イオの「黒の魔導書」は、魔力を魔素に変換させる機能が付いています。さらに魔素に変換させた魔力を打ち消すので、結果として、イオは魔法も消すことが出来ます。
第22話
―――視界が落ちていく。
少女はそんな事を考えながら、炎の海の中でただ重力にのみ身を任せる。少女の顔には表情が無く、その整った顔立ちからは精巧に出来た人形を彷彿とさせる。
――――痛い。熱い。冷たい。
少女はそう呟く。その言葉に反応が欲しい訳ではなく、ただ口に出しただけだ。そもそも、その言葉達を口に出す事が何の意味も無いことを、少女は知っていた。そんな言葉、ずっと言い続けていたから。そんな言葉、ずっと無視されてきたから。
――――――?
落ちていく視界の先に、赤とは違う色が見える。少女は、何故かそれに引っ張られている様に感じた。気付いた時には、それに手を伸ばしていて…………。
「…………ん……。」
誰かに肩を揺すられている。そんな事を感じるのと同時に、イオの意識は覚醒した。軽く瞼を持ち上げると、そこには一人の女性がイオを覗き込んでいた。たっぷりとしたローブに、プラチナブロンドの髪をした女性だ。後ろには、桃色の髪をして、先の尖った三角帽子を被った、すらりとした長身の女性が腕を組んでいる。
「あ、気が付きましたかぁ。何処か痛い所はありませんかぁ?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます。私はイオって言います。えっと………。」
「トリニティ=グラスフィールですぅ。それで〜、彼女はナイン。よろしくお願いします〜。イオさん。」
「あ、よろしくお願いします。トリニティさん、ナインさん。」
ゆっくりとした口調で自己紹介をした女性――――トリニティにイオはそう返した。その時、後ろに立っていた女性がとんとんと少し苛ついた様に足を鳴らす。
「そろそろ良いかしら?トリニティ。こんな所で無駄に時間を食ってる暇はないの。早くセリカを見付けないと…………。」
「………へ?セリカちゃんの知り合いですか?」
つい先程まで一緒にいた知り合いの名前をナインの言葉から聞いたイオは、ナインにそう聞き返す。ナインは一瞬言葉を止めると、切羽詰まった様な顔になり、イオに詰め寄ってくる。
「セリカの居場所を知ってるの!?知っているのなら答えなさい!!今すぐ!」
感情を隠さず、イオに掴みかかる様な勢いで詰め寄ってくるナインに、イオは、なるべく相手が冷静になれるよう、ゆっくりとした口調で答える。
「えっと、ごめんなさい。はっきりとした場所は分からないんです。ついさっきまで………って言っても、一、二時間位前なら、この部屋にいたんですけど、私があっちの廊下の方で黒き獣の残滓と戦ってるうちに転移魔法でレイチェルさんが連れていっちゃったみたいで。」
「………レイチェル?」
ナインはセリカ達を連れていった転移魔法の使い手の名前を呟く。その中には心配と、苛立ちが含まれていて、それだけでナインがどれだけセリカを心配しているかがよく分かる。
「………レイチェル=アルカードさんです。…………って言っても分かりませんよね。」
「………アルカード家ね。余計な事を…………。」
「知っていたんですね。でも、レイチェルさんのは正しい判断だと思います。私は廊下の方で戦っていて手が回りませんでしたし、後二人居たんですけど、どっちも黒き獣の残滓に有効な攻撃は出来ない筈です。それに、セリカちゃん達が消えた後、すぐにこの部屋を囲む様に残滓も現れました。なので、結果としては、転移してくれて助かった、って感じです。」
ナインはその説明に何も言い返せないのか、静かになる。それを見ながらイオは続ける。
「………多分、レイチェルさんが転移したのはアルカード城だと思います。かなりの距離の転移なので、その分使う魔力も大きくなります。それに、セリカちゃん達の計画では、ここを探した後、「第一区画」でセリカちゃんのお父さんを探す予定だったので、そっちの近くに転移すると思います。取り敢えず、そっちの方に行って、大きな魔力反応を待った方がいいと思います。」
「イオさんの言った事は正しいと思います〜。ナイン、そうしましょう?」
イオの言葉にトリニティも同意する。ナインも異論はないのか、一つ頷くと踵を返し、部屋を出ていく。
「………あの、私が着いて行っても良いんですか?」
イオは自分の隣にいるトリニティにそう聞いた。色々言ったが、どれもただの情報でしかなく、イオが着いていく必要は何処にもない。イオのその質問に、トリニティは微笑むと、
「もちろんです〜。むしろ、こちらからお願いしようと思ってたくらいですから〜。いくら残滓でも黒き獣とまともに戦える人はほとんどいないんです〜。だから、着いてきてくれるならとても心強いです〜。なので〜、頼めますか?」
と言った。イオは、その言葉に笑顔で、
「はい。もちろんです!」
と返事を返し、トリニティと一緒に先を歩いていったナインを追いかけた。
◆
「…………何か嫌な予感がするんだけど、何だろ?」
山道を一気に駆け登りながら、イオはそう呟いた。イオの提案はしっかりと的を射ていた。第一区画から少し離れた山道。その辺りに、大きな魔力反応が現れたのだ。それはつまり、ラグナ達が無事で、今転移魔法を使ってこの近くに来た、というので殆ど間違いは無いだろう。だから、この嫌な予感はラグナ達の心配ではない。
「あの、トリニティさん。」
「はい、何ですか〜?」
「先に走って行っちゃったナインさんが、セリカちゃんを見つけて、そのセリカちゃんが男の人と一緒に居たら、ナインさんは、どんな反応をすると思いますか?」
ナインは魔力反応が出た途端、かなりの速さでその方向に走って行った。それだけ、セリカの事が心配だったのだろう。そう考えた時に、ふと感じた疑問をトリニティにする。因みに、イオが全力で走れば、ナインには追い付ける程の速度が出せる。しかし、トリニティがそれについて来れないので、イオはトリニティと同じ程度まで速度を緩めている。
「そうですね〜。ナインはとっても妹思いですから〜、ヤる気になっちゃうかも知れませんね〜。」
「あははは…………本当に嫌な予感がしてきた………。」
「それなら〜。先に行ってください〜。私も後で追い付きますから〜。」
トリニティの説明を聞いて、ラグナの未来を正確に予視し、乾いた笑い声を溢したイオに、トリニティは笑いながら先に行く様に促す。イオはそれに頷くと、
「ありがとうございます。気を付けて下さい。トリニティさん。」
そう言って、一歩で一気にスピードを上げると、木の幹さえも足場にしながら、すぐにトリニティの視界からいなくなった。
「………本当に、速いですね〜。」
トリニティはそう呟くと、自分も少し速度を上げて、イオ達を追いかけた。
◆
「あぁ、うん。大体こんなことになってるかな、何て思ってたけどね?」
イオはナインの姿の見える位置まで移動すると、分かっていた様に溜め息を吐く。そこには、イオの予想した光景が殆どそのまま広がっていた。
「待て待て待て!一旦冷静になろう。俺達はお互いの事、冷静に、理論的に、じーっくり理解する必要がある!」
「問答、無用。」
「待って!お姉ちゃん!」
和解の道を探ろうとするラグナに、ナインを止めようとするセリカ。ナインは二人の声を無視して、その手に作った炎の塊を、ラグナに向かって解き放とうとし、
「なっ!」
その火球を貫く様に飛んできた黒い剣に火球を消し去られ、驚愕の声を上げて後ろに下がった。その、下がったナインの後ろから、声が響く。
「はいは〜い、そこまでです。ナインさんもそんなに怒らないで、取り敢えず話し合ってから行動した方が後悔しなくて済むと思いますよ?」
声の主――――イオは、そう言うと、すたすたと歩いてナインとラグナの間に入り、ナインに向かって笑顔を浮かべた。