虐殺・ゲーム   作:屍原

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  クラヴィス・シェパード大尉と簡易な会話、もとい尋問に協力したD機関のスパイである霧雨は、アメリカ合衆国側の命令によりクラヴィスと同居することとなった。移動の間でのやり取り、そして自宅での対話を経て気絶する霧雨に、不思議な気持ちになるクラヴィス。二人は心の底で、互いに何かを求めていた。



なにを思って書いていたんだろうな、あの時の自分。


病と夢

- 病気は油断を釣り上げる

 

  遠い昔の夢を見た気がした、『昔』より遠く、『今』と10年ほどしか差がない頃の夢を、見ていた。どこもかしこも人が混んでて、どこの店も繁盛していて、大きな戦争はなく、時々小さな犯罪が起きる程度の、そんな『時期』の夢を見た。誰もが平和に暮らし、よその国が戦争を引き起こそうとも知らずに、平和ボケしてる頃の『こと』を。でも私は知っている、これは、ただの夢じゃない。あの見知った光景、今ではほとんど覚えてない登場人物の数々、行きつけだったカフェも本屋も、全部全部記憶の奥底に刻まれたものだ。

 

  あの『夢』は間違いなく、私の記憶の一部だ。リアルに再現された場面は、現実か夢かも区別できないほど作り込まれていた。夢をさまよってるのか、それとも現実で幻を見てるだけなのか分からないくらい、現実味が帯びていた。

 

 

 

  ひんやりとした感触がする。体が、柔らかいなにかに包まれている。再起動した脳が回転し、いくつかの状況を映像に変える。頭もといおでこに置かれてるのは、おそらく冷やした毛布か、氷の水が入ってるバッグだろう。どこの部屋にいるかは、よく分からないが、たぶん、クラヴィスの自室なのかもしれない。布団から、いい匂いがする、軍人のわりに、ちょっと意外だな。まだぼんやりとしてるが、体感と嗅覚で得た情報だけでは不完全、やはり視覚も兼ねないと、完全に把握できたとは言えない。

 

  やけに重たい目蓋を開き、朦朧とする視界で周囲を確認。暗がりの室内、整理された机、パソコンらしい機械、小説や本が詰まってる棚、シンプルなタンス、飾られてる軍服。見るからに、きれいに整理されてる部屋。この家には部屋が一つしかない、ならば、クラヴィスの部屋で間違いないだろう。

 

  瞬きを繰り返すうちに、限られた視界はようやくクリアになった。ただでさえ暗いが、昔の訓練のおかげで、暗闇に目が追いつくのが常人より速くて助かる。

 

「……」

  試しに口を開き、喉を鳴らそうとはしてみたが、ひどく乾いた音しか出せなかった。身体能力の低下に、喉の渇きか。人というものは、実に不便だ。今回限りではない愚痴を思い浮かべ、なんとか上半身を起こす。被せられた毛布がずるりと落ちてきてるのを見て、咄嗟に腕を上げて受け止める。火照った手に冷たくて気持ちいい物体があるせいか、幾分か楽になった気がする。

 

  自覚できるほど、ややぎこちない動きで隣に目を向ける。そこでようやく、椅子に座りながらうとうとしてる、家主の姿が目に入った。腕を抱えて、無防備にうとうとしてる姿は、とても自分を尋問していた軍人とは思えないくらい、穏やかなものだった。堪らず、笑みが零れてしまう。それがいけなかったのか、ビクッと一瞬で覚醒したクラヴィスはすぐさまこちらに目を向けた。

 

「…起きてたのか?」

  返事を返そうと、喉を鳴らすが、まるで針に刺されたかのようにチクッとしてしまい、顔を引きずらせてしまった。気づいたクラヴィスは眉を上げ、少しだけ目を見開く。水が欲しいというサインを送ろうと腕を上げたが、向こうまで手を上げて私の動きを阻止した。私は、戸惑って頭を傾げる。

 

「水、持ってくる。大人しく待ってくれよ?」

  仕方ない、といった風にため息を漏らし、反応を見せない私にもう一言「返事は?」とかける。ことばの代わりに、ごくり、と二回ほど頷いた。心なしか満足した様子を見せたあと、椅子から立ち上がって、部屋から出ていった。ついでに私が握ってる毛布も取り上げて。

 

  クラヴィスの様子が、おかしかった。何度も何度も頭を過ぎった考えだったが、私への不信感を丸出しにしてた彼が、なぜ、優しく接してくれたのか。知り合いとやり取りをしていたかのような態度に、頭がついていけない。ましてや、熱を出してる状態で。考えつくものも、消えてなくなる。壁に背を預けながら、ぼーっと部屋のドアをを見つめる。目蓋を閉じて、静かな室内に響く小さな音に耳を傾ける。

 

  一定のリズムを刻む足音、機械の無機質な音、水が流れ、澄んだ音。次に、肩に手を置かれた感覚がすると思いきや、控えめに体を揺らされた。

 

「アマギリ?大丈夫か?」

  目を開けると、至近距離で自分に問いかける彼の顔がいた。憂いの青に見つめられ、私は惹かれたように、奥を覗いた。生物学に詳しいわけではないが、彼の瞳は、とても美しく見える。造形の話でも、それを構成する細胞の話でもない。ただ、なんの感情も篭ってないはずが、いつの間にか様々なモノを映し出すところが、不思議に思った。現に私を見つめてる今でも、人の私を見てるのではなく、人形や死体を眺めてるようだ。

 

  まあ、実際、魂のない死体と同じなんだけど。

 

  ニコッと微笑みを浮かべ、大丈夫と伝える。うまく伝わるかは知らないけど。よくよく見れば、彼は右手にコップを持ってるようだった。透き通った水を入れたコップを持ち、ろくに動けない私の口元まで近づける。ことばこそ発さないが、飲ませてやる、と伝えてるようだ。唇を動かし、コップのふちに触れると、クラヴィスはコップを傾けて、中の液体をこちらの喉に注ぎ込んだ。ゆっくりと口の中に流れ込む水を飲み、高かった体温も少しは下がった気がする。水が三分の一も減った頃に、コップをタイミングよく戻し、ベッドの近くにあった机に置いた。手際のよさに、さすが軍人、と褒めたかったが、そもそも関係ないから、やはりやめておこう。

 

  幾分か潤された喉に痛みは消え、いつもの調子に戻ったらしい。こちらの反応を窺うクラヴィスに礼を伝えようと思い、今度こそ口を開いて「ありがと」と言えるようになった。当の本人は反応を返さないが、返事を期待していなかったゆえ、別段と大して気にすることではない。

 

「迷惑を掛けて悪かった、いまリビングに出るよ」

  私が倒れたせいで、夜遅くまで休憩できなかったのだろう。ベッドまで、占拠してしまったからな。布団を剝がし、地面に足をつかせた所で、両肩を掴まれて阻止された。予想外の行動に、いつの間にか立ち上がった彼を見上げる。相変わらずの無表情だが、僅かに動揺してる気配が漂ってくる。

 

「そう思うなら大人しく寝ていろ、動き回ってまた倒れてもらっては困る」

  直球すぎる反論にことばも出ない。乾いた笑いを上げ、折れないクラヴィスのオーラを感じ取りながら、おずおずとベッドへ逆戻りする。病人相手でも容赦しない、感心するべきか、恐るべきか。対応というより、感想に困る。

 

  横たわった状態に戻れば、親切に布団をかけ直してくれた彼に小さく礼を告げる。無関心に「ああ」と返してくるが、手付きは極めて優しい。そして、彼自身であろう匂いがついた布団が、眠気を誘う。特殊な趣向を持ち合わせてない、と思っていたが、まさか私に匂いフェチでもあるのか?でなければ、目覚めた途端に『いい匂い』なんて思うはずがない。

 

  あらぬ思考を振り払おうと、興味を持ってくれるかは知らないが、自分が見た夢の話を口にした。

 

 

 

- 死者の夢

 

  あいつの名前を呼ぶと、返されるのはいつだって笑顔だった。喜ぶほうではない、むしろ、やけに悲しい微笑みばかりだ。どこかで聴いたことばでは、『初対面で笑顔な者ほど恐ろしい』というものがあったが、この男は片足しか入らない、妙に特殊な例だった。スパイである前提で警戒し、様子を窺い続けたものの、自分に置かれてる状況を知った途端に仮面を投げ捨てた。

 

  その証拠に、あいつは倒れた間に見た夢の内容を、隠すことなく話している。他人からすれば、ばかばかしい内容のはずが、ぼくには、とてもリアルに聞こえた。数年前の世界を描いた、あいつが生きていた時代とは思えない話。逆に言えば、ここから数年しか差がない、僅か前の世界を語らってる風に聞こえる。テロの脅威がまだ存在し、監視システムが建築されてない、あやふやな平和があった頃の世界。だがおかしな事に、夢での彼の立場は、スパイではなく、平和ボケしてる一般人と述べた。

 

「今じゃ、呑気に日々を過ごしてきたのが、馬鹿らしく思うよ」

  鼻で嘲笑う姿は、夢の自分を見下ろしてるように見えた。あるいは、夢の己を貶す様だった。外からやってくる脅威を知らず、のうのうと偽りの平和を享受していた人間、あいつは夢の自分をこう称した。おかしなことに、あいつは自分を重ね、昔の私は救えないほど無力な愚か者だった。そう言ってるように聞こえた。そこでぼくにある考えが浮かんだ。夢と話してるが、あれは、アマギリの過去の話だ。でなければ、夢の内容をああも具体的に、まるで物語を語ってる風に言えるわけがない。

 

  それだけじゃない、あいつが話している事情は、まさしく3年前までのジャパンそのものだ。80年前に生きるスパイが、数年前までの事情をこうも正確に述べるはずがない。ましてや、夢と語らってるなど、ありえるはずがない。

 

  だがアマギリはこちらの様子に気づくふりもなく、目を伏せてため息を漏らす。

 

「……今も昔も、中身のない、生ける屍と同然だ」

 

  最後に呟かれたことばは、あいつを、死者の国へといざなう呪文、そんな響きだった。違う、そんな生温いものではない。きみが見てるこの世界こそが、きみにとっての死者の国だ。なにもかも己と関わりを持たず、干渉する理由もなく、ただ立ち止まるか、歩み続ける選択しか残されていないここは、ぼくがずっと見ていた夢。他の誰でもない、己自身こそもっとも死者に近いと、もう、後戻りできない、死んだのと同じだと。

 

「あま、ぎり…きみは、一体…」

「私…?ははっ、さぁな」

  私は、何者でもない。死者ですらなれない、『存在』そのものすらない者じゃない?

 

  暗闇に光る瞳の中に『夢』を映して、きみは無機質に呟いた。不気味に映るだろうが、意外なことに、誰よりも『ぼくの夢』に近いきみは、目を奪われそうなほど美しく見えた。




世界(死者の国)を見るきみと、(死者の国)を見るぼく。
もしかしたら、ぼくらは似ているかもしれない。



Q.クラヴィス・シェパードとアマギリは似ている?
A.正直、分かりません。でも接点ならあるかもしれない。(答えになってない)

Q.アマギリのスパイ性質が薄くなってますけど、なぜですか?
A.仮面被るの疲れた、世界に見放された感覚に襲われてるせいですね。彼、ネガティブですから。

深夜投稿、もはやデフォルト?
楽しい深夜投稿、楽しい(語彙)
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