虐殺・ゲーム   作:屍原

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ようやく目を覚ました雨霧だったが、彼は己の事をいない者と称し、また、感情に対し少なからずの執着を持ってるようだった。前世の記憶を持ち、前世にも、80年前の祖国にも戻れぬと、生きる気力を無くす様子を見せ、看病してくれたクラヴィスに『夢』の話を語らう。以前から今に至り、彼は本当の『生』など味わった事がないと述べ、クラヴィスが生きる世界も死後の世界としか見ていなかった。彼は本当に、存在しない者なのか?クラヴィスには、分からなかった。ただその姿が、美しく見える、それだけだった。



さて、そろそろあらすじも長さを増えていったな…


人間性と憂い

- 感情の在り処

 

  一夜が明け、再び目を覚ますと、眩しい日の光が差していた。言われるまでもなく、朝がやってきたのだ。おでこに濡れたタオルはなく、自分を纏わりつく違和感も消えていた。昨日よりも楽になった体を起こし、近くに設置してある机の上に視線を向ける。蓋をかけた水の入った透明のコップ、隣にはクラヴィスが置かれてるであろうメモ。小さな紙を手にし、ぼーっとする視界を瞬きで改善し、曲線ばかりの英語を睨む。

 

『食事はレンジで暖めてくれ、ビールも好きに飲んでいい

P.S. 無理するな』

 

  昨日に続いての親切心に、呆れた笑みを零す。今思えば、彼にとって、現実ではありえない話を一杯話したのに、真面目に聞いてくれたな。たちの悪いジョークか、ばかばかしい夢と思われる覚悟はできた上で話題にしたが、あの男は、真剣な眼差しで思考していた。クラヴィス・シェパードは、実に面白い人間だ。無機質で無感情、思考もない人間かと思えば、想像の遥かを上回る感情豊かな文系人。きっと彼なら、いかなる時でも、思考そのものをやめないだろう。

 

  私のちっぽけで理屈もない、実際に証明などできない『夢』の話についても、きっと考え続けるだろう。たとえ、自国の平和を守るために、他国の国民をためらうことなく殺す軍人だとしても、クラヴィスは考えるのをやめない。やめられないのだ。なぜなら、あの男は生まれながら、考え続ける人間として誕生したのだから。なんて、勝手に自分の考えを擦り付けるのは、昔からの悪い癖だ。

 

  どちらにせよ、命令を受けて無理矢理私を受け入れざるを得なかった彼が、ここまで世話をしてくれたんだ、今更彼の好意を拒絶するのも気が引ける。クラヴィスが残した『ことば』に甘えて、ベッドの片付けを黙々とこなし、部屋を出てそっと、扉を閉じる。姿を消した軍服が置いてあった場所を、目蓋の裏に刻みながら。

 

「……そういえば、軍服もかっこいいな」

  クラヴィスが着用する姿を考えると、『女性』としての記憶が知らぬ間に甦ってしまう。念のために、頭の中を一度(カラ)にする。彼には黙っておいたほうが、よさそうかもしれない。男として認識されたほうが、こっちも気にせず生活できるからな。

 

 

 

  彼が仕事から帰ってくるまで、ネットサーフィンでもして、この時代の情報を仕入れようと、リビングに置いてあるラップトップを無断で使おうとしたものの、生体認証がかかってる。技術は進歩したな。呑気な発想を頭から除外し、認証してもらえないかと何度か試みる。諦めてソファのほうに戻ろうと立ち上がろうとしたら、机の上のとあるデバイスが鳴り出した。どこかで聞いた憶えのあるメロディーだったが、考える暇などなく、慌ててそれを手にして調べてみた。スクリーンに着信の画面が映され、Clavis Shepherdと大きめの文字で表示されてる。少し戸惑ったが、それでも受信のボタンをタップし、耳に当てる。

 

「…もしもし、クラヴィス?」

『何度か調べたみたいだけど、ノートパソコンはぼくしか使えない。あと、こっちに通知が届くから仕事に支障が出るけど?』

  何事かと思えば、まさかの抗議だった。回数を言わないあたり、相当うんざりしている。明らかに不機嫌なトーンで話してる限りでは、間違いない。気が緩んで、この時代のシステムについて考えてなかった自分を殺したい、切実に。

 

「……ご、ごめんなさい」

  昨日の夢の影響かは知らないが、気まずい雰囲気に流され、お詫びの言葉しか出せなかった。日本人の特技は謝る、という世界的潜在知識があり、各国を『放浪』してきた私の耳にも届く情報の一つだ。今この時、頷くことしかできない。やはり日本人は真っ先に謝るのが得意らしい。心の底でダラダラと冷や汗をかきながら、お怒りであるクラヴィス大尉のことばを待つ。あまりにも気の抜けた謝罪だったのか、向こうの彼は数秒間、沈黙を保った。次にようやく返されたのは、盛大なため息。

 

『はぁー…帰りにきみの分を買う、それまで大人しくしてくれ』

「えっ。いいの?」

  素っ頓狂な声を出してしまったのは気恥ずかしいが、それよりもクラヴィスのことばに驚かざるを得ない。また彼の反感を買ってしまうのか、など焦っていたが、向こうから『言ってもきみは無視するだろ?』と返された。事前に私の資料を受け取ったからか、それとも私との接触で理解を得てるのか、こちらの性分をよく分かっていらっしゃるようだ。どこの特殊部隊に所属してるかは知らないが、文学卒だけのことはある。単なる推測なのだが。

 

  失礼な考えを悟られないうちに、すぐさま承諾の返事を返し、早々に切らせてもらった。今更だが、私が『スマホ』の使用方法を分かってるのをなぜ聞かなかったのだろうか。単に苛立っていて気づかなかったかもしれないが、可能性は低い。勘が鋭く、思考をやめない彼はきっと気づいてるはず。昨日語った話、記憶に関する夢の話を信じてるから、あえて聞かなかった?一瞬で莫大な情報を頭の中で整理し得る彼なら、ありえる。

 

  なんだかんだ言って、優しい気遣いもできるじゃないか。本当に、君はいつだって、人間らしさを見せ付けてくれるな。

 

「……にんげんらしさって、なんだろうな」

  スパイとして感情を消し去った者、人為的に感情を抑えた者。方法は違えど、両者とも感情の枠を(いじ)られた者。それでも、わたしたちは、人間だろうか?きっと私は、こう答えるだろう。

 

 

 

  人間は、到底感情に規定されたりなんかしない。なぜなら、感情を有さない人間など、ただの肉塊(にっかい)であり、魂が注入された、ただの『人形』なのだから。ならば、感情に規定されるなど、初めから、ありえない。あり得るはずなんか、ない。

 

 

 

- 『彼』の存在

 

  リビングで目覚め、身支度も済み、軍服を取りに部屋へ戻れば、案の定、まだ安眠してるアマギリの姿が見えた。身も心も疲れきってるゆえか、ぼくがこっちに来たのも気が付かなかったらしく、覚醒する気配がない。何一つ変わらぬ自室の風景に、唯一の違和感と言えば、やはりぼくのベッドで眠ってる彼のことだろう。同僚からは不感症などと言われたことはあるが、ぼくにも、いわばデリケートな部分がある。たとえどんなに親しい友人でも、絶対に自室に招かない。自分で言うのもなんだが、自己防衛の一種だ。

 

  自己分析に似た考えを頭に置き、服を持って洗面所で着替え、仕事へ行く前に、もう一度だけ眠ってる彼のところまで戻った。未だ起きる様子を見せない、まるで死んでるかのように眠ってる彼の顔を、見つめる。

 

  ぼくは一体、きみのなにに惹かれた?男にしては長い眉毛、やや印象的なタレ目、深淵のような黒い瞳、繊細な指、細い体か……それとも、誰にも明かせない、その頭の奥に秘められた秘密か。真名を明かしたきみは、やはり多くの謎に包まれ、まるでこれからの世界の行方も知ってるかのような印象さえあった。遠い過去からやってきたことにも関わらず、数年前の世界を知るきみは、とても神秘に思えた。初対面で何もかも隠そうと、しかしなにもかも諦めた時のギャップも、すべて魅力的に見えた。

 

  混雑した思考をまとめるが、やはり無理のようだ。乱れた思考……いや、思考が乱れるのも、きみに関係するゆえだ。ぼくとなんの関わりもなく、暗殺対象でもなく、監視対象でさえないきみが、ここにいるからだ。情報軍(インフォメーションズ)に所属していながら、あらゆる状況下でも冷静に分析すべきたというのに、この男一人だけでも処理しきれないとは、我ながら情けない。

 

「……ゆっくり休んでくれ」

  手書きのメモを机に残し、久方ぶりの安堵を覚えたであろう彼の姿を目蓋の奥に焼き付ける。おせっかいではあるが、きみが、死者の国を見ていないことを願おう。

 

 

 

  意識が浮かび上がる、海の底へ沈んだかのような感覚に溺れていた覚えがある。視覚に飛び込む映像を捉え、耳に染み入る音を拾い、肉体であらゆる気配を感じ取る。ぼくはいま、勤務中だ、気を逸らしてる場合じゃない。かといって、ただカウンセリングを受けるために、ペンタゴン内にある一室へ訪れてるだけだが。いや、違う。勤務中、カウンセリング待ちと言ってもおかしいかもしれない。正確には、カウンセリングを終え、同僚のウィリアムズにつかまれて話を聞かされてる。

 

「まったく、今日は妻と約束したのによ。これじゃ怒られるぜ!」

  一方的な愚痴、のほうがもっとも正しいかもしれない。わざと呆れたため息を漏らしてみれば、案の定ウィリアムズは意外そうな表情を浮かべた。普段はただ黙々と話を聞くぼくが、ため息を出すなんて変わってる、なんて思ってるに違いない。だけど、ぼくがため息を漏らしたのは彼が関係してるわけじゃない。むしろ、自宅にいる『彼』のほうだ。

 

  何度目かも知らない通信を受け取ったスマホを取り出し、表示された画面を睨みつける。『端末の起動を試みた形跡を発見』と何通……いや、画面を埋め尽くすほどのメッセージが届いてる。手癖が悪いというのはもちろん想定済みだが、この時代に関する機械の仕組みを熟知してない彼の行動は、頭を抱えたいくらいだ。好奇心の塊、まさにこのことばを体現させてくれるやつだ。

 

  気になって覗き込むウィリアムズを無視し、予め自宅のリビングに置いてあった、予備のスマホに連絡を入れる。数秒もないうちに、スマホの向こうから彼の声が届いた。心なしか、引きずってるように聞こえる。

 

「何度か調べたみたいだけど、ノートパソコンはぼくしか使えない。あと、こっちに通知が届くから仕事に支障が出るけど?」

  本当はウィリアムズの愚痴を聞き終わったら、帰るついでにきみ用のノートパソコンを買う予定だが、この状況で口に出せるほど、ぼくは器用じゃない。余計に調子を乗らせるのも、気が進まない。一般人に戻りたがる彼でも、この時代に関する最低限の知識を手に入れようとしてるはずだ、ならばぼくの決定もあながち間違っていないはず。

 

  それから彼と短い会話を交わし、通信を終えた頃に、なぜ彼がスマホの操作方法を知ってるのか、という疑問に陥った。旧時代を生きる彼に、近代の知識など持ち合わせていないはずだ。スマホが鳴り出す場面を見て、少しの躊躇(ちゅうちょ)くらいあってもおかしくはない。だが彼は、たった数秒で、それ以下の時間のみで判断を下した。警戒心がないのか、己の好奇心に負けたのか、行動を起こすのがあまりにもはやかった。

 

  もしかしてぼくに話した、例の夢と関係あるのか?2017年を生きる、平凡な人間の物語(ゆめ)が、紛れもない、本当の話だとすれば……彼は間違いなく、二つの人生を経験してることになる。決して真実とは限らない結論ではあるが、確かめる術もない。ただの絵空事(えそらごと)なだけという可能性もゼロではない、だが、頭の奥に刻まれた彼の姿を思い返しても、嘘を吐いてるようには見えない。彼は正真正銘(しょうしんしょうめい)、謎に包まれている。

 

「クラヴィス、さっきのは、ガールフレンドか?」

「……ただの友人だ。それと、男だ」

  ぼくの家に住んでる友人だ、と口に出す前に、咄嗟にことばを変える。彼の件については、まだ部隊の仲間たちに知らせていない、大佐にも軽く口止めされてる。もしも『旧時代の忘れ形見』の存在を(おおやけ)にされたら、政府もさぞや大変な事態になってしまうだろう。仲間を信用してないわけじゃないが、念のためにも黙っておかねばならなかった。居候と言っておけば、興味をなくしてくれるだろうか?

 

「ほぉ…そこまで心を許した友がいるのか?初めて聞いたな!」

  ぼくの想定していた反応の違いに、さきほどまで言い訳を考えていた自分を一発殴りたい。ただでさえ重要な案件だというのに、ゴシップマニアの相棒に知られれば、ややこしい事態になる。

 

  友人とはいえ、これからどうやって話をずらせればいいんだ?最悪を想定するとしたら、アマギリと相談しなければならないことになりかねない。ああ、ウィリアムズ、頼むから絶対に「今度お前の家に邪魔するぜ!ついでに居候の友人の顔も見たいしな!」なんてことばを言い出さないでくれ。

 

  そんな最低最悪の予想は、早くも実現されるのは、僕の人生の中でもっとも想定外なことだろう。




最悪などない、最悪を越える予想しか存在しないのだ。
これはクラヴィスによく似合ってることばだと思うけど、本当のところはどうなんでしょうかね。

……あるぇ、ストックがもうない?
うっそだー(おい)
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