今回はきれいなアラクネスペシャルです。…………どうしてこうなった。
第13話
銀髪に左右で色の違う目を持った青年――――ラグナは現状を理解する事が出来ずに混乱していた。
突如現れて襲い掛かってきた黒い魔素の塊との戦闘は既に終わっている。そもそも、相手からして圧倒的にラグナ達だったのだ。ラグナはそう思いながら隣でラグナと同じ様にぽかんとしている長い黒髪に青い目を持った少女――――イオに目を向ける。
イオは『黒の魔導書』と呼ばれる魔導書を所持している。魔素や術式を打ち消す、という、現在では反則的な能力を持った魔導書で、実際にラグナの『蒼の魔導書』の圧倒的なパワーによる攻撃さえも打ち消している。因みに、その魔導書と、イオ自身の高い戦闘スキルの為、ラグナはイオとの模擬戦では、一度も勝ったことが無いのであるが、今は関係が無いので省略する。
…………さて、話を戻すと、魔素の塊との戦闘はすぐに終わった。当然だろう、魔素や術式に対しての天敵とも言える魔導書をイオは所持しているのだ。魔導書から造り出された黒い剣により、魔素の塊はすぐに切られた。そのまま魔素の塊は断末魔の様な叫びを上げて、べちゃりと地面に倒れた。
ここまでならラグナ達は現状を把握出来ない、といった事態にはならなかっただろう。しかし、問題はこの後にある。その後少ししてから、立ち上がった魔素の塊に。
まるで効いていないかの様に立ち上がった魔素の塊に、ラグナとイオは再び身構える。そして、魔素の塊は、その二人を観察する様に見て、次の瞬間、バッ!という効果音が付きそうな勢いで、頭を下げ、しっかりとした言葉を発した。
「………申し訳ない!!」
「「……………は?」」
頭を下げ、途切れがちだった言葉から突然流暢になって謝りだした魔素の塊に、ラグナとイオの思考は完全に停止する。それをあまり気にせずに、魔素の塊はすらすらと言葉を紡ぐ。
「すまないね………僕は境界に触れすぎてしまったらしい。人として話せるのはこれが最後かもしれない…………それにしても、やはり魔素を打ち消す事は出来たのか…………あ!自己紹介がまだだったね?僕はロット…………いや、この姿なんだからアラクネかな?うん。それじゃあ、改めて。僕はアラクネだ。よろしく。」
「…………あ、えっと、い、イオです。よ、宜しくお願いします。」
「…………ラグナだ。」
魔素の塊――――アラクネの先程までなら考えられない様なマシンガントークに圧倒されたイオとラグナは、つい素直に自己紹介で返してしまう。二人の頭は、現在混乱の極致にあった。何故先程まで狂気の塊だったこれがこうなったのか、とか、ついさっきまでろくに喋れなかっただろ、とか、何でさっきまで三つの穴しか開いていなかった仮面が、無駄に整った顔になってるのか、など、沢山の疑問が浮かび上がり、口にする前に混ざり合って消えていく。
「………ぐっ!」
そんなラグナとイオの前で、突然アラクネが呻き出す。
「くっ…………やはり意識が戻るのは一時的なものか…………君。イオ君、って言ったかな?一つお願いが有るんだ。…………僕に止めを差して欲しい。…………無差別に誰かを襲う、何て事、僕はもうしたくないんだ。…………君のそれなら、一撃で済む筈だから。」
アラクネは切羽詰まった様な口調でそう言ってくる。イオは、それに対して、流される様に、
「え?あ、はい。…………って、え?」
「ありがとう。」
状況に置いていかれた為についしてしまった生返事を、了承と取られてしまったらしい。アラクネはイオに礼を言ってくる。イオは、生返事でも了承してしまったのは変わらないので、仕方なく手に持った黒い剣を振り上げて、振り下ろそうとする。この時点でイオは完全に状況を理解できていない。だからこそ、ギィンッ!という音と共に回転しながら飛んできた棒状のものに弾かれた自分の剣と、
「………それ以上、手を出さないで。」
と言いながらアラクネとイオの間に割って入ってきた女性に、
「…………ええぇぇぇー………」
対応出来る訳が無かった。
「お願い、手を引いて。」
目の前の女性はイオにそう頼んでくる。…………イオからしてみれば、アラクネから手を引くも何も、アラクネ自身からの頼みなので、かなり理不尽極まりないのであるが。
「…………僕からイオ君に頼んだんだよ、ライチ。」
女性――――ライチの後ろにいたアラクネがそうライチに向かって言う。アラクネとライチは知り合いらしい。
「え?………あなた、もしかして、ロイ、なの?どうして…………?」
「あぁ、どうやらその子、イオ君の剣に魔素を打ち消す力があるらしくてね。今は、少しの間だけ意識が戻っているんだ。…………でも、もうすぐ意識が無くなってしまう。僕は、無差別に誰かを襲う様な事をしたくないんだ。だから、イオ君に僕を殺してくれる様に頼んだんだよ。」
「駄目よ!もう少し、もう少しだけ待って!私が必ず、ロイを、あなたを元に戻す方法を見つけるから!」
「…………駄目だ。僕はもう戻れないよ。ライチ。だから君も、ココノエの所に戻るんだ。」
「諦めないで!まだ、まだ何か方法があるはずよ!」
そんな風に、二人の世界を構築していくアラクネとライチを見て、イオは、
「…………行こっか、ラグナ。」
これ以上面倒事に巻き込まれない為に、この場から退散する事を決めた。
「…………良いのか?イオ。」
ラグナはそう聞き返す。アラクネは魔素の塊であり、もうすぐ理性が無くなるのだ。そうなったら、無差別に誰かを襲う様になる。だからこそ、アラクネは今止めを差しておくべきではないか。そう思っての発言である。それに対して、イオは、
「………ラグナ。今あの空間に横槍を入れられる程、私は勇者じゃないんだよ?」
そう言って歩き始めた。流石の世界最高の犯罪者であるラグナもそれは出来ないので、無言でイオに続く。そのまま、アラクネとライチの言い争いの様な声をバックに、ラグナとイオはその場を離れて行った。
◆
「はぁ…………何だったんだろ、あれ。」
下水道からカグツチの上層へと上がり、そこでラグナと別れたイオは、人目の付かない場所を選んで歩きながら、下水道で起こった事の感想を呟く。結局、最後の最後まで、殆ど理解すら出来ていなかったのである。
「…………ま、それは後にしよっと。それより、これからどうしようかな…………?」
イオは下水道での事を頭の隅へと追いやる。あれは自分では理解する事の出来ない異次元空間だったのだ、と言うことにして。そしてそのまま、これからどうしようかを考える。とりあえず現在考えつく選択肢は二つである。このままカグツチの地下の『窯』を目指すか、ラグナに言った通り、ノエルと会って『窯』を目指すか。
「…………へっ?」
その二つの選択肢で悩んでいると、遠くで銃撃の様な音が聞こえる。ここは階層都市の上層である。治安の維持は統制機構によってかなりの水準で行われており、いくらここが人気の無い場所であると言っても、銃撃の音など余程の事が無い限り聞こえはしない。そう思ったイオは、銃撃の音が鳴った方へと走る。そのまま角を曲がると、そこには剣を振りかざす一人の青年と、両手に銃を持った少女がいるのが目に入る。
「ま………ずい!」
イオが来たとき、少女の銃は青年の剣に弾かれて遠くに弾かれていた。そのまま、もう一度剣が振るわれる前にイオは自分の体を少女と剣の間に滑り込ませ、右手に持った黒い剣で受け止める。そのまま青年の振るった剣の衝撃を受け止めずに自分から後ろに跳び、少女を掴んで青年から距離をとる。
「危なかったね。大丈夫だった?」
そう言ってイオは少女の方を振り向く。そして、そのまま目を見開いた。イオの後ろでぺたりと座り込んでいる少女に見覚えがあったからである。当たり前だろう。何故なら、その金髪碧眼の少女は、
「………ノエルちゃん?」
「…………お姉……ちゃん?」
イオの妹である、ノエル=ヴァーミリオンだったのだから。