魔法科高校の贋作者   作:ききゅう

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九校戦編Ⅱ

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 九校戦の会場へと出発する8月1日となった。綺麗に晴れ上がった空の下、本来であれば会場に到着している筈のバスはハイウェイを走っている。会長である七草真由美が()()()()で遅れるという事で、バスも予定から一時間半程遅れて第一高校を出発する事になったのだ。待たされた者から不満の声が出てきても可笑しくないのだが、数字付き(ナンバーズ)の家庭の事情と知って愚痴を漏らす者は深雪を除けば誰も居なかった。

 

「……何故お兄様が外でお待ちになる必要があったのかしら」

 

 その深雪も待たされた事にではなく、達也が外で待たされていた事に不満を抱いているようだ。だが外で待っていたのは渡辺も同じだ。それに深雪の言葉は裏を返すと、達也でなければどうでも良いという事なのだが深雪の周りの者は誰も諫めなかった。先程からエミヤの斜め前にいる光井が、何とか深雪の機嫌を直そうとしているのだが失敗に終わっている。流石に可愛そうだと思ったのか、エミヤが克人に断りを入れ席から立ち上がる。

 

「司波、少しいいだろうか?」

「……衛宮くん。どうかしましたか?」

 

 深雪の口調も表情も柔らかいものだった。それにも関わらず、光井は寒気に襲われる感覚に陥っていた。車内冷房だけが原因では無いのは確かだ。

 

「先程の達也の行動は学生というよりも、紳士として評価できるものだ。そんな兄がいる君は幸福者だろうな」

「そ、そうでしょうか……」

 

 突然にも関わらず達也を紳士と言われた事が嬉しかったのか、深雪の頬に少し赤みが差している。そんな彼女を畳み掛けんと、光井と席を変わった雫が口を開く。

 

「私もそう思う。それに達也さんも深雪の事、誇りに思っているんじゃないかな」

「お兄様が私の事を思って下さっている……!」

 

 雫の言葉をどう捉えたのかは本人しか分からないが、深雪は大分機嫌が直ったようだ。そうでなければ頬に手を当て身をくねらせたりしないだろう。大袈裟とも言える深雪の様子に雫とエミヤは互いに顔を見合わせ苦笑を浮かべる。二人の背後では光井が胸の前で拳を握っていた。

 

 ○ ○ ○

 

 不慮の事故というのは”不慮”が意味するように予期ができないものだ。ほとんどの場合、それは対外的な理由で身に降りかかってくる。例えば対向車線からSUVが仕切りの壁を越え、炎を上げてバスに向かってくるこの瞬間もそうであった。市原の魔法でバスは急停車することができたが、今もなお脅威は迫ってくる。

 

「消えろ!!」

「止まって!」

「落ち着け」

 

 森崎駿と雫が魔法を発動しようとするがエミヤに制される。雫はすぐに魔法をキャンセルしたのだが、森崎は興奮のせいかエミヤに殴りかかりそうだ。

 

「何故止める!」

「周りを見たまえ。魔法が幾数にも掛けられた空間で、満足に魔法が使えると思うか?」

 

 森崎は説明に納得したようだ。何もできない自分を悔いているのか下唇を噛んでいる。しかし他の生徒達が魔法を発動しており、未だ状況は変わっていない。克人もこの状況に焦りを感じているらしく、魔法を発動するに至っていない。

 

 エミヤは投影を使うかを迷っていた。エミヤにしてみれば、この様な難局を打開する事など容易い。思案の結果、エミヤは投影を使わなかった。なぜなら深雪が克人に声を掛けていたから。どうやら彼女には打開策があるらしい。そして深雪が魔法を発動する瞬刻をエミヤは見逃さなかった。――無秩序に作用していた全ての魔法式が、粉々に砕けたのだ。エミヤの見立てが間違っていなければ、今の対抗魔法は術式解散(グラム・ディスパージョン)だろう。

 

 消火に成功し克人の魔法で止められた車を多くの生徒が見つめる中、エミヤは作業車から出てきた達也をただ見据えていた。

 

「皆、怪我はない?」

 

 真由美の声に車内のあちこちから声が上がる。冗談混じりの返事もあるが、怪我人はいないようだ。

 

「危なかったけど、十文字くんと深雪さんのおかげで惨事には至りませんでした。二人ともありがとう」

「いや、司波が速やかに消火してくれたおかげだ。そしてエミヤもだ」

 

 克人は横にいるエミヤに向き直る。

 

「よく状況を見ていた。一年が無闇に魔法を発動しなかったのはお前のおかげだ」

「……なに、私が言わずとも誰かが言っていたさ」

 

 克人の賛辞にエミヤは謙遜してみせる。だが誰が考えても、あの状況で冷静だったのは十人にも満たない。その中でエミヤがしてみせた的確な行動は目覚ましいものだと言えた。

 

「だと言うのにお前は……」

「痛っ! 急に何するんですか!」

 

 渡辺に叩かれたらしい花音が手で頭を抑えている。

 

「一年が落ち着いて対処していたのに、上級生のお前が真っ先に撹乱してどうする!」

「……ごめんなさい」

 

 反論の余地もない渡辺の叱責に花音は身を縮こめている。渡辺はそれ以上責める気は無いのか、腕を組んで黙り込む。渡辺の頭の中は疑問で一杯だった。深雪とエミヤの年に釣り合わない異常なまでの冷静さ。複数の魔法を無差別に破砕した対抗魔法やその術者が誰なのか。何気なく窓の外に視線を向けた彼女は、何時の間にか達也を目で追っていた。

 

 ○ ○ ○

 

 予期せぬトラブルもあったが、エミヤ達一行を乗せたバスは予定より二時間遅れて宿舎についた。バスを降り雫達とホテルのエントランスに入ったエミヤは、視界に見覚えのある明るい髪色を捉えた。

 

「久しぶりだな、エリカ」

 

 エリカは気づいていなかったようで、エミヤが声を掛けると驚いていた。

 

「久しぶりー。三人とも元気にしてたみたいね」

「エリカも元気そうで何より」

 

 エミヤには雫とエリカが話す光景が珍しかった。司波兄妹という接点が無ければ、関わる機会など殆ど無かったはずだ。人脈を広げるという点からすれば、四月の校門前での出来事も無駄ではなかったようだとエミヤは思った。

 

「そういえばエリカ、どうしてここに居るの? 応援にしては早いと思うんだけど……」

「ちょっと事情があってねー。それに、あたしだけじゃなく美月達も来てるのよ」

 

 察するに、エリカは自分の意思でここに来ているわけでは無いようだ。光井は不味いことを聞いてしまったと狼狽えているが、エリカは全く気にしていないらしく続けざまに口を開く。

 

「そういえば達也くんと深雪は? 一緒に来てるんでしょ?」

「あぁ、もうすぐ来るだろう。……そろそろ私達は行くぞ。未だ部屋のキーすら受け取っていないからな」

「そっか。じゃあ、またあとで」

 

 エリカに見送られ、受付でエミヤは自身の名前を告げる。横で鍵を受け取った雫達は「また会場で」と言い、先に自分達の部屋に向かった。受付係が手間取っているようで、エミヤは部屋の鍵をまだ受け取っていない。同じ部屋の森崎が鍵を受け取ったのかもしれないが、そうであれば直ぐに分かるはずだ。

 

「申し訳ありませんが、少々事情がありまして別の部屋を御用意させて頂きました」

 

 エミヤは何も言わず、鍵を受けとる。恐らく烈が指示したのだろう。国防軍の魔法顧問を担当している事もあり、その差響きは十師族だけに留まらない。ただそれは九島烈という人間の影響力であり、九島家のそれが特別凄まじいという事ではない。

 

 エレベーターで十三階まで昇り部屋に入る。ベッドに置かれた複数の箱は、事前に送っていた荷物だ。箱を開け、中身を取り出す。その内の一つである替えのシャツを収納しようとクローゼットを開くと、其処には黒のスーツと灰色のシャツ、赤のネクタイが掛けられていた。

 

 エミヤは今日の懇親会の後に烈に呼ばれている。その際に着て来いという事なのだろう。何処かに会合の部屋を指示するメモがあるはずだと思い、エミヤはスーツのポケットを探る。胸ポケットに入っていたその紙は、エミヤを呆然とさせられた。「二十一時に十五階の三号室」という言葉は問題ない。だがその後に響子の字で「牛ヒレ肉、フォアグラ、小蕪、アワビ」と食材の名前が羅列されているのだ。紙に書いている食材で料理をしろと言うことなのか。顳顬(こめかみ)を押さえつつ、やはり調味料を持ってきて正解だったと思い、エミヤはメモをポケットに戻した。

 

 次にエミヤが取り出したのは弓の形状をしたCAD。それは、もしもの時の備えとして持ってきていた。少し弄れば九校戦でも使用できる。エミヤはオーソドックスな矢を複数投影し、矢筒にしまいCADは専用のケースに納めた。

 

 ある程度準備を済ますとエミヤはベッドに身を投げ出し、先程の事故を思い出していた。車が飛んできた時、エミヤは魔法の発動を感じ取っていた。そして、それが自爆テロだという事も理解していた。しかし何故一校の生徒が襲われるのか。仮に達也と深雪を四葉の人間と知って狙っているのであれば、それは自殺行為に等しい。一校の優勝を好ましく思っていないだけかもしれないが、国際シンジケートがそれだけの理由で行動するというのは考えたくもない。

 エミヤは様々な可能性を考えるが、どれも確信し得るものではない。眠るように考え詰めていたエミヤが時間を気にした時には、懇親会の十五分前になっていた。

 

 ○ ○ ○

 

 懇親会の会場は、第一高校の宿舎の最上階だった。部屋から出たエミヤは階段で十六階まで上がる。会場に近づくほど響いていた足音は掻き消され、代わりに騒音が大きくなる。戸を引いた時、それは一段と大きくなった。円卓には料理が並べられ、天井から下げられているシャンデリアが場の雰囲気を一層引き立たせている。料理を観察するだけに留まったエミヤは、適当に受け取ったグラスを傾けた。ふと会場を見回すと、壁際に仲の良すぎる兄妹を見つけた。達也もエミヤに気付いたようで、軽く手を挙げている。

 

「君たちは兄妹というよりも恋人だな」

「そうか? 他所よりも少し仲が良いぐらいだと思うが」

 

 言葉を返した達也は本気でそう思っているらしいが、司波兄妹はブラコン・シスコンと評価されている。それはエリカ達や生徒会のメンバーも含めた評価で、決してエミヤの偏見ではない。エミヤから向けられる視線の変化に気付いたのか、達也が話題を持ち出す。

 

「料理は口にしなかったのか? 」

「あぁ、わざわざ口に入れるような物でも無かったのでな」

「……随分とお気に召さなかったようだな」

「調味料、特に味噌と醤油に頼りすぎて、料理に色が出過ぎていた。食材の旨味を活かしきれていない証拠だ」

 

 エミヤの酷評に達也と深雪は笑顔を取り繕うしかない。

 

「二人ともここに居たんだ」

 

 彼等に声をかけたのは雫だった。お約束というか後ろには光井もいる。

 

「雫。それにほのかも。二人ともどうかしたの?」

「皆が深雪達を呼んでこいって。達也さんがいるから遠慮してるんだと思う」

「まるで保護者のような扱いだな、達也」

 

 深雪の問いに雫が間髪を容れず答える。雫の言う皆とは、先程から此方の様子を窺っている一年生の事だろう。達也はエミヤの戯言に何も言い返さず、ただ溜息をつく。

 

「行っておいで、深雪。続きは部屋でもできるだろう?」

「……分かりました。それでは、また後で」

 

 想像力に富んでいる美月が聞けば勘違いしそうなやり取りだが、達也が言っている時点で決して如何わしい事等ではない。エミヤは達也と共に深雪達を見送ろうとするが。

 

「士郎さんも」

 

 雫がエミヤの手を握り、連れていこうとする。女の子らしい華奢な手は、男であれば簡単に振りほどけそうだ。エミヤには雫が今どんな表情をしているのか、何を考えているのか分からない。だが何故か唯のお節介とだけとは思えなかったのだ。抵抗せず素直に手を引かれる。エミヤは雫の手を優しく握り返していた。

 

 ○ ○ ○

 

 エミヤが他の一年生との親睦を深め終えると、間も無く来賓の挨拶が始まる。どれも「将来は立派な魔法師になれ」といった内容で、エミヤの関心をそそるものではなかった。

 到頭最後の挨拶となり、司会者が九島烈の名を呼び上げる。同時に壇上以外の会場の照明が落ちる。だが現れたのは若い女性だった。壇上に現れたその女性に会場は騒然とする。おそらく烈が登場しないことを不審に思っているのだろう。だが認識できていないだけで、九島烈は既に登壇している。少なくともエミヤは、最初から烈の悪戯に気付いていた。

 

 烈が何か囁いた後、女性はステージから出ていく。そして彼女を照らしていたライトが、今度は烈の存在をアピールする。どうやら、ほとんどの生徒は今の今まで気付いていなかったようだ。

 

「先ずは、この愚老の手品に付き合ってくれたことに感謝する」

 

 烈を見た者は、彼の威厳のある風格に憧れの眼差しを向けている。烈はつい二十年前まで、世界最強の魔法師とも呼ばれていたのだ。その人物が自分達の目の前に居るというのは夢のような体験だろう。

 

「だがそのタネに気付いた者は、数えたところ六人しかいなかった。もし私がテロリストだったら、動けた者はそれだけしかいないということだ」

 

 烈の言葉を聞いた学生達の大半は、息を飲むように口を塞ぐ仕草をしている。

 

「良いか、若人諸君。魔法は手段の一つに過ぎない。今、私が見せた手品のようにな。工夫次第では大魔法が小魔法に引けをとることもある。魔法だけが完璧なものだと、奇跡だと過信してはならない。九校戦では、君たちが魅せる趣向を楽しみにしている」

 

 誰かが手を叩き始め、それが伝染するように広まる。場に合わせる様に二、三度手を叩いたエミヤに、烈は満足げな笑みを向けていた。

 

 懇親会が終わり、部屋に戻ったエミヤはスーツの袖に腕を通していた。身だしなみを整え、エミヤは携帯ポーチを片手に約束の部屋へ向かう。道中、知り合いとすれ違うかもしれないというエミヤの心配は杞憂に終わった。難なく部屋の前に着いたエミヤは、軽く扉をノックする。中から返事が返ってくると、引き戸の取っ手に手をかけた。

 

「直接会うのは久しぶりね、士郎くん」

 

 部屋の中に居たのは烈だけでは無かった。リボンの付いた黄色いブラウスに、水色のロングスカートを身に纏った彼女は椅子に腰かけていた。

 

「やはり来ていたのか」

「前に言ったでしょう? 仕事で来るって。まあ厳密に言えば、明日からなんだけどね」

 

 「それで」と響子は一呼吸いれる。

 

「とりあえず料理を作ってもらっていいかしら? 」

 

 ○ ○ ○

 

 エミヤが作ったのはフレンチ料理だった。メモに書いてあった牛ヒレ肉はフォアグラと共にバーナーで十分に炙りロッシーニ風に仕上げた。また小蕪と残ったフォアグラでソースを作り、オリーブオイルで加熱したアワビに用いた。お世辞にも多いとは言えない量だったが、響子と烈は申し分ない様子だった。

 

 食事を終えた三人は、エミヤの淹れた紅茶を飲んでいる。その紅茶も初めは響子が淹れようとしていたのだが、エミヤが横から温度等細かく指摘してきたので彼に任せることにしたのだ。

 

「それで私を呼び出した理由は何だね?」

「特に理由はない。強いて言うのなら様子見だな」

 

 エミヤはそれが嘘だと直ぐに分かった。無闇に会食などすれば、エミヤと烈の関係が知られてしまうかもしれない。生じるメリットなど皆無だ。知られて一番困るのは烈のはずだと、そう考えていた時にエミヤは気付いた。目の前に居るこの老人の目的は、誰かにエミヤと九島家の関係を気付かせる事ではないのだろうか。それが四葉家の可能性もあるが、もっと別のナニカかもしれない。しかし、それが何かはエミヤにも見当がつかない。

 

「……何を目論んでいる?」

 

 今まで心中では何度も思ったことだが、直接尋ねるのはこれが初めてだ。

 

「目論むと言うほど大層なものではない。それに、君ならいつか分かるはずだ」

「……そうか」

 

 エミヤは詮索するような事はしなかったが、だからと言って烈への疑いが晴れた訳ではない。今度は烈がエミヤに問いかけを行う。

 

「君は四葉をどう思う?」

「……どういう意味だ?」

 

 十師族の一家、四葉家について尋ねられているのだ。下手な事は言えないと考えるのが普通だ。

 

「四葉を敵とした時、君がどう思うかという意味だ」

「……何も思わんさ。だが四葉家のように自身を兵器と考えている連中程、敵として厄介なものはいないだろう」

 

 まるで四葉が敵になる時がくる事を予期するような烈の口振りだが、エミヤはあり得ないと切り捨てることは出来なかった。響子も思う節がある様で口を挟まずに、じっとティーカップを見つめている。

 

「そうか。……明日は早い。部屋に戻りたまえ」

 

 まるでエミヤを気遣っているような言い方だが、それが社交辞令なのは明白だった。何も言わず、エミヤと響子は部屋から出ていく。烈は冷めた紅茶を口にしながら、戸が閉まりきるまでエミヤの背に視線を注いでいた。

 

「士郎くん、ちょっと付いて来てくれない?」

 

 それはエレベーターの中での響子の一言だ。エミヤには特に断る理由もなかったので、何も言わず響子の後を追う。案内された部屋は、地下にある温泉施設の更に下の階だった。関係者しか入れないようで、響子がIDカードをタッチする。中は会議室だったが、その奥に扉があるので()()の会議室では無いだろう。

 

「何の用だ?」

 

 近くにあった椅子に座ったエミヤは、すぐ隣に座った響子に質した。

 

「ここ二、三日国防軍の情報部が士郎くんのPDについて調べてたわ。多分、四葉も」

 

 これにはエミヤも少し眉をひそめる。

 

「調べられても、何か知るような事はできないはずだが?」

「そう、調べるだけならね。情報部は思い込みだと切り上げたみたいだけど、四葉は……」

「成程。今後は烈との連絡も、控えた方が良いということか」

 

 エミヤの言葉を肯定する。響子はエミヤの事をあまり知らない。突然現れたと思ったら、烈に知り合いだと説明された。その時は響子も深く言及しなかった。指示された通り、戸籍もPDも作った。今思えば烈がこの少年ほど肩入れした人物は他にいない。だがその理由までは分からない。だからこそ今はエミヤを烈から、トラブルから遠ざける必要があった。

 

「祖父には私から言っておくわ」

「その方が良いだろうな」

 

 エミヤは部屋から出ようと引き戸を引いている。

 

「士郎くん!」

 

 そんな彼を響子は呼び止める。初めて聞いた響子の声高に、エミヤは歩を止め、振り返る。

 

「……何かあったら私に連絡してね」

「……そうか。では頼りにさせてもらおう」

 

 ふっと微笑みエミヤは部屋から出ていった。エミヤはきっと自身が犠牲となる事を恐れないだろう。勿論これは響子の推測で実際にそうだとは限らない。だが彼の言動は、響子に今は亡き婚約者を思い出させる事がある。自身と似たような経験をする者を増やしてはならない。その為に自分に出来ることをしよう。響子は静かにそう決意した。

 

 ○ ○ ○

 

 下の階でそんなシリアスな会話が成されているなど露知らず。気力が有り余った少女たちは、たった一人の例外を除いて温泉に浸かっていた。

 

 その例外である雫は個室サウナに籠っていた。温泉に入るのはあまり気が進まなかったのだ。温泉に入るのが嫌いとかそういった理由ではなく、自身の体型を自覚せざるを得ないから。ほのかと一緒にお風呂に入ったことは何度もあるが、ほのかはスタイルが良い。というか胸が大きい。だから自身と比較しても、ほのかが大き過ぎるだけだと思えた。だが今回深雪達と入って気付いたのだ。自分の胸は人並み以下だと。辛うじてエイミィより大きいくらいだった。だがそれでも伸び代はあるはずだと信じた。

 

 そう前向きに考えた雫がサウナから出ると、深雪を中心にぎこちない雰囲気が漂っていた。

 

「……何かあったの?」

 

 雫の声でようやく我に返ったようだ。無邪気さに定評のあるエイミィが場をつなぐ。

 

「そういえば三校の一条君、ずっと深雪の事見てたね」

 

 大体の女子はオシャレや恋愛話といった話題に敏感だ。特にそれが身内であれば、盛り上がり方も尋常ではない。

 

「一目惚れしたんじゃない?」

「そりゃあ深雪だもの」

「むしろ昔から深雪の事好きだったりして」

 

 スバル達は勝手な妄想をする。深雪は彼女達の妄想に歯止めを掛ける。

 

「真面目な話、一条君とは一度たりともあった事は無いわ。会場に来ていたのも気づかなかったし」

 

 冷たいというよりは、さして興味が無いといった感じだ。盛り上がっていた彼女達も、冷や水を浴びせられたような反応だ。

 

「じゃあお兄さんみたいな人がタイプなの?」

 

 エイミィの問いに、深雪は呆れたような表情を浮かべる。

 

「私とお兄様は肉親よ? 恋愛対象なんて論外だし、お兄様のような人もいないと思っているわ」

 

 期待はずれの返事のせいかスバルとエイミィはそれ以上、深雪にあれこれ聞こうとはしなかった。代わりに話の矛先が雫に向く。

 

「そういえば雫、懇親会で衛宮くんと手を繋いでいなかったかい?」

「うん」

 

 スバルの問い掛けに、飾り気の無い言葉を返す雫。

 

「もしかしてー、二人は付き合ってたり?」

「付き合ってないよ。手を繋いだのも、特に意味はない」

 

 淀みなく答える雫だったが、ほのかには雫がエミヤを少なからず思っている事に気づかれていた。

 

「衛宮くんみたいな、しっかりした人が好みなの?」

 

 エイミィは何となくそう尋ねたのだ。だからこそ雫の次の言葉には、口をあんぐりさせられた。

 

「うん。士郎さんみたいな人がタイプ」

 

 照れる様子もなく、ただそう告げる雫に場は一瞬静まり返る。エイミィが尋ねたのはどんな人が好みなのかだ。それに対して雫はエミヤのような人がタイプと答えた。つまり雫はエミヤが好きだと、そう言ったようなものだ。エイミィとスバルから黄色の歓声が上がる。少女達の夜は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 エミヤは部屋に戻り、シャワーを浴びていた。彼の頭の中でリフレインするのは烈の事だ。誰かにエミヤとの関係をちらつかせているのは、間違いないだろう。だが何の為にそんな事をするのか。何故エミヤに四葉の事を尋ねたのかが分からなかった。

 

発散系の魔法で全身の水気を乾かしたエミヤは、寝衣を着る。これ以上考えても仕方ないと思い、エミヤはベッドに身を預ける。明日の朝には雫達と待ち合わせをしている。遅れないようにしなければと思いつつ、目を閉じる。その日、エミヤが目を覚ます事は無かった。

 

 

 ディスプレイの光によって部屋は不気味に照らされている。CADが接続されているあたり、電源を消し忘れたわけでは無いようだ。表示されているのは不規則な動きをする矢のシミュレーションだ。本来落ちるべき矢は、何かを追い続けるような動きをしている。

 

 

 ――そのタイトルは《猟犬(ハウンド)》だった。




先ずはお礼をさせて頂きます。高評価を頂きました、からあげ3号様、ゑれぼす様、kera様、110様、ぐりーんまん様、ばぶるす様、TONY高松様、必殺遊び人様、赤羽雷神様、斎藤元様、鈴屋様、金獅子様、FGO ノッブ様、土橋 善徳様、桐谷隠岐田様、溶融と凝固様、悠遊様、柳川様、ドン吉様、tsuyuto様、ユッキー@@様、ルピナス様、冀望のクエン酸 lv.2様、パンツパンツパンツ様、yue.様、ゴレム様、アルカディアス様、有澤重工様、雪うさぎ優希様、キース・シルバー様、わかめ様、キーアン様、頭が米騒動様、東條雲小太郎様、レオンハルト2様、あれですね?様、偽心道化様、殲滅型炊飯器様、Regin99様、一般市民様、オニオンキング様、えぶとも様、慢心王(・ω・)ノ様、村雨紫苑様、サートゥルヌス様、Aslak様、ナンナ様、コットンライフ様、陸華様、一富士 ニ鷹様、Hiroki1208様、ユウダチ様、えすいちにー様、海の民の一番槍 みなと様、ソウル01様、足立 迅様、frohe様、カローラ様、名無しのチョコ好き様、感想をくださいました皆様、誤字報告をしていただきました皆様、当作品を読んで下さっている読者の皆様、本当にありがとうございます!素直に嬉しいです!明日辺り、黒塗りの高級車にぶつかります。

次に謝罪を。原作通りに進みすぎて申し訳ありません!本格的にエミヤが活躍しだすのは横浜か、来訪者編の辺りです。(九校戦で活躍しないとは言ってない)

次話は二週間後の7月20日頃になると思います。

-追記-

こちらの不具合で内容が一部表示されていませんでした。申し訳ございませんでした。
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