今回でフェイズ0を終わらせたかったけど無理だった。次で終わる筈です。
第26話
「………父さん!」
声を上げた男の方を振り向いたセリカは、男――――シュウイチロウ=アヤツキの方へとつんのめる様に駆け寄る。シュウイチロウはそんなセリカを見ると、不器用そうに唇の端を持ち上げた。
「………もう一度お前に会えるとはな。天は私を見放していなかったようだ。」
「よかった、本当に生きててくれたんだ………っ。よかった、会えてよかった。私ね、ずっと探してたんだよ。なのになんで………父さん?」
嬉しそうに涙を流しながら言葉を発していたセリカは、シュウイチロウの様子がおかしいことに気がついて顔を上げる。シュウイチロウの目はセリカではなく、ある一点――――先程駆け出すときにセリカが見つめていた書類を手に取って熱心に見つめているイオに注がれていた。その目はまるで、死人を見たかの様な驚愕に見開かれている。
「何故………何故此処に居る。お前は確かに境界に失われた筈………。」
「セリカ、その男から離れなさい!」
呟く様に発せられた疑問は、背後からの怒声に打ち消される。ナインの声だ。ナインはセリカの元へと歩み寄ると、セリカが掴んでいたシュウイチロウの腕を強引に振り払った。シュウイチロウは、そんなナインを億劫そうに見る。
「………コノエか。」
「気安く呼ばないで。せっかくだから答えて貰うわ。六年前、あんたは此処で何の実験をしたの?………いいえ、それより、どうしてこんなものを造ったって言うの?」
敵意を全開にしながらナインはそう問いかける。それに、シュウイチロウはぽつりぽつりと呟く様にして答え始める。
こうなるのではないか、といつも思っていた、と。実験が失敗した場合、何が起こるのかが怖かった、と。だからこそ、「櫛灘の楔」を造り上げたのだ、と。そして、それを使うには、セリカの力が必要なのだ、と。
言葉を一つ発する度に、そこに込められた感情は強さを増していく。
「っふふ………は、は。私の楔が、奴の引きずり出した化け物を封じるんだ。それはもう、私の技術が奴を上回っていたと見なされるべきだ。………あれこそが、私の楔こそが、人類の最後の、選択肢………。」
シュウイチロウはその言葉を最後に目を閉じると、そのまま動かなくなった。元々とうに限界を越えていたのだ。寧ろ、今まで生きていた方が奇跡と言ってもいい。
「嫌だ………いやだよ、なんで……。」
ふらりと足をよろめかせたセリカをラグナが支える。そのまま沈黙だけが支配する部屋の中で、
「………最後まで、あなたは研究者だったんですね。シュウイチロウさん。」
そう呟いたイオの声だけが、響き渡った。
◆
「………シュウイチロウさんの研究は、そもそもレリウス=クローバーという人の依頼を受けて始めたものみたいですね。」
イオは手に取っていた分厚いメモ帳を閉じながらそう言った。シュウイチロウが残した書類達に手をつけようとしないセリカとナインに変わって、トリニティとイオがシュウイチロウの独白の部分を探しだし、読み上げていた。
「………つーかイオ、お前さっきまで日本語を読めてなかったよな?何で読める様になってんだ?」
「ん〜、秘密?」
ふと思いついた様に問いかけるラグナを、イオは適当にはぐらかす。実際は、誰にも気付かれないように、「本当の力」の一端を使って、無理矢理読めるようにしたのだが、そんなことは誰にも言えない。
「そのレリウス=クローバーが、あの男の言っていた『奴』ね。劣等感を克服したいなら、自分の力だけで何とかすればいいのよ。なのに、こんなもの………。」
ナインは怒りを滲ませながら、その手に巨大な雷を生み出す。そして誰かが止めようとする前に放たれた雷は、楔へと進んでいき、バチィィ!という音と共に進路を変え、天井にぶつかった。
「悪いが、こいつを破壊させるわけにはいかない。それが黒き獣を止められるのなら、すぐに起動してもらえないか?」
雷を弾いたのは、ミツヨシだ。片目を負傷したらしく、包帯で覆っている。
「随分勝手な事を言ってくれるじゃない。そのガラクタは起動させないわ。」
「何故だ?十聖の一人のお前が、まさか私利私欲の為に世界を救う術を隠蔽しようとしているわけではあるまい?」
「この「装置」に使われる犠牲が、ナインさんにとって許せないものだから、ですよ。ミツヨシさん。」
答えようとしたナインの言葉を遮り、イオがそう言った。ミツヨシは、イオの方へと目を向ける。
「………どういう事だ?」
「つまり、その「装置」の起動キーは、セリカちゃんです。このコートを無視できる位に強い魔法を使える人なんて、ほんの一握りなんです。それも治癒魔法なら、それだけ生命力を操る事に秀でているんですよ。この「装置」が必要としているのはそんな人間。そして、セリカちゃんは一度融合したら最後、生命を削られて、死んでしまいます。そして、セリカちゃんが死んだら、何も無かったように黒き獣は復活するんです。そうですよね?ナインさん。」
ナインはイオの問いかけに俯くだけで答える。それは、誰も疑いようのない、明確な肯定。
「………それでも、人類には時間が必要なんだ。例え、どんな犠牲を払ってでも!」
イオの説明の後、暫く続いた沈黙は、ミツヨシにより破られた。その目には、硬い決意が宿されている。
「セリカは、誰にも利用させない!!」
ナインはミツヨシの言葉にそう返し、手に光弾を生み出した。そのまま、一瞬だけ間を置き、刀と光弾がぶつかりあった。
◆
(結局………こうなっちゃったか。)
ミツヨシとナインの戦闘を見ながら、イオはそう思う。と、その時、視界の端でセリカが動き出したのを捉えて、咄嗟にその腕を捕まえた。殆ど同じタイミングでラグナももう片方の腕を捕まえていた。
「ラグナ、イオちゃん!」
咎めるような目でイオとラグナを見るセリカに、イオは笑いながら答える。
「あははは、分かってるよ。ナインさんとミツヨシさんを止めたいんでしょ?じゃあ、私達に任せて、セリカちゃん。ラグナ、ミツヨシさん、止められる?」
「………出来る限りはな。」
「それじゃあ、よろしくね。私はナインさんを止めるから。」
そう言うとイオはナインとミツヨシの間に入り、ナインが放った光弾の全てを黒い剣を振るい打ち消す。すぐ後ろでは、ラグナがミツヨシの剣を受け止めていた。
「二人とも、ストップです。これ以上やると此処が壊れちゃいますし、そもそもどっちが勝っても、大切なのはセリカちゃん自身の意思ですよ?あなた達が、無理矢理セリカちゃんをどうにかするなら別ですけど。」
イオの言葉に、イオを睨み付けていたナインは黙り、ミツヨシは気まずそうに刀を下ろす。その後の、トリニティの言葉で、凍り付いていた雰囲気が溶けていく。
―――ラグナ、イオ。
イオの頭に突然声が響く。同時にラグナにも聞こえていたらしい。イオとラグナは顔を見合わせると、扉の方へと向かう。どちらも、この部屋で一方的に語り続けられるのは遠慮したかった。
「どこに行くの?」
ナインの警戒の色が混じった声がかけられる。イオは、それに振り返ると、
「少し、頭を冷やしてきます。」
そう言ってラグナを連れ、窯のある地下空洞へと引き返して行った。