夏がそんな彼らよりも深刻に事を見据えているなどある筈もなく。
一夏はすっかりショコラデ・ショコラータをいい人と見なしていた。
そんなほんわかとした空気感をやはり両断したのは彼女。
「それでショコラータさん。私たちを呼びつけて置いた理由...そろそろ教えて下さいません事」
ショコラータの銀に比較するようにセシリアの絹のような金色の髪が美しい。
冷たくなんなら親睦を突き放す気さえ感じるセシリアにシャルロットとラウラが目を丸くする様子が見える。
(そういや二人は何時ものセシリアしか知らなかったよな)
スカリエッティに加担しているだろう勢力の中でも特にオルフェノク関連に関して彼女は怖い。
スマートブレインは巧の世界で矢張り猛威を振るっていたオルフェノク達の巣窟だ。
セシリアにしてみれば今まで以上に父親の所在を掴む絶好の機会だろう。
しかしショコラータまで若干怯えさせるのは良くない。
一夏はセシリアにやんわりと落ち着くようにしろとの意思を伝え、彼女もとりあえずはそれに従いショコラータに小さく謝罪する。
「うん。ごめんね、ほんとならもう学園だものね。君たちを呼んだのは他でもないの。貴方達に我が社の新たなIS、その試験運転のテスターをお願いしたいんだ」」
新たな。 その言葉に驚かないほど一夏も素人ではない。
「そ、それって...新型のISってことですか?」
「ええ、技術チームは第五世代型のISって呼んでいるわ」
「5ぉ⁉︎」
思わず声が上ずった。
先程は向こうが関わらなければあまり近寄りたくない的な事を言ったが、流石にこれは興味をそそり過ぎる。
セシリアですらその目は復讐者としてではなく一ISパイロットのものだ。
「まだお国のお偉方さん以外にはだしてない超極秘プロジェクトよ。ネットに書いちゃダメだからね?」
自慢げに笑みを人差し指で隠しながら一夏達に釘をさすショコラータはそれでも誇らしげだ。
立ち上がった彼女はそのまま言葉のインパクトに呑まれたままの一同を手招きで呼ぶ。
着いてきてくれということだろう。
言われるがままに従う一同はそのまま、過度な装飾ではないが堅実な作りのエレベーターに乗り込みショコラータがボタンを押した。
浮遊感。
行き先は地下だ。
見上げて階表示を見ると地下は二階までと記載されている。
そして間も無く目的地だろう最下階に到着。
足元が押し上げられた。
しかしショコラータは開いた扉からみんなを出すことはしなかった。
降りようとした一番前の簪を呼び止め、不思議そうな彼女の一歩を元に戻しておいてからショコラータは再び閉まるのボタンを押した。
再び閉鎖空間に立ち返ったエレベーター内をショコラータはその壁面を突然ぱかりと開けた。
まさかそんなところが?という具合に上手く虚を突いた位置にあった。
ガラス張りの黒い。 タブレット? 電子版? 兎に角顔を近づければ鏡になりそうな光の反射の仕方をしていた。
ショコラータはそこに掌を押し付けた。
しばらくすると唐突に浮遊感が訪れた。
「指紋認証ですか?」
一夏は思わず尋ねた。
「ううん。特殊な方法で体の表面から遺伝子情報を見抜いて、それで照合しているの。これもうちのテクノロジー部門がつけてくれたの。他所に頼むと高いからね」
とことん自社生産らしい。
そして今度は地下二階なんて比ではないほどに長く、しかし退屈のしない時間を過ごした上で一夏達は再び足元から迫り上がるエレベーター独特の感覚に、目的地が近づいている事を悟った。
完全に止まる寸前にショコラータが綺麗に微笑んだ。
「ようこそ。うちの秘密基地へ」
扉が開いた。
「うわ〜」
感嘆の模様が眼差しにまで表れていた。
食堂といいエレベーターの装置といい。
スマートブレインの凝り性には異常なものを感じ始めていた彼らからしても、夢に出てきそうなくらいの完璧な秘密基地然とした光景に息を飲む暇もなかった。
まさに秘密基地。
ファンタジーさえ感じる近未来的な物体の数々が一夏の少年心をくすぐった。
多分巧も普段の仏頂面を少年に変えるに違いない。
女子メンバーでは屈指の仏頂面枠のラウラや普段から表情の読めない楯無ですらこれには圧倒されるしかない。
「おお...」
「ひゃー」
意外にも一夏に匹敵かそれ以上に瞳を輝かしていたのはTHE無感動、簪嬢である。
純粋にこの光景を一番ワクワクした眼差しで見回している。
無口なのはそのままなところが彼女らしい。
凄いのは部屋のデザインだけではない。
なにより並んでいたおもちゃのラインナップが良かった。
ショコラータはその内の一つである近場に飾られてあった一台のオフロードタイプのバイクに視線を移した。
「これは関連企業のスマートブレイン・モータースが開発した。その名もSB-RT-V。モータースのコンセプトは『未知の走りをビルドする』ってやつでね。もう、凄いわよ」
巧の話のスマートブレインとここに存在しているスマートブレインが同じものだとしたら、目の前に鎮座している自動二輪車は、恐らく彼の愛車であるオートバジンの姉妹機といえるものだろう。
デザインに関しては実に簡素な物だが、ショコラータの自信ありげな言葉を信じれば凄いんだろう。
バイクは趣味の乗り物とはよく聞くが、これに関しては遊びの要素よりもまるで映画の戦闘員が乗る量産機という無骨な印象を覚えた。
あいにく免許は持っていないので乗れないが。
それにこれが自分たちが求めているISとはとても思えなかった。
簪には悪いが先を急ぐとした一夏たちはSB-RT-Vを視線の端に追いやりショコラータに任せるままに秘密基地を闊歩した。
ここはどうやら新製品の試験の他にもこれまでスマートブレイン社が開発してきた自社製品を飾る一種の美術展のようなものだった。
左右に目を動かせば映るわ映るわ浪漫の数々。
重工業に力を入れているらしく運良く秘密基地の内装をそれっぽく飾ってくれるものばかりだ。
ショコラータ以外の社員達の科学者然とした服装もそれにスパイスを加えている。
ムードを保って連れてこられた目的地らしい場所は頑丈そうな壁面に囲まれた一室。
「ここはISの稼働実験を行う特設アリーナよ。さっきのバイクなんかもここで走らせたりするの。さあ、お待たせ。これがみんなに見せたかった第五世代型のIS『ライオトルーパー』だよ‼︎」
ベルト。
第一印象は正にゴツめのベルトであった。
ISとは普段から持ち運びができるように待機状態という人間の身につけるアクセサリーなどの形態に姿を変えることが出来る。
ティアーズならばイヤーカフス。
リヴァイブならペンダント。
甲龍はブレスレットといった感じで、通常生活でも支障がないように考慮されそう設定されている。
専用機とは常に操縦者と行動を共にすることで経験値を集めて進化するものだからだ。
しかしこの第五世代の待機状態は見るからに嵩張りそうなゴツいベルト。
着けたまま座るだけでも腹が圧迫されそうな代物である。
ショコラータには悪いが少し先行きが不安に思えてきた。
当の本人は高めのテンションで次々に落差のある彼らにベルトを配っていく。
そう、配っているのだ。
「え、え、え、あの...ショコラータさん。これ量産機なんですか」
堪らずシャルロットが手を挙げた。
ショコラータはペースを緩めないままそれに「うん」と答え最後の箒に渡してベルトを配り終えた。
「それじゃ腰に着けて待機しといて、私はあそこから指示を飛ばすから」
そう言って扉を閉めて、その奥にあるガラスを隔てた。 どうやらモニタリングルームのそこでショコラータは一同に笑いかけた。
言われるがままに一夏達はベルトを巻き始める。
恐る恐る巻いたベルトは内蔵されたコンピューターにより自動的に繋がれてウエストに合わせられた。
それを見計らってマイク越しのショコラータが指示を出す。
「それじゃ始めるね。みんな、ベルト中央から上に伸びているレバーみたいなものに注目して。ウチのロゴが掘られてる奴。それはライオトルーパーの作動キー。それを倒すことによって変身出来るの」
「変身....」
(簪さんイキイキしてんなー)
「ロックはこっちで外してあるから後はそれを倒してベルトに治めるだけ。発動シーケンスを完全に外付け操作にしちゃってるから作動時間で隙は出やすいんだけど...まあ、量産型だしね」
要するに金がかかる機能はオミットしているという事か。
一夏はバックルを撫でる。
白式から感じるような意思は感じられなかった。
「じゃあ起動させてみて」
一夏は一瞬迷う。
やはり敵陣のど真ん中で敵の渡してきたものを装着するというのはなかなか困る。
(いざって時は.......頑張ろう)
それでも一夏は長いものに巻かれる事にした。
ベルトのレバーを掴み押し倒す。
無言では味気ないので一味プラスする事にした。
「ライオトルーパー。起動‼︎」
「変身...‼︎」
控えめの発声は...多分あの人だろうと思った。
一夏の体を光が包んだ。
次に一夏が拝んだのは一つ目の元友人であった。
「これがライオトルーパー」
「うわ、何⁉︎アンタ一夏?びっくりさせないでよ‼︎」
一つ目魔人が可愛らしい声を出して飛び退いた。
見渡せばみんな同じような格好をしている。
それはISというよりはバイクのライダースーツのようなものであった。
フォルムも大分人間の時に近い。
楯無、鈴音、セシリア、箒の面々は直ぐに共通のイメージを出した。
(やっぱファイズっぽい)
ベルトという待機状態から予想してはいたが、姿形といいファイズの簡易版とでも言える成り立ちである。 無論ISしか知らない他の候補生達はもっとらしい反応を示していた。
「
「展開時間は0,05秒か。スラスターの類は一切なし。PICだけで移動するようだ」
「なんか....カッコよくない」
シャルロットの言う通り。
ライオトルーパーの姿はISの一般的な容姿からはかけ離れたものである。
体にフィットしたアンダースーツに行動を制限しない胸部や関節部のアーマー。
胸には開発元であるスマートブレインのロゴのレリーフ。
あれだけ不安視していたベルト部分もこうして装着してしまえば驚くほどに柔軟に体の動きに付いてくる。
一夏は二、三動いてみる。
強化された体だという事に気づく。
これならば昼食後のグラウンド100週にも疲れなさそうだ。
「今練習用のホログラムを出すね。自由に壊してくれて結構よ。私達のことは気にせず派手にやっちゃって」
数人の職員を従えるショコラータはガラスの向こうで親指を立てる。
そうこうしているうちにシールドバリアーを応用した学園でもお馴染みの保護シールドが部屋を覆う。
成る程。
憂いなしだということらしい。
「えーと。武装は....白式と似たようなもんだなこりゃ」
ヘルメット内臓の空間ディスプレイにライオトルーパーのあらゆるデータが浮かび上がり、一夏はその中から一つだけある武装を確認するとコールする。
「コール。アクセレイガン」
音声認識にて一夏の手の元に粒子変換にて現れたのは全長30センチ程の何やら機械的な印象を受けるダガー。
ライオトルーパー唯一の武装である近接武器だ。
「でもこれ有効射程が近〜遠距離ってなってるけど....まさか誤植?」
試験運転だと言っていたし、そういう間違いもあるのか。 と一夏は後で報告してやろうと思っていると慣れ親しんだ頭の右後ろ側からの声に気づいた。
ラウラだ。
『いや、一夏。どうやら誤植ではないらしいぞ。刀身を背を押して前に折るように倒してみろ』
言われた通りに持ち手と刀身を持ちながら中程で折れるように力を加える。
すると...
「うわ。折れたぁ⁉︎」
見事にボキっと...ではなくキチンと可変音を立てながら変形したアクセレイガンに一夏ははしゃぐ。
そしてデータの意味を正しく理解する。
「剣と銃の合い混ぜ武器か」
ナイフと拳銃を併用した可変式の武装がライオトルーパーの兵装であった。
一夏は銃モードにしたアクセレイガンの銃口を程よい遠さの的に向ける。
ISの補助機能によってディスプレイ表示のガイドが最適解を一夏に届ける。
慎重に的を絞って引き金を引く。
マズルフラッシュとともに銃弾代わりのエネルギー弾が閃光を描いて標的にまっすぐ向かう。
見事命中し砕けた的はそのままホログラムとして消えた。
「よし‼︎どうだ上手くなってきただろう。(でもこれじゃ精々中距離くらいだな)」
得意げな顔(表情はマスクで見えないが)で一同に自慢する一夏に対して、スナイパーとしてのプライドを刺激されたか一夏よりも速く可変に気づいていたセシリアがアクセレイガンの持ち手後ろに付いてあるスイッチを押した。
「鈴さん。どれを撃ってほしいですか?」
「え、うーん....あれ‼︎」
鈴音が指差した天井と隣接する壁の隅辺りに寂しく展開された的に対して、セシリアはすぐ様狙いを付け発砲した。
あまりの素早さに一夏には銃口を上げてから実際に撃つまでの、狙いを定めるためのタイムロスがまるで無いもののようにしか見えなかった。
そして放たれた光弾は、明らかに一夏の放ったものよりも数段速く飛び、予想通り的のど真ん中を的中させてみせた。
一夏と違い無言のセシリアはアクセレイガンを指でくるりと回しながら腰元のホルスターにしまう。
西部劇のガンマンを見ているようだった。
そして当然のように一夏よりもその姿はイケてるものなので。
「かっくいー」
楯無が口笛と拍手混じりに 賞賛を送る。
同じくラウラやシャルロットもこぞってセシリアに注目する。
一夏も流石にここまでの腕を見せられては負けを認めるしか無い。
「流石だな。でもなんか心なしか弾まで速かったような...」
一夏が疑問を口に出すと今一度ショコラータの声がスピーカー越しに響いた。
「アクセレイガンはバーストシューティングモードとライフルシューティングモードの二種類を使いこなすことが出来るの。因みに装弾数もそれぞれ変わってくるから気をつけてね」
今度こそデータの記載を正しく理解した。
近距離に対応する形態。
中距離に対応する形態。
遠距離に対応する形態。
アクセレイガンが持つ形態変化は全部で3つなのだ。
武装が1つしか無いという機体なこともあり「第五世代と言う割には」という感じで期待値は少なかったが、 これは中々完成度のあるISなのかもしれない。
「よ〜し。じゃあ、次はもっとわかりやすくいこうか。適当にワンツーマンをつくって格闘戦に移行してね」
ホログラムが消え、元の殺風景な白い部屋に戻る。
「格闘.....なあ鈴「ほわちゃあ‼︎」はや⁉︎」
一番速く動いたのは鈴音であった。
一足跳びでジャンプをするとそのままアクセレイガンをいじっていたラウラに飛び蹴りを放ったのである。
完全なる奇襲であったが、そこは現役の将校。
素早く反応してみせアクセレイガンで受け止める。
しかし意外に重たい鈴音の蹴りにアクセレイガンはそのまま弾き飛ばされてしまう。
そこから睨み合いに落ち着く両者。
「アンタには借りがあったよね?ボーデヴィッヒ。相手しなさい」
「君は意外に根に持つタイプなんだな。いいだろう!」
形は同じライオトルーパーだが構えがそれぞれ予想通りなので容易く二人は判別できる。
拳法スタイルの鈴音と軍隊格闘技スタイルのラウラ。
完全な本気モードなその光景に影響されたか。
他の面々もそれに習いパートナーを決めていく。
「じゃ〜消去法で簪ちゃんはお姉ちゃんとペアね」
「どこが消去法...」
「でしたら私は…ご一緒してもらえます?」
「僕でよければ構わないよ」
そして本当の消去法となったのは丁度残ったこの二人。
「...」
「...」
お互いソッポを向いたまま目も合わそうとしない箒と一夏。
箒がアクセレイガンを徐に折り曲げて.....バシュン
「イッテェ‼︎やりやがったな⁉︎」
「来い。成敗してくれる‼︎」
決着はクロスカウンターであった。
ーー
戦闘を終え、データ収集が十分になったところでショコラータは試験運転を終了させた。
ベルトを外した専用機持ち達は充実した体験をしたことで晴れ晴れとしていた。
2名を除いて。
「いって...箒。お前打ち込むときもっと手加減しろよ」
「お前こそ。接近戦の時くらい銃ばかり使うんじゃ無い。不意を突かれたのでモロに顔に入ったぞ...」
他のメンバーと比べて明らかに殺気度が違ったこの二人。
後腐れなくとはいかないようである。
そんな二人からもベルトを回収したショコラータは前者のホクホク顔で一夏達にお礼を述べた。
「本当にありがとうみんな。国家代表クラスと代表候補生クラスの稼働データは流石にうちも用意できかねないものだったから。助かったわ‼︎」
頭を下げるショコラータに恐縮する一夏達。
直ぐに構わないと一同が口々にそれを返す。
「で、どうだった?うちの第五世代型‼︎」
すると急に一夏達の表情が微妙なものになる。
それでも感想を待っているショコラータに皆を代表してラウラがキチンとした総括評価を話した。
「高い汎用性を持った。量産機として実に高い完成度を持っていると言えるでしょう。しかし......疑問がありまして」
「第五世代と銘打つにしてはロースペックな機体設定が私たちには腑に落ちません」
ライオトルーパーの性能はラウラの言う通り。
癖もなく操縦者を選ばない立ち回りが可能な機体セッティングは後続の追加武装次第で、凡ゆる戦況に置いて高いポテンシャルを発揮できる。 量産機としてかなりの完成度を誇っていた。 過剰なスペックをオミットしたことで、打鉄やラファールなど他の量産機と比べても圧倒的に安価なところも評価のポイントだ。
しかし。
「単純に出力だけで比べても打鉄やラファールの方が上。ISとして基本装備であるPICも...飛べはしますがとても従来の高速戦闘に耐えうるには低出力過ぎる。
「『旧世代機と比べて何が優れているのか分からない』...ですか?」
「ええ」
ハッキリと言うなぁと一夏はショコラータの後ろでいそいそとベルトを片付けている研究者の皆さんを恐る恐る見る。
まあ聞こえていない訳がないため単に大人なのだろう。
それで気を良くしたのか。 まあそんな訳もなく。 正直なシャルロットがそれに続く。
「あと、これはご質問とは関係のないことですが…コストダウンをする理由を量産機だからとおっしゃいましたけど…正直私にはその利点が意味あるものとは思えません」
「そもそもISは世界に500機も造れないんですよ?既にある機体を除けばもっと少ない……。国が所有しているISコアを貰うとしても、単なる量産機に使わせたりするでしょうか?ISに世界が求めているものはスペックの高さと画期性です」
「素人ながら失礼ですが.....マーケティングミスではないかな、と」
「失礼すぎるわ‼︎」
見ていられない。 というか居たくない‼︎
宙に跳び上がった鈴音の渾身のツッコミ。
パシン
と小気味良い音が鳴ってシャルロットが頭を押さえて呻く。
どうにも最近のシャルロットは新しい顔を見せてくれる。
ラウラですら「えー...そこまで言う?普通」風な顔してちょっと引いている。
兎も角空気を読んだ鈴音のファインプレーに一安心して一夏達は改めて謝罪した。
『生言ってすいませんでした‼︎』
「いいのいいの。シャルロットちゃんの言うことは正しいわ。確かに、数が必要な量産機と数が限られているISでは、相性が良くないというのはその通りよ。ラウラちゃんの言っていることも同じく正解」
「それでもライオトルーパーに何よりも必要だったのは量産性だったし。この子達は紛れもなく......第五世代の性能を持っているのも事実なの」
研究員の一人から待機状態のライオトルーパーを受け取って、その作動レバーのレリーフを愛おしげに撫でる。
くびれた腰にベルトがまるで鍵のようにおさまった。
細い指がレバーに絡まり、カシリと振動が起きた。 おろされようとしたレバーがかかったロックで宙ぶらりんに止まったのだ。
見兼ねた研究員が彼女に近づきベルトを弄ろうとしたがそれを長い指5本が拒否した。
「丁度いいわ。どちらの謎も解決できるいい提案が浮かんだ」
ショコラータはベルトを外し、その研究員に手渡す。
「第一世代型のISは兵器としての性能を追求した。白騎士はその高い制圧力で世界を震撼した。でもそれも直ぐに限界が見えた。人間と同じ。戦争にも向き不向きがあるの
第二世代型はイコライザによって、戦闘での用途の多様化に主眼が置かれた。天才ではなくなったけれどその分器用になれた
第三世代型は正に個性を伸ばした今風の子達。操縦者とのシンクロも重視され、ISが道具ではなく相棒という考えが定着しているのもこの世代になってからだね」
ショコラータの唐突な説明はなんだか演説のように聞こえた。 説明にしては人の心を掴みすぎた。
「そして私のコスモスとリィン....正確にいえばどちらも設計的には第三世代のそれなの。みんなも見た通りデュアルコアシステムを搭載する事で、理屈上ではすべてのISがリィンになれる
第四世代型のコンセプトはいわば『進化』
ISという種全体に齎される進化.....というのがこのおじさん達や社長の言うことだけど......私はその進化って言いかたは好きではないの」
、と。
それまでシャルロットの辛辣な指摘にも表情一つ変えずに作業に集中していた研究員達が初めて笑った。
呆れたような笑い。
単語としての分類は聞き飽きた。 言語的には「やれやれ、またか」といった感じだろうか。
一夏はその事で彼女から目を離したことで、自分がいつのまにかみんなから一歩離れて、ショコラータの熱演に耳を傾けていた熱心さに気づいて一歩退がった。
「私はね。この子達のことは.............
「は?」
一夏に反応するように研究員達が噴き出した。
「だって2機のISが一緒になるのよ?進化って言葉は雰囲気だけ先走りすぎて本質を表していないわ。自分の価値観をこの子達に押し付けてる」
「あ、あの....」
箒だ。
それまで専用機持ちの中で、あまり目立ちたがらなかった彼女もその羞恥心をすっかり忘れていた。
「夫婦って言っても.....その、雄と雌が結婚しても一つに融合したりしないんじゃ...」
専門的ではないが、彼女なりにショコラータの違和感を形にした矛盾の定義を、ショコラータは「あら」と目を丸くして言った。 生徒に間違いを言い聞かせるように。
「結婚したらオスメス合体して一つになる夫婦体系が存在してもいいじゃない。女と男の在り方に決まりはないわ」
「はあ...」
もちろんそれ以上箒が反論することはなかった。
どちらにせよ第四世代に関しては明らかに自分たちは領域外いる。
専門家であるショコラータの信念には、彼女たちが抱いている以上に深く。 そして合理的なのだろう。
一夏たちの納得を察したのか彼女は自論をそこまでにし、研究員たちは元の無表情に戻った。
「進化というのならこの第五世代こそ相応しいわ。長くなったわね。今疑問に答えます」
「最初に弁解しておくと...うちの関連企業....スマートブレイン・インフィニティーが開発したこのライオトルーパーを、我が社は利益を出すには数が必要な量産機として売り出そうとしている。それはキチンと勝算があってのことなの」
それは即ちシャルロットに対する反論であった。
ISは車やバイクなどの他の生産品と違い、量産機は売れにくい。
それはISコアを作りISの数を増やすことが出来る人物がこの世にただ一人しかいないから。
一夏がIS学園の授業で一番始めに習ったことの一つだ。
「一夏君」
「あ、はい」
「きみはこの世界で唯一の、男性でISを動かせる人間。それで、色々と苦労したと思います」
「えと。まあ、どうも(乾...何かとIS関係でハブられるな)」
「でもその苦労も今日限りです」
ショコラータが一夏に優しく微笑む。
その美しさにどきりとする一夏だったが、それに負けじと彼女の言葉が腑に落ちなかった。
「ISが世界に登場して10年。人々はこの子達に随分と振り回されて来ました....。しかし、対話とは辛抱強く行い続けてこそ始めて身を結ぶものです」
ふふっと微笑みを一つ。
「シャルロットさん」
鈴音がギロっと睨む。
迂闊なことを言ってしまったと後悔したばかりのシャルロットは少し控えめに返事をした。
「ライオトルーパー。我が社は買い手のターゲットをどこに絞っていると思います?」
「え、どこに売るか...ですか?うーん....そりゃ政府だったり...所属パイロットを持っている大手企業とか軍とか」
「その通り。素晴らしい。優等生ですね。そもそもISの新開発とは政府に依頼されて企業は要望の通りに作って、渡すもの。企業が独自に開発したものを政府に売り込むことは稀です。リスクが大きすぎるから。IS事業がビジネスとしてではなく研究職と見なされる原因の一つがこれです。アラスカ条約でコアの取引に規制があることも含めてISとは儲かりにくいのです」
開発企業の中には、所有しているISコアが一つもなく、研究に使われているものは、国から借りているところもあるという。
例え所有していたとしても、そんな貴重なコアを商品として売っぱらってしまっては、直ぐに体力切れで後が続かなくなり、その上商売道具が無いために仕事も出来なくなり、結果倒産してしまうだろう。
ISとはリィンの名が指し示す通り世界を循環し、戻ってくる輪廻の枠の事。
競争とは市場ではなく研究。
出し抜くのは業績ではなく発明。
その証拠に、大企業であったデュノア社が潰れた原因も、その開発競争についていけなくなったからだ。
ISは店先に値札を貼って並べておくには希少過ぎる。
「でも不正解。正解は各諸外国の治安維持機関...警察官です。用途は暴徒鎮圧用」
成る程と腕組みしながら言ったのはラウラだ。
彼女の疑問に対する答えがそこにはあった。
「確かにそれならばスペックをあえて低めに設定しているのも頷ける。ISや戦車で暴れる犯罪者などそうはいない」
第二世代機と比べても低いスペックは、生身の人間を相手に設計されているからだろう。
「小柄な体躯も市街地戦を想定してのことなわけね」
そう合点をつけながら楯無は、右手に持った扇子を、掌を上に向けた左手に叩きつけ、そのまま勢いよく顔の横で開いた。
『よし、わかった‼︎』と描いてある。
なんだか本当に分かっているのか怪しい。
「確かに武装警官の装備とするならば必要なのは数ですわね」
一人が飛び切り優れたISを持っていても、国全体で行われる犯罪行為に全て対応するのは不可能だ。
低コストにつくってあるのも量産化を視野に入れているからというわけだ。
「ということは第五世代ってまさか.....」
鈴音がそう呟く。
いつになく真剣な面持ちだ。
一夏の脳裏に朝の、興奮したシャルロットと彼女の言葉が浮かび上がる。
ショコラータが再び存在感を増す。
「本日皆さんに試していただいた計8機のライオトルーパー。一企業が所有しているISにしては多いな...とは思いませんでしたか?」
一夏は思わず頷いた。
ISが8機とは下手な軍隊の戦力を軽く上回っている。
例によって笑みをたたえながらショコラータ。
自信に満ち溢れていた。
「遂にISは我々に心を開いてくれたのですよ。第五世代機の最大の特徴は....生産性」
「デュアルコアの副産物として新たに開示に成功したブラックボックスの中身を解析することにより.......世界初。篠ノ之博士以外でISコアの製造に、我が社はこぎつけたのですよ...‼︎」
最早村上の事もスカリエッティのことも一夏の頭からスッポリと抜け落ちていた。 ともすれば目の前のショコラータすらも今の彼には映っていないのやもしれない。
鈴音やシャルロットといった普段から素直なタイプは大きく。
ラウラや箒、簪といった比較的寡黙な人間もそれを忘れたかのごとく二人に次ぐリアクションを取った。
唯一。
声といったものでは判断出来なかった。 楯無やセシリアの表情は、一夏の位置では見えず。 そして彼にはどうでも良いものだった。
先の通り。
彼は彼女たちの存在も心の隅に追いやるほど、脳を興奮に支配されていたのだ。
デュアルコアから来て今日2度目の歴史的瞬間である。
「すごい....すごいじゃないですかショコラータさん‼︎皆さんも‼︎」
ショコラータと研究員に一夏は迷わず拍手を送る。
リィン以来の自分からの拍手だ。
それは八人すべてに伝わっていく。
「本当‼︎世界が変わりますよ⁉︎」
特にスマートブレインには独特の感情を持っていたシャルロットは一夏と同じくらい彼らを賞賛した。
この第五世代は現在のアラスカ条約にさえ影響を与えるものなのは間違いない。
まさに世界が変わる大発明だ。
その言葉を嬉しそうに受け取るショコラータと研究員達。
「ありがとう。一夏君...シャルロットちゃん...。このライオトルーパーは、今では治安維持の名目で、装備もそれに準じたものになっているけど。近いうちには消防隊用や災害派遣などの救命救助の現場に役立てられたらいいなって思っているの」
「素敵...」
シャルロットがそう呟き、一夏はその光景を浮かべる。
傷付いた人の手を掴むライオトルーパーの姿を。
セシリアが後ろから呟いた。
「人工IS」
正しく考えればミスマッチな例えなのだが、何だかしっくり来る気がした。
ISコアとは、石油や水など。 永きに渡る自然の恵みによるもので、人類には再現不可能な物だと。 今までそんな立ち位置にいたのだ。
篠ノ之束という神にしか製造不能な魔法の道具。
インフィニット・ストラトス。
「あ、良いわねその名前。キャッチーで興味引きそうだわ」
手を叩くショコラータ。
「確かにこのコアは従来のISコアとは別物って考えても良いしね」
「篠ノ之製じゃないからですか?」
一夏は言っておきながら何となくそれは違うと感じていた。
少し前の腑に落ちなさが再び浮上した。
ショコラータがまた、先程ライオトルーパーを渡した研究員を呼ぶ。
「まだ第五世代型ISのコンセプトを説明仕切っていなかったよね。この際だから全部話ちゃおうか。もちろん!学校で噂立てたら駄目だかんね」
研究員がベルトを一夏たちに見えるように持つ。
「第一世代から続くIS最大の欠陥点....それは未だ解明し切れていないISの全容そのもの。私たちはこの不思議なエネルギー体の解明を、10年前からずっと心のどこかで諦めてきた。それは第二世代以降のISのコンセプトが示している通り」
「汎用性を高めた第二世代。特殊装備に特化させた第三世代の機体も、所詮は外付け装備。ISの中に手を入れているわけではない」
一夏は右手の袖をまくる。 見慣れたガントレットが現れた。
白式のワンオフでもあり特殊装備。 雪片弐型。
確かに外付けの武装だ。
普段は白式の中に収納されているとはいえ、根本的には雪片と白式は別々のもの。
何となくショコラータの言いたいことは理解できた。
「旧世代のISはコアへの表層的なアクセスしか行えなかった。それを発展させてやっとコアに干渉して作動する。デュアルコアシステムの搭載に成功したのが第四世代。でもそれもあくまで第三世代の延長線上の技術と発想。単に出力上昇を施しただけでは革命的とは言えない.......」
「第五世代型のコンセプトは『新たな変革』.......」
「ライオトルーパーはリィンとは別アプローチによって産み出された全く新しい理念を持ったIS。だから正確に区分すれば第五世代型はそれまでのISの発展系というよりは、第三世代型からリィン達とは異なる進化の過程を伴って産まれた『新種』のISなの。陸に上がり体を巨大化させ地上の支配者になった種もいれば、逆に変わらず単純な肉体のままにしたことで来たる環境変化に備えた種も居たように...」
「ライオトルーパーの一号機のために選んだISコアは、長らくデュノア社にてラファール・リヴァイブや試験用ISの実験や動作チェックに使用され、何度も初期化を加えられ酷使し続けられた....いわば『日陰者』のコアだった。ISの開発っていうのは大抵研究機関内で使う実験・試験用と世間への発表の際の性能お披露目に使う本番用に分けているのよ。その方がいらない負担も避けられるし。デュノア社の機材をウチに搬入している流れで、ウチでもコスモスの開発のために実験用として使って、完成後はそのまま初期化して保管した。研究区画の奥でね。社長はそんなボロボロのコアを次期専用機搭載のコアとして選んだ」
「その時は念願の第三世代機コスモスを政府上層部に極秘発表して賞賛を浴び、我が社がフランス国のIS企業としての軌道に乗った頃で、まだ第五世代機なんて影も形もなかった」
「社長はスペックを抑えた量産機というコンセプトの元、『第四世代機の製作』を命じた。最初は第四世代型の枠はリィンではなくライオトルーパーだったのよ。もちろん当時は研究チームも、テストパイロットだった私もその真意が分からず困惑したわ。理由はラウラちゃんとシャルロットちゃんが言ってくれた事と同じ。ISを車か何かだと勘違いしてるんじゃないかと思い文句を言った。社長は私たちを一言で諫めて社の方針として準備を進めた。」
「政府に根回しをして予算と...新しい『表舞台用の』ISコアをプレゼントされた社長は、なんとその新品のコアを実験用にして、実際に専用機として操縦者に与える搭載機の役目を...そのボロボロのコアに与えた」
「ライオトルーパーは直ぐに完成したわ。デュノア社時代のスタッフを含めて、もっと高性能なコスモス開発を経た彼らにしてみれば驚くほど容易かった...」
「そして、私たちの不安を他所に、社長は視察に来る政府の高官への試運転の日時を設定。失望され激怒されるとしか思わなかった研究チームはそれに猛反対。私も直談判しに社長室のドアを叩いたわ.....でもそのたびに彼の秘書に冷たく追い返される毎日。社長の言葉を信じるしかなかったわ.....」
思い返すようにその時の俯いた感情が彼女の顔に現れる。
横を見ればそれは研究員たちも同じだ。
ということは彼らはその時代を経験した事になる。
一夏は聞いてみた。
「社長さんはなんて言ったんですか?」
「進化には試練が必要。君たちはそのISコアのために試練を与えればいいのです。我が子の成長を期待して.......もう、いよいよ泣きたくなったな〜。でもあの人は間違った事は言わないし。私たちに見えないものが見えている.....信じたわ」
「そして発表の前日。調整を終え、後は発表を待つだけだったライオトルーパーに、使用コアだったその子が、突然駆動系などに干渉。私の言うことを聞かなくなった。ここまで来て...。仕方なく実験用に使っていた政府から贈られてきたコアへと載せ替えて当日を迎えようと考えていた時に.....あの人がやってきた」
ショコラータは言及はしなかったが、間違いなくその人とは村上のことだ。
「驚く私たちに社長はこう言ったわ。彼女は試練を乗り越えた...てね」
「はあ......」
分からないといった顔を未だに崩せない一夏にショコラータは、まるで答え合わせを示してくれているようだった。 言葉の節々にその感が伝わってくる。
そしてその瞬間がやってきた。
「ライオトルーパーの1号パイロットは誰か....一夏君わかるかな」
「ショコラータさんじゃないんですか?」
当然のことなはずのの回答だったが、一夏は彼女の悪戯っ子ぽい笑顔で、その答えが正解だと安心する事は出来なかった。
ショコラータが背後を向いた。
背後にいる。 先程から何かと気になっていた研究員にその瞳を向けた。
この数人のグループ内ではリーダー格である彼はショコラータの意図をすぐに読み取った。
彼はずっと手に持っていたベルトをそのまま自身の腰に巻きつけ固定。
背筋に針が突き刺さるような思いを感じた一夏は、同時並行でショコラータの話に耳と視線を傾けた。
多分研究員の方を直視していたら彼女の話などきっとすっとんでしまっただろうから。
好奇心と期待感を必死に理性で抑えつけながら本能が制作した五感のカメラと集音器を物語の本筋に当てた。
「社長よ。.....村上狭児が、ライオトルーパー一号機の初パイロットなの」
光と音が否応にも本能を優先させざるを得なかった。
一点物が多いISにしては異例の生産性を感じさせるデザインが、この空間に置いて、今最も個性を発していた事実は、常識という価値観をたった今覆した機体だというのが事由だろう。
「ライオトルーパーは世界初........女性以外の装着を可能とした.......まさに『新たな変革』をもたらすもの。
だから第五世代
だから............人工ISなのよ」
順当に改変要素が増えていきますね〜(まるで他人事のように)
ということで、今回でまた重大な要素が増えましたね。
基本的に私はラストの展開プロットは一応用意してるのですが、それまでは完全にノリの生き物です。
そんなノリが産み出したこのオリジナリティ溢れるモンスター!!
名付けてライオトルーパー!!..............まあ、完全オリジナル出しすぎると後々収集付かなくなっちゃうから多少はね。
というわけで第五世代ISを登場させたわけですが、流石にこのまま説明もせずに放ったらかしにしとくってのもアレなんで久しぶりに設定集とかを書こうかなーと思っています。
ショコラータさんも紹介します。
次話では上記の通り設定資料を公開する予定です。
投稿した後でも、コメントなどによる要望があれば追記で新たに書き込みますので、不満点があれば遠慮せず言ってください。
※人気投票の開催。詳細は活動報告にて