次回から、フェイズシフトに行きます。………ようやく終わった………。
第27話
「………ラグナ。ちょっと聞いてもいいかな?」
「………何だ?」
セリカ達のいる部屋を出て、細く長い廊下を歩きながら問いかけたイオにラグナは聞き返す。
「ほら、ラグナが思い出した記憶の中に、私はいたのかなって。」
イオのその言葉に、ラグナは何かを思い出した様な顔になり、イオの方を振り返る。そして、不思議そうな顔をするイオに手刀を叩き込んだ。
「いたたた…………ラグナぁ〜!」
「自業自得だ。俺が記憶喪失なのをいいことに、好き勝手言ってくれやがって。てめぇがどれだけ俺を痛い奴として見てんのかよぉ〜く分かったぞ?」
「あははは………そ、それはほら!あの時に不自然に思わせないための方便というか……。」
「嘘には聞こえなかったんだがな?」
「あははは………、ごめんなさい。」
突然の事に反応出来なかったイオは、非難する様な目でラグナを睨む。しかし、続けて放たれたラグナの言葉に反論出来ずに逆に謝ってしまった。ラグナは、そんなイオに向かって更に言葉を続けようとして、
「………何をやっているのかしら?早く来なさい、ラグナ、イオ。」
地下空洞の窯の方から聞こえた声に、吐き出そうとしていた言葉を飲み込んで、振り返った。
「お久しぶりね。ラグナ、イオ。」
むき出しになった岩盤の一角に浮いている声の主――――レイチェルは微笑みながら、ふわりと降り立つ。
「わざわざ呼び出して何の用だ?てめぇも知ってんだろうが、今ちょっと取り込んでんだよ。」
「ええ。『櫛灘の楔』ですってね。この時代の人間は、面白いものを造るものね。」
ラグナの言葉にレイチェルは当たり前の様に全てを見てきたような発言を返す。実際、何処からか見ていたのだろう。
「てめぇが俺の知るレイチェルなら丁度いい。聞かせてもらうぞ?暗黒大戦の時、一年間だけ黒き獣が現れなかった時期があったはずだ。あれは、『櫛灘の楔』がやったのか?」
それは、全てを見てきたであろうレイチェルへと向けた質問。しかし、その答えは呆れた様な顔をしたイオから返ってきた。
「ラグナ………師匠の話くらいはしっかり聞こうよ。ラグナのその剣とジャケット、元は誰のものだったっけ。」
イオのその言葉に、ラグナは忘れかけていた獣兵衛の言葉を思い出す。
「あ?確か「ブラッドエッジ」だろ?黒き獣を一年間足止めしたっていう………あ。」
「そう。足止めしたのは「ブラッドエッジ」だよ。『櫛灘の楔』じゃない。それじゃあもうひとつ。今、「ブラッドエッジ」になれるのは誰だと思う?」
そう言ったイオに、ラグナは答えない。しかし、決意の色が灯ったその瞳は、答えを聞くまでもなくラグナがどうするのかを物語っていた。そんなラグナを見て、レイチェルは微笑みを浮かべたまま告げる。
「誰も干渉できない筈の物語に迷い込んだ、二つの異分子。その二つのうちの片方が、この時代に不可欠な黒き獣と接触すればどうなるか、それが、私から貴方に示すひとつの可能性。傍観するのも、干渉するのもよし。選ぶのは貴方の自由だわ。………ただ、その剣を受け取った時の事を、よく思い出して見ることね。」
「あぁ、選ぶ必要はねぇ。言わなくたって分かってたんだ、性悪ウサギ。」
二人ではなく、ラグナ個人に向けて掛けられたその言葉に、ラグナは不敵な笑みを浮かべながら返した。レイチェルはその言葉に、一瞬だけ拗ねた子供の落胆の様な表情を見せると、すぐに口に笑みを戻す。そのまま、
「………あまり長居はしていられないようね。そろそろ来るわ。」
そう言って、薔薇の香りを残して姿を消した。
◆
「………だからね。私、『櫛灘の楔』を使いたい。」
「どうせ、そう言うだろうと思ったけどな。」
ナイン達の居る部屋の入り口に戻って来たラグナは、丁度聞こえてきたセリカの言葉に対して呆れた様な声を出す。セリカは声のした方を向いてラグナとイオを視界に捉えると、決まりの悪そうな顔をした。
「………もう戻って来たんだ。もう少し遅く戻ってきてくれたら、話がまとまってたかもしれないのに。」
「んだよ。俺達が居るとまとまらないのか?」
「そうじゃないけど。ラグナとイオちゃんが居ると、決心、鈍りそうだから。」
自分の思いをセリカは素直に口に出す。イオは、それを聞いて、
「うん、良かった。セリカちゃんが決心を固めてたら、私じゃどうしようもなかったから。」
そう、安心したように笑いながら口に出した。セリカは、その言葉に困惑したような顔になる。
「どういうこと?」
「『櫛灘の楔』は使わない、って事だよ。それじゃなくて、別の案があるんだ。」
「別の案って?」
セリカは釈然としないような表情をしながらイオに問いかける。それに答えたのは、イオではなくラグナだ。
「詳しくは言えねぇが、俺が黒き獣のすぐ近くまで行ければそれで十分だ。」
言葉を濁したラグナを見て、セリカは不安げな顔色でラグナに近づき、ジャケットの袖を握る。
「それ、もしかして、私の代わりにラグナが犠牲になるってこと?駄目だよ!私、大丈夫だから。ちゃんとやれる。ラグナにも危ない目になんて遭ってほしくないよ!」
「それは皆一緒だよ。この中の誰も、セリカちゃんを犠牲にしたいなんか思わない。だから、代案を持ってきたんだよ?それに、ラグナは大丈夫だよ。こんなところじゃ死なないからね。」
「でも…………。」
「それにな、あんたは甘く見てるが、守れた筈の家族を失うのはキツいぞ?因縁みたいに何時までも引きずることになる。」
その言葉に、セリカはナインの方を振り向く。トリニティに寄り添われているナインには何時もの強さはなく、今にも消えてしまいそうな雰囲気を出している。
「私、ラグナに笑っていてほしい。」
セリカが絞り出したような声でそう言った。ラグナははそれを聞いて、笑いながらセリカの頭に手を置く。
「俺もだよ。それじゃ、決まりだな。俺があの化け物に突っ込んで戻って来る。それで万事解決だろ?」
ラグナの言葉に、セリカは一度ラグナの顔を見てから、明るく笑って大きく頷いた。
◆
「イオちゃん、ラグナは本当に大丈夫なの?」
ラグナがぶらついてくる、と言って部屋から出て、ナインがそれを追いかけるように部屋から出て行ってから、セリカはイオに問いかける。
「黒き獣を止められるかは、やったことがないから本人にも分からないと思うけど、死なない、ってことなら大丈夫。」
「どうして?やったことがないなら、」
分からない。そう言おうとしたセリカの言葉を遮って、イオは答える。
「ここで死んじゃうなら、元からラグナはここには居ないよ。ここは、主役がいなくても成立する舞台だから。ラグナの舞台はここじゃ無いから。それに、ラグナは一度言ったことは必ず実行するからね。戻って来る、ってラグナが言ったなら、必ず戻って来るよ。」
セリカには、前半の方の言葉の意味は分からないだろう。そう思いながら言った言葉に、セリカはやはり分からない様な表情をする。セリカはそれを聞こうとして、
「………!なんだこれは!ちっ!」
何かに気付いて慌ただしく部屋を出て行ったミツヨシに遮られた。イオは何かに気付いた様に、トリニティに声を掛ける。
「トリニティさん、外の風景って見れますか?」
「任せてください〜。」
トリニティは魔法陣を描いて地上の風景を映し出す。イオは戻って来たラグナ達を視界の端に写しながら、地上の風景に目を向ける。そこは、一面黒の景色。しかし、それは夜の風景ではない。大量の魔素が固まって居るのだ。
「―――黒き獣だ。」
ミツヨシのそう呟く声が静かな部屋の中に響いた。
◆
「――――行ったね。」
ナインの転移魔法の光に包まれてナイン達がいなくなったのを確認してから、イオはそう言った。ナイン達には、やらなければいけないことがある。だからこそ先に退避してもらったのだ。
その言葉に合わせるようにして黒き獣が姿を現す。
「は………はは、こいつは冗談じゃねぇ。」
「こんな………こんなのは無理だ。とても人の手に負えるものじゃない。」
それは、あまりにも巨大な闇で、見るもの全てを恐怖に陥れる。それは、ラグナやミツヨシも例外ではなかった。無意識のうちに足が退く。
「あれれれ?………さっきまでの威勢はどうしたの?ラグナ。それにミツヨシさんも。貴方は私やラグナより強いんです。しっかりしてください。」
ただ一人の例外を除いて。平気そうにふざけて見せるイオにラグナは目を向ける。
「………お前は怖くねぇのか?」
「それはもう亡くしちゃったからね。」
「………亡くした?」
ラグナの疑問にイオは自嘲するような笑みを浮かべる。
「うん、亡くしたの。私は、ラグナよりずっと弱いからね。………そろそろ、お喋りの時間は終わりだね。道は作ってあげる。頑張ってね、ラグナ。」
イオはそう言うと一度目を閉じて、軽く息を吐く。次に目を開いた時には、顔から、目から、一切の感情が消えていた。ラグナもミツヨシも、まるでイオがそこにいないかの様な錯覚を覚える。
「………行く。着いてきて。」
イオは感情の籠らない声でそう言うと、二歩で十メートル近い距離を移動し、一瞬で何体もの残滓を消し去る。そのまま、六本の剣を合わせて巨大な剣を作り出すと、それを射出して前方の残滓を全て消し去り、黒き獣を地面に縫い付ける。
「………行って。ラグナ。」
そうイオが呟くのと同時に、ラグナは黒き獣を縫い付けているイオの剣を足場にして近付く。ラグナに近付く残滓は、ミツヨシが払っていく。二人には負けていられない、とラグナは足場にしている剣から飛び上がると、唱える。
「第六六六拘束機関解放!次元干渉虚数方陣展開!「蒼の魔導書」、起動!」
手の甲の丸い玉が煌めくと同時に、黒き獣の無数の首が一斉にラグナを捉え、飲み込んで………黒き獣はラグナと共に姿を消した。